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No.257の一覧
[0] お兄ちゃんと一緒   【完結】[たかべえ](2009/04/09 16:11)
[1] お兄ちゃんと一緒 第2話[たかべえ](2007/12/18 17:32)
[2] お兄ちゃんと一緒 第3話[たかべえ](2007/12/18 17:32)
[3] お兄ちゃんと一緒 第4話[たかべえ](2007/12/18 17:33)
[4] お兄ちゃんと一緒 第5話[たかべえ](2008/03/17 09:32)
[5] お兄ちゃんと一緒 第6話[たかべえ](2007/12/18 17:33)
[6] お兄ちゃんと一緒 第7話[たかべえ](2007/12/18 17:33)
[7] お兄ちゃんと一緒 第8話[たかべえ](2008/02/23 10:25)
[8] お兄ちゃんと一緒 第9話 [たかべえ](2007/12/11 08:58)
[9] お兄ちゃんと一緒 第10話[たかべえ](2007/12/11 08:54)
[10] お兄ちゃんと一緒 第11話[たかべえ](2008/09/08 15:59)
[11] お兄ちゃんと一緒 番外編その1(本編11話後)[たかべえ](2009/02/08 12:53)
[12] お兄ちゃんと一緒 第12話[たかべえ](2008/01/04 19:44)
[13] お兄ちゃんと一緒 第13話[たかべえ](2008/01/28 10:33)
[14] お兄ちゃんと一緒 第14話[たかべえ](2008/09/21 14:09)
[15] お兄ちゃんと一緒 番外編その2(本編14話後)[たかべえ](2009/02/08 12:53)
[16] お兄ちゃんと一緒 第15話[たかべえ](2008/05/03 11:34)
[17] お兄ちゃんと一緒 第16話[たかべえ](2008/03/06 18:50)
[18] お兄ちゃんと一緒 第17話[たかべえ](2008/09/08 15:57)
[19] お兄ちゃんと一緒 第18話[たかべえ](2008/11/13 09:06)
[20] お兄ちゃんと一緒 番外編その3(本編18話後)[たかべえ](2009/09/20 21:45)
[21] お兄ちゃんと一緒 第19話[たかべえ](2008/11/12 09:41)
[22] お兄ちゃんと一緒 第20話[たかべえ](2008/11/11 16:12)
[23] お兄ちゃんと一緒 第21話[たかべえ](2008/07/22 15:38)
[24] お兄ちゃんと一緒 番外編その4(本編21話後)[たかべえ](2009/02/08 12:55)
[25] お兄ちゃんと一緒 第22話[たかべえ](2008/07/22 16:09)
[26] お兄ちゃんと一緒 第23話[たかべえ](2008/07/23 08:50)
[27] お兄ちゃんと一緒 第24話[たかべえ](2008/11/13 09:03)
[28] お兄ちゃんと一緒 第25話[たかべえ](2008/11/13 09:05)
[29] お兄ちゃんと一緒 第26話[たかべえ](2008/10/19 02:02)
[30] お兄ちゃんと一緒 番外編その5(本編26話後)[たかべえ](2009/02/08 12:56)
[31] お兄ちゃんと一緒 第27話[たかべえ](2008/11/13 08:47)
[32] お兄ちゃんと一緒 第28話[たかべえ](2008/11/26 19:48)
[33] お兄ちゃんと一緒 第29話[たかべえ](2010/08/29 23:16)
[34] お兄ちゃんと一緒 番外編その6(本編29話後)[たかべえ](2010/08/29 23:35)
[35] お兄ちゃんと一緒 第30話[たかべえ](2009/02/25 21:59)
[36] お兄ちゃんと一緒 第31話[たかべえ](2009/03/12 18:50)
[37] お兄ちゃんと一緒 第32話[たかべえ](2009/04/05 13:33)
[38] お兄ちゃんと一緒 最終話[たかべえ](2009/04/09 16:02)
[39] お兄ちゃんと一緒 番外編・最終話(本編最終話終了後)[たかべえ](2009/04/10 02:33)
[40] 作品を振り返って (作品全体のあとがき)[たかべえ](2009/04/09 16:06)
[41] お兄ちゃんと一緒 資料集[たかべえ](2009/04/09 16:11)
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[257] お兄ちゃんと一緒   【完結】
Name: たかべえ◆01a2c7a2 次を表示する
Date: 2009/04/09 16:11
お兄ちゃんと一緒
第1話
兄妹






碇シンジは面倒見のいい子どもであった。両親が共働きで、休日も家にいることが少ないためか、シンジは同年代の子どもよりもしっかりとしていた。まとめ役ではないものの世話焼きであり、彼の小学校時代の成績表には常に『面倒見がいい』と記されている。

そのときのシンジはようやく二桁の年齢になろうとしていた時だったが、年頃の男子特有のやんちゃさが欠けていた。といっても、根暗というわけでもなく、『遊ぶこと以外の何かに楽しみを見出しているようだ』と、そのときの教師は口にした。

実質、そうだったのかもしれない。シンジは人の面倒を見ることに楽しみを見出していた。それは特に、手間がかかればかかるほど楽しみが増すようであった。

このころのシンジは学校だけでなく、家に帰ってからも人の面倒を見ていた。彼の幼馴染である女の子の両親も共働きであり、シンジはその子の面倒を見ていた。家がマンションの隣同士であったこともあり、時間の許す限りどんなことでも面倒を見ていた。

少女の食事を作ったり、その家の洗濯物を洗ったり、部屋の掃除をしてあげたり、ほつれた制服のボタンを留めてあげたり、機嫌を取ってやったりと本当に何でもやっていた。それはやはり、楽しみを感じなければできなかったころだろう。なにより、少女はとても手間のかかる子であった。

口の悪い同級生たちはシンジを冷やかした。四六時中誰かの面倒を、特に女子の面倒を見ているシンジを馬鹿にしたのだ。彼らにすれば、女子と仲良くするのは悪いことであり、シンジは悪者であったのだ。

その男子たちはシンジに嫌がらせをしたが、すぐにそれは収まった。シンジ自身は気にしていなかったが、シンジの幼馴染が逆襲に来たのだ。彼らは少女一人に本気で泣かされた。暴れた後の少女も泣き出して、シンジに怪我の治療をされた。

親からすれば、手のかからない子。幼馴染の親からすれば、娘がとても世話になっている子。学校の教師からすれば、面倒見のいい子。幼馴染からすれば、大事な幼馴染。クラスの男子からすれば、女の後ろに隠れる卑怯者。他にも多くの人から様々な評価を得ていた。良い悪いにかかわらず、シンジは目立つ存在であったのだ。

ある時、これらのさまざまな評価にもう一つとある評価がつくことになる。それはあくまで平凡な評価であり、一般的にもあまり珍しくない評価であるが、この物語に限って言えば、実に重要な評価である。

これから数年後に、彼はその評価を貰っている。その評価はシンジの実の妹から与えられたものであった。

『大好きなおにいちゃん』

これが、この物語の主人公碇シンジを動かす原動力となる魔法の言葉であった。そして、同時に彼を変質化させた禁断の言葉でもあった。






シンジはその女の子に出会った時のことを今も覚えている。その日も帰りの遅い両親の代わりに、夕食のための買い物をしてきた帰りであった。マンションへの近道となる公園を抜けていく途中、シンジは砂場で一人で遊ぶ女の子を見かけた。

最初は変だと思った。その時間は既に日が沈んでいて、公園の灯りは入り口の前にある外灯だけである。こんな時間に遊ぶ子どもはいないし、シンジは一度も見かけたことがない。

遊んでいる子に注意をするべく近寄ると、その子は一人で大きな砂山に穴を作っていた。スコップのような土を掘る道具は持っておらず、素手で砂山に穴を開けている。

その子はクラスの女の子と変わらない年齢だった。短い黒髪の女の子は一言も話さずにただ砂山に向かっている。

「もう帰らないとだめだよ。お母さんが心配するよ」

シンジはそう告げた。少女は手を止めて、声をかけたシンジを見上げる。シンジはその少女の顔に見覚えがなかった。それは少女も同じだろう。どちらも互いのことを知らない。ただその少女はシンジのことを敵意を持って見上げてきた。

自分にはお母さんがいない、とその少女は口にした。そういった少女は泣きたいのを我慢しているようで、また砂山に向かった。

「でもお父さんが心配するよ」

自分にはお父さんもいない、と言った少女は、今度は泣いた。泣いた理由はシンジの言葉にあるが、それ以上に家に帰っても親がいないという現状にあるのだと理解できた。

知らない女の子に泣かれるのが嫌で、シンジは買い物袋の中から缶ジュースを取り出して、その子に手渡した。その子はジュースを受け取ったが飲むことはなく、ただ泣き続けていた。

その泣き方にシンジは懐かしいものを感じる。幼馴染の少女も同じ理由で泣く。親の帰りが遅いとシンジが傍にいても、泣いてしまう。親が仕事場に泊り込む時も全く寂しくならないシンジには分からないが、女の子がそういう理由で泣いてしまうということを彼は知っている。

公園に他の人影はない。シンジがここを離れてしまえば、少女は一人になる。それではかわいそうだと思って、ここに留まる事にした。砂場には掘り掛けの砂山がある。

「一緒に掘ろう」

そう呼びかけたシンジに少女は答えなかった。仕方ないからシンジは一人で穴を掘った。少女が掘っていた方の逆側から。シンジは指先で穴を掘る。

砂が爪の中に入るが、それでも構わずシンジは穴を掘った。掘った穴はわずかな振動でも崩れた。崩れる端から補修をする。トンネルの完成は困難を極めた。

それでもシンジが根気強く穴を掘り続けると、泣いていた少女は泣くのをやめて続きを掘り始めた。砂山を二方向から掘り進める。砂を掻き出して、腕を長く伸ばす。

掘り進める砂の壁の向こうから、互いの手の動きが伝わってくる。外灯の光も届かない砂場では互いの顔ももう見えなくなったが、砂越しの手の動きだけはよく分かった。

最後の壁を崩したのはシンジであった。砂の壁が崩れた先に少女の砂だらけの小さく細い指があった。

指の先が触れ合う。ようやく触れた手の温もりを嫌がることなく、触り続ける。特に少女はシンジの指先を強く握ったまま放さない。そのときの少女の顔は泣き顔でも笑顔でもなく、ただようやく触れた指の感触に感じ入っていた。この感触をずっと味わおうとしていた。

「僕がお兄ちゃんになってあげる」

自分の指をぎゅっと握る少女に、シンジはそう言った。少女は意味が分からずにじっと聞いている。

「僕が君のお兄ちゃんになったら、僕の母さんと父さんは君のお母さんとお父さんになるんだよ。そしたら、君はもう一人じゃないよ」

その答えは、そのときシンジが考えた答えの中では最高のものであった。少なくともシンジはそう信じている。親がいない女の子の兄になってあげたかったのだ。

その言葉に少女は頷いた。父と母を分けてくれるというシンジの申し出に心から感謝して、少女はシンジの妹になることを承諾した。シンジは知らなかったが、少女はこのとき既にシンジのことを気に入っていたのだ。だから、そのとき少女は笑顔を見せた。

もう公園はすっかり闇の中。だからシンジはその笑顔を、このときは見ることができなかった。シンジに感じられるのは繋がったトンネルの中の手の温かさだけであった。時計を持っていないシンジにはどれだけの時間が流れたか分からないが、いつしか少女の方から手を放す。

買い物袋を持って立ち上がったシンジが、一緒に家に帰ろう、と呼びかけた時、少女はそこにはいなかった。辺りを探してもみても声はどこからも聞こえず、呼びかけようにも名前を知らないことに、ここでようやく気がついた。

結局、この日は少女を見つけることができなかった。明日また会えるかもしれないと期待して、その日は諦めて家に帰った。

待ちくたびれた幼馴染が泣きながら文句を言ってきた。謝ったが許してはくれずに、代わりに早く夕ご飯を作れとせがんできた。シンジの部屋は暴れた幼馴染によって、あらゆる物が散乱していた。

食事の準備をするために台所に立つ。買い物に行く前に洗い物と簡単な用意は済ませてある。だが、シンジは流し場にとある物を発見する。それは出かける前まではなかったものだ。

それは空の缶ジュース。シンジが公園にいた女の子にあげたのと、同じパッケージのものであった。缶ジュースについて幼馴染に尋ねたが、飲んでいないという答えが返ってきた。

不思議には思ったが、それ以上は深くは考えなかった。あの少女がたとえお化けであっても自分の妹には変わりないんだからと、素で考えていた。結局、その日も両親が帰ってくるのは深夜というべき時間帯であった。

このとき、少女は一つの奇跡を紡ぎ出していた。それはシンジからすれば決して気づくことのできない奇跡であるのだが、運命を変えるとてつもなく大きな奇跡であったことは間違いない。

変化は次の日に。学校から帰ってくると珍しくシンジの母は家に帰ってきていた。半休を貰ったという母に、その理由を尋ねると予想もしない答えが返ってきた。

「お母さん妊娠しているんですって。これでシンジはお兄ちゃんになるわね」

唐突に昨日の少女が思い出され、

「きっと女の子だよ」

と口にする。シンジの言葉通りであったことを知るのはこの何ヶ月も後のこと。

この日から長い間、母は家にいてくれるようになり、釣られるように父の帰りも早くなった。家族が揃って食事を取ることが増え、休日に父親がドライブに連れ出すこともあった。

父がこうやってシンジに構ったのはこの時期まで。出産した母が生まれた赤ちゃんと退院してからそう経たない内に、父は子どもに構わなくなった。

母に釣られるように家に寄りつくようになった父は、母が死亡して子どもから離れたことに釣られるように、子どもの前からいなくなったのだ。

シンジとその赤ちゃんは親戚の家に預けられる。大きな、それは大きな『お供』を連れて。






第2新東京市。セカンドインパクトの混乱時、旧東京に新型爆弾が投下されたことで首都が切り替わり、長野県旧松本市に都市機能が移行した。

後に、第二次遷都計画が発案され、神奈川県箱根町に第3新東京が建造されることとなった。将来的には第3新東京が正式に日本の首都になる。

その第3新東京に向かう途中にある街々は普段は活気があるはずだが、その日ばかりは様子が違った。街のどこにも人影はなく、生活音のしない街中で非常事態宣言と、スピーカーが鳴り続けている。

そんな中、青のアルピーヌ・ルノーA310が無人の道路をひたすら爆走する。高速でカーブに突入するたびに対向車線に進入するが、他の車は一台も走っていないため、事故は奇跡的にも起きていない。直角に曲がるカーブを無理なハンドル捌きで曲がりきる。

「なんで止まるのよ列車!!」

運転している葛城ミサトの叫び声を聞く者はいない。時代遅れのガソリン車は無人の街を走っているからだ。無人である理由をミサトは承知しており、その元凶がどこにいるかを目視している。

ミサトは今、駅に向かっている。そこに待ち合わせている人物が二人いる。ミサトの上司の子どもが二人、そこでミサトの到着を待っている。本来はこの先の駅で待ち合わせしているのだが、緊急事態故に列車が止まったのだ。間が悪いと、事態の元凶に対して悪態をつく。

ビルの合間から時折覗ける巨人。全体的に黒い表面とお面のような顔。そして、その下に赤い玉がちらちらと見える。その存在は通称使徒と呼ばれる。彼女にとって父親の仇。許しがたい悪。

復讐のために組織に入り、出世した。三十歳を前にして部隊を指揮する立場に上り詰めた女傑だが、肝心の敵を倒せる兵隊が一人もいない。ミサトの組織には地上最強と呼べる兵器がある。それは特殊な素質のあるパイロットが搭乗しないと動かせない仕組みであり、それがまだ一人もいない。

ドイツには一人いるが、今から日本に連れてくることは不可能。ようやく見つかった新たな資格者を保護するためにミサトは車を走らせる。確保できなければ、人類が滅亡するかもしれない大事であり、そもそも敵討ちができない。

駅に近づくと使徒の巨大さが改めて分かる。使徒を殲滅するために交戦しているUN軍の旗色は悪い。UN重戦闘機からのミサイルをものともせずに使徒は悠然と歩を進める。使徒の手から伸びる光の杭に重戦闘機は貫かれ、次々に落とされていく。

戦闘機程度では使徒を倒せないということをミサトは知っており、せいぜい足止め程度だと認識している。最初から負けると分かっているため、本来なら応援する気にもなれないが、今は事情が違う。使徒の進行方向には運が悪いことに二人が待っている駅があり、そこに使徒を進ませないためにも頑張って貰うしかなかった。

だが、それがやはり負け戦であると教えられる。使徒の歩みは止まらなかった。使徒が一歩踏み出すごとに車が走る地面が揺れる。

間に合わない、半ば確信しながらもそれでもアクセルを緩めない。使徒はもう一歩踏み出せば、駅へと到達する。使徒はそのまま足を振り上げ、重心がずれたその瞬間に思いっきり吹き飛ばされたのであった。

「……は?」

ミサトは思わず呆然としてしまった。今まで傍若無人で歩いていた使徒が吹き飛ばされたのだ。ミサイルは通用していなかった。ガンポッドではさらに効果がないだろう。じゃあ、なにが吹き飛ばしたのか。考えても答えは分からない。

疑問に思いながらも無意識の内に身体は動き、駅前の緩い階段に車を横付けする。

すると、ミサトの到着を待っていたように小さな女の子が車に近寄ってくる。その女の子の後ろから、この事態の中でも取り乱すことなくゆっくりと歩く少年がいる。もっとも、女の子も興奮しているだけで怖がってはいなかったということをミサトは後に知る。

「あ、葛城さんですか。初めまして、僕が碇シンジです。で、この子が」

「いかりユキ、4さいです!」

取り乱すことなく挨拶する碇シンジと、大きな声で自己紹介する4歳児、碇ユキ。シンジは「元気よく自己紹介できたね」とユキの頭を撫でながら褒めてやる。すると、ユキはシンジににっこり笑いかけるのだった。

周りの騒動など一切気にすることなく、二人はほのぼのとした空気を振りまいている。思わずミサトもその空気に飲まれてしまった。有無を言わさず周りを幸せにしてしまうオーラが二人から発せられていたからだ。

物語はここから動き出す。この二人だけが動かしたとはいえないが、大きな要因である二人が物語の舞台へとやってきたからだ。






シンジとユキの二人は後部座席に乗り込む。乗り込む際はシンジがドアを開けて、先にユキを入れてあげるレディーファースト。後部座席に座ったユキは足をぷらぷらさせて楽しんでいる。

ミサトは車を走らせながら、バックミラーを使って改めて二人の姿を確認する。

シンジは本当にどこにでもいそうな少年であった。真っ黒の髪と瞳。肌はあまり日焼けしていないが運動を欠かさない体であることは判断できた。服装は洗いざらしのTシャツにジーンズ。手には二つのリュック。その一つにウサギがプリントしてあることからユキの分も持っているのだと判断する。

ユキと元気よく名乗った幼女は、兄に良く似た黒髪に黒の瞳、兄以上に白い肌のため精巧な人形のようにも見える。服装は綺麗なブラウスとスカート。そして小さなポシェットを持っている。シンジの服装とユキの服装を見比べると、ユキのほうがお金がかかっていることが一目瞭然である。ユキはポシェットから飴玉を二つ取り出して、兄と一緒に食べている。

確か年の離れた兄妹だったわよね、と内心資料を思い出しながら、二人に話しかける。

「シンジ君にユキちゃんだっけ、よく今まで無事だったわね」

「いえ、葛城さんが来てくれなかったら大変なことになってましたよ。感謝してます」

飴を舐めているので若干発音が悪いが、十分に聞き取れる。

「ミサトでいいわよ」

「……葛城さんがあと15年若ければ、そう呼んであげてもよかったんですが。残念ながら無理ですね」

気さくに呼んでいいと言うミサトに、辛辣以上に何か不安にさせることを言うシンジ。いくらなんでも若くなりすぎだろと思った。

「さ、さすがに若返りすぎじゃないの? そしたら私はシンジ君より年下になっちゃうし」

「……サバを読むな、29歳。それとも明らかな偽証か」

今回は辛辣だった。しかもミサトの年をしっかりと言い当てている。まだ自己紹介もしていないというのに。ミサトは一瞬シンジが怖くなった。

「……なんで年のこと分かるの? というか、ここは綺麗なお姉さんに惚れたり、助けてくれてありがとうと感謝する場面では?」

「何を言っているんですか。葛城さん、そもそも貴方はなんて写真を送ってくるんですか!」

何故か切れられた。脈絡のない怒りにミサトは面食らってしまう。

「しゃ、写真!? 写真ってあれのことよね」

シンジに叱られて、ミサトはどんな写真を送ったかを思い出す。何年も前の全盛期の写真に書き込みをして、司令からの手紙に添えたことを思い出す。あれはちょうど24歳ぐらいだったかなと、過去のことを思い出す。

「いや、だって、シンジ君のためにと」

「余計なお世話です。いいですか、初めに言っておきますけど、葛城さんは僕の守備範囲から大きくずれています」

「それって初対面の相手に言うことかしら!?」

「会ったこともない相手にあんな写真を送ってくる人に言われたくないです。更に言うと、僕はあんなポーズまでしっかり決めた写真よりも偶然撮れた奇跡の瞬間にこそ魅力を感じるんです。そう例えば、ユキの愛くるしい仕草」

ミサトのツッコミを無視して、シンジは続けた。ちなみにシンジの口の中にあった飴玉は既に溶けてなくなっている。

「アイスクリームを食べているときのユキの横顔。舌を伸ばしてアイスを舐めている時の顔は正面からでは捉えられない。だからこそ横から撮影する必要がある。しかし、ユキは僕の正面に回ろうとする。ならば僕はユキよりも早く動き、ユキの食事中の光景を正確にフィルムに収めないといけない。そのとき撮れた写真の素晴らしさが分かりますか!?」

身振りそぶりを交えた熱を込もった語りを聞いて、シンジは変わった子という確固たるイメージがミサトの中に定着した。

「……わかるけど」

「嘘だっ!? 分かっているのならばあんな写真を撮るはずがない。第一、ユキの可愛らしい姿を目に焼き付けていない葛城さんに分かるはずがない!!」

適当に相槌を打って返したら、何故かよりヒートアップしはじめた。ちなみに当のユキはシンジの言葉は良く分かっていないが、自分が褒められているということを感じて笑っている。ある意味、大物。

「……シンジ君ってシスコンなの?」

「違います。ユキを愛しているだけです」

人はそれをシスコンという、ミサトは心の中でツッコミを入れた。愛しているのくだりで、ユキはさらに嬉しそうに笑う。シンジがシスコンであるように、ユキはブラコンなのだろう。

「二人って本当に、……仲がいいのね、いつも二人一緒だったの?」

言葉を選んで二人を形容する。倒錯愛とかふしだらな言葉しか出てこないのを堪えて、ようやく出てきた言葉だった。だが、それを否定したのはユキだった。

「ふたりじゃないの。ユキのおかあさんもいるの!」

「えっ!? だ、だって、ユキちゃんのおかあさんは……」

そこで言いよどんでしまう。経歴を調べた時に、家族構成を知ってしまっている。ユキの母親、碇ユイはユキの出産の直後に死亡したと記されていた。死因に関しては事故死とのみ記されており、それ以上知ることはできなかったが、少なくともユキの傍にいてやることはできない。

真実を知っているものの、幼いユキのことを思ってミサトは最後まで言わなかった。

「あのね、おにいちゃんがいってたの。おかあさんはユキのそばにいてくれるって。そして、ずっとずーっとユキのことをまもってくれるの。それでね、ユキにいじわるするわるいひとは、おかあさんがみんなやっつけてくれるの」

ミサトはその言葉を聞いて、黙ってしまった。自分には母がいないことを不思議に思ったユキはシンジに尋ねたのだろう。その時にシンジはそんなことを言ったに違いない。その様子が頭の中に浮かぶ。

このとき、ミサトはせめて二人の親代わりになってあげたいと思った。ミサトはシンジに戦いを強要する立場であるが、せめて戦いのないときは優しく迎えてあげる母親になってあげたかった。

しかし、ミサトは知らない。ユキは本当にお母さんに見守られているということを。

そう、なぜ使徒が吹き飛ばされたのか、ミサトはよく考えてみるべきであった。






「おにいちゃん、あのたてもの、なーに?」

第三新東京に着いた後はモノレールに乗って移動することとなった。車道がないため、ジオフロントへと下りるために車ごとモノレールに乗って移動している。

最初はトンネルを通っていたが、途中から別世界が開けた。地下に降りたはずなのに、窓の外には明るい世界が見える。地上の集光ビルによって作られた光溢れる空間にユキの視線は釘付けになっている。

ユキは車の窓から見えた青いピラミッドのような建物を指差している。シンジはユキの頭の上から同じ建物を眺め、そして知っているはずの名前を口にしなかった。

「うーん、なんだろうね」

「あれが人類最後の砦。ネルフの本部でもあるわ。そして、あなたたちのお父さんが働いているところよ」

ミサトの言葉にユキは反応した。シンジも反応した。チッと舌打ちする。ユキには聞こえないように、しかしミサトには聞こえるように。

「おとーさん? おにいちゃん、ユキのおとーさん、ここにいるの?」

「そうだよ。ユキのお父さんはここで働いているんだよ」

舌打ちをしたことを微塵も悟られない、素晴らしい笑顔を見せるシンジ。ミサトはこれ以上、シンジに突っ込みを入れるのは無駄だと悟った。

「ユキちゃんはお父さんがどんな人か知っているかな?」

「うん。おとーさんは、おかあさんを、えんえんなかした、わるいひとなんだよ」

「……そうなの?」

ユキの説明を聞いて、シンジにも尋ねるミサト。シンジは嫌々ながらもミサトに事情を説明した。

「ええ、父さんは母さんとの約束を破っているんですよ。必ず約束は守るといっておきながら、最初から守る気のなかった穀潰しです。僕の前ではあまりあれのことを話さないでくださいね」

この家族にも事情があるのだと考えたミサトは何も言わなかった。事実、言わないで正解だったのかもしれない。

モノレールが止まり、車を駐車場に止めて、ここからは徒歩で進む。駐車場から目的地まで30分もかからない。入り組んだ道のため、多少分かりにくい造りではあるが、慣れた職員は平然と進む。しかし、道に慣れていないミサトは悪戦苦闘し、後ろを歩くシンジに釘を刺されることになる

「葛城さん、ここさっきも通りましたよ」

ユキを両腕で抱きかかえるシンジが前を歩くミサトにそう言った。長く歩いたことでユキは疲れ、シンジに抱っこされて休憩中である。抱っこされている間は暇なのか、きょろきょろと周りを忙しなく見回している。

「ごめん、もうちょっとで着くから」

地図を眺めるミサトは振り返ることなく答えた。なお、ミサトが凝視している地図が上下反対であることにミサトは気づいていない。いい加減地図のことを口にしようかなと思ったとき、通路の横の扉が開き、白衣を着た金髪の女性が出てきた。

「ミサト、この非常時になにをやっているの!?」

髪は金髪だが、眉は黒なので染めていることはシンジにはすぐに分かった。というよりその女性はシンジの顔見知りであった。ミサトはその女性を「リツコ」と呼ぶと、今度は両手を顔の前にあわせて謝った。

「ごめーん。まだ本部の道順を覚えてないから。でも、ちゃんとシンジ君とユキちゃんは連れてきたわよ」

ミサトの後ろに立つシンジをリツコは嫌そうな目で見る。シンジがリツコのことを覚えているように、リツコもまたシンジのことを覚えている。

「……久しぶりねシンジ君」

「久しぶりですね、リツコお姉さん。いやこうしてまた会う日が来るとは」

「……本当にね。マルドゥック機関がセカンドチルドレンとして貴方の名前を出したときは、本当に嫌だったわよ。何度名前を否定しようと思ったか。貴方といい、アスカといい、なんでこんなに人に迷惑をかけるのかしら。主に私に」

懐かしい幼馴染の名前を出したリツコに、シンジは当時のことを思い出しながら話を続ける。

「あの頃の悪戯のほとんどはアスカによるもので、僕はあまり迷惑はかけていませんよ。僕はそっとアスカの手助けをしたぐらいです」

「それが一番迷惑だったってことを気づいてね」

ミサトとユキをおいてけぼりの会話をする二人に、ミサトが質問する。

「え、リツコってシンジ君の知り合いだったの?」

「……ええ。できれば忘れておきたかったんだけど。……まあ、いいわ。こっちについてきて頂戴」

リツコに先導され付いていく。エレベーターでさらに下に降り、そしてプールのような水の張ってある場所に行くと今度はボートに乗って移動することになった。ユキが転ばないようにシンジは抱き上げてボートに乗せてやる。

「こっちよ、暗いから気をつけてね」

ボートに乗っている時間は僅かな時間であった。ボートで進んだ先は照明がついておらず、真っ暗な空間にリツコを先頭に四人は入っていった。ジオフロントに入ったときに見えた明るい景色と何も見えない今の状況のギャップに、少々苦しみながらもシンジはユキに気遣う。

「ユキ、転ばないように手を握ってあげるからね」

「まっくらー。おとーさんって『もぐら』さんなの?」

「きっと夜行性なんだよ。今から起こすんですね」

「……今明かりをつけるわ」

この二人にまともな感性を期待するほうが間違っていた、とリツコは深く後悔する。ユキは天然なのだろうが、シンジはわざとやっているのか判然としない。過去のことからすると、わざとやっているのだろう。

明かりがつけられ、眩しさに目を細める。目が慣れると、シンジはあたりを見渡した。正面には、赤いプールの中から顔を出したイエローの巨人がいた。頭だけでシンジよりも大きい。他にも左右を見渡して、ようやく自分達が立っていたのはプールの上にかけられた橋のようなものだと理解した。

「これはエヴァンゲリオン零号機、人類が使徒に対抗するために作り上げた最初のエヴァよ」

「これがおとーさんのしごとなの?」

リツコの言葉にユキが問い返した。ユキはこのロボット、エヴァの価値や存在意義など全く理解していないので、父の仕事の重要性が分からなかったが、何かを造っているということは分かったようである。

「そうだ」

声に反応してシンジは上を見上げる。エヴァ零号機の頭の上、上の階のガラスの向こうにサングラスをかけ、髭面で、さらに黒い服を着た男が立っていた。

その男を見るためには首を大きく上に向ける必要があり、その男が立っている場所は少なくとも人を出迎える場所ではない。

リツコとミサトはこれからシンジにどう言って、エヴァンゲリオンに乗せようかと考えていると、シンジは迅速に行動を起こした。

「ユキ、僕の後ろに隠れて!!」

上の男を視認すると、ユキを自分の後ろに急いで隠す。まるで人攫いから子どもを隠す親のようである。

「あ、あのどうしたの。あの人があなたのおとうさ、」

「変質者ですね。サングラスで視線を隠しながら、絶対にユキのことを見ているに違いありません。そこの変質者!! その下種な視線でユキを汚すな。いやそこで待っていろ!! 今すぐそこまでに行って、貴様の目を潰してやる」

大声で罵倒するシンジ。ビシッと右手の人差し指で指している姿がシンジによく似合っている。無意味に偉そうなポーズが似合っているということは、間違いなく父親の血を引いている。

「シンジ君。だから、あのひとは、」

ミサトの説明を遮ってシンジはさらに上にいる男についての予想を口にする。

「分かっています。恐らくあの人は嫌な上司で、権力を笠にセクハラ、パワハラ三昧なんですね。こういった秘密組織である以上、上の人間が強い権力を持つのが当然ですから、被害を受けた人は泣き寝入りするしかないんですね。なんて嫌な奴なんだ」

否定したかったが、あまり否定しきれずにリツコは指で頭を押さえる。ちなみにユキは首を傾げている。

「あのひと、へんたいなの?」

「いや、そうじゃなくてあなた達の」

「ユキ、隙を見せちゃダメだよ!! お菓子をあげるって言われてもついて行っちゃダメだ!!」

「違うって言ってるでしょ!! だからあの人は」

もう説明することに疲れてしまったミサトには諦観がよぎる。シンジがあまりにもお馬鹿であるため、まともな会話を成立させることができない。そんなミサトの苦労もお構いなしに上の階の男は話を無理に進めようとする

「ふっ、出撃」

「ユキ、気をつけるんだ!! 『出撃』というのは隠語で、本当は『者ども、あの可愛らしいちみっこを捕まえて、我が前に差し出すのだ』という意味に違いない! ユキ、急いでここを脱出するよ!!」

「あなたどこまで深読みしているのよ!! 文字通りの意味よ!!」

「じゃあ聞くけど、この状況で何が出撃してくるというのさ! なに、それはもう口にも出せないおぞましい何かですか!?」

「そんなものいるわけないでしょ。というより碇司令、この状況をさらに混乱させないでください!!」

親子揃ってなにやってるのよ、と心の中で呆れ返るリツコ。やはりこの二人は親子であると改めて実感する。上にいる男はシンジの実の父親である碇ゲンドウである。シンジはそのことに気づいているのだろうかと考えて、やっぱり気づいているんだろうなと溜息をつく。

リツコの嘆息に合わせるように、建物全体が大きく揺れた。ぐらぐらと連続した揺れが続き、ユキはシンジに捕まって倒れないようにする。揺れが収まると、ゲンドウは上を見上げる。

「奴め、ここに気づいたか」

「奴? つまりユキを狙う変質者がもう一人現れるということか!? ちっ、やはり都会には変質者が多いというのは本当だったな。だから都会は嫌なんだ」

「……いいから話を進めなさいよ」

偏見に満ちた意見を口にするシンジに、もう注意する言葉を持たない。

必要最低限の単語しか口に出さない父親と、そこから摩訶不思議な解釈をする息子。どこまでも話のかみ合わない二人にリツコはもうどうにでもなれ、という気分であった。

すると、今までシンジの後ろに隠れていたユキがとことこと歩き、ちょうどゲンドウと正面で向き合う位置にやってくる。ユキは大きく上を見上げて、生まれて初めて見る父親をじっと見つめる。

「いけない!! ユキ、そこから逃げるんだ!!」

シンジの言葉に耳を貸さず、ユキはとんでもないワードを口にした。






「へんたいさん、ユキはおにいちゃんのものですから、ユキをさらっちゃだめです」






めっ、と叱るユキ。叱られるゲンドウ。全員の時が凍りつく。その中で一人だけ動いているシンジはというと、

「ああ、もうユキはいつでもどこでも可愛いなー」

ぼたぼたと滝のように鼻血を流しながら、実の妹の可愛さに悶えていた。流れた鼻血は床を伝い、赤い水、LCLのプールの中に流れ込んでいく。LCLには新たな成分が追加されていく。

兄の煩悩を刺激しまくるその言葉に、上のゲンドウもまた刺激されていた。頬を赤く染め、鼻の下をだらしなくのばし、さらに鼻息を荒くしている。正しく変質者である。それを見たユキを除く全員が襲ってきた寒気に体を震わせ、そして必死に視界に入れないようにする。

「……すまなかったなユキ。ユキ、これからは父さんと一緒の家で暮らそう」

「ふぇ?」

言われた意味が分からず、首を傾げるユキ。ユキはゲンドウを自分の父親と認識しておらず、『へんたいさん』と認識して叱ったのだ。そのために、どうしてそんなことを言われるのかが分からなかったのだ。

「私がユキのお父さんだ」

「へんたいさんがおとーさんなの?」

「そうだ。今まですまなかった。親子としての時間を4年も無駄にしてしまったが、これからそれを取り戻せばいい」

今のゲンドウのシナリオは『なるべくかっこいい事を言って父親として認めてもらい、最終的にはファザコンにする』という欲望と劣情の入り混じったものだった。親として最低の行動である。

「さあ、私と一緒に暮らそう」

「いやです」

即答だった。間髪いれずにユキは拒否した。まるで様子見のジャブに強力なカウンターが返ってくるようなもの。膝から崩れ落ちてしまいそうなほどのダメージを受けたゲンドウはがくがく震えている。

「わ、わたしを拒絶するのかユキ」

「だって、ユキはおにいちゃんがだいすきなんだもん」

膝を突いた姿勢でガラスにへばりつき、ゲンドウはユキを見つめている。そんなゲンドウをまるっきり無視して、ユキはシンジのジーンズにしがみつく。すりよってくるユキを抱きかかえ、シンジはゲンドウを見る。その目は完全にゲンドウを哀れんでいる眼差しである。

『はっ、分かったかい変質者。これが僕とユキの絆なんだよ』

『おのれシンジぃ~!!』

『ユキのほっぺをぷにぷにしたことはあるかい? ユキと同じ布団で寝たことは? ないだろ、と・う・さ・ん。おやすみのチューは、って聞くまでもないか』

『き、貴様~!! 絶対に生かしてはおかんぞぉ~!!』

視線だけで会話する、数年ぶりに再会した父と子。実は仲がいいのかもしれない。重要な会話は全く噛み合わないくせに、こういった時は言葉を使わずとも完全な意思疎通を見せている。

だが、そうこうしている間にも使徒の攻撃は続いている。時折、ガタガタと建物全体が揺れている。今度の揺れは先ほど大きく、そして長かった。照明の一つが落ちてきて、LCLのプールに沈む。その音にびっくりして、ユキはシンジにより強くしがみつく。その光景に眉をピクッと動かすゲンドウ。

「戦え、シンジ」(意訳:乗り込んだら零号機を爆破して、貴様と使徒を葬ってやる)

「子どものために戦うのが父としての役目ではないのか」(意訳:僕らのために死んできな)

「人類を救うためだ。受け入れろシンジ」(意訳:お前は人類でも守ってろ。ユキは私が守る)

「人類を守るというのは父さんの仕事だろ。その責任を放棄するな」(意訳:こんなくそ親父なんか守っていられるか。僕が守るのは可愛い妹だけだ)

一歩もひかない視線と視線。言葉の奥に隠された真意まで完全に理解している二人は、本当に仲のいい親子である。

そこにねじが緩んだのか、新たな照明が落ちてきた。今度はLCLのプールへではなく、シンジたちが立っているブリッジへと直撃、轟音を立てた。

「ぐすっ、ぐすっ、うえええーん(泣)」

その音に驚いて、泣き出してしまうユキ。元々怖がりで、大きな音が苦手なユキは台風や雷の際は決してシンジから離れようとしないのだ。

「ユキ、怖がらなくていいよ」

「シンジ。人類のために戦って来い。安心しろ、お前の葬式は国葬にしてやる」

酷薄の笑みを浮かべて、部下に命令するゲンドウ。シンジの周りを黒服の人たちが取り囲む。今までのやり取りがあるため、黒服の部下たちもどことなくやる気がないが、仕事なので働いている。ユキを庇うように構えるシンジだが、不利なのは一目瞭然である。

「ユキには傷をつけるな」

シンジは痛めつけろ、という意味で命令する父親。周りの空気が緊迫するのを肌で感じるのか、ユキの泣き声はどんどん大きくなっている。ユキはもうこれ以上出ないくらいの大声で泣いている。

そして、最後に大きな声で助けを求めたのだった。






「ぐすっ、おかあさぁぁーーん!! ユキのところにきてーーー!!!」






ユキの声とどちらが早かっだろうか。一瞬の内に、紫の巨大な腕が出現して、ハエを叩くかのように黒服たちを弾き飛ばす。大質量の物体が突然襲ってきたことに耐えられなかった黒服たちは吹き飛ばされ、LCLの中に落とされたり、地面や壁に叩きつけられる。

「な、なんだと!? ……こ、これは」

見たものを信じられずに言葉を詰まらせてしまうゲンドウ。虚空から伸びる巨大な腕はエヴァンゲリオンのもの。そして、紫を基調に、黒と緑のラインが入っているこのデザインは一体だけしかいない。

ユキを脅かす敵がいなくなったことで余裕が出てきたのか、腕だけでなく、肩、上半身、そして頭までが虚空から出現する。その姿はかつてネルフから消失した一体のエヴァンゲリオンのものであった。

「こ、これは初号機!?」

「初号機ぃ~!? それって欠番になったんじゃなかったの!?」

驚くリツコ、そしてリツコの言葉に驚くミサト。今まで見たこともないエヴァンゲリオンが突如出現するという事態に、地上で暴れている使徒のことを忘れてしまっている。

「エヴァンゲリオン初号機。零号機と弐号機の間を繋ぐ試作型のエヴァンゲリオン。4年前に完成し、直後消失。故に欠番扱いされてきたわ。……今までどこにあるかも分からなかったのに」

「あれ、そうなんですか? 母さんはずっと前から僕たちと一緒にいましたよ。あの時の実験の後からずーっと」

「嘘!?」

何を騒ぎ立てているのか分からない、といったシンジは平然とリツコの疑問に答える。この4年間、ずっと傍に母がいたシンジは自分の今の状況を異常と捉えることなく、日常を過ごしてきた。シンジは上を見上げて、昔とはすっかり変わってしまった母の顔を眺める。

「母さん。いつもありがとうね」

「ぐすっ、おかあさ~ん」

二人に対して腕をゆっくりと動かし、大きな指で優しく撫でてやる初号機。無骨で大きな指に甘えるように頬をよせるユキ。初号機はユキのしたいようにさせている。

「おかあさん、だいすき」

ユキはエヴァを自分の母であると疑いなく認識している。他の子どもの母とは全く違う姿をしていてもユキの母親は初号機であり、そのことを本能的に感じているのかもしれない。

「ユキちゃんは初号機を『おかあさん』って呼んでるけど?」

「……詳しい説明は省くけど、初号機にはユキちゃんのお母さんの魂が宿っているのよ。それが理由のようね。見て、ユキちゃんを守るように陣取っているわ。ユキちゃんを攻撃しようとすれば、初号機は攻撃してくるわよ」

冷静に観察するリツコだが、同時に初号機の危険性に内心脅えていた。どういった原理で出現しているかも、どういった方法でエネルギーを確保しているかも分からないが、このまま放置しておけば、ネルフ本部壊滅に繋がる。今はユキとシンジを守るように両腕を広げたまま動かないが、本気で暴れたならネルフは使徒にではなくエヴァに滅ぼされる。

エヴァンゲリオンは自我を持っている。その自我は二人の母親であるユイの意識だろう。それを逆撫でするわけにはいかない。怒らせないように、機嫌を損なわせないようにと、かける言葉を選ぶ。

だが、そこに空気の読めない馬鹿がいた。

「ユイ、ユイなのか!? 私だ! お前の夫のゲンドウだ!」

大声を出して、必死に初号機にアピールしているゲンドウ。そのゲンドウに視線を向ける初号機。ゲンドウは喜んでいるが、初号機の目はギロッと睨んでおり、逞しい腕には力が入っている。どう考えても死亡フラグである。

怒りに満ちた初号機の拳がゲンドウの目の前にあるガラスに叩きつけられる。エヴァの暴走を想定した特殊な強化ガラスは割れることはなかったが、衝撃に驚いてゲンドウは後ろに倒れてしまう。

「……な、なぜ私を拒絶するんだ」

「だって母さんがエヴァになってから一週間も姿を晦ませた上に、帰ってきて早々親戚の家に行けなんて言うからだよ。あの時、母さんはもうユキの傍にいたんだよ」

「なぜ教えてくれなかったぁーー!!」

「聞かれなかったし、そのことを言う暇がなかったから」

嘆くゲンドウといたって冷静なシンジ。シンジはゲンドウを放置すると、リツコに声をかける。

「リツコお姉さん。上で暴れている使徒を母さんにやっつけてもらいましょうか? あれぐらいだったら軽く倒せそうですよ」

「……そうね。経費でお小遣いでも何でもあげるから、使徒を殲滅して頂戴。これ以上、放置しておくわけにはいかないから」

「分かりました。母さん、上で暴れている使徒をやっつけてくれないかな?」

シンジのお願いに、母はちょこっと考える。シンジだけでなくユキの意見も聞きたいのか、まだ初号機に頬擦りをしているユキに無言で催促する。

「ユキが怖がらないようにするためにもお願い。ユキからもおねがいして」

「ぐすっ、うん、いいよ」

落ち着こうとするユキに、シンジはハンカチで顔を拭いてやる。涙を拭いてあげるとユキも落ち着きはじめる。とても高いところにある母の瞳をじっと見つめたまま母にお願いをする。

「おかあさん、しとさんやっつけて」

この言葉だけでよかった。母が使徒を倒す理由に人類の未来という理屈はいらない。娘が望んでいるからという、ただそれだけの理由で母はどんな敵でも葬ってやるのだから。

エヴァは腰と脚部まで出現させる。完全に姿を現したエヴァンゲリオンはLCLの中に沈みながらも施設の外へ出ようとする。

「初号機が動くわ。ハッチまで誘導して!!」

エヴァによる被害を少なくするために整備部に命令して付近にあるシャッターを開けさせる。開いたところからエヴァは出て行き、そして地上の使徒の目の前まで打ち出されていった。

エヴァの出撃を黙って眺めていたゲンドウは、

「まだだ、まだ手はある。シンジを亡き者にして、ユキとユイを取り戻す。……そう、私の補完計画はまだ終わっていない」

理想の家族図を思い浮かべてにやけるゲンドウ。そのためにまずは妻と仲直りをしなければならないと計算をする。だが、ユイのブラックリストのトップにゲンドウの名が載っており、ユイにとってゲンドウは憎しみの対象であることを彼はまだ知らない。






殴る、蹴る、肘打ち、頭突き、さらに力任せの空中投げ技。投げられた使徒はビルに激突して、動きを止める。

「……見事に一方的な戦いね」

「すごいラッシュですね。これって空中コンボですか」

「初号機はATフィールドを発生させています。……すごい、第3使徒とは比べ物にならない強度です。弐号機でもこの値は出せません」

「自動操縦でありながらATフィールドを発生させるなんて。……本当にパイロットっているのかしら?」

発令所の面々はぼーっとモニター越しの使徒と初号機の戦いを見ていた。一方的な初号機の攻撃に、逆に使徒に哀れみを感じてしまう。頭のような仮面から涙らしきものが流れていることを観測していた。

距離をおこうと逃げ出した使徒を捕まえて、今まで初号機が入っていた謎の空間の中に引きずり込む。飲み込まれる瞬間の、空を切った使徒の手が憐れみを誘う。

「初号機って動力源はどうなっているのかしら。あと、消えたり出てきたりする原理も」

リツコの疑問を聞いていたのなら、ユイはこう答えただろう。『母の愛の力』だと。事実は小説より奇なり、東方の三賢者の一人である女性は今のボディになって、その言葉を実感しているという。

まず無限の稼働時間に関しては元々偶然S2機関が発現していたためとしか言いようがない。本来ならば絶対に発生しないはずであり、ユイが搭乗実験を行うまで確認されていなかったが、いつの間にか発生していたのだ。これがまず一つ目の奇跡である。

搭乗実験はユイが初号機に取り込まれて終わった。しかし、S2機関のイレギュラーに続いて、ユイの自我が消失することなく健在であるという予想外の事態になった。

自我を失わなかったユイはまず生まれたばかりの我が子のところに戻ろうとした。ここでさきほどから使っている消えたり出てきたりできる秘密である、ディラックの海と呼ばれる虚数空間を利用したのだ。

ユイ自身、どうしてこの虚数空間を展開できるのかは理論立てて説明することができない。ただ、エヴァの肉体を乗っ取った時、まるで身体を動かすのと同じように虚数空間を扱うことができたのだ。そのため、普段は邪魔にならないように虚数空間内に居り、そこから周囲を眺めてユキがピンチの際に出てきているのである。

S2機関の発生、自我の維持、虚数空間の展開。起こるはずのない奇跡が3つも起こったのならば、それはもう理論で説明することはできない。故にこれは『愛の力』なのである。子を想う母の愛の力が本来起こるはずのない事象を引き起こしたと、ユイは本気で信じている。

発令所がなんの指示も出せない内に、使徒は殲滅完了した。使徒の死体は虚数空間から投げ出され、コアを抜き取られたぼろ雑巾のような姿で街中に打ち捨てられる。ネルフの仕事はこの使徒の死体の後始末である。

何はともあれ人類の危機は回避された。使徒が片付き、発令所の皆様がほっとしたところで、エヴァ初号機からの通信が入った。

『次はあなたたちです』

それは発令所の各コンソール全てに映し出された文字であった。中央の巨大モニターだけは初号機の姿を真正面から映している。それはつまり、『あなたたち』が『ネルフに勤めている皆さん』であることは間違いなかった。

「……どうやって送ってきたのよ」

「あ、あの先輩。MAGIがその、エヴァ初号機に協力の姿勢を見せています」

「どうして!?」

「し、知りませんよ」

MAGI、ネルフ本部の最重要のスーパーコンピューターであるそれは、設計者であった赤木 ナオコの思考パターンが3つに分けて、プログラムされている。

科学者、母、女という三つの思考パターンにそれぞれ東方の三賢者の名前をつけて、ネルフ全体を管理、運営しているのだ。MAGIにはそれぞれ自己判断が可能であり、同じ問いかけであっても別の答えが出る可能性がある。そして、碇ユイはこうMAGIに囁いた。

『私に協力しませんか?』

科学者としてはこの謎のエヴァに興味をそそられて、母としては娘のためなら命を懸けるユイに共感して、女として、厳密にはショタ好きとしてはシンジがたまらなく好みであり、世界最高のスーパーコンピューターは自己判断が出来るがゆえに、3台ともあっさりとエヴァの配下に下ってしまったのだった。

『さあ、どうします?』

「「「「「「「「……どうか命だけはお助けください」」」」」」」」

巨大スクリーンに向かって、発令所の全員で土下座したのだった。

『では、初号機の中にある私の意識のサルベージをなんとしても成功させてくださいね。目安は一月でお願いします』

はい、としか言えない発令所の皆様だった。この日から全員、完全徹夜の一ヶ月になるのだった。






その頃、控え室で二人きりで遊んでいたシンジとユキは、

「今日はユキの大好きなエビフライを作るからねー」

「わぁーい」

内外の事情など全く気にすることなく、夕食のおかずについて話し合っていた。とてもマイペースな兄妹である。





この日から、特務機関ネルフにおいて新たな歴史が築かれることになる。今までの威圧的な交渉と陰謀による支配ではなく、純粋な暴力と最高の知能による支配。権力者は切り替わり、新たな支配者が現れる。

人類の歴史はこのとき動かされたのかもしれない。






あとがき

どうも久しぶりです。たかべえです。(久しぶりというほどのことではないかもしれない)
投稿場所を変えようかなと考えましたが、やはり気楽さという点ではArcadiaが一番良いのではと思います。まあ、慣れていますしからね。

かつて書くと約束した、ちびユキ(前の話ではユイ)物語。そのときのログは消えているものの、約束を反故にするわけにはいかないため、私は書いた。といっても、かなりノリノリで書いてました。やっぱりギャグは書くのが楽だよ。
元々は『正義の味方の弟子 番外編その10』を元にしていますが、かなり追加、変化しています。しかし、正義の味方の弟子の最終話あたりの書き方が抜けない為、ギャグなのに重くなっている。……問題だ。

スパシンではないけど、最強物。強いのはあくまでも初号機で、シンジはただの変態です。最初から色々と本編から外れていますが、一番の問題はレイの配置。やはり、あの最強キャラを出すしかないのか。
話の流れはシンジの変態話とそれに振り回される周りのキャラと、あとはちいちゃいキャラたちの愛くるしさを書こうと思っています。(ちいちゃいという表現は赤頭巾ちゃんの童話にあります)

正義の味方の弟子の最後に付けていたミニ劇場は、今回はありません。あれを見たいという人がいるのなら付けますが、全員のキャラ付けがしっかりしてからでないとあれは無理。しばらくはなしです。

9/10 誤字訂正。大量のユイ誤字を直しました。
同日、また訂正しました。今度こそ、全て修正できたと思います。
9/12 今度こそ、全て修正しきった(と願う)
同日、今度こそ(ry
9/13 今度(ry
9/18 誤字訂正しました。


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