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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:29

カーテンの隙間から刺し込む陽光。
それを受けて、布に包まった小さな固まりが動く。

「んに…? ふわぁ~」

目を覚ますと、そこにはだいぶ見慣れてきた二段ベッドの二段目の底があった。
もぞもぞとベッドから抜けだし、なにとはなしに時計を確認する。

白浜翔の朝は早い。
というか、基本的に老人と子どもの朝は大概早い。

だが、翔に割り当てられたベッドには、寝る時まで傍にいてくれた人物の姿はない。
大方、気配を消してこっそり抜け出したのだろう。
一抹の寂しさもないと言えば嘘になるが、いい加減慣れた。

周りからは「子どもの内はしっかり寝ておきなさい」と言われてもいる。
しかし、その手の事を言われる度に、翔は「ム~ッ」と剥れるのだが。
そのため、目下彼の一番の願いは「早く大きくなりたい」だったりする。

そんな彼が朝起きて最初にする事は、顔を洗う事でも着替える事でもない。ましてや鍛錬などもってのほか。
翔は壁際にある日当たりの良い棚の前に立ち、一枚の写真立てに手を合わせて呟く。

「おはようございます、母様」

会った事もない、想い出すらない母への挨拶。
別に父からそうする様に言われたわけではない。
ただ、父がしている所を見てマネするうちに身についた習慣だった。
だがそれでも、これこそが母を知らない翔にとって、唯一と言っていい母との時間なのかもしれない。
まぁ、まだ幼い彼にそんな自覚があるのかは定かではないが。

その後、二段ベッドの上に眠るエリオを起こし、身支度を整えた二人はエントランスへと移る。
特別なもののない、当たり前になりつつ朝だ。
二人はそのまま一端玄関を出ると、それぞれジョウロを持って水を汲みに行く。

機動六課は託児所でもなければ保育園でもないし、当然福祉施設でもない。
そのため、本来一般の子どもでしかない翔がいるのは色々と問題がある。
だが、さすがに就学年齢にも達していない子どもを親元から話すのは忍びない。と言う事で、部隊長のはやてが「どうせ一人しかいないから」と、いくつかの条件の下で大目に見てくれているのだ。

とはいえ、日中は仕事があってあまりかまってはいられないし、そうなると翔の行き場がない。
そこで兼一が考えたのが、翔にもその仕事を手伝わせることだった。
まぁそうは言っても、そう難しい事をさせているわけではない。
それは花壇への水やりであり、雑草取りであり、そう言った極々簡単な仕事。

気付けば翔が担当する花壇が決まり、そこに水やりをするのが朝の日課となっていた。
エリオが一緒なのは、朝の訓練までまだ時間もあって弟分が心配だからだろう。

「じゃ、こっちは僕がやるから翔はそっちね」
「はーい♪」

というか、いつの間にかエリオの花壇まで決まっていたりするのは何故なのか。
まぁ、本人が割と楽しんでいるようなので問題はないのだが。
そこへ、二人にやや遅れてスバルにティアナ、さらにキャロとフリードが玄関から出てくる。

「あ、二人ともやってるねぇ~」
「ん? なんだ、アンタ達今朝もやってたの。毎朝毎朝よくやるわねぇ、訓練だってあるってのに」
「おはようエリオ君、翔も」
「「おはようございます」」

エリオはもちろんだが、翔もまたティアナ達とは別に修業しているのはすでに周知の事実。
それもその内容たるや、5歳時にさせるものとは思えないような代物だ。
ティアナが呆れるのも無理からぬことだろう。
アレだけハードにやっていて、なおかつ朝早くから花壇の手入れをしているのだから。

「きゅくる~」
「むふ~、フリードもおはよ~!」
「すっかり仲良しだねぇ」
「下手するとアンタ達より親密なんじゃないの?」
「「あ、あははは……」」

キャロの傍を離れ、翔の頭に抱きつくフリード。翔もそれが嫌ではないらしく、上機嫌に受け止めている。
普通、子どもは動物などに遠慮なくぶつかり過ぎて敬遠されがちになりそうなものなのだが、翔にその様子はない。それが功を奏したようで、フリードは割と翔の頭の上にいる事が多い。居心地が良いのだろうか?
なにはともあれ、両者の仲の良さはパートナーであるキャロから見ても羨ましくなるほどである。

一頻りじゃれ合って満足したのか、翔の頭に乗ってくつろぐフリード。
翔はフリードを落とさないようバランスを取る。

「そう言えば翔、ギン姉は?」

屈んで視線を合わせながら尋ねると、翔は海の方を指さす。
チラリとエリオの方を見れば、そこにあるのは曖昧な苦笑い。
それから一同が翔の指差す方向に視線を向けると、丁度いいタイミングで遥か彼方より切実な叫びが……

「うきゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!?」
「さっきあっちから悲鳴が聞こえたよ」
「うん、今聞こえた」

場を満すのは『ああ、またか』と言う諦観。
もうこのパターンにも慣れてきた所だ、一々取り乱していては時間がもったいない。
なので、とりあえずギンガの冥福だけは祈っておく。別に死んだわけではないのだが。
とそこで、揃って合掌する面々をいぶかしむ様子もなく、気さくな挨拶がかけられた。

「よぉ、今日も元気か新人ども」
「あ、ヴァイス陸曹」
『おはようございます』
「おう、おはようさん。チビ竜とチビ助もな」

言いながら、少々乱暴に翔の肩を叩く。
が、面白くないのは「チビ」と呼ばれた翔である。

「きゅく~」
「うん、ヴァイスおじさ……」
「お兄さんだ」
「おじ……」
「お兄さんだ」
「お……」
「お兄さん、だよな?」

いっそ大人げない程に言い募るヴァイス。
まぁ、二十代でおじさん呼ばわりされたくないのはわかるが、正直これはどうか。
とそこで、一連のやり取りを見ていたエリオが疑問を口にする。

「そういえば、ヴァイス陸曹っておいくつなんですか?」
「あん? ああ、二十……」

そこまで言った所で、突然黙りこむヴァイス。
何やら思案するようにぶつぶつと呟いていたかと思うと、殊更に爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。

「永遠の18歳だ!!」

わざとらしく白い歯を輝かせ、サムズアップするアホが一人。
付き合いの良いスバルはそれに曖昧な笑みを浮かべるが、その相方はそこまで優しくない。
極寒にも等しい白い目で見やり、冷酷な言葉を紡ぐ。

「なに痛い事言ってるんですか?」
「く、冗談のわからねぇ奴め……」
「冗談にしてももっと何かないんですか?」
「チクショウ! 見るな、そんな目で俺を見るな!!」
「だったら言わなきゃいいじゃないですか」
「ああ、たった今激しく後悔してる所だよ!!」

軽い冗談で言ったつもりの一言で、まさかここまで軽蔑されるとは思っていなかったのだろう。
不可視の刃と化した視線から逃れる様に、ティアナに背を向けるヴァイス。
しかし、そんなやり取りも長くは続かない。

「え? ヴァイス陸曹って18歳なんですか!?」
「なのはさん達より若かったんですね。あ、いえ、別に老けてるとかそういう事じゃなくて……」
「ふぇ~」
「きゅく~」
「いや、そんなマジに取られても困るんだけどよ」
「どうするんですか? いたいけな子どもをだまして……」
「お、俺だってこんな真面目に信じるとは思わなかったんだって!?」
「そんなつもりじゃなかった、犯罪者の常套句ですよね。恥ずかしくないんですか?」
「お前俺になんか恨みでもあんのか!?」

まぁ、ここまでネチネチとやってくれれば、それはそれである意味付き合いが良いと言えるかもしれない。
ティアナとて、別段ヴァイスに思う所があるわけではなく、単に先の冗談に付き合っているだけだ。
少々悪乗りしている感は否めないが……。

とはいえ、当のヴァイスからするとちょっとした冗談であまりイジメてほしくはない。
なんとか話を逸らそうと忙しなく視線を動かし、彼は花壇の一角に目をとめた。

「ん? チビ助、そういやそいつ少しは大きくなったのか?」

そう言ってヴァイスが指差したのは、周りに比べて著しく成長の遅い芽。
他はどんどん伸びているのに、それだけが「ポツン」と取り残されている。

「ユキダルマキング?」
「そうそう、そいつ」
「ん~ん、全然おっきくならないの」

父からは、「僕は手を出さないから、小まめに手入れをしてあげなさい」「それと毎日必ず様子を報告する事」と言われていた。どんな意図があるかまでは分からないが、翔はその言葉に従い甲斐甲斐しく世話をしている。
しかしその甲斐もなく、ユキダルマキング(地球産洋ランの一種)に目立った変化は見られない。
そのため、正直少しばかり「他のと植え替えた方が良いんじゃないかな?」と思いだしている今日この頃である。
まぁ、子どもと言うものは大概せっかちなので、仕方がないと言えば仕方がないのだが。

ただ、これは兼一なりの情操教育と心の修業を兼ねたものなのだが、その意図に気付いた者は今のところいない。
だからだろう、思わずこんな言葉が零れてしまったのは。

「どこの世界にもいるのかもね、いくら手をかけても思う様に成長しない奴って……」
「え? ティア、何か言った?」

間近にいたスバルでも聞き取れない程に微かな呟き。
その内容を確認しようとするも、ティアナはそれに答えることなく足を進めていた。

「別に。ほら、早くいかないと遅刻するわよ」
「う、うん!」

どこか引っかかるものを感じつつも、ティアナの後を追うスバル。
普段とどこか様子の違う二人にエリオとキャロは首を傾げるが、時間が差し迫っているのも事実。
とりあえずスバル同様、疑問はいったん棚上げにして頭の片隅へと追いやることとなる。

「ほれ、おめぇらも早く行きな。
なのはさんやフェイトさんは滅多に怒らねぇけど、ヴィータ副隊長やシグナム姐さんにばれたら怖ぇぞぉ」
「はい! 行こ、エリオ君」
「うん。じゃあ翔、行ってくるね」
「ん、いってらっしゃ~い!」
「んじゃ、俺はのんびり行くとしますかね」

元気よく手を振りながら皆の背を見送る翔と彼に手を振り返すエリオとキャロ、それにスバル。
そんな彼らの姿を、エントランスの掃除をしているアイナが微笑ましそうに見守っていた。



BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」



場所は変わって食堂。
時刻は七時を回り、今がまさに書き入れ時。
早朝の訓練を終えたフォワード陣をはじめとする職員達で賑わっている。
その中には無論、白浜親子も含まれていた。

「いやぁ、それにしてもみんな……………………………良く食べるよねぇ」
「おお~~~♪」

苦笑いを浮かべる父と、瞳を輝かせながら目を見張る子。
そんな親子の視線の先には、うず高く盛られたピラフの山。
明らかに十人前を超える量を誇るその山が、合わせて三つ。
今から大食い大会か宴会でも開くのかと思うような光景だが、それは違う。

なんと、この山一つで一人分なのである。
ではそれを貪っているのは、力士の様な巨漢なのかと言えば、これまた違う。
それどころか、この山を切り崩しせっせと胃に修めているのは小柄な少年と細身の美少女姉妹だった。

「え~そうかな~、これ位普通だよね?」
「はい、いつも僕はこれ位ですけど?」

揃って首を傾げるスバルとエリオ。二人からすればそうなのかもしれないが、断じて「普通」ではない。
そんな事は周囲から向けられる視線からわかりそうなものだが、どうやら気付いていないらしい。
なにしろ、指摘されてもなお二人の食のペースに衰えがみられない。実に『ガツガツ』と言う表現がよく似合う。

まぁあれだ、まだまだ二人揃って色気より食い気なのだろう。
十歳のエリオは仕方ないが、自分の相棒はいい加減その辺りを自覚すべきだとティアナは思う。

「アンタねぇ…頭は花畑でも見た目は良いんだから、少しは体裁ってものを考えなさいよ。
 いつまでも『残念美人』のままでいいと思ってんの?」
「? とりあえず、なんか酷い事を言われたのはわかった」
「はぁ~、まったく……」

残念美人、それは訓練校時代から影で囁かれてきた別称だ。
顔よし、スタイルよし、気立てよし、成績よしと、意外な事におよそ欠点らしい欠点のないスバル。
その為彼女に好意を寄せる男は決して少なくなかったのだが、未だかつて告白に踏み切った者はいなかった。

無理もない。外見と中身は良いのだが、如何せん問題なのはその食欲。
どれだけ彼女に熱を入れた男でも、彼女の食事風景を見ればその淡い気持ちを断念してしまう。
早い話が夢とか幻想とかが纏めて瓦解し、ドン引きしてしまうのである。
丁度、今まさに何とも言えない表情のキャロの様に。

「み、みなさんすごく……いえ、かなり召し上がりますよね」
「別に食べるな、何て言わないけど、少しはギンガさんを見習いなさいよね」

前衛組のカロリー消費が激しい事はティアナも承知しているので、別にそこまで無体な事を言う気はない。
スバルとは数年の付き合いになるが、腹部などの肉付きに変化がない所を見ると、一応摂取と消費のバランスは取れているらしい。
とはいえ、もう子どもではないのだからあまりがっつくものではないとも思う。
食べるにしても、せめて今も楚々とした所作で食べるギンガを見習ってほしい。

(そう言えばギンガさん、何か前より綺麗になったと言うか……)

以前から美人ではあったのだが、それに磨きがかかったように思う。
化粧や服飾に変化があったわけではないが、些細な表情や仕草にそれを感じていた。
例えばそう、静々とおしとやかに食事を口へ運ぶ様子などは、以前よりも洗練されている。
それはまるで、誰かに見られている事を強く意識している様な……。
まぁだからと言って、相変わらず人並み外れて食べていることに変わりはないのだが。
ただ、それと同域の食事量の人間からすると、見え方もまた違ってくる。

「そう言えばギン姉、最近あんまり食べないよね?」
「ああ、うん。そうね、ちょっと減ってるかも……」
「「それでですか!?」」

大声と、一気に立ち上がった反動で倒れた椅子がけたたましい音を立てる。
その様子に、周囲からは「なんだ、なんだ?」と奇異の視線が集中した。
冷静さを取り戻した二人は顔を真っ赤にしながら椅子を戻し、そこに座り直す。

だがやはり、ティアナやキャロからすると二人の食事量に大差はないように見える。
しかし、当の本人達からすると差を感じるらしい。

「具合でも悪いんですか? ちゃんと食べないと身体が持ちませんよ?
 特にギンガさんは兼一さんの……」
「具合…というか、体調は悪くないわ。むしろ、良いぐらいだと思う。
 食欲もあるんだけど、以前ほど食べようって気にならないのよね」

以前であれば「物足りない」と思ったであろう食事量。
だが、今はそれで充分満腹になるし、普段の生活や訓練でも特に不都合は感じない。
それどころか、ここ数カ月は非常に体調が良い位だった。その事に関して、思い当たる節があるとすれば……

「一応師匠からは軽い食事制限はされてるけど……」
「え? そうなの?」
「うん。って言っても、栄養バランスの指示がある位よ。
 アレは食べるなとか間食禁止とか、あとは食べ過ぎるなって言うのもないし」
「そう言えば、兼一さんもスバル達と違って食べる量は私やキャロより少し多い位ですよね」

言って、ティアナは兼一や翔の前に並ぶさらに目を移す。
その言葉通り、成人男性としてはやや多め位な程度。

ティアナやキャロ自身、普段の訓練の事もあって割と健啖家だ。
少なくとも、一般人よりは良く食べる。ただ、ギンガ達とは比べ物にならないだけで。

「そうだね。まぁ、僕は割と燃費が良いから」
「そうなんですか?」
「中国拳法だと、内功って言って内臓を鍛える修業は当たり前だしね」
「それって、もしかしてギンガさんもなんですか?」
「うん、後は翔もね」

つまり、ギンガの食事量の変化は修業の成果の一端と言う事なのだろう。
今はまだそれほど顕著ではないが、時間が立てばより燃費が良くなり、必要な摂取量も減るかもしれない。
ただし、当の本人はそんな事までは知らなかったようで……

「い、いつの間に……もしかして、あの薬とかも?」
「それもあるけど、ゲンヤさんの所にいた時は僕が食事担当だったでしょ?」
「まぁ、確かにほとんど師匠任せでしたけど……」

厳密に言うと、兼一が「これからは僕が食事を担当します」と宣言し、すっかり台所を占拠してしまったのだ。
とはいえ、ゲンヤやギンガからすると、忙しい身の上なので有り難くこそあれ、文句を言う理由もなかったのだが。

「中国じゃ『医食同源』なんて言葉もある位だし、身体作りの基本はまず食事と生活習慣。修業は三番目さ。
 まずはそこからしっかりしないと、どんな修業も意味がないよ。むしろ、身体を壊す原因になりかねないし。
 いや、いっそ食事や生活習慣も含めて修業と言うべきかな?」
『はぁ……』

そもそも「医食同源」とは、病気を治療するのも日常の食事をするのも、共に生命を養い健康を保つために欠く事が出来ないもので、源は同じだと言う考えの事を指す。
また、その考えから生まれたのが漢方薬の材料を使った薬膳である。
兼一が提供してきた食事も似た様なもので、薬よりもこちらに重きを置いている位だった。
ちなみに、こっそり調理担当の面々と話を付け、六課の食事も染め上げているのは上層部だけの秘密である。

「まぁとりあえず……病気とかのせいじゃないならいいんじゃない?」
「だね」

医食同源やらなんやらは良く分からないが、健康に問題がないのなら別に良いだろう。
詳しい事は兼一ほどの知識を持たないスバル達にはわからないし、口出ししても仕方がない。
別名、「諦めの境地」。達人と関わっていくためには必須のスキルだが、早くも彼女達は身に付けたようだ。
とそこで、それまで黙っていた翔が兼一の裾を引っ張る。

「ねぇ父様、『いんたーみどるちゃんぴおんしっぷ』ってなに?」
「え?」
「ほら、あれ」

言って指差したのは、食堂に備え付けられたTV。流されているのは朝のニュース番組だ。
ニュースを介した宣伝なのか、何やら熱い口調で「インターミドルの参加申請も来月に迫っており……」だの「今年も白熱した戦いが……」だのと語り合っている。
他にやるものがないのかと思わなくもないが、陰鬱なニュースが多いよりはましだろう。

とはいえ、まだミッドに来て日の浅い兼一にはいったい何の話題なのかよく分からない。
しかし、ミッド暮らし…というか、管理世界出身者たちからするとそうではなかった。

「ああ。もう4月も終わりだし、そんな時期なのよね」
「だねぇ、訓練でバタバタしててすっかり忘れてた♪」

月日が経つのは早いと、若いくせに年よりくさい事を言うスターズコンビ。
まぁ、それだけ密度の濃い時間だったと言う事でもあるのだろうが……。

「私はないんですけど、みなさんは出た事あるんですか?」
「えっと、僕もないかな」
「私はあるけど、スバルとティアナはなかったわよね?」
「うん。私はそもそも魔法を覚えてすぐに訓練校に入っちゃったし」
「訓練校はああいう空気がありますし、その後は災害担当でしたから……」

訓練校の生徒が出場禁止な理由は単純明快、訓練生を出すとメンツにかかわるからだ。
大会と言う開かれた場に出ると言う事は、管理局の看板を背負い、同時に局員の質を示すと言う事になる。
そのため、あまり情けない結果など出されては色々問題が生じてしまう。
例えば犯罪者に舐められて抑止力としての効果が薄まったり、あるいは市民に要らぬ不安を植え付けてしまったりだ。そんなわけで管理局自体は特に出場に制限を設けていないが、それなりに実力と実績がある者でなければ出場できないという風潮がある。
当然、未熟以前の訓練生たちの間では、自分達が出ては不味いという空気が醸成されていた。

まぁ、それなら訓練校を出て、力量に自信がある者なら出てしまえばいい。
とはいえ、犯罪や事件に休日も平日もない以上、大会当日が休日とは限らない。
そのため、配属される部署によっては大会のスケジュールに合わせられない者も多い。
ティアナとスバルに出場経験がないのは、そんな諸々の事情からである。

しかしこうも置いてきぼりにされると、白浜親子としては途方に暮れるしかない。
だがそこで、近くのテーブルで聞き耳を立てていた通称「メカオタ眼鏡」こと、シャーリーが唐突に顔を出す。

「お答えしましょう!!」
「わっ、びっくりした!? どうしたんですか、いきなり大声出して?」
「どうしたの、シャーリーさん?」
「ふっふっふ、迷える子羊を放置していたら、この眼鏡が廃るってなもんですよ。
 その疑問、六課の解説役であるこのシャリオ・フィニーノがズバッと解決しちゃいましょう!!」
「はぁ……」

珍しく出番を捥ぎ取った事が嬉しいのか、テンションがおかしいシャーリー。
というか、いつ解説役などに収まったのだろう。眼鏡キャラだからだろうか?

「インターミドルと言うのはですね、『DSAA(ディメンション・スポーツ・アクティビティ・アソシエイション)公式魔法戦競技会』の事です。
 出場可能年齢、10歳~19歳。個人計測ライフポイントを使用し、限りなく実戦に近いスタイルで行う魔法戦競技。選考会から始まって、『ノービスクラス』『エリートクラス』を経て地区代表を決め、さらに『都市本戦』『都市選抜』、そして『世界代表戦』が行われます。ここまで行って優勝すれば、文句なしの『次元世界最強の10代男子・女子』でしょうね」
「はぁ、さすがというかなんというか…スケールの大きい話ですねぇ」

正直、地球という惑星の極東は日本と言う小さな島国で育った兼一には、あまりにも話が大きすぎて実感がわき難い。精々が、インターハイを全管理世界規模でやってる、位の認識だ。
まぁ、別に間違ってはいないのだが。

「ああ、その、わざわざ説明してもらってちゃってありがとう」
「どういたしまして。それで、もう質問はありませんか? ないようでしたら、私はこれで!」
「? もう行っちゃうの?」
「ふっふっふ、いい翔? 解説が終わったら潔く去る、それが解説役の美学!!」
「ふ~ん」

良く分からないが、何やら変なこだわりがあるらしい。
兼一にもさっぱり理解はできなかったが、颯爽と去っていくシャーリーはどこか生き生きとしている。
たぶん、新島の『悪の美学』と似た様なものなのだろう。

「そう言えば師匠って、そういう大会とか出た事あるんですか?」
「え? あるよ」
「へぇ~…ってあるんですか!?」
「う、うん」

予想以上のギンガの驚き具合に、どこかおずおずとした様子の兼一。
なんだか今日は驚いてばっかりである。
まぁそんな日もあるのだろうが、そこへ騒ぎを聞き付けたヴィータがやってきた。

「ったく、何騒いでんだおめぇらは。別に食事中に話をすんのは良いけどよ、少しは場所を考えろ」
『すみません』

一部の隙もない正論に、兼一をはじめしょんぼりと謝罪する面々。
とはいえ、先ほどの話題に関して、ヴィータもまた全く興味がないわけではない。

「まぁそれはそれとして、なんか面白い話してたよな。白浜がどうとか」
「兼一さんがインターミドルみたいな大会に出た事があると聞いて、その……」
「ああ、みなまで言うな。気持ちは大体分かる。
 しっかし、おめぇみたいのが出て大丈夫だったのかよ?」

どこか言いにくそうにしているティアナの言葉を先取りする形で共感を示すヴィータ。
実際問題として、こんな人外が出ては真っ当な大会なら確実に台無しになってしまう。
兼一とて初めから強かったわけではないにしても、そう言う領域を目指す者と普通の格闘技者では、やはり毛色が違いすぎるのも事実なのだから。
しかし、そこは同類を集めてしまえばクリアできる問題でもある。

「いや、むしろ問題だったのは運営側と言いますか、場外と言いますか……」
「は?」
「ま、まぁインターミドルって言うのと似た様なものですよ。
 二十歳未満の武術家のみで行われる、実戦武術家の登竜門的大会でしたから」

今思えば、後にも先にも兼一が出場した大会などこれだけだった。
ただなんと言うか、あまり大きな声で言えない大会だったのも事実。
まさか、「毎年何名か死者が出る」とか、「優勝者には(裏社会限定の)世界的栄光が与えられる」とかなんて言える筈もなく……

「一応武器の使用はありで、最大五人まで出られるチーム戦でしたね。
 大会って言う括りだと、出場した事のある大会はそれ位ですけど」

『リングで戦った経験』と言う所まで範囲を広げるなら、地下格闘場も含まれるだろう。
ただ、あれは賭け試合と言うあまり褒められたものではないので、あまり公言できるものではない。
特に今の兼一は管理局員、つまり一種の公務員である。
そんな人間が賭け試合に出ていたと言うのは色々と問題なので、口を噤んでおくのが吉だ。

「チーム戦ねぇ…で、結果はどうだったんだ? やっぱり余裕で優勝か?」
「いえ、全然余裕なんてありませんでしたけど……一応は」
「ま、順当な所だろうな」
(むしろ、死んでてもおかしくなかったんだよね、僕)

実際、あの大会中に何度命の危機に晒された事やら。
1回戦もそうだったが、特に2回戦と決勝がヤバかった。
その上、三度に及ぶ命懸けの戦いを僅か二日の間に行うという強行軍。
ついでに言うなら、試合以外の場でも色々ヤバかったりした。
はっきり言って、インターミドルの平和さがうらやまし過ぎる、そんな大会だったのである。

「っと、そろそろ時間もヤべぇな。あたしはもう行くけど、あんまりのんびりしてんなよ」
『あ、はい!』

そうして結局、あまり詳しい事を離す事もなくその場は解散と相成った。
エリオやスバル、それにギンガ辺りは非常に話の続きが気になる様だったが、兼一としては話したものかどうか悩む。色々と、デリケートな部分もあるだけに。



  *  *  *  *  *



燦々と照りつける太陽の下で行われるそれは、ある意味で実に対照的な光景だった。
地面に付き立つ二本の柱。それに向けて、大小二つの影が突きや蹴りを打ちこんでいる。

「せいっ!!」
「せい!」

片や怪獣の行進を思わせる「ゴォンッ!」という重厚な打撃音。
片や聴き手にも清々しさを覚えさせる「パシン」という軽快な打撃音。

「フンッ!!」
「たぁ!」

片や、巨大な鉄骨を撓ませる非常識なまでに重い蹴り。
片や、ごくごく一般的な巻藁を僅かに揺らす軽い蹴り。

「エイッ!!」
「やぁ!」

とはいえ、機動六課に所属する者たちからすれば、それは最早見慣れた光景。
父が子に自身の持つ技術を教えると言う、微笑ましいと言って差し支えない場面である。
ただまぁ、父親のやっている事がやっている事なので、これを見て微笑む事の出来る者は少ないだろうが。

「ハッ!!」
「は!」

本来この時間、兼一は通常の業務をこなしていなければならない。
だが、彼を戦力として数える以上、相応の訓練時間の保証は半ば以上部隊の義務。
というわけで、この時間帯は兼一もまた自身の稽古に集中できる時間なのだ。

ちなみに一番弟子はというと、兼一ではカバーしきれない部分を教わりに行っている。
しかし、兼一の弟子は一人ではないのだ。
故に自身も稽古をする傍ら、もう一人の弟子である息子への指導も怠らない。

「ほら、そんなに突き手の肩を出さない! そんなに出すと、捕られて投げられてしまうよ!」
「う、うん!」
「金的には常に注意を払う! どれだけ鍛えていても、そこに受けたら一巻の終わりだ!」
「はい!」

父からの指摘に威勢良く返事を返す息子。
その顔は実に生き生きとしており、この時間がどれだけ充実しているかを如実に物語っていた。

「精が出るな、白浜」
「あ、ワン君!」
「翔、ちゃんと名前で呼びなさい。失礼だよ」

ザフィーラの外見上仕方のない事かもしれないが、人語によるコミュニケーションのできる相手にそれはどうか。
なにより、翔とザフィーラでは色々と年季が違う。
親しくするのは良いが、あまり馴れ馴れしい態度でも礼を失するだろうという配慮であった。

「あ、はい……」
「あまり気にするな。まぁ、確かにその呼び名は勘弁してもらいたいところではあるが」
「どうもすいません。ところで、こちらには何が御用でも?」
「なに、単なる見回りだ。心地よい響きが聞こえてな、少し寄ってみたに過ぎん」
「そうでしたか。どうです、ザフィーラさんもご一緒に」
「ふむ……」

望外の提案に思案にふけるザフィーラ。
折角の親子の時間を邪魔しては悪いと思うのだが、同時にその提案には心惹かれるものがある。
実際、この三人で並んで巻藁を突くと言うのは、決して珍しい光景ではない。
あの模擬戦以来打ち溶けたらしく、翔を抜きにしてもこの二人で意見をぶつけ合う事は多い。
ザフィーラは優れた使い手からの意見を聴けるし、兼一も優れた魔法の使い手からの意見を聴ける。
どちらにとっても非常に有益かつ有意義な関係が、自然と出来上がっていた。

「そうだな…折角だ、好意に甘えさせてもらおう」
「そうですか。それじゃ……」

言って、今度はザフィーラの分の巻藁(鉄骨)を取りに行こうとする兼一。
だが、そんな兼一にザフィーラが待ったをかける。

「いや、道具の用意くらい自分でやる。お前達はそのまま続けてくれ」
「え、でも……」
「まったく、どうもお前は人が好過ぎるな。少しは他人にやらせる事を覚えてはどうだ?」
「あ、あははは、どうもそう言うのは苦手で……」
「まぁ、それがお前の美徳と言えば美徳なのだろうがな」

その性格も相まって、兼一は他人に指示を出すのを苦手としている。
修業ならばある程度メリハリがつくのだが、そこから一歩外れると中々上手くいかない。
なんというか、「自分がやればいいのだから」とつい考えてしまうのだ。

「そう言えば、先ほど向こうの様子も見てきたが、また無茶な事をさせているな」
「そうですかね?」

人型になって鉄骨を運ぶザフィーラと、相変わらず巻藁を突く兼一。
翔は大人同士の難しい会話には入っていけないながら、巻藁を突きながらその話を聞く。

「まったく、目隠しをした状態で誘導弾を避け続けろとは、どう考えても無茶だろう」

制空圏か、あるいは空気の流れを肌で感じる修業なのか。
いずれにしろ、無茶であることは事実。
なのは達の能力を信用しているにしても、それは変わらない。
ただし、兼一からするとこの程度の無茶は序の口だったりするわけで。

「でも、僕が若い頃は光の入らない地下室に三日ほど監禁されましたけど?」
「む……」
「常にあらゆる方向から攻撃されるように機械が仕組まれてましたし、師匠達もしょっちゅう『食事だぞ~』って嘘言って襲って来たりしたものですが……」
「それは犯罪だ」

溜め息交じりに頭を抑えるザフィーラ。
いい加減慣れたつもりだったが、兼一の師匠達の無茶さ加減は兼一を一回り以上上回るのだ。
とそこへ、何やら軽い足取りで誰かがやってくるのを二人は感じ取った。

「誰か来るな。これは……」
「ああ、エリオ君ですね」

まだ視界にも収めていないと言うのに、いったいどれだけ鋭敏な感覚をしているのやら。
で、待つこと数秒。先の兼一の予告通り、やってきたのはエリオだった。

「兼一さん、ちょっと良いですか?」
「やぁ、どうしたんだい、そんなに急いで」
「その、ちょっと兼一さんに相談したい事がありまして」

少々気恥ずかしげにしながらも、自身のデバイスであるストラーダを抱えるエリオ。
その様子からして、内容はおおよそ見当がつく。
ただ、なぜそこで自分なのかが疑問を覚える兼一であった。

「それってやっぱり、槍術の事?」
「あ、はい!」
「でもそれなら、シグナムさんかヴィータ副隊長に聞いた方がよくないかな?」
「いえ、そのシグナム副隊長から少し違う視点の人にも聞いてもたらどうか、と」
「ああ、そういうこと」

確かにシグナムの言う通り、兼一とシグナム達では視点がだいぶ異なる。
徒手格闘術の歴史とは、ある意味如何にして武器を制するかの歴史でもあるのだから。

「そう言う事なら……そうだなぁ、これは僕の師匠の受け売りなんだけど」
「はい」
「武器の一つの究極は武器を己の身体の一部にする事、更なる至高は己と武器が一つになる境地。
まぁ、噛み砕いて言うと『武器に頼り過ぎちゃいけない』って事かな」
「武器を身体の一部にすると言うのはシグナム副隊長からも『基本にして究極だ』って聞きましたけど、頼り過ぎちゃいけないって言うのは……?」
「武器は強力な力だよ。実際、武器を持った人と武器を持たない人なら、基本的に武器を持った人の方が有利だし。武器使いの間でも、素手の武術を軽視する風潮はあるしね」
「はぁ……」

兼一の言わんとしている事がなんとなくわかりかけてくる。
武器使いが武器を使うのは当たり前にしても、武器があるから強いと言う考えになってはいけない。
そういう、心構えについて説いているのだろう。

「でもね、それはある意味武器に依存しているとも言えるんだ。それだと心に隙が生まれてしまう。
武器があると言う自信が過信に、過信が慢心に変わる。これで勝てると思うかい?」
「いえ」
「そうだね。師匠が常々言っていたよ、武器の主になる前にまず自分の主になれって。これは魔法にも言える事だと僕は思う。だから、まずは自分の主になる為に、自分の事を知ることから始めると良い」

それはつまり、未だエリオはその段階にいると言う事。より実践的な技術よりも、まずそこから。
わかっているつもりだったが、エリオは自分自身の未熟を改めて痛感させられる。

「とはいえ、あまり心構えばっかりでもアレだね。
こんな事はシグナムさん達も口を酸っぱくして言ってるだろうし……」
「いえ、その……」
「エリオ君って結構刺突や突進を多用するよね。
 無手の場合なんかはリーチで劣る分どうやって懐に入るかが問題なんだけど、相手が勝手に突っ込んで来てくれるのは有り難いかな。カウンターも取りやすくなるし。
 かと言って、まだ身体の出来てないエリオ君が長柄の武器を振り回すと体が流れやすい」
「はい」
「それなら、その流れを上手く利用することも考えた方が良い。
 力の流し方を身に付ければ、だいぶやりやすくなると思うよ。
 そうだね、具体的には……」

そのまま軽く講釈を始める兼一。
彼自身は武器使いではない。だが、対武器戦の為に武器に関する知識も深く、様々な武器使いと戦った経験がある。それらを利用し、有効と思われる具体的な訓練や注意点を並べているのだ。

実際、長柄の武器は長大な間合いを持って敵を制するのが常道。
今のエリオは体格の小ささと持ち前のスピードもあって、高速の刺突や突進に傾倒しがちである。
それがいけないと断じるわけではないにしても、もう少し薙ぎや払いも用いた方が良いのは事実。
少し機転の効く者なら、狙い球を決めてカウンターを合わせに来る程度は普通にやるだろう。
できるなら、神妙そうな面持ちで自分のアドバイスを聞く少年が命を落とすような事態は、来てほしくない。

「あの、ありがとうございました。その、凄く参考になりました」
「どういたしまして。また何かあったら遠慮なく聞いてくれていいからね。
 僕にできる範囲なら、幾らでも手伝うから」
「はい! ありがとうございます!」

エリオのレベルに合わせてまだあまり高度な事は教えていないが、それでも充足感がえられたのだろう。
来た当初の沈んだ様子はなくなってきている。
だからだろうか、エリオは何かを振り払う様に尋ねてきた。

「あの、兼一さん!」
「ん、どうしたのそんなに緊張して?」
「その僕は…………強く、なれますか?」
「え?」
「大切な人が、いるんです。たくさん心配をかけて、たくさん優しくしてもらって……今の僕がいるのは、その人のおかげなんです。だから今度は、僕がその人を助けられるようになりたくて。
 いえ、その人だけじゃなくて……」

『周りにいる、大切な人達を守れるように強くなりたい』と、エリオは噛みしめる様にして語る。
同時に、『でも今の僕は自分の身を守れるかどうかすらわからない程弱いから』という思いが、その眼の奥に見て取れた。
強くなりたいと言う思い、だけど弱い自分と言う現実。その板挟みに合い、彼は今揺れているのだろう。
そんな悩める若人に対し、兼一が見せた反応は……

「ぷ、ぷくくく…ご、ごめん、ね…ちょっと、笑いが……」
「わ、笑わなくたっていいじゃないですか! そりゃ、身の程知らずだと思いますけど……」

必死に笑いを堪える兼一と、それを見てあからさまに落ち込むエリオ。
だが兼一が笑っているのは、別にエリオの願いが達成不可能と思うからではない。

「いや、ごめんごめん。ほら、そんなに怒らないで……」
「怒ってませんよ……」
「だからごめんね。何ていうか、ちょっと懐かしくてさ」
「え? 懐かしい、ですか?」
「うん。僕もね、若い頃にずいぶん悩んだものだよ」

それは嘘偽りのない、白浜兼一の本心。
彼からすれば、先のエリオの告白は酷く懐かしいものだ。
良く似た事を、かつて兼一も師に相談した事があった。
あの時逆鬼は爆笑したが、今ならその気持ちが分かる。

「誰かを守るっていうのは、とても難しい事だ。
 大切な人を守るのもそうだけど、それで自分が死んだら意味がない。それは、自分の死を大切な人に背負わせるって言う事だからね。守ると口にするからには、自分の事もちゃんと守らないといけないんだ」
「僕は、なれるでしょうか。大切な人を守って、自分も守れるように」

歩んできた道のりの遠さを感じさせる、しみじみとした懐古。
それがどれだけ長く、困難で、険しい道のりだったのかはエリオにもわからない。
だが、兼一がそうであると言うのなら、自分もそうで在りたいと思う。
だからこそ尋ねた『なれるだろうか』と言う問いに、兼一はこう答えた。

「さあ?」
「さ、さあって!? ちょっと、真面目に答えてくださいよ!」
「でもねぇ、こういうのはやり続ければできるようになる、って言うものでもないし」
「そ、それは……」
「例え一生を捧げてもできないかもしれない。これはそういう道だよ」

冷徹かもしれないが、兼一の言っている事は紛れもない事実だ。
強く願えば願いがかなうとは限らない。諦めなければ夢が実現するかもわからない。
しかし……

「やってできるかは分からないけど、やらなければ可能性はゼロだ。
 未来のことなんてわからないし、才能は成功を約束してはくれないよ。
逆に言えばその夢が、願いがかなわないとも言いきれないんだけどね」
「……」
「エリオ君、君は大切な人を守れる自分になりたいんだろう?
 それは、できると思うからやるのかい?」

ある意味それは、本質であり根幹を突いた指摘だったかもしれない。
できるからやるのか、それはつまりできないのならやらないと言う事。
エリオの願いがそういう類のものなのかと問われれば……

「…………違います! できるとかできないとかじゃなくて、ただ…力になりたいんです。
 僕じゃたいして力になれないかもしれないけど、それでも……!!」
「なら、それでいいじゃないか」
「え?」
「この世に『できる』も『できない』もないよ。正しくは、『出来た』と『出来なかった』だ。
 そして、それをはっきりさせる方法は一つ。やって…やり切る、それだけ」

それは、白浜兼一と言う男の生き様そのものだったのかもしれない。
本来、「できる」「できない」で言えば、彼は大抵の物事において「できない」側の人間だ。
にもかかわらず、彼はやって…やり切り、その果てに達人へと至った。
才能は成功を約束してはくれないが、非才は失敗の決定打にはならない。
それを、白浜兼一と言う男は誰よりもよく知っていた。

「できるかどうか、兼一さんにもわからないんですよね」
「うん」
「できないかどうかも、わからないんですよね」
「そうだね。それを決めていいのは、多分…本当に努力した人だけなんじゃないかな」
「……………………酷いですよ兼一さん。そんな事言われちゃったら、やるしかないじゃないですか」

どこか憑き物が落ちた様に、晴れ晴れとしたと言うよりも肩の力が抜けた様子のエリオ。
それは諦めたと言うよりも、できるかできないかで悩んでいる自分がバカバカしくなったから。
兼一の言う通り、幾ら悩んだ所で答えなど出ない。
この命題に関しては、答えとは出すものではなく作るもの。
頭の中で思考していては決して形にならないそれは、まず一歩を踏み出すことが肝要。
その果てに振り返った道程こそが、彼の求める答えなのだから。
逆鬼の様に上手くやれたかは分からないが、少しでもエリオの重荷を軽く出来た事に兼一もまた安堵するのであった。



  *  *  *  *  *



時刻は三時過ぎ。場所は怪我人病人でも来ない限り、基本的には割と暇な医務室。
まぁ、医務室が盛況と言うのも、それはそれで不景気な話なのだが。
そんなわけでこの部屋の主の立場からすると、暇を持て余すと言うのはとりあえず平和の証拠だったりする。

が、だからと言って暇で暇で仕方ないと言うのも困りものだ。
暇だからと言って部屋を空けるわけにはいかず、かと言ってTVを見て食っちゃ寝していると言うのも、なんと言うか体裁が悪い。
速い話、持て余すほどに暇な癖に、その暇を消化する方法がほとんどないのだ。
そう、普段であれば。

室内を満たすのは、弛緩とはまた違うどこか穏やかな空気。
シャカシャカと言う小気味よい撹拌音をBGMに、2名の男女が何故かある畳に正座して座っている。

そして、一人の男が竹製の泡だて器(正式には茶筅)で黒塗りの陶器の椀の中身をかき回す。
間もなくそれを終えた男は、どこか恭しい所作でその椀を差し出した。
受け取った女性は無言のままそれに口を付け、一口含んで喉を鳴らして一言。

「はぁ~、和みますねぇ」
「そうですねぇ」

さながら縁側で日向ぼっこするネコの如く、目を細めて和む二人。
その空気は、まるで集会所に集うご老人の様。
ちなみに、男性の傍らでは一人の幼児が文字通りネコのように丸くなって昼寝の真っ最中。

「すみませんシャマル先生、お布団お借りしちゃって」
「いえいえ、子どもは食べて寝て遊ぶのが仕事ですから。
 私こそ、すっかりごちそうになっちゃって。っと、結構なお手前でした」
「お粗末さまです」

椀を下ろし、丁寧に頭を下げるシャマルと返礼する兼一。
基本的に両者とものほほんとした穏やかな気性な為、実にそう言った所作が良く似合う。

「でも、ちょっと驚きました」
「何がですか?」
「兼一さん、武術だけじゃなくてお茶の心得もおありなんですもの」
「あははは、師匠の一人がお茶も嗜んでいまして、その影響ですよ」

お茶と言っても、別に日本茶や紅茶の事ではない。
二人が飲んでいるのは抹茶、つまりこれは一応茶道の形式に則ったお茶会なのだ。
まぁ、参加者は僅か二名だが。
ちなみに、兼一は割と本格的にお茶の修業をさせられた事もあるのだが、余談である。
さらに余談だが、茶道の心得の事を「茶気」と呼んだりする。

「ですけど、よく茶器なんてお持ちでしたね。今時、一般家庭で持ってる所なんてほとんどありませんよ」
「以前から興味はあったんですが、その事を桃子さんが覚えていらして、古い一式をいただいたんです。
でも、忙しくてなかなか……」
「そうでしたか。ですが、桃子さんからいただいた茶器で僕がお茶を点てると言うのも、なんだか不思議な縁を感じますねぇ」
「ほんとうに……」

この二人の間だけ、時間の流れ方が違う。
何と言うか、ひどくゆっくりしているのだ。時計の秒針が刻む「チッチッチ」と言う音ですら、どこかこの雰囲気を強めるアクセントと化している程に。

「あの、兼一さん?」
「はい?」
「もしご迷惑じゃなければ、お時間がある時にでもお茶を教えていただけませんか?
 折角の道具を眠らせておくのも、可哀そうですし」
「まぁ、僕でよければ……」
「お願いしますね、“先生”」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

冗談めかすシャマルに対し、困ったような表情を浮かべながらも笑顔の兼一。
まぁ先生は言いすぎにしても、そう言われて悪い気はしないのだろう。

「でも、やっぱり正式にやるとなるとだいぶ違うんですよね?」
「ええ、今日のは略式なんてものじゃありませんでしたから。
まぁ僕としては、あまり肩肘張らずに楽しむ事が一番だと思うんですけど……」

とそこで、密室である筈の医務室に風が吹き抜ける。
二人は揃ってそちらに顔を向けると、そこにはどこか具合の悪そうな女性局員に肩を貸すギンガの姿。
ただ心なしか、僅かにギンガの目つきと声音に険が籠っている気がするのだが……。

「何やってるんですか師匠、シャマル先生も」
「ええと、お茶…かな?」
「そんな事は見ればわかります!」
「そ、そう……」

ギンガが不機嫌なのはわかるのだが、その原因がわからない。
もしかすると、本人もよく分かっていないかもしれない。
言えるのは、その妙な迫力に兼一が気圧されていると言う事だけ。
しかし、いつまでもそんな問答をしていては埒が明かない。

「それでギンガ、いったいどうしたの?」
「あ、ちょっとアルトが気分が悪いそうで……」
「ぁぅ~」
「あらあら……悪いんだけど、ベッドに運んでもらえる?」
「はい」

ギンガに頼んでアルトを運んでもらい、シャマルはその間に診察の準備を始める。
また、診察となると服を肌蹴たりすることもあるので、さっさと医務室から出ていく兼一。
だが、気持ちよく寝ている所を起こすのも忍びなく、翔は相変わらずスヤスヤと医務室で昼寝中。
そんなわけで、父としてそのまま医務室を後にするわけにもいかず、兼一は医務室の壁に背を預けた。
すると、アルトをベッドに運んだギンガもそれに倣う。

そのまま沈黙が流れること数秒。
別に空気が重いわけではないが、なんとはなしに兼一は口を開く。

「大丈夫かな、アルトちゃん。見た感じ、少し顔色が悪かったけど……」
「大丈夫じゃないでしょうか? 部隊設立後のドタバタも落ち着いてきて、少し気が緩んだのかもしれませんし」
「ああ、なるほど……」

機動六課が正式に稼働し始めて、そろそろ一月が経とうとしている。
稼働後間もなくはあれやこれやと事務組も非常にバタバタしていたが、それもようやく一段落ついてきた。
大方、一息ついた事でそれまでの疲れが噴出したのだろう。
落ち着くまでの間は割と残業なども多かったようなので、無理もない。

「となると、しばらくはチラホラと体調を崩す人も出てくるかもね」
「ええ。グリフィス補佐官も体調管理に気を配る様に仰ってましたから、あまりそうはならないと良いんですけど」
「みんな若いから、ついつい無茶をしちゃうのかもね」
「そう、ですね。私も、アルトの事があるまではあまり気にしてませんでしたから」

季節の節目や一仕事終えて気の緩んだ時などは、体の免疫が低下しやすい。
若手や若者が多くを占めるこの部隊では、そういう類の気配りができる者はあまり多くない。
そういう意味では、「若さに頼った油断」アルトが体調を崩した一番の原因はこれかもしれない。

「まぁ、そう言うのも含めて若さなんだけど……ああ、でもそういう事なら……」
「?」

何か思う所でもあるのか、天井を仰いで思案する兼一。
この、ある意味非常にアンバランスな部隊において、兼一はどちらかと言えばベテランの部類に入る。
それは別に局員としてと言う事ではなく、人生の、あるいは社会人としてのベテランと言うこと。
兼一自身まだベテランなどと言える様な年齢ではないが、それでも部隊内では割と年長者。
ならば、年少者達に対する気配りもまた彼の仕事と言える。

と、そうこうしているうちに診察が終わったのか、医務室の戸が開く。
そこからシャマルが顔を出し、診察が終わったので入って良い旨を伝えた。
二人が再度医務室に入って眼にしたのは、ベッドに軽く横になって休むアルトの姿。
兼一はあまり面識はないが、それでも時折顔を合わせる同僚。
その健康状態が気にならないと言えば嘘になる。

「どうでした、シャマル先生」
「ちょっと疲れが出ただけですから、大事はありませんよ。
 ただ、今日はゆっくり休んでおいた方が良いと思いますけど」

その言葉を聞き、一安心という様子の師弟。
ただ、そこで兼一はおもむろにポケットを漁り小瓶を引っ張り出した。

「あぁ、有った有った」
「なんですか、それ?」
「師匠、それはまさか……」
「うん、今朝使った漢方の余り。
 シャマル先生、折角ですし使ってみます?」

誰に、とは言うまでもない。
今この場でそういうものが必要な人間は一人しかいないのだから。
ちなみにこの薬、秘伝の調合法で作られた薬で、ギンガも度々お世話になっている(曰く付きの)代物である。
まぁ、兼一やギンガが身を持って効果と安全性を証明しているので、使用に問題はないだろうが。

「一応、死人も蘇る、なんて言われてるものなんですけど」
「あぁ、良いですね!」

その提案に、「パンッ!」と手を打って賛同するシャマル。
市販の薬や栄養ドリンクでもよいのだろうが、兼一の漢方の薬効はその比ではない。
ならば、その力を借りられると言うのはありがたい限りだった。
ただ、それを飲む側としてはそう思えるとは限らない。

「ちょ、待ってください! なんだか勝手に話が進んでますけど…それって確か、ギンガさんが動かなくなった時にダバダバ飲ませてる奴ですよね!?」
「え? あ、うん。そうだけど?」
「そうだけど? じゃありませんよ!」

ギンガが倒れる度に怪しい薬を飲まされ復活している、というのは既に六課内では有名な話だ。
はっきり言って、そんな不審極まる薬など御免被りたいと皆が思っている。
噂に尾ひれがついているのは否めないが、それでなくても怪しい事に変わりはない。
事実兼一自身、原材料を聞かれると頻繁に「知らない方が良いよ」といって黙秘するのだ。
これでは、噂が悪化していくのも当然の話である。

「と、とにかくですね! 私はもう大丈夫ですからこれで失礼しま―――す!!!」

大急ぎで身を起こし、中々の速度で医務室を脱出するアルト。
何がどう大丈夫なのかは定かではないが、脱兎の如く逃走できるのなら問題はあるまい。

「逃げられちゃった」
「逃げられちゃいましたね」
(良かったねアルト。できるなら私も逃げ出したい……)

どこか寂しそうな様子の兼一とシャマル。
そんな二人にうすら寒いものを感じながらも、ギンガは同僚の脱出を喜ぶ。
何しろ、自分の場合は逃げようとしても確実に捕まってしまうのだから。
ならせめて、同僚の脱走成功くらいは喜びたい。
が、二人の不穏な会話は終わらない。

「ところでシャマル先生、今こんな薬を調合している所なんですが……試してみませんか?」
「これは……なるほど。これを使えばみんな病気知らずで万々歳ですね」
「でしょう?」
「ですね」
「「ふっふっふっふっふ……」」
(みんな逃げて、すっごい逃げて!!)

二人からすれば、心から皆の健康を心配しての相談なのだろう。
だが、到底そうと感じられないのはいかなる魔法によるものなのか。
ギンガが涙目になりながら胸中で叫ぶのも、無理からぬことだろう。



  *  *  *  *  *



その日の業務を終え寮へ戻る道中。
翔は一足早く仕事を終えたギンガに預け、兼一は偶々一緒になったなのはやヴィータと歩いていた。
このメンツが揃っての話題と言えば、当然その日の訓練や今後の予定などが中心。
だが、別にそれ以外のことに話が及ばないわけではない。例えば……

「そういやなのは」
「なに?」
「最近ユーノのとこいけてねぇんだろ、大丈夫なのかアイツ?」

最近あまり会う機会のない、幼馴染の話とか。
とはいえ、そもそも兼一にはその「ユーノ」とやらの情報がさっぱりない。
なので、少々不思議そうにしながら黙って話を聞く。

「うん。一応アルフにも気にかけてくれるようお願いしてあるしね」
「つってもよ、アイツだって家の手伝いもあるだろ。さすがにユーノの事までは面倒見切れねぇんじゃねぇか?」
「でも、他に頼めそうな人なんていないし……」
「まぁ、あたしらん中で一番ユーノと接点が多いのはアイツだけどよ」
「あ、それとアルフからは毎日ユーノ君の様子とか教えてもらってるから、何かあったらすぐわかるし」
「んな事までしてたのか、お前ら」
「だってユーノ君、ほっとくとすぐに家の事とか手を抜いちゃうんだよ。
 ご飯だってビタミン剤とか栄養ドリンクで済ませちゃうし、部屋は物置兼寝る所、位にしか考えてないんだもん」
「アイツ、基本的にマメな癖に自分の事となると不精だからな」

ここまで聞けば、どうやら共通の知り合いの生活状況に関わる話をしている事はわかる。
また、なのはの口ぶりなどを考えると、かなり親しい間柄でもあるらしい。
それこそ、単なる「友人」以上の物がある様な……。
そう思っていた所で、意外に気配りの出来るヴィータが兼一に向き直る。

「っと、わりぃな。内輪ネタになっちまって」
「あ、いえ、それは良いんですけど……どなたなんですか、そのユーノさんって」
「あ、兼一さんは会ったことないんですよね」
「名前はユーノ・スクライア。無限書庫の司書長やってる、なのはの魔法の師匠だな」
「へぇ~、司書長って事はかなり偉いんですか?」

生憎、局に入って日の浅い兼一に無限書庫に関する知識はない。
本局では「名物」の一つにも数えられる施設なのだが、これは仕方ないだろう。

「まぁな。つーかクロノ提督とかは別にしても、あたしらの中で一番出世したんじゃねぇか?
 無限書庫の司書長は、実質提督クラスだしよ」

はやてですら、今年に入ってようやく一部隊の部隊長。
ユーノはそのだいぶ前から一つの部署の長を任されている。無限書庫の重要性と規模を考えれば、まぁその位の地位はあってしかるべきだろう。ただ、ユーノの年齢や無限書庫自体が活用され出してあまり年月を経ていない事、前線ではなく後方における資料探しが主な仕事と言う事もあり、やや軽んじられやすい部分はあるが。

「へぇ、凄い人なんだ」
「はい、ユーノ君はホントにすごいですよ。私にはちょっと、あんな真似はできませんし」
「まぁ、今のところアイツの代わりになる奴はいねぇな。
あたしやなのはなんて、探せば幾らでも代わりはいるけどよ」

兼一の呟きに対し、なのはは我が事のように嬉しそうにユーノの事を話す。
基本的に負けず嫌いのヴィータもまた、その点に関しては素直に認める所。
実際、なのは達ほどの能力を有する戦闘魔導師は希少だが、結局は希少と言うだけで他にいないわけではない。
仮になのはやヴィータが欠けたとしても、その穴を埋める事自体は不可能ではないのだ。

だが、ユーノ・スクライアは違う。
ただでさえ高い地位の人間の穴を埋めるのは大変だと言うのに、その人物の能力自体が非常に優れているとなると話は別。こと、無限書庫と言う施設において、ユーノほどの能力を発揮できる者はいない。
何しろ、彼が風邪をひくと無限書庫の機能が30%低下し、「管理局が風邪をひく」という冗談が生まれるほどなのだから、その能力の高さと重要性は推して知るべし。

また、なのはがユーノの事を話す時の様子は、明らかに普段と異なる。
傍から見ると、それはまるで……

「もしかして、なのはちゃんその人のこと好き?」
「え? やだな兼一さん、当たり前じゃないですか。ユーノ君は大事な幼馴染で親友ですよ」
「あ、いや、そう言う事じゃなくて……あれ?」

意図したとおりに伝わらず、困惑する兼一。
その横では、「ああ、またか」と言わんばかりに頭を抱えるヴィータ。
彼女は痛む頭を抑えながら、兼一の腕を引っ張る。

「おい、白浜ちょっとこっち来い!」
「え? あ、はい」
「なのははそこにいろよ。いいな、絶対聞くんじゃねぇぞ!」
「? う、うん」

ヴィータの行動の意味がわからず首を傾げるなのは。
そんななのはは無視し、ヴィータは小声で話す。

「用件はわかるな?」
「まぁ、なんとなくは。なのはちゃん……というか、そのユーノさんとの事ですよね?」

さすがに、この状況で勘違いできるほど兼一も鈍くはない。
というか、これで勘違いできる者がいるとすれば唐変木にも程がある。

「ああ。おめぇも思った通り、なのははユーノの奴に気がある。自覚の有無はともかくな。
 ユーノの奴もまんざらじゃねぇ…つーか、告白こそしてねぇがアイツはちゃんと自分の気持ちを自覚してる。まぁ、そんかわし昔色々あったせいで抑え込んじまってるんだが……」
(あれぇ? なんか、似たような話をどこかで聞いた様な……)

そりゃ憶えがあって当然である。何しろそれは、丁度高校時代の兼一と美羽の関係なのだ。
美羽を好いてはいてもその事をはっきりと口にできずにいた兼一と、無自覚な好意を兼一に抱いていた美羽。
兼一の部分をユーノに、美羽の部分をなのはに置き換えればそのまま二人の関係の説明になる。

「ちなみにそれは、みんな知ってるんですか?」
「なげぇ付き合いの奴はみんな知ってる。両想いなのに気付いてないのは本人達だけだ」
「それは、また……」

つまり、周囲から見ればバレバレな程にお互いに思い合っていながら、本人達はきれいさっぱり気付いていないと言う事だ。二人揃って、あまりにも鈍すぎる。
まぁ、兼一もあまり人の事を言えた義理ではないのだが、それでも頬が引きつるのは抑えようがない。

「つーか、暇さえありゃ実家にも顔をださねぇでユーノの部屋に入り浸ってるのにあり得ねぇだろ、普通」
「そうなんですか?」
「ユーノの奴は、アレで不精者だからな。いや、それも少し違うか?
なんつーか、昔から他人の事ばっか優先する奴でよ。自分の事はぜ~んぶ後回しにして、結果的に何も手をつけられなくなっちまうんだ。
そんな訳でよ、忙しくてほとんど無限書庫と司書長室に缶詰なせいもあるが、放っておくとアイツの部屋あっという間に埃塗れだし、服を洗濯もしねぇで使いまわす、挙句の果てに飯も滅茶苦茶適当に済ませるぞ。
いざとなれば点滴でいいや、とか思ってる節もあるからな」

そこまで行くと逆に凄いが、健康的で文化的な生活とは到底言えない。
生活環境と言う意味では、ユーノ・スクライアのそれはとっくに破綻していなければおかしいのだ。
それが曲がりなりにも保たれているのは、ひとえになのはのおかげである。

「それをなのはが休日の度に掃除して、洗濯物を畳み、日持ちするもんやら弁当やらを作ってやってるんだ。
 アイツに聞けば食器や書籍の在り処どころか、下着や季節ものの在り処もわかるぞ」
「マジですか?」
「マジなんだよ、これが。それどころか、最近じゃ司書長室にまで手を出してるらしいしな。
 はっきり言って、ユーノの生活はなのはがいなくなったら成立しねぇ」

何しろ、家主以上にその空間を熟知しているのだから、生半可なことではない。
そして、逆に言うとなのはからユーノの世話を取ると、ほとんど何も残らなかったりする。

「なのはちゃん、趣味ってあるんですか?」
「ユーノ、後は訓練(砲撃)だな。それ以外なら夜まで爆睡だ」
(ワーカーホリックのお父さんじゃないんだから…いいのかな? 二十歳前の女の子がそんな有様で……)

いやまぁ、恋と仕事に生きていると言えばそれはそれで充実していなくもないが……。
というか、趣味の欄に個人名をかける時点で色々おかしい。
だがここで、突如ヴィータの肩が激しく震え出し、背後から怒りのオーラが立ち登る。

「そこまでやっておきながらアイツときたら! ユーノの事を突っ込むと……………『え? ユーノ君は友達だよ?』だぞ!! どこの世界にんな甲斐甲斐しく通い妻やる友達がいるんだよ!!!
 ユーノはユーノで、なのはが『親切』で世話してると思ってんだぞ!!
 鈍いにもほどがあんだろうが!! 頭おかしいだろ、絶対!!!」
「ヴィータ副隊長、シー! 声、声大きすぎますから!?」

ついにブチ切れて気炎を上げ怒鳴り散らすヴィータと、それを必死になだめる兼一。
当のなのははと言えば、ポケーッとした顔で「何話してるんだろう?」と思っている。

「ハァハァハァ、ハァ…悪ぃ、つい熱くなっちまった」
「いえ、お気持ちはわからないでもありませんから……」
「もう何年もこんな具合で、あたしらももどかしい……つーか、いい加減頭きてなんとかくっつけようとしてるんだが……」

皆まで言わずともわかる。大方、二人揃って尽くスルーしているのだろう。
本人達に悪気がないとはいえ、周りの努力を嘲笑うかの如く受け流されては腹も立つ…を通り越して無力感でいっぱいだ。
あのフェイトですら「早くくっついちゃえばいいのに」と溜息をつくほどである。

「でだ、ちょっと第三者の意見を聞きてぇんだけどよ」
「まぁ、それは構いませんが。その前に、ユーノさんはどうして自分の気持ちを抑え込んじゃってるんですか?
 彼が自分の気持ちに素直になるだけでもだいぶ変わると思うんですけど……」
「正論だが……聞き難い事をズバッと聞くよな、おめぇ。
 普通、聞くにしてももう少し遠回しに聞くだろ」
(うぅ、どうして僕って奴は……!?)

心のウィークポイントを的確に突いてしまうのか。
ヴィータも関わりのある事らしく、その肩は震えている。
本人としては怒りを爆発させたいところなのだが、アドバイスを求めたのは他ならぬ自分。
ならば、どれだけ頭にきても怒鳴るわけにはいかない。

「まぁいい、理由の一つは今みたいな状態が長く続き過ぎちまって変に安定しちまったからだ」
「ああ、今の関係を壊したくないっていうアレですね」
「おう。もう一つ、つーかこっちが一番厄介なんだが……」

あまり、気安く話していいような話題ではない。
少なくとも、今はまだ過去を暴きたてるほど切羽詰まっていないのだから。

「確かおめぇ、道場の一人娘と結婚したんだろ?
 だったら何かねぇのかよ、道場の娘と結婚する秘伝の技とか」
「ないですよ、そんなの……」

言いつつ、眼が泳ぐ兼一。
かつて兼一もまた、田中勤に似た様な事を聞いたものである。
あの時の彼と同じ立場になって、ようやく何とアホな事を聞いたのだろうと思ったらしい。
とそこへ、突如廊下の曲がり角から何かが飛び出した。

「あ」
「え?」
「ん?」

三者三様の呟きが口から漏れ、飛び出した何かを視界に修める。
それもそのはず、それだけそこに現れたのは意外な人物だったのだから。

「お前達は!?」
「ってシグナム、さん?」
「えっと、どうしたんですかそんなに慌てて……」

そう、「ドドドドド!」と言うけたたましい音を立てて走るのは、ライトニング分隊副隊長のシグナム。
普段ならば「廊下を走るな!」と真っ先に注意するタイプの筈の彼女が、なぜか今は全力疾走の真っ最中。
高い位置で結わえたポニーテールは激しく揺れ、その顔には明らかな焦燥が浮かんでいる。
だがそんな事よりもまず目についたのは、ある意味において中々にショッキングなその姿。

「つーか、なんつーかっこしてんだよおめぇ」
「言うな! と言うか見るな!!」

呆れ返ったヴィータの指摘に、シグナムは自分の体を抱きしめながら背を向ける。
無理もない。何しろ今の彼女は普段着ている茶色の陸士制服でもなければ、主より賜った騎士甲冑でもないのだから。

むしろ、そう言った真面目な格好とは真逆。
今彼女の上半身を包むのは……………………………何故か体操着。ついでに平仮名で「やがみ しぐなむ」の名札付き。
しかもややサイズが小さめらしく、豊かな胸は窮屈そうに体操着を押し上げ、代わりにチラチラとへそが見える。
なんというか、非常に眼のやり場に困る格好だ。

「これにはやむにやまれぬ事情があってだな……」
「どういう事情があればんなエロいかっこする事になんだよ」
「ヴィ、ヴィータちゃん…たぶん、私達の知らない深い理由があるんだよ、きっと」
「くっ、今はその優しさですら痛い……!」

屈辱と羞恥に顔を赤くするシグナムを不憫に思ったのか、なんとかとりなそうとするなのは。
ただし、ヴィータの視線はどこまで言っても冷たく、後一歩で軽蔑の域に達しようとしていた。
そんな視線に耐えられなくなったのか、唐突にシグナムは兼一を睨む。

「……ええい、元はと言えば白浜! 全てお前のせいなのだぞ!!」
「って僕ですか!?」

思わぬ形の飛び火に、驚愕を露わにする兼一。
彼からすれば、シグナムの格好と自分に何の因果関係があるのかさっぱりなのだ。
まぁ、普通この状況でその因果関係を見抜けと言う方が無理難題なのだが。

「お前があの時余計な事を言わなければ……!」
「あの、あの時ってどの時でしょう?」
「む!? そ、それは……だな。い、以前、私の事を、その……」
「?」

よほど言い辛い事なのか、珍しく指先をゴニョゴニョと弄りながら口ごもるシグナム。
その顔は先ほどよりもさらに赤くなり、今にも湯気が出そうな有様だ。

「だから……か、かわ…かわ……」
(川?)
「……お、女の口からそんな事を言わせるな! 察しろ!!」

『んな無茶な』とは思っても言えない兼一。
はっきり言うと上半身体操着、下半身タイトスカートというチグハグな格好で睨まれても全然恐ろしくない。
が、顔を真っ赤にして瞳を潤ませている姿を見ると、思わず口を噤んでしまうのだ。
しかしそこで、真の元凶が現れた。

「ふっふっふ、いけない子やなぁ。まだ試着の最中に逃げ出すやなんて……烈火の将の名が泣くでぇ」
「ひっ!?」
(シグナムがこんな反応するってどんだけだよ……)

何かのトラウマでも植え付けられたのか、ガクガクと震えだす。
まぁ、シグナムにこんな事を出来る人間は限られているし、そもそも先の口調から誰が犯人かは推理するまでもない。

「お、お許しを、主はやて!」
「許すも何も、別に怒っとるわけやないし。さあ、そろそろ覚悟を決めるんやなぁ」
「というか、なにやってるのはやてちゃん?」
「おお、ヴィータになのはちゃんやんか! シグナムを捕まえてくれたんか?」
「いや、つかまえたっつーか、まぁそういう事になるのか?」
「離せ! 離してくれヴィータ!! 後生だ、頼む~!!!」

実際、なんとか逃げ出そうとするシグナムの脚を掴んでいるのはヴィータだ。
ナリこそこんなだが、六課でも指折りのパワーの持ち主。この程度は造作もない。
いや、シグナムが錯乱して魔法を使えなくなっているからでもあるのだが。

「というか、八神部隊長。その手に持っているのはいったい……」
「ん? 見ての通り……………ブルマや!」
「いや、それは見ればわかるんですけど」

右手に持つそれを指摘され、はやてはビロ~ンと伸ばして掲げて見せた。
だがそんなのは言われなくてもわかる。今問題にしたいのは、その用途だ。
何故に機動六課部隊長ともあろう人物が、ブルマ片手に部下を追跡していたのか。
全く以って意味不明に過ぎる状況である。

「いやぁ、ちょうシグナムに穿いてもらおうかと思ってな」
「シグナムさんに?」
「そ、それはまた何と言いますか……」
「滅茶苦茶犯罪っぽいよな」

想像してみてほしい。出る所はとても出て、引っ込む所はとても引っ込んでいる。そんなメリハリの利いたワガママボディの彼女が体操着とブルマを身に纏う。
何と言うか、どこぞの水商売系のお店を連想してしまう格好である。
理由も意図も定かではないが、それはシグナムが嫌がるのも無理はない。

「恥じらいに染まる凛々しい顔立ち、はち切れんばかりに引っ張られる小さめの体操着とブルマ…………それがええねん!!」
「「「はぁ……」」」

何やら力強く断言するはやてだが、三人は全く共感できない。
その後ろでは、怯えた小動物の様な顔でシグナムが震えている。

「でも、なんでまたいきなり……」
「ほら、兼一さんがシグナムの事『可愛い』って言うたやろ?」
「はい、まぁ……」
「せやからこうして、シグナムの新しい魅力を模索してみることにしたんや!!」
「ですが、よりにもよってなんでこんなニッチな方向に走るのですか!!」

ようやく少し気力を取り戻したのか、涙目になって反論するシグナム。
百歩譲って新しい魅力を探るのは良いとしても、幾らなんでもこれは勘弁してほしいだろう。
特に彼女の様な堅物なら尚更。まぁ、だからこそはやてはこれを選んだのだろうが。

「ええ~、でも男の人はこういうの好きやろ?」
「え”!? あ、その…え~っと……」

いきなり話を振られ、返答に窮する兼一。
まごう事なき「イロモノ」だとは思う。だが、この格好に惹かれるものが全くないかと言えば……否だ。
既婚者であり子持ちである身とはいえ、彼もまだ二十代の男。
正直、この色々パッツンパッツンなシグナムにはついつい視線が向いてしまう。
これにさらに地球ではほぼ絶滅したと言っても良いブルマを+されるとなると……。

しかしそこで気付く。
先ほどから突き刺さる、非常に冷めた視線に。

「「…………」」
(ま、マズイ!? なんかすごい白い目で見られてる!!)

きっと、「あ、この人(こいつ)こういうのが好きなんだなぁ~」と思われているのだろう。
本能の部分で否定できない所はあるが、大人として、一児の父として、嘘でも否定しなければならない場面がある。そして、今の状況こそがそれだった。

「や、やだなぁ……僕、こういうのはちょっと……」
『へぇ~~~』
(うぅ、全然信じてくれてない……)

生来の嘘の下手さが仇となり、全く信用を勝ち取れない兼一。
ちなみにこの数日後、どこからか漏れたこの一件を聞きつけたギンガが『ブ、ブルマが良いんですか?』と、少し顔を赤らめながらモジモジと上目遣いで訪ねてきたのは、全くの余談である。

「でもほら、はやてちゃん。シグナムさんも嫌がってるし……」
「せめてさ、廊下とか人目のある所はやめた方が良いと思うぜ」
「むぅ、しゃーないな」

さて、これはいったいどちらの意見に従ったのやら。
もし前者を考慮していなかった場合、また同じような目にシグナムは合うのだろうが。
これは余談だが、はやての自室にはいつの間にか自分が着る分以外の良く分からない衣装が急増しているのだが、その用途は全くの不明である。

「すまんな高町、ヴィータ、恩に着る。白浜は見損なったが」
「はい、生まれてきてごめんなさい……」
「ええやないのシグナム。男の人やったらこんなん当然やで♪」
「はやてちゃんが言うと……」
「ああ、なんか生々しいよな」
「そういえば、近々スク水とバニーさんの衣装が来るんやけど、なのはちゃんやヴィータも着てみるか? 」
「「すみません、勘弁してください」」

二人揃って即詫びをいれる。どちらの衣装にしても、あまりにも恥ずかし過ぎる。
ヴィータならスク水でも違和感はなさそうだが、彼女のプライドが許さないのだろう。

「ん~、でも勿体無いなぁ……。兼一さんもちょう赤くなっとったし、好感触やったんやけど」
「む……」
「アレなら、男の人の何かにヒビを入れる位できそうやったのになぁ」
「(ピクッ)」
(ふふ~ん、まんざら興味がないわけでもなさそうやなぁ♪
 上手くすれば、案外ノリノリになるかもしれへんで、これは)

実際、先ほどからチラチラとシグナムの視線がブルマに向いている。
少しは自分の女としての魅力を磨く事に意識が向きだした証拠だろう。
はやての場合、かなりおかしな方向に持って行こうとしているようだが。
一応家族の魅力を引き出してやりたいと言う善意もあるだけに、中々に始末に負えない。とりあえず、「兼一さんに感謝やなぁ」と思いつつ、「次は何を着せたろうかなぁ」とほくそ笑むはやてであった。



  *  *  *  *  *



その日の深夜。
外周りで帰りの遅くなったフェイトが寮に戻ると、当然ながらほとんどの明かりは消えていた。
だがつまりそれは、僅かに明かりが灯っている事を意味する。
例えば、共有スペースであるエントランスとか。

「あれ? まだ誰かいるのかな?」

自動ドアをくぐりながら、不思議そうに呟くフェイト。
役職柄外周りが多いため、フェイトは帰りが遅くなることも多い。
皆が寝静まった頃に戻る事もあり、その頃になるとエントランスも最小限の明かりしかない。

しかし今日は違った。
基本的にはうすらぼんやりとした明かりしかないのだが、ある一点にはっきりとした明かりがある。
出入り口から見えるのは後ろ姿だけだが、誰かが卓上ライトを持ちこんでいるらしい。
エントランスに微かに響くのは『カリカリカリ』と言う断続的な音。
その人物は椅子に腰かけた状態で、黙々とテーブルに向かっている。

何をしているのかは定かではないし、まさかこの場所で不審者と言う事もあるまい。
だが、状況と明るさなどからイヤでも不気味さを感じてしまう。
フェイトは一つ深呼吸をし、意を決してその人物に声をかけようとする。
しかし、フェイトが声をかけるより先にその人物がフェイトに気付いた。

「? ハラオウン隊長?」
「って、白浜二士?」

振り向いたのは、フェイトからすると色々と対応に困る人物。
自分がいくら望んでも届かない場所にあっさりと居場所を確保し、命よりも大切な二人を誑かす(本人主観)男。
あまりにもうらやまし過ぎて、影でハンカチを噛んだ事数知れず。
だが本当は、エリオやキャロの事を色々気にかけてもらっているので、実はかなり感謝もしている相手だった。

「こんな時間に何をなさってるんですか?」
「いや、ちょっと勉強を……」
(勉強? って、なんの?)

相手は武術家なので、修業とかなら納得できるのだが……。
まだミッド語に不自由な部分があるかもしれないので、もしかしたら語学の勉強かもしれない。
あるいは、何かの資格でも取ろうとしているのか。
まぁいずれにせよ、夜中まで勉強していると聞けば好感が湧く。同時に、その内容に対する興味も。

「いったいなんの……」

好奇心を抑えられず、相手に対する諸々の蟠りや複雑な感情も、いまだけは棚上げする。
そして本人に了解を取った上で、横から使っている教材をのぞき見れば……。

「これって魔法の初級教本…ですか?」
「ええ、まぁ。お恥ずかしながら……」

兼一が読んでいたのは、フェイトもずいぶん昔に使った事のある魔法初心者用の教材。
当時とでは内容にやや違いはあるが、根幹はそれほど変わらないのでタイトルを見ずとも一目でわかった。

それを見てフェイトの胸に湧き上がったのは懐かしさと疑問。
懐かしさは、極短期間でその内容を修めた事を褒めてくれた家庭教師との思い出がよみがえったから。
疑問は、リンカーコアすらない兼一がなんでまたこんなものを読んでいるかわからなかったから。

なのはから本好きと聞いていたし、単なる好奇心からかもしれない。
だがそれにしては、辞書まで用意して思い切り熟読する気満々。
はっきり言って、興味や好奇心だけとは考えにくい。

「でも、なんでまたこんなものを?」
「その……やっぱり、なのはちゃんに頼りっ切りってわけにもいきませんので……」

フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは一を聞いて十を知ることのできる、非常に聡明な女性だ。
彼女はどこか気恥ずかしそうに言う兼一の僅かな言葉から、その意図を正確に推察する。

「もしかして、ギンガの指導の為に?」
「魔法に無知なのは……この際しょうがないと思うんです。今までそんなもの全然知りませんでしたし、僕自身全く使えませんから。たぶん、あまり詳しく知らなくても恥にはならないとも思います。
 どんな魔法があって、戦う時にどう対処すればいいか、それだけ知ってればいいわけですしね。
 でも、僕はギンガの師です。あの子を鍛え、導く責任があります。魔法の事が良く分からないからと言って、そっちの方を丸投げ……って言うのも無責任じゃないですか」
「それで、ですか? でも……」
「仰りたい事はわかっているつもりです。生まれつき目の見えない人に色が理解できない様に、魔法を使えない僕がいくら勉強しても本当の意味でそれを理解する事はできないでしょう。きっと、それほど上手く指導もしてあげられないんだと思います。
 でもだからと言って、見て見ぬふりは……できません」

六課にいるうちはなのはがいるから良いとしても、六課を離れれば必然なのはとも別れる。
ギンガならば限度と節度を守って魔法を磨くのだろうが、「使えないから」と言って放置してはいけないと兼一は思う。
全くの門外漢なのでどこまで力になれるかは分からないが、それでもできる限りのことはしてやりたいのが親心。
その為には、基礎的な所から正しい知識と理解を身に付けなければならない。
この調子ではいつになるかわかったものではないが、基礎の大切さは魔法も武術も変わらないのだ。
ならば、一見遠回りに思えても一番の初歩から学んでいかなければならない。

(この本も辞書も、あちこち擦り切れてる。
 白浜二士は魔法に出会ってまだ半年も経ってない筈なのに……)

とても数ヶ月使っただけとは思えないそのくたびれ具合に、フェイトは思わず圧倒される。
進度は御世辞にも早いとは言えないが、いったいどれほど繰り返しページをめくり、読み込んできたのだろう。
魔導の天才であるフェイトなら短期間で理解できる事でも、魔法の使えない兼一には困難を極める。
そもそも「魔法を使う」と言う感覚そのものを持たない彼には、本質的に理解できないかもしれない。
魔法は理数系に近いとも言われるし、どちらかと言えば文系の兼一にはなおのことハードルが高い。

だが兼一は、その差をなんとか埋めようと必死にその内容を頭に叩きこんで来たのだ。
もしかしたら、教本の内容を一語一句寸分違わず暗唱できるかもしれない。
手垢で汚れ、もう何年も使いこまれたかのような教本を見ると、そんな事を思わずにはいられなかった。

(なのはやギンガが、尊敬するわけだよね……)

苦手な分野と言うのは、誰しも敬遠したがるものだ。
フェイト自身、海鳴時代には国語の勉強に四苦八苦しただけに少しは理解できる。
兼一からすれば、魔法と言うのは対処するならともかく勉強の対象としては最悪の相性と言っていい筈。
その難度たるや、フェイトが国語に悪戦苦闘していた時の比ではない。

ならば、その大の苦手分野にここまで真摯に向き合えると言うのは、それだけで尊敬に値する。
それも、その動機はたった一人の弟子の為。
これを無駄な努力と嘲笑う人がいるとすれば、それはまごう事なき人でなしだ。
そしてフェイトは、頑張った人はそれだけ報われてほしいと思うし、その力になりたいと思う。
だからだろう。気付いた時には、フェイトは思わずある申し出をしていた。

「あの、もしよかったらなんですけど……少し教えて差し上げましょうか?」
「え? い、いいんですか? でも、ハラオウン隊長はお忙しいでしょうし……」
「は、はい。ですから、あまり時間は取れないかもしれませんけど、それでもよろしければ……」
「………」

思わぬフェイトの進言に、言葉を失う兼一。
さすがに、今まで教本だけを頼りにやってきた、と言うわけではない。
108にいた時は同僚達にも多々相談したし、それどころか恥を忍んで弟子であるギンガにも質問した。
今では、ギンガのみならず新人達やヴァイス、なのはを頼ることもある。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。無知は罪ではないが、知ろうと努力しない事は罪である。
可愛い弟子の力になれるのなら、多少の恥など何程の物か。

とはいえ、それは結局のところ「わからない事を聞く」と言う事。
基本的には自力での学習であり、教師の様に勉強を見てもらうと言うのとは違う。
さすがに仕事があり忙しい人達ばかりなので、そこまでしてもらうのは悪いと思った。
だからこそ今日まで兼一は自力で学び、どうしてもわからない時だけ人を頼ったのだ。

しかし、フェイトが勉強を見てくれると言うのであれば、それは大きな意味を持つ。
あまり長い時間は付き合えないかもしれないが、それでも教本の内容をよりわかりやすく噛み砕いて教えてもらえれば、理解の速度は格段に速まるだろう。
ある意味、教師の仕事は理解しやすい様に作られた教材の内容を、より理解しやすく解説し、学習の速度を速めることにある。
期間限定でも、僅かな時間でも、そうしてもらえるならどれほど助かる事か。

確かにその申し出はうれしい。
だが、ただでさえ忙しいフェイトにそんな雑事を頼むなど……。

「いえ、やっぱりダメですよ」
「え? わ、私じゃいけませんか?」

兼一のメリットを考えれば否はないと思っていただけに、フェイトはあからさまに動揺する。
『なにか嫌われる様な事でもしただろうか』と思い、ないとは言い切れない自分に気付き凹む。

「あ、いえ、別にハラオウン隊長に不満があるとかじゃなくてですね」
「そ、そうなんですか? でも、それなら……」
「ですが、ハラオウン隊長はお忙しいですし、こんな瑣末な事で時間を割いていただくわけにはいきません。
 これは結局僕の問題ですし、御手を煩わせる様な事では……」

そこまで言った所でフェイトの眉間にしわが生まれ、目に険が籠る。
なるほど、一瞬勘違いしたが兼一の言わんとする事はわかった。
教わる自分の事ではなく、教える相手の事を慮ってくれたのだろう。
その配慮は嬉しいのだが、今口にした言葉は聞き捨てならない。

「瑣末なんて事はありません! 教え子の為に必死に勉強してるんでしょう? なら、もっと胸を張ってください! 遠慮なんてしないでください!」
「え? え? え?」
「陸士の想いと努力はとても立派だと思います。私はそのお手伝いをしたいと思ったんです。
 迷惑だったり邪魔だったりするのならともかく、そうじゃないなら素直に受け取ってください」
「で、ですが……」
「どうしても遠慮するんですか? それなら……」

一呼吸置きへその下、丹田に力を込める。
そして、とっておきの一言を口にした。

「いつもエリオやキャロがお世話になっている御礼、ならどうですか?
 本来、二人の面倒をみるのは陸士の仕事ではありませんし、お給料にもつながりません。
つまり善意のボランティアです。私が勉強をお手伝いするのと同じなんですから、これでイーブンです」
「そ、そういう問題なんですか?」
「む、強情ですね。なら……私の相談に乗ってください」
「相談?」
「えっと…その……どうやってエリオ達と打ち溶けたのか、とか。
 二人とも、どこか私に対して硬い所がありますし……」

顔を真っ赤にして俯きながら恥じらうフェイト。
本当はここまで言うつもりはなかったのだが、勢い余ってついうっかり非常に気になっていた事を聞いてしまったのだ。
そんなフェイトの様子を呆然と眺めていた兼一だったが、溜め息を一つつくと観念したように諸手を上げた。

「わかりました。僕はハラオウン隊長の相談に乗って、ハラオウン隊長は僕の勉強を見てくださる。
そういう取引、なんですね?」
「そ、そうです! わ、わかればいいんです、わかれば!!」

慌てた様子でまくしたてるフェイトに、苦笑を洩らす兼一。
よくよく考えてみれば、あまり頑固に断るとフェイトの顔が立たない。
上司を立てるという観点で考えれば、適当な所で受けるべきだったのだ。

「それと、私の事はフェイトでいいです。相談相手に他人行儀にされるのは嫌ですから」
「わかりました。でも、それなら僕の事も兼一でお願いしますよ、フェイト隊長。
 相談相手とはいえ上司なんですから、これ位は良いですよね?」
「ま、まぁ仕方がありませんね。では、今後はよろしくお願いします、兼一さん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。
 一応とはいえ一児の父ですから、少しは御力になれると思いますよ」

そこまで言った所で二人の眼が合い、それぞれ小さく笑いを零す。
その後はもう遅いと言う事もあり、軽く今後の打ち合わせを行い、主に夜に相談と勉強を行う事で合意し、解散となった。ついでに、兼一にはフェイトからいくらかの宿題も出されたが。

まぁ、そんな感じで今日も今日とて何事もなし。
今の所、機動六課は概ね平和なのであった。






あとがき

はい、ちょっと久しぶりの日常編でございました。
まぁ、小ネタの寄せ集めみたいなものですけど。正直、やりたい事が多くて絞るのに苦労した話でしたね。
本編中で入れる場所がなかったのですが、兼一がエントランスで勉強していたのは、お子様二人を起こさないようにと言う配慮です。
とりあえず、これでおおむね兼一は六課のほぼ全員と交流を持ちました。

さて、次回はいよいよ事件発生です。
と言っても、基本的には消化試合みたいなものですが、一応ひねりの様なものは加える予定。


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