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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 2「新たな家族」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:17

兼一への大まかな事情説明と地球に帰還するまでの流れを話し終えたゲンヤは、先の言葉の通り用事の為に部隊長室を後にした。
兼一とシャマルも、いつまでも部隊長室に陣取っている意味もない。
とりあえず兼一は翔の様子が気になり、再び検査室に戻ることにした。

何しろ、兼一と違って翔はまだ幼い子ども。その上、今自分が置かれている状況への知識もない。
それがどれほど不安なことかは、想像に難くないだろう。
数々の苦難を乗り越え、屈強な精神の持ち主である兼一ですら、自身の立ち位置を理解した今でも不安な気持ちはあるのだから。
せめて、翔が目覚めた時に傍にいてやりたいと思ったのは、父として至極自然な思いだ。

シャマルはどうしたのかと言えば、彼女には兼一を案内するという重大な役目がある。
普通に考えて、この施設の構造に詳しくない兼一を放ったらかしにしておくわけにもいかない。
なにしろ、文字さえ読めない彼の場合、充分過ぎるほど迷子になる可能性があるのだから。

そうして、場面はゲンヤの「用事」とやらが終わった後。
彼が再び部隊長室に戻ってきたその時に移る。

部屋の主が帰還を果たすと、それを待ち望んでいたかのようなタイミングで一人の男性局員が入室してきた。
彼の手にはそれほど厚くないファイルがあり、その内容をゲンヤに報告する。

「検査結果は以上です。とりあえず、今回保護された白浜親子に未知の病原菌などの類は確認されませんでした」
「そうか、ご苦労だったな。
ま、97管理外世界は『危険指定』されてるようなとこでもねぇし、当然と言えば当然なんだがよ」
「はい。危険な動植物や自然現象をはじめ、奇怪なウイルスや病原菌の類も観測されていません。
 極普通で、他の世界同様常に火種を抱えた、魔法技術を持たないだけの世界ですからね」
「らしいな。俺も行った事はねぇんだが……」

部下からの報告に、ゲンヤはこれといった感慨もなさそうに応じる。
兼一が地球出身ということで、既に九割方そういった危険がない事は分かっていた。
今回の報告は、その残りの一割を埋める為の物で、予想通りの結果だったのだから、彼の反応も当然だ。

しかし、この結果が分かりきっていたとはいえ、彼の立場上その手の検査を全て「不要」と断じる事は出来ない。
もし万が一にでも、管理局にもデータの無い病の原因となる「何か」を持ちこまれれば、大惨事に発展する可能性があったのだから、「ない」とほぼ確定している危険でも気を緩めることはできなかった。
その意味でいえば、ゲンヤはようやく最後の一線を超えて肩の力を抜く事ができたとも言えるだろう。

なにしろ医学とは、データの蓄積が要となる学問である。
それがどれほど些細な病で、抗生物質ひとつで容易く完治する様な病であったとしても、未知の病にはどうやっても対処できない。なぜなら、どんな抗生物質なら効果があるのかすらわからないからこその「未知」なのだから。
どれほど進んだ技術を有する管理局とはいえ、こればかりはどうにもならない。

「さて…となると、後はアイツらの帰還の手続きだが……『揺らぎ』が治まるまで時間もあるし、書類の方はそう急ぐこともないか。もう下がっていいぞ」
「はい」

ゲンヤの指示にキビキビとした敬礼で応え、そのまま部隊長室から退室しようと踵を返す。
だがドアノブに手を駆けたところで、唐突に彼は足を止めゲンヤに向き直った。

「…………………………………部隊長、少々よろしいでしょうか?」
「あ? どうかしたのか?」
「実は、検査結果で少々気になることが……」

まだ少し悩んでいるような様子はうかがえるが、どこか神妙な面持ちの彼の言葉にゲンヤは首を傾げる。
若いが、それなりに能力のある事務員である彼がこうも迷うとは、その「気になる検査結果」とは何なのか。
知らず知らずのうちにゲンヤも興味を持ったのか、ひどく真剣な表情で彼に報告を促す。

「これは二人の健康状態に関するデータなのですが、こちらをご覧ください」
「……いや、見ろって言われてもよ。
医者でもねぇ俺にこんな専門的なモン見せられても、何が何やらわかんねぇぞ?」
「失礼しました。この数値は血中の赤血球の数なのですが、これが一般的な数値、こちらはあの親子の物になります」

そう言って彼は別の資料を持ち出し、二つの資料を並べてゲンヤの前に置いて件の数値を指差す。
ゲンヤはそれを軽く眺め、続いて目頭を揉み解し、再度その数値に目を向け「ひい、ふう、みい、よ…」と桁を数え出した。

「…………………………………………多いな。それも、軽く桁一つ以上」
「ええ。お分かりでしょうが、これは尋常な数値ではありません。
 翔君は通常よりやや高いという程度ですが、兼一氏の場合は常人の数十倍です」
「検査ミス、ってことじゃねぇのか? こっちの方にあるのってよ、一応上限みたいなもんだろ?」
「はい。現在の医学と人体工学では赤血球の数はここまでとされています。
 一流アスリートや登山家、あるいは高々度を飛行する魔導師やパイロット、果ては違法研究の結果生まれた特異な体質の人間に至るまで。彼らでさえ、こんなバカげた数値が出る事はあり得ないというのが定説です。
我々も、正直検査ミスかと思って何度も検査し直したのですが……」
「結果は変わらず、か」

彼の言葉を引き継ぐようにして、ゲンヤは小さく呟いた。
おそらく、検査機器の故障という事でもないのだろう。それならその可能性を既に指摘している筈だ。
ゲンヤの顔には先ほど以上の厳しさが浮かび、報告に来た男は額に汗を浮かべながら緊張している。

場合によっては、専門機関に送ってより精密な検査をするべきかもしれない。
これが産まれ持っての先天的な体質なのか、それとも何らかの原因があっての後天的体質なのか。
前者であるならそれはそれで問題だが、後者でもそれは変わらない。
原因が何かにもよるが、それが世界観転移の影響だとすれば大事になりかねないのだから。
自身が保護した人物が思わぬ謎を秘めていた事に、さしものゲンヤもその心中は穏やかではいられない。

「……他のデータはどうなんだ?」
「肉体のポテンシャル、という意味でいえば翔君は全体的に高めな数値です。
しかし、それでも常識の範囲内から出る事はありません」
「それは、兼一は違う、ってことでいいんだな?」
「はい。骨密度や肺活量をはじめ、ほぼ全ての器官で常識外れの数値が出ています。
 また、筋肉の発達の仕方も異常としか表現のしようがありません。検査官も、『いったいどんな鍛え方をすればこんな体が作れるのか』、と……」

翔は確かに風林寺の血筋だが、そもそも達人レベルの身体能力とは後天的な鍛錬によって培われる。
兼一や秋雨の肉体がその好例だが、それは他の面々にも言える事。
得意分野の違いは肉体の性質に依存するだろうし、スタートラインも人によって異なるだろう。
だがそれでも、どれほど素質と才能に恵まれた者であろうと、はじめから達人レベルの肉体的スペックを秘めているわけではないのだ。
長い時間をかけ、壮絶を極める修業の果てに、彼らはその身を限界のさらに先の領域に届かせるのだから。
故に、この時点で翔が「身体能力が高め」という評価でしかないのも、ある意味で当然と言える。
無論、そんな事はゲンヤ達のあずかり知らぬ事だが……。

「本人は園芸店勤務で、副業として小説を書いてるつってたんだがな」
「あまり、鵜呑みにすべきではないかと……」

ゲンヤの言葉に、彼は少々苦しそうにそう諫言した。
彼は兼一と話した事があるわけではないが、それでもこうして人の言葉を疑うのはいい気分がしないのだろう。
根が善良なのもあるだろうが、突然こんな訳の分からない事態に巻き込まれた者への同情もあるかもしれない。

いずれにせよ、一局員としては無視できないデータが今ここにあるのが現実だ。
そうである以上、彼個人の気持ちはともかくとして、兼一の事を単なる「一般人」と考えるべきではない。
もしかすると、なんらかの「裏の顔」を持つ危険な人物かもしれないのだから。

「何らかのレアスキルの影響、って事はないのか?」
「リンカーコア自体がありませんし、他のどんな検査をしてもそう言った物は……上に報告なさいますか?」

彼の言葉は、質問という形を取った確認だ。
普通に考えれば、こんな怪しい人物をただ保護しておくだけにとどめておくべきではない。
最低でも「こんな人物を保護した」と、このデータを添付して報告すべきだ。
本来であれば、彼の言ったように上に報告するところだろう。
しかし、ここでゲンヤはその義務を敢えて怠る事を選んだ。

「いや、必要ねぇだろ」
「……よろしいのですか? 人為的に生み出された人間という可能性も捨てきれませんよ」
「それはねぇと思うがな」

通常では考えられない数値なのだから、何らかの方法で人為的に生み出されたと彼が考えたのはそう間違った推理ではない。だがそれを、ゲンヤは特に考慮することなく否定する。
無論、ゲンヤとて考えなしに否定したわけではない。
むしろ、彼以上に確固とした確信があって否定しているのだ。

「確かにそれならある程度筋は通る。だが、そもそもそんな人間を作る意味って何だ?
 管理世界なら人造魔導師を作った方がいいに決まってるし、管理外世界なら余計意味がない。
 考えてもみろ、魔法も使えない人間が近代兵器に単独で挑んで勝てるか? いや、勝てねぇとはいわねぇが、どっちが有利かなんて考えるまでもねぇだろ。遺伝子やらなんやらをいじる技術を持つ文明なら、その質量兵器のレベルも相当な筈だろ?」
「それは、確かに……」

そう、ゲンヤの言う通り、どれほど肉体的に優れた人間を作ってもあまり意味がない。
管理世界なら優れた魔力資質を持った人間を作るだろうし、管理外世界ならそもそもそんな人間を作る意味がない。なぜなら、肉体的にいくら優れていても、それより遥かに強力な兵器や技術が存在するのだから。
言ってしまえば、コストに対するリターンがあまりに小さいのだ。
故に、ゲンヤはそんな人間を作る意味がないと断言できた。

しかし、ゲンヤ達は知らない。
人間の肉体、その限界点は彼らが常識と考えるそこよりもはるか先にある事を。
その肉体の性能を完全以上に引き出す技術が、魔法にも劣らないほど深く強力な物である事を。
ゲンヤがその深淵を知るのは、これよりまだずいぶんと先のことだった。

「確かにとんでもねぇデータだが、それ以上じゃねぇ。
 魔法的にヤバいデータなら話は別だが、結局は肉体的なスペックが高いってだけだ。
 それなら、わざわざ上に報告するまでもねぇだろ」
「それは…そうですが」

本当ならそれだけで済ますべきではない。
もし兼一が人造生命なら、最低限その背景を問い質すべきかもしれない。
だが、ゲンヤはできればそれはしたくなかった。翔の事を話す兼一の姿は、心から我が子を思う父親のそれであり、言葉にできない強い共感をゲンヤは覚えていたのだから。
そんな彼らの今とこれからを乱しかねない報告を、ゲンヤはしたくなかったのだ。

「いいから、この話はこれで終わりだ。
データは残しておいた方がいいだろうが、この情報を部隊の内外を問わず漏らす事は禁じる。
たとえ部隊内の奴でもな。以上だ、もう行け」
「ハッ!」

ゲンヤに促され、彼はデータの入ったファイルだけ置いて今度こそ部隊長室を後にする。
もちろんこの後、兼一にかかわった者の中で唯一の部隊の部外者であるシャマルにも同様の口止めをした。
こうして、兼一の身体の秘密が外部に漏れる事はなく、白浜親子は平穏な日常にしばし身を置く事となる。



BATTLE 2「新たな家族」



ゲンヤが一通りその日の業務を処理し終えたのは、もう日が沈んでからだいぶ経った後のことだった。
出来れば早めに白浜親子を自宅に招き、少しでも落ち着く環境に移してやりたかったのが彼の本音。
今日会ったばかりの他人の家ではリラックスなどできる筈もないが、それでも隊舎よりかは幾分ましだろう。
だが、彼の立場上やることは山ほどあり、大急ぎで処理したにもかかわらずこんな時間になってしまったのだ。

「わりぃな、遅くなっちまった」
「あ、いえ、お気になさらないでください。隊の皆さんにもよくしてもらいましたし、シャマル先生からもこちらの世界の事を色々聞けたので……」

ゲンヤの謝罪に、兼一はにこやかに笑いながら吊ったままの右腕に変わって左腕を振る。
実際、ゲンヤの仕事が終わるまでの間はほとんどこちらの世界の事を知ることに費やされた。
1・2ヶ月の間とはいえ、その間はこちらで生活するのだ。
その為に必要な基礎知識を少しでも得ておきたい兼一としては、十分以上に充実した時間だったことだろう。
そうして、ゲンヤは兼一の言葉に肩を竦めると、彼のすぐ横に立つシャマルにも頭を下げる。

「そう言ってもらえると救われるな。
おめぇさんも悪かったな、あのチビダヌキが家で待ってるだろうに、長々とまかせちまってよ」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから。それに、私も兼一さんや翔君と話せて楽しかったですよ。ね?」
「……う、うん」

シャマルは兼一を挟んで反対側に立つ翔の顔を覗き込み笑いかける。
兼一達がゲンヤと別れた後、1時間ほどして翔は眼を覚ました。
突然見知らぬ場所に放り込まれ、当初は目に涙を浮かべて不安そうにしていた翔。
しかし、幸い兼一がすぐそばにいたこともあり、それほど大きく不安に駆られる事はなかった。
とりあえず父がいる、それだけでも彼は安心できたのだろう。

その後は一緒にいたシャマルにかまってもらっており、ほんの半日程度のふれあいだが、それなりにシャマルには懐いていた。
おそらく、シャマルが持つ穏やかで優しい空気が翔の警戒心を解きほぐしたのだろう。
ところが、今はなぜか兼一の陰に隠れるようにして、父の服の裾にしがみついている。

「ああ、この坊主はどうしたんだ?」
「あ、あははは…ほら、翔。さっき話しただろ、この人がこれからお世話になるゲンヤさんだよ」
「う、ぅぅぅうぅ………」
「なぁ、もしかしてこいつは……」
「いわゆる、人見知りですね。
正確には違うのかもしれませんが、初めて会う人を怖がってるという意味では同じだと思います」

そう、翔が兼一の陰に隠れているのは、単にゲンヤの事が怖いからだ。
特別厳つい顔をしているわけではないとはいえ、それでも相手は見知らぬ男性。
それも、突然それまでと違った環境に放り込まれたのだから、翔が過敏に反応するのも無理はない。
実際、最初のうちはシャマルも頭を撫でようとしただけで泣かれたのだから。

とはいえ、これからしばらくは一緒に暮らす以上、出来れば早めになれてほしいというのがゲンヤの本音。
非常に弱った様子のゲンヤはしばし頭をかいて宙を見上げていたが、そこで唐突に懐からある物を取り出す。

「まあ、なんだ。……………………………ほれ、飴でも食うか?」
((物で釣るんですか?))

ゲンヤのあまりに短絡的な結論に、思わず内心でツッコム兼一とシャマル。
確かに翔は子どもだが、いくらなんでもこれでは釣られまい。
そして、その予想は大当たりなわけで……

「……やっぱダメか?」
「まあ、時間はありますから、追々ゆっくり慣れてもらってはどうですか?」
「ま、それが妥当なところか。
 とりあえず車回してくるから少し待っててくれ、アンタも駅まで送るぞ」
「すみません、お世話になります」

制服から着替えた私服のポケットから鍵を取り出すゲンヤ。
どうやら、シャマルも送って行くつもりらしく、彼女もその厚意に甘えることにしたらしい。
そうして、ゲンヤは再度その場を離れ車を取りに行く。

「そう言えば、シャマル先生はこちらの所属じゃないんですよね?」
「ええ。私は本局の医務局所属なので、明日からはそちらに戻ることになりますね」
「そうですか。では、これでお別れになりますか」
「はい、名残惜しいんですけど、そうなります」
「………シャマルせんせい、もう会えないの?」

兼一とシャマルの会話を聞き、翔はとても残念で寂しそうな声音でそう尋ねる。
はじめこそ怖がったが、今となっては翔にシャマルへの抵抗感はない。
むしろ、生来の人懐っこさからか、これで会えなくなると聞いて不安そうに瞳が揺れている。
それだけシャマルに対して良い印象を持ち、彼女と過ごす時間が楽しかったのだろう。
そんな翔を見て、シャマルとしても一抹の寂しさを覚えた。

「ぁ……そうだ! 日本に戻る時は本局を経由することになると思うので、その時にでも会いにきてくれるとうれしいかな。翔君、その時には私特製のお茶とお菓子でおもてなしするから、楽しみにしててね」
「え? いいの、シャマルせんせい」
「ええ、もちろん。それに、私にとっても日本は故郷みたいなものだし、里帰りした時には時々会ったりできたら素敵じゃない?」
「うん♪」

それは、普通に考えれば単なる社交辞令とかその類に過ぎないものだろう。
しかし、この時に限ればシャマルとしては割と本気だった。
短い時間とは言え、一度は面倒を見た患者だ。
やはり思い入れはあるし、出来ればこれが縁の切れ目となってほしくない。

「すみません、シャマル先生」
「いえいえ、翔君の言う通りこれで『お別れ』というのはやっぱりさびしいじゃないですか。
 別に、私達の場合日本に戻ってもあっちゃいけないわけじゃないんですから、それくらいの気持ちでいいんだと思いますよ」

兼一としても、シャマルの言葉にはおおむね同意している。
遠い異郷の地で出会った子の縁が、これからも続いていくのならそれに勝るものはない。
だが、それがまさか「たまに会う」程度以上の付き合いになるとは思わない三人だった。

そして、間もなく三人はゲンヤの車に乗ってそれぞれの目的に向かう。
シャマルは途中の駅で降り、家族の待つ自宅へと帰って行く。
その際、再度また会う事を翔と約束する二人の姿を、兼一やゲンヤはとても穏やかな眼差しで見つめていた。



  *   *   *   *   *



その後、車に揺られる事しばし。
車の後部座席に乗り込んだ兼一と翔は、運転席に座るゲンヤとあれやこれやと話していた。
内容としては、今向かっているナカジマ家での大まかな決まり事やシャマルとどんな話をしていたかなどだ。

まあ、実際に話していたのは兼一とゲンヤで、翔は二人の会話に首を傾げながら、時折おっかなびっくりの様子でミラー越しにゲンヤの様子をうかがっていたというのが正しいが。
そうしているうちに、気付けば目的地であるナカジマ家に到着した。

車を車庫に入れ、ゲンヤに連れられて玄関へと向かう兼一と翔。
そこで、ふっとこれまでの街並みを含めた感想が兼一の口から漏れる。

「何て言うか、あまり僕たちのいた世界と変わらないんですね。もっとこう車道が何層にも分かれて立体的だったり、人がびゅんびゅん空を飛んだりしてると思ってたんですけど……」
「そりゃSF小説の読み過ぎだな」
「げ、ゲンヤさん……」
「冗談だって。ま、結局人間が住んでるところだからな。
どんだけ技術が発展しても、やることには限度があるってことなんじゃねぇか?
 クラナガンの中心部でも、建物の高さはともかく、基本的なところはそう変わらねぇぞ」
「そういうものですか」

兼一としては突然そのSFとファンタジーが融合した世界に放り込まれた様なものなので、ついついそんな想像をしてしまう。
しかし実際にそこに住むゲンヤとしては、兼一の想像には苦笑を洩らさずにはいられない。

「そういうもんだ。第一、飛行魔法は確かにあるが、その辺を自由にしちまうと交通ルールの取り決めや取り締まりが大変なんだよ。
 そもそもだな、一般道の事故だって根絶できてねぇんだ。空まで取り締まるなんて手に余るっつうの」

確かに、二次元的な地上の交通事故ですら頻度はともかく絶えない以上、ここに加えて縦横に加えて「高さ」まで存在する空の警戒までするとなれば、その労力は計り知れない。
飛べる人間はいるし、飛ぶための道具も存在するが、だからと言って飛べばいいというわけでもないのだろう。
飛べた方が何かと便利なようだが、それによる弊害が確かに存在するのだから。

とそこで、兼一は自身の上着の裾が軽く引っ張られていることに気付く。
そんな事をするのは、翔をおいてほかにいない。
彼は兼一を見上げながら、小さいが少し興奮した様な声で父に語りかける。

「父様、なんだかいい匂いがするよ」
「ん? ああ、そうだね。この匂いは……………お味噌汁?」
「ああ、ギンガの奴が飯作ってるんだろ」
「確か、娘さんでしたよね」
「ああ、姉の方になる。
一応所属は俺の部隊なんだが、今日は一日暇をやってお前らの部屋の準備をさせてたんだよ」

普通なら、これから世話になる家の娘がその部隊内にいるなら早め顔見せをしているところだろう。
それをしなかったのは、ひとえにその人物がその場にいなかったからに他ならない。
108所属と聞いてはじめはいぶかしんだ兼一も、最後まで聞けば納得したらしい。
とはいえ、今度は別の疑問が浮かんでくる。

「こちらにもあるんですか、和食?」
「あるぜ。つーか、俺の先祖がそっち出身なのは話しただろ。
 俺の親父が酔狂な奴でよ、『和食がないのは世界の損失だ』とか言い出して脱サラして定食屋をはじめやがってな。それから一時期和食ブームが起きて、今でもそこそこ和食を出す店があるんだわ」

考えてみれば当然の話で、元は地球は日本出身のナカジマ家で和食が食べられているのは当たり前だ。
材料さえ揃えられれば、かつてこの地にやってきたゲンヤの先祖がその味を求めたのは必然と言える。
まあ、さすがにそれで飲食店を始め、いつの間にやらこの世界に浸透したというのは驚くばかりだが。

「ず、ずいぶんとアグレッシブというか、バイタリティのあるお父さんだったんですね」
「まぁな。ただよ、『日本男児たる者、寿司くらい握って和菓子も作れるようになれ』なんて無茶言いやがるもんだから、結局家業は継がずに局に入ったわけなんだが……」
「あ、あははは……」

なんとなく、「家業を継がない」発言をした際に親子で殴り合いを始めた様子を想像してしまし、乾いた笑みを浮かべる兼一。
そんな兼一を余所に、育ちざかりまっただ中の翔の腹が威勢よく食事を求めて可愛らしい唸り声を上げた。

「父様、おなか減った……」
「っと、玄関の前でグダグダやってる場合じゃねぇな。
 わりぃな坊主、すぐに飯を食わせてやるからよ」
「う、うん………」

父と親しそうに話している事が功を奏したのか、少しばかり翔もゲンヤに慣れてきたらしい。
あるいは彼なりに、目の前の人物が自分達の庇護者である事を感じていたのだろうか。
どちらにせよ、とりあえずはゲンヤの目を見て小さく受け答えをする程度にはなってきた。
翔とてもう乳飲み子ではないし、そもそも人懐っこい気質だ。これくらいの年齢になれば、相手が初対面であっても、慣れるのにそう時間をかけはしないのだろう。
そうして、ゲンヤは玄関の鍵を開けて二人を自宅へと招き入れる。

「ようこそ、って事になるのかね、この場合は。
 ここがしばらくの間お前らの家になる。ま、自分の家だと思って気兼ねなくくつろいでくれや」
「何から何まですみません、お世話になります」
「なります」
「おう………っと、話してるうちにきやがったな」

自身の背後に続く廊下の方へ視線を向け、そんな事を呟くゲンヤ。
耳を澄ませば、奥の方から「パタパタ」とスリッパでフローリングの上を早足で駆けてくる音が聞こえる。
その律動は軽快そのもので、音の主の体重の軽さとキビキビとした挙動が見てとれるようだ。
とはいえ、これを兼一が聞くと別の意味合いが絡んでくる。

(ウエイトは軽いけど、リズムがいい。身体の動かし方をよく知ってる。
 音の間隔からして歩幅があのくらいだから、身長は僕とそう変わらないかな?)

普通、足音を聞いただけでここまでわかるだろうか?
確かに格闘技に置いて相手の身長や体重は重要な要素だし、足運びから相手の力量を知ることもできるのかもしれない。が、足音からそれらを判断できるとは……。
まさか足音の主も、会ってもいない相手に身長と体重を把握されているとは思うまい。
特に、体重をほぼ正確に看破されていると知ったら、はてさてどんな反応を見せるのやら。
女性に体重を聞くのは、年齢を聞く事に匹敵するか、それ以上のタブーだというのに。

そして廊下の奥から現れたのは、紫紺のエプロンで手を拭くうら若き乙女。
白のロングスカートを身につけ、髪は腰まである蒼い長髪を大きめのリボンで結えている。
少女の名を「ギンガ・ナカジマ」。
十人いれば十人がゲンヤと親子である事を疑うほど、父に全く似ていない娘である。
そしてそれは、何も外見に限った話ではない。

「父さん、おかえりなさい」
「おう、今帰ったぜ。んで、こっちが今朝話した奴らな。
 兼一、それに翔。これが娘のギンガだ」
「もう、そんな紹介の仕方ないでしょ! すみません、父さんってどうも大雑把で……」
「あ、いえ、お気になさらず」

途轍もなく細部をはしょり、極めて大雑把に双方の間に立って紹介するゲンヤ。
ただ、それがあまりにあまりなので、ギンガは片手で頭を押さえつつ注意している。
ゲンヤが良くも悪くもおおらかなのに対し、彼女は割と生真面目な気質らしい。

「そう言うんなら自己紹介くらい自分でやりゃあいいだろうが」
「はじめからそのつもりです。その前に父さんが勝手に話を始めただけでしょう、まったく。
……コホン。では、改めて娘のギンガ・ナカジマです。陸士108所属、階級は陸曹、魔導師ランクは陸戦Aランク「高めの身長がコンプレックスの、恋人いない歴=年齢の寂しい花の16歳」…………父さん、言い残す事はある?」

自己紹介に割って入り、勝手に言いたい放題言って茶々を入れるゲンヤに青筋を浮かべて拳を握るギンガ。
幻聴か、空気が「ミシミシ」言うほどの怒気がギンガから放たれている。
だが、ゲンヤとしては慣れた物で、それでもなおギンガをからかう事をやめよとはしない。

「まったく、俺はおめぇたちの事を心配して言ってやってんだぞ。俺だってもう年なんだ、早いとこ娘の晴れ姿を見たいところだってぇのに、お前らときたら浮いた噂一つねぇときた」
「私はまだ16よ、別にそんなカツカツする事じゃないでしょ」
「そう言ってるうちに二十歳になり、三十路になり、ゆくゆくは……時間が経つのははぇえぞぉ」
「天国の母さん? ちょっと父さんをそっちに送ろうかと思うんですけど、別にいいですよね?」
「あ、あの、とりあえず落ち着いてください! お父さんを撲殺するのはさすがに不味いですよ!?」
「ギンガさんやめてぇ―――――――!?」

二人を置いてけぼりにし、勝手にヒートアップするギンガとからかうゲンヤ。
ギンガの髪が「怒髪天を突く」的に逆立ち始めたのを見て、兼一はかなりビビった様子ながらもギンガを止めようと努力する。具体的には、やめるように声を駆け、抱えるようにしてギンガの左腕にしがみついていた。
反対側の右腕には、いつの間にか翔がぶら下がっている。どうやら、彼も必死にギンガの暴走を止めようとしているらしい。

本来、兼一のパワーなら16の少女の拳を止める位訳はない。
しかし、如何せん事前情報でギンガが魔導師である事を兼一は知っていた。
故に、大事をとっていつでも全力で止められるように身体全体を使っているのだ。
何しろ、兼一は魔法に対して全くの無知。魔法を使われた場合、自分で止められるかの判断ができないのだから。
ただここで、兼一はその手で触れたギンガの腕の感触に僅かな違和感を覚えた。

(……………? なんか、妙に固いというか、ゴツゴツしているというか……しなやかでいい筋肉なんだけど、変なものが混じってる? この子、昔大怪我でもしたのかな?
 ボルトとかワイヤーっぽい感触もするし、そう言うので固定しているとすれば一応納得はいくんだけど…………………いや、やっぱりしっくりこない。それに、仮にそうだとしても古傷がある風でもないんだよね。
まあ、それも進んだ技術のおかげって考えれば辻褄はあう………のかな?)

はっきり言ってしまえば、それは人体を熟知した兼一にとっても未知の感触だった。
それっぽい物は挙げられるのだが、具体的「これ」という物が思い浮かばない。
そもそも、挙げだしたらキリがないほどに違和感が次々と浮かんでくるのだ。
根っからのお人好しであるが故に敢えて考えないようにしているが、「本当にこれは人の腕なのか」そんな疑問に発展しそうになっていた。まさか、それが正解だとは思いもせずに。

まあ、それはさておき……やはり初対面の相手に腕だけとはいえ抱きつくものではない。
何が言いたいかというと、あまりその手の事に免疫のないギンガには少々刺激が強すぎたらしい。

「わひゃあ!? な、なななななな何をするんですか!?」
「へ? あ、すみません…………って、翔!?」
「あ~~~~~……」

思い切り赤面して硬直しながら叫ぶギンガに対し、兼一は少し驚きながらもその手を離す。
しかし、兼一と違って離すのが僅かに遅れた翔は、ギンガが反射的に腕を振り回したものだからあえなく宙を舞う破目に陥った。何しろ体が小さく体重も軽い翔だ、それはもう軽々と宙を飛んでいる。
ギンガは自身の失態に気付き、その口からは声ならぬ声が漏れる。

「っ!?」
「ヤベェ!?」

声を挙げたのはゲンヤ。彼の視線の先には、今まさに振りほどかれた翔が壁にぶつからんとしている。
普通ならこのまま壁に激突し、程度の差はあるが怪我を負うことになるだろう。

だが……それは、投げられたのが翔以外ならの話だ。
翔はまるでネコか鳥の様に宙で身をひるがえすと、さも当然の様に壁に四肢をつく。
そのまま重力にひかれ、彼は無事床の上に着地を決めた。
それを見て、ゲンヤとギンガが思わず安堵の吐息を洩らしたのは当然だろう。

「よ、よかったぁ……」
「ったく、何やってんだ。
ぶつからなかったから良かったものの、こんなガキに怪我させそうになってんじゃねぇよ」
「うぅ、面目次第もありません。ごめんなさい、兼一さん翔君」
「あ、いえ、そもそも僕達があんなことしたのが原因ですから。ところで翔、怪我はないかい」
「うん!」

兼一は翔の下に駆けより、一応怪我がないかを確認する。
完璧な着地を決めた以上、怪我はしていない筈だが念の為だ。
同時に、兼一は内心で今のギンガの動きを考察する。

(それにしても、あんな滅茶苦茶なやり方が軽々と人を投げるなんて……。
 翔は軽いからあの細腕じゃ無理とまでは言わないけど、それにしたって……アレが、魔法の力?
 もしそうなら、かなりやりづらい)

今の一連の事象を見て、兼一が抱いた感想がこれだ。
力任せに人を投げることは可能だが、それは決して容易なことではない。
如何に体重の軽い翔とは言え、それでも4歳という年齢相応の体重はある。
これを片手で理を無視して適当に投げるとなると、それなり以上の筋力が必要だ。
細腕と称して良いギンガの腕でそれが不可能とは言わないが、それでもかなり無理のある動作だろう。

その無理を無理でなくすものがあるとすれば、それは魔法の力以外にあり得ない。
少なくとも、兼一はその判断に疑いを持ってはいない。
先ほど感じた正体のつかめない違和感より、よほどこちらの方が結び付けやすいというのもあった。
何しろ、治療の為に人工物を使用するのは理解できても、人体を強化するためにそれらを埋め込むなどという発想は、そもそも彼には存在しないが故に。
兼一に言わせれば、そんな事をしなくても「鍛えれば充分強くなれる」のだから。

いや、今兼一が問題としているのはそこではない。
強い人間というのは、雰囲気や立ち振る舞いなどにそう言ったものが滲みでる。
魔導師でもそれは変わらないのだが、一つ兼一にはどうしても看破できない要素が存在する。
そう、魔導師ではない兼一には魔力の大きさはわからず、魔法によって強化された身体能力がどの程度の物なのかが判別できないのだ。
元となる身体能力や技量は分かっても、そこに上乗せされる魔法の力は読めない。
実際に戦うとすれば、相手の力が読み切れないのはさぞかしやり難いだろう。

と、兼一がそんな事を考えていることに気付く事もなく、ギンガは再度深々とお詫びの意を示していた。
ついでに、相変わらずゲンヤはそんなギンガに茶々を入れているが……。

「本当にすみません。えと、その……こう言った事は不慣れなもので……」
「男と付き合った事はおろか、手を繋いだこともねぇからこんなことで慌てんだよ。
 精進がたらねぇぞ精進が、俺ぁ情けなくて泣けてくらぁ!」
「ああもう、外野は黙っててください!!」

わざとらしく手の甲で目元をぬぐうゲンヤと、それに「いい加減にしろ」とばかりに怒るギンガ。
なんのかんの言いつつ、仲のいい親子なのだろう。
兼一としては若干苦笑を浮かべつつ、そんな事を思う光景だった。

「にしても、ずいぶんと身軽だなこの坊主は」
「ああ、そう言えば」
「あ、あははは……」

ゲンヤとギンガは先の翔の身のこなしを思い返し、感心したようにそんな感想を述べる。
それに対し、兼一としては笑ってごまかすより他はない。
どうやら、翔は兼一よりも風林寺の血を濃く受け継いでいるらしく、その身体能力は高い。
それこそ、大抵のスポーツで大成できる資質があるだろう事を、誰よりも兼一が知っていた。
同時にそれは、武術においても例外ではない。翔ならば、普通にやっていてもそれなりの腕になるだろう事を、父としての身内贔屓ではなく、客観的な武術家としての視点で兼一は理解しているのだ。
だからこそ、そのことにあまり触れたくないが故に笑ってごまかす。

とはいえ、そんな兼一の想いを知る筈もない翔は、今の空中遊泳がツボにはまったらしい。
いそいそとギンガに駆けより、普通に考えればだいぶ無茶で危なっかしい事を求めていた。

「あの! 今のもう一回してください!」
「え? ああ、いや、アレはちょっと危ないから…他の事にしない?」
「ええ~……」
「ほら、怪我しないかってお父さんも心配すると思うし…ね?」

酷く残念そうな声を漏らす翔に対し、ギンガは膝を折って翔の眼の高さに合わせながら諭す。
今はたまたまうまく着地できたが次も上手くいくとは限らない、というのがギンガの見解だ。
確かに、普通の子どもがあんな着地を決められる事はまずあり得ないだろう。
それなら、ギンガが困った様子でそう言い聞かせるのは当然といえた。
そして、兼一としてはギンガの言葉にはおおむね同意。
彼女と違って、危ないからではなく翔の身体能力をあまり露見したくないからだが。

「翔、ギンガさんを困らせるんじゃない。あまり我儘を言ってると、嫌われちゃうかもしれないよ」
「……はぁい」
「いえ、我儘だなんて…そんなことは全然ないから、気にしなくていいよ。
 ただね、ちょっと危ないから別の事をして遊ぼうか?」
「……いいの?」
「うん! 危なくないなら、いくらでも遊んであげる♪
 だけどね、君が怪我をしたらお父さんもそうだけど、私やそこのおじさんだって悲しいから、それだけはわかってくれるかな?」

翔の翠の瞳を覗き込み、その頭を優しく撫でながらギンガはゆっくりと言い聞かせる。
妹がいたことで年少者の扱いを心得ているのだろう。
それは傍から見ると、年の離れた姉弟か従姉弟の様にも見えた。

「おい、誰がおじさんだ」
「父さん以外にいるわけないでしょ。十代半ばの娘がいる時点で十分おじさんです。
 むしろ、その年と外見で『おじさん』扱いしてもらえるだけ喜んでください。
 見る人が見たら『おじいさん』にだって見えるんですから」

どうも、今日のギンガはだいぶ棘があるらしい。
まあ、アレだけからかわれれば棘の一つや二つ出てくるというものだろう。

「ほれ、いつまでも玄関でくっちゃべってても仕方ねぇだろ。
 早く入って飯にしようや、そこの坊主も腹をすかしてるみてぇだしよ」
「あ、うん。でも父さん、『坊主』はないんじゃないの?」
「別にいいだろ、なぁ?」
「まあ、別にいいんじゃないでしょうか?」

翔の呼び方についてギンガは苦言を呈するが、兼一も翔もあまり気にした様子はない。
何しろ、逆鬼は翔の事を『坊主』どころか『チビ』と呼んでいる。
これに比べれば、ゲンヤの呼び方くらいはあまり気にならないだろう。

「なら問題ねぇな。そら、さっさとはいんな」
「はい、お世話になります」
「おじゃましま~す」
「ったく、ちげぇだろ。しばらくここで暮らすんならな」
「え、でもそれは……」
「ここを自分の家だと思ってくださると、私達もうれしいですから」

並び立って白浜親子に微笑みかけるナカジマ親子。
そんな二人に、兼一は心から感謝の念を覚える。故郷を離れ、異郷の地で土台となる物を何も持たない自分達に対し、この家と自分達を土台と思ってほしいと言ってくれる、この親子の優しさに。
翔は喜びをかみしめるように僅かにうつむいた父を見上げ、不思議そうに首を傾げる。

「父様?」
「翔、家に帰ったら、何て言うんだっけ?」
「………………ただいま」
「そうだね。ただいま、ゲンヤさんギンガさん」
「「はい(ああ)、お帰り」」

こうして、兼一と翔は異郷の地ミッドチルダにおける『我が家』とも呼ぶべき場所に一歩を踏み出した。



おまけ

ナカジマ家の居間にある楕円形の食卓で遅めの夕食をとる四人。
メニューは兼一と翔の事を慮った純和食。見知らぬ異郷の地に来たばかりの二人に配慮し、少しでも落ち着けるようにとギンガが腕をふるったのだ。
白浜家や美羽のそれとは僅かに違う味付けながら、その慣れ親しんだ和の味に白浜親子は舌鼓を打つ。
際立って旨いというわけではないが、充分「美味しい」と言える味だ。
ただ、一つ気になる事がある。それは……

「他の料理もおいしいですけど、お味噌汁は本当においしいですね。これもギンガさんが?」
「はい。和食は母に習って、その母はおじいさんから習ったそうですよ」
「へぇ、オフクロの味って言う奴ですね」
「まあ、そんなところですね。翔君はどう? 美味しいかな?」
「うん♪ それに、なんだか父様の作ってくれるお味噌汁に似てて、とっても美味しい!」
「そっか、喜んでもらえてよかった」

兼一と翔の反応に気をよくしたのか、ギンガの顔には溢れんばかりの笑顔が咲き乱れている。
料理をはじめとした家事は元々好きだが、やはりこうして褒めて喜んでもらえればうれしいものだ。

「でも兼一さんもお料理が得意なんですか?」
「得意って言うほどものでもありませんけどね。
 ただ、この子に母の味を教えてあげたくて、僕なりに色々試してるんです」

それは、母を知らぬ翔への兼一の愛情そのもの。
美羽と共に台所に立った記憶を掘り返し、かつて食べた味を思い出しながら、少しでも美羽の味に近づけようとこの四年間研究し続けた料理。
未だ完璧に再現できたとは言い難いが、それでもだいぶ近づけたという自負が兼一にはある。

「でも、ちょっとショックかな。
あの味を出すのに僕も結構苦労したんだけど、ギンガさんもその味が出せるなんて……」
「いやいや、そんな大したもんじゃねぇぞ。こいつの得意ジャンルが何か教えてやろうか?」
「ちょ、父さん!?」
「へ? 和食じゃないんですか?」
「確かに和食は得意だが、一番の得意分野は違う。
 こいつな、大雑把かつ大量に作れる料理の方が味は良くなるんだよ。
 カレーとか鍋物の方が得意なんだわ。ま、一番はベーキングパウダーを山ほど使った菓子なんだがよ」
(そう言えば、ギンガさんのお皿って、物凄い山盛りだよね……)

そう、あえて気にしないことにしていたが、兼一の向かいに座るギンガのさらにはうず高く積み上げられた白米の山がある。他にも、どこの大食い選手権かと言わんばかりの量の料理が、彼女の前には並んでいるのだ。
あの細い体のどこに、これだけの質量が入るのか、兼一は心底不思議だった。
というか、一瞬「これが魔法の力なのか」と愕然としたのは秘密である。

「うぅ、べ、別にいいじゃない。ちゃんとおいしいんだし……」
「そりゃあな。味に文句はねぇし、作った分はちゃんとおめぇやスバルが消費するんだからとやかくはいわねぇよ。食費に関しちゃ、クイントが生きてた頃からあきらめてるしな。
 だがよ、料理の得意分野までアイツに似ることたないだろ」
「子が親に似るのは当然です。文句があるなら、父さんも教えるべきだったんじゃないですか?」
「ちっ、親父に反発して料理なんて手をつけなかったからなぁ……」

どうやら、ギンガの料理スキルは母の影響を色濃く受け継いでいるらしい。
それにこの話からすると、ゲンヤの亡き妻であるクイントも相当な大食いだったようだ。

(ギンガさん、見た目だけじゃなくて食事に関してもお母さん似なんだね)

棚の上の写真立てにある、ギンガとよく似た女性の写真を見て兼一はそんな事を内心で呟く。
ギンガからはゲンヤの遺伝子をまるで感じないが、母クイントの遺伝子が大勢を占めているらしい。
まあ、それも彼女の出生からすれば当然なのだが、こればっかりは兼一のあずかり知らぬところである。

「あの、ところで兼一さん」
「はい、なんですかギンガさん」
「私の方が年下なわけですし、もうちょっと気軽に話してください」
「でも、それは……」
「正直に言ってしまうと、年上の方に敬語を使われるのって変に緊張しちゃうんですよ。
 ですから、お願いできませんか?」

相手は家主の娘、兼一としては敬語を使うのが当然なのだが、ギンガはそう思っていないらしい。
実際に、兼一にそう頼んでいる今もどこか困ったような笑顔を浮かべている。
礼儀の事を考えるならやはり敬語を使うべきと兼一は考えるが、当人がそれを望んでいないのなら話は別だ。
少々悩んだ兼一だったが、最終的にはギンガの申し出を受けることにする。

「それじゃあ、『ギンガちゃん』って事でいいかな?」
「ちゃ、『ちゃん』ですか!?」
「おかしいかな?」
「あ、いえ、全然そんな事はないんですけど……」

恐らく、そういう呼び方に慣れていないのだろう。
動揺を露わにするギンガの顔は、慣れない呼び方への恥ずかしさから赤面している。
兼一としては年下の女性は大抵「ちゃん」付けなので抵抗はないが、ギンガはそうではなかったらしい。
まあ、16にもなって目上の人間から「ちゃん」付けで呼ばれるのは、確かに恥ずかしいだろう。
実際、ギンガは兼一に聞こえないように内心で「そんな子どもじゃないのに」とぼやいている。
そんなギンガの反応を見て兼一は首を傾げ、ゲンヤは笑いを押し殺すのに苦労していた。
とそこで、それまで不思議そうに父とギンガの顔を交互に見ていた翔が、恐る恐るギンガに話しかける。

「あの、ギンガさん?」
「ん? どうかしたの、翔君」
「その、えっと……………『お姉さん』って、呼んでもいい?」
「え?」

それはとても控えめで、今にも消え入りそうな小さな願いの言葉。
翔は一人っ子で、母も知らない。身近な女性と言えば、一緒に暮らしている祖母位なもの。
叔母や父の友人の女性たちと会う機会はあるにはあるが、一時でも一緒に暮らした経験などある筈もなし。
故に、彼にとってギンガは祖母をのぞけば一番身近な所にいる女性ということになる。
たとえ、それが短い期間だったとしても。

それでも、しばし共に暮らすその相手との距離を少しでも縮めたいと、子どもながらに思った結論がこれだったのだろう。呼び名というのは、それぞれの精神的な距離を現すと言ってもいいから。
そして、不安そうに上目づかいで自身を見つめる翔の眼を見たギンガの心はというと……。

(か、可愛い!? なに、この可愛い生き物は!!
 涙で潤む翠のつぶらな瞳の上目づかい、あどけない表情、澄んだ高い声、どれもこれも破壊力あり過ぎよ!?)

童子というのは、ただそれだけで周りの大人の庇護欲をそそる魔性の生き物だ。
翔にその自覚は一片もないが、その邪気のなさがかえってギンガの心を揺さぶっている。
元々面倒見がよい世話焼き気質のギンガだ、こんな眼と声で求められてどうして拒否できようか。
そして、あまりの衝撃にプルプルと震えていたギンガだったが、ついに辛抱堪らんとばかりに翔を抱きしめた。
その様は、そのまま頬ずりを始めるどころではなく、傍から見ると今にもさらっていきそうな印象さえ受ける。

「あぅ!? お、お姉さん?」
「ダメよ、お姉さん…何て呼ばせない」
「ぁ、その…ごめんなさい」

突然抱きしめられたことに驚きながらも、ギンガの顔をゆっくりと見上げる翔。
そんな彼に対し、ギンガはその呼び方を許さない。当然、翔は目に見えて落ち込む。
しかし、ギンガの言葉にはまだ続きがあった。

「『お姉さん』だなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、もっと気軽に『ギン姉』って呼んでいいのよ。
 むしろ呼んで! いえ、呼びなさい翔君!! 私の事は、遠慮なくお姉ちゃんと思っていいんだから!!!」
「ああ……わりぃな。なんか知らんが、変なスイッチが入っちまったらしい。
一発はたいて正気に戻すなり止めるなりした方がいいか?」

娘の知られざる一面を垣間見たのか、ゲンヤはどこか悪い夢でも見ているかのような面持ちだ。
母親に似て世話好きだし、何より妹であるスバルを母亡きあとは半ば母親代わりで育てたギンガだが…まさかここまで錯乱するとは思わなかったらしい。
まあ、弟と妹では違うのかもしれないが、翔の何かが最近は燻り気味だったギンガの世話焼きの気質に火をつけたようだ。それこそ、山火事級の。
そんなギンガと翔の様子を見ていた兼一は、僅かに苦笑を浮かべながらもその反応は好意的だった。

「あ、いえ。翔も満更ではない様ですから、このままで…いいと思います」

兼一の言う様に、ギンガに抱きすくめられる翔は少し苦しそうにしているが、同時にどこか嬉しそうでもある。
如何にあまりさびしい思いはしてこなかったとはいえ、翔は母のいない一人っ子。その事実が変わる事はない。
恐らく、「寂しい」というほどではなくとも、そう言った家族が欲しいという潜在的な願望があったのだろう。

「ね、ダメかな?」
「く、くるしい……」
「あっ…ご、ゴメンね!?」

翔の言葉に大急ぎで抱きしめる手を緩めるギンガ。
そのまま一端身体を離そうとするが、それはかなわない。
なぜなら、今度は反対に翔がギンガの事を抱きしめていたのだから。

「翔…君?」
「良い…の? その……………………『ギン姉さま』って、呼んで?」
「…………バカね、当たり前でしょ。ねぇ、『翔』」
「…………………………………うん♪」

俯き不安そうに尋ねる翔に対し、ギンガは再度の抱擁を以て応える。
先ほどの様な強さはなく、優しく、暖かで穏やかな抱擁。
気がつけば、ギンガの左手はゆっくりと翔の頭にのせられ、愛おしそうにその頭を撫でていた。

「ギン姉さま」
「なに、翔?」
「あったかくて、いい匂いがする」
「そう? 私もね、あったかいよ」
「やれやれ…仲良き事は美しき哉、ってか?」
「そうですね」

こんな感じで、白浜親子の異世界での初めての夜は更けて行く。
明日からの日々に何が起こるのか、それを各々は漠然と楽しみにしながら。






あとがき

正直に言ってしまうと、予定に比べて全然進んでいません。
ホントは、ある程度ミッドでの日常風景にまで触れるつもりだったんですけどね。
この分だと、ちゃんとした形で状況が動くまでにあと1・2話かかることになるかもしれません。
というわけで、しばらくの間はほのぼのベースの日常のお話になるでしょう。

ところで、ゲンヤは少しだけ兼一の一面に近づいてきています。
とはいえ、魔法主体で人体の限界には疎い彼らでは、今のところはこんな認識でしょう。
翔は、今のところは割とスペックが高いだけの子どもに過ぎませんけどね。

まあ、逆に兼一は兼一でギンガの体に違和感を覚えてますけどね。
ただ、彼にはその手の知識がまるでないので、違和感が確信に発展しませんが……。
早い話、「なんか変だなぁ」と思いつつ、上手く説明できないので管理世界の進んだ技術による物と自己完結してしまうのが簡単だったんですよ。あながち間違ってませんしね。

最後に、シャマルはここで一端退場し、代わりにギンガが翔の姉的ポジションに。
これにどんな意味があるのかは、まあ追々という事で。
ただ、彼女の料理スキルに関しては、姉妹揃ってあの大食ですからね。きっと、得意分野もそれに見合ったものなんじゃないかなぁ、と思っての捏造設定ですけど。

それでは、早めに更新できるよう鋭意努力いたしますので、今後ともお付き合いくだされば幸いです。


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