はたから見たら独り言をつぶやく痛い子供だが、あいにくとまだ母親は戻ってこないので誰にも知られる事はない。
そして痛い子にしか見えないが、自分は至って正常である。異物を体に取り込んでいる現状、健常とは言えないかもしれないが。
『あら?私がヴェルの中に入ったからって何か害があるわけではないと言った筈よ』
「なら出てってもらっても何の害もないわけだよな?」
『ふふ、残念だけど、私がヴェルから出られるようになるまであと5年はかかるわ』
「……はぁぁ。なんだってまた俺なんかに寄生したんだか」
『だから寄生ではなく契約よ。ただちょっと休ませてもらってるだけじゃない。ヴェルの中って居心地いいのよねぇ』
「お前のせいで魔力変換資質持ち扱いでさっきも普通に魔力放出しただけで周囲50mが絶対零度になったりと危険物認定されて将来が激しく不安なんだが?」
『あら?貴方は元々凍結変換資質持ちよ?じゃなきゃ私とこんなに相性がいいわけないし。だから私が教えればヴェルは誰よりも優れた凍結魔法使いになるわ』
「なん…だと…?」
『ふふ、さて、そろそろ母親がくるわ、私は寝てるから。それじゃね』
「お、おいちょっと待てよレティニア。俺が凍結変換資質持ちってどういう事っていうか、大体いつから修業始めるんだ?って…あの女郎寝やがった」
なんでこんな事になっているのか。
それは最初の検査を受けて家に帰り、そのまま母親と夕飯を食べ、風呂に入り(3歳なので母親と一緒に入れられる拷問)
やはり語尾が延びてシュールな雰囲気を漂わせた子守唄を歌う母親の胸に抱かれながらもなんとか寝入ってからの事である。
「あら、見つかっちゃったわね。こんばんわヴェル」
気づくとそこは自分の中の淀み、魔力の源であるリンカーコアの中で、俺は淀みの上に立っていた。
そして目の前には、一人の艶やかな黒い長髪を持つ一人の女が、淀みに腰まで浸かった状態で佇んでいた。
「あぁ…えっと、こんばんわ?」
自分は寝た筈では?と戸惑いつつも挨拶を返す。
そんな俺を見つめながら目の前の女は穏やかな、しかし明らかに悪女の笑みを浮かべていて
「初めまして。私は」
「ちょっと待て、この展開はまさかあれか?生まれた時から契約がどうたらって奴か?」
そう言うと彼女は驚いた表情をしてから、ニヤリと笑い
「えぇ…そうなんだけど、よくわかったわね?」
「もうやだ……」
ここまで都合がいいのか悪いのか、死亡フラグとかも立つ要素を引き込んでる時点で悪い気がする。
そんな事を思い鬱になって両手をついて俯いていると彼女から呆れ混じりの声がかかる。
「私に気づいたと思ったら直感で言い当てたり落ち込んだり。ヴェルって割と感情表現豊かよね?普段はそっけない人間で通してるのに」
「好きでやってんじゃねぇよ。それよりも、お宅はどちら様で、なんで俺のリンカーコアに埋まってるわけ?」
起き上がりそう言い放つと不服そうな表情をしたが、すぐに元の微笑を浮かべた彼女は説明を始めた。
「私の名前はレティニア。かつて存在した世界で氷を司る精霊だった物よ」
「なる。つまり⑨か」
「⑨?よくわからないけど。それで、その世界が滅んで、私も消え去る所だったんだけど。何故か分からないけど別の世界にはじき出されたのよ。」
「で、はじきだされてなんで俺に?」
「説明するから黙って聞きなさい。えーっと、そうそう、別の世界にはじき出された訳だけど、そこにあった魔力は私には合わない魔力だったの。
それで私は自分の魔力が尽きるまでは適当に放浪してて、そろそろ消える頃だったんだけど……」
そこで俺を見ながら先ほどと同じ悪女の笑みを浮かべて
「私と同じ質の魔力を持つヴェルが生まれたのを見つけて入らせてもらったわ」
「なるほど、憑依霊か…」
「違うわよ。まぁそういうわけで、ヴェルの魔力核、こちらで言うリンカーコアと精霊契約をさせてもらっているわけ」
「で、それは俺に何か影響あるのか?」
「今の所ヴェルの魔力が私に影響されて純水な凍結属性の魔力になっているって事くらいかしら?もっともヴェルが凍結以外の魔法を使う場合は元の魔力に戻すことも出来るけど」
そういえば今日疑問に思った事だったと気づく。
「あぁ成程、どうりで変換された魔力が体内にあるわけだ…っておい、それって俺が凍ったりはしないのか?」
「私が中にいる限りヴェルが凍る事はありえないし、私がヴェルの中から出ればその瞬間ただの魔力に戻るわ」
「成程…ちなみに、いつか出ていくよな?」
そう聞くとレティニアはいかにも残念ながら、といったポーズをしながらもしかし口には笑みを浮かべ
「あら?出て行ってほしいの?でも残念ながら無理よ。弱った私はヴェルのリンカーコアに癒着している状態だもの」
「なんだそれ…まさか、ずっとそのままなのか?」
「この世界の魔力は変換こそ簡単だけど、精霊が取り込むには不純物が多すぎるのよ。
だから私は少しずつしか魔力を補充できない。何年かすれば外に出られる程度には回復するわ。それまではどうにも動きようがないわね」
ここまでくるともうどうしようないとしか言えない。
「……ハァ。ほんとーにテンプレって感じだなぁ」
「あら、運命って言い方も出来るわよ?」
「どんな運命ならロストロギア入り間違いなしの魔法生物に寄生される状況が出来上がるんだよ」
「ヴェル・ロンドという人物の運命はレティニアという氷の精霊と共にあるものなのだと納得するのをお勧めするわ」
「こうホイホイとわけわからん事続きだと流石に投げ出したくなるぜ」
「ふふ、投げ出す事なんて出来ないわ。ヴェルは私と一心同体。ヴェルが望む事ならなんだってしてあげるわ。でも夜の手ほどきはもう少し大きくなってからね?」
妖艶な笑みを向けられてもちっとも嬉しく思わない。
考えてもみてほしい。こいつは人外の超常生物で、自分はバケモノの餌タンクになっていたという事だ。
「はいはいワロスワロス。俺の望みは適度に生きて満足して死ぬ事だから、お前みたいな死亡フラグに繋がりそうな要素は早急にお引き取り願いたい」
「つれないわね」
「人生の刺激は間に合ってるんで」
「あら、私の与える刺激はただの人間では到底味わえないものばかりよ?」
「気持ちいいを通り越して痛いレベルの刺激受けて喜ぶマゾじゃないんでね」
「成程、お望みなら刺激を受ける側になってあげてもいいわよ?」
「そもそも俺の中に埋まってるその状態で受けも攻めもないだろうに」
「それもそうだけどもう少し雰囲気を読んで欲しいわ」
「読んだ上での発言だよ。まぁ、とりあえずこれだけ教えてくれ」
「何かしら?」
「お前を狙ってる組織だとか結社だとかそういうチャチなもんは存在しないんだよな?」
「私がいた世界はそもそもこのミッドチルダという世界から発見されていない世界だったわ」
「さよか…。無理やり追い出すなんて選択肢選んだらバッドエンド直行しそうだしなぁ……」
そう、仕方ないと諦めた。正直一刻も早く出て行って欲しかったがそれは出来ない。
ならどうするか。そこそこ友好的に付き合っていくしかない。
でなければ来るかもしれない厄介ごとに何も知らないまま相手をする羽目になるかもしれないからだ。
それは勿論こいつがいる事によって起きる厄介ごとであり、それ以外の厄介ごともだ。
自分の手札が増えた分、レイズされた額、もちろん自分の命の危険度が増えたのだ
手札とは長い目で付き合っていかなければ最良の役は引き当てられない。
「くれぐれも自分から問題行動起こすなよ?」
「ふふ、ありがとうヴェル。それじゃあ私からも一つだけ聞いてもいいかしら?」
なんとなく聞かれるだろう事は察しがついていたので自分から切り出すことにした。
「…ん、俺は今年で24歳だよ」
「そう…21歳までの前世の記憶があるのね?ヴェルの独り言や行動からそうなのかもとは思っていたのだけれど」
「あぁ。魔法なんてものはない割と平和な世界でな。しかもこの世界がメディアとして存在していた。まぁその物語には俺やお前の描写なんてかけらも無かったけどな」
「それはまた……凄い所から来たものね。ちょっと想像がつかないわ」
「最初の一か月は夢オチだと必死に願ったものだよ。でも夢ではなくさっぱり現実だった。そして俺はこの世界から元の世界には戻れないんだろうさ」
「……ねぇヴェル。貴方はこの世界でどうするの?」
「さっきも言ったけど適当に生きて死ぬ。俺が見た物語の中の登場人物と関わる羽目になるかは知らないが、俺としては出来ればご免被る」
「それは、どうして?」
「関係ないから。赤の他人の不幸に命をかける?冗談も休み休み言えと。そもそも俺が見た物語はハッピーエンドだったぜ」
「でもこの世界ではどうなるか分からないわよ?」
「それが心配だから介入する?様子だけでも見ろと?ハッ、ちゃんちゃらおかしい。会った事も喋った事もない人間しかいない世界とそれに関わって脅かされる自分の命。計るまでもないじゃないか」
嘲るように言い放つ。目の前で困っている人がいる状況ですら傍観する人間が殆どだというのに。
目に見える範囲でならともかく今の状況で遠く離れた赤の他人を助ける余裕なんてこれっぽっちもないと自覚している。
凄い力を手に入れた。これであの子を助ける事が出来る?馬鹿馬鹿しいにも程がある。
自分の命すら現在進行形で危険になっていっているかもしれないというのに。
そしてその考えは目の前の精霊にも納得のいく考えだったようだ。
「そうね。私も行った事も見たこともない世界とヴェルの命なら、ヴェルを取るわ。ヴェルと私は一心同体だもの」
「へぇ。冗談じゃなかったんださっきの言葉?」
「あら、私は魂の伴侶には嘘は言わないわよ」
「さいですか。……まぁそういうわけだから、例え向こうから接触してきても俺は関わろうとは思わない。
自分の命に危険が及んだ時か、知り合い以上になって助ける理由が出来たりすれば、考えるかもしれない程度だ」
それを聞いてレティニアは黒い笑みを浮かべて
「そうね、私もそれでいいと思うわ。でもヴェルという異物を入れたこの世界は、貴方を放っておくとは思えないのだけど?」
「いや、何いきなりそんな黒幕みたいな事言ってるわけ?つかやめろ、そういう事言うと本当に向こうから厄介ごとがこっちに寄ってきそうだ」
「ふふ、そうね。私という厄介ごとを引き寄せたんですもの。そのうちヴェルの見た物語の登場人物がひょっこり現れるかもしれないわよ?」
「勘弁してくれよ…」
「あら、落ち込ませちゃったかしら?」
「3歳児に厄介ごとが降りかかるとか死亡フラグもいい所だろう」
「そうね。普通の3歳児なら何も出来ずにただ死ぬだけかもしれない。でもヴェルは前世の記憶持ち。そして私、レティニアがいる」
「お前がいるのは厄介ごとフラグの種以外に考えられないんだが」
「えぇ、どんな厄介ごとも瞬間冷凍させるひんやりでジューシーで敏感な種よ?舐めてみる?」
再び妖艶な笑みを浮かべて着ていた黒いワンピースの肩を肌蹴るがちっとも喜べない。
「丁重にお断り申し上げます」
「本当につれないわね…そういえばヴェルのリンカーコアに私という精霊が契約した事による恩恵を言ってなかったわね」
「魔力が凍結属性に変換されてる以外にもあるのか?」
「精霊は魔力そのものに近いの。だから空気中の自然魔力を取り込む事に特化してるわ。それがヴェルのリンカーコアと癒着してる。
そして私はこの世界の空気中の魔力を集める事は出来るけど、自分の魔力として取り込む事は出来ない。
でもヴェルのリンカーコアなら空気中の魔力だろうと取り込めるし
取り込まれてヴェルの魔力として変換された魔力は私も少しずつ変換して取り込める。どういう事かわかる?」
「えーと、つまりレティニアの集めた魔力を俺が取り込んで、変換された魔力がレティニアに変換されて取り込まれる、と?」
「そう、そしてその過程で、私が集めた魔力の大半は貴方の魔力としてリンカーコアに残るわ。つまり」
「レティニアが集める分魔力の回復が早い、と」
「その通り。貴方のリンカーコアが空っぽになっても、私が魔力を集めはじめれば1時間もあれば満タンにできるわ」
「それって凄いの?」
「ヴェルと同じ魔力量を持つ人間が自力で魔力を全回復しようとしたら5、6時間は寝込む必要があるわ」
「あんまり実感ない恩恵だなぁ」
「そうね、そもそもヴェルくらいの魔力量になるとガス欠って事自体少ないでしょうし」
「そんな多いの?」
「そこまで多いわけではないけど、使った側から回復するのだからガス欠はほぼないわね」
「へぇ……」
まぁこの程度の恩恵ならば別にチートと言うほどでもないのではなかろうか。
確か一気では高町なのはがフェイト・テスタロッサに自分の魔力を与えるという魔法もあった筈。
相手の魔力と同じ性質にしてから付与する方法があるなら大気魔力を変換して即回復する機器や施設だってあるのだろう。
「それから、凍結変換についてなんだけど。普通の凍結変換の魔法はどういう原理かわかる?」
「さぁ?凍結魔法っていうんだから冷気を持った魔力なんじゃないの?」
「その通り。普通の凍結魔法は周囲の温度を下げるという因子を持つ魔力よ。でも私の影響を受けた凍結変換の魔力はそれとは一線を画しているの」
「って言うと?」
「ふふ、私の影響を受けた魔力は分子の振動を止めるの」
「……嫌な予感がしてきた」
「魔法効果範囲内では気体の分子すら運動を止め、範囲ごと完全凍結させるわ」
「うわぁ……うわぁ……」
いきなりげんなりとした表情を浮かべた俺に焦った表情を浮かべるレティニア。
「ど、どうしたの?凄いでしょう?ただの魔法ごときでは絶対に至れない領域よ?」
「そりゃただの魔法はEFBなんてモンつかわねぇよ…主に恥ずかしくて。何が悲しくて『相手は死ぬ』をやらにゃならんのだ……」
「EFB…?よくわからないけどそういうことだから。無暗に使うと人だろうが物だろうが全て氷の彫像になるわよ」
確かに痛い事この上ない厨二要素だが、暴発しようものなら周囲のものは全て絶対零度だ。
「おいおい。んな物騒なモン持たせるなよ…死亡フラグが向こうからやってくるだろうが」
「そうね…じゃあお勉強しましょうか。ヴェルが私の力を使いこなす事が出来るようになるまで」
「数年後には俺はめでたくただの人に戻るというのに?」
「私が出て行っても私が集めて増え続ける魔力量とそれに伴って肥大化していくヴェルのリンカーコアはきっと私が出ていく頃には人の域を大きく超えているわよ?」
「なんだよそれ……」
「ふふ、それじゃあ、私もまだまだ回復してないからまだまだ寝てないといけないから今日はここまでにしましょう。ほら、母親が起こしに来る時間よ」
「あ、オイ」
こうして目の前が真っ暗になっていく中で。
俺は崩壊した世界から流れ着いた氷の女王の力を借りて、自分が厨二要素をまた一つ手に入れた事を知った夜、転生して初めて煙草が吸いたいと思った。