それが現れたのはあまりにも突然のことだった。
(誰か…)
静かな店内に響き渡るいくつもの悲鳴。
立ち上がった灰色の怪人が、それまで普段と変わらぬ日常の中にいた人々を非日常へと引きずりこみ、次々と手にかけていく。
(誰か……誰かこの人を止めてくれ!!)
恐怖に歪んだ顔に次々と黒いヘドロのようなものを貼り付けられ、周りの客達が倒れていく。
その光景を、木場 勇治は隣に座る結花の手を握ったまま呆然と見ていることしかできなかった。
「さぁ!お前達もやれ!やるんだ!!」
イカの触手を束ねたような頭をした怪人オルフェノクとなった男…戸田英一。
自分達にオルフェノクの力の使い方を教えた男が杖を片手に振り返り、叫ぶ。
彫像のような無機質なその顔…本来なら表情など読み取れないはずのその顔からは一切の迷いも感じられなかった。
同じオルフェノクである自分だからこそ分かったソレを、勇治は認めるわけにはいかなかった。
「イヤだ……」
しかし、同時に自分の中に彼を止めるという選択肢も無かった。
彼を止めるには、自分の中に秘められたオルフェノクの力を使うしかない。まだ生きた生身の人間がいる…この場所で。
出来ない、それだけは絶対に。あの醜い姿を人々の前に晒すことなど出来るわけが無い。
ゆえに、勇治に出来たのはただ泣き喚く子供のように叫び声を上げるだけだった。
「イヤだ…俺はイヤだぁああああああああああ!!」
ブォオオオオオオオオン―――。
その時だった。
「?」
突如、店内に聞こえた巨大なエンジン音。
それに反応して、戸田が…スクウィッドオルフェノクも動きを止める。
発生源は…店のすぐ前。ドア一枚を挟んだ空間から鼓膜を突き破らんばかりの轟音が響く。
そして直後、それはドアを突き破って現れた。
銀色のボディに赤いカラーリングが施されたモトクロスタイプの大型バイク。
黒い座席には何も乗せず、ただ身一つで現れた巨大な質量の塊。
前輪を持ち上げ、ドアの破片を蹴散らして現れたソレがスクウィッドオルフェノクの灰色の身体を跳ね飛ばした。
* * * * *
「あ、終わった?じゃあ次は拭き掃除頼めるかな?」
『―――――』
どうも、オートバジンです。
あの後、案の定巧さんはスピード違反で白バイに停められて罰金と免停を食らっちまいました。
一文無しの巧さんは原作通り金を借りに、啓太郎と真理さんがいるクリーニング屋にいくことに。
そこで真理さんに出された条件でここで住み込みのバイトとして働くようになったそうで。
でもって俺は現在、バトルモードに変形してお店の窓拭きやってました。シュシュっとスプレーした後雑巾で拭けば、はい出来上がり。力入れすぎて二、三回ガラスが『ミシッ』っていったけど多分大丈夫です。
え?なんで俺も働いてるかって?巧さんに「俺だけ働くなんて不公平だ!ガソリン代出してやるんだからお前も働けっ!」って言われたからですよ。
仕方がないので俺もこうしてお店の開店準備を手伝い初めることになりました。あ、啓太郎、モップ貸してくださいな。
塗れた雑巾セットして、モップで店の床をスイスイ拭いていく。にしても啓太郎も真理さんもあんまし驚かなかったな。変形するバイクなんて見たんだからもー少し…ねぇ?
さて…巧さんと一緒にマスターの喫茶店から帰ってきてから、あっというまに一日が過ぎました。
そう、つまり今日…あの店が襲われるわけです。
免停くらってる巧さんは俺に乗ってあの店にいけない、多分真理さんのバイクで向かうことになると思う。
つまり、このままじゃあ俺があそこに行くことはできなくなる。人が乗ってないバイクが道を爆走してたらまた白バイでも出てきそうだし。
だから、昨日三人が寝静まった後、真理さんのバイクにちょっと細工をさせてもらった。
「あ、あれ?嘘っ、私のバイク、パンクしてるっ!」
「はぁ!?」
聞こえてきた聞こえてきた、そうです、そういうことです。昨日の晩の内に真理さんのバイクのタイヤをパンクさせておいたのだ!
こーすれば、必然的にバイクは俺一つ。配達用の車もまだガソリンが入ってないから使えないしな。これも昨日の内に確認済みだぜ。
「ごめん啓太郎!掃除中だけどちょっとこの子貸してくれないかな?私のバイク、パンクしちゃったみたいで…」
「え?どっか行くの?」
「うん、ちょっと巧が前にお世話になってた喫茶店に」
狙い通り、俺と啓太郎がいる店の中に真理さんが飛び込んできた。よしっ!これで予定通りことが運べるぞ!
「わかった、良いよ、でもあんまり遅くならないでね」
「うん!ありがと啓太郎!!」
流石は啓太郎、相変わらずの人の良さであっさり了承してくれた。後でしっかり手伝うよ!
「悪いんだけど、そーいう事だからちょっと乗せてくれるかな?」
顔の前で手を合わせる真理さんに、頷いて即答しながら貸してもらってた白い前掛けを外して外へ。
店の外に出たら、俺をみた巧さんがばつの悪そうな顔してたけど気にしてる場合じゃない。
俺はすぐさま胸の『Φ』ボタンを押してビークルモードに変形、巧さんにはおなじみになったピロロロで準備ができたことを知らせる。
ハンドルを握るのは真理さん、その後ろに巧さんが乗るのを確認して俺はエンジンをスタートさせた。
待っててくださいマスター…!今から俺が助けにいきます!!
* * * * *
「………」
木場 勇治は結花を連れてとある喫茶店にいた。
ある人物に、自分達二人の選んだ答えを伝えるためだ。
『オルフェノクとして生き、人間を襲って仲間を増やしていく』
それがスマートブレインの一室で引き合わされた、自分達の教育係だという男…『戸田 英一』が自分達に指し示した道だった。
一時の激情に任せ、自分達がしてしまったソレを…戸田は平然とした顔で、あたりまえのように「やれ」と言ったのだ。
それからすぐに、勇治と結花は自分達の家へと帰された。ついこの間まで人間であった自分達に即断しろというのは酷だろうと戸田が判断したためだ。
あの男はあの男で…怪人『オルフェノク』の先輩として自分達のことを考えてくれたのだろう、一晩だけとはいえ考える時間をくれたのには感謝している。
しかし、勇治にはその道を選ぶことなどできなかった。
帰る家がないという結花を、スマートレディが自分にあてがってくれた高級マンションに連れて帰り、一晩話し合った結果、彼女もまた人を襲うのは嫌だと言ってくれた。
当然だ、何の罪も無い見ず知らずの人間の命を自分達の都合で消し去ってしまっていいはずがない。
勇治と結花は今日、はっきりとその意志を伝えるべく待ち合わせの場所に指定されたこの喫茶店へとやってきたのだ。
「よう、待たせて悪かったな」
それから暫くして、とうとう戸田が喫茶店へとやってきた。
昨日と変わらぬ服装のまま、テーブルを挟んで向かい側に座った戸田は落ち着いた面持ちで切り出す。
「一晩考えてどうだった、オルフェノクとして生きていく覚悟は決まったか?」
その言葉に、ビクリと隣に座った結花の身体が震えた。
安心させるように、その手をぎゅっと握ってやりながら。震える結花の変わりに勇治が答えた。
「……俺達には出来ません、仲間を増やすことになんの意味があるのかも分からないし…憎んでもいない人を、罪も無い見ず知らずの人を殺すなんて俺達は絶対に嫌です…!!」
「余計なことは考えるな、慣れちまえばどうということはない」
「俺達は嫌だと言って「昨日も言っただろう」!?」
最後は僅かに語気を荒げながら言った勇治に、戸田はわずかに表情を曇らせながら諭すように言葉を紡いだ。
「戦いなんだよ、これは。オルフェノクと人間の生き残りをかけたな」
「……ッ、どうしてそんなことが言えるんですか?恐ろしい力を手に入れたけど…俺達は人間と何も変わらないじゃないですか!」
「俺だって最初はそう思ってたこともあったさ、だがな…甘いんだよそんな考えは…」
言いながら、戸田はどこか遠い目をしていた。まるで昔を思い出すような仕草に、勇治は思い切って聞いてみようと僅かに身を乗り出した。
しかし、
「戸田…さん?」
勇治が切り出すより早く、戸田は何を思ったか突然席を立った。
「俺はお前達をオルフェノクとして教育しなければならない」
「え?」
瞬間、店の中の時間が止まった。
怪訝な表情を浮かべた勇治を、その両目で見据えたまま戸田はその顔に黒い文様を浮かべていた。
「俺が先にやる、その後は……お前達がやれ」
~あとがき~
こんばんわ、皆さん。
今回、一話でまとめるつもりだったのですが、長くなってしまいそうなので二つに分けることになりました。
残った後編は近日中にアップできるようにします。
物語としてはほとんど進んでいませんが、後編でこの話はしっかり終わらせますので次話もよろしくお願いします。