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No.25730の一覧
[0] 【完結・改訂完了】リリカルなのはSts異伝~子連れ武人活人劇~(×史上最強の弟子ケンイチ)[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[1] BATTLE 0「翼は散りて」[やみなべ](2013/07/16 00:16)
[2] BATTLE 1「陸士108部隊」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[3] BATTLE 2「新たな家族」[やみなべ](2013/07/16 00:17)
[4] BATTLE 3「昼の顔、夜の顔」[やみなべ](2013/07/16 00:18)
[5] BATTLE 4「星を継ぐ者達」 [やみなべ](2013/07/16 00:18)
[6] BATTLE 5「不協和音」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[7] BATTLE 6「雛鳥の想い」 [やみなべ](2013/07/16 00:19)
[8] BATTLE 7「一人多国籍軍、起つ」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[9] BATTLE 8「断崖への一歩」[やみなべ](2013/07/16 00:20)
[10] BATTLE 9「地獄巡り 入門編」[やみなべ](2013/07/16 00:21)
[11] BATTLE 10「古巣への帰還」 [やみなべ](2013/07/16 00:21)
[12] BATTLE 11「旅立ち」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[13] BATTLE 12「地獄巡り 内弟子編」[やみなべ](2013/07/16 00:22)
[14] BATTLE 13「誕生 史上最強の○○」[やみなべ](2013/07/16 00:24)
[15] BATTLE 14「機動六課」[やみなべ](2013/07/16 00:25)
[16] BATTLE 15「エースの疑念」[やみなべ](2013/07/16 00:26)
[17] BATTLE 16「5年越しの再会」[やみなべ](2013/07/16 20:55)
[18] BATTLE 17「それぞれの事情」[やみなべ](2013/07/16 00:27)
[19] BATTLE 18「勢揃い」[やみなべ](2013/07/16 20:54)
[20] BATTLE 19「守護の拳」[やみなべ](2013/07/16 00:28)
[21] BATTLE 20「機動六課の穏やかな一日」[やみなべ](2013/07/16 00:29)
[22] BATTLE 21「初陣」[やみなべ](2013/07/16 20:53)
[23] BATTLE 22「エンブレム」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[24] BATTLE 23「武の世界」[やみなべ](2013/07/16 20:52)
[25] BATTLE 24「帰郷」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[26] BATTLE 25「前夜」[やみなべ](2013/07/16 00:34)
[27] BATTLE 26「天賦と凡庸」[やみなべ](2013/07/16 20:51)
[28] BATTLE 27「友」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[29] BATTLE 28「無拍子」[やみなべ](2013/07/16 00:38)
[30] BATTLE 29「悪魔、降臨す」[やみなべ](2013/07/17 21:15)
[31] BATTLE 30「羽化の時」[やみなべ](2013/07/16 00:39)
[32] BATTLE 31「嵐の後で」[やみなべ](2013/07/16 00:40)
[33] BATTLE 32「地獄巡り~道連れ編~」[やみなべ](2013/07/16 00:41)
[34] BATTLE 33「迷い子」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[35] BATTLE 34「I・S」[やみなべ](2013/07/16 20:50)
[36] リクエスト企画パート1「vivid編 第一話(予定)」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[37] BATTLE 35「ファースト・コンタクト」[やみなべ](2013/07/16 00:43)
[38] BATTLE 36「お子様散策記」[やみなべ](2013/07/16 00:44)
[39] BATTLE 37「強い奴らに会いに行け!」[やみなべ](2013/08/01 03:45)
[40] BATTLE 38「祭囃子」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[41] BATTLE 39「機動六課防衛戦」[やみなべ](2013/07/16 00:45)
[42] BATTLE 40「羽撃く翼」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[43] BATTLE 41「地獄巡り~組手編~」[やみなべ](2013/07/16 00:46)
[44] BATTLE 42「闘いの流儀」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[45] BATTLE 43「無限の欲望」[やみなべ](2013/07/16 00:47)
[46] BATTLE 44「奥の手」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[47] BATTLE 45「絆」[やみなべ](2013/07/16 00:48)
[48] BATTLE 46「受け継がれた拳」[やみなべ](2013/07/16 00:49)
[49] BATTLE 47「武人」[やみなべ](2013/07/16 20:49)
[50] BATTLE FINAL「それぞれの道へ」[やみなべ](2013/07/16 00:50)
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[25730] BATTLE 10「古巣への帰還」
Name: やみなべ◆d3754cce ID:1963cf14 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/16 00:21

光陰矢の如し、時が経つのは早いという喩である。
一週間という時間は過ごすには短く、本気で一つの物事に取り組むとなればさらに短い。
ましてやそれが、割と命懸けだったりすると尚の事。

「あ、熱っ! 熱いですよ兼一さん!? ちょっと火を弱めて――――――――!!!」
「あれ? 火加減を間違ったかな?」
「そんな悠長なこと言ってないで早く―――――――!!」

現在進行形で火炙りにされているギンガの叫びに、兼一は呑気に首をかしげる。
普通火炙りにされるという状況その物がありえない。それも、武術の修業でそんな事をするなど……。
だが、現実としてギンガは木製の鉄棒の中心に脚を括られ、その直下で兼一が火を焚いている。
常識的に見れば明らかな拷問なのだが、これもまた、兼一がかつて通った道なのだ。

「前々から言おうと思ってましたけど……こんなの殺人未遂じゃないですか!?」
「まったく、人聞きの悪い事を言わないでよ…………と言いたいところだけど、それは同感かなぁ」
「だったら!?」
「でも、修業って言うのはそういうものだよ?」
(だ、ダメだこりゃ……)

どこか黄昏た様子で微笑む兼一を見て、ギンガの胸の内を色濃い諦観が埋め尽くす。
とはいえ、それでもギンガの動きは一瞬たりとも止まらない。
当然だ、この修業…その名も『スルメ踊り(名前を付ければ良いというものではない)』は腹が火傷をする前に背を向け、背が火傷を負う前に腹向けることで腹筋と背筋を鍛える修行法。それも、本人の意思とは無関係に。
なにしろ、文字通り火で焼かれるような熱さが背と腹を襲うのだ。
そんな事になれば、誰だって死にもの狂いで限界以上に腹筋と背筋を酷使するだろう。
この修業を考えた人物は、間違いなく真正のドSである。
ついでに、そんなギンガと同時進行でもう一つの絶叫が蒼天に響く。

「うあ―――――――――――――!? もうダメだ――――――――!!」
「こらこら、舌を噛むから基礎トレ中は叫ぶものじゃないよ、翔」

息子の絶叫を軽く流しながら、珍妙な機械の中で走る息子に声をかける兼一。
その形態はネズミが運動不足解消に転がすアレその物。
商品名(笑)を「発電鼠(はつでんちゅう)改 マグナボルト」というのだが、これまた兼一がかつてお世話になった修業道具である。ゲンヤに無理を言って、「電気代節約になるから」と作ってもらったのだ。
うん、とりあえず翔やギンガにとっては笑い事ではない。

「これまで散々お世話になったんだから、せめて少しくらいは恩返しをしたいじゃないか」
「そ、それは僕も思うけど……!?」
「うん、いい心がけだね。御褒美にもう十分追加しよう」

息子の言葉に感動したかのように涙を拭いながら、兼一は発電鼠に備え付けられたタイマーを回す。
翔としては今すぐにでも逃げ出したいところなのだが、この修業道具、決して逃げられないようにフタが閉まる仕組みなのだ。これの名称が「改」な訳がここにある。
まあ、翔としてはそれどころではないわけで……。

「変な事言うんじゃなかった――――――!?」

『口は災いのもと』とは言うが、それにしてもあんまりである。
そして、隊舎の中庭で繰り広げられるそんな地獄絵図を眺めていたゲンヤは一言。

「いや、そりゃもう褒美じゃなくて罰ゲームだろ」

と、心底呆れかえった様子でツッコミを入れていた。
ただし、当の本人は4階にある部隊長室窓から階下を眺めている状態なので、誰の耳にも届いていない。
かと思いきや、兼一の耳にはしっかりはっきり届いていたりする。

「イヤだなぁ、ゲンヤさん。これは子の成長を願う親心ですよ」
「スパルタが裸足で逃げ出すような親心だな、オイ」

もういい加減兼一の非常識さには慣れたらしく、先の呟きを聞かれていたことには特に驚かない。
その程度の事に驚いていては、この男と付き合っていられないと達観しているのだ。

とはいえ、彼としてもできれば隊舎の中庭でこんな内外にとって傍迷惑な特訓は勘弁してもらいたい。
何しろここのところ、近隣住民から悲鳴と断末魔が聞こえるとして苦情が後を絶たないのだ。
それどころか、隊舎内で拷問でもしているのではないかと噂される始末。
あながち否定しきれないだけに、ゲンヤとしても大いに対処に困って胃の痛い思いをしている真っ最中。
だが、それももう直終わりとなると一抹の寂しさが……。

(いや、そんなもんは欠片もねぇけどな。正直、これっきりと思うと小躍りしてぇところだし)

まあ、それだけ大変だったということである。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…ひたすらに周辺住民に頭を下げたのは、今後永遠に残るであろうゲンヤの悪夢だった。

ところで、この地獄絵図に対して他の隊員たちはどうしているのか。
仮にも同僚であり、影で親衛隊があったりなかったりするギンガがこんな眼にあっているというのに。
その上、割とマスコット的存在になりつつある翔まで、だ。
誰か一人くらい助けに入ってもよさそうなものである。だというのに……。

「漢泣きしながら敬礼してないで助けてくださいよ!!!」
「磨り減る――――! 僕たちの中で何かが擦り減る―――――――――!!」
『いやだって、俺達まで巻き込まれたくないし』

早い話が、物の見事に見捨てられているわけだ。
当初こそ助けに入ろうとした者もいたが、そんな物は連日続く常軌を逸した特訓に慄いて途絶えてしまった。
当然、ギンガの様に兼一に教えを乞おうとする強者がいる筈もなく。
その結果、この地獄絵図はとりあえず黙認する方向でまとまってしまっているのだ。

「「薄情者――――――――――!!」」



BATTLE 10「古巣への帰還」



最早日課と化した地獄の修業。
とはいえ、幼い翔と職を持つギンガを一日中鍛えるのはさすがに無理がある。
兼一も学生時代は学業と修業を両立していた物だ。

そんなわけで、基本的に修業は朝と昼、そして夕方から夜にかけてに限定される。
まあ、そんな生活もいよいよ終わりを迎えようとしているわけだが。

「お呼びですか、ゲンヤさん」
「来たか、開いてるから入んな」
「失礼します」

昼の休憩時間を利用しての修業を終え、仕事に復帰してすぐにゲンヤに呼び出された兼一。
実を言うと、兼一自身その要件にはおおよその予想が出来ていた。
しかし、さすがにいきなり本題に入る事はないらしく。二・三の雑談の後に、ギンガの事に話が向かう。

「それで、実際のところどうなんだ?」
「どう、というと?」
「毎日アレだけ絞ってんだ、成果の方はどうなのかと思ってよ」
「そうですね……並みの相手なら楽にあしらえるくらいにはなったでしょう。
 相手の陣地を占領する戦い方、相手の動きの流れの読み方は一通り仕込みましたから」

元々ギンガは筋もよく、一歩を踏みこむ勇気もある。
土台を固め直し、ほんの僅かに後押しするだけで見る間に兼一の教えを吸収していった。
緊湊へと至った武術家の戦いは、殴り合いというよりも陣取り合戦や詰将棋に近くなる。
ギンガはその戦い方を、この短期間のうちに完全ではないにしろ身につけて行った。
まあ、兼一としてはもう少し教えてやりたい事があるのだが……。

「ただ、流水制空圏はまだ無理にしても、出来れば観の眼をもっと磨いておきたいところですね」
「観の眼?」
「高度な戦いで重要になる見方で、部分ではなく全体を見渡すことです。
 人間が見る事の出来る最大範囲を視野角というんですが、普段はその中心の一部分しか意識していません。
 その意識していない外側を見て、相手を塊として捉えるのが観の目なんです。
 これを磨く事で、相手の攻撃の気配を感じ取って予知することができるようになります」
「もしかしてよ、アンチェイン・ナックルが使いにくいとか言ってたのは……」
「ええ、よく観の眼を磨いた武術家なら予知は難しくないでしょう」

何しろ、アンチェイン・ナックルはモーションの大きな技である。
脚先から下半身、下半身から上半身へとつながる一連の動きは、優れた武術家なら予知は容易い。
予知してしまえば拳を振り抜く前に潰す事も、射程や有効範囲から逃れる事も出来る。
それ故に、魔法を併用せずに使うアンチェイン・ナックルは使いどころが難しいのだ。

「でも、もしあと半年…いえ、三ヶ月だけでも教えることができれば……」
「どうするってんだ?」
「高度な戦いが先読みの仕合である以上、読まれない攻撃、読めても対処できない技が開発されるのは必然だと思いませんか?」
「なるほどなぁ…当然お前さんにも、そういう技があると」
「ええ。例えば、超近接状態からの技であったり、限りなくノーモーションに近い状態からの技だったり、まぁ色々ありますよ。もう少し時間があれば、とっておきを教えてあげられたんですけどね」
(こいつのとっておきかよ、どんな技なのやら……ん?)

兼一のとっておき、そう聞いて興味があるやら空恐ろしいやらで苦笑いを浮かべるゲンヤ。
下手をすると、受けたら跡形も残らずに消滅してしまうような気すらしてしまう。
さすがにそんな事はない……と思う。長老なら一般人を蒸発させるくらいできそうだが。
とはいえ、アレがまさに必殺の突きである事は紛れもない事実。
緊湊以前の武術家が放っても、一般人が受ければ本当に命にかかわりかねない突きなのだから。
だが同時に、ふとある疑問が胸の内で湧いた。

「なぁ、そいつを今教えるわけにはいかねぇのか?」
「あ~、教える事自体は出来ますけど、まだギンガちゃんには早いですね」
「使いこなせねぇって事か?」
「それもありますね。基本的にあの手は高度な技なので、相応の実力がないと……」

まぁ、当然と言えば当然の話だ。
基本的には、簡単な技から始まり徐々に高度な技を習得していくのが自然な流れ。
いきなり力量に見合わない高度な技を授けられても、当然それを使いこなすことなどできはしない。
しかし、兼一のとっておきの場合それだけが理由というわけでもなかったりする。

「だけど、今考えてた技はちょっと特殊でして……」
「特殊?」
「ええ。アレは空手・中国拳法・ムエタイ・柔術の全身運動の要訣の上に成り立った技なものですから。
四種の武術の基本を着実におさえて初めて使えるので、今のギンガちゃんだと教えても使えませんよ」

無理もない話だが、ギンガが兼一の下で修行するようになってまだ一週間程度。
その程度でそれら四種の武術の要訣を完全に身につけるなど不可能だ。
兼一独自の技であるそれを会得するには、当時の彼と同じだけの基礎力を要する。
だが、もし習得することができれば、密着状態からノーモーションで最大パワー・スピードでの突きを放つことができるようになるだろう。それは、ギンガの今後を考えれば強力な武器となる事は明らか。
兼一としても、出来れば初めての教え子であるギンガにそれを教えてやりたいのは山々だ。

しかし、それが叶わない事も承知している。
何しろ、今日で兼一がギンガの修業を付けるようになってちょうど一週間なのだから。

「そうかい、やっぱ一週間はみじけぇわな」
「ですね」
「とはいえ、お前さんもこれ以上残るわけにはいかねぇしな」
「はい。せめて家族や友人達に無事くらいは知らせたいですし、向こうでの仕事もありますから」
「それが終わったらいつでも来い、と言いてぇ所だがそれも難しいしな。
 基本的に管理外世界の人間はこっちにこれねぇし、俺らも相応の理由もなしにそっちには行けねぇ。
 例えば、そっち出身でこっちで働いてたり、あるいはそっちに親戚でもいるんなら話は別だがよ」

中には、ほとんどそちらの世界と接点がないにもかかわらず管理外世界に住んでいる管理局員もいるにはいる。
だが、そんな物は本当に例外中の例外だ。
その人物達が海所属の次元航行艦の乗組員で、管理外世界に行くことが多いからできた事でもある。
陸に所属し、職務上管理外世界に行くことなどほとんどないギンガは気軽にでむくことはできないのだから。

「まあ、例外がないわけじゃねぇがな。例えば、こっちに移住して職を持つとかよ」
「魅力的なお話なんですけどね……」

ゲンヤの言葉に、兼一は苦笑を浮かべて言葉を濁す。
魅力的と感じているのは間違いなく本心だ。翔はやはりギンガといる事を喜んでいるし、兼一自身ギンガを指導する日々に充実感を覚えている。
故に、ミッドチルダに移住してしまうのも一つの未来だろう。

しかし、地球もまた兼一にとって多くの大切なものがある。
思い出深き故郷であり、師や家族・多くの友人が住まう世界。
なにより、今は亡き最愛の妻が眠る土地。一時的に離れるだけならともかく、長く離れるとなるとなれば……。

「ま、気持ちは分かるつもりだからな。無理は言わねぇよ」
「すみません、御恩にほとんど報いる事も出来ず……」
「そっちは気にすんな。短かったが、中々に騒がしくて楽しめた。礼を言いたいのはこっちの方なんだからよ」

頭を下げる兼一に、ゲンヤは笑ってその必要はないと言う。
実際、白浜親子が来てからの日々はゲンヤにとっても善き時間だった。
これで終わってしまうのかと思えば、深い寂寥が胸に去来する程度には。
まあ、ギンガの修行が始まってからは少々胃の痛い思いもしたが、それも一種のスパイスと考えれば悪くなかった………………と思う。

「ほれ、向こう行きの書類だ。明日、こいつを持って本局に行きゃ帰れる。
 念の為、ギンガも一緒に行かせるから道に迷う事もねぇだろ」
「すみません、何から何までお世話になって……」
「そう思うんなら、今夜は最後まで付き合え。朝まで飲み明かそうや」
「あ、あはは……お手柔らかにお願いします」

こうして、ミッドチルダでの最期の一日は過ぎて行く。
この世界に来て得た物、明日には失うことになるであろう物への悲しみを紛らわすため、兼一もまた普段以上に酒を飲んだ事は言うまでもない。



  *  *  *  *  *



そして、明くる日。
これまで世話になった108の面々への挨拶を済ませた白浜親子は、ギンガと共に本局のポートへと向かった。
一応身元引受人の役目ということで、ギンガは兼一達がしっかりと家に帰るまでに見送ることになっている。
本来はゲンヤの役目なのだが、管理職である彼はあまり隊を離れるわけにはいかない。
という名目を使い、ギンガを送り出したのだった。
しかし、当のギンガは現在進行形で二人の付き添いをした事を若干後悔していたりする。

「あの、二人とも。できれば、その…あまり物珍しそうにしないでもらえると……」
「「おぉ~~」」
(は、恥ずかしい……)

ギンガの声など右から左。
全く聞こえた様子もなく、御上りさんよろしくSFな本局をキョロキョロと歩く白浜親子。
周囲からはヒソヒソと何かを囁き合う声が聞こえたり、あるいはクスクスと小さく笑う声が耳に届く。
兼一や翔はそれどころではない様子なので気付いていないが、ギンガとしてはとにかく恥ずかしくてたまらない。
だが、そんなギンガの羞恥を余所に、二人は田舎者丸出しではしゃぎまくる。

「父様! あそこになんかすっごい長いエレベーターが!!」
「それより上を見てみなよ、翔! ここ、十階近くぶちぬきの吹き抜けになってるよ!
 いやぁ、やることが派手だなぁ……」
「すご~い、窓の外に宇宙船がいっぱ~い」
「いやいや、むしろ宇宙とも違うこの景色がすごいね」
(仕方がない、仕方がない事はわかってるの。でも! もうちょっと落ち着いてください、特に兼一さん! あなた仮にも静の武術家でしょうが!!
 まさか、これも修行? この羞恥に耐えるのも修行なの!? ……………………って、そんなわけないじゃない!! むしろ、修業だったらどれだけよかったことか……)

修業を通り越して苦行に近い今の状況に、どこか悟りを開いたみたいに虚ろな表情を浮かべるギンガ。
ギンガとしては、ただただ一刻も早くこの羞恥プレイから解放される事を願うのみ。
しかし無情にも、手続きやらなんやらが遅れたことで、この筆舌に尽くしがたい羞恥プレイは軽く後一時間続くのだった。南無参。



そうして、やっとこさポートを通って三人は目的地である地球は日本に降り立つ。
その際、無意味この上ない苦行から解放されたギンガの表情は、最早言葉にできるものではなかった。
あえて言葉にするのなら、まるで「天国の門」でも開いたかの様な晴れやかさだったと言ったところか。
だが、結局最後までそんなギンガの様子に気付かなかった白浜親子は、思いの外あっさりした次元間転移に拍子抜けした様子を露わにする。

「何と言うか、こう……ありがたみがないね」
「うん。景色が線みたいになったり、いろんな色がチカチカすると思ってたのに……」
「二人とも、テレビとか小説の見過ぎです!」
「「え~~~」」

二人の色々とアレな文句に、ギンガは頭痛を押さえる様にしながらツッコミを入れる。
しかし、二人から帰ってきたのは実に子どもっぽい不平不満。
翔はまだしも、兼一までそれなことにギンガは心底頭が痛くなってきた。

「だって姉さま、世界から世界へ移動するって言ったらもっとこう……」
「そうそう。今まで感じた事もない感覚に襲われて、いっそ生まれ変わった様な感覚になるものじゃないの?」
(こ、この人たちは~~~~~~~~~~~)

その場にうずくまりたくなる衝動を抑え、深く深くため息をつくギンガ。
その後ろ姿からは、仕事に疲れたお父さんにも哀愁が漂っている。

「もういいです、ご期待に添えないで済みませんでした! ですから、早く行きましょう。
 兼一さん達のお宅は、ここからまだあるんでしたっけ?」
「そうだね、ここが海鳴なら電車で少し行ったところかな」

ギンガの問いに、兼一も気を取り直した様子で答える。今三人がいるのは、湖畔のコテージと思われる場所。
海鳴にはいくつかの転送ポートが設置されているが、これはその内の一つだ。
ここから駅に出て、その上で兼一達の家の最寄り駅に出ることになる。

まだ昼前ではあるが、やはりあまりのんびりしているわけにはいかない。
今まで一月半に渡って行方不明だったのだ、大事件に発展していても不思議ではないのだ。
その辺は地球在住の元管理局員やら現役管理局員が骨を折ってくれたそうだが、それでも帰るなら早めにした方がいい事に変わりはない。

とは言え、ギンガとしても初めての地球には中々興味を引かれるらしい。
今まで来た事がないとはいえ、それでも父方の故郷。魔法文明はないが、文化レベルはそこそこと聞いている。
だが、思っていたよりもミッドと変わらないと言うのが彼女の受けた印象だった。

「でも、海があって山があって、街にはビルや車が数えられない程。
 こうして見ると、ミッドの郊外と差なんてないですよね。月の数が違う位でしょうか?」
「ああ、それは僕も思った。まあ、だからこそ僕達もそんなに混乱しないで向こうに馴染めたんだろうけど」

実際問題として、まるで風景やらなんやらが違ったなら、兼一としてもそのギャップにもっと戸惑っただろう。
しかし幸いなことに、ミッドの郊外と日本の街並みにそう大きな差はなかった。
ギンガの言う通り、空に浮かぶ月が一つなのか二つなのか、その程度の違いくらいしかない。
深く良く見ればもっと違いはあるのだろうが、それでも一見した表面的な情報としてはそんな物。
おかげで、思いの外混乱することもなく、少し離れた地に来た位の感覚で済ませられたのだ。

「というか、月の事がないと普通に街を歩いている限りは別の世界って気がしないんだよねぇ」
「うん。あの機械のおかげでお話もできたし」
(そっか。そう言えば、普段はそう魔法に触れる事もないし、考えてみればそうなのよね)

二人の話を聞き、ギンガはようやく納得した。
二人が次元間転移に何かを求めたのは、自分達が確かに別の世界に行っていた実感を欲してなのだ。
中心街にでも行かなければ技術力の差をそれほど感じることもないし、他の面も似たようなもの。
精々電話をしても繋がらない位。これでは実感がわき難いのも当然だった。
まあ、そうと理解してもあの恥ずかしい反応や頭の痛くなる期待は勘弁してほしいのだが。

「さ、それじゃそろそろ行こうか。
早く父さんたちにも無事を知らせてあげたいしね」
「うん♪」

兼一が声をかけると、翔は満面の笑顔でそれに答える。
一ヶ月半に及ぶ異世界での時間は新鮮で楽しく、充実した時間だった。
だがそれでも、物心ついた時から一緒に生活していた祖父母と会えない寂しさは確かにある。
その点でいえば、翔の反応は至極当然のものだろう。

ただ、その笑顔にギンガは言葉にできない寂しさを覚える。
今まであまり実感の湧かなかった二人との別れが近い事を、ここにきて強く実感しているのだろう。

まあ、兼一としては本音を言うと折角海鳴に来たのだから、昔の知り合いに挨拶もしたい。
しかし、やはり順序として家族や師達に安否を伝える方が先だろうとも思い、今回は断念する。
とそこで、唐突に兼一はギンガにも顔を向ける。

「それに師匠達にも、ね。ギンガちゃんの事を紹介したいし」
「え? わ、私ですか?」
「当たり前だよ。短い間とはいえ、それでもギンガちゃんは僕の初めての弟子だからね。
 やっぱり、ちゃんと紹介したいじゃないか」
「えっと、その…恐縮です」
「ははは、そんなに固くならないで。ちょっと…………とても変わってるけど、気のいい人たちだから」
「そこ、言い直す意味あったんですか?」

ギンガのツッコミに、兼一はただただ笑って誤魔化す。
だが、ギンガもまたその顔は笑っている。『初めての弟子』厳密に言えば時を同じくして教えを受けた翔もその筈なのだが、兼一は敢えてそこでギンガを名指しした。
兼一にそう言ってもらえたことが、ギンガもまた嬉しかったのだろう。

尊敬し慕う武人に弟子と認めてもらえた、それが堪らなく嬉しい。
辛く苦しい修業だった。当たり前の様に後悔もしたが、それでも決して間違っていたとは思わない。
途轍もなく過激ではあるが、兼一がギンガや翔の事を心から思っている事を感じ取っていたのだろう。

しかし、二人の間に芽生えつつあるそんな師弟愛も、帰路の途中でさしかかった兼一の職場を前にしたところで雲散霧消することとなる。
何しろ、そこで彼らが目にしたのは、あまりにも予想外の現実だったのだから。

「え? 父さん? うちの会社の親会社がどうかしたの?」
「兼一さん、しっかりしてください! 『父さん』じゃなくて『倒産』です!」

実家の最寄駅に降り立ち、アーケードを通る中で自身が務める園芸店の前を通りがかった兼一達一同。
そこで目にしたのは、シャッターが下り、一枚の張り紙がなされた店舗。
そこには書かれていた内容を要約すると、『大量の負債を抱えて会社が倒産したので閉店します。ご愛顧ありがとうございました』というものだった。一店舗としては繁盛していたが、所詮はチェーン店。元締めである会社が潰れてしまえば共倒れなのである。

兼一は認めたくないようで虚ろな目をしているが、現実は変わらない。
おそらく、元から会社自体が業績不振だったのだろう。兼一達がこの世界を離れておよそ一ヶ月半。
一つの会社が潰れてしまうには十分な時間だった。

「姉さま、『とうさん』って何?」
「ああ、その……」

翔の問いに、ギンガはどう答えた物か思い悩む。
どんな言葉で翔に伝えればいいのか悩んでいるのもあるが、あまりにも痛々しい様子の兼一が最大の原因。
下手な事を言うと、ただでさえ真っ白になっている兼一が砂になって崩れてしまいかねない。
そこでギンガは、持っている限りの語彙を駆使してオブラートに包みながら翔に事実を伝える。
だがその努力も虚しく、子どもらしい無邪気さで翔は言いきった。それはもう、バッサリと。

「つまり、父様はお仕事がなくなっちゃったってこと?」
「はぅっ!?」
「兼一さん、しっかりしてください兼一さ―――――――ん!!」

『無職』、その単語が兼一の頭の中と頭上をリズムに乗って回り続ける。
家庭を支える責務を負った父親、それが職を失うと言う事は家計を維持するために必要な収入を失うと言う事。
今の時代、収入なくして生活は成り立たない。即ち、若干ニュアンスは違うが、家庭崩壊の危機である!!
まあ、兼一達は実家暮らしなので、兼一の父の収入に頼る事も出来るのだが……。
しかしさすがにそれは、色々と父親の威厳的に問題ありまくりなのである。

「無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職無職。
 脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り脛齧り。
 無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能。
 父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格父親失格」
「暗黒面に落ちちゃダメ―――――――!!」
「父様―――――――!! 戻ってきて―――――――――――!!!」

蹲り、地面に「の」の字を書きながらブツブツと何かを呟く兼一。
その背中には目に見えるほどの暗黒のオーラが立ち登り、周囲を陰鬱とした空気で支配していく。
そうして、アーケードの一角に暗黒空間が形成されてから十数分後。

「ご、ごめんごめん、取り乱しちゃったみたいだねぇ」
「と、父様? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。うん、何も問題なし!」
(すみません、全然大丈夫そうに見えないんですけど……)

取り乱したも何も、現在進行形でそのショックから立ち直れていないのは明白。
誰の目にも明らかな空元気なのだが、あまりにも痛々しくて触れることができない。

しかし、この場で打ちひしがれていても何も変わらないのも事実。
気を取り直して…とはいかないが、とりあえず現実を忘れることで前に進む力を取り戻す兼一。
全く以って、一点の曇りもなく後ろ向きである。

その後、今にもくじけそうな自分を誤魔化しながら帰宅した兼一とその他二名。
一ヶ月ぶりの我が家に帰宅してみると、管理局の工作の手際の良さに感嘆することとなる。
何しろ、あの家族愛の権化である父が……

「おお、ようやく帰ったか兼一、翔。まったく、長い旅行だったじゃないか」

と、これと言って心配した様子もなく出迎えたのだから。
どうやら、長期休暇を取って旅行に行ったということになっているらしい。
普通なら唐突過ぎて怪しまれそうなものだが、若い頃は梁山泊に住んでいた兼一である。
この程度の唐突さなどで、今更家族のだれも反応はしない。

ところで、若い頃の兼一は気付かなかったが、この元次という男。
子ども達の前では取り繕っているが、真正の親バカであり家族想いを通り越した家族狂い。
そんな父が一ヶ月半も留守にしてこの反応を見せたのだ。
それだけ、管理局の工作が上手くいったという事なのだろう。ただし……

「私も休みが合えば行きたかったのだが、どうしても会社の連中が許さなくてな。
 奴らめ、覚えておれ。子々孫々、末代まで祟ってくれるわぁ――――――――――――!!!」

魂の底からの呪詛。その言葉を聞き、ギンガや翔は顔をひきつらせて慄いた物だ。
しかし、兼一の場合となると若干反応が異なる。

(よかった、これでこそお父さんだ)

という、的外れというかなんというか、とにかく色々問題ありな安心の仕方をしている。
ちなみに、その後元次の会社の幹部職員の何名かが、原因不明の体調不良により退職、その後転落人生を歩むことになるのだが、兼一がその原因を知る筈もなし。知らないったら知らないのだ!!



  *  *  *  *  *



その後、ギンガの事を追求されたり暴走した父が出前の山を頼もうとしたのだが、それは母のフライパンの一撃で阻止された。
兼一や翔としては突如元次が力なく崩れ落ちるのはなれた光景なのだが、ギンガはその限りではない。
慌てふためくギンガだが、柔和な笑みを浮かべて「問題ない」と言い切る母さおりの迫力に気圧されてしまった。
そうして今現在、ギンガはそれはもうボロイ門の前に兼一達と共に立っている。

「えっと、兼一さん。ここが?」
「うん、ここが…そうだよ」
(まあ、確かに雰囲気はすごいけど)
「さあ、行こうか」

軽く一歩踏み出し、その門に指を添える兼一。
すると、まるで砲弾でも受けたかのように年季の入った門扉が跳ね開けられた。
だがその内心では、兼一の心はあまり穏やかとは言えなかったりする。

(うぅ、年甲斐もなく緊張するなぁ。考えてみると、教え子を紹介するって言うのもなんか恥ずかしいし)

かつて、若き日に初めてこの門をくぐった時にも似た緊張。
それを今、兼一は全身で感じていた。
ただ異世界で得た友人であり教え子である少女の事を紹介し、翔が武門に入る事を選んだことを報告する。
本当に、ただそれだけの事。にもかかわらず、兼一はがちがちに緊張している。
とそこで、兼一が進む方向が母屋からずれた。

「あれ? 父様、母屋はこっちだよ?」
「いや、こっちでいいんだよ、翔。多分、あの人たちは今道場の方にいるから」
「「?」」

兼一の言葉に、ギンガと翔は揃って首をかしげる。
普通、人がいるとすれば道場ではなく母屋だろう。
それはこちらの文化に疎いギンガにもわかる。にもかかわらず、兼一は迷うことなく道場へと足を進めた。

二人にはまだわからない事だが、達人という人種はただそこにいるだけで強大な気の波動を放つ。
並みの者には感じ取れないそれだが、兼一もまた達人。
よく知った気の波動がある一点に集中している事を感じ取るのは容易い。
その彼の感覚が教えてくれる、師達は今、母屋ではなく道場に集結している事を。

そして道場の戸を開けば、兼一の言葉通り、六人の師達が揃っていた。
皆一様に表情が引きしめられているが、逆鬼などはその顔にどこか憔悴の跡が見える。
恐らく、今日のこの日まで兼一と翔の安否を案じ続けていたのだろう。彼がそういう人物である事を兼一は良く知っているし、二人の身を案じていたのは何も逆鬼だけではない事も理解している。
ただ、彼はそう言った事を隠すのが苦手なので、一際わかりやすいだけ。
何しろ、今はかつての自称フィアンセだったジェニファーと結婚してアメリカ在住だ。
こうして梁山泊にいるだけでも、彼が相当に兼一達の事を案じていたことを裏付けるには十分すぎる。
その事に笑みがこぼれそうになるのを必死に抑え、兼一は大きく息を吸い、万感の思いを込めて言葉を発した。

「ただ今戻りました、師匠方」

包拳礼を取り、頭を垂れる兼一。そんな兼一に習い、ギンガと翔もどこか戸惑い気味に包拳礼を取った。
そんな三人…いや、兼一に向け六人の中心に立つ長老が重々しく口を開く。

「長い…留守じゃったのう、兼ちゃんや」
「はい。ですが、ようやく帰ってくる事が出来ました」

それは、何もこの一ヶ月半の事を指してではない。二人が言っているのは、もっと別の事。
四年という長きに渡って、兼一は梁山泊を離れていた。その事を指しているのだ。
本来なら、此度の兼一の訪問が梁山泊へ戻ると言う事と結び付けるのは難しい。
何しろ、長老たちはミッドチルダで兼一達に何があったのか知らないのだから。
しかし彼らにはわかった。兼一の纏う雰囲気が、その気配が以前の物と違うことに。

「へへ、ったく四年も待たせやがってよぉ」
「なんね逆鬼どん、嬉しくて泣いてるね?」
「そういう君も、しっかり涙が浮かんでいるようだがね、剣星」
「それを言ったら秋雨…も」
「アパパ、お帰りよ兼一!!」

師達は一様に兼一の帰還を喜び、各々目尻に涙を浮かべている。
そこにきてようやく、ギンガと翔も気付いた。彼らが差しているのが、なんなのかを。

「翔は、選んだのじゃな?」
「はい。ほら、翔」
「は、はい!」

兼一に手を引かれ、翔は師達の前に立つ。
その表情からは緊張がありあり伺える。
そんな翔を、六人は厳しい目で見つめ、やがて相好を崩した。

「ふ、やはりなる様になったようですな」
「まあ、おいちゃんは翔なら必ずそうすると信じてたね」
「アパパパ、ハラキリー、スキヤキー」
「ふ、ふん! 別に俺はこのガキがどうしようが知ったこっちゃねぇがな」
「つん…でれ~!」
「ちげーよ!!」

『心配などしていなかった』と、師達は揃って口にする。
両親を武人に持つ、その血のなせる技などではない。
翔は兼一の背を見て育った。その事実が、遅かれ早かれ翔を武の世界に誘うと考えていたのだ。
宿命でもなく運命でもなく、いずれ自分から選ぶと。

「ふむ、ではしぐれや」
「お…っけー」

長老が何かを指示すると、一端しぐれはどこかへ引っ込み、少しして戻ってきた。
そしてその手には、正方形のあまり厚みのない箱がある。
彼女はそれを兼一の前に差し出し、兼一もまたそれを受け取った。

「四年前の預かり物、ようやく返す事が出来た様だね、兼一くん」
「はは、思ってたよりも短かったですけど…………こうして持つと、長かったなって思いますね」
「あの、兼一さん。それは?」
「これかい、これはね……」

ギンガの問いに対し、兼一は箱のふたを開けることで答える。
そこに納められていたのは、どこか着古された様子の道着とよく手入れのされた手甲や鎖帷子。
それらに向けられる兼一の瞳は懐かしさに溢れており、思い入れの深い品であることが分かる。

「ここを離れる時に、預けておいたんだ。僕がもう一度武人に戻るその時まで、ね」
「懐かしいね。アレから四年、この日をどんなに待ち望んだ事かね。
ところで兼ちゃん、その子は誰ね? 名前とスリーサイズも教えるね!!」
「師父、お願いですからカメラを構えるのはやめてください」
「ひっ!?」

言ってる傍から息を荒くしてギンガにカメラを向ける剣星。
ギンガは本能的な危険と恐怖を察知し、自分の体を抱きしめる。

「弟子の教え子にセクハラするなんて、恥ずかしくないんですか?」
「何を言うね! おいちゃん、シャッターを切る時は死ぬほど真剣ね!
 三千大千世界のどこにも恥じ入る物など微塵もないね!!」

意味もなく堂々と言い切る牽制に兼一も溜息しか出ない。
こう言う人だとわかってはいたし、人としても武人としても剣星の事は尊敬している。
エロ友達としてもそれなりに共感を覚えないではないが、その節操のなさにはあきれて言葉も出なかった。
当のギンガはと言えば、どこか涙目になりながらジリジリと後退っている。
よく分からないなりに、女性としての直感が危機を告げているのだろう。
そして、そのギンガの直感は大いに正しい。

「む? でも兼ちゃんの教え子という事はおいちゃんにとっても弟子同然!!
 なら、おいちゃんの事も敬って……………こんなポーズとるね!!」

どっかのグラビアみたいにあからさまなまでに胸を強調するポーズ。
それを取るよう要求する剣星の目は怪しく光、どこからどう見てもエロ親父丸出しである。
しかしそこで、ギンガにとっての救世主が現れた。

「少しは恥じ…ろ」
「ああ、カメラが―――――――!!」

見るに見かねたしぐれの一閃により、ガラクタへと変貌するカメラ。
剣星は掛け替えのない相棒の死に、心の底から悲しみ涙をこぼす。
普通なら涙を誘いそうなほどの悲しいオーラが出ているのだが、直前にやっていたことがやっていた事なので、誰も同情はしない。
だがそこにきてようやく兼一の先の言葉を咀嚼し終えた逆鬼が、声を大にして叫ぶ。

「って、なに――――――――――――――!! 兼一の弟子だと――――――――――――!!!」
「で、弟子じゃありませんよ! 色々お世話になったんで、ちょっと修業を付けただけで……」
「そ、そうですよ! そんな、兼一さんの弟子だなんて怖れ多い……!」
「でも、兼一に修業を付けてもらったんだ…ろ?」
「え? あ、はい、それは…まぁ」
「修業つけたんならそれはもう弟子よ!」
「全くだぜ。しっかし、あの兼一が弟子かぁ……」
「時が経つのは早いものですな、長老」
「うむうむ、全くじゃ」
「弟子の成長に、おいちゃんちょっと感動ね」
「あ、あぅ~」

すっかり兼一の弟子として認識され、恥ずかしくて俯くギンガ。
そう思ってもらえるのは嬉しいし、実際そうだったらどれだけ誇らしいかとギンガも思う。
しかし本音では、本当に自分は兼一の弟子にふさわしいのだろうかと悩む。
何より、今日から先教えを受ける事かなわない以上、最早師弟も何もないではないかと。

「ですから、彼女はギンガちゃんと言いまして、向こうの……ええっと~」
「ああ、隠さんでも大丈夫じゃぞ、兼ちゃん。魔法の事ならわしらもしっとる」
「え!?」
「やっぱり知ってたんですね。あのロストロギアの事もありますし、まさかとは思ってましたけど……」

さあ、ギンガの事をどう説明しようかと悩む兼一だが、その必要はないと長老は言う。
兼一はなんとなく予想していたが、その言葉にギンガは驚きを露わにしていた。

「とは言っても、知っていたのは長老をのぞけば私と剣星だけなのだがね」
「あ、じゃあ逆鬼師匠やアパチャイさん、それにしぐれさんも知らなかったんですか?」
「アパパ、兼一達がいなくなった日にジジイに聞いたよ。自爆管理局とか……」
「時空管理局だっつうの。自爆してどうすんだ」
「あぱ?」
「ま、伊達に年は食ってないね」
「魔法の事とかジジイの武勇伝とか色々聞いた…ぞ」
(まあ、長老の事だから驚きはしないけど、何をやらかしたんだろうなぁ……)

どうせ「ほんのちょっと大暴れ」とか言って、散々管理局の人たちを振り回したに違いない。
その予想を、兼一は全く疑ってはいなかった。
というか、長老が絡んでいる時点でそれ以外の事など想像できない。
兼一としては、ただただ関係者一同に心のうちで謝罪するだけである。

その後、いつまでも立ちっぱなしもアレなので、と座布団に座って件のロストロギアを手に入れた経緯などを聞いたりした。当然その度に、慣れていないギンガや翔が百面相したのは言うまでもない。
だがひとしきり話も終わった所で、唐突に逆鬼が兼一に話を振った。今一番デリケートな部分の。

「でもよぉ、兼一。おめぇこれからどうするつもりなんだ?」
「どうするって、何がですか逆鬼師匠?」
「おめぇ………………………仕事なくしたんだろ?」
「はぅっ!?」
「ん、兼一、リストラされたの…か?」
「違うよ、御食事券だよ」
「それもちげぇえ」

この場合は『御食事券』ではなく『汚職事件』である。
まあ、どちらにしても間違っていることには変わりないのだが。
別に兼一は仕事を首になったわけではなく、単に仕事そのものが消滅してしまっただけなのだから。
しかし、今の兼一にそんな師匠達の面白おかしいボケに突っ込む余力はない。

「どうせどうせ僕なんて……」
「兼一さんしっかりしてくださ――――――――――――い!!」
「やれやれ、これではどちらが弟子かわからんね。
 兼一君、君も弟子を持つ身ならもう少ししっかりしなさい。さもないと」
「さもないと、なんですか岬越寺師匠?」
「ふっ、傷心の弟子に我らがしてやることなど一つ!!!」
「っ!? 大丈夫です!! 元気になりました、たった今!!」

この後のオチが分かっているだけに、兼一はすぐさま立ち上がって元気さをアピールする。
この人たちの事だ、どうせ死んだ方がマシな辛い特訓をさせようとか考えているのだろう。

「そう言えば僕他に行く所があったんでした!!
 あ、それと翔とギンガちゃんはゆっくりくつろいでるといいよ。師匠達はくれぐれも二人におかしなことをしない様に、特に岬越寺師匠と馬師父!! それじゃ!!!」
「やれやれ、行ってしもうたのう」
「おわなくてよいのですか、長老」
「兼ちゃんとてもう子どもではない、曲がりなりにも一人前と認めた武人じゃ。
 過干渉は、むしろわしらの恥じゃろうて」
「左様ですな」

仮にも一度は一人前と認めたのだ。
その後であれこれ口を出すのは、自分達の基準に不備があったと認めるような物、という事なのだろう。

「それにしても、兼ちゃんも何を焦っているのかね?
 武人に戻った今、その気になれば引く手数多なのにね」
「まったく…だ」
「あの、それってどういう……」
「ああん?」
「す、すみません! 何でもありません! ですから命だけは!?」
「いや、別に怒ってるわけじゃねぇんだけどよ」

生来の強面のせいか、僅かに眉をしかめるだけでも逆鬼は恐ろしく怖い。
強面には慣れているつもりのギンガでも、思わず慄いてしまうほどに。
逆鬼は若干その事に傷ついている様子だが、さらに翔が追い打ちをかける。

「そうだよ、姉さま。傷のおじさま顔は鬼みたいだけど、ホントは優しいんだよ」
「……………………………………」

可愛がっていた筈の弟子の息子にそう言われ、煤ける逆鬼。
どうやら、翔にまでそんな事を言われて相当ショックだったらしい。
見た目に反して(失礼)精細な心の持ち主である。
おじさんという単語にも傷ついたが、それにもまして「鬼」の一言になお傷ついていた。
普段なら、「お兄さんと呼ぶように」と訂正する愛嬌があるのだが、今の彼にはそんな余裕すらない。

「アパパ、何してるよ逆鬼? 逆鬼が鬼みたいなのは昔からよ、気にすることないよ」
「てめぇ、それで慰めてるつもりか!?」
「まあ、逆鬼どんの顔が鬼みたいなのは今更どうにもならないからどうでもいいとして」
「おい!!」
「実際、兼一君がその気になれば鳳凰会の幹部にだってなれるし、新白連合に再就職もできるだろうね」
「あの、鳳凰会とか新白連合というのは……?」
「この世界の武術組織じゃよ。昔から兼ちゃんとは色々つながりがあっての。
 じゃが、どうにも兼ちゃんはその選択肢を避けているようじゃが」
「大方、昔断ったり離れてしまった手前、今更という気がしているのでしょう」

実に律義な話だが、事実兼一はあまり鳳凰武侠連盟や新白連合を頼りたくないと思っている。
鳳凰武侠連盟は師父である剣星がその最高責任者、昔当然の様に幹部の誘いがあった。とはいえ、その頃は新白に所属していて断っているので、余り都合よく「あの時の話お受けします」とは言いにくい。
同様に、一度は離れてしまった新白に出戻るのも気が引ける。
どちらもあまり気にはしないだろうが、その辺は兼一の心情の問題だ。

「はぁ……」
「ところで、ギンガ君と言ったね」
「あ、はい」
「君は兼一君の弟子になってどれくらいになるのかね?」
「いえ、別に正規な弟子というわけではないんですが……ざっと一週間ほど」

一応は秋雨の言葉を訂正しようとするギンガだが、彼の視線を受けてとりあえず教えを受けた期間を白状する。
別に脅されたりしたわけではないのだが、なんとなく言わなければならない気になってしまったのだ。

「ふむ、そんなものか……………諸君、一つ提案があるのだが」
「みなまで言う必要はないね、秋雨どん。おいちゃんたち全員、同じ気持ちね」
「へへ、弟子の弟子にちょっかい出すっつうのは武術家的にちょいとどうかと思わないでもねぇが……ちょっとくらいはいいよな?」
「う…ん。僕もどれくらいなのか気にな…る」
「アパチャイもよ!!」
「あの、なんの話を?」

勝手に盛り上がる梁山泊の面々。
その様子に言い知れない嫌な予感を感じ、ギンガは恐る恐ると言った様子で近くにいた長老に尋ねる。
返ってきたのは、やはり彼ら同様に楽しそうな様子の長老の笑顔だけ。
しかしそこには、かつて見た兼一の“いい笑顔”と同種にしてそれ以上の不吉な気配が見え隠れしている。

「なに、兼ちゃんの弟子育成能力がどんなものか気になってのう。
 弟子の事が気になる師匠心じゃて」
「止められているのは私と剣星だけですからな、他の皆がやれば問題ありません」
「ですから、何を……」
「ふ。何、軽い腕試しさ」
「ちょうどよい、隣にかつて兼ちゃんに修業を付けたあるお方が来ておられる。行ってみるとよい!」
「はぁ……」

もしこの場に兼一がいたなら、何を置いてもギンガを連れて逃げていたに違いない。
だが残念なことに、既に兼一はこの場を離れた後。
そうしてギンガは、決して開けてはならない扉…もとい襖をあけてしまった。
そして、襖を開けた瞬間世にも奇妙な光景がギンガの目に飛び込んだ。

「我流ぅ~~~~~~~~~、エェェェェェェェェェェェェェェェェックス!!」
「なに、これ?」

そこにいたのは、つい先ほどまでギンガのすぐそばにいた筈の長老。
それも、よく分からないお面とベルト付きでさらに意味不明なポーズをとっている。
敢えて言うなら、昔子どもの頃に見た特撮ヒーローの様な……。

「アパー、久しぶりに我流Xが来てくれたよ!!」
「相変わらずおめぇは気付かねぇのな」
「なんのことよ?」
「いや、別にいいけどよ。飛ばしてんなぁ、ジジイの奴」
「くれぐれも壊さんといてねぇ」
「だからいったい何なんですか、これは!?」
「こら、余所見をする…な。死ぬ…ぞ」

必死に答えを求めるギンガだが、答えが来る前に巨大な影が迫る。
気付いた時には、巨大な拳が目前にまで迫っていた。

「え……って、きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「彼は正義のヒーロー我流X、かつて兼一君に修業を付けた事もある御仁だよ。
 まぁなんだ、手加減はしているが容赦はしないので、気をつけて戦う様に……………死ぬ気で!!」
「どう見ても長老さんじゃないですか!!」
「違う、わしは我流Xじゃ!!! 長老たっての願いにより、お主の腕試しを請け負った!!
ついでに翔、お主の腕も見てしんぜよう!!!」
「「ギィヤァッァァアァァァァァァァァアァ!?」」

二人は悟った。今まで兼一がやっていた修業は、全然まだまだ軽かったのだと言う事を。



  *  *  *  *  *



場所は変わって、新白連合本社。
周りのスーツ姿の社員たちからは明らかに浮いたラフな格好で、兼一はそこを数年ぶりに訪れていた。
まあ当然ながら、そんな明らかに場違いな人物はエントランスで止められるわけで。

「お待ちください、当社にどのような御用向きでしょうか」
「ああ、新島の奴に会いたいんですけど」
「それは、総督ということでしょうか?」
「うん、その新島で間違いありませんよ」

高校時代から一貫して、新島の肩書は総督のまま。
この規模に発展してしまえば代表取締役や社長、あるいは会長とでも名乗ればいい物を。
そう思わないでもない兼一だが、結局新島は今でも「総督」のままである。

とはいえ、いきなりやってきて「トップに会わせろ」など、本来は不躾もいいところ。
兼一を止めた警備員と思しき男は若干眉をしかめながら、それでも丁寧な対応を崩さない。
相変わらず、部下の教育はしっかりしているらしい。

「アポは取っておられるのでしょうか?」
「いえ、特にそういうのは……」
「申し訳ございませんが、アポを取って後日改めてお越しください。
 正式な手続きをしていただければ、総督もお時間を作って……」
「隊長? まさか、白浜隊長ですか!!」

警備員がそこまで言ったところで、突如横合いから別の声が飛び込んでくる。
エントランスにいる者たち全員がそちらに視線を向けると、そこには黒髪に眼鏡のガタイのいい男が立っていた。
その姿を見て、エントランスが騒然となる。

当然だ。その人物は、今や世界的に日本国総理大臣にも匹敵する知名度があるとされる格闘家。
同時に、兼一にとってもなじみ深い人物。
背を預けて共に戦った事は決して多くはないが、共に青春を過ごした掛け替えのない友の一人。

「水沼さ…」
「水沼君、水沼君じゃないか!?」
「ああ、やっぱり白浜隊長なんですね! お久しぶりです!!」

驚きに目を見張る警備員。国民的ヒーローであり、新白連合を代表する格闘家となった彼は、新白内にあって羨望と憧憬の対象だ。この警備員もその例にもれず、彼のファンなのだろう。
いや、それは警備員に限らず、エントランスにいるほぼ全員に言えることか。
だが、その憧れの対象である筈の水沼が、周りの人々と同種の眼差しで兼一を見ている。
その事実にこそ、周囲の人々は驚きを隠せない。

「四年ぶり、になるんだよね」
「本当に、お懐かしい。ですが、本社にいらしたと言う事は、もしや……」

二人は固い握手を交わし、水沼の眼には大粒の涙が浮かんでいた。
水沼は兼一が新白を離れた理由を知っている。それはつまり、兼一が再びここを訪れた意味も知ると言う事。
彼もまた、この日を一日千秋の思いで待ち望んでいたのだろう。

「まあ、そういうことでね。新島の奴に会いたいんだけど……」
「ですから、正式な手続きを取っていただかないことには……」
「わかりました! 今すぐ総督にお繋ぎします!!」
「み、水沼さん!」
「いいんだ、この人の訪問を総督が断るなんてありえない。むしろ、通さなかった事を総督は怒るだろう」
「で、ですが……」
「責任は僕がとる。とにかく、総督に伝えてくれ、白浜さんが来た、と」
「は、はい」

新白の幹部であり、国民的英雄である水沼にそこまで言われては否とは言えない。
警備員は渋々と言った様子でその場を離れ、受付の内線を通して言われた通りに総督秘書に伝える。
そんな彼の姿を、水沼はどこか申し訳なさそうに一瞥した。
無理を言った事は彼も承知しているのだろう。だが、それだけの無理が必要な場面であると彼は疑っていない。
そうして水沼は、再度兼一に視線を向けた。

「本当に、お久しぶりです。隊長」
「うん。だけど水沼君も威厳が出てきたね。何と言うか、四年の間に置いてきぼりにされた気分だよ」
「そんな、僕なんてまだまだあなたの足元にも及びません」
「謙遜することはないさ。活躍は、テレビでよく見させてもらってるよ。
 高校時代の友人がこんなに有名人になって、僕も鼻が高いんだから」
「恐縮です。ですが、謙遜なんかじゃありませんよ。今も昔も、あなたは僕の目標なんですから」

水沼の言葉に、兼一は照れ臭そうに頭をかく。
そう言ってくれるのは嬉しくもあり、彼の目標として相応しくあらねばと思うと緊張もしてしまう。
しかし、こうして懐かしき旧友に会えた事は、本当にうれしくてたまらない。
そんな兼一の感情が彼の表情からは見え隠れしている。

そうして一頻り再会を喜んだ後、兼一の来訪を知った新島は水沼の予想通り彼を総督室へと案内させた。
水沼はまだ仕事があるのでその場を離れ秘書の一人に案内されたのだが、道中、兼一の来訪を知ったかつての友人達がひっきりなしに現れる物だから中々前に進めない。
ちなみに、その度に「し~んぱぁく!」と未だに使われている例の挨拶をされたりもしたが……まさか、ここまで継続する事なろうとは。
おかげで兼一が総督室に辿り着いたのは、本社を訪れてから一時間も経ってからだった。

「失礼します、総督。白浜様をお連れしました」
「通せ」
「はい」
(まったく、すっかり偉そうなしゃべり方が板についてきたな、アイツ)

重厚な扉の奥から返される、その偉そうな声に兼一は内心で呆れため息をつく。
今や世界的大企業の代表となったのだから、偉そうなのも当然なのかもしれない。
だが、兼一にとっての新島は今も昔もあの頃のまま「宇宙人の皮を被った悪魔」である。
正直、らしくもないし、分不相応に感じてしまう。

しかし、そんな兼一の内心とは裏腹に、秘書の女性は確かな尊敬を新島に抱いているようだ。
一人の人間に対する見方は、人によって異なる。その好例だろう。
そんな事を考えているうちに、ゆっくりと総督室の扉が開かれた。

そこは、世界的大企業の代表にふさわしい部屋。
毛の長い細やかな装飾が施された絨毯は嫌味になる事もなく、むしろ格調の高さを部屋にもたらす。
また、備え付けられた机や書棚は品良く贅を凝らされていた。
一面ガラスをバックに、新島は机に向かって書類を決裁していたらしい。
だが、兼一が入室すると同時に立ちあがり、ゆっくりと兼一の下へと歩み寄る。
そして、彼が最初に口にしたのは、昔と変わらぬ気易い挨拶だった。

「よう、相棒。景気はどうだ?」
「まあまあだよ」

『久しぶり』も『よく来たな』もない。再会を喜ぶでもなく、別離の時間に想いを馳せるでもない。
ましてや、最後に会ったあの日を懐かしむ事もない。
しかしそれこそが、昔と変わらぬこの気易い態度こそが自分達には相応しいと、兼一も思う。
短く、あまりに素っ気ないそのやり取りに、二人の四年間に渡る時間に募った思いが凝縮しているのだから。

「へっ、そうかい。そっちに座りな、所でコーヒーと紅茶、どっちにする?」
「日本茶で頼む。一月ばかり日本を離れてたからな、日本の味が恋しいんだ」
「ケケケッ、玉露と番茶があるが、どっちにする」
「番茶、高いのは苦手なんだ」
「ったく、相変わらずの貧乏性かよ」

やがて先ほどの秘書が兼一に番茶を、新島に良く分からない飲料物と思しき物を配り退出する。
互いに一口飲んだところで、ようやく二人は本題に入った。

「で、わざわざ来たって事は、連合に戻ることにしたのか?」
「いや、今のところその気はないんだけど……」
「ほぉう、会社が潰れたのに余裕じゃねぇか」
「……よく知ってるじゃないか」
「今の時代、情報を制する者が世界を制する。昔から言ってんだろうが」

得意顔でそういう新島の姿は、もう三十路が近いにもかかわらず昔と変わらないように兼一には思えた。
実際にはそんな事はないのだろうが、やはり兼一にとっての新島は「大企業の代表」ではなく、こずるい策士というイメージなのだろう。
新島自身その事は否定しないし、新島の抱く兼一への印象も昔とそう変わらない。

「にしても、相変わらず律義な野郎だ。一度離れたんだから、のこのこ帰ってこれないとでも思ってんだろ?」
「……悪いか」
「別に。だが、そんな事を気にしてんのはお前だけだって話だよ」
「……みんなは、どうしてる?」
「ジークはロンドンとウィーン、後チベットを行ったり来たり。他の連中は基本的に日本だが、武田の奴は割と海外に行く事も多いし、キサラと宇喜田も韓国にいる事が多いな。日本にいっぱなしなのは、フレイヤとトール、それにオーディン達くらいなもんだ。谷本は、言わずもがなだろ?」
「ああ、ほのかと一緒に各国を回ってるんだろ?」

兼一が武の世界を離れて数年の間に、周囲の人間関係もいくらか変化した。
例えば夏とほのかの結婚がそうだし、キサラと宇喜多の事実婚もそうだ。
後者の場合はキサラの性格が災いしてまだ正式に結婚したわけではないが、同棲している以上似た様なものである。まあ、あの二人では、正式に結婚するのは子どもが出来てからになるだろう。

「他に、スパルタカス達はヨーロッパ、猫娘や郭たちは中国、辻と山本のとこのガキは日本だな。
 元YOMIの連中はほとんど情報がねぇが、そう簡単に死ぬような連中でもねぇ。なんだかんだで元気にやってるだろ。後は、高町の連中は兄貴は嫁さんとドイツ、妹は香港警防で母親と一緒だな。他に聞きたい奴はいるか?」
「いや、大丈夫だ。みんなが元気そうなら、それでいいさ」
「で、こっちからも一つ聞きたいんだがよ」
「なんだ? お前が僕に聞きたいなんて珍しいな」

基本的に、新島の情報網は兼一からの情報提供を必要としない。
情報は新島から兼一への一方通行が通例だ。全くないわけではないのだが、非常に稀有なことである。
だがそれも、続く新島の発言で頭から吹っ飛んだ。

「いや、魔法とSFの世界の感想はどうだった?」
「……………………………相変わらず、底知れん男だな、お前は。
師匠たちだけならともかく、この事をギンガちゃんが知ったら卒倒するんじゃないか?」
「昔も言ったろ、情報なんざどこから漏れるかわかんねぇんだよ。
 例えば、高町のとこのチビとその友人数名が管理局に所属してるとか、梁山泊のジジイの古い知り合いが管理局の元お偉いさんとかな」
「どうやって調べた?」
「いいこと教えてやる、日本にも管理局員が何人か住んでるんだぜぇ、ウヒャヒャヒャヒャ!!」

どうやったかは知らないが、その人物たちから情報を抜きとったのだろう。
やり方は聞かない。聞いてもわからないし、わかりたくもない。
だいたい、こいつの情報端末の中身は意味不明の図柄で占められ、解読は不可能なのだ。
本当に地球外生命体だとしても、最早驚きはしないだろう。

「そいじゃ改めて聞こう、今日の用件は?」
「報告だよ、翔が武門に入ったからな。これからは僕が修業を付けることになるだろう」
「わかっちゃいたが、思いの外早かったな。それで?」
「昔お前が計画していたアレは、まだ有効か?」
「おめぇが離れて一回白紙になって、それからは動いてねぇ。
 第一、あの当時は誰も弟子は取ってなくて、弟子の最有力候補がお前んとこのガキだっただけだからな」
「ま、それもそうか」

実際、四年前の段階ではまだ誰も正式な弟子を持った仲間はいなかった。
それは兼一も例外ではないし、となれば相応しいも何もあった物ではない。
だが、その中にあって兼一と美羽の間に子どもが生まれることが分かった。
故に、新白連合メンバーの中で最初の弟子は翔で間違いないと思われたからこそ、人となりも何もない時点で彼はあの計画の候補に挙がっていたのだ。
まあ、二人の子どもである以上資質及び精神的に不満なしと、誰もが判断したのもあるが。

「今は?」
「トールとフレイヤは当然弟子を取ってる。それなりにまとまった数をな」

それは聞かずともわかっていた。トールは元から実戦相撲を広める事を目的としていたのだから、彼が弟子を取るのは必然だろう。むしろ、四年前の時点で弟子を取っていなかったのが驚きと言えば驚きなのだ。
フレイヤもまた、一門の後継者。彼女には弟子を取り、門派の未来を次代に繋ぐ責務がある。

「他の連中も一人二人は弟子を取ってるな。弟子がいねぇのはジーク位なもんだ」
「まあ、ジークさんのカウンターは特殊だからな」
「だな。弟子を取ろうとした事はあったが、結局ダメで今に至るってところだ。
でだ。わかってるとは思うが、そいつら全員が候補だぜ。おめぇのガキがその座を勝ち取るには、全員を蹴落として、アイツらに認められるしかねぇ」

あの当時は弟子の候補が一人しかいなかった。しかし今は違う。
隊長達は各々弟子を取り、自身の技を後進に伝えている。その事自体は驚く事ではない。武術とは伝統であり学問である。他者に伝え、次代に残さねば意味がない。自身が培った技術を、磨き上げたノウハウを伝え残していくのが武術家の責務。
だが、弟子を取った者が増えれば、その分競争率が高くなるのは必然。
蹴落とす云々はともかくとして、翔が彼ら全員に認められなければならないのは当然だし、元からそういう話にはなっていた。あくまでも翔は当時の最有力候補にして唯一の候補だった、それだけの話でしかない。

「しかし意外だな、おめぇはそういう名誉とかに興味がねぇと思ったんだが、ちったぁ俗世の欲に目覚めたか?」
「別にそういうわけじゃない。ただ……我が子により多くを、と望むのは親としては当然だろ?」
「なるほど。そういや、さっき言ってたギンガってのは、おめぇの弟子か?
 ならそいつも候補って事になるんだが……」
「向こうでお世話になった人の娘さんだよ。少し修業は付けたけど、別に弟子ってわけじゃ……」
「の割には、嬉しそうな顔してるじゃねぇか?」
「え?」

新島の指摘に、思わず兼一の手が頬に伸びる。
恐る恐る触れて見れば、新島の言う通り確かに自身の頬がつり上がっていることが分かった。
それはまさに笑み、無意識のうちに、気付かぬうちに、ギンガの事を話す時の兼一は笑っていたのだ。

「今のおめぇ、弟子の事を話すあいつらにそっくりだぜ」
「…………」
「なんのかんの言っても、認めてんじゃねぇのか? 弟子としてよ」
「ギンガちゃんはもう他の武術の虜だよ。彼女は空手家でもムエタイ家でも柔術家でも中国拳法家でもない。
 そんな彼女を、僕の弟子だと言う事が出来るわけないだろ」
「複数の師に付く奴もいれば、一つの武術を学んだ上で別の武術の師に付く奴もいる。
 結局師弟何て言うのは、本人達が相手をどう思ってるかだろ?」

新島の言っている事は、恐らく正論だろう。
確かにギンガはどれだけ兼一に学んでも、空手家にもムエタイ家にも柔術家にも中国拳法家にもなれない。
しかし、それと師弟としての絆や関係はまた別の話だ。
兼一が師としてギンガを慈しみ、ギンガが弟子として兼一を敬愛するのなら、それは間違いなく師弟だろう。
だが、そうだとしても……

「仮にそうだとしても、意味はないよ。おそらく、僕と彼女がこの先ほとんど会う事はない。むしろ、これが今生の別れになる可能性だってあるんだ。師弟も何も……」
「らしくねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「なに?」
「無理だから、不可能だから、そんな理由であきらめるようなら今のてめぇはいねぇだろうが。
 才能の欠片もないてめぇが達人になるなんざ、それこそ不可能だったはずなんだからよ。
 おめぇが達人になれたのは才能があったからじゃねぇ。無様に死ぬほど努力して、惨めったらしく諦めなかったからだろ。だからこそ、道理が引っ込んで不可能が現実になった。
そのおめぇが、なにを下らねぇ可能性の話なんぞしてやがる」
「新島……」
「こうと決めたら道理も何も無視してきたんだ、今更利口ぶるなよ兼一。おめぇができる事なんざ、今も昔もバカみたいにあがく事だけだろうが」

断定するように、突きつける様に新島は言葉を紡ぐ。
美羽ですら、高校に入ってからの一念発起する直前までの兼一しか知らない。
本当の負け犬だった頃の、人生の負け組だった兼一を最もよく知るのは紛れもなくこの男。
ある意味、誰よりも白浜兼一という男を知るのがこの悪友なのだ。
弱かったころの兼一も、強くなろうと必死だったころの兼一も、等しく知る友。
その言葉は、確かに白浜兼一という男の真実を表していた。

「………………………………まったく、言いたい放題言ってくれるな」
「今更遠慮する様な仲でもねぇだろうが」
「昔からの間違いだ。元から、遠慮なんかするような生き物じゃないだろうが、お前」
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」

兼一の毒舌に気をよくしたのか、新島は心底愉快そうに笑う。
それにつられて、兼一の顔にも僅かに笑みが浮かぶ。
翔にも見せた事がない、ギンガも知らない新島という悪友にだけ向けられる複雑な笑み。
なんでこんな男と関わってしまったんだろうと言う諦観と、よりにもよってこんな奴が友人かという後悔、そして…………………僅かな感謝の混じった複雑な笑みがそこにはあった。

「つくづく口の上手い奴だ、その内政治家にでもなる事をお勧めするよ」
「ケケケ、それも悪くねぇな。五年後当たりに出馬して見るか?」
「お前には『絶対』投票しないから安心しろ。お前みたいなのが議員になったら、国政が乱れる。
 まあ、今の意見は一応参考にさせてもらうよ」

そこまで言って、兼一はゆっくりと立ち上がる。本来、新島は多忙を極める多国籍企業の代表だ。
こうして兼一と話す時間すら惜しい筈なのに、それを僅かたりとも表に出そうとしない。
しかし兼一とてその事に気付かない程バカではないのだ。
これ以上邪魔をしては悪いと考え、席を立ったのだろう。

「まぁ待て、最後に一つだけ言っておくことがある」
「良いだろう、最後に一つだけ聞いてやる」
「曲がりなりにも隊長全員が復帰したし、そろそろ頃合いだ。
 再来年四月辺りを目途に選考会を開く。
それまでの一年と数ヶ月、精々あのガキを鍛えておけ。
誰が選ばれるにしろ、おめぇの席もある。好きな時に戻ってこい」
「いま、二つ言ったぞ」
「昔馴染みだ、大目に見ろって」
「……………………………わかったよ」

今更口で新島に勝てるとは思わない。
これ以上何を言っても言い包められるだけと悟った兼一は、溜め息をついて矛を収めた。

「それじゃあな、新島。次会うまで、恨まれ過ぎて殺されるなよ」
「バカ言ってんじゃねぇよ、俺様は自分の身を守ることにかけては特A級の達人級だぜ」
「そうだった。お前は世界が滅んでも生き残る、ゴキブリ以上にしぶとい奴だったよな」

二人の間に、仰々しい別れのあいさつなど不要。
ただ、互いに思ったまま好き勝手言って別れるくらいがちょうどいい。
そういう友情の形もある。そして、十年以上の付き合いでそれも悪くないと二人は思っていた。
決して、今際の際になっても絶対にそれを素直に認める事はないのだろうが……。



   *  *  *  *  *



夕方。梁山泊に戻った兼一を出迎えたのは、半死人となったギンガと翔。
すっかり忘れていたが、あの師匠達が弟子の弟子に興味を示さない筈がない。
大方、腕試しとか称して徹底的に追い込んだのだろう、長老辺りが。

そんな兼一の予想は大当たりなのだが、最早後の祭り。
せめて、梁山泊を出る前に気付いてほしいと思うギンガ達だったが、今更そんな事を言う気力は残っていない。
とりあえず、秋雨のメンテナンスと剣星の秘伝の漢方があるので、明日は無事に起き上がるだろう。
その後、夕食を取り床についたのだが、思いの外ギンガの回復は早かった。

夜半、唐突に眼の覚めたギンガは、与えられた部屋から抜けだし庭に出る。
身体の節々がまだ痛いが、初めに比べれば雲泥の差だ。
兼一の師である二人の技術に、さしものギンガも感嘆する。
次元世界最先端の技術と治癒魔法を使っても、こうまで早く身体が動くようになるだろうか。
兼一は「師としては自分はまだ未熟」と言ったが、それを肯定せざるを得ない。

「兼一さんや翔と過ごすのも今日まで、か」

見上げた夜空に星は少なく、この場所が都心からほど近い立地である事を知らしめる。
ギンガの呟きの通り、明日ギンガは今日つかった転送ポートを使ってミッドに戻るだろう。
よほどの異常事態が起こらない限り、この予定が狂う事はない。
おそらく、この先滅多に会う事は出来ないだろう。むしろ、今生の別れになる可能性も捨てきれない。

「まあ、それがあるべき状態って考えれば、そうなんだけど…ね」

そう、それこそが正しい状態。
管理世界の人間であるギンガと、管理外世界の人間である翔と兼一。
魔導師であるギンガと、魔導師ではない二人。
本来接点などなく、関わることなどなかった筈の三人なのだから。

「でも、やっぱりちょっと………………さびしいかな」
「なにが…だ?」
「っ!?」

かけられることなどないと思っていた慮外の声に、ギンガの身体に緊張が走る。
すぐさま声の出所に顔を向けると、屋根の上に刀を抱えて座るしぐれの姿があった。

「って、あなたは確か、香坂先生?」
「しぐれちゃんと…呼べ」

ギンガの言葉に、僅かな訂正を求めるしぐれ。
無表情かつ独特のテンポの言葉に若干戸惑うギンガだが、仮にも教えを乞うた人の師。
よほどの無茶や理不尽でもない限り、素直に従わねば礼を失する。
失するのだが、さすがにこれは……。

「え、えぇっと…それはちょっと……」
「しぐれでもいい…ぞっと」
「は、はい。それじゃあ、しぐれさんで」
「ん。ところで、そんなところで何をしてい…る?」
「えと、それはむしろ私が聞きたいんですけど……」
「僕は…お前た話がしたかっ…た」
「え?」

思わぬ言葉に、ギンガは思わず呆気にとられる。
正直、この年齢不詳の絶世の美女が自分にいったいなんの話があるのか見当もつかない。
この一ヶ月半の兼一や翔のことかもしれないが、その話は食事中に大方済ませてある。
ならば、今更いったい自分に何を聞きたいのか。それがギンガにはわからなかった。

「そんな所にいたんじゃ、話しにくいだ…ろ? こっちに来…い」
「は、はぁ……」

むしろ、屋根の上の方が話しにくい気がするのだが、なんとなく断れずにギンガも屋根に上る。
しぐれは登ってきたギンガに対し、自分の横の瓦を叩く。ここに座れ、という事なのだろう。
ギンガはそれに従い、しぐれのすぐ横に腰を下ろす。
そのまましぐれに習ってギンガは夜空を見上げるが、少し空が近くなっただけで星の数に変化はない。

そうして二人は、特に何を話すでもなく黙りこむ。
ギンガとしては会話の糸口は見つけられないし、そもそも何を話していいかわからない。
しぐれには何か話があるようだが、一向に口を開く様子も見られなかった。
そんな少々ギンガにとって居心地の悪い時間が数分経過した所で、おもむろにしぐれが話しだした。

「昔、偶に兼一と美羽はここで色々大事な話をしてい…た」
「え? 大事な話、ですか?」
「大事な話…だ。将来の事とか、今直面してる問題の事とか、本当に…色々」
「はぁ……」

しぐれの言葉に、ギンガは気のない返事を返す。
兼一にとっての、亡き妻との思い出の場所。ここがそうである事はわかった。

だが、それと自分と何の関係があるのか。
そう思うと、ギンガの胸に僅かな痛みと苛立ちに似た感情が湧く。
しかし、ギンガにはその正体がまだよく分からない。
そこで、しぐれの話がいきなり急展開を見せる。

「お前、兼一の事が好きなの…か?」
「ぶっ!? い、いきなりなにを言いますか! そんなことあるわけないじゃないですか! そりゃ憧れみたいなものはありますけどそれはあくまでもその道の先輩に対するものであって断じて不純なものではなくてですね! 純粋な尊敬と憧れを持ってるだけです! いえもちろん嫌いということではないのですけれどかと言って好きというと少々語弊があると言いますかそもそもこの場合好きという言葉がどんな感情で何を指しているかについてまず議論すべきと考えるわけです如何でしょうか!!」

いきなり振られた話題に噴出した後、ギンガはワンブレスで言い切る。
いやまったく、たいした肺活量だ。
そうしてゼェハァと息を切らすギンガを相変わらずの無表情で見ていたしぐれが再度口を開く。

「違うの…か?」
「違います!! あ、いえ、違うと言うのやっぱり語弊があるんですけど…だぁ、それはもういいんです!!
 ……って、しぐれさん?」
「………………………………ん?」
(この人、こんな顔で笑うんだ……)

ギンガが見たのは、同性である自分ですら見とれてしまうような綺麗な笑みを浮かべるしぐれ。
先ほどまでの無表情からは考えられない、女性らしい優しい笑顔。
燦然と輝くような華やかさではないが、一度見れば決して目を離せない様な静かな美しさ。
いつか、自分もこんな顔で笑えるようになりたいと、素直にそう思わせる笑顔がそこにはあった。

「あ、いえ、なんで笑ってるのかなって……」
「ああ、お前が昔のアイツらみたいだったから…な」
「そう、なんですか?」
「う…ん。美羽の奴も兼一の事に触れられる度にしょっちゅう慌てて誤魔化して…た」
「うぅ……」
「それに、兼一も美羽に憧れて武術を始めた様なものだ…し。そういうところも似てると思…う」
(兼一さんが憧れた、か。写真は見せてもらったけど、本当に綺麗な人だったな。どんな風に笑う人で、どんな風に話す人で、どんな風に戦う人なのか、何が好きで、何が得意だったのかすら知らないけど…………………………いいなぁ。…………………って、え!? いいなって何が? 私、いったい……)

ぽつりと浮かんだ自身の心の呟きに、思わず内心で慌てふためくギンガ。
その呟きの意味がわからず、心を埋め尽くす言い知れない感情に戸惑う。
そんなギンガを、しぐれは相変わらずの優しい笑顔で見つめていた。

「好きなら好きって、ちゃんと言った方がいい…ぞ」
「で、ですから!?」
「僕たちと違って、お前はまだ負けたわけじゃないし…な」
「だから負けるも何も…………って、どういう事ですか、それ?」
「しゃべりすぎたか…な?」
(もしかして、この人“も”兼一さんの事が……)

その言葉の裏に隠された僅かな寂しさに、ギンガの中の何かが揺り動く。
同時に、しぐれの失言に注意が向いたことで、ギンガは自身が内心で「も」と呟いたことにも気付かない。

「アイツ、アレで結構モテるから…な。モーションをかけるなら、早めにした方がいい…ぞ」
「そ、そういうしぐれさんはどうなんですか!?
 師匠で一緒に住んでて、その上そんな綺麗なあなたなら、兼一さんだって……」

なんでこんな、励ますような、後押しする様な事を言っているのか。ギンガにもそれはわからない。
ただ、それを口にする度に、心の中で何かが軋みをあげる。
違う、そうじゃない。本当に言いたいのはそんな事じゃなくて。
そんな声が、心の底から聞こえてくるのを、ギンガは必死になって無視した。
だが、それに続いてしぐれが口にしたのはギンガの予想を超える一言。

「僕はもう負けて…る」
「え?」
「僕たちは兼一と美羽が一緒だったころを知って…る。だから、勝てないと思ってしま…った。
 勝負するも何も、それ以前にもう負けてるん…だ。美羽には勝てない、それが僕たちの共通認識…だから」

ギンガとしぐれの相違点。それはまだ美羽が生きていた頃を知っているか否か。
ギンガは知らない。ギンガが兼一と出会ったのは、もうずっと前に美羽が死んだ後だから。
しかし、しぐれは知っている。美羽と兼一がどうやって近づき、どうやって結ばれ、どれだけ互いを想い合っていたか。それを知っているからこそ、しぐれは兼一に対して動く気がない。
彼女の中では兼一と美羽はセットで、その間に入っていくができるなど思いもよらないから。
そしてそれは、何もしぐれに限った話ではない。

「馬の娘も…そう。アイツですら、二人の間に入れないと思い知ってい…る。
 だから、この四年兼一にモーションをかけてな…い」
「…………」

諦めたのではなく、負けた。勝てないという現実を知ってしまった。
だから、彼女らは兼一に対しそういうアクションに出ない。
彼女らは、白浜兼一争奪戦において美羽に負けたのだから。
しかしここに、一人の例外がいる。

「でも、お前は違…う。美羽との事を知らな…い。
 お前が知っているのは、今の兼一だけ…だ。だから、まだ戦え…る。
 なのに、戦いもせず諦めるのは後で後悔するぞ…っと」

ギンガは違う。ギンガは美羽と兼一がどれだけ思い合っていたか知らない。
それを無知と呼べば確かにそうだろう。だが、そうだからこそ彼女は戦う事が出来る。
なのに戦わないのは、しぐれから見ればもったいないとさえ映ったのだろう。
白浜兼一争奪戦はすでに終わった。しかしそれは、あくまでも「第一次」の話。
しぐれ達は第一において戦死してしまった、精神的に。
だからないと思っていた「第二次」に参加することはできないが、ギンガは参戦できる。

「で、ですが、それは…その……」
「まぁ、好きかどうかは置いておくとし…て」
「……………」

しぐれとしても、あまり無理にごり押しする気はないのだろう。
ただ、ギンガとしてはこれだけ言いたい放題言っておいてここで手を引かれると、かえって困ってしまうのだが。

「お前に兼一の傍にいてほしいと言うのは、本心だ…ぞ」
「? それは、どういう……」
「今日お前達を見てて思…った。お前は、良い弟子…だ」
「え?」
「良い師匠は弟子を育て、良い弟子は師匠を育て…る。武術はそういうもの…だ」

『良い弟子』それはなにも覚えがいいとかそういうことではないと、ギンガは直感的に感じ取る。
なんとなくだが、この人たちはそういう物とは違うところを重視しているような気がしたのだ。

「今日見た兼一は、良い目をしてい…た。前よりも、強い光が宿る良い目…を。
 きっと、お前のおかげでアイツも成長したんだ…ろ」
「そんな…私なんて」
「卑下する…な。それは師匠を卑下するのと同じだ…ぞ」
「っ……」
「僕たちはアイツをずっと見てき…た。今のアイツの目は、美羽がいた頃のそれに…近い。
 まあ、同じってわけでもないんだけど…な」
「それで、私にどうしろと?」

あまり要領を得ないしぐれの話に、ギンガは答えを求める様に彼女の瞳を見つめる。
その変化とやらを見抜く眼力も、変化する以前の兼一の事もよく知らないギンガだ。
しぐれの言う兼一の変化は、ギンガにはわからない。
だから彼女にできたのは、こうしてはっきりと言葉でその意を問う事だけ。

「ああしろこうしろ、って言う気はな…い。
ただ、折角見つけた自分の聖地を、心から慕える師匠から離れるのは、勿体無いって言うだけの話…だ」
「…………………」
「そう睨む…な。要はお前がどうしたいか…だ」

それだけ言って、しぐれは音も立てずに屋根から飛び降りる。
その行方をギンガは追おうとするが、屋根の下をのぞきこんだときすでにそこにしぐれの姿はなかった。
いくら探してもしぐれの影も形も見つけられず、ギンガは屋根の上で仰向けになって呟く。

「どうしたいか…なんて、私にもわかりませんよ、そんなの」

出たのは、普段の彼女らしからぬ弱々しい言葉。
それだけ、彼女も悩み迷っているという事なのだろう。
出来るなら、叶うなら今後も兼一の下で多くを学びたい。それに偽りはない。

だが、兼一や翔にはこちらでの生活と交友関係がある。
正直、兼一が今すぐにでも一大武術組織の幹部になれると言うのは驚いた。
それらを全て捨てろなどと言える筈もない。しかし、ギンガに指導するためにミッドチルダに移住してもらうと言う事は、そういう事だ。

かと言って、逆にギンガがこちらに移住することも難しい。ギンガにもあちらでの生活があり、交友関係があり、仕事がある。どれも、そう簡単に捨てられるものではないのだ。
兼一がこちらのでの自分を捨てられないように、ギンガもあちらのでの自分を捨てられない。
これでは、『どうした』もなにもあった物ではない。

ギンガにできる事は、こうしてただ夜空を見上げて流れに身を任せる事だけ。
それ以外に、いったいどうしろと言うのだろうか。

その後、ギンガは当初の予定通りミッドへと帰って行った。当然、一人で。
それが正しいのか、それとも間違っているのか。
それは、当人であるギンガにもわからなかった。
ただ彼女の瞳の奥深くには、言葉にできない寂寥と迷いが渦巻くだけ。






あとがき

というわけで、一端ギンガと白浜親子は御別れでござい!!
この後この師弟関係がどうなるのかは、次をお待ちください。
本当はそこまでやってしまうつもりだったのですが、例によって例の如く長くなってしまったのでここで切りました。ハハハ、完結までどれだけかかる事やら……。

そう言えば、リリなのシリーズってA’s以降は次回予告で「Drive ignition」とか「Take off」とか言ってましたよね。さしずめこのシリーズだと……………「Go to Hell」? うわ、シャレにならねぇ……。

あと、最後に報告を。
さすがに一週間に一本は仕事と並行しているときつい物があるので、今後は基本的に二週間に一本のペースで行こうと思います。もちろん早く書き上がれば週一かそれ以上で出すでしょうが。
別にわざわざ書く事でもないのでしょうが、最低限の礼儀ですよね、この辺は。


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