<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[25730] BATTLE 26「天賦と凡庸」
Name: やみなべ◆33f06a11 ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 20:51

ティアナ・ランスターには夢がある。
それは、今は亡き唯一の肉親であり、彼女の誇りであった兄の夢。
借りものかもしれないが、それでも何としてでもかなえなければならない夢。

彼女の兄はとても優秀な人で、執務官志望の『エリート』と言って差し支えない一等空尉だった。
だがティアナが十歳の頃、逃走する違法魔導師の追跡中に交戦し殉職。
享年は21歳。あまりにも早く、若過ぎる死だった。

幸い遺族年金を残してくれたので、ティアナ一人が慎ましく生きる分には問題ない。
少なくとも、ティアナが大人になるまで生活には困らないだろう。
しかし、ティアナはそんな物より兄に帰ってきてほしかった。

あるいは、それだけならティアナは兄の死を悼みながらも、別の人生を生きていたかもしれない。
きっかけになったのは、兄の上司の言葉。
彼は言った、『犯人を追いつめながらも取り逃がすなんて、首都航空隊の魔導士としてあるまじき失態だ。たとえ死んでも取り押さえるべきだった』と、あるいは直接的に『任務を失敗する様な役立たずは……』など。
その意図が奈辺にあるとしても、十歳の少女に与えた影響は大きく、傷は深かった。

そして彼女は決意した、証明する事を。
兄の魔法は弱くない、この魔法で兄の夢をかなえる、兄は決して役立たずなどではなかったと。
それこそが、残された自分にできる…否、自分だけにできる事なのだと信じて。



だが、最近になってその気持ちが揺れている。
今更兄の夢を引き継ぐことをためらっているわけではない。
原因は、自分自身。

将来を嘱望された天才と、若手たちの憧れであるエリートと、歴戦の勇士たちが集う部隊。
そこに招かれた事は、純粋に光栄で自分の力を認めてもらえた喜びがあった。

しかし、その中に身を置く程に実感する現実。
任務はそれなりに上手くやれているが、特筆すべき点はない。
日々の訓練でも、周りの仲間たちほどの成長は感じられない。

同時に、知れば知るほどに理解せざるを得ない差。
隊長格は軒並みオーバーS。副隊長でもニアSランク。
他の隊員達も、前線から管制まで未来のエリート揃い。
僅か十歳にしてBランクを取った少年と、レアな技能を持つ少女。
危なっかしくはあっても潜在能力と可能性の塊の相棒。
その中にあって、凡人は自分だけ。

それを悔しくは思うが、そんな事は関係ないと言い聞かせてきた。
立ち止まるわけにはいかない。
兄の魔法は、決して弱くないと証明する為に。

だが、アレを見るとどうしても揺れてしまう。
魔力の欠片もなく、何かしらのレアスキルを持つでもなく、その身一つで隊長達と対等な力を誇る彼。
肉体とそれを運用する技術と言う、誰でも修得可能なそれを極めた男。
魔法より遥かに劣る筈の力で、魔法を凌駕する怪物の存在。
ある意味、一つの究極とも言えるそれ。
いったいどれほどの才があれば、そんな事が可能になるのか皆目見当もつかない。

同時に、そんな彼に認められた、常に自分達の数歩先を行く良き先輩。
自分が足踏みしている中、メキメキと力を付けていくその姿に……惨めさを覚えた。
彼女がそれに見合うだけの努力をしている事は知っている。
恐らく、自分より……それどころか六課のだれよりも努力しているのは疑いようもない。

だからこそ、ティアナは揺れるのだろう。
努力すれば、才能の差等覆せると信じて必死で頑張ってきた。
なのに、そんな自分より遥かに努力している、比べ物にならない才能の持ち主。
才能で劣り、努力で劣る。なら、自分はどうすればいいのか。

同じくらい努力する? そんな事は当たり前だ。才能で劣るのなら、努力で補うしかない。
しかし、どれだけ努力しても、努力している上に才能がある人にはかなわないのではないか。
そんな弱気が、彼女の心の中でジワジワと勢力を強めていく。

極めつけが、彼の子どもだ。
見てしまったのだ、僅か五歳にしてその才能の片鱗を。
若干五歳という年齢でありながら、まるで風を斬る羽の如く軽やかに宙を舞う幼子。
天才と凡人、生まれながらにして決められた地位を、選ばれた者とそうでない者の差を嫌でも実感させられた。
アレは、はじめからそこへと至る事を定められた存在なのだと。
凡人では、いくら望めど辿り着く事はないと突き付けられた様な気がした。

それを必死に否定し、努力すればなんとかなると言い聞かせる。
だが、一度鎌首をもたげた疑念は中々払拭できない。

しかし、あるいはだからこそ、彼女は気付いていなかった。
焦りにより狭まった視野が、彼女に真実を写さない。
仮に写しても、今の彼女にそれを理解し、信じる余裕はすでになくなっていた。

この部隊にあってただ一人の凡人である筈の自分。
だが、そんな自分と比べてもなお劣る無才の存在を。
その存在そのものが、文字通り彼女の信じる道の果ての具現だとは露ほども知らずに……。



BATTLE 26「天賦と凡庸」



ホテル・アグスタ、骨董美術品オークション。
その会場警備と人員警護、それが今回の機動六課の任務。

取引許可の出ているロストロギアも複数出品されるため、それらに反応してガジェットが集まってくるかもしれない。また、この手の大型オークションは密輸取引の隠れ蓑にされる事もある。
そんな諸々の事情が絡み合い、今回機動六課が警備に呼ばれたのだ。

ヘリでの移動の道中になされた説明を要約するなら、そんなところだろう。
またその中で、これまでの捜査からガジェット・ドローンの製作者にしてレリックの収集者として、違法研究で広域指名手配されている次元犯罪者「ジェイル・スカリエッティ」が浮かび上がった事。
その捜査は執務官であり、六課の捜査担当のフェイト主に担当し、捜査官でもあるギンガがその補佐について進めていくことが確認された。

配置は先日変更された通り、はやてと副隊長二人が会場内の警備。
シャマルが前線の管制を担当し、残りは隊長二人の指示の下に会場周辺の警備に当たっている。
で、その部隊長のお伴の二人だが……

「ま、こんなもんか」

赤を基調としたドレスを身に纏い、普段は三つ編みにしている髪を解いているヴィータに特に気負った様子はない。
むしろ、先日のごてごてしたゴスロリに比べれば遥かに穏やかなその格好に安堵すらしているらしい。
若干子どもっぽいドレスな事に不満があるようだが、まだマシと思っているのだろう。
客観的に見れば、「お人形」の様で可愛らしい限りなのだが。

「むぅ、やはり慣れんな。なんというか………………色々心許ない。
 これなら、あのメイド服とやらの方がまだ……」
「いや、アレはさすがにやめとけって……」

そんなヴィータに対し、髪を下ろし、生地が薄く肩や胸元の露出したアダルトなマゼンタのイブニングドレスで着飾ったシグナムは、やけに落ち着きがない。
まぁ確かに、布の面積と厚さはメイド服とは比べ物にならないので、気持ちは分からなくもないが。
とはいえ、これがパーティならともかく、オークション会場にメイドがいても浮くだけだ。
一応お客にまぎれる為にドレスを着ているのだから、それでは本末転倒である。

「いやいや、シグナムも似合おうとるよ」
「そ、そうでしょうか?」
「そんなん周りの反応を見れば一目瞭然やん」

そんなシグナムを励ますのは、こちらも二人同様に瀟洒な白のドレスを着たはやて。
セットされた髪と薄い化粧、さらには透明のストールやクロスのピアスが見る者に普段と異なる印象を与える。

周囲に目を配れば、礼服姿の男性たちからの熱い視線が無数。
はやてやヴィータにももちろん向けられているのだが、その中心はやはりシグナムだ。
彼女としては慣れない服装と空気、何よりその視線に居心地の悪さを感じてしまう。
だが、はやては逆に自慢の家族への正当な評価に満足げだ。
ただ、やはり女三人だけでこんな場にいるものではないとも思ってしまう。

「とはいえ、エスコート役の一人もなしやと、ジロジロ見られてちょう落ち着かんなぁ。
 やっぱり、兼一さんも会場内の警備に回すべきやったかも……」
「しょうがねぇだろ。アイツ、フォワード達の保護者自認してるし」
「まぁ、私ら三人……ちゅうか、シグナムとヴィータだけでも会場内の警備には十分やからええんやけどね。
 むしろ、これ以上は過剰戦力やし」

実際、たいして広くもない会場内の警備に戦力を集中し過ぎるのも問題だ。
広域型のはやては除外するとしても、シグナムとヴィータ、この二人だけでも会場内の警備に割く戦力としてはおつりがくる。

元より、理想はホテルへ入れずに外で食い止める事。
ギンガや新人達だけでなく、能力リミッターがあるとは言え、高位魔導師のなのはやフェイトが控えている。
さらに、魔法や武器を使わずに戦える兼一と言う隠し札がいる以上、滅多な事で突破されはしないだろう。
そんな万が一に備える意味としては、この辺りが妥当な線だ。

「ご安心ください、主はやて。我らがいる限り、主に不埒な輩は近づけません」
「あたしらがしっかりガードすっから、大船に乗ったつもりでいろよ」
「そやね。エスコート役はおらんけど、私には頼りになる騎士様がおったんやった。
 せやったら、二人ともよろしくな♪」
「おう!」
「僭越ながら、お供させていただきます」

シグナムははやてが差し出した手を恭しく取る。
彼女はその手を引き、衆目を集めながらも会場へと入っていった。



  *  *  *  *  *



で、先ほど話題になっていた兼一だが……彼はいま愛弟子をひきつれ、制服姿でホテル内を歩いていた。
別に物珍しいからではない。いや、確かに一流ホテルらしく、内装は落ち着いているが贅を凝らしているので、見る所は多々あるのだが、別にそれは目的ではない。

事前に渡された見取り図から得た内部構造への理解を、実際にホテル内をチェックする事で補強するためだ。
避難経路、攻めるならどこから攻めるか、どこに死角がありどんな遮蔽物があるか、あるいは高い視点からの周囲の立地の観察など、やれる事は多々ある。
制服を着ているのも、『警備をしている』とアピールすることによる参加者へ安心感を与える立派な仕事だ。

「警備はかなり厳重みたいですね」
「まぁ、オークションって言ったら参加者は基本各界のセレブだから。
 その人達に何かあったら大変だ、警備に力が籠るのも当然だよ」
「そうですね」

実際、もし何かあればホテルの評判と沽券にかかわる。
襲われるかもしれない事が事前に分かっているなら、それ相応の準備はして当然。
その一環が六課への依頼だが、それに満足せずに万全を期そうとした事が伺える。

「それで、師匠は今回も?」
「いつもと同じさ。弟子の喧嘩に師匠は出ない、それが武人のルールだよ」
「あれが喧嘩、ですか?」

正直、ギンガとしてはアレを喧嘩と呼ぶその神経が未だに信じられずにいる。
確かに彼女達が身を置く戦いは、一度に複数の敵を相手取るのも当たり前、これといったルールもない。
端的に情報を羅列すれば、確かに喧嘩と大差ないとも言える。
しかし、一歩間違えば命が危うい戦場を喧嘩と呼ぶのはどうか……。

「いやいや、喧嘩をバカにしちゃいけないよ。
 アレだって、時と場合によっては命をかける事もあるんだ。
 何しろ、僕も昔は喧嘩で殺されそうになった事もあるし」
「え…ええ!?」

別に、ギンガは喧嘩で殺されそうになった事を驚いているわけではない。
なにしろ、ルールのない路上だからこその危険性があるのは事実。
その為、喧嘩だからと言って安易に考えてはいけない事はギンガにも理解できる。

故に、彼女が驚いたのはもっと別の事。
この「温厚篤実」を絵に描いた様な師が、路上で喧嘩などしていた事が信じられない。
むしろ、喧嘩などで拳を振るうものではないと、決してそんな事はした事がないと思いこんでいた。

「ああ、ギンガは真面目だから路上での喧嘩なんてした事はなかったかな?」
「は、はぁ……」
「アレはアレで中々深いものだよ。ああいう場所だからこそ身につけられるものもある。
 喧嘩を推奨するわけじゃないけど、そういうのも経験かもしれないね」

決闘には決闘の、戦場には戦場の、路上には路上の味がある。
そのため、案外路上での喧嘩の経験が生きて来る場面と言うのもあるだろう。

しかし、管理局員であるギンガに路上での喧嘩など御法度なので、多分その経験を積む事は出来ない。
それを、兼一は少しばかり惜しむ。
何事も経験だ。兼一自身、根柢の部分には若かりし頃の路上での喧嘩の日々が確かに根付いている。
師の中には「ケンカ100段」などと言う異名を持つ人もいるし、存外喧嘩と言うのはバカにできないのだ。

「でも、師匠が…喧嘩……」

戸惑い気味に呟く弟子に苦笑しながらも、兼一はホテル内のチェックは続ける。
そんな師弟が交差路へ差し掛かったとこで、横手から声が掛かった。

「ああ、お久しぶりです、先生」
「「え?」」

二人が揃って振り向くと、そこには緑色の長髪と白いスーツが目立つ美男子と、質素ながら身なりの良い蜂蜜色の長めの髪を首の後ろで括った柔和な顔立ちの美青年。
声をかけてきたのは緑の髪の男らしく、こちらに軽く手を振りながら歩み寄ってくる。
そのやや後ろにいる青年は、どこか困惑気味な表情だ。
だが、兼一にはその男に見覚えがあった。

「あ! 確か、アコース査察官」
「ええ、覚えていただけて光栄です」
「は、はい……」

覚えていたと言うか、同性の側からしてもこんな美男子を忘れるのは難しい。
特に、初めて会った時に彼と交わした会話の内容が内容であり、彼の愚痴には共感を覚えたから。

「ですが……なんですか、その『先生』というのは?」
「いえ、六課でのご活躍は伺っていますから。
優れた技術や深い知識を持つ方には、それ相応の敬意を払うのが当然でしょう?」

一応は本心なのだろうが、どこか捉えどころのない雰囲気がヴェロッサにはある。
そのせいで、兼一としてもその言葉をどう受け取っていいか判断が付けにくい。
確かに兼一は武術界においてそれなりに権威のある身だが、やはりこういう扱いは慣れない。

特に、ここ数年は武術界から離れていただけに、その勇名もかすれ気味だ。
先日出張で地球に行った際、師や古い友人と違い彼はほぼ眼中に入っていなかったことからもそれがわかる。

「あの、アコース査察官? そちらの方は……」
「ああ、失礼しました、ユーノ先生。こちら、機動六課所属の……」

背後の青年に紹介するように、その間に立つヴェロッサ。
兼一とギンガは改めて青年へと目をやり、その容貌を失礼にならない程度に観察する。
色白で線が細く、骨太さなどとは無縁の顔立ち。どこかのんびりとした穏やかな物腰は、見る人によっては安心感を与えるかもしれない。身体は華奢で、荒事とは無縁に映る。
オークションの参加者か、そんなところだろう。

「白浜兼一二等陸士です」
「ギンガ・ナカジマ陸曹であります!」
「あ、どうも。ユーノ・スクライアです。今日は出品物の鑑定と解説をさせていただく事になっています」

その名を聞き、兼一とギンガはそろって顔を見合わせる。
なぜならそれは、二人にもこれまでに幾度か耳にした事のある名前だから。

「でも、その年で陸曹ですか。優秀なんですね」
「あ、ありがとうございます。
あの、失礼かもしれませんが、もしかして無限書庫の司書長のユーノ・スクライアさんでしょうか?」
「若輩の身に過分な肩書だとは思うけど、一応……」

その肩書に見合わず、やけに腰の低いユーノ。
この若さにして一部門の長、それならもう少し居丈高でも許される筈なのだが……彼にそんな様子は微塵もない。
どれだけ低く見積もってもゲンヤやはやてと同格か、それ以上の地位がある重要人物。
にもかかわらず、彼からすれば下っ端の筈の二人にもこれだ。
確か「局員待遇の民間学者」の様な立場の筈だが、それでもこれは腰が低い。

「何が一応なものですか。ユーノ先生は無限書庫を実動可能なレベルにまで築き上げた最大の功労者じゃありませんか。局の内外でもその功績は認められているんです、もっと胸を張ってくださいよ」
「ど、どうもそう言うのは苦手で……」

ヴェロッサの言う通り、管理局内におけるユーノの評価は高い。
彼が現れるまで、物置同然だった巨大データベースを今の形にしたのが彼だ。
無限書庫の効率的運用により、一体どれだけの恩恵があった事か。
それを鑑みれば、むしろ今でも彼への評価は低いと言わざるを得ない。

しかし、本人からするとそれは自分の身に余ると感じるらしいが。
とはいえ、どこか似た様な部分のある兼一は謙遜するユーノに共感を覚えた。
本人が認識する自分からかけ離れて、皆が抱く偶像の大きさを重荷に感じる。
それは、かつて悪友がねじ曲げた情報を流布され苦労した経験のある兼一だからこそ、わかる感覚だったかもしれない。

「でも、管理局から警備の人員が来るとは聞いていましたが、まさか機動六課だったとは……」
「おや? ユーノ先生はご存知ではありませんでしたか」
(((あ、この人わかってて黙ってたな……)))

どこか愉快そうなヴェロッサの表情に、その事を看破する三人。
きっと、彼は全てわかった上でどちらにもその事を教えていなかったのだろう。
兼一達も主要な参列者の情報は聞き及んでいる。だが、その中にユーノの名はなかった。
まぁ確かに、絶対に必要な情報と言うわけではないし、そもそも彼は正確には参列者ではない。
それに、彼は戦闘能力こそ高くはないが優れた結界魔導師でもある。
なら、別に警護対象としての順位はそれほど高くないのだろうが……関係者の多い六課に教えなかったり、六課の事を教えなかったのは、皆の驚く顔が見たかったからだろう事は想像に難くない。

「でも、と言う事はなのはやフェイトも?」
「はい。それに、八神部隊長や守護騎士のみなさんもいらっしゃってます。
 部隊長と副隊長達はもう会場に入っていますが、他のみなさんはホテルの中かその周辺です。
お会いになられますか?」

かなり上の立場の相手に若干緊張しながら、ギンガは申し出る。
なにしろ、六課内でなのはとユーノが事実上の恋人同士なのは周知の事実。
知らぬは本人ばかりなり、と言うのが実情だ。

任務中ではあるが、少し会うくらいはかまわないだろう。
それに、最近は新人達のへの教導で忙しく、なのはは全くユーノと会えていない。
これ位は、普段忙しくしている上司への部下の密かなる配慮の範疇だ。だが……

「ああ…いや、みんな忙しいだろうし邪魔しちゃ悪いから」
「え? でも……」
「まぁ、もし時間があればオークションの後に会えるかもしれないしね」

苦笑気味に、ユーノはギンガの申し出を謝絶する。
確かに、もしかすればオークションの後に会えるかもしれない。
その可能性は決して低くはないが、絶対ではないのだ。
それこそ、もしかしたらどちらかが急いでこの場を離れなければならなくなることもありうる。
なら、会える時に会っておくべきな筈なのに……。

そんなユーノにギンガは僅かに表情を曇らせ、ヴェロッサは困ったように溜息をつく。
恐らく、彼もタイミングを見計らってそうするつもりだったのだろう。
だが、これではそのたくらみも上手くいくかどうか。
しかし、そんな中にあって一人兼一が動いた。

「スクライア司書長、ちょっと良いですか?」
「え?」
「ギンガ、君はアコース査察官を頼む」
「え? ちょ、師匠! どちらに!?」
「すぐ済むから、ちょっとだけ」

困惑するユーノの手を取り、物影へと引っ張っていく兼一。
ギンガは訳が分からず引きとめようとするが、兼一はそのままそそくさと行ってしまう。

「……さて、それじゃちょっとそこで話しでもしようか」
「は、はぁ……」

ヴェロッサは何かを理解したのか、一つ頷いてギンガの肩に手を回す。
ギンガがそれを寸での所で軽く避けると、彼は小さく「残念」と零す。
だが、顔には言葉と違いそんな様子はない。恐らく、彼なりの処世術かポーズの様な物なのだろう。
ギンガはそう理解することにして、とりあえず師が戻るまで適当に時間を潰すことにした。

そして、兼一に引っ張られていったユーノは、相変わらず訳がわからない様子だ。
なのはのメールから、古い知り合いに会ったこと、それが兼一である事は知っている。
しかし、結局それだけであり、これと言って関連もつながりもない兼一が自分に何か用なのかわからないのだ。

「あの、何かご用でしょうか?」
「ああ、いきなりすみません。でも、すぐ済みますから」

ユーノにあまり時間はないかもしれないが、それでも次いつ会えるかわからない。
ならば、今のうちに兼一はユーノと話さなければならなかった。
何しろ、先日の任務で再会した友人からの頼みごともある。
なのはとユーノ、二人の関係に力を貸してほしいと頼まれたから。
何ができるかは分からないが、友人の頼み。なら、できる限りの事はする、それが白浜兼一という男だ。

「スクライア司書長」
「あ、ユーノで良いですよ。正式には僕は局員じゃありませんし」
「ああ、ならユーノ君で」
「はい、それでお願いします」

ユーノにこれといった階級はなく、あるのは役職だけ。
正規の局員でないとなれば、まぁこれ位は良いだろう。
それに、これから話す事は局員とかそういうのとは別の話。
少しでも心に届かせる為に必要なら、尚更だ。

「君は、なのはちゃんの事をどう思ってるの?」
「え?」

いきなりの質問に、ユーノは訳がわからないといった表情。
実際、兼一自身もう少しうまい聞き方はないかと思う。
だが時間もないし、彼は元から遠回しな話は得意ではないのだ。

「なのはの事、ですか?」
「うん。十歳の頃からの幼馴染で、魔法の先生なんでしょ。
 それで、君は彼女をどんな風に見てるのかなって」
「はぁ…そうですね……恩人で、大事な友達…でしょうか?」

それだけ、とは敢えて聞かない。
まだ言葉の続きがありそうだし、彼がよくそういう風に言っていると言う事は聞いていた。

「あとは、エース・オブ・エースとかそういうのは置いておくとしても……………なのはにはいつまでも、元気に空を飛んでほしいかなって」

そこに秘められるのは、深い深い後悔と悲しみ、そして重すぎる自責の念。
一瞬たりとも離すことなくユーノの瞳を見る兼一は、その眼の奥からそれらの感情を見てとった。
真に流水制空圏を会得した者は、時に相手の心の深いところまでも覗き見てしまう。
今回は意図して深く覗こうとしたのだ、これ位はわかって当然。

「なのはには、他のどんな場所よりも……青い空がよく似合いますから」

噛みしめるように、吐き出すように語るユーノの口は、そこで閉ざされた。
なのはをそこへと誘うきっかけを作ったのは自分。同時に、彼女に落ちる危険を作ったのも自分。
兼一は彼らの深い事情など知らない。故に、そんな彼の気持ちまでは読み切れない。
わかるのは、彼が酷く自分の事を責めている事と、様々な感情の絡みあいから気後れしている事だ。

だからこそ、兼一は「やっぱり」と思う。
ユーノと言葉を交わし始めて間もなく感じていた、ある感覚。
それが間違っていなかったという確信を、今の僅かな言葉から得ていた。

「何ていうか…………………君は、昔の僕とどこか似ているよ」
「え?」

兼一はかつて、大切な人のすぐそばに居ながら彼女を守る事が出来なかった。
幸い、最終的に彼女を取り戻す事は出来たが、守れなかったことへの自責の念は今でもよく覚えている。
不甲斐ない自分を殴る事にこの拳を使った時、それを止めてくれたのは悪友だった。『殴りたいなら数万回でも俺様が殴ってやる。だが、お前の拳はそんなくだらねぇことに使う為に鍛えたんじゃねぇだろーが』と。
あの時、その言葉にどれほど救われたかわからない。決して言葉にはしないが、確かにあの悪友に救われた。

兼一はユーノの詳しい事情など知らない。
だがそれでも、ユーノがかつての自分と酷似した自責を背負っている事はわかる。
違いがあるとすれば、兼一は既にそれに決着をつけ、ユーノは決着をつけられていない事。

(きっと彼は……守れなかった事を悔いている。同時に、守る力がない事も)

ユーノの事情を知らない様に、その詳しい能力も兼一は知らない。
しかし、兼一の洞察力はユーノの瞳からそれすらも読み取った。
守りたいと思いながらも、守る為に必要な力が不足していることへの悔しさを。
自分より遥かに強い女性に恋し、その人を守りたいと願いながらもかなわない自分への憤りを。
そんな所が、益々かつての自分と似ていると思う。

「ユーノ君、覚えておくと良い。
どれだけ強くしなやかで、綺麗な翼を持つ鳥にとっても…………空は決して味方じゃない」
「え?」
「むしろ、空という場所そのものが敵なんだ。羽を休める事も、気を抜く事も許されない。
 些細なきっかけで地に落ち命を落とすかもしれない、そんな場所。
 常に心を張りつめなければいけない、それが空だ。鳥たちはそんな場所を飛んでいる」

飛ぶ事をやめてしまえば、羽ばたく力が弱れば、地面に向かって真っ逆さまに落ちるのみ。
どれほど優美に飛んでみたところで、その現実は変わらない。
忘れがちだが、空は決して空を飛ぶ者を祝福しているわけではないのだ。

「僕には空を飛ぶ翼はなかった。でもね、そんな僕にもできる事はあったんだ。落ちそうになる心を支え、多くの危険にさらされる命の盾になる。弱くても、それくらいはできるんだよ。
強いから必要ないとか、弱いから守れないなんていうのはただの思い込みだ」
「あの……」
「特に君はまだ若い。頭の良い君には難しいかもしれないけど、時には後先考えずにバカになるのも良いものだよ。僕の師匠は『若いうちの無謀は買ってでもせよ』なんて言ってたけど、若いうちはそれくらいが丁度いい」

諦めるにはまだ早い。直接会って、兼一は確信した。
これほどなのはを大事に思う彼なら、きっとできる。
自分の弱さを知りながら、それでもなお諦めきれていないのなら充分だから。

「あなたは、僕に何をさせたいんですか?」
「…………君が君の夢をかなえる事、かな?」
「師匠! そろそろ……」
「ああ、今いくよ」

弟子の呼ぶ声に応え、兼一はユーノに背を向ける。
きっと、今のユーノの心中は酷く揺れている筈だ。
今のやり方こそが、自分にできる最善だと納得させた心が。

別に、そのやり方ではいけないと言うわけではない。
もし、ユーノが本当に心の底から納得していたのなら何も言う事はなかった。
だが、兼一は確かに見たのだ。その瞳の奥に燻ぶるものを。

あくまでも兼一はそれを拾い上げ、その為に必要と思う物を提示しただけだ。
それにどう向き合うかは、ユーノが決める事。
ただできれば、彼には夢をかなえてほしいと思う。
もう自分には、その夢をかなえる事は出来ないから。



  *  *  *  *  *



それからしばらくして。
ホテル屋上で周辺に感知魔法を展開していたシャマルが、真っ先に異変に気付く。

「クラールヴィントのセンサーに反応。みんな、来たわよ!」

念話や通信を通し、六課部隊員たちに詳細な情報を伝達する。
ロングアーチからの情報も合わせれば、集まってきているのはガジェットⅠ型とⅢ型の混成。
今のところ、0型の機影は見当たらない。

「前線各員へ、状況は広域防御戦です。
ロングアーチ1の総合管制と合わせて、わたし、シャマルが現場指揮を行います」

今ある情報と状況の中から、シャマルは指揮系統を再度明確にしていく。
元より守護騎士の参謀役であり、隊長達からの信任の厚い彼女だ。
今更文句や不満を抱く者はおらず、みな黙ってその言葉に耳を傾ける。
とそこで、シャマルの背後の扉が勢いよく開かれた。

「シャマル先生」
「すみません、遅くなりました!」
「兼一さん、ギンガ。大丈夫、今からそれぞれの配置を指示するから、その通りに」
「「はい」」

とはいえ、恐らく基本この位置で待機し、状況に応じて動く事になるだろう
ギンガは元々遊撃だし、兼一も皆のフォローが主な役目という意味では似た様な物。
全体を見渡せ、どこに移動するにも丁度いい中央で待機するのははじめから決めていた事だ。

「なのはちゃんとフェイトちゃんはザフィーラと迎撃に。
 スターズF及びライトニングFはホテル前に防衛ラインを設置。三人の撃ち洩らしへの対処を。
そちらの指揮はティアナ、お願いできる?」
『はい! シャマル先生、私も状況を見たいんです。前線のモニターもらえませんか?』
「了解、クロスミラージュに直結するわ。クラールヴィント、お願いね」
《ja》

シャマルの仕事は全体の指揮だ。
その為、各戦場にはそれぞれに指揮官を立てるのが望ましい。
直接戦場に立ち、状況を把握できる者に分けて言った方が効率的なのは言うまでもない。

「ギンガ達は待機。ガジェットは正面に集中してるけど、ちょっとあからさま過ぎるわ。
もしかしたら別方向からも来るかもしれない、0型の姿がないのも気になる。あなた達はそれに備えて」
「はい!」

見ればなのはとフェイト、それにザフィーラが飛び立って行くのが見える。
大半は三人が処理するだろうが、それでも打ち洩らしがないとは限らない。
それに対処するための新人たちであり、更なる不測の事態が起こった時にそれに対処する役目を負うのがギンガだ。

「兼一さんは臨機応変に……」
「わかっています。危なそうな所へフォローに入ればいいんですよね、お節介にならない程度に」
「お願いします」

兼一としては、弟子や子ども達の戦いに干渉する気はない。
だが、放任と放置が同義ではないのも事実。
そこを見極め、必要な時に必要な手助けを行うのが大人の役目だ。
ただ、果たしてそんな悠長な事を言っていられるかどうか……。

(…………………………嫌な感じがする。これは、ちょっと何かあるかもしれないな)

具体的に何がどうというわけではないが、無数の死闘を経て研ぎ澄まされた兼一の直感が告げている。
杞憂に終わればいいが、そうでないなら相応の覚悟がいるかもしれない。そう思わせる何か。

兼一は眼を閉じ、深く呼吸しながら気組を練る。
何が起きても対処できるように、少しでも早く全力を出せるように。
なにしろ、スロースターターは彼の致命的な欠点の一つだ。それが大きく影響しないとも限らない。
なら、少しでもその時間を減らす努力をすべきだから。
そんな師の姿を見て、ギンガはそれに倣う様に瞑目し、その時が来るのを待つのだった。



  *  *  *  *  *



その頃、ホテル・アグスタから程良く離れた森の中。
少し遠くへ眼をやれば桃色と金色、そして白色の光が閃き、続いていくつもの爆煙が上がっているのが見える。
そんな場所で、一組の親子にも見える二人組が宙に浮かぶモニターで誰かと話していた。

「ごきげんよう、騎士ゼスト、ルーテシア」
「ごきげんよう」
「なんの用だ?」

感情を感じさせないルーテシアと呼ばれた少女と、不快感を隠そうともしないゼストと呼ばれた男。
だが、モニター越しに話す白衣の男、機動六課が追うジェイル・スカリエッティは平然としたままだ。

「冷たいね。近くで状況を見ているんだろう?
 あのホテルにレリックはなさそうなんだが、実験材料として興味深い骨董が一つあるんだ。
少し協力してはくれないかね? 君たちなら、実に造作もない事なんだが」
「断る。レリックが絡まぬ限り、互いに不可侵を守ると決めた筈だ。
なにより、お前には我等を使わずとも……」
「確かに、あの子たちならできるだろう。だが、さすがに今はまだ早い。
 時期的にも、準備的にもね。その点、ルーテシアなら姿を見られる心配はない。
もちろん、相応の謝礼も出すし、何より危険な目には合わせないと約束する。頼まれてはくれないかな?」

ゼストの説得は早々にあきらめ、ルーテシアの懐柔に掛かる。
彼女は僅かに黙考し、それを承諾した。

「いいよ」
「優しいな、ありがとう。今度ぜひ、お茶とお菓子でも御馳走させてくれ。
 君のデバイス、アスクレピオスに私が欲しい物のデータは送ったよ」
「うん。じゃ、ごきげんよう、ドクター」
「ああ、ごきげんよう。吉報を待っている」

スカリエッティはそこで通信を切ろうとするが、そうはならなかった。
なぜなら二人の背後、森の奥からゆっくりと誰かが姿を現したから。
ゼストとルーテシアは一瞬警戒を露わに振り向くが、その人物が誰かを認識して警戒を解く。

「……………………………アノニマート?」
「や! それ、僕にも手伝わせてよ、ルー」

出てきたのは、以前ギンガと翔の前に姿を現したカジュアルな服装の長身の青年。
スカリエッティは青年の姿を見るや、少々あきれたように呟いた。

「まったく、姿が見えないと思えば、いつの間にそんな所に」
「あ、ごめんなさい、先生。勝手に出てきちゃって」

咎められたと思ったのか、青年は慌てた様子で手を合わせて頭を下げる。
だが、その声音には申し訳なさこそあるが、後ろめたさはない。
悪気がないとは言え、無断で出てきた事を悪いとは思っているのだろう。
だが、ルーテシアへの協力の申し出を取り下げる気はない事も伺える。

「いや、それは構わんよ。それで、行きたいのかい?」
「はい、是非! もう我慢できなくって、早く会いたくて仕方ないんですよ!」
「……………………………………………仕方がないな、好きにするといい」
「やった! ありがとうございます、先生!」

しばしその眼を見つめていたスカリエッティだが、最後は頭を振ってそれを了承した。
だが、さすがに無条件でとはいかない。
本来、ここで姿を見せるのは予定外の事なのだから。

「ただし」
「はい?」
「あくまでも今回の目的はお使いだ。それが終わり次第、すぐに帰ってくる事。もちろん、あまり夢中になってもいけないよ。それと、直接姿を見せるなら君一人では心配だ。
誰か……そうだな、セインにでも同行してもらおうか」
「あ、それなら大丈夫ですよ。ね、先生」
「ん? ああ、なるほど。あなたもご一緒でしたか」

彼の視線の先には、気によりかかる一人の男。
スカリエッティはそれを見て、アノニマートと呼ばれた少年の言葉を理解する。
なるほど、確かにこれなら誰かに同行してもらう必要はあるまい。
何より、おかげで必要以上に手札を晒さずに済む。

「相変わらず、あれには甘いのだな」
「彼は特別だよ。他の娘たちと違って、あの子は私の下にいるだけでは完成しない。
 そんなあの子を必要以上に繋ぎとめても、むしろ逆効果だ。なにより、契約の事もあるからね」
「お前が、良くそれを受け入れたものだ」
「人としてのあらゆる英知の結晶、それがあの子だ。そして、娘たちとは別の形の私の作品。
 その完成の為なら、この程度は惜しくもない」

スカリエッティの言葉をどの程度信じたかは分からないが、それ以上はゼストも何も言わない。
そんな二人を気にした素振りもなく、アノニマートの顔は喜色に満ちていた。

「ああ、やっと会えるんだ。うぅ~!」
「やれやれ。それで、会いに行くと言ってもどうするつもりか、プランはあるのかい?
 さすがに、あの三人を相手に真っ正直に行っても素直に通してもらえるとは思えないが。
何より、最後の最後には彼もいる」
「ええ、それは……」

スカリエッティの問いに、アノニマートは表情を改める。
彼なりに考えたその方法に若干の修正を加え、スカリエッティはそれを了承した。
同時に、ルーテシアによって召喚された小さな虫たちがガジェット目掛けて飛んでいく。
ここで、戦況に大きな変化が訪れる事となる。



  *  *  *  *  *



ホテル周辺の森林地帯。
ガジェット達を迎撃するその最前線で、今まさに敵を蹴散らしていたなのは、フェイト、ザフィーラの三人。
だが、シャマルやロングアーチからもたらされた巨大な召喚魔法が使用されていると言う報。
それから間もなく、三人も異変に気付く事となる。

「バルディッシュ!」
《Haken Saber》
「はぁっ!!」

大鎌型の魔力刃を出力したバルディッシュを大きく振りかぶり、フェイトは勢いよく振り抜く。
魔力刃はバルディッシュから切り離され、回転しながらガジェット達へと向かう。
本来ならAMFの影響を無視し、容易く鋼鉄の装甲を切り裂く一閃。
しかしそれは、瞬間的に出力を増したAMFと、Ⅲ型の頑強なアームによって弾かれた。

「え?」

それまでのガジェットには見られなかった的確な対処。
驚きに目を見開くフェイトだが、その隙にガジェットから散発的な光線が発射された。
それを回避しつつ、フェイトはプラズマランサーを放ち一端距離を取る。

同時に、なのはが上空から放つ誘導弾も、ガジェット達はのらりくらりと回避するようになっていた。
そんななのはの下へ、上空へと飛び上がったフェイトが合流する。

「動きが変わった?」
「今までのガジェットとは全然違う。多分これが……」

先ほど反応のあった召喚魔法の主の魔法の効果。
これまでは単に「処理」の対象でしかなかったガジェット達。
だがここまで動きが変わったのなら話は別。
今の二人は、ガジェットを気を引き締めて当たるべき「敵」と認識した。

そこへ、二人の下へ届く念話。
その主は、別の場所でガジェットを迎撃していたザフィーラからのもの。

『どうする、誰かラインまで下がるか?』

敵に召喚士がいるとなれば、新人達のところへ回りこまれる恐れがあった。
あそこには新人達の他にもギンガ、さらには兼一も控えている。
そういう意味ではフォローは手厚いし、戻るべきか否か、そこをはっきりさせるためだ。

「…………なのはは一端戻って。もし必要なら私も戻る」
「そうだね。兼一さんもいるし、大丈夫だとは思うけど……」
「うん。もし向こうが兼一さんの事をわかった上で策を練っているなら、油断はできない」

なのはだけで足りないなら、その時は六課最速のフェイトも向かう。
彼女なら、いざとなれば短時間でラインまで戻ることが可能だから。

『では急げ! ここは我々が抑える!』
「うん。二人とも、気をつけて!」

重厚なザフィーラの声に背を押され、なのははホテルへと引き返そうと踵を返す。
しかしその瞬間、並び立つなのはとフェイトの周囲を何かが覆い、閉鎖した。

「フェイトちゃん、これって!?」
「結界。それも、かなり頑丈な……!」

周囲の気配が変わった瞬間、二人は即座に看破した。
自分達を覆う結界の強度が、彼女達をしてそれなりに本腰を入れねば砕けない代物である事を。

同時に、一瞬動きが止まった二人の視界の端を黒い二つの影が通り過ぎる。
二人は咄嗟にそれに反応し、考える間もなく反射的に愛機を掲げた。
次に感じたのは、愛機を握る手へと伝わる強烈な衝撃。

「「くぁっ!?」」

意表を突かれた事で踏ん張りが効かない。
二人は真上から受けた衝撃により、真っ逆さまに森へと落下していく。
辛うじて地面に叩きつけられる前に体勢を立て直した二人が自分達を攻撃した影へと眼を向けると、そこには重力に引かれて落ちて来る二人の人間の姿。

「女子どもと思えば、存外良い反応をするじゃないか」
「ああ。所詮魔法など児戯に同じと思っていたが、なかなかどうして……」

普通の人間なら大怪我必至の高度からの墜落。
にもかかわらず、二人は動じた様子もなくなのは達への評価を改める。
そのまま二人は難なく着地を決め、なのは達へと向き直った。

見れば、先ほどまで彼女達を覆っていた結界は確かにその規模を小さくしている。
これでは、たとえ飛び上がってもたいした高度は取れない。
高度を稼ぐには、いったんこの結界そのものを破壊せねばならないだろう。

「こんな所まで来て小娘の相手。正直、気が乗らなかったのだがな」
「全くだ。しかし、エース・オブ・エースの呼び名は伊達ではないということらしい」
「なのは、この人達……」

対峙した瞬間に感じたのは、あるべき物が感じられないという違和感。
しかし、それがないのなら答えは一つ。
あの高さから平然と着地し、いまなお隙が見いだせない。
身近にいる同じ存在がいるせいか、二人の脳裏には同じ可能性が導き出されていた。

「……最悪だね。本当に、なんでこんな所に……」

二人も達人がいて、その相手をせねばならないのか。
限定された空間での達人との戦いなど、最悪以外の何物でもない。
身体能力なら引けは取らないだろう。だが、こと戦技の深さに関しては比較するのもバカバカしい。

見れば、相手はどちらも徒手空拳。戦うなら近接は避け、可能な限り距離を取るべき相手だ。
にもかかわらず、結界によって阻まれそれは叶わない。
かと言って、結界を破壊しようとする瞬間の隙を見逃してくれる筈もなかろう。
見た所二人とも魔力はなさそうだし、別のだれかか、何らかの道具を用いて結界を維持している筈。
戦いながらそれを見つけ出すとなれば、それはそれで手間がかかる。
万全の状態ならいざ知らず、能力リミッターがあるこの状況では……。

「異変はロングアーチも気付いてる筈だけど……」
「ザフィーラに新人達の支援は……望めないね」

何しろ、いまだこの周囲には多数のガジェット達が蠢いている。
なら、その対応に当たる事ができるのはザフィーラだけ。
そして、彼はその場を放棄して新人達の下へ向かう事は出来ない。
彼が防波堤となり敵を減らさなければ、全ての敵が新人達の下へ雪崩込んでしまう。
防衛地点となるホテルの真ん前で、全ての敵を迎え撃つリスクを負う事は出来ない。

故に、二人がすべきことは一つ。一刻も早くこの場を離れる事。
可能なら、目の前の危険な敵を排除した上で。

「やるしかないね」
「うん。多少強引でも、押し通らないと」

相手が達人となれば、最悪力尽くでリミッターを外すことも視野に入れなければならない。
また、お互いが相当な負傷を負う事も。

「私が盾になる。フェイトちゃんはなんとか結界の破壊を」
「…………………………わかった。けど、あまり無茶はしないで」
「しないで済むなら、したくないんだけどね……」

本来は中・後衛のなのはだが、それも時と場合による。
最優先事項は結界の破壊。倒すにしても離脱するにしても、全てはそれからだ。

相手がそんな隙を与えてくれないのなら、隙を作るしかない。
その為には、防御性能の高いなのはが盾となり、速度に長けるフェイトが結界を破壊する以外にないのだ。
フェイトもそれがわかっているからこそ、異論を挟む事はしない。たとえ、どれだけ心が苦しくても。
そうして二人は覚悟を決め、それぞれに愛機を構えた。



  *  *  *  *  *



時を同じくして、ホテル屋上。
全体の指揮を担い周囲に探知の魔法を展開するシャマルと、ホテルの正面に立ち敵と同じ召喚魔導師であるキャロが異変に気付いたのはほぼ同時だった。

「来る!」
『遠隔召喚、来ます!』

二人が反応すると同時に、ホテルの正面と背面に発生する紫の魔法陣。
正面にはⅠ型とⅢ型の混成部隊。背面には、数こそ少ないが0型が五機。
正面は新人達に任せれば良いとはいえ、問題は背面のガジェット。
とはいえ、この状況もまた想定の範疇。

「ギンガ、お願い!」
「はい!」

詳細など口にするまでもない。
それまで待機していたギンガは、新人たちとは逆…ホテルの裏へと飛び降りる。
シャマルがそれを最後まで見届ける事はなく、その間に彼女はロングアーチとの通信に切り替えていた。

『シャーリー、状況は?』
『スターズ1及びライトニング1、結界に囚われ状況不明。
 ザフィーラがなんとか森林のガジェットは抑えていますが……』

さすがに数が多く、戦線を支えるので精一杯といったところか。
辛うじて一定ラインより先に敵は進ませていないが、それ以上は望めまい。むしろ、ここはさすがと言うべきか。

『リインちゃんはまだ?』
『ホテルへ戻ろうとしていますが、召喚されたと思われる銀色の虫に阻まれ……』
(今はまだ新人達もなんとか抑えてくれてる。
いざとなれば兼一さんがいるけど……その場合ギンガ達の方が手薄になっちゃう)

とりあえずガジェットの侵攻は抑えられているが、それもいつまで保つか。
なのは達の方も状況がわからない以上、最悪の展開も予想しなければならない。
ならその場合、兼一をどこに振り分けるべきか……前か、後ろか、それとも森か。
そんな決めあぐねるシャマルの下へ、ホテルの中から念話が入る。

『シャマル、あたしも出る! リインと白浜の野郎でホテルを守って、あたしがザフィーラの援護に行けば……』
『いや、部隊長としてそれは許可できん。ヴィータとシグナムは、このまま会場内の警備や』
『はやて!』
『抑えろ、ヴィータ。主の御命令だ』
『でもよ!』

確かに、ヴィータが加勢すればだいぶ外の状況は楽になるだろう。
だが、部隊長であるはやてはそれに待ったをかける。

『みんなが心配なんは私も同じや。せやけど、ここでヴィータが外れたら、どうやって中の人達を守るん?』
『状況から見て、派手に動き過ぎてる。陽動の可能性は捨てきれないわ』
『それは……』

ヴィータが会場内の警備から外れれば、会場内を守るのははやてとシグナムだけになる。
一応ホテルの方でも警備はつけているようだが、AMF環境下で戦える人材がどれだけいるか。
おそらく、実質的に戦力として数えられるのは六課のメンバーだけだ。

確かに会場内の警備にはあの三人がいれば十分だろうが、とにかくお客の数が多い。
ヴィータが離れれば、戦力ではなく数が足りなくなってしまう。

『そう言う事や。この際、ガジェットが何を狙ってるかなんてどうでもええねん。
 何か欲しいもんがあるなら、そんなもんくれてやればええ』
『はやて……』
『その代わり、お客の身の安全は何としてでも守る。これは絶対や』

はやては指揮官であり、六課の責任者だ。
彼女は時に部下に対して「死ね」と命じ、時に部下を切り捨てる非情な判断が求められる。
多数の民間人の安全と危険な現場に立つ部下達。比べる事等出来る筈もないが、決めなければならない。
それを物語る様に、はやての声には苦悩が滲んでいる。

『安心しぃ。最悪、私が出て纏めて薙ぎ払う。ま、ホンマに最後の手段やけど……』

ヴィータやシグナムが動けば会場内の警備が手薄になる。なら、選べる手段はこれだけだ
とはいえ、本来総責任者であるはやてが下手に動く事は出来ない。だから最後の手段。
それでも部隊長として褒められたものではないが、大切な部下を切り捨てる気などはやてにはない。

彼女は広域型。はやてがその気になれば、周囲のガジェットを纏めて破壊できる。
まぁその場合、魔力ダメージに設定しても新人達を巻き込んでしまう可能性があるが、それでも見捨てるよりはマシだ。

『…………………わかった』
『ごめんな』
『はやてが謝る事じゃねぇよ。はやてだって苦しいんだ、ならあたしだって我慢する』

上層部による協議はそこで決着がつき、シャマルは再度状況の把握に努めた。
耳を澄ませば、ホテルを挟んだ正面と裏から断続的に爆発音が聞こえて来る。
どうやら、両方とも今のところは問題なく対処できているらしい。

リインが戻るまでなんとかなれば、後は二人をそれぞれに正面と裏に配置すればいい。
隊長達やザフィーラの事は心配だが、あの三人の力量はシャマルもよく知る所。
きっと大丈夫と自らに言い聞かせ、そこでシャマルはふっと横へと視線を移す。
すると、そこにはギンガ達が戦うホテルの裏を向き、厳しい表情の兼一がいた。

「兼一さん?」
「……すみません、シャマル先生」
「え? って、どこへ!?」
「ギンガ達の方が気にかかります。僕も向こうへ」
「待……なにか、あるんですね?」

一瞬引きとめようとし、思い直す。
確かに兼一は甘い男だし、弟子であるギンガの事を心配しているのは本当だろう。
しかし、この状況で弟子の身だけを案じる男でもない。
彼にとっては、ギンガも新人達も、それどころか隊長達すら守るべき子ども達なのだ。

「すみません」
「……わかりました。行ってください、こっちはなんとかしますから」
「……」
「そんな顔しないでくださいよ。私は元々参謀役ですし、なんとかやりくりして見せますから」

やむを得ないとはいえ、申し訳なさそうな兼一の背を押す。
詳しい事はまだ分からないが、今は彼の思うようにさせるのが最善。
それを、彼女の勘が告げていたのかもしれない。

「……ありがとうございます」
「気をつけて、くださいね」
「わかってますよ」

シャマルを安心させるように微笑み、兼一はギンガ達の後を追って屋上から身を躍らせる。
だが、ホテルからの落下を開始したその時には、兼一の顔からは先ほどの微笑みは既に消え失せていた。

(この気配は、まさか……)

もしそうだとすれば、兼一も相応に覚悟を決めねばならない。
それだけ手強く、危険な、よく見知った相手の気配がする。
同時に、久しく忘れていた死闘の予感に肌が粟立ち、四肢が震える。

何故奴がここにいるのか、何故ガジェット達に加勢する様な事をするのか。
わからないことだらけだが、情報が少な過ぎて答えなど出る筈もない。
むしろ、今重要なのは……

(陽動か……)

気配を消していれば、もっと接近する事も出来た筈。
それどころか、自身の存在をアピールする様なこの気配。

策と言う物にも色々な種類があり、最も厄介な物の一つが『わかっていてもかからざるを得ない』策。
陽動だろうと当たりはついているのだが、兼一にはこれ以外の選択肢がない。
何しろ、今この場にいる戦力でアレの相手を出来るのは兼一だけなのだから。

故に、陽動を無視し本命を迎え撃つ事が出来ない。
一応、通信機越しに陽動であろうことは伝えるが、果たして……。



  *  *  *  *  *



場面は移り、兼一が向かったホテルの裏手とは逆側、ホテルの正面。
そこで防衛ラインを築き戦っていた新人達にも異変が起ころうとしていた。

以前と違い、飛躍的に動きの良くなったガジェット達。
新人達は苦戦を強いられ、思う様に攻撃が当たらない。
それどころか、攻撃が当たっても撃破に繋がらない場合すらある。
その事に誰よりも苛立ち、焦っているのがティアナだった。

「くっ……」

放った弾丸は尽く回避され、空を切るばかり。
アレほど練習したにもかかわらず、結果に繋がらない現実。
焦ってはいけないと分かっていながら、目に映るそれがさらに焦りを助長する。

ミサイルポッドを装備したⅠ型からミサイルが放たれ、それを叩き落とす。
しかし正面に意識を向け過ぎたのか、死角となる木の影からガジェットが姿を現した事に気付かない。
代わりに、それにいち早く気付いた小さな同僚から危険を知らせる声が飛んだ。

「ティアさん!」
「っ!」

ティアナはその場から大きく跳び退き、放たれた光線を回避。
着地と同時に、お返しとばかりに魔力弾を放つが、装甲に亀裂を入れるだけに留まり撃破には至らない。

(こんな、こんな筈じゃないのに……!)

回避に回った事も、撃破出来なかった事も。
全て、なのはの教えからは程遠い。なのはは言った「精密射撃型は、一々避けたり受けたりしてたら仕事にならない」と、「足を止めて視野を広く保つ」、それが射撃型の基本であると。

にもかかわらず、今の自分はどうか。
敵の接近に気付かず、回避に回り攻撃の手が途切れてしまった。
挙句の果てに、当てた筈の一撃は意味をなしていない。
あそこは、なのはなら確実に落としていた筈だ。
それどころか、そもそも受けに回る事もなかっただろうに。

『みんな、あまり無茶はしないで。
 とにかく、防衛ラインの維持を最優先に!』
「はい!」

はやる気持ちを見透かしたかのような、シャマルの指示。
彼女達の役割を考えれば、無理に全滅を狙う必要はなく、とにかくこの場を守り通す事が最優先。
スバルは素直に自分を戒めるが、ティアナはそうは思えなかった。

「守ってばかりじゃ行き詰まります! ちゃんと全機落とせますから!」

通信越しに、シャーリーから懸念の声が届いた。
だがその心配が、さらにティアナの苛立ちに拍車をかける。
その心配がまるで、自分にはできないと言われている様な気がしたから。

「毎日朝晩練習してるんです! この位……!!」

自分と相棒のツートップ、何度も繰り返し練習した連携で一気に仕留める。
しかし、クロスミラージュにカートリッジを装填し、続いてライトニングの二人を一端後ろに下がらせるべく指示を飛ばそうとしたその時、突如ガジェット達が後退を始めた。

「「え?」」
「ティア、これ……」
(どういうこと、なんでガジェットが……)

その意図がわからず、困惑を浮かべる四人。
可能性としては目的を達成した場合だが、未だ防衛ラインは割られていない。
なら、諦めたのか……。
そうティアナが考えた所で、ガジェット達の後ろから一人の青年が姿を現す。
先ほどルーテシア達と合流した、アノニマートだ。

「ああ、みんな御苦労さま。おっかないのは先生がなんとかしてくれるから、こっちは任せて、もう下がってくれていいよ」

アノニマートは手近なガジェットの装甲を労う様に一撫でし、後退するように指示する。
すると、ガジェット達は大人しくそれに従い森の中へと下がっていった。

「さて、と。ごめんね、なんかまだるっこしい手を使ってさ。
 できれば、あの人にはまだ顔を見られたくなくてね」

朗らかな笑顔を浮かべながら、アノニマートはティアナ達へと歩み寄る。
あの男に顔を見られれば、恐らく必ず自分の前に現れる筈だ。
それはそれで興味深かったのだが、それでは目当ての二人と話しができるか怪しくなる。
なので、こうしてこちらに来られない状況が出来あがるまで、姿を隠していたのだ。

しかし、アノニマートの事情等ティアナ達の知った事ではない。
どこのだれかは分からないが、明らかにガジェットやその黒幕との繋がりがあると思われる人物。
なら、ティアナ達がすべきことなど決まっている。
アノニマートの話など無視し、彼を確保する以外にない。

「手を上げなさい。あなたを重要参考人として連行します」
「ん~、それって任意?」
「大人しく来てもらえないなら、力尽くになるわ」
「へぇ……力尽く、ねぇ?」

クロスミラージュの銃口を向け、要求を突き付けるティアナ。
アノニマートはそれに不敵な微笑みを返す。
まるで、「できるものならどうぞ」と言わんばかりに。

ティアナもそれに気付いたのか、彼女の眉間に深い皺が刻まれる。
侮られている、その感覚への不快感が垣間見える表情だ。
だが、ティアナはなんとか平静を保ち、言葉を続ける。

「詳しい話は後で聞かせてもらうわ。あなたの言う『先生』が誰なのか、ガジェットとその後ろにいる誰かとのつながりも含めて、洗いざらいね」
「あれ? もしかして、まだ気付いてない?
 おっかしぃなぁ……確か、ヒントは出してた筈なんだけど……」
「あんなあからさまなプレート、ミスリードを狙ってる可能性もある。信用できるわけがないわ」
「ああ、なるほど。確かに……」

何が面白いのか、アノニマートはクツクツと笑いを零す。
フェイト達が抱いた当然の警戒を嘲笑う様に。

「あ~あ、だからあざと過ぎるって言ったのに…まぁ、いいや」
「それは、黒幕はジェイル・スカリエッティで間違いないって事かしら?」
「うん、そうだよ」
「なら、その調子で全部話してもらいたいものね」
「別にいいけど……」
「やっぱり大人しく捕まってはくれないか。行くわよ!」
「オッケー、相棒!!」
「「はい!!」」

拳を握りしめ、アノニマートの身体を青い魔力光が薄く覆った瞬間、その雰囲気が一変した。
四人はお互いにフォローし合える配置に付き、何が起こっても対処できるよう警戒レベルを上げる。
一瞬たりとも眼を離さない四人。だが……

「僕を捕まえられたら…ね!」

その一言共に、アノニマートの姿が視界から掻き消える。
感じたのは風。まるで、すぐ傍を突風が吹きぬけたかのような感触だけ。
しかし、ティアナとキャロの視線の先では、背後の木に叩きつけられる二人の姿が映し出されていた。
そして、一端は消えたかに見えたアノニマートが、気付けば先ほどと同じ場所に姿を現す。

「「がっ!?」」
「スバルさん、エリオ君!」
(スバルとエリオが、反応できなかった……!?)

前衛であり、タイプこそ違えど速度に長ける二人を容易く殴り飛ばしたのだ。
しかも、ポジションの関係上二人より離れた場所に立つティアナ達にも、その影を追えない速さで。
速い、あまりにも速すぎる。だが、決して対応できない程ではない。
相手がフェイトだったなら、何が起きたか理解する間もなく意識を刈りとられていたのは想像に難くない。それに比べれば、まだ……。

「へぇ~、良い勘してるねぇ。ちょっとビックリ」
「くぅ…行ける、エリオ?」
「は、はい!」
「キャロ、二人にブースト! 前衛が追いつけないと話にならない!」
「はい! ケリュケイオン、スピードブースト!」
《Boost up. Acceleration》

キャロの手元から発せられた光がスバルとエリオへと飛び、二人を包む。
アノニマートはそれを阻むことなく、ニコニコと笑みを浮かべながら傍観を決め込んでいる。
それを見てとったティアナは、忌々しそうにアノニマートを睨む。

「ずいぶん余裕じゃないの」
「え? 違うよぉ~。ただ、折角面白くなりそうなんだから、邪魔するのも野暮じゃない?」
「それが余裕だってのよ! それなら、思い切り後悔させてやろうじゃない!」
「いいね、楽しみにしてる」

何と言われても、アノニマートは態度を改める様子はない。
それどころか、ブーストが完了しても動く素振りすらない。その代わりに……

「ああ、そうだ。そう言えば自己紹介がまだだったっけ。
 自己紹介と挨拶は人間関係の基本だもんね。これを忘れちゃいけない、うんうん」

一人で腕を組み、勝手に納得する始末。
そのあまりに場違いな発言は、ある意味最高の挑発と言えるだろう。
何しろ、「お前達相手に警戒する必要すらない」と言っている様な物なのだから。
だが、アノニマートはその事を意識している様子もなく、相変わらずの緩い態度で名乗りを上げる。

「はじめまして、僕の名前はアノニマート。
 ナンバーズ『番外』、名無しのアノニマートだよ」
「ナン…バーズ?」
「あ、そっちはまだ知らないんだっけ。聞かなかった事にしてってのは、ダメ?」
「ふざけるのも大概にしなさいよ」
「やっぱり? う~ん…ま、いっか。多分、その内わかるだろうし。でも今は秘密♪」
「口が軽いついでに、なんの事なのか教えてくれないかしら?」
「え~……いいよ」
『いいのかよ!?』

少しでも情報を引き出そうと思っての言葉だったのだが、それほど期待していたわけではない。
にもかかわらず、返ってきたのはまさかの了承。

「おしゃべりは好きだからね。
良いかい? アノニマートって言うのは、とある国の言葉で『名無し』とか『無名』って意味なんだ。
 ナンバーズはその言葉通り、それぞれに数字関連の名前がつけられているんだけど、その中にあっての『名無し』、転じて『数字を持たない者』。だから僕は『番外』なんだ。
 まぁ、この辺りは僕がみんなとちょ~っと違うコンセプトなのもあるんだけどねぇ~」

『でも、あんまりこの名前好きじゃないんだ』と、聞いてもいない事までぺらぺらとまくしたてるアノニマート。
それに四人は僅かに唖然とするが、良くその中身を分析すると、重要な情報がほとんど含まれていないことが分かる。わかった事と言えば、スカリエッティの配下にナンバーズと呼ばれる者達が複数いる事だけだ。数も質も不明、ただ口が軽いだけの男ではない。
その後も、アノニマートはさして重要ではない情報を嬉々として喋りまくる。
やがてそれも一段落ついたのか、満足気に四人に問いかけてきた。

「どうかな、わかってもらえた?」
「ええ、アンタにはしっかり尋問するしかないって事がね!」
「おっと!」

最早付き合っていられないとばかりに放たれる魔力弾。
アノニマートは何気ない動作で首を傾けそれを回避するが、それは囮。
既に左右をスバルとエリオが挟んでいる。
二人は挟撃する形でアノニマートに迫り、そこでまたも敵の姿を見失った。

「え!?」
「そんな!?」
「アハハハ、中々良い攻めだ! うん、やっぱり筋が良い!」
「っ! そこ!!」

瞬間移動の様に背後に現れたアノニマートに、振り向き様に蹴りを放つスバル。
だがそれは難なく回避され、逆に蹴り足に手を添えて来る。
そのまま勢いをコントロールされ、ほとんど力を使わずに投げられた。

「きゃっ!?」
「スバルさん!」

エリオはスバルを助けるべくストラーダを手に突進するが、アノニマートはスバルに追い打ちをかける事なく跳躍。
続いてティアナの魔力弾とフリードの炎弾が迫るも、その隙間を掻い潜っていく。

「ここで殺しちゃうのは勿体無いね、君たちともいい友達になれそうだ。
 もっと修業して、強くなったら遊ぼうよ」
「ふざけるな!!」

幾ら攻め立てても余裕綽々のまま回避を続けるアノニマートに、怒りを露わにするティアナ。
四対一と言う状況にありながら、自分達を敵とすら見ていないその態度が許せなかった。
いや、本当に許せないのは、そのふざけた態度を崩すことすらできない自分自身か。

「エリオ、スバル!!」

ティアナの一声と共に、幻術魔法「フェイク・シルエット」により突如その数を増す二人。
十数人にまで増えた二人はアノニマートを囲むように周囲を動きまわる。

「へぇ……これが幻術かぁ、僕の目も騙すなんてやるねぇ」
「その余裕、いつまでも持つかしらね!」
「まぁ、どこかに本物がいるんだし、適当にやってればその内当たるでしょ」

その言葉通り、手当たり次第に手近な所にいる二人を時に殴り、時に蹴りを入れていく。
だが、当然ながらその悉くが偽物。しかし、アノニマートは特に悔しがる素振りもなく、むしろいつ当たりを引くかわからない状況を楽しんでいる。

ティアナを狙えば早いことくらいわかっているだろうに、それでも敢えて狙ってこない。
その事には腹が立つが、ティアナはなんとかそれを押し殺す。
今はやりたいようにやらせればいい、思い切り吠え面をかかせて、そこで溜飲を下げればいいのだから。

「ハズレ。これもハズレ、ああこっちもか。う~ん、中々当たらないなぁ」

突きや蹴りの激しさとは逆に、どこまでもアノニマートはゲーム感覚で呑気なまま。
しかし、彼は一つ勘違いをしている。
幻影を生み出すだけが幻術ではない。時には、幻で姿を覆い隠すのも幻術だ。

十人目となるスバルの鳩尾への拳。
またも幻影を引いた様で、手応えはなく打たれたスバルの姿が緩んでいく。
だが、その瞬間アノニマートの腕を何かが捉えた。

「って、あれ?」
「キャロ、今!」
「はい! 練鉄召喚、アルケミックチェーン!!」

突如として姿を露わしアノニマートを捕まえたスバルの呼び声と共に、その足元に魔法陣が出現する。
現れたのはピンク色の魔力光を帯びた鎖。それはまるで生きた蛇のように身を揺らし、やがてアノニマートの身体を幾重にも包み込んでいく。
なんとか左腕だけは拘束を免れたが、脚は雁字搦め、右腕もほとんどの自由を失っている。

「お、おお……」
「アサルトコンビネーション…行くよ、エリオ!」
「はい、スバルさん!」
《Explosion》
《Load cartridge》

それぞれにカートリッジを一発ずつロードし、魔力を迸らせる二人。
唸りを上げるリボルバーナックルと、帯電するストラーダによる同時攻撃だ。

「あっちゃ~、これはちょっとヤバいかも……」
「「うぅおおおおおおおおおおお!!」」
「なんで、ちょっとだけ本気で行こうかな?」
「「ストライク…ドライバー!!!」

あまりの威力に舞い上がる爆煙と粉塵。
離れた所にいるティアナとキャロでさえ生じた突風の煽りを受け、粉塵から目を守っている。
少なくとも、この四人の中では最大級の攻撃力をもつ連携だ。
たとえ倒せなかったとしても、相応のダメージは免れない。

「やった!」
「アルケミックチェーンの手応えは変わりません」

それはつまり、未だアノニマートはアルケミックチェーンに囚われたままと言う事。
なら、確実にかなりのダメージを入れた筈。
しかし、そんなティアナの予想は粉塵がはれると共に打ち消されることとなる。

「嘘……でしょ」
「エリオ君!」

粉塵が晴れ、姿を現したのはそこにいて然るべき三人。
だが、その状態が想像と異なる。
アノニマートは僅かに動くその右手がスバルの拳を受け止めている。
それだけではなく、唯一拘束を免れた左腕を目一杯に伸ばし、エリオの顎に掌底を入れていた。

「くぅ~、危ない危ない。
 いや~、効いた。二つの意味で両手が痺れたよ」
「あ、か……」

痺れを払う様にアノニマートは両手を振る。
同時に、顎への一撃で脳を揺らされたのか、その場で崩れ落ちるエリオ。
スバルも拳を引こうとするが、幾ら引いてもアノニマートの手は万力の如く掴んだ拳を離さない。

しかし、そんなこと以上にスバルを動揺させるのは先ほど間近で見た光景。
拳を止められたのはまだいい。チャンスにかまけ、決して防げない場所を打たなかった自分の失策だ。
問題なのは、ストラーダの捌き方とエリオへのカウンター。
何とこの男は、直撃の寸前に左腕を回転させていなし、そのままストラーダを道案内に滑らせるようにして掌打を叩きこんだのだ。
ほとんど身動きできない状態で、攻撃と防御の両方を完全に両立して見せた技量。
今の自分では到底届かない領域の技がスバルに与えた影響は、思いの外大きかった。

眼を見開き、身体を硬直させるスバル。
だがそこへ、ティアナからの指示が飛んだ。

「キャロ、エリオを転送して一緒に下がりなさい!」
「は、はい!」
「ここからは私とスバルのツートップで行く! 行けるわね、スバル!!」
「う、うん!」

ティアナの叱咤によって我に戻ったスバルが再度拳を引くと、今度はあっさりとそれは離された。
スバルがそのまま一端ティアナの傍に戻ると、代わりにアノニマートの足元に出現する蒼い光。
それは、近代ベルカ式を表す魔法陣だった。
バインド破壊をかけているのか、アルケミックチェーンに徐々に亀裂が入っていく。

「あ、ちょっと待ってね。僕、こういうのって苦手でさぁ、少し時間がかかるんだよねぇ。
 っていうか、身体強化以外はてんでなんだけど」
「どうするの、ティア?」
「待ってやる義理はないわ。今のうちに畳みかける!」

何しろあのスピードだ、受けに回ればジリ貧。
アルケミックチェーンで動きを制限されているなら、その間に叩くしかない。

「でも、正直……」

拳を当てる、その自信がない。それがスバルの本音だった。
エリオと連携してすらあの結果だ、彼女がそう考えてしまうのも無理はない。
そんな事はティアナとてわかっている。こと白兵戦技において、あの男は自分達の遥か上にいる。
勝機を見出すのなら遠距離攻撃だ。

「わかってる。砲撃の準備はしてるけど、まだ時間がかかるわ。私が言いたい事、わかるわね?」

なのはと違い、ティアナに抜き打ちで強力な砲撃を放つ出力はない。
しかし、発動に必要なチャージの時間さえあれば可能。
真っ正直に打って当たってくれる相手ではないだろうし、もう幻術を使ったトリックも効果は薄い。
だがそれでも、勝つ為の方策はこれしかない。

「大丈夫、ティアナらできるよ! あたし、信じてるから」
「うっさい! そんな事言ってる暇があるならさっさと行きなさい!」
「うん!」

相棒を信じ、スバルは再度アノニマートへ接敵する。
鎖はまだアノニマートの身体をなんとか拘束しているが、油断はできない。
この敵なら、この状態から攻撃してきても不思議ではないのだ。
そして、そんなスバルの予感を裏付ける様に、アノニマートは全身に力を入れる。

「すぅ……………………………フン!!」

一喝と共に、砕け散るアルケミックチェーン。
ある程度ヒビさえ入ってしまえば、あとは力尽く。
本人の言を信じるなら身体強化を最も得手としているようだが、それでも馬鹿げているとしか言えないパワーだ。

しかし、スバルの後ろには守るべき仲間が、信じる相棒がいる。
なら、ここで引き下がる事などする筈もない。

「うおりゃああああぁぁぁ!!!」
「ヒュ~♪ 友達を信じて挑む、良いねぇ~、友情だねぇ~。うん、ちょっと羨ましいぞ♪」

スバルの猛攻を両手で危なげなく捌きながら、口笛を吹く。
侮られていることへの怒りはあるが、それだけの実力差がある事もわかっていた。
スバルは怒りを糧に回転を上げ、息もつかせぬよう攻め立てる。

大技は狙わない、そんな隙を見せれば一巻の終わりだ。
とにかく手数を増やし、一秒でも長く食い下がる。

「あ~、でも砲撃とかはちょっと勘弁かなぁ。あれ、受け流すのがしんどいんだよねぇ。
 というわけで、意気込んでるとこ悪いんだけど、狙いは外させてもらうよ」

言うや否や、スバルに背を向けティアナへと向かうアノニマート。
確かに、わざわざ砲撃をチャージしている敵を放置する事はない。
むしろ、タメの時間は狙い時でもある以上、これは常套手段だ。
当然、スバルもマッハキャリバーを走らせその後を追う。だが……

「素直なのは美徳だけどさ……ダメだよ、こんなに手に引っかかっちゃ!」
「ごふっ!?」

それまで一直線にティアナに向かっていたアノニマートは突如転身し、擦れ違い様に膝蹴りを叩きこむ。
自分自身の機動力を逆手に取られた一撃に、たたらを踏みながら息を詰まらせるスバル。
そこへ、側転宙返りをしながらスバルの足を取り、さらには鳩尾に膝を当て、そのまま回転しながら首を極めてエビ反りに持っていく。

「さて、こんな密着距離で、どうやって砲撃を撃つつもりなのかな?
 まぁ友達ごとって言うのも、それはそれで良いかもしれないけど……」
「くっ……」

口ではなんと言おうと、訓練校に入って以来の相棒、親友だ。
スバルは眼で必死に「撃て」と訴えているが、逆の立場でスバルにできる筈がない様に、ティアナにスバルごと敵を撃つ事など出来ない。

「この体勢なら、窒息させるのも首の骨を折るのも簡単だけど……」
「スバル! スバルから離れなさい! 本当に撃つわよ!!」
「いいや、君は撃てないよ」

ティアナの目の前には、既に大きく膨張した魔力の塊がある。
その気になれば、すぐにでも砲撃は可能だ。
しかし、幾ら脅してもアノニマートが動じる様子はない。
彼にもわかっているのだ、ティアナが決して撃てる筈がない事が。

「まぁ、ちょっと待ってなよ。もうすぐ落ちるからさ」
「……」

何とかアノニマートの高速から逃れようともがくスバルだが、徐々にその力が弱くなっていく。
首にまわされた腕で頸動脈を圧迫され、意識が薄れつつあるのだろう。
やがて先の言葉通り、間もなくスバルの身体からは完全に力が抜け落ちた。
そして、アノニマートはスバルを解放して立ちあがる。

「はい、おしまい。ああ、安心していいよ。意識がなくなっただけで、まだ殺しちゃいない。
 さっきも言ったと思うけど、いま殺すには勿体無い子達ばかりだからね」
「そう………なら、こいつもくれてやるわ! ファントム…ブレイザ―――――――――!!!」

放たれるのは、通常の魔力弾とは比べ物にならないサイズの橙色の魔力の塊。
それは真っ直ぐにアノニマート目掛けて突き進み、進路上にある全てを呑み込み炸裂した。

「あ、当たった……」
「へぇ、結構威力あるんだぁ。避けておいて正解だったかな?」
「っ!? アンタ、いつ……」
「え? やっぱり危ないから、大急ぎで避けただけだよぉ~」

声のする方を見れば、いつの間にかティアナの傍らに立つアノニマートの姿。
彼は服に付いた汚れを落としながら、当たり前の様に答える。
ティアナは弾かれたように飛び退く。
だが、アノニマートがそれを追う様子はない。
それどころか、ティアナを見る彼の眼にあったのは憐憫の情。

「もうやめなよ」
「なんですって? 好き勝手やって、何を……!」
「君の友達は、みんな実に筋がいい。だけど、君は違う。悪い事は言わない、もうやめた方が良いよ。
だって君――――――――――――――――――――――――――才能ないし」

最後の一言共に、クロスミラージュを構えるティアナの肩がビクリと震える。
それは今、彼女が最も聞きたくない言葉だ。

「別に、戦場に立つなって言ってるんじゃないんだ。ただ、それぞれ分相応ってものがある、わかるでしょ?
 いずれ、君の友達は君を置いて遥か先へと進んでいく。でも、君はいつかついていけなくなる。
 君達の部隊の戦いも、もっと激しさを増す筈だ。だから……」

紡がれるアノニマートの言葉に、ティアナは息をするのも忘れて硬直していた。
クロスミラージュを持つ手が小刻みに震え、胸の奥で形容しがたい熱が芽生える。
しかし、どうしてかそれを表に出す事が出来ない。
だがそこで、ティアナの背後から幼い声が飛ぶ。

「ティアさん、避けて!」
「っ!」
「お?」

ティアナはその声に弾かれた様に真横に飛び、先ほどまでティアナがいた場所を巨大な炎が通り過ぎる。
振り返れば、そこには本来の姿を取り戻したフリード。

「キャロ、こんな所で!」
「でも、もうこれしかありません!」

本来、こんな場所でフリードの力を開放すべきではない。
フリードの力は強力な分、周りに与える影響と被害が大きいのだ。
なのは達ほどの精密なコントロールができるならともかく、今のキャロでは。
しかし、同時にキャロの言う通り、最早前衛は全滅。
こうなれば、フリードの力を開放すべきではないなどと言っていられない。

「あっちゃ~、これじゃ落ち着いて話もできやしない。
 才能があるっていうのも、時と場合かなぁ……」
「キャロ、下がって! こいつは……!」

アノニマートの意図を察し、キャロに指示を飛ばすティアナ。
だが時すでに遅く、気付いた時には既にアノニマートはフリードの目の前にいた。

「ちょっとごめんよ」
「きゃっ!?」

ここまで近づかれてしまえば、かえって巨体が仇となる。
焔を吐く事も出来ず、キャロが背にいる為に身を捩って振り落とす事も出来ない。
また、ティアナが支援しようにもフリードの巨体が陰になって姿を目視できなくては不可能だ。
ティアナは急ぎ場所を変えようとするが、その間にアノニマートはキャロとの距離を詰める。

「じゃ、おやすみ」
「ぁ……」

なんとか迎え撃とうとするキャロだが、元々フルバックの彼女に接近したアノニマートに対応できる力はない。
キャロが動こうとした瞬間を狙って間合いを詰め、アノニマートの掌打がキャロの意識を刈りとる。
それに伴い、フリードも普段の小さな姿へと戻ってしまった。
アノニマートは抱えていたキャロを地面に下ろし、再度話を続けるべくティアナへと歩み寄る。

「さて、どこまで話したっけ………ああ、そうそう。
 だから、足を引っ張る様になる前に異動した方が良いよってこと。君が、仲間を大切に思うのなら尚更ね」
「…………う」
「イカロスって知ってる? 鳥でもないのに空を飛ぼうとして、結局は落っこちて死んだ愚か者の事だよ。
 君はまさにそれだ。地を這う君が、いくら望んだところで、頑張った所で鳥にはなれない。それどころか、逆に死期を早める事になる」
「…………がう」
「世界は残酷だ、はじめからいるべき場所が決めれていて、それが覆る事はない。
 あったとしても、そんなのは……」
「……違う」
「ん?」
「違う違う違う違う!! 
私は、私はここでもやっていける! 一流の隊長達とだって、どんな危険な戦いだって!
 私の、ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜ける!!!」

叫ぶと同時に、左右のクロスミラージュがカートリッジを二発ずつ、計四発ロードする。
それに伴い、彼女の足元には普段以上の輝きを放つミッド式の魔法陣が浮かび上がった。

「あれ? もしかして怒らせちゃった? あっちゃぁ……どうも経験が浅くて、そういう機微に疎いんだよなぁ、僕って。言い方が悪かったかもしれないや、ごめんね。傷つけるつもりはなかったんだ、ホントだよ」

本当に悪いと思っているのか、両手を合わせて頭を下げるアノニマート。
彼としては、本心からティアナに忠告したのだ。
この道を進めば命がない。なら、そうなる前に引き返せと。

(先生からも極力殺すなって言われてるし……弱い者いじめは流儀じゃないんだよなぁ……)

スカリエッティからの指示もあるし、何より技を叩きこんでくれた者の薫陶のおかげか。
彼は弱者との戦いを好まない、命を奪うとなれば尚更。
戦うべきは、殺すべきは、自身も命を賭けて戦うに足る強者だ。
殺害という結果は、彼なりの強大な敵への敬意の表し方。

今回の様に、つい将来性の高い相手の力を見定めたくて戦ってしまう事はあるが、その場合には先に期待して殺す事はしない。
そんな彼にとって、ティアナは正直興味の薄い相手。
命をかけて戦うほどの力もなく、将来的にそうなる可能性も低い。
捨て置いても問題のない路傍の石ころ、それが彼のティアナへの認識。
いっそひと思いにと言うのも、彼としてはあまり気乗りしない。

「ああ~、一応言っておくけど……あんまり無茶するもんじゃないよ?」
「だまれ!!」

時間経過と共に輝きを増す魔法陣。
やがて、ティアナの周囲には約15にも及ぶ高密度の魔力弾が形成される。
ティアナはクロスミラージュを構え直し、それらを解き放った。

「クロスファイアー…………………シュ―――――――――ト!!!」

一斉に解き放たれ、アノニマート目掛けて疾駆する魔力弾。
アノニマートはそれらを危なげなく回避していくが、ある時その眼が大きく見開かれた。

「あ、ヤバッ!」
「っ!」

アノニマートに続き、ティアナも異変に気付いた。
彼女が放った弾丸のうちの一発が、意図しない方向へと流れていく。
自身の制御能力を越えた魔力を使用した反動で、あまくなった弾丸の操作。
その行く先には……

「スバル!?」

地に伏し、動く様子のないかけがえのない相棒。
勢いのついた弾丸は最早引きもどせない。同様に、今から撃ち落とそうにもあの弾速と距離では無理だ。
ティアナの表情が悲痛に歪み、声ならぬ悲鳴が上がる。
だが、最悪の未来予想図が現実になる事はなかった。

「ほら、言わんこっちゃない。ダメだよ、友達を巻き込んじゃ」

スバルを救ったのは外でもない、敵である筈のアノニマート。
彼はその速力を発揮し魔力弾へと追いつき、なんとティアナの渾身の魔力弾を鷲掴みにしたのだ。

弾殻を壊さずに受け止める。真正古代ベルカの術者なら理論上可能とされる高難度技法。
高位の達人でも純粋な力加減で可能とするが、アノニマートにそこまでの技量はない。
彼の場合、自身の魔力で弾殻をコーティングした上で掴んでいる。
まぁそれでも、近代ベルカ式の使い手としては破格の技術だが。

「全く、折角の友達候補をこんな下らない事で壊されちゃたまらないよ。
 先生にも怒られるし、間に合わなかったらどうするつもりだったのやら。
 君、その辺わかってんの!」
「あ…ぁ……」

ここにきて、ようやく笑顔以外の表情…怒りを見せるアノニマート。
しかし、ティアナはそんなものは眼に入らない様子で、ただただ動揺を露わにしている。
よりにもよって、自分の手で仲間を撃ってしまった事が、よほどショックだったのだろう。
ましてや、自分が撃ちそうになった相棒を救ったのは敵なのだから。

「やれやれ、何て無様な……だから君みたいな人は戦場に立つべきじゃないって言ってるんだ。
 ほら、これ…返すよ」

放心状態のティアナへ向け、アノニマートは無造作に掴んだ魔力弾を投げ返す。
今のティアナにそれを避ける意思も、撃ち落とす気概もない。

この瞬間、確かに彼女の心は折れていた。
どんな状況であろうと敵を撃ち抜くランスターの弾丸が、守る為にある筈のこの力が仲間を撃ったと言う事実。
その現実が重くのしかかり、敵ではなく自分の行いによって心が折れている。

ティアナのそんな心情など斟酌することなく、魔力弾は無情にも着弾。
その身体はまるで命無き人形の様に弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
だが、ボロボロになっても彼女の中に残った何かがその身体を突き動かす。
緩慢な動作で身体を起こすティアナだが、その姿がアノニマートの中に強い苛立ちを植え付ける。

「…………そうか、虫はひと思いにって言うのは、こういう感覚なのか」

自身の中に芽生えた苛立ちの意味を理解した瞬間、アノニマートの瞳から感情が消えうせる。
どこまでも冷たく、酷薄にして非情な眼差し。
あるのは、ただ明確なティアナへの殺意だけ。

「まぁ、そんなになっても立ち上がろうとする気概はたいしたものだよ。
 そんな相手に手を抜き続けるのも失礼なんだろうし、その意味ではきっちり殺すのが礼儀か……」

しかし、言うほどティアナを見るアノニマートの目に敬意の類がある様には見えない。
むしろ、その瞳に宿るのは鬱陶しい虫けらを見る様な侮蔑すら宿っている。

「でも、こっちとしては無様過ぎて見ていられないんだ。
 まぁ、苦しまないように優しく殺してあげるからさ、迷わず逝きなよ」

アノニマートはゆっくりと手を貫手の形へ変え、大きく引き絞る。
狙いは心臓、彼の貫手では胴体を貫通とはいかないが、それでも充分致命傷を狙える。
そして、大地を蹴ったアノニマートは一本の矢と化してティアナを貫きに行く。

だが、ティアナの胸へ貫手が刺さろうとした瞬間、その間に割って入る黒い影。
アノニマートの貫手はその影に阻まれ、硬質の何かによって防がれた。

「あれ?」
「ふぅ~、危ない……なんとか、間に合った」

現れた人影は、背後のティアナを一瞥して無事を確認すると、肩の力を抜く。
続いて、シールドで阻んだ貫手を押し返すと、ティアナを守る様にその場で深く腰を落とした。

「さて、可愛い妹とその友達を虐めたお礼は、しっかりさせてもらうわよ」






あとがき

さて、ついに前半の山場の入り口でございます
武術の世界とかオリキャラが絡んできた事で、色々と変化してますけどね。
まぁ、アグスタ自体はあくまでも入り口でしかないわけですけど。

とりあえず、次回の内にアノニマートの詳しい情報とか、ギンガや兼一の事も出したいですね。
とはいえ、アノニマートの事はもう考えるまでもなくだいたいどんな人かわかりそうですが。

そして、できれば次、最悪次の次でアグスタはケリの予定。あくまでも予定なので、どうなるかは不明ですが。
しかし、当方のティアナは今のところ徹底的に情けない事になってますね。
まぁ、その辺も追々挽回していくつもりですが……。とりあえず、昔の兼一に比べれば…ねぇ?

ちなみに、最近なんだか闘忠丸を書きたくて困ってます。
あとがきのおまけにでも書きたいんですが、実は何も決まっていないも同然。
というか、ケンイチから闘忠丸のみ出演で「リリなの」と絡ませるとすればどうすればいいのやら。
でもやりたいし、どないしよう……。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.035439968109131