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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 27「友」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:38

それは、ある月の綺麗な夜の事。
例によって例の如く、苛烈を通り越して壮絶とも言える修業により、ギンガは今日も限界の先にある風景を垣間見る羽目になった。正直、我ながら毎日よく生き伸びていると感心するほど、日々の修業は過酷だ。
とはいえ、その日のメニューはただ今を以ってようやく終了。
今日もまた何とか生き残れた事を、誰にともなく感謝する。

ただ、やはり体力的に限界を超えているのもまた事実。
終了を告げられると同時に、ギンガはその場で崩れる様に倒れ、仰向けになって身体を休める。
大の字になって荒い息をなんとか整えながら、夜空に浮かんだ満月に目を細める。
まるで、目を凝らすことでそこに求める答えを見出そうとするように。

だが当然、幾ら目を凝らした所で答えなど得られる筈も無し。
別に落胆した訳でもないが、知らず小さく溜め息をつく。
すると、修業道具を片付けていた師が目ざとくそれに気付いた。

「どうしたんだい、溜め息なんてついて。なにか、悩みごとでもあるのかな?」
「え? あ……」

指摘され、ギンガは手を口元にやって思わず赤面する。
そんな愛弟子の表情の変化が面白いのか、兼一は慈愛に満ちた目を向ける。

「いえ、あの…悩みという訳じゃ……」
「そう。じゃあ、何か気になる事でもある? なんだか、修業中も少し様子が変だったから気になってね」
「その…はい。実は……」
「あ、いや、無理に話さなくても良いんだよ…ただ、ほら。一応、立場的に…ね?」

ギンガがどこか言い難そうにしていると思ったのか、兼一は慌てた素振りを見せる。
どうやら、年頃の娘らしい悩みや疑問と勘違いしたようだ。
幾ら師弟の間柄とはいえ、兼一は男性でギンガは女性。
それも、ギンガは多感なお年頃である。師として弟子の事は心身ともに把握しておくべきだが、だからと言って踏み込むべきではない領域という物はある。
そういった可能性を考慮して、兼一なりに気を遣ったつもりなのだろう。

しかし、当のギンガからすればその気の遣い方は的外れも良い所だ。
時に他者の心の奥底まで見抜く眼力を発揮する癖に、普段はどうしてこう察しが悪いのだろう。
ギンガは別にそう言う理由で物憂げにしていた訳ではない。
ただ、こんな事を尋ねて良いのか、その事を悩んでいたのだ。

「いえ、別に師匠が考えている様な事じゃありませんよ。
 ただ、その……」
「?」
「ザフィーラが言っていたんです。師匠の拳は『重かった』って」

ギンガがザフィーラからそんな話を聞いたのは、つい先日行われた模擬戦の名を借りた二人の組手の後の事。

「技術や力だけじゃ、あんなにも芯には響かない。師匠の拳には、強い信念や誇りが乗っていた。
 ザフィーラがそう言っていたんです」
「ふ~ん、なるほどねぇ」

兼一の拳を受けるだけであれば、ギンガはほぼ毎日兼一の拳を体験している。
しかし、ギンガには兼一の拳にそう言ったものを感じた事がない。
より正確には、ギンガではまだ兼一の拳の奥にある物を感じる事が出来ない。
その理由は、あまりにも隔絶した技量の差であり、兼一の拳がギンガを指導する為に放たれる物だからだ。

勝負と修業の中で放つ拳では、当然その意味合いを含め、多くの物が違ってくる。
故に、ギンガにはザフィーラの言っていた事を具体的にイメージしにくい。
だが、弟子の身としては、師の事は少しでも多く知りたいと思う。

『信念』という意味であれば、ある程度分かっているつもりだ。
兼一が貫くのは『活人拳』、目指すものは『信じた正義を貫く強さ』。
全てを十全に理解できていると嘯くつもりはないが、それが師の信念である事は良く知っている。
では、兼一が拳に乗せる誇りとは……?

「……師匠、一つ聞いても良いですか」
「うん、何だい?」

しばしの逡巡の後、ギンガは師に対し胸中の疑問をぶつける事を決意する。
ただ、本当に聞いていいものかどうか自信がなく、その言葉尻はどこか弱い。

「もしかしたら、バカな質問なのかもしれないんですけど……」
「ギンガ」
「は、はい! ごめんなさい、やっぱりこんなこと聞くべきじゃ」
「いや、まだ内容すら聞いてないんだけど」
「あ……」

咄嗟に謝ってしまった自分の早とちりに、ギンガは先ほどとは別の意味で赤面する。
そんな弟子を兼一は微笑ましそうに見つめながら、優しく語りかける。

「何を聞きたいのかは分からないけど、僕に応えられる事なら気兼ねなく聞いてくれていいんだよ。
 君は僕の弟子で、僕は君の師だ。弟子の疑問に答えるのは、師として当たり前のこと。
 ましてや、君がそんなに悩んでいる事を軽く見たりする訳ないじゃないか。
 それとも、僕ってそういう風に見えるのかな?」
「い、いえ! そんな事……!」
「良かった。なら、遠慮せずに聞いてくれると嬉しいな」

一瞬表情の曇った兼一だったが、ギンガの返答を聞いて安堵したように微かに肩の力を抜く。
正直に言ってしまえば、兼一とて不安は多い。
ギンガは実質初めての弟子で、それも年頃の女の子だ。
肉体的、技術的な指導はもちろんだが、それ以上に精神的な部分には一層の配慮が必要。
故に、兼一は今のギンガの返事を聞くまで、内心では戦々恐々としていた。
とはいえ、鉄の自制心でそんな素振りはほとんど見せないし、ギンガも気付くことなく躊躇いがちに心中の疑問を吐露する。

「実は、その……師匠にとって誇りとは何なのかな、と」
「誇り?」
「はい。師匠の信念や流儀は何度も聞かせていただきましたけど、誇りについては……」

そう言えば、聞いた事がなかったように思う。
これほどの実力を持つ、心技体を恐ろしく高度な次元で兼ね備えた兼一が拳に宿す誇りとは、一体……。

「誇りか、誇りねぇ……」

ギンガの問いに、兼一は腕を組んで夜空を仰ぎながら熟考する。
別に、明確な答えを持っていない訳ではないし、言葉にできない様なあやふやな物でもない。
むしろ、言葉にするだけならば簡単だ。だが果たして、それでいいのだろうか。

想いという物は難しい。言葉にすることもそうだが、それを正確に伝えるとなるとなおさら。
言葉が多過ぎても少な過ぎても、想いは思うように相手に伝わらない。
言葉が多過ぎれば返って重さが薄れ、意図しない方向に曲解されるかもしれない。
逆に少な過ぎれば言わずもがなだ。

兼一はしばし熟考に熟考を重ね……自分なりの答えを言ノ葉に乗せる。
多少の気恥かしさと共に。

「僕は、誇りって言うのは『大切な物との繋がり』であり、それに対する『感謝』なんじゃないかと思う」
「繋がりと感謝…ですか」
「うん。大切に思える何かと出会う事が出来た、今も繋がっている。そして、自分を構成する掛け替えのない要素の一つとなってくれた事。それらに対する感謝の念。
 僕は、この人生に感謝しているよ。美羽さんに出会い、武術に出会い、師匠達に出会い、友と出会った。
 それら全てが僕の誇りであり、どれだけ感謝しても足りない宝物なんだ」

確かに兼一は美羽を失った。しかし、彼女と出会えた事への感謝の念はいささかも揺るがない。
それは、兼一が今も美羽との繋がりを実感しているから。
武術が兼一と美羽を繋げ、その繋がりが翔をこの世に産み落とした。
美羽の存在は、今も兼一の心と武、そして翔の中で生きている。そう信じているから。
そして、この出会いもまた……。

「それに、君もね」
「え、私ですか?」
「君は、僕には過ぎた良い弟子だ。正直、身と心が引き締まる思いだよ」
「そ、その……ありがとう、ございます」

優しく頭をなでられながら、ギンガは耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
そんな愛弟子を見て、兼一は改めて誓う。『師としては未熟な身なれど、少しでもこの子に相応しくあろう』と。

もしあの時、兼一の拳をザフィーラが重いと思ったのなら、そこにギンガの存在は欠かせない。
兼一はその背に多くの物を背負い、拳にもまた多くの物が乗っている。
師と各門派の名誉を背負う身として、それらに泥を塗る様な事が許されない事は良く分かっていた。
だが、弟子を持つ身となった事で、教わる側からは見えないものが見える様になったと思う。

何より、師にとって弟子の存在が如何に重いのかを、真に理解する事が出来た。
修業時代、師匠達がどんな思いで弟子を見守り、成長を喜んでくれていたか。
弟子が敗北を喫した際には、どれほど自らを責め苛んだ事か。
何を思って、弟子を命懸けの決闘へと送り出したか。
それらが、いまになってようやくわかったのだ。

故に、兼一の拳に宿る誇りは以前よりなお一層重さを増している。
自分に多くの事を教え、気付かせてくれた弟子が誇りに思える、そんな師でありたいから。
まさに『良い師は弟子を育て、よい弟子は師を育てる』という奴だろう。
弟子に学ぶことの意味を、兼一はギンガという弟子を得た事で学んだのだ。

そして、一影九拳が一人「拳帝肘皇 アーガード・ジャム・サイ」はかつて兼一を「良い弟子」と評した。
もしあの時の自分が、今の自分にとってのギンガのように師に想われていたのなら、これほど嬉しい事はない。
だからこそ、自身もまたあの時の師のように、身命を賭して…それこそ「死んでも守る」と誓う。
彼女の存在を誇りに思い、この出会いに感謝すればこそ。

同時に、ギンガもまた言葉にはしないながらも、静かに誓いを立てる。
『この人の弟子でよかった』と、心から思うから。
自分の事を「誇りに思う」と言ってくれる師に対し、己もまた相応しくあろうと。
例え、この先なにがあろうとも……。



BATTLE 27「友」



場所はホテルの裏手。
すぐ目の前には手付かずの大自然、後方には機能性を重視した白亜の建造物がそびえたつ。

よく知る気に呼ばれ現れた兼一は、ホテルを囲む白亜の塀の上からギンガの闘いを見守っていた。
既にギンガは0型の弱点も攻略法も承知の上。
その格闘スキルは厄介だが、対策も叩きこまれている。
御蔭で早々に2機撃破したようだが、やはり元のデータがデータだ。
そう簡単にやらせてはくれないらしい。

「あっちはボリス、それにレイチェルさん……雷薙さんもか」

となれば、最も厄介なのは酔八仙拳を操る雷薙のデータが入った、エンブレムのない機体か。
何しろ、この短期間では主要なYOMIの対策をたたき込むので精一杯。
さすがに幹部級以外の対策までは手が回らなかった。
特に地躺拳独特の低空攻撃や、酔八仙拳の捉えどころのない動きはやり辛いだろう。

「手を出して、蹴散らすのは簡単だ。でも……」

弟子や子どもの戦いに、果たして手を出すべきかどうか。
武人としてなら手を出すのはお門違いなのだが、これが陽動なら話しが複雑になる。
ここは兼一が受け持ち、ギンガには敵の本命を対処させるべきではないか。
何しろ0型だけならまだしも、その後に控えるアレの相手は彼女には荷が勝ち過ぎる。
本命の方も対処できない可能性は捨てきれないが、そんな事を言い出すときりがない。
その辺りを悩む事も策のうちだとすれば、かなり嫌らしい策を練るものだ。

だが、策士ではない彼の読みはまだ甘かったのかもしれない。
恐らく、後に控えるそれが出てきてから策は動きだすと思っていた。
しかし、実際には既に策は動き始めていたのだ。

『きゃっ!?』

通信機越しに漏れてきたのは、反対側…ホテルの正面で防衛ラインを敷く新人達の一人、キャロの声。
モニターを出していないため正確な状況はわからないが、何かが起こったのは明白。
その事にはギンガも気付いたらしい。ギンガの動きが一瞬鈍り、対処できた一撃をもらってしまう。

(くっ!? 一体、向こうでなにが起こっているの?)

ギンガは「鋼」のエンブレムを持つ機体に双掌打を打ちつつ、内心で焦りを自覚する。
しかし、そこで再度向こう側の音声が二人の下へ届く。

『違う違う違う違う!! 
私は、私はここでもやっていける! 一流の隊長達とだって、どんな危険な戦いだって!
 私の、ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜ける!!!』

聞こえてきたのはティアナの悲痛な叫び。
なにが起こっているかは相変わらず不明だが、ただならぬ雰囲気である事は伝わってくる。
だが、状況はギンガに悠長に思考を巡らせる時間を与えてはくれなかった。

『――――――』
「ひゅっ!」

三機それぞれから放たれる拳打を、ギンガは身を捩って回避。
その後も、三方を包囲されながらも器用に追撃を捌いていく。

幸い、0型は連携など考慮していないらしく、動き自体はてんでバラバラ。
まぁ、そうでなければさすがにここまで三対一で全てを捌き切るなど不可能だったろうが……。
とはいえ、だからと言って時間をかけて倒すのでは遅い。

(向こうの様子も気になる、悠長にはしていられない! 急がないと!!)

しかし、ギンガに一度に複数の相手を纏めて倒すことに向かない。
やるなら一機ずつ、手際良く潰していくべきだ。

ギンガは包囲する三機の中から「氷」の機体に狙いを絞り、チャンスを待つ。
エンブレムのない機体は捉え所がなく、「鋼」は動きが不必要に派手で逆にやり辛い。
その点「氷」は合理的で無駄がない分、動きに惑わされることが少ないという判断だ。

(……ここ!)
「―――――――――――――」
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

連携を度外視して好き勝手に動く三機の間隙を縫い、渾身の後ろ回し蹴りが「氷」を弾く。
ギンガはその後を追って畳みかけ、同様に残る二機もその後を追う。

ウィングロードを走り、ギンガの貫手が「氷」の肩へと伸びる。
敵はそれを腕で払うも、間もなく影から現れた左拳が払った腕を砕いた。

だが、機械である敵は動じた素振りも見せず、砕かれた腕で殴りかかってくる。
ギンガはそれを左手に展開したバリアで防御。
しかしそれは囮、無くなった腕で殴りかかった分詰められた間合い。
『氷』はそれを利用し、近距離からの頭突きへと持って行く。

「っ!?」

ギンガはそれを反射的に右掌で抑える事で受け止めた。
古流空手の口伝の一つに「夫婦手(めおとで)」と言う技法がある。両の手をつかず離れず同時に動かす手法で、前後の手がそれぞれ攻撃と防御の両方を担う技術だ。

そのままギンガは左手を右腕の肘に添え、思い切り押し上げる。
すると、密着距離でありながら片手分の面積に両手の力が乗り、「氷」の首が大きく揺らぐ。
『馬式 裡肘託塔(ばしき りちゅうたくとう)』という、馬剣星の隠し技の一つ。

ギンガはトドメを指そうと拳を振り上げるが、その動きが止まる。
見れば、いつの間にか残された敵の腕がギンガの襟を掴んでいた。

「しまっ……!?」

た、と言う前に、敵は器用に片腕でギンガを投げる。
危うく地面に叩き落とされそうになるが、片手だった分握りが甘い。

《Wing road》

ウィングロードを再度展開、ブリッツキャリバーを唸らせ振りほどきながら離脱。
その瞬間、ギンガの首筋が突如ざわめく。
咄嗟に喉元にシールドを展開し腕でガードすると、硬い衝突音が響いた。

そこにいたのは、斜め下から飛びかかり、両腕を交差し喉元を鋏の様に挟みこもうとする「鋼」。
防御が僅かに遅ければ、危うく首に多大なダメージを負っていた事だろう。

とはいえ、この距離は彼女としても望む所。
ギンガはその場でバインドを展開。この相手ならAMFもあって間もなく引き千切るだろう。
しかし、一瞬でも間があれば十分。

シールドを解除し、ガードした腕も解いて交差された敵の腕を取る。
そのまま背負い投げへと持って行くが地面まで距離がある以上、着地なり受け身は取られる筈だ。
その意味では、劇的な効果は期待できない。そう、これだけなら。

見れば、頭上には重力の力を借りたエンブレムを持たない機体の姿。
それはギンガ目掛けて空中からの落下を利用した足刀蹴りを放ってくる。
だが、丁度その間へ滑り込む様に投げられる「鋼」。
「空側踹腿(トンコン・ツーチュアイトゥイ)」と呼ばれるそれは今更方向転換もかなわず、吸い込まれるようにして「鋼」の背に突き刺さる。
結果的に、「鋼」はギンガではなく味方の攻撃によって半ばから真っ二つにされた。

「残り…2機!」

その内の一機も、今は標的を捉え損ねたことにより落下の最中。
戻ってくる前にもう一機を仕留められれば、だいぶ楽になる。

探す必要はない。
何しろ、既に「氷」は間近まで迫り攻撃態勢にある。
しかし、ギンガに言わせれば単独でここにいる事自体が失策。
やはり、人間ほど柔軟に物事を判断し技術を応用できないのは、この機体の決定的な弱点だ。

目前まで迫る重い突き。
ギンガはそれを敢えて避ける事も受けることもせず、棒立ちのまま。
だが、それがギンガのすぐ目の前まで来たところで異変が起こる。

異変の正体は「消失」。
脚場であったウィングロードが消え、両者は重力に引かれて落下を開始する。
0型にも多少の浮遊能力はあるようで、「氷」は落下速度を緩やかにしつつ体勢を立て直す。

しかし、その間にギンガはウィングロードを展開。
頭上を取り、ウィングロードから飛び降りて両の肘を落とす。

「いやぁ!!」

「飛翔猿臂落とし(ひしょうえんぴおとし)」。
本来は空中三角飛びを利用するのだが、代わりにウィングロードを用いた頭上からの両肘落とし。
さすがに全体重と重力による加速を用いた一撃は防ぎきれず、残された腕で防ぎながらも勢いよく地面へと落下する。

落下の衝撃により舞い上がる土埃。
土埃が晴れると、そこには見事なまでにひしゃげた「氷」の姿。
これで二機を撃破、残るは一機。

「次!」

残るは、先に落下したエンブレムを持たない機体。
ただ、アレは地面すれすれの低空攻撃を得手とする。
ここで気を抜けば、痛い目を見るだけでは済むまい。
そして、その事実を裏付けるように……

《警報、後ろです》

相棒からもたらされる警告。
ギンガが振り向き様に裏拳を放つと、手首を曲げた鶴頭の部分「酔盃手(すいはいしゅ)」がぶつかり合う。
両者は弾かれた様に一端距離を取るが、片足で立つ敵はユラユラと揺れてどこか頼りない。

だが、ギンガはそれを隙と見て攻めようとはしなかった。
これまでの戦いで、それが誘いでしかない事はすでにわかっている。

「時間が……ない」

ホテル正面からの通信はない。妨害されているのか、する余裕がないのかは分からない。
だからこそ、あまり悠長にもしていられないのだ。

多少無茶でも、ここは強引に押し進む。
覚悟を決めたギンガは、誘いと知りながら足取りのおぼつかないように見える敵へと向かう。

迫るギンガに、敵は軽く地面をけって跳躍。
ギンガの頭上を通り過ぎながら、空中で反転し後頭部に肘打ちを放つ。
『漢鐘離(かんしょうり)』という、酔八仙拳の技だ。

ギンガはそれをバリアだけで防御。
あまりの衝撃にバリアは砕け、回転により勢いのついた肘が首を襲う。
とはいえ、バリアを隔てた事で必倒の一撃には至らない。

なにより、元よりギンガはダメージなど覚悟の上。
その場で反転し、敵を正面に捉えたギンガはダメージと引き換えに溜めこんだ力を解放する。
全力で伸び上がったアッパー気味の拳が突き上げ、追い撃ちに敵の頭を抱え込み「カウ・ロイ(飛び膝蹴り)」で顔面を蹴り潰した。

そうして、ギンガは動かなくなったガジェットからゆっくりと膝を離す。
だが、まだ気を緩める訳にはいかない。
しばし敵が再度動き出さないか警戒を続け、その様子がない事を確認した所で、ようやく大きく息をついた。

「これで………終わり」

多少無茶をした分首にダメージを負ったが、それでも強く柔軟に鍛えられたおかげで覚悟したほどではない。
その事を純粋に師に感謝し、今度こそスバル達の下へ向かおうと振り向けば、そこには兼一の姿が。

「ぇ、師匠?」

何故ここに師がいるのか。訳が分からずギンガは頭に疑問符を浮かべる。
てっきり、とっくの昔にスバル達の援護に行っていると思っていたのに……。

だが、そんなギンガに兼一は褒める様に優しく微笑んだ後、すぐに表情を改め森の奥を睨む。
その表情は厳しく、尋常ならざる何かを感じさせた。
ギンガは聡い娘だ。明らかに普段と違うその雰囲気から、師がここに「いるしかない」事を看破する。

「なにか、いるんですね。それなら私も……」

スバル達の事はもちろん気にかかる。
しかし、果たして師だけを残してこの場を離れていいものか……。
僅かにそんな逡巡を見せる弟子に兼一は苦笑するが、すぐに表情を改めた。

「いや、大丈夫だよ。懐かしい友人が遠路遥々尋ねてきただけさ」
「え? 友達…師匠の?」
「ああ、しばらく会ってなかったけど、昔は何度も拳を交えた間柄だ」

嘘……ではないのだろう、とりあえずは。
その意味も理由もないし、特にこの男は取り繕うのは上手くても嘘が下手だ。
仮に嘘だとしても、つくならもう少しマシな嘘をつく筈。

とはいえ、ただの友人と言う事もありえない。
何しろ今は、紛れもない荒事の最中。
普通の友人なら時と場所を改めれば良いし、そもそも森の奥から来る理由がないのだ。

ならば、尚の事この場を離れるわけにはいかない。
自分がどの程度師の力になれるかわからないが、それでもいないよりはマシと信じたい。
ギンガは意を決しその場に残ろうとするが、兼一はギンガの肩に手を乗せ軽く引く。

「? 師匠……」
「スバルちゃん達が気になる、行ってあげなさい」
「でも!」

自分程度の実力で師の心配をするなどおこがましい事は承知の上。
だが、それで感情を納得させられれば世話はない。
そんなギンガに、兼一は首を横に振りホテルの正面を指差す。

「できれば、より高度な闘いを見せてあげたいんだけどね。
 だけど、向こうの風向きもよくないみたいだ」

故に、今はそんな悠長な事を言っていられる場合ではない。
速く行き、為すべき事を為すのが今のギンガの役目だから。

「弟子の闘いに師匠は出ない、弟子も師の闘いに出て行かない。
 それが武人のルールだ。そう、教えただろう?」
「…………」
「いきなさい」
「……………………………はい!」

兼一は尚も迷う弟子に苦笑しながら、軽くその背を押してやる。
それでようやくギンガも決心がつき、兼一に背を向けウィングロードを伸ばす。

できれば師の戦いを見届けたい。勉強になると言うだけではなく、もっと他の理由で。
だが、ギンガは状況が理解できないほど愚かではなかった。
ここにいてもできる事はないが、他ですべき事が残っている以上是非もない。
しかし、去り際にギンガは一瞬だけ振り向いて胸中で呟く。

(師匠……どうか、ご無事で)

何故そんな事を思ったのか、ギンガにもよく分からない。
並々ならぬ覚悟であの場に立つ師を見た瞬間、心の片隅に宿った重さ。
言いしれぬ不安を振り払う様に、ギンガは首を振って突き進む。
そして、その場に残った兼一は森に向かって呼びかけた。

「悪いね、時間を取らせて。僕の用はもう済んだ、そろそろ顔を見せてくれないか?」
「…………………ソーリー、話しを急かしてしまったか?」
「いや、そんな事はないよ」
「そうか、それを聞いて安心した。そして……久しいな、友よ。
ユーが武の世界に戻った事、嬉しく思う」
「ああ、ありがとう。久しぶりだね、イーサン」

兼一の呼びかけに応じ、森の奥深くから現れたのは、短い金髪のイーサンと呼ばれた屈強な大男。
左目にはうっすらと縦の傷跡があり、他にも所々に傷跡が見て取れる。
厳つい顔立ちと無数の傷跡のせいで、かなりの強面だ。
しかし、その割には纏う雰囲気は静かで、兼一を見る目も穏やかそのもの。
その瞳には、確かに古い友人との再会の喜びがあった。

「それで、あの少女がユーの弟子か?」
「ああ、自慢の一番弟子だよ」
「今の闘いぶりはミーも見た、良い弟子を持ったな。
素直で生真面目、同時に才気に溢れ、何よりも師を慕っている。
元は別のアーツ(技)を学んでいただろうに、一技一技からユーへの信頼が見て取れた」
「わかっているつもりだったけど、君にそう言ってもらえると…やっぱり嬉しいよ」

イーサンがギンガへの手放しの称賛を口にすると、すぐにこらえ切れなくなり破顔する兼一。
本人の言う通り、自慢の弟子を褒めてもらえた事が嬉しくて仕方がないのだろう。
二人の間に流れる空気は和やかで、本当に友との再会を喜びあっているように見えた。
とそこで、男は僅かな驚きを込めて話題を変える。

「だが、意外でもある」
「え?」
「てっきり、ユーはユーと同じくギフト(才能)に恵まれない者を好むと思っていたのだが……」
「まぁ、才能に恵まれない人への思い入れは人一倍だと思うけどね。
でも、才能と人格は別じゃないかな?」
「確かにな……」

白浜兼一は相手を才能で選ぶ様な男ではなく、人格…心のあり方を重視する。
幾度も拳を交え、個人的な交流もあるイーサンはその事をよく知っていた。
そういう意味では、才能のない者を選んで弟子に迎えるのだとしたら、それはそれで一種の選別。
自身の思い違いを理解したイーサンは、苦笑を浮かべて納得した。
そんな彼に向けて、今度は兼一が祝いの言葉を贈る。

「それと、御祝いが遅れてしまったね。
 今更かもしれないけど、一影九拳への就任…おめでとう」
「……やはり、知っていやがりましたか」
「風の噂でね。立場上諸手を上げて祝う、と言うわけにはいかないけど」
「ユーの立場はミーにも理解できる。気にしやがる事はない」

丁寧なのか口汚いのか、良く分からない言葉遣いのイーサン。
今は昔からの流れで日本語で話しているのだが、多少上達はしていても基本的な部分は相変わらずだ。

とはいえ、重要なのはそこではない。
重要なのは「一影九拳への就任」と言う言葉と、イーサンがそれを否定しなかった事実。
イーサン・スタンレイ、一影九拳が一人『拳を秘めたブラフマン』の異名を持つカラリパヤット使い『セロ・ラフマン』の一番弟子であり、いずれは『無』の称号と九拳の座を継ぐと目されたYOMI。
しかし、今は違う。彼は既にその座にあり、闇最強の十人の一角を担う者なのだ。

「まったく、なんだか浦島太郎の気分だ。数年の間に、すっかり置いて行かれた気がするよ」

呟き、兼一は与えられた端末を操作し道着を身につける。
しかし、肝心の防護フィールドを展開する時計を外し、投げ捨てた。

(……ごめんね、なのはちゃん)
「いいのか?」
「道具に頼れば心に隙が生まれる。君と戦うなら、その方がよほど危険だよ。
でも、わからないな。何故君がここにいる。闇は、ジェイル・スカリエッティと手を組んだのか?」
「その質問に対する答えは、ノー。ウィーは、ヒーとヒーの研究に興味がない」
「なら、なぜ?」
「これはミー個人の事情だ。この件に関わる者に、少々義理がある」
「義理? そうか、義理か」

どんな義理があるかは分からないが、実に彼らしい理由だと兼一は思う。
非情を旨とする闇にありながら、彼はどこか他の面々とは違った。
そんな彼だ、義理の為にこんな所までやってきたとしても納得できる。

「何より、ここにはユーがいる。
 そして、ミーとユーがこうして相対した以上する事は一つ」
「ああ」

頷き合い、それぞれに構えを取る二人。
兼一は肘をややまげて腕を前に突き出す防御の型『前羽の構え』。
対して、イーサンは胸の前で腕を交差させ、片足を大きく引いて体勢を落とす独特の構え。

張り詰める空気、ぶつかり合う気迫。
互いの気当たりの余波が木々を揺らし、近くの壁に亀裂を生む。
常人なら十秒と保たずに意識を失う程に強烈な圧力だが、さらに際限なくその密度を増していく。

「思えば、ミーは一度もユーに勝った事がなかったな」
「僕の記憶が正しければ、勝ったり負けたりだったと思うんだけどな」
「殺せなかった以上、それはミーの勝利ではない。
 だからこそ、今日こそは勝たせてもらう」
「生憎だけど、それはできないな。
 弟子と息子を路頭に迷わせるわけにはいかないんだ」

言葉を交わす間も緩むことなく激しさを増す気当たりの衝突。
しかし、どれほど天井知らずに思えても、いずれは限界が訪れる。
高まり続けた圧力は臨界を迎え、ついに――――――――――爆ぜた。

「ぬん!!!」
「おお!!!」



  *  *  *  *  *



時を同じくして、ホテル正面の広々としたロータリー。
ガジェットの残骸が散乱し、三つの人影が倒れ伏す中、二人の男女が対峙していた。
片や溢れんばかりの笑みを湛えた空色の髪の青年。片や敵意全開で眉間にしわを寄せる青髪の少女。
そして青髪の少女の後ろには、信じられない者を見る様に眼を見開いた燈色の髪の少女の姿。

「なんで、ギンガさんが……」
「……」

ティアナの問いに、青髪の少女…ギンガは答えない。
より正確には、「答えられない」と言うべきか。

ギンガは理解しているのだ。
目の前にいる一見軽そうな男の実力が、決して侮って良いものではない事を。
それこそ、全身全霊で挑んでなお厳しい戦いになる事がありありと想像できるからこそ、僅かでも隙を見せるようなマネはできない。迂闊にそんな隙を見せれば、一瞬で殺される。
一撃受け止めただけで、ギンガにそれだけの警戒心を抱かせる程の物がアノニマートにはあった。
ただ、当のアノニマートと言えば、相も変わらず軽い調子のままだ。

「お~、なんて絶好のタイミング。危うい所で仲間の窮地に駆けつける、か。
いいねいいね~、正に王道! カッコイイ♪ うん、これは敵役の僕の好感度もウナギ登りだよ!」

何やらとてもいい笑顔でサムズアップするアノニマート。
それに対し、ギンガは最大限に警戒しつつも、つい胡散臭いという表情を浮かべてしまう。

(本当に、この人がみんなを?)

正直、早速先ほど抱いた「勝てるかわからない程の強敵」という認識が揺らぎだしている。
それほどまでにアノニマートの口調と態度は軽く、緊張感という物がない。
しっかり心を引き締めていないと、吊られて脱力してしまいそうだ。

「ね~、少しは言葉のキャッチボールしない?
もっとしゃべろうよ~。コミュニケーションコミュニケーション~。
僕一人喋ってバカみたいじゃん。寂しいよ~、泣いちゃうぞ~」

だが、アノニマートはそれでは不満らしく、身振り手振りで会話を求めて来る。
そんな相手の必死な様子に、ギンガは心の底からの感情を込めて呟く。

「あ~、なんというか……調子が狂うわね」
「酷っ!? 酷いよ~。僕、君と会うのをずっと楽しみにしてたんだよぉ~」
(そんなのはあなたの勝手でしょ)

とは思っても、絶対に口にはしない。
何しろ一度でもまともに答えればそれは相手の思うつぼ。
こういう手合いは、相手にすればどんどんペースに引き摺りこまれてしまう。
まだアノニマートがいじけながら何か言っているが、そんな事より今は優先すべき事がある。
出来れば今はあまり目の前の敵以外に僅かでも意識を裂きたくないのだが、これは今しかできない。

「ティアナ、よく聞いて。私が彼を足止めするから、その間にみんなを連れて下がって」
「そんな! 私はまだ……」
「お願い、あなたにしか頼めないの」

ギンガの言に思わず目を見開き、なけなしの自尊心でティアナは食い下がろうとする。
しかし、そんなティアナの言葉にかぶせる様に、ギンガは重ねて言い聞かせる。

正直に言ってしまえば、こんなものは方便だ。
今この状況では、ティアナの存在は足枷にしかならない。
態度こそ浮き上がりそうな程に軽いが、この敵を相手に他者を庇う余裕はないのが現実だろう。
意識のないスバル達を避難させてほしいのは確かだが、そもそもティアナの存在は助力たりえないのだ。

言葉の上ではギンガが囮となり、ティアナが仲間の身の安全を確保する重要な役割に聞こえる。
だが、ティアナは決して頭の悪い少女ではない。
ギンガの言い回しの本質を正確に理解し、それが事実である事も理解できるからこそ、彼女の表情は苦渋に歪む。

自分の力の及ばない実力を持つ二人。この場にあって足手まといにしかならない、そんな現実を覆せない自分。
それら全てが悔しくて、情けなくて、何もできない自分が許せない。
普段の彼女なら、それでも感情を抑え込んで与えられた役割を実行できたかもしれない。
あるいは、つい先ほどまでのティアナなら、暴走しアノニマートに挑んだだろう。

しかし、崩れかけた心はそのどちらも選ぶ事が出来ず、その事がなお一層彼女の心を苛む。
出来ればそんなティアナに声を掛けてやりたいが、ギンガにもそんな余裕はない。
だが、この場でただ一人、空気の読めない男だけは気の抜ける口調で茶々を入れて来る。

「お~い、二人だけで話さないでよぉ~、蚊帳の外はつまんないよぉ~」
「……いったい、何を話したいって言うの?」
「やぁ、やっとちゃんと返事をしてくれたね! とりあえず、ちょっと久しぶりギンガ・ナカジマさん♪」
「そう、私の事を知ってるのね……」
「あれ、覚えてない? まぁ、ナンパ男の一人や二人、印象に残ってなくても仕方ないか。
 じゃあ、改めて自己紹介。僕の名前はアノニマート、よろしくね♪」
「ナンパ……ぁっ!」
「思い出して、もらえたかな?」

しばらく前、翔と一緒に市街へ出かけた時に出会いナンパしてきた男だ。
その時の事を思い出し、ギンガの表情に苦い物が浮かぶ。

「さて、自己紹介も済んだ所で…ギンガさん」

口調からは先ほどまでの軽さが消え、目には鋭い光が宿る。
ギンガは咄嗟に前羽の構えを取り、いつなにが起こっても対処できるよう守りを固めた。
そして、アノニマートは握りこんだ右拳を勢い良くギンガへ向けて突き出し……

「一目惚れです! 結婚を前提にお付き合いしてください!!」

至極真面目な顔と口調で、とんでもなく阿呆なことを口走った。
ピリピリと張り詰めた空気は完全に弛緩し、風が虚しく両者の間を吹き抜ける。
ギンガのみならず、ティアナまでもが白い目をアノニマートに向けている。
そんな二人の様子にさすがにアノニマートもミスを悟ったのか、恐る恐るといった様子で口を開く。

「えっと、やっぱりいきなりプロポーズは急すぎたかな? …………な、なんなら友達からでも」
「いや、そう言う事じゃなくて……」

求婚から一転、本人なりに下手に出たつもりの態度に、ギンガ自身もうなんと返していいかわからない。
いきなり愛の告白をされても困ると言うのは確かだが、これはそれ以前の問題。
そもそも、空気を読めていないにも程がある。

「むむ、という事はつまりアレだね。『私、自分より弱い人って興味ないんです』な人と見た!?」

修業時の兼一とは違った意味で、言葉は通じているのに話が通じない。
というか、明らかにギンガとアノニマートとの間で何かが激しくずれている。

「よし、そう言う事なら話は早い。僕が勝ったら交換日記からお願いします!」
(意外と古風、なのかしら?)

すっかりペースを狂わされ、非常にどうでもいい事が頭をよぎる。
何と言うか、いまいちどこまで本気で言っているかわかりにくい。
全て本気の様でもあるし、同時にポーズの様にも思える。

一つ言えるのは、どうにもペースを狂わされっぱなしと言う現実だ。
静の武術家としてこれではいけないとわかりつつ、それでも掻き乱されてしまう。
だが、そんな正真正銘の雑念に動揺させられている場合ではない。
性格こそどうしようもないスチャラカだが、その構えは紛れもない一級品。

「ほらほら、時間も惜しいしそろそろ始めようよ。あっちはもう凄い事になってるしねぇ~」

言って、アノニマートが視線を向けるのはホテルの裏手。
ここからでは何も見えないが、つい先ほどから断続的に轟音が轟いている。
アノニマートの言う通り、あちらで師である兼一が何者かと激闘を繰り広げているのは間違いない。

(一体何者なの? 師匠とあそこまで渡り合えるなんて……)

兼一からは古い友と聞きはしたが、師と互角に渡り合っているであろうまだ見ぬ誰かに戦慄を覚える。
この場合、さすがは「師の旧友」と言うべきなのかもしれない。
しかしそれでも、ギンガは師が苦戦する様な相手が存在するなど想像できなかった。
もし例外がいるとすれば、それは梁山泊の豪傑達くらいだと。
それほどまでに、ギンガの中で白浜兼一という武人の存在は絶対的な物になっていた。
故に信じている。師は、今回も必ずや勝利をおさめると。
だと言うのに、何故この胸のうちに燻ぶる不安は一向に消えないのだろう。

(……いいえ。そんな事、ある訳ない。師匠に限って、そんな……)

胸中で頭を振り、嫌な想像を振り払う。
ザフィーラと闘った時でさえ、どこか余裕の様な兼一を師は秘めていた様に思う。
そんな師が、肉体と精神の屈強さは言うに及ばず、繊細な技術においては隊長達ですら一日の長を認める彼に限って、そんなことある訳がない。

しかし、そんなギンガの胸中の混沌など、アノニマートには関係のない話。
いい加減、睨み合いにも飽きて来たのか。静かに彼は大地を蹴った。

「さあ、いくよ!」
「くっ、ティアナ下がって!」

ギンガは即座に気持ちを切り替え、迎撃態勢を取る。
だが、開戦を告げる初撃は、ギンガの意表を突くものだった。

「えあっ!!」
「……っ!?」

走りだすと同時に前方へと跳躍。
前方宙返りをしながら回転の勢いを利用し、ギンガの脳天目掛けて蹴りが落ちて来る。

別段、初手から一撃必殺を狙ってこない訳ではない。
ギンガもそれを念頭に置き、どんな攻撃が着ても良い様に備えていたつもりだった。
しかし、それにしてもいきなり隙も大きい大技「胴廻し回転蹴り」を放ってくるのは予想外。

意表を突かれたギンガは思わず足を止めてしまうが、それでも咄嗟に両腕を頭上で交差させ「十字受け」の体勢を取る。
全ての力を受けに集中することで、強力な攻撃も防ぐことが可能となるこの技。
これにより、ギンガは辛うじて初撃を防ぎきった。だが……

(くっ、重い……!)

さすがに、蹴りの威力だけでなく全体重と回転の力も加わる「胴廻し回転蹴り」。
なんとか防御こそ間に合ったが、あまりの重さにギンガの表情が苦渋で歪む。

ここで防御を破られれば、蹴りは頭部を直撃。
それも、これだけの威力を伴った蹴りを受ければ、ダメージは甚大。
最悪、一撃で沈められてしまうかもしれない。

(でも、このままだと押し切られる…なら!!)

ギンガは即座に決断し、両腕の角度を傾ける事で蹴りの威力を受け流しにかかる。
それは見事に功を奏し、押し切るよりも前にいなされた蹴りがアスファルトで舗装された地面を粉砕した。
こうなれば、奇襲による危機は一転して好機となる。

無言のまま、ギンガはその場で左足を軸に身体を反転。
無防備な敵の背中を取ると、流れる様な動作でムエタイの回転肘打ち「ソーク・クラブ」を放つ。
初手から脳天を狙われた意趣返しのつもりはないが、狙いは敵の後頭部。

「おっとっと……」

しかしそれを、アノニマートは後頭部に両掌をやる事で防ぐ。
もし片手で受けていれば、防御を無視して痛烈な一撃を入れることもできただろう。
だが、両手をクッションにした事で、狙った成果は得られなかった。
それどころか、アノニマートは受けた肘を握り締める。

なにを狙っているかは分からないが、左腕を取られたのは事実。
確実に何かを仕掛けて来る。しかし、取られたという事実は、見方を変えればギンガが取ったとも言える。
特に、柔術を修めているギンガとなれば尚更……。

「させない!」
「おぉ?」

アノニマートが何事か仕掛けて来るより速く、掴まれた肘を逆に利用して体を崩す。
ギンガはそのままアノニマートを投げようとするが、肘を掴んでいた手が外れてしまう。

「ラッキ~! いやぁ、実は今ので手が痺れてたんだよねぇ~」
(どうだか!)

確かに、渾身のソーク・クラブを受けた以上、手に痺れが残っていても不思議はない。
それが結果的に握りを甘くし、投げを回避するに至ったと言うのは道理が通る。
しかしアノニマートのどこまでも軽く緩い態度では、到底信用できない。

とはいえ、投げを外された事で致命的な隙を晒してしまった。
ギンガは体裁もなにもかなぐり捨て、懸命に前へと向かって飛ぶ。
だが、それに僅かに先んじてアノニマートが動いた。

「フンッ!」

放つは、中国拳法は八極拳の一手「貼山靠(てんざんこう)」。
別名「鉄山靠」とも呼ばれる、肩で体当たりし内部の勁と外部の打撃を同時に与える技。
互いに背中合わせの状態から、向き直るのでは遅いと判断したのだろう。
背中を向けたままの状態でも放てる技を選択した事で、有効打を入れる事に成功した。

「かはっ!?」

あまりの衝撃に、肺の中が空になる。
弾き飛ばされたギンガは、アスファルトの上を無様に転がっていく。

しかし、それでもギンガは回転する視界の中でアノニマートの姿だけは注視し続ける。
日頃達人の手で徹底的に叩きのめされているおかげか、ギンガのダメージへの耐性は尋常ではない。

例え、どれだけ強力な一撃を受けても意識を繋ぎとめる。
そして、決して敵から目は逸らさない。
それを、骨の髄まで叩き込まれてきたのだから。

ギンガは転がりながらも地面に両腕をつき、制動を掛けると同時に身体を起こす。
前方に跳びかけていた事で、派手に弾き飛ばされこそしたが、ダメージは決定的なものではない事が幸いした。

顔を上げれば、丁度アノニマートがこちらを振り向き、再度地面を蹴って追撃を掛けようとしている。
倒れている相手への攻撃は、卑怯でも何でもない。
これは試合でもなければ、何かの大会のようなルールがある訳でもない。
倒れた相手への追撃は至極当然の行為であり、この場合は倒れたままでいる相手が悪いのだ。

言わば、倒れたままでいる事は「殺してください」と言っている様な物。
それをよく理解しているが故に、ギンガは乱れた呼吸のまま、急ぎ体勢を整えようとする。
だがそれよりも早く、アノニマートは一瞬のうちに彼我の距離を消し去った。

「なっ!?」
「ほら、隙ありだよ!!」

ギンガは反射的にアノニマートを追い払おうと貫手を放つ。
しかし、寸前で身体を横倒しにする事で回避されてしまう。

「よっと」

身体を横倒しにしたまま、器用にアノニマートの拳がギンガの顔面へと伸びる。
貫手を放ったばかりで、守りはがら空き。
そのまま吸い込まれるようにしてアノニマートの拳がギンガの頬に突き刺さる。

「へぇ……」

だが、徹底的に打ちのめされてきたギンガは、この程度では怯まない。
それどころか、打たれながらもその場から勢いよく立ちあがり、突き上げと膝蹴りを同時に放つ。
『迎門鉄臂(げいもんてっぴ)』心意六合拳の一手である。
密着状態に近い体勢であるが故に、防御も回避もまず困難なこの状況で放った返しの一撃。
しかしそれは、アノニマートがその場から出鱈目な速さで下がる事で、僅かに鼻先を掠めるだけに留まった。

「ひゅう、危ない危ない♪ 今のはちょっとヒヤッとしたよ。
いやぁ、僕の目に狂いはなかったね。打たれても怯まず打ち返すその気概、素敵だねぇ~。
 益々あなたの事が好きになっちゃいそうだよ」

拳の掠めた鼻先を嬉しそうに掻きながらも、アノニマートの余裕は崩れない。
ここに来て、ギンガもまた理解し、認めざるを得なかった。
いけすかない程に軽薄な男だが、なにより―――――――――――強い。
恐らく、現時点においては自分を上回る実力の持ち主だ。
なにより、この男は……

(速い。とにかく、べらぼうに速い)

ローラーブーツ型デバイスを使用するギンガと比較しても尚、この男は速い。
機動力には自信のあるギンガだったが、それでも単純な速力は相手の方が上だ。
正直、なけなしの自信が揺らぐ。
どうも、根底から揺るがした本人にその意識がないらしいのは、腹立たしい限りだが。

「あれ? どうしたの、また黙り込んじゃって?」
(でも、反応できない程じゃない)

幸いだったのは、その速度が決して対応できない程ではないと言う事。
達人の速度に慣れ親しんできた経験の賜物だ。
そうでなければ、とうの昔に沈んでいた事だろう。

だが、逆を言えばちゃんと打ち合う事が出来ると言う事。
師のように、そもそも触れることすらできないような相手ではない。
ならば、勝負を投げるには早い。
ただ、その為には気がかりが一つ。

「ん? ああ、もしかしてあの子達の事が気になるの?」

そう言ってアノニマートが視線を向けるのは、座り込んだティアナと未だに意識の戻る様子のない3人。
闘いにすらならないような相手ではないのは確かだ。
しかしそのためには、周囲に対して気を配るような余裕など保っていられない。
なんとか4人を安全圏へと逃がしたいが、この敵が相手では困難を極める。

「やれやれ、手合わせの最中に余所見って、ちょっと失礼じゃない? ぶっちゃけ、割と傷つくよ?」

肩を竦めるアノニマートだが、ギンガはそんな事は無視。
念話でティアナだけでも非難する様に伝えるが、どうにも反応が鈍い。
負傷というよりも、精神的な何かが原因のようだ。
ギンガには詳細などわかる筈もないが、一体この男はティアナになにを吹きこんだのか。

「ねぇ、ギンガさん。そんな所にいないで、こっちにおいでよ。友達に、なろう」

これまでと違う、万感を込めた、真摯な申し出。
それまでの軽さなど微塵もなく、誰が聞いても本気を疑わない声音だ。
これには、さすがのギンガも当惑を隠せない。

「いまの君じゃ、僕には勝てない。何故か、それは実力以前の問題だよ。
 簡単な話さ。今の君には、枷がある。それが君の実力を制限し、拳を鈍らせている。
 僕は………………それが許せない。あなたは、もっとのびのびと拳を振るうべきだ」
「あなた、何を言って……」
「わからない? それとも、考えない様にしてる?
 なら、僕がはっきり言ってあげる。例え相手を傷つけるとしても、事実を伝えなきゃならない時があるからね。
 それを恐れてためらっている様じゃ、真の友情は得られないんだから」

諭す様な声音で紡がれる言葉は、知らず知らずのうちにギンガの耳を傾けさせる。
軽い調子だったそれまでとのギャップによるものか、あるいはそこに芯に相手を思う心が籠っているからか。
いずれにせよ、ギンガをして無視できない響きがそこにはあった。

「君の枷、それは…………アレだよ」

アノニマートの指が指し示す先にある者。それは、ティアナの姿。

「武術…いや、闘争の世界は冷酷で残酷だ。弱い者、及ばない者は容赦なく切り捨てられていく。
 だけど、それも仕方がない事なんだよ。だって、そもそも戦うと言う事は他者を淘汰すると言う事なんだから。
勝った者は上へ、負けた者は下へ。それが世界の、そして人間の決めたルール。
だって言うのに、君はまだあんな敗者に固執してる。余裕もないのに外野の事を気にしてる。
それはもう優しさじゃない、甘さだ。活人拳の思想と同じ、唾棄すべき不純物だよ」
「なん、ですって?」
「非情の拳、空なる心こそが武の真髄。
優れた技とは、即ち効率的な人体の破壊。故にそれを鈍らせる情は枷にしかならない。
技を究め、最強へ至る道を阻害する邪魔物、それが情だ。
君も武人なら、頂へと手を伸ばすのなら、いつまでもそんな物に……」
「黙りなさい」

滔々と語るアノニマートの言葉に、ギンガの冷めた声が被さる。
そこには、一時でも相手の言葉に耳を傾けてしまった自分自身への怒りが込められていた。

「心のない力は只の暴力よ! 私は、そんなもの……認めない!
 これは守るための拳。『不殺』『護身』を貫く、『活かす』為の武。
 師匠が積み上げ、私が教わったのは、情なくして成り立たない『心の技』。
 私はこの技を、拳を、信念を誇りに思う。あの人の弟子である事が何より誇らしい!
それを、あなたなんかに否定される筋合いはないわ!!
あなたがなんと言おうと、私は絶対に仲間を、友達を見捨てたりしない!!!」

声高々に活人拳の理念を否定するアノニマートに、ギンガは声を大にして反論する。
弟子として、一活人拳の拳士として、アノニマートの言葉は容認できない。
誇りを、尊厳を貶められて黙っている事など、できるものか。
だが、そんなギンガにアノニマートが返したのは、盛大な哄笑だった。

「はは…はははははははは! アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「何がおかしいの!」
「いやいや、そんな怒らないでよ。ただ、ハハ…きっと君ならそう言うと思ってたってだけなんだからさ」
「?」
「いや~、クク…さすがは彼の一人多国籍軍のお弟子さんだ。言う事が違う。
 期待に違わないと言うか、想像以上に筋金入りというか……フフフ、活人拳してるねぇ~」

未だ笑いが堪え切れないのか、くもぐもった笑いを洩らす。
一つ言えるのは、先ほどまであった見下すような調子が消えうせている事。

「うん、そうだろうとは思ってたけど、やっぱり僕達はこの点において相容れないらしい。
 もしかしたらって期待してたんだけど……残念♪
 ま、仕方ないかなぁ~」
「随分とあっさりしてるのね」
「そりゃね。ギンガさんはあの人の弟子なわけだからさ、ある程度は予想してたよ。
 それに、同志にはなれなくても友達になる線はまだ残ってるし」
「は? いま、完全に決裂したでしょ」

そう、二人の思想は相容れず、それ故にギンガとアノニマートの道は決して交わる事はない。
それを、アノニマート自身がたった今認めた筈ではなかったか。
だというのに、当のアノニマートはあっけらかんとした様子で逆に聞き返す。

「え、なにが?」
「いや、だから……」
「闘う中で育まれる友情ってのもありだよねぇ~。
 うん、拳で語るってやつ? ちょっと憧れてたんだ♪」
「たった今、『情』を否定したあなたが友『情』を求めるって…矛盾してるとは思わないの?」
「……ありゃ?」

よほどギンガの指摘が意外だったのか、呆けた表情を浮かべるアノニマート。
彼はその場で腕を組み「うんうん」唸りながら悩み始め、そして……

「あ~……うん! 細かい事は気にしない!」

あっけらかんと、それまで悩んでいたのが嘘のように朗らかに言ってのけた。
正直、まさかここまで自分に都合の良い性格をしているとは思っていなかったらしい。
さすがのギンガも、状況を忘れて空いた口が塞がらない。

とりあえず、この相手にはもう何を言っても無駄らしい。
ギンガは痛む頭で見切りを付け、これ以上は付き合っていられないとばかりに構えを取る。

そんなギンガの意図を理解したのか、それとも気迫に呼応したのか。
いずれにせよ、アノニマートも途端に口を閉ざした。

場を包む、異様なまでの静寂。
遠雷の如く断続的に響く遠方の激闘の音とは、対照的でさえある。

機を伺うアノニマートに対し、ギンガはまず己が内面と向き合う。
乱れた心を静め、制空圏を整えて行く。
速度では相手が上だが、膂力はまだ不明瞭。ただし、決して圧倒的有利とはいくまい。
技術面でもそう。今まで使われた技は、ギンガもよく知るものばかりだったが、その多彩さは自分や師に通じるものがある。もっと引き出しが多いとすれば、厄介な事になるだろう。
総合的に判断すれば、やはりギンガの方が分が悪いと言わざるを得ない。

それに、まだティアナ達の問題が解決していない。
だが、そんなギンガの心の内を読んだかのように、アノニマートが口を開く。

「安心して良いよ。闘う意思のない人間をどうこうする気はないからね。
 弱点があれば突くのは当然だけど、だからと言って卑怯なマネはしないさ」

どこまで信用して良いかは定かではない。
しかし、ギンガは特に理由もなく信じても良いと思えた。
拳を交えたからこそわかる事がある。この男は、平然と人を傷つけ殺める事はできるが、決して外道ではない。

「さあ。いざ尋常に、勝負!」

動きだしたのは二人同時。
受けに回ってはならないと、ギンガはブリッツキャリバーを駆って、ウィングロードの上を縦横無尽に駆ける。
そんなギンガと一定の距離を保ちながら、アノニマートもまた仕掛ける為の隙を探っている。
そして、先に動いたのは……ギンガだった。

「はぁぁぁぁ!!」

速い相手には、懐に入って先手を封じよ。それが師の教え。
ウィングロードを疾走し、斜め上方から大胆に間合いを詰める。

それに対し、アノニマートは敢えて足を止めて迎え撃つ。
やがて、急速に二人の距離は縮まって行き、両者の制空圏が接触した。

「ちぇす!」
「ぜりゃあ!」

どっしりと大地に根を下ろしたアノニマートは、空手の「回し受け」を駆使してギンガの拳を一つ一つ丁寧に払っていく。
対するギンガも、払われた隙目掛けて襲い掛かるアノニマートの拳を着実に中国拳法の「化剄」で受け流す。

「ちっちっち……う~ん、やっぱりそう簡単にはいかないか。
 それに、結構手癖が悪いんだねぇ」
「それは! お互い様! でしょ!」
「確かにね~♪」

互いが互いに有効打を入れられず、かと言って崩す隙も見いだせない。
ギンガは動き周りながら角度を変えるも、アノニマートは右足を軸にその都度ギンガを視界にとらえて対応。
激しいながらも状況は膠着し始めるが、ギンガは己が顔のすぐ横を通り過ぎた拳の型が変化している事に気付いた。その形は、さながら鋏の様。

(これって、確か……!)

もしギンガの読みが正しければ、この拳を受けるのは危険だ。
唯でさえ手を変え品を変え、更には攻撃方向や角度さえも変えながらアノニマートに的を絞らせない様に闘っていると言うのに、更に状況が悪化してしまう。

「この指の形。まさか、鋏状打(サムダムシカ)……カラリパヤット!?」
「大・正・解!! さっすが、良い師に学んでるぅ♪
 そんなギンガさんには、こんな技をプレゼント!!」

それまで不動の体勢だったアノニマートが、ギンガの後ろ回し蹴りを跳躍によって回避。
続いて、「ドン!」と言う音と共にアノニマートが空中で跳ねた。
残されたのは、中空に浮かぶ青色のベルカ式魔法陣のみ。

「猛獣跳撃(スラガンハリマウ)!!」

視線を転じれば、そこにはさながら猛獣のように飛びかかってくるアノニマート。
瞬く間の間にその両手は首へと伸び、落下の勢いと自重を乗せて首を折りに掛かる。

(今度のは、確かプンチャック・シラット? 一体どれだけの武術を……)

知識の戸棚をあけながら、ギンガは首へと迫った手を両腕で防ぐ。
そのまま後ろに倒れ込み、同時に相手の腹を蹴りあげ、変則的な「巴投げ」に持ち込んだ。
だが、脚に伝わってきたのは、まるで分厚いゴムの塊を蹴ったかのような感触。
一応投げだけでなく蹴りでもダメージは狙っていたが、攻撃されながらだったため体勢が不十分。
これでは蹴りによるダメージは期待できない。あとは、投げによるダメージに期待するしかないが……。
投げ飛ばされたアノニマートは、器用に空中で身を捻ると危なげなく着地を決めていた。

(やっぱり……)

思った通り、これでは投げによるダメージもないだろう。
ようやく入れられた有効打と思ったが、中々思うようにはいかない。
ギンガは蹴りの勢いを利用して後転の要領で起き上がるも、相手の方が僅かに体勢を整えたのが速い。

「けへけへ……いやぁ、効いた効いた! 手くせだけじゃなくて足癖悪いんだからもぉ~」

言いながら、アノニマートは先ほどとはまた異なる形の拳で襲い掛かって来た。
動と静はここで逆転し、ギンガはアノニマートからの猛追に晒される事になる。
なんとか制空圏を築いて迎撃するが、徐々に徐々に押し込まれていく。

それにしても、人の事を言えた義理ではないが、それでもあまりの多彩さに圧倒される。
ここ最近、師からやたら色々な武術の情報を叩きこまれていなければ、対処しきれなかったかもしれない。

(あるいは、この事も師匠は予期していたのかしら?)

あながちあり得ないと言う事もなさそうだが、それでも今は感謝している余裕すらないのが実情。
もし、アノニマートが正しくカラリパヤットを習得しているとすれば……。

(『経穴(マルマン)を断たせてはいけない』か。
正直、あの時はマユツバと思ったけど、もし本当だとしたら……)

師によれば「経穴(マルマン)を突かれれば、最悪一撃で仕留められる事もある」とか。
幾ら師の教えとは言え、ツボを突かれただけでそこまでの影響があるとは信じられなかった。
しかし、いま身体でその真偽を確かめる気にはとてもなれない。
ならば、決して経穴(マルマン)を突かれない様に対処するしかない。

(ふぅ~……制空圏を絞り、相手の目を見る。攻撃の全てを、ただ後ろへと受け流す)
(ん? いま、当たったと思ったんだけど、すりぬけた? これって確か……)

制空圏の守りを抜いて放った拳。
今度こそ確実に捉えたと思ったそれは、虚しく空を切った。

僅かにいぶかしみながら、アノニマートは立て続けに突きを、蹴りを放つ。
だが、その悉くが薄皮一枚の所でギンガに届かない。
それどころか、間隙を縫ってギンガの突きや手刀が迫る。

「もしかして、今のが流水制空圏って奴かな?」
(流水制空圏の事まで知ってる!? この人、一体……)
「知ってはいたけど、体験するのと知ってるのはやっぱり大違いだ。
うん、確かに厄介な技だね。もしかしたら、僕もちょ~っと裏技を使わせてもらうことになるかもねん♪」
「っ!!」

言うや否や、アノニマートを中心とした空気が変質した。
軽い調子はそのままに、緩い空気もそのままに。
だがその奥で、確かに何かが決定的に変わった事をギンガは悟った。



  *  *  *  *  *



場所は戻ってホテルの裏手。
正面玄関と違い人の出入りも少ない場所だが、もちろんその作りに手抜きなどはない。
深い緑と近代的な建造物という相反する存在が調和するよう、緻密な計算により構成された空間。
その配慮は、普段一目に付かない場所にも及んでいる。

そんな高級ホテルの名に相応しい景観は今…………見るも無残な廃墟と化していた。

「ぬん!!」
「ちぇちぇちぇちぇすとぉぉお!!」

常人の眼には軌跡すら捕らえる事を許されない速度で動く二つの影。
唸りを上げて大地を砕く拳、大気を裂いて轟く蹴り。
一瞬の交錯の内に交わされる攻防は、優に40を超える。
同時にその一撃一撃は、並の魔導師を容易く絶命させる威力を備えていた。

強固な壁を紙細工の如く抉り、太くしなやかな木々を小枝の如く千切り飛ばす。
巻き込まれれば、その瞬間粉々になること間違いなしの破壊の嵐。

その嵐の中心に立つ二人。
兼一とイーサンはしかし、これほどの闘いを繰り広げてもなお無傷。

「……しまっ!?」

僅かに視界を横切った舗装された道の破片。
通常であればそれだけで終わる筈の出来事。
しかし、この域に達してしまえばたったそれだけの事が十分な隙となる。

一瞬だけ視界から消えたイーサンの姿。
相手は一影九拳にまで上り詰めた稀代の武人だ。
その隙を逃すことなくイーサンは接敵し、丸太の如き脚を振り上げる。

『マハーシヴァキック』。
柔軟性、瞬発力、脚力に秀でたカラリパヤットの蹴りは、ガードしても腕が砕ける程の威力を誇る。

コンマ一秒以下の反応の遅れが致命的。
既に回避も防御も間に合わないその状況で、兼一は諦めたかのように表情を緩めた。

「ひゅ……」
「ガァッ!」

舗装された大地を踏み砕きながら、兼一の身体に深々とイーサンの蹴りが突き刺さる。
その身体は天高く舞い上がり、放物線を描いて落下していく。

アレほどの一撃を、防御するどころか気を抜いて受ければ絶命は必至。
にもかかわらず、そのまま頭から地面に叩きつけられるかと思われた兼一は、その寸前に体勢を立て直して着地。
深く息をつくと、兼一は僅かに顔をしかめながら立ち上がる。

「あいちち…いや、今のは危なかった」
「相変わらずの、見事な流水。隠棲してもなお、武の練磨は怠りやがらなかったか」

どうやって絶命必死の一撃を受けて生存したのか、その秘密はイーサンの口にした「流水」と言う言葉。
日本の古武術の技法であり、太極拳の極意の一つ「捨己従人」同様、相手の力に逆らわないと言う事。
完全に己を捨て、脱力する事でイーサンの蹴りを受け流したのだ。
いや、それどころか……

「これでも梁山泊の一番弟子だよ。翔に伝える為とは別に、その名に相応しい武人であろうと僕なりに努力してきたつもりさ。でも、さすがは一影九拳。今のは入ると思ったんだけどな……」
「流水からのカウンターはユーの得意技でせう。
昔何度も痛い目を見た、プリケーション(警戒)するのは当然だ」

そう、イーサンに蹴りあげられる瞬間、兼一の体は一瞬大き「く」の字に折れ曲がった。
それを利用し、イーサンの脳天に頭突き放っていたのだ。
残念ながら、それを予期していたイーサンには防がれてしまったが。

「それは、その呼吸も含めてかい?」
「気付いていたか、さすがだな。流水制空圏にはヨーガの呼吸をもって対する、それがセオリー」

流水制空圏は目から相手の流れを知る技だが、その実全体から呼吸を読み取る技。
故に、ヨーガの呼吸によって呼吸を乱せば上手く作用しない。
だがそれも、兼一が未熟であった頃の話。

「侮るなよ、イーサン。昔ならいざ知らず、今の僕にそんな小細工は通用しない」

言って、兼一は深く心を静めていき、次第にその顔からは表情と言う物が消え失せる。
呼吸を乱すと言うのなら、その意図的に乱された呼吸も含めて呼んでしまえばいい。
兼一とて仮にも達人、そんな芸当も不可能ではない。

とはいえ、そんな事はイーサンとて承知の上。
彼は白浜兼一を好敵手として高く評価し、同時に一武人として尊敬してすらいる。
たとえ歩み道、胸に秘める思想は違えど、その思いには一片の疑問も曇りもない。

「侮ってなどいない。ミーはただ、最善を尽くしているだけだ。行くぞ、友よ!」
「っ!?」

イーサンは呟きと共に、深く息を吸う。
それを見てとり、兼一の警戒レベルが急上昇する。
彼自身も踏ん張り堪えるかのように深くスタンスをとった。
そして間もなく、ホテルアグスタに奇怪な声が響き渡る。

「……■■■■■■■■■■■■■■!!」
「くっ!?」

『真言秘儀(マントラタントラム)恐怖の真言(きょうふのマントラ)』。
人間に限らず、生き物は危険な物が発する音を恐れるよう作られている。
これは奇怪な発声により、脳を攻撃し恐怖心を揺さぶり起こす。
まともに聞いた者は錯乱状態に陥ってしまう、恐ろしい技だ。

しかしそれも、その恐怖を制することができる者には効果が薄い。
高位の達人相手には、目を見張るほどの効果は期待できないだろう。
もちろん、イーサンもそんな事は良く知っている。

「……しゃらくさい!!」

一声と共に、兼一は恐怖の真言を撥ね退ける。
だが、耐える為に一瞬でも動きが鈍れば、イーサンにとっては充分だった。

「くぁ!!」

撥ね退けるまでの一瞬の強張りを見逃さず、イーサンは肩を前面に押し出した『猪の型(ししのダデイブ)』で突撃する。
僅かに反応が遅れるも、辛うじて兼一はその突撃を受け止めた。
しかし、如何に兼一がその外見からは想像もつかない埒外の筋力を誇っているとしても、分が悪い。
体格と重量ではイーサンが勝っている上に、基本突撃技は重量が物を言う。
その上先手を取られたのだ、兼一といえどもその突撃を支え切る事は叶わない。
結果、兼一はイーサンに押し切られ、遥か後方…ホテルの壁へと叩きつけられた。

「ぐおっあ……」

とはいえ、兼一の耐久力の前では壁に叩きつけられた程度は屁でもない。
壁は木っ端微塵に粉砕されるも、兼一に与えたダメージは小さかった。だが……

(不味い! ホテルの中に……)

押し込まれてしまった、これは非常に良くない。
イーサンにホテルの利用者や従業員、あるいはオークション関係者を襲う意思はないだろう。
しかし、二人の闘いに巻き込まれる可能性が高まったのは事実。
そして、万が一にも巻き込まれればその人物の命はない。
この二人の闘いとは、つまりはそういうレベルなのだ。

故に兼一としては、できれば誰も巻き込まない様に屋外、それも人気のない裏手で戦い続けたかった。
何しろ誰かを守りながら戦える程、イーサンは生易しい相手ではないのだから。

ホテル内に突入した所で、ようやく兼一はイーサンの突撃を止める事に成功した。
だがその代償に、二人の周囲の調度品は跡形もなく砕け散り、足元の毛の長い絨毯は無残に引き裂かれてしまったが……。

(なんとか外に引っ張りださないと……正直、守りきれる自信はない)
「余裕だな、ミーを相手にしながら余所に気を回すか!!」

兼一の中に生じた僅かな弱気。
イーサンはそれを見逃さず、一気呵成に攻め立てる。

手の形は、人差し指を伸ばした一本貫手。
イーサンの武術はカラリパヤット、故に狙いは経穴。
左右の手から繰り出される怒涛の突きが、全身の経穴を狙って襲いかかる。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

それに対し兼一は、両腕をコロの様に回転させる「化剄」によって猛攻を受け流す。
だが、受け身になってはジリ貧。それを証明するように、徐々に兼一の方が押され出した。
やがて、イーサンの突きが兼一に突き刺さると思ったその瞬間。

「むっ!?」
「前掃腿(ぜんそうたい)!」

その場でしゃがみこみ、足払いをかける。
とはいえ、足払いとは名ばかり。下手をしなくても足の骨が砕ける様な一撃は、最早足払いではない。
しかし、イーサンはそれを見事に耐えきり、僅かにバランスを崩すだけにとどめていた。

だが、それでも一瞬とは言えイーサンの猛攻がやんだのも事実。
兼一は一気に飛び上がる様にして立ち上がり、拳による顎打ちと膝蹴りを同時に放つ。
中国拳法の一手、「鷂子栽肩(ようしさいけん)」だ。

しかしそれを、イーサンは驚異の柔軟性を発揮しのけぞる様にして回避。
カラリパヤットは油を用いた修業により、柔らかく強靭な肉体を養う、その成果。

狙い澄ました反撃をかわされ、勢い余って兼一は天井すれすれまで飛び上がってしまう。
結果、伸び切った身体がイーサンの前に完全に晒され、両の指が兼一の胴体に突き刺さった。
その瞬間、イーサンの眼が大きく驚愕に見開かれる。

「この感触……内臓上げ」

感じたのは違和感。あるべき物がある筈の場所に無い、その正体が空手秘伝の技「内臓上げ」。
特殊な呼吸法で重要な内蔵器官をあばらの中へ押し上げたのだ。

「だが、甘い。ミーが突いたのはユーの内臓ではない、経穴だ!」
「知ってるよ…はぁ!!」

兼一は腹にイーサンの指が刺さったまま、空中に浮いた状態で肘を振り下ろす。
古式ムエタイの技、『ガーンラバー・ラームマスーン・クワン・カン(爆ぜる斧を撃ち振る雷神)』。
イーサンは咄嗟に防御しようとするが、兼一の腹に刺さった指が抜けない。
チンクチによって腹筋を絞め、抜けなくしたのだ。

回避しようにも指が抜けず、間合いの外に逃れる事は不可能。
しかしそこでイーサンは、後ろではなく前に出た。

宙に浮いた兼一の体に密着し、その懐に入る。
ここまで近づかれては、ガーンラバー・ラームマスーン・クワン・カンの威力も殺されてしまう。
兼一の上腕を肩で受け止め、その際に腹筋が緩んだのかイーサンの指が抜けた。
彼は密着体勢のまま投げに入り、兼一の身体を天井に叩きつける。

「ぐぁ!?」

真上に放り投げられた兼一は天井を突き破って上階へ。
即座に体勢を立て直しつつ、経穴を突かれた事によって鈍った身体を戻すべく解穴。
それと前後してイーサンも天井を突き破って表れた。

「場所を移そう。ここでやるとホテル側に迷惑だ」

そんな兼一の言葉に、イーサンは無言のまま疾駆する。
兼一の発言から、彼が一端外に退避すると踏んだのだ。
実際、この状況下では兼一にとっての気がかりが多過ぎる。
その意味では妥当な判断だが、同時にイーサンにとっては狙い目。
背後に追い縋り、追撃をかけようと言うのだろう。
だが、そんなイーサンの思惑は外される。

「場所を移そうって、言っただろ?」

背を見せることなく、兼一は両腕をダラリと下げたままイーサンの方を向いている。
そして、その肩が僅かに動かされた瞬間。
兼一の姿が逆さになった。

「なに…これは!?」

否、逆さになったのは兼一ではなくイーサンの方。
イーサンは突然その場で飛び上がり、兼一をまたいで反対側に落下していく。
同時に、兼一は落下するイーサンに「ソーク・クラブ(回転肘打ち)」を放つ。
イーサンはそれを両腕を交差して受け止めた。

だがそこは踏ん張る事かなわない空中。
イーサンの身体はそのまま弾き飛ばされ、今度は逆に彼の方が壁を突き破って屋外へと放り出された。

兼一もその後を追い、崩壊した壁から外に出る。
するとそこには、既に体勢を立て直したイーサンの姿。
しかし、今度の彼は積極的に攻めてこようとはしない。

「真・呼吸投げ………マスターしていたか」
「腕を上げたのは君だけじゃない、ってことさ」

『真・呼吸投げ(しん・こきゅうなげ)』、それは岬越寺流柔術究極奥義の一つ。
気当たりによる反射を逆手にとり、相手の体を崩すように誘導し、指一本触れることなく相手を投げる技。
ただし、その為には敵に優れた危機回避能力が求められる為、相手が真の達人でなければ使えないと言う性質も併せ持つが……。

「そうだな、ユーも腕を上げている」

言って、イーサンが視線を送るのは兼一の右腕。
そこには、小刻みに震える右腕とそれを抑える左腕。

(何て奴だ、今の一瞬で経穴を断つなんて……)

いつやったかなど考えるまでもない。
真・呼吸投げを使う時に腕の違和感はなかった。
ならば、ソーク・クラブを放ったあの時にやられたのだ。

しかし、言うほど簡単ではない。
動く的、それも自らを攻撃してくる対象の経穴を断つなど……。

解穴の法は兼一も一通り修得しているので、それ自体は問題ではない。
片腕のハンデは大きいため、今まさに解穴した所だ。
問題なのは、そんな些細なことではなく……

(まいったな。まさか、ここまで……)

腕を上げていようとは。
相手は一影九拳、一筋縄ではいかない相手とは承知していた筈だ。
それでもなお、かつてのライバルの成長には兼一も驚嘆する。

わかってはいた。覚悟もしていた。
いつかツケを払う事も含めて、全てを承知の上で彼はこの生き方を選んだ。
だからこそ……

「負けるわけにはいかない、な」
「む?」
「行くよ、イーサン。僕の5年と君の5年、まだ測り切っていないだろう?」

吹っ切れたかのように、兼一は清々しい笑みを浮かべる。
元々、兼一はいつでも挑戦者だ。
少し強くなったからと言って、増長してしまうのは悪い癖と自らを戒める。

兼一の5年とイーサンの5年では、まるで種類が違う。
しかし、だからと言ってその質で劣っていたとは思わない。

「だぁぁあぁぁあぁ!!」

先ほどまでと違い、今度は兼一の方からうって出る。
初撃は中国拳法の「鷹抓把(ようそうは)」。
頭突き、肩、膝を同時に放つ突撃技で、真っ直ぐイーサンへと向かって行く。

対するイーサンは、それを半身になって回避。
兼一は即座に切り返し、空手の「山突き(やまづき)」を放つ。

「ぬぉっ!」
「まだまだぁ!!」

両の拳はイーサンによって受け止められるが、兼一は尚も前に出る。
イーサンも押し切られてなる物かと踏ん張ると、兼一はその瞬間狙って反転。
そのままイーサンを背負い、思い切り投げた。

「ぜりゃぁ!!」

主導権を渡すまいと、とにかく先手を打ち続ける。
空中で体勢を立て直すイーサンに対し、兼一も跳躍。
『ティーカオ(飛び膝蹴り)』を放つが、さすがにそう簡単にクリーンヒットはさせてもらえない。
受け止め、弾き、二人は少しの間を空けて着地する。

「どうだい。僕の5年も、中々馬鹿にできないだろう?」
「ふっ」

寡黙で、あまり表情を変える事のないイーサンにも笑みが浮かぶ。
かつての友が、時を経てもなおあの頃のまま立ちふさがる事を喜ぶように。

終わりが近い。
後は只、互いに全身全霊を費やした力と技、そして心をぶつけ合うのみ。

兼一の狙いは単純かつ純粋な突き。ただし、彼が最も信頼するあの突きだ。
最早何億回打ったかわからないそれに、必勝を期する。

対する、イーサンは一本指貫手。
どこを狙っているかまでは定かではないが、経穴を断っての一撃必殺が狙いだろう。

そして――――――――――――二人は真っ向から衝突した。

「さあ、決着を付けよう!!」
「See you again! 白浜!!」






あとがき

はい。そんなわけで、次回冒頭で兼一対イーサンは決着です。
というか、アレですね。達人戦はものすごく大変。
だって、私の妄想力では再現しきれる気がしないから……。
あとはイーサンの口調かな? 正直、色々悩みました。
とりあえず、「まぁ頑張ったんじゃないの?」と思っていただけたら幸いです。


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