ギンガからすれば唐突な、だがなのはにとっては予定通りの展開で模擬戦をする事になった二人
それを事前に知りうる立場にいた面々は、それぞれに今を過ごしている。
例えば、最新型のヘリに乗って地上本部に向かう部隊長と執務官とか。
(さ~て、そろそろなのはちゃんとギンガがドンパチやっとる頃かなぁ?)
「う~~~~」
(まぁ、リミッター付きとはいえ、ギンガがなのはちゃんに勝つのは無理やろうし、どこまで食い下がれるかが肝やね。ちゅうか、一撃でも入れられたら万々歳やな)
「う”~~~~~!」
(ただなぁ、なのはちゃんのテンションが上がり過ぎると、それすら……いや、まだ初回やし、その辺はさすがのなのはちゃんも花を持たせはせんにしても自嘲するか、うん)
「う”~~~~~~~う”~~~~~~~~!!」
(…………はぁ。できれば気付かないふりをしてたかったんやけど、やっぱりそうもいかへんかぁ……ちゅうか、いい加減鬱陶しい)
「う”~~~~~~~~~う”~~~~~~~~~う”~~~~~~~~~!!!」
「なぁ、フェイトちゃん。さっきから何を頭抱えてうなっとるん?」
十年来の幼馴染兼親友である金髪美少女執務官「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン」の尋常ならざる様子に若干引き気味になりながら、機動六課部隊長の「八神はやて」は溜め息交じりに尋ねる。
正直、心優しく『基本』冷静で内気でありながら子煩悩と言っても良い一面を持つこの友人が、こんな様子なのは初めて見る。
そして、当のフェイトはと言うと、よくぞ聞いてくれましたとばかりにはやてに向き直った。
さらに雷光の速度で手が伸び、襟首を掴んで高速で振り回す。
ただし、その形の良い唇から放たれた言葉は、著しく理解不能だったが。
「ねえ!! はやてはなんでだと思う!?」
「……………………………いやぁ、せめて主語を入れてもらわん事には何とも……」
「だから! あの事だよ!!」
「せやから、どの事を言うとるん?」
「なんでわかってくれないの!?」
「まず、わからせようとする努力をしてほしいんやけど……」
「はやての意地悪……」
一向に答えを返してくれない(本人主観)はやてに、ついにフェイトは眼をうるませてうなだれる。
もし一切の音声をオフにしていれば、はやてが何かフェイトを傷つけるような事を言ったようにも見えるだろう。
実際には、彼女は全く何も言っていないのだが。
ちなみに、そんな美しき執務官の理不尽な涙に心を動かされてしまう純真無垢な妖精も同情していたりするのは、さて誰にとっての幸運で誰にとっての不幸なのか……。
「ああ!? 泣かないでくださいフェイトさん!? もう、はやてちゃん!!」
「え? これ、私が悪いん?」
あまりに理不尽な展開に、ただただ呆然とするしかないはやて。
普段なら友人のボケにはしっかりツッコミを入れるのだが、その余地すらない。
振り回されるより振り回す方が好きなはやてだが、終始ペースが乱されっぱなしである。
まあ、これでは無理もないが…しかし、純粋無垢な妖精にはこれで何かが伝わるらしい。
「もう! フェイトさんがこんなに取り乱すことなんて、エリオやキャロの事に決まってるじゃないですか!!」
「あ、ああ、なるほど。言われてみれば、確かにそやね」
確かに、納得はいった。フェイトがこれほどまでに取り乱す(暴走する)ことなど、彼女が保護者を務めるあの二人の事以外にないだろう。
だが! 正直、あの状態でそれをくみ取れと言うのは無理難題にも程があるのではないか。
納得はいったが、非常に釈然としないものを抱くはやてであった。
しかし、そんなはやてを余所にフェイトはリインの小さな手を握り締めて感涙にむせぶ。
「リインだけだよ、私の事をわかってくれるのは!!
なのはも、眼を白黒させるだけど『なに? え、なに?』って言うだけで……」
「むぅ、なのはさんまでそうなんですか? 友達甲斐のない人達です!
折角フェイトさんが悩みを打ち明けていると言うのに、そんなことでは友達失格なのです!!」
(いやぁ、多分それが普通の反応と思うんやけど……なのはちゃんも、苦労してはるんやなぁ)
基本、フェイトは優秀な執務官で通っている。
それは間違いではないのだが、彼女もまだ19の乙女。公私両面において悩む事、躓く事は多い。
昔とった杵柄と言うべきか、妙な所でやせ我慢をするというか心を隠す所がフェイトにはある。
そんな彼女が包み隠さず胸の内を打ち明けてくれるのは、リインの言う通り自分たちや家族くらいのものだろう。
確かにその事は嬉しく思うのだが、これはいくらなんでも……と思わずにはいられないのは罪ではない。
「で、結局エリオとキャロがどないしたん? エリオがキャロにセクハラして気まずくなってるとか?」
「何を言ってるですか、はやてちゃん! 今問題なのはエリオの事で、キャロは関係ないです!!」
「そうだよ! それに、エリオがそんなことするわけないでしょ、はやちぇ!! ……噛んじゃった」
「あ、あぁ、その…なんや、あんま気にせんでええと思うで?
せやから、体育座りして『の』の字書くのやめへん?」
「だって、だって……大事な所で……」
(カオスや……全く話が進まへん)
この年になって噛んだ事がよほどショックなのか、一転して鬱になるフェイト。
過去初めてと言っていいこのアップダウンの激しさに、はやてもついていけなくなってくる。
エリオやキャロの事に関しては暴走がちなのは知っていたが、まさかこれほどとは……。
長い付き合いのはやてとしても、戦慄を隠せない。
その後、必死の説得によりなんとか持ち直したフェイトから、ゆっくりと順序立てて事情を聴く。
そうして、なんでこんなに時間がかかるのかと思うほどの時間をかけて聞きだしたその内容は……
「つまり、フェイトちゃんより同室の人の前の方がリラックスしてるのに嫉妬しとると」
「べ、別に嫉妬とかそういうのじゃなくて……」
(アレが嫉妬やなかったらなんやっちゅうねん)
とは、思っていても口に出さないのが優しさと言うものだろう。
はやてはちゃんと空気を読む事が出来るのだ。
下手に茶化しても、話が進まない事だし。
「で、具体的には?」
「あのね、エリオって私にも敬語でしょ? 甘えてくれる事もほとんどないし……」
「その人には敬語つかっとらんの?」
「そういうわけじゃないみたいなんだけど……」
「敬語やけど、砕けてるちゅうことかな? シャマル…とは違うにしても」
「う、うん。ニュアンスはそんな感じ」
一口に敬語と言っても、そこに込められた感情や言葉遣いで印象は変わる。
敬う気がなければ慇懃無礼に、尊敬していれば堅くもなり、気を許していれば親しさが滲む。
フェイトに対しては二番目で、その男…兼一に対しては三番目なのだろう。
フェイトからしてみれば……
「つまり……この泥棒猫が! っちゅう気分?」
「う~~~、なんで? どうして? 私の何がいけなかったの? あの人にあって私にない物は何?
どうすれば、どうすればいいの? リニス~、母さ~ん、アリシア~……うぅ~」
(愛が重いなぁ……)
惜しみない愛情を注ぐことができる、それは紛れもないフェイトの美徳。
だが、ここまで来るとそれが重いのではなかろうか。
しかもこの愛、ただ重いだけではないときた。
「それにそれに、一緒にお風呂も入ってるし!」
(あれ?)
「その上、一緒の布団で寝てたりするんだよ!?」
(あれれ?)
「川の字なんてずるい! 私だってまだやったことないのに!!!」
(………………………突っ込んだらアカン! 突っ込んだらアカン! これは罠や)
フェイトが寮に入ったのは昨日の深夜の筈だ。
その間にどうやってそこまで調べ上げたのか、考えるだけでも恐ろしい。
「ま、まぁ、同性やし子はかすがいっちゅうからな。
白浜二士は子持ちやし、その子が上手く仲立ちになったんとちゃう?」
「子どもがいるとそんなに違うものですか?」
「うん、リインが産まれた時もそんな感じやったで」
とりあえず話題を逸らす意味もあって、適当な事を並べるはやて。
パッと思い浮かんだ事なので、実際にどうなのかは知らない。
少なくとも、リインの事で八神家一同の絆がさらに強まったのは事実なので、嘘は言っていないだろう。
「はやて」
「え?」
「それはつまり、その子をさらえと?」
唐突にとんでもない事を口走るフェイト。その眼は当然と言うのもおかしいが、据わっている。
あまりにもテンパリ過ぎて、普段の冷静な思考など彼方に消え去っているらしい。
「誘拐は犯罪やで、釈迦に説法の筈やけど」
「じゃあ、私が子どもを作れば!」
「え? まあ、そうなったらおめでたいし、エリオやキャロも一緒に喜んで絆も強くなるかも……。
せやけどフェイトちゃん、相手おるん?」
「いないけど、そこは気合と根性で!!」
「そ、そういう問題とちゃうんやないかなぁ……一人で出来るもんやないし」
「大丈夫! 想像妊娠って言葉もあるし!! がんばってなの……」
「それ以上は割と危険やからやめような、フェイトちゃん」
かなり危ない事を口走りかける親友の口を、最高のタイミングで閉ざすはやて。
その気があるのではないかと疑われて早十年。
本人達は頑なに否定していたが、実は本当なのではなかろうか。
それくらい、二人の仲の良さは際立っている。
これでは、某フェレットがなのはにアプローチを仕掛けないのは、「フェイトに遠慮しているからだ」と言う噂の信憑性が五割増しだ。
「え!? 想像すれば赤ちゃんができるんですか、はやてちゃん!?
もしや、リインが産まれたのも!?」
「いや、想像はあくまでも想像でリアルにはならんよ、リイン。ついでに、当然ながら私を含め、シャマルもシグナムもヴィータも、そしてザフィーラも出産経験はない事を断言しとく。
ちゅうか…………ボケ倒すのもええ加減にしぃや!! ボケに対してツッコミの数が足らんねん!!」
ちゃぶ台でもあればひっくり返しそうな勢いで怒鳴るはやて。
ボケに対する突っ込みは彼女も好む所、むしろドンと来いだが、さすがにこれは手に余る。
腕の良し悪しよりも、絶対的に手が足りない。
「そう言えばヴァイスは白浜二士達のとなり部屋だよね。どうなの、何かしらない!?」
「は? ああ、概ね八神部隊長の言った通りみたいっすよ」
「やっぱり、想像妊娠じゃ子どもはできないんですか」
「いや、そっちじゃなくて。チビ助が坊主を懐柔して、そこに滑り込んだ感じって事っすよ」
「と言う事は、下手するとキャロまで寝とられる!?」
「寝とられるって、ちょフェイトちゃん?」
「ズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよズルイよ」
「フェイトさん、可哀そうです」
「ウン、カワイソウヤネ、色々ナ意味デ。はぁ、気にせんとちゃきちゃき行こう」
「そっすね」
どうも、今のフェイトに何を言っても馬の耳に念仏らしい。
その事を悟ったはやてとヴァイスは、これ以上関わる事をやめる。ただし……
(とりあえず、白浜二士にはコツかなんか伝授してもらう事にしよ。
せやけどなぁ、エリオ達はフェイトちゃんの事を尊敬しとるからこうなわけで……)
おそらく、伝授してもらったところで難しいだろう。
たぶん、兼一とフェイトのどちらが好きかとで言えば、二人とも間違いなくフェイトなのだ。
ただ、フェイトが彼女の望む位置には……………たぶん、ずっとたどり着けないだろう。
何しろ、二人にとってフェイトは恩人であり目標であり、いつか力になってあげたい人。
片や、兼一はいいとこ近所の親切なお兄さんかおじさん。これでは扱いに違いが出て当然だ。
全く以って、ままならないものである。
「ん? どなしたんやリイン?」
「あ、いえ。白浜二士で思い出したですが、な~んか見覚えがある様な気がするです」
「ふ~ん、同じ日本出身やし、そのせいとちゃう?」
「そうなのでしょうか?」
まだ釈然としないものがあるのか、リインの顔は浮かない。
その答えを知る人がいるとすれば、ミッドチルダにおいてはなのはしかいないだろう。
BATTLE 15「エースの疑念」
場所は戻って機動六課訓練場。
ビル群の狭間に対峙する二人。
片や、左腕に篭手とさえ呼べない様なゴッツイナックルを装備し、足にはローラーブーツを履いたギンガ。
片や、同じく左手に赤い宝玉を備えた十年来の愛杖「レイジングハート」を手にしたなのは。
ただし、ギンガは地上からなのはを見上げ、なのはは空中よりギンガを見下ろす形。
同時にこの図式は、両者の精神的な立ち位置、実力差をも表していた。
彼我の距離はおよそ二十メートル。
射撃型ならないも同然の距離だが、白兵戦に長ける者からすると少々距離がある。
そんな距離で二人は向き合っていた。
「それじゃ、早速模擬戦を始めようと思うんだけど、準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
なのはの問いに威勢よく答えながら、ギンガはリボルバーナックルやローラーブーツの具合を確認する。
疑うべくもなく、見上げる相手は遥か格上。ならは、初撃から全力で行くべきだ。
彼女の師はそう言った事が苦手だが、ギンガはそれほどではない。
「それじゃ、最終確認。模擬戦とはいえ、今回はあくまでも手合わせって事で、制限時間は多めの30分。
ギブアップか気絶、あるいは戦闘不能とみなしたら終了。問題ない?」
「はい」
「うん。じゃ、元気に頑張って行ってみよう。期待してるよ、ギンガ」
上から目線による、強者からの物言い。
しかし、それも当然。相手は入局十年のベテランであり、空戦S+の猛者であり、エース揃いの教導隊の教導官。
ギンガとは、何から何まで比べる事すらおこがましい実力者なのだ。
能力限定が掛けられているといっても、差が多少縮まる事はあれ覆る事はないのだから。
(それにしても、これがAMFか。思ってたより、ずっと魔力が練りにくい。
スバル達が苦戦したのも、これなら納得ね)
フィールド全体の8割ともなれば、もうほとんどどこにいてもAMFに晒されると考えて良い。
事実、スタート位置からしてAMFの影響下にあるときた。
(これだと、攻撃も防御もかなり削がれちゃうな。
なにより、ウィングロードのコントロールは慎重に行かないと)
実質初めてとなるAMF環境下で、ギンガは普段との違いを入念にチェックする。
脳裏によみがえるのは、先ほどの模擬戦でスバルが見せたウィングロードの大暴れ。
気を抜いていつもの調子で使えば、ギンガもスバルの二の舞を演じる可能性は大いにある。
同様に、それは基本となる攻撃や防御においても同じ事が言えるだろう。
攻撃力と防御力、双方の低下は常に念頭に置いておかなければ、致命的なミスを犯しかねない。
そんなギンガの様子を、なのははどこか楽しそうに眺めている。
(ふふ、考えてる考えてる。さて、ギンガはどうやって対処するつもりかな?)
(これだと、私の射撃魔法はほとんど使い物にならないと思っておいた方が良いかな。
ガジェット相手ならまだしも、相手があのなのはさんじゃね……)
ギンガは白兵戦に特化している。射撃系が全くできないわけではないが、打撃に比べれば貧弱の一言。
砲撃系などの高威力の魔法がないわけではないが、その射程は短い。スタイルこそ珍しいが、割と正当な近代ベルカ式を使う彼女やスバルは「遠距離まで威力を保たせる」事に向いていないのだ。
対して、相手は唯でさえ格上だと言うのに、その上射砲撃のエキスパート。
元より拙い射撃系がさらに弱体化したとなれば、牽制にすらならないかもしれない。
となれば、こちらはあまり当てにしない方が無難だろう。
だがその半面……
(その分、要になるのは技巧と基礎力。
この二ヶ月の成果を試すって意味では、都合が良い!!)
(良い目だ。スバル達とは一味違う所、見せてもらうよギンガ)
そうして、両者の正面にモニターが浮かび上がり、カウントダウンの画面が映し出される。
これがゼロになったら開始、と言うことだろう。
ギンガはその時に備えて構えをとり、なのははゆっくりとレイジングハートをギンガに向けて突きつける。
「「……………」」
そのまま無言で向き合う二人。
その間にも、モニター上のカウントは刻一刻と減って行き、やがてその数は5を切った。
4、ギンガが緊張した面持ちで深く腰を落とすのに対し、ギンガは泰然とした様子で、いっそ微笑みすら浮かべながら微動だにしない。
3、大きく吐き切った息を改めて吸い込み、口を閉ざす。なのはの様子に変化はない。
2、身体を前傾姿勢にし、前足親指の付け根に体重を乗せる。
1、見つめるは眼前に立つ相手だけ。それ以外の全てを排除。
0、その瞬間………………………ギンガの姿が消えた。
「レイジングハート!」
《Round Shield》
動じることなくなのはは右手を掲げ、自身の正面にシールドを展開。
コンマ数秒遅れて、重々しい打撃音と共に右腕に確かな手応えが生じた。
同時に、両者は声に出すことなく、ギンガの放った一撃、あるいはそれを防いだなのはの魔法への感想を呟く。
(重い)
(堅い!!)
なのはは思いの外、重かったギンガの初撃を余裕交じりの軽い驚きと共に称賛し、ギンガはなのはの想像以上の堅さに焦りを覚える。
やるからには勝つつもりで臨んだ模擬戦だったが、リミッターにAMFと二重の制限を受けてなおのこの堅さ。
備え付けられたスピナーが唸りを上げて回転するリボルバーナックルを、なのはは揺らぐことなく止めている。
また、堅さもそうだが厄介な点がもう一つ……。
((それに、速い!))
火花が散る勢いで拳とシールドをぶつけ合う二人の思考がシンクロする。
ギンガとしては、格上相手に後手に回ってもジリ貧になるだけと見切りを付けて仕掛けた速攻。
これで決まるなどと虫のいい事は考えていなかったが、顔色を変える位はできるのではと期待していた。
だが、蓋をあけて見ればそれすら叶わない現実。
時間としては一瞬だが、なのはからすれば充分余裕をもって対処したのだろう。
それが可能な程、なのはの魔法の発動速度は速い。
堅い上に速いと来れば、これを抜くのは生半可なことではない。
しかし、顔色を変えるには至らなかったが、それでもギンガの初撃はなのはの中の認識を改めさせるには十分だった。
(思っていたよりもずっと踏み込みが速くて鋭い。相当に足腰を練り上げてる。
危うく見失いかける所だったよ)
あんな『乗り物』に乗っているだけあると言えばそうだが、それだけではない。
同じスタイルのスバルを基準にある程度上に想定していたギンガの踏み込みだったが、実際には予想を大きく上回って来た。
それだけ、ギンガの足腰が良く練られていると言う事だ。
(それに……)
良く目を凝らさなければ気付かないほど小さいが、ギンガの拳はなのはのシールドにヒビを入れている。
リミッター付きとはいえ、堅さに定評のあるなのはのシールドにヒビを入れるとはたいしたものだ。
このままぶつかり続ければ、いずれは先にシールドが限界を迎えるだろう事は明白。
実力差を理解した上で先手を封じるべく仕掛けて来たギンガの健気さは評価するが、ここで手を拱いているのはなのはの流儀ではない。
ならば、次の手を打つのは当然のこと。
「アクセル!」
「っ!?」
なのはがレイジングハートを保持する左腕を一振りすると、彼女の周囲に桜色の光弾が計八つ出現する。
それを認識すると同時に、ギンガはシールドの粉砕を諦め大きく後方に飛ぶ。
「シュート!!」
それを追って、八つのシューターがギンガ目掛けて飛翔する。
ギンガは急ぎウィングロードを発動させ、慎重にコントロールしながらその上を疾走。
瞬く間の内に彼我の距離は広がり、縦横無尽に紫色の帯状魔法陣が張り巡らされていく。
「くっ! やっぱり、振りきれないか……」
案の定…と言うべきか、シューターの速度はギンガの機動力を上回る。
方向転換やビルなどの遮蔽物を利用して振り切ろうとするが、一発たりとも欠けることなくシューターはギンガを追いたてて来る。
ギンガはその場で軽く飛び上がり、身体を捻ると同時に3つの光弾を蹴り払う。
軽く蹴ったとはいえ、重量のあるローラーブーツはそれ自体が凶器として十分成立する。
三発の光弾はその場でかき消され、残るは五発。
ウィングロードの上に着地したギンガは、今度はバックする形でローラーブーツを走らせながら受け止める。
「トライシールド!」
なのはが使った円形の盾とは異なる、回転する三角形の盾が残る光弾を受け止める。
光弾は次々に着弾するも、盾を破るには至らない。
しかし、防ぎきった筈のギンガの表情に余裕や安堵の色は見られなかった。
(やっぱり、シールドの構成も甘くなってる。
今は防げたけど質と量、どちらかが増えれば防ぎきれない……!)
シールドを使って攻撃を止めたと言う行動は同じだが、その意味が大きく異なる事をギンガは理解していた。
なのは余裕を持って防いでいたのに対し、ギンガにはそれがない。この段階で既に汗が滲んでいる。
本来、前衛であるギンガのシールドとて充分以上に堅いのだが、AMFの影響下ではその強度が激減していた。
AMFに晒されているのはなのはも同じなのに、この違い。
影響下での闘いに不慣れと言う事もあるのだろうが、なにより技量の差が大きいのだろう。
とはいえ、そう悪い方に考えてばかりいても仕方ない。
分が悪い事はハナから承知の上だったのだ。ならば、それを踏まえた上で闘うしかない。
故に、ギンガは頭を切り替えなのはの姿を探す。
追撃は今のところないが、次の瞬間に来ても不思議はない。
出来れば、その前に位置を掴んで距離を詰めておきたい。
「なのはさんは?」
なのはを探すと同時に狙いを絞らせない様、ウィングロードで移動しながら周囲に視線を向ける。
少しは時間がかかるかと思ったが、なのはの姿は直に見つかった。
「ま、仕方ないって言うのはわかってるんだけどね……」
それでも、やはり悔しいと思ってしまうのはどうにもならない。
なにしろ、なのはは開始位置から動いてすらいなかったのだ。
自身の周囲に先ほどの倍となる十六発のシューターを展開し、ギンガが来るのを待っている。
ならばとばかりに、ギンガはウィングロードをなのはの頭上へと伸ばし、直角に等しい角度で曲げる。
そうして有利な立ち位置を占めたギンガは、ウイングロードを滑走しほぼ真上からなのはに迫る。
「はぁぁっ!!」
「…………」
しかし、なのはの周囲に展開されたシューターは飾りではない。
なのは目掛けて移動を開始すると同時に、次々にシューターから光弾が放たれる。
ギンガはそれをシールドで防ぐが、十発受けた所でシールドが砕けてしまう。
あとは可能な限り小さな動作で回避し、それが無理な時は前に突き出した右拳で払い、打ち落とす。
その間、リボルバーナックルを備えた左拳は腰だめに構えられ、今か今かと放たれる時を待っている。
「ぐっ!?」
だが、さすがになのはの攻撃を回避と右腕だけで防ごうと言うのは無理があったのか。
肩と脇腹に一発ずつ被弾してしまうが、それでもギンガの速度は衰えない。
それどころか、進めば進む程にその速度は増していく。
(強引にでも突破する気だね。だけど……)
そしてついに弾幕を突破し、ギンガはなのはを間合いに捉えた。
同時に、ウィングロードそれ自体を踏み砕かんばかりの勢いの震脚。
それによって得られた力を増幅させるべく腰と背筋が緻密に連動し、凶悪なまでの力が鉄拳に注ぎ込まれていく。
(打撃系の真髄は一つ、出力も射程も防御も強さも関係ない! 相手の急所に正確な一撃、ただそれだけ!!)
(そう簡単にはいかないよ)
頭頂部目掛けて振り下ろされる鉄槌の如き拳。
それをなのははレイジングハートでいなすも、即座に切り返し右拳から放たれた二撃目が顎を狙う。
しかし、あと少しで届くと言う所で、掌大のシールドによって阻まれてしまう。
「うん。やっぱり、左に比べて右が軽い」
そう。基本ギンガの拳打は、重さと堅さを兼ね備えたリボルバーナックルに覆われた左拳がメイン。
左拳と比べて、素の状態に近い右拳はどうしても軽い。
それを理解した上でギンガの狙いを見切っていたからこそ、左をいなし右を止める事を選択したのだ。
なのははそのままバインドでギンガの四肢を拘束し、近接砲の構え。
見る見るうちにギンガの目の前が桜色の輝きで染められていくが、ギンガは焦ってはいなかった。
「ひゅ………せいっ!!」
その場で重心を落とし、右足でウィングロードを踏み込むと一息に左足を振り抜く。
すると、左足を拘束していたバインドは引きちぎられ、なのはの鼻先を鋭い前蹴りが通り過ぎる。
蹴りの軌道上にあった発射直前の魔力は蹴りあげられ、二人の頭上で爆散。
その間にギンガは残るバインドを破り、再度なのはへの接敵を試みる。
だが、今度はなのはの方から間合いを取り、追撃を掛けようとするギンガを牽制すべく魔力弾が両者の間を飛び交う。
機先を制されたギンガは追うに追えず、自身もまた距離を取り仕切り直しを図る。
しかし、それは同時にギンガがなのはを開始位置から動かす事に成功した事も意味していた。
そんなギンガを、なのはは一滴の冷や汗と共に見やる。
(びっくりしたぁ。足腰をよく練っているとは思ったけど、まさかここまでとは……)
バインドで拘束した時点で詰み、とまではいかないにしても、一発大きいのを入れられると踏んでいただけに、驚きもひとしおだ。
最初の踏み込みでギンガの足腰への評価を上方に修正した筈だが、それでも見込みが甘かったらしい。
あのバインドを一発で引きちぎるとは、ギンガの足腰の強さは目を見張るものがある。
それも、いまは身体強化が上手く作用しないAMFの影響下。すなわち、素の身体能力の影響が大きい。
一体、どれだけ身体を虐め抜いて来たのやら。
(なんて言うか、どこかの誰かさん達を思い出すなぁ……)
ギンガが何をした所で確実に対処できるだけの距離を取った所で一息つき、なのははギンガへの認識を改める。
どうやらギンガは、なのはの予想を大きく上回るレベルで成長しているようだ。
気を抜いていると、手痛いしっぺ返しを食うかもしれない。
故に、なのはは気を引き締め直し、同時にギアを数段上げることを決める。
正直、なのは自身「最初なのにやり過ぎかも」と思わないでもないが、今のギンガにはこれ位で丁度良いとの判断だ。そうして、それまでとは別種の鋭い眼差しをギンガへと向ける。
そんななのはに対し、当のギンガはと言うと……
(近い様に見えて、やっぱり遠い。今にも届きそうなのに、あと少しが凄く遠く感じる。
…………………まずは一撃。一つずつ丁寧に行こう)
後一歩と言う所まで行けているのは、ひとえになのはが格上として受けて立ってくれているからである事を、ギンガは正しく理解している。
だからこそ、挑戦者らしく一つ一つを丹念に積み上げ、まずこの拳をとどかせる事を念頭に置く。
クリーンヒットとか倒すとかは二の次、できる事を丁寧にやるのみだ。
ただ、それは少し遅かったかもしれない。
なのはの周囲には、先ほどと同じ十六発のシューター。
だが、放たれる威圧感が違う。それどころか、場の空気そのものが一変している。
先ほどまではなかった、刺す様な緊張感で満たされていく。
嫌が応にも、ギンガは状況が変わった事を理解せざるを得なかった。
* * * * *
一部始終をビルの屋上でモニター越しに見ていた面々は、詰めていた息を吐く。
開始当初からここまで、新人達にとっては息つく暇もない攻防だった。
知らず知らずのうちに手に汗握り、息をすることすら忘れてしまう程に。
そうして、ようやく余裕が戻ってきた所で……スバルがはじけた。
「凄い! 凄いよ、ギン姉!! ねぇ、ティア~♪」
「だぁもぅうっさい上に暑苦しいのよ、このバカ!!」
歓喜のあまり飛び上がり、そのまま相棒に抱きつくスバルとなんとか引き剥がそうとするティアナ。
そんな二人を少しばかり羨ましそうに見て、続いて隣に立つパートナーと視線が合い慌てて逸らすエリオとキャロ。
ただ、数歩下がって見ていたシャーリーはそんな二人を、「ムフフフ、初々しいんだからもぉ」と微笑ましそうにしている。
とそこで、気を取り直す様にエリオとキャロが先ほど見せたギンガの技量を絶賛する。
「でも、ホントすごいですよね!
あのなのはさんと闘ってるのに、一歩も引いてませんよナカジマ陸曹」
「本当に、なのはさんのシューターってあんなの速いのに、どんどん前に出て行って……」
「えへへ~♪」
最愛の姉であり尊敬する師を褒められる事が我がことの様に嬉しいらしく、口元がだらしなく緩むスバル。
そんな自分にティアナが視線を送っている事に気付いたのか、スバルのティアナを抱きしめる手に力が籠る。
ただし、向けていたのは「呆れ」の感情と視線だが、スバルは気付かない。
また、これ以上締めつけられてはかなわんと、ティアナはスバルの顔を押し返す。
しかし、スバルはスバルでそんな事は気にすることなくティアナに話しかける。
ティアナが素っ気ないのは今に始まった事ではない以上、この程度でめげるスバルではない。
「ねぇねぇ、ティアもそう思うよね!!」
「はいはい、そうね。わかったから、だきつくなっつーの!」
「いいじゃーん、減るもんじゃないし~」
「まぁ、ね。防御に限らず「え、無視!?」何て言うか…流れるような動きは本当にすごいと思うわよ」
「でしょ~♪」
「だから! べたべたするなって言ってんでしょうが!!」
一度は発言をスルーされた事にショックを受けるスバルだったが、顔を逸らしながらも同意するティアナに満面の笑顔を向ける。全く以って、子どもの様に表情がコロコロと変わる少女だ。
だがそこで、ティアナの表情に怪訝そうな色が浮かぶ。
「でも、何て言うか……」
「どうかしたんですか、ランスター二士?」
「きゅくる?」
「ん? いや、ギンガさんの戦い方がね、少し変わったかなって。余裕があるって言うか……」
キャロからの問いに、ティアナは自分自身でその意味を吟味する様に慎重に返事を返す。
実際『そんな気がする』と言うだけで、なにがどう変わったのかは上手く言葉にできないのだ。
ただ、ギンガのスタイルはスバルのそれとほぼ同じ。
違いがあるとすれば、技量や利き腕の問題から来る左右の違い程度。
故に、ギンガとスバルのスタイルは『鏡映し』と言っていい物だ。
そして、スバルとティアナは陸士訓練校時代からのコンビ。
およそ、身内を除けばティアナほどスバルの動きを熟知している者はいない。
そんなティアナだからこそ、ギンガの変化…その一端に気付きかけているのかもしれない。
「そうなんですか」
「まぁ、なんとなくなんだけど。あんたはどう、スバル」
「え、そうかなぁ? そりゃ、蹴りとか突きとか前より全然鋭くなってるなぁとは思うけど」
「そう。じゃ、私の勘違いか……」
しかし、当のスバルにエリオからの問いを振ってみると、返ってきた答えは「消極的なNo」。
ギンガの身内であり教え子であるスバルにそう返されては、ティアナとしても自身の思い違いと判断せざるを得ない。
「あ、でも……」
「ん?」
「なにか、気付いた事があるんですか?」
「いや、気のせいかもしれないんだけど、今なのはさんが下がった時、ギン姉の拳が開いてた気がして……」
(格闘型、それも打撃系のギンガさんが拳を? そんな筈が……)
事実、シューティングアーツやその元となったストライクアーツは打撃を主とした技術体系だ。
そもそもストライクアーツ自体、広義において「打撃による徒手格闘技術」の総称なのである。
故に、投げや関節、あるいは締めと言った類の技はない。
つまり、ギンガが戦闘中…それも相手が目の前にいる状態で拳を解くなどある筈がないのだ。
なにしろそれは、闘う意思を放棄するのと同義なのだから。
(いや、掌打狙いだったとすれば別に不思議じゃないか。
リボルバーナックルは拳で使ってこその武装だけど、右腕だったらその限りじゃないんだし)
開いていたのが左右どちらだったのかスバルに確認しようか迷ったが、ティアナは僅かに首を振ってその疑問を捨てる。
確認するまでもない。拳を解いたとすれば、それはリボルバーナックルを装備していない右拳以外にあり得ない。
それよりも、再開した戦闘に意識を向けなければ。
空戦型と陸戦型の違いはあれ、おなじセンターガードであり射砲撃を得手とするなのはの戦いから学べるものは数知れない。
そう結論し、ティアナは胸中に湧いた違和感を消し去った。
その意味を彼女達が知るのは、後ほんの少しだけ後の事。
* * * * *
再会した模擬戦は、先ほどまでとその様相を一変させていた。
序盤は割とギンガに自由にさせていたなのはだったが、今は違う。
飛び交う魔力弾がギンガの進路を妨害し、機先を制し、思うように動けない。
そのくせ、少しでも隙を見せれば容赦なく突いてくる。
後手に回るまいと思っていても、先手を打たれてしまっているのが現状だ。
自然、ギンガは防戦一方になり、なのはを間合いに捉えるどころか、接近すらできずにいた。
「ほら、そうやって逃げててもはじまらないよ!」
ビル群よりやや上に陣取り、視野を確保した上で誘導弾を操作するなのはからの指摘。
全く以ってぐうの音も出ない程の正論だが、実際問題逃げ回るだけで精一杯。
一瞬でも足を止めれば誘導弾に包囲され、逃げ場すら潰されてしまうのが目に見えている。
そうなれば、後は敗北まで一直線。
為す術もなく、彼我の力量差を見せつける形で叩き潰されるのがオチだ。
それがわかっているからこそ、ギンガはウィングロードの上を死にもの狂いで逃げ回る。
無策のままなのはへ突っ込んで行ったところで、誘導弾やバインドで妨害され、その間に距離を取られてしまうだけだろう。とてもではないが、先ほどまでのように近づかせてくれるとは思えない。
(かと言って、このままでもジリ貧か……)
背後から追い立てて来るだけでなく、前後左右、さらには上下から迫る光弾。
徐々にだが、着実に追い詰められているのが分かる。
遠からず、詰将棋の如く逃げ道すら潰されてしまう未来がありありと想像できた。
(やっぱり、どこかで賭けに出ないとダメかな)
できれば、状況を変えるための糸口を見つけたいところだったが、なのはそれすら許してくれそうにない。
今でも十分加減してくれているのだろう。泰然とした様子で空にたたずむその姿には、貫禄と同時にまだまだ余裕を感じさせる。それでも楽々ギンガを追い詰めているのだから、底が知れない。
正直、リミッターによりランクの差がほとんどなくなった事で、『もしかしたら』と思っていた部分があったのだが、どうやら甘過ぎたらしい。
(とは言えその前に、まずこっちをなんとかしないと!)
最低一度は博打を打たないと、状況を変える事は出来ない。
だがそれ以前に、まずは迫りくる誘導弾の数々への対処が先決だ。
(心を乱さないで。このくらいなら、まだ心を沈めれば対処できる。
明鏡止水よ。落ち着いて流れを読んで……間合いに入ったものだけを打ち落とす!)
散々叩き込まれた事を胸の内で反芻し、ギンガは移動する速度を緩めることなく、大きく息をついて肩の力を抜く。
心のさざなみを抑えるよう努め、今では確かに感じ取る事の出来る己の領域に気を張り巡らせる。
そして間もなく、その領域へ次々と誘導弾が侵犯を開始した。
そうしている間にも誘導弾が迫るが、ギンガの瞳に動揺はない。
一見するとゆったりとした動きで両腕が流れ、飛来する誘導弾その悉くを捌き、いなし、打ち落としていく。
(へぇ……)
もう何度目になるかわからないその光景を、なのはは改めて感嘆を宿した眼で見据える。
正直、ギンガがこの引き出しを持っていた事は驚いた。
しかも、よもやこれほどのレベルでものにしているとは……その完成度には、良い意味で期待を裏切られた。
そう。一見簡単そうに見えるが、これを為すのにどれほど高度な技術を要するかを、なのはは正しく理解している。だからこそ抱いた感嘆の念だ。
同時に、実はこっそり聞いていた新人4人の会話を思い返す。
(ギンガの動きの変化に気付いてくるあたり、さすがにティアナは目のつけどころがいい。
まだあの子たちには見えてないみたいだけど、今はギンガの制空圏がはっきり見える。
ギンガのレベルならできても不思議はないけど、独学かな? それとも……)
誰かから学んだか。別に、管理局内に制空圏の使い手がいないわけではないし、その可能性も充分あるだろう。
なのは自身、生来の優れた空間把握能力とたゆまぬ努力により、自身の間合い程度は正確に把握している。
制空圏の戦い方を身に付けるとなると話は別だが、どこからどこまでが自分の領域(制空圏)なのかを掌握する位は、優れた戦闘魔導師なら造作もない。
武術家にしても戦闘魔導師にしても、突き詰めればどちらも同じ「戦闘技術者」。
相互に共通する技術というのは、決して皆無ではない。
エースとして様々な戦場に立ち、教導官として数多くの人材を育成してきた彼女にはわかる。
ギンガが、かなり高いレベルでそれを修めている事が。
あるいは、一目でわからせるほどの「仕上がり」と言うべきか。
(まだまだ動きに無駄が多いけど、筋がいい。
新人たち同様、先が楽しみな素材だ。ねぇ、レイジングハート?)
《そうですね。昔のあなた達を思い出します》
(昔の私達…か。なら尚のこと、私の様にはさせたくないな。
そのために、私はここにいるんだから)
自分はなぜこの場にいるのか、その意味を再確認するなのは。
彼女も入局十年になる中堅だ。その間、様々な経験をして来た。
先達の務めの一つ、それは自身と同じ轍を踏ませないこと。
それをもう一度深く戒め、なのははギンガに視線を戻す。
すると、一先ず誘導弾への対処を終えたギンガは、残りが接近する前になのは目掛けて拳を突き出していた。
「リボルバー……シュート!!」
一声と共に、ナックルスピナーの回転により生じた衝撃波が飛ばされた。
ただし、なのはは特に慌てる事も動じる事もなく、近くの誘導弾を一つ操作してこれを相殺する。
だが、その際に生じた音と風により、一瞬ギンガの姿を見失う。
(なるほど、狙いは目くらまし。なら次は……)
間合いを詰めに来る筈。なのははいつでもシールドを展開できるよう準備すると共に、誘導弾の大半を引き戻し始める。
しかし、誘導弾が集まり切るより速く、ギンガは動き出していた。
「……靠撃!」
中国拳法の一手、靠撃(こうげき)。
肩や背面部で突進し、大勢の敵を押し払うときや鍵の掛かった扉をこじ開けるときなどに使われる技だ。
今回の場合、ギンガはかき集められた誘導弾を大勢の敵に見立て、同時に自身の前面にバリアを展開。
強引とも言える力技による接敵を図ったのだ。
さすがのなのはも、まさかここまでの直球で来るとは思わなかったのか、その顔に僅かな驚きの色が浮かぶ。
だが、それも一瞬の事。即座に誘導弾を操作し、ギンガ目掛けて十数発の光弾が殺到する。
されど、堅さと勢いを兼ね備えた突進を前に、その悉くが弾き飛ばされていく。
なのははシールドを展開してこれを受け止めるも、勢いに押されて僅かに後退する。
同時にシールドが押し込まれ、ギンガとなのはの距離がさらに詰まる。
そこで、右肩を前にする形で突進してきたギンガの動きが止まった。
しかしそれは、なのはのシールドに抑えられたからではない。
そも、徹底的に足腰を鍛え直されているギンガの突進を止めるのは、リミッター付きのなのはでも容易ではない。
故にこれは、次の一手へのつなぎ。
リボルバーナックルで魔力を高め、拳の全面に硬質のフィールドを生成。
同時に、ギンガはその場で震脚を効かせると、身体の捻転を利用し左拳を繰り出す。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
(巧い!)
充分に気迫と力の乗った一撃を、なのはは手放しで称賛する。
巧妙に身体を陰にすることで死角を作り、次なる一手をギリギリまで隠していたのだ。
しかも、使ったのはフィールドごと衝撃を撃ち込む打撃魔法「ナックルバンカー」。
本来は、対象の近接攻撃へのカウンター使用で、刃物等の鋭い攻撃を受け止める事ができ、受け止めると同時に対象の武器や攻撃部位にダメージを与えると言う代物。
瞬時の判断と攻撃が必要となる、難易度の高い技だ。
今回はそれを、シールド破壊のために使うつもりなのだろう。
充分に体重の乗った重い一撃と、その上に被さる硬質フィールド。
これなら、なのはのシールドさえも粉砕できるだろう。
(さっきと同じ堅さなら、ね)
元より、ギンガが何か企んでいる事は想定の内。
故に、このシールドの堅さは最初に使ったそれを大きく上回る。
そのため、ギンガ渾身の一撃ですら大きくヒビを入れるにとどまった。
だが、ヒビが入ったのは事実。
シールドの突破まであと少し。ならば、後は押し切ればいい。
「まだまだぁ!」
初撃は防がれた。だが、続いて振り抜かれた左の肘が追い打ちを掛ける。
さらに右肘の打ち下ろしへと続き、トドメの下から打ち上げた左肘がシールドを完全に粉砕した。
そこへ……
「へぁっ!!!」
上方から充分な勢いをつけた右の手刀が振り下ろされた。
『ティー・ソーク・トロン』から始まり、『ティー・ソーク・ボーン』『ティー・ソーク・ラーン』とムエタイの多彩な肘打ちを経て、最後にトドメの一撃へと繋げるのが、兼一が得意とするコンビネーションの一つ。
本来は最後に空手の「拳槌打ち」を放つのだが、今回の場合タイミングの関係から、重く強力な左が使えなかったため、右の「手刀」に切り替えた形だ。
とはいえ、これでようやく厚く硬い壁を突破した。
そして、ついにギンガの手刀がなのはを捉える……かと思われた。
「良い攻撃だね。でも、軽い右じゃ決定打にはならないよ」
まだなのはの手元に残っていた誘導弾の一つが、二人の間に割って入る。
左に比べて重さに欠ける右では、衝突と同時に誘導弾が炸裂すれば衝撃で手刀の軌道が逸れてしまう。
当然、生じた隙を逃す理由はない。
その隙をついて砲撃を放てば、直撃は確実。
それでこの模擬戦は終了となる。
なのははその未来に確信を持っていた。
だが、いざ手刀と誘導弾が接触する直前、なのはの背筋を何かが駆け抜ける。
咄嗟になのはがその場から半歩退くのと、ギンガが小さく呟くのは同時だった。
「劣化、相剥斬り」
手刀一閃。同時に、なのはの確信は裏切られた。
接触と同時に炸裂するよう設定していた筈の誘導弾が、真っ二つにされていたのである。
まるで、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように。
中国拳法に『硬功夫』と言う練功がある。
基礎の一環だが、肉体を鋼の如く鍛え上げるそれは、長ずれば完全な素手で瓶を切る事すら可能。
とはいえ、今のギンガの硬功夫などたかが知れている。
毎日砂袋を叩いているとはいえ、一朝一夕でその域に至れる訳ではない。
しかしそれも、魔力による強化を施せばその限りではない。
魔力で強化し、魔力を圧縮して放った一撃はかなりのもの。
それは、先の一撃が証明している。
だが、なのはが寸前に半歩下がっていた事で、折角の鋭利な一撃も空を斬ってしまった。
僅かな隙もなのはが相手では命取り。即座に防御体勢を取ろうとするが、そこで気付く。
何故かはわからないが、なのはの反応が鈍いことに。
(理由はわからないけど、これは好機! 畳みかけるなら今しかない!)
理由は不明だが、なのはの表情が驚愕に染まり、動きが鈍っている事は確かだ。
ギンガはこの機を逃すことなく、右の手刀を一閃、二閃、三閃。
次々に放たれる速さと鋭さを兼ね備えた連撃だが、その全てがレイジングハートの柄で阻まれる。
動きが鈍っているとはいえ、やはり一撃入れるのは容易くない。
むしろ、驚きを露わにしながらも的確に対処してくるあたり、さすがと言うべきだろう。
(でも、それなら!)
しかし、なにも硬功夫を積んだのは右だけではない。
その事を証明するように、強く握りこんだ左拳が重々しい音と共になのはのシールドを殴りつけ、その身体が僅かに浮き上がり、鉄壁の守りに隙が生じた。
その隙目掛けて、ギンガは右の貫手を放とうとする。
だがそこへ、横合いから新たな光弾が飛来した。
ギンガは即座に刺突を薙ぎ払いに切り替え、それを斬り落とす。
確かにギンガの右は軽い。故に、彼女の戦い方は最終的に左の大砲頼みになる面があり、単調なところがあった。
ギンガとてそれはわかってはいたし、右も鍛えてはいた。
しかし、どうやっても左ほどの重さは得られないと諦めていたのも事実。
だがそれも、別種の武器なら話は別だったのである。
そこで兼一はギンガの右腕の『重さ』ではなく『鋭さ』を磨き、鈍器ではなく刃物にした。
これにより、ギンガの闘いの幅は大きく広がった。
確かな手数の多さと鋭さを両立した右と、相変わらず一撃必倒の威力を宿す左。
今やその両方が本命であり、必要とあらば牽制や防御もする。
その上、左右のバランスが取れたことで左自体の威力も上がった。
ただ、それでもなおギンガはなのはを攻めきれずにいる。
未だ、驚愕から完全に復帰し切れていないにもかかわらず…だ。
(相剥斬りって………なんで?)
彼女はこの名に覚えがあった。昔、もう何年も会っていない家族の友人が使っていた技。
それをなぜ、彼とは無関係の筈がギンガが使うのか……なのはの疑問も当然だろう。
とはいえ、なのはとていつまでもそんな疑問に拘泥している程未熟ではない。
疑問は疑問のまま頭の隅に追いやり、今自らすべき事へと切り替える。
「せぁっ!」
鋭くも速い貫手が放たれるが、なのははそれをレイジングハートで払う。
続いて石突に相当する部位でギンガの胴を打ち、距離を取ろうとする。
しかしそこで、なのはの左腕が何かに引っ張られた。
「取った!」
払って逸らした筈の右の貫手が、なのはの袖を掴んでいたのである。
単純な筋力では幾らなのはでもギンガが相手では分が悪い。
ギンガは万力の如き力でなのはの袖を引き、続いて自分の腰を相手の腰の下に入れて浮かせたる。
そして、袖を引っ張り肩越しから投げる。柔道や柔術における「背負い投げ」の形だ。
(ギンガが、投げ!?)
なのはの視界が回転し、天地がひっくり返る。
打撃系専門とばかり思っていたギンガの予想外の反撃に、なのはの対処が一瞬遅れた。
とはいえ、それなりに高度を取っていたのが幸いと言うべきか。
地面との接触までには幾分かの余裕がある。
なのはは動じることなく制動を掛け、体勢を立て直す。
しかしそこへ、落下の勢いと渾身の力を乗せた拳が迫りくる。
「ぜりゃぁあぁぁぁぁっ!!」
タイミングとしては申し分なし。
なのはは体勢を立て直したばかりであり、対してギンガは狙い澄ましての一撃。
ここまでお膳立てが整えば……
「まさか、ただ投げられただけだと思ってた? いくよ、ストライク……」
(しまった!?)
そこに来てようやく気付いた、なのはの手元で輝く、桜色の光の塊の存在に。
狙いは近接砲撃。あまりにも勢いが付き過ぎて、今からでは何をするにも間に合わない。
「スマッシャー!!」
咄嗟に防御態勢を取り、同時にシールドを展開し衝撃に備える。
だが、シールドは迫りくる桜色の光の奔流を僅かに受け止めるも、間もなく瓦解。
濁流の如き勢いをそのままに、ギンガの身体を弾き飛ばす。
あまりの衝撃に木っ端の如く飛ばされながら、ギンガは地上へと落下していく。
このまま激突すれば、大怪我を負いかねない。
なのははそうなる前にギンガを支えようと、ホールディングネットを発動させようとする。
しかし、そうなる前にギンガは自力で体勢を立て直し、アスファルトの地面に着地。
肩で息をしながらも、その瞳には未だ戦意が煌々と灯っている。
直撃したにもかかわらず、あそこから復帰するギンガのタフさと体幹バランスはたいしたものだ。
おそらく、どちらも相当に鍛えてきているのだろう。
それに……
(まさか、ギンガが投げ技を使うとはね。こっちじゃまずお目にかからないのに。
しかも流れの組み立てもしっかりしてるし、ちょっと驚かされたかな)
口にこそ出さないが、なのはは心中でギンガの見せた戦い方に感心する。
投げは強力な技の一種だが、魔導師相手にはあまり効果が望めず、その為ミッドなどの次元世界では廃れ気味だ。
それを無理なく取り入れ、上手く活用している点は純粋に称賛する。
そして、だからこそこの手札を切る事を決めた。
「正直、用意はしてたけど使うつもりはなかったんだけどなぁ……」
ギンガから大きく距離を取りつつ、なのははその魔法を発動させる。
思いの外ギンガが粘ると言うのもある。が、これに対しどう対処するかの興味の方が強い。
後ではやてに「やり過ぎや!」と叱られそうな気もするが、今はこちらの方がなのはにとって重要だ。
「色々聞きたい事はあるけど…………今はこっちがさきだし、後でお話聞かせてもらうよ」
なのはが言葉を区切ると共に、周囲に散乱した瓦礫の周りに環状魔法陣が展開される。
それも、一つや二つではない。数えるのが馬鹿らしくなるほどの数だ。
というか、一体いつの間にこれほどの瓦礫が出来ていたのだろう。
主戦場は空中で、ほとんどビルの壁などは壊さなかった筈なのに……。
そこでギンガは理解する。なのはの「用意していた」というのは、この瓦礫の事。
彼女は闘っている間、密かに誘導弾でビルの壁を壊し、これらの瓦礫を準備していたのだ。
「でも、それをなにに……」
「AMF対策の一つ。魔力が消されるのなら、『発生した効果』の方をぶつければ良い。
例えば……小石とか?」
「あの~、どう見ても小石とかってサイズじゃないんですが……」
次々に天高く浮き上がって行く瓦礫の数々を見送って、ようやくなのはの狙いがわかった。
つまり、物質…この場合は瓦礫を加速させて、高速で打ち出そうと言うのだろう。
確かにこれなら、魔法の効果が切れても加速された物質の速度と重量で、大抵の障害は粉砕できる。
ただそうなると、当然ギンガに取れる対処法も限られてくる訳で……。
(とてもじゃないけど、迎撃したりできる様な代物じゃないわよね。
となると、あとは…………アレしかないか。まだ不安定で、あんまりあてにできないんだけど、背に腹は代えられない。それに、もしもやれる事をやりきらずに負けたなんて知れたら……)
危機的状況でありながら、その想像には思わず背筋に怖気が走る。
場違いと他者なら言うかもしれないが、彼女にとってはむしろそちらの方が死活問題。
なにしろ、あの師匠の事だ。
弟子が負けたと知れば、鍛え方が足りなかったと更なる無茶を課す姿が容易に想像できる。
唯でさえ一杯一杯なのに、これ以上激しくなったら体が持たない。
いや、さすがに今回は相手が相手だ。
負けたとしても仕方ない…あまり仕方なくはないのかもしれないが、それでも一応納得してくれる筈。
だが、出し惜しみをして負けたとなれば、その限りではないかもしれない。
だからこそ……
「いくよ、スターダスト…フォール!!」
(やるしかない!!!)
プライドとかそういうかっこいい物ではなく、純粋に明日の命の為に。
ならば、持てる全てを費やさねば。
一瞬、悲痛なまでの覚悟の表情を浮かべたギンガだったが、斟酌することなく無数の瓦礫が降り注いだ。
轟音と共に、濛々と立ち込める砂煙。
さすがにちょっとやり過ぎたかと心配になったなのはだが、その懸念はすぐに意味のないものとなる。
なぜなら、一陣の風と共に砂煙が吹き払われると、そこには…………無傷で立つギンガの姿があったからだ。
(すり……抜けた? ううん、いくらなんでもギンガにそんなスキルはない筈。
だとしたら、アレを全部避けきった? 一つも被弾しないどころか、打ち落としもせずに?)
ギンガの両腕はダラリと下げられ、防御や迎撃をした素振りは見受けられない。
つまりそれは、ギンガが降り注ぐ瓦礫の全てを余すことなく回避したと言う事になる。
不可能……とは言わない。言わないが、限りなく難しいと言わざるを得ないのも事実だ。
とそこで、なのはの中に一つの疑念が生じた。
その疑念を確かめるべく、なのはは再度自身の周囲にシューターを展開。
数はそれまでと同じ十六。ただし、その中身が異なる。
充分な魔力を与えられ、一つ一つに神経を張り巡らせるかのように意識を割いている。
故に、速度・精度友に先ほどまでの比ではない。
誘導弾に追われていた時のギンガでは、間違いなく対処しきれない筈だ。
しかし、もしかしたら今のギンガなら……それを確かめるべく、なのはは命令を降す。
「シュ――――――――――――ト!!」
瓦礫の雨に続いて迫りくるは、先ほどまでの比ではない速度で飛翔する光弾の数々。
だが、ギンガは大きく息をつき、迫りくる光弾ではなくなのはの目を見る。
そして、ユラリと僅かに身体が揺れた瞬間……確実にギンガを捉えていた筈の光弾が、まるで幻のようにすり抜けた。
(そうか! 完全に身切って、薄皮一枚の所で交わしてるんだ!)
言うは易し、やるは難し。複雑な軌道を描きつつ、あらゆる角度から高速で迫るなのはの誘導弾。
これらを完全に見切るなど早々できる事ではないし、その上薄皮一枚で避けるなど正気の沙汰ではない。
一手読み違えれば、あるいは僅かに動きが淀んでも一巻の終わり。
微かな隙を逃すことなく、無数の誘導弾が殺到してくる未来をありありと思い描ける筈だ。
だが、ギンガはそんな現実に怖気づく様子を微塵も見せない。
それどころか、縦横無尽に飛び回る光弾の群れの中を、ギンガは悠々とした歩調で歩んでいる。
(よかったぁ、上手くいった。いつも入れるとは限らないのよねぇ、これ…って、しまった!?)
上手く使えた事に安堵のため息をついた瞬間、技の掛りが浅くなり数発の光弾が掠めて行く。
ギンガは、兼一と出会った段階で既に緊奏のレベルにいた。
しかし、ギンガほどの才を持ってしても、僅か二ヶ月足らずで流水制空圏を会得することは叶わなかったのだ。
使えるのは精々第一段階「相手の流れに合わせる」までで、それも技の掛りは浅い。
その上、ほんの少しの感情の高ぶりや揺れでその状態は容易く崩れ、そもそも確実に使えるとも限らない。
全く以って、実に不安定でまだまだ修行の必要な技なのだ。
そんな、さながら鼓動の様に揺れる不安定な流水制空圏を、ギンガは辛うじて維持している。
時折浅くなり、いくつか光弾がかすめて行くが、なんとか最小限の被害にとどめる。
(聞きたい事が、また一つ増えちゃったな……)
ここに来て、なのはの疑念は確信に変わった。
名前は思い出せない。だが、彼女は確かにあの技を知っている。
兄や父から静の者特有の技の存在は聞かされたことがあった。
なによりこの技の祖、あるいは伝授された人物に彼女は会っている。
だからこそわかる。あれは、とても独力で修得できるようなものではない。
少なくとも、今のギンガが自力で開発し習得することなど不可能だ。
ならば、誰かに教えを乞わねばならない。
とはいえ、ギンガとこれを教えられる者との間に、本来接点などある筈がないのだが……。
しかし、間違いない。どういった縁があったかは分からないが、ギンガは彼ら…あるいはその一人にこの技を教わったのだ。そうでなければ、つじつまが合わない。
そして同じ頃、そんな姉の勇士を見て、スバルのテンションは最高潮に達していた。
「スゴイスゴイ!! ねぇ、すごいよねティア~!!」
「………………………」
天井知らずに大喜びする相棒を余所に、ティアナはモニターに移る光景に唖然とする。
いったい、何をどうすればあそこまで見事な体捌きができるのか。
知らず知らずのうちに拳は堅く握られ、悔しそうに口が堅く閉ざされる。
少なくとも、今のティアナには同じ様なマネは絶対にできない。
ギンガが自身より格上である事は承知していたが、それでも悔しさは紛れなかった。
「どうやったら、こんな……」
「「…………」」
エリオとキャロの年少組も、モニターに映し出される光景を信じ難い面持ちで見入っていた。
その間にも、ギンガは徐々になのはとの間合いを詰めて行く。
故に、なのはは更に状況の難易度を上げに掛かる。
操る誘導弾の回転を上げ、容赦なくギンガ目掛けて飛ばす。
しかし、ギンガはそれでも動じない。それどころか、瞳には僅かな揺らぎもない。
ただ無心で、さながら激流の中に沈む岩の如く、迫りくる全てを受け流す。
だが……
(やっぱり、まだ完全じゃないみたいだね)
徐々にだが、それまで無表情だったギンガの顔に、焦りの色が浮かび始めている。
彼女も気付いたのだろう。少しずつ、けれども着実に袋小路へと誘導されている事に。
あるいはそれは、単に読み合いにおいてなのはに一日の長があると言うだけかもしれない。
それでも、このまま手を拱いていれば結果は当然の帰結へと行きついて終わりだ。
ならば後は、被弾覚悟の強行突破に出るより他はない。
覚悟を決めたギンガは、自身の前面にシールドを張り、光弾飛び交う渦中を突っ切って行く。
回転が上がっている分、被弾する数は一発や二発では収まらない。
次々と身体を重い衝撃が叩き、その度にギンガの身体が揺れる。
それでも、ギンガは歯を食いしばってそれに耐え、ついに光弾の渦を突破した。
後はもう、目と鼻の先にいるなのはに向かって拳を叩きこむだけ。
(左拳、入る!)
(まだまだ)
なのだが、当然それを予想していないなのはではない。
なのはの眼と鼻の先にまでギンガの拳が迫ったその瞬間、展開されたシールドによって拳が止まった。
と同時に、シールドから桜色に輝く鎖状のバインドが伸びてくる。
「これは……捕縛盾(バインディングシールド)!?」
「まぁ、当然そう来るだろうと思ってたからね。
惜しかったけど、ここでチェックメイトだよ」
腕から身体へと蛇のように伸びたチェーンバインドが、ギンガの身体を締め上げる。
先ほどのように引きちぎろうとするが、今度はびくともしない。
「それなりに本気で準備しておいたからね、簡単には壊れないよ。
ディバイ―――――――――ン……」
レイジングハートの先端に、先の近接砲撃の比ではない輝きが生じる。
『エースオブエース』高町なのはの十八番。
砲撃魔導師としての彼女の代名詞とも言うべき魔法が、今ギンガに向けて放たれる。
「バスタ――――――――――!!!」
桜色の光で視界が塗りつぶされ、瞬く間の内に呑み込まれていく。
その時ギンガの脳裏をよぎったのは、この二ヶ月の地獄の日々。
ある時は天高く蹴りあげられ、またある時は遥か後方まで殴り飛ばされ、またある時は地面に深々と投げ落とされた。一体何度死ぬかと思った事か、数える気にもならないし、そもそも思い出したくもない。
しかし、とりあえずあれに比べれば……
(うん、こっちの方がまだマシ…かな?)
桜色の光の奔流に押し流され、消えかけた意識が浮上する。
あの地獄に比べれば、こんなのはまだ優しい部類だ。
意識が光に呑まれて途絶えるなんて、なんと穏やか事だろう。
そう思うと、知らず知らずのうちに四肢に残された力が微かに脈打つ。
まだ動ける、まだ闘える、まだできる事があると、全身が訴えている。
幸か不幸か、限界の先に行く事に慣れ始めつつある体が、ここで倒れる事を良しとしない。
砲撃によってか、あるいは役目を終えたからか、身体を拘束していたバインドは既になかった。
故に、ギンガは最後の力を振り絞って地面を蹴る。
「だぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!」
桜色の光が消え、代わりに視界になのはの姿を捉えた。
もうほとんど力の残っていない左腕を引き絞り、勢いに任せて振り抜く。
とはいえ、その一撃あまりにも弱々しい。
大砲の如きそれは見る影もない。
当然、シールドを張るまでもなくあっさりと防がれてしまった。
だがそれでいい。これが当然の帰結。
元より狙いは…………左拳ではないのだから。
「え?」
「やっと…届いた」
左拳にコンマ一秒遅れて伸びて来た右拳が、弱々しくも確かになのはの肩を打った。
空手には、現代スポーツへと変貌する際に失伝した多くの口伝がある。
そのうちの一つが、「夫婦手(めおとで)」。両の手をつかず離れず同時に動かす身体運用法。
前の手は攻撃もすれば防御もし、敵の手を受け流し突き込む。さらに後の手も攻撃もすれば防御もする。つまり万が一の保険であり、敵にとっては思わぬ伏兵となる手法。
それが今、ようやくなのはを捉えたのだ。
たかが一撃、されど一撃。
ギンガに取ってみれば、何度も「届かない」と思った拳がついに届いたのだ。
満足のいく結果かどうかは本人のみぞ知る事だが、一矢報いた事には満足したのだろう。
それを示す様に、ギンガの身体からは力が抜け崩れ落ちる。
なのはは慌ててそれを抱きとめると、小さく呟いた。
「はぁ……一撃、もらっちゃったかぁ」
最後の方は多少本気になったが、全体でみれば終始なのはの横綱相撲と言える内容だった。
しかし、当人からしてみればまた抱く感想が異なってくる。
「これは、私もうかうかしてられないかなぁ」
ギンガの奮戦は、なのはの予想を大きく上回るものだった。
まさかここまで粘り、あまつさえ一撃入れられるとは思っていなかったというのが本音だ。
ましてや、ギンガが見せたいくつかの技。アレらに関しては、予想外にも程がある。
一体どこで、どんな奇縁があったのか知らないが、なのはは彼らの関与を確信していた。
「ちょっと休んだら、色々お話聞かせてもらうからね。
でも、まずは……お疲れ様」
抱きかかえたギンガの背を軽く叩きつつ、なのははギンガを労う。
と同時に、これから直面するかもしれない頭が痛くなる様な現実に、苦笑を浮かべるのであった。