1月4日(金)午前 ◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ ≪Side of 壬姫≫私たちが召集されたのは今朝のこと。ブリーフィングが始まる前、いつもなら軽口が飛び交っているけど、今回ばかりは誰一人として言葉を発さずに待機している。何故なら、このブリーフィングは甲21号作戦の“あの陽動”のときよりも神妙な面持ちの彼による伝達だったから。あの表情が意味するところは何となく察しがつく。そんな彼――たけるさんは、集合時間ちょうどに副指令とブリーフィングルームに現れた。その表情は、やっぱり険しくて。そして、いつもと違うことがもう一つ。それは純夏さんと一緒にいることの多い社霞さんも同席しているということ。しかし考え事をする間もなく、たけるさんと同じくらい険しい顔の副司令が話を始めた。 「それじゃ始めましょう。もう察しは付いていると思うけど、貴女たちの次の任務が決まったわ」 「「――!」」 「質問は後で受け付けるから、さっさと説明に入らせてもらうわ。まずは任務の概要から行くわよ」◇ ◇ ◇ 「――以上の理由により、貴女たちが向かう場所はココ」 「「!!!!」」スクリーンの映像が切り替わり、次に映し出されたのは航空写真だった。訓練兵時代から何度も目にしてきたそれは、BETA が地球に初めて降下し、人類とBETAの長い戦いの歴史の火蓋を切った場所のもの。喀什・オリジナルハイヴのコア――“あ号標的”敵の総本山である喀什を攻め落とすことが、私たちに与えられた任務。そして―― 「作戦実施は1月11日です」それまで口を開かなかった たけるさんが放った言葉は、とても信じ難いものだった。 「なッ――」 「これほどの大規模作戦を、たった1週間後に行うつもりなの!?」 「アンタ本気ッ?!」 「さっき夕呼先生が説明した通り、ハイヴ間の情報電波構造が、あ号標的を頂点とした箒型であった場合、これまでの戦闘からBETAに人類側の情報が漏れてしまうからです。BETAに凄乃皇の対策をされてしまえば人類に勝ち目は無くなってしまう」 「それは分かったが……しかし――」 「これまでの敵の動きから、先延ばしにしても2週間程度が限界と思われます。あくまでも楽観的な予測ですけどね。佐渡島での戦闘から既に1週間以上が経っていますし、本当なら今すぐにでも攻め落としたいんですよ」 「「…………」」 「もっとも、半端な状態で攻め込んで返り討ちにあってしまっては本末転倒ですからね。リスクを覚悟で、各方面の準備が万端整うのを待っているわけですが……」たけるさんの目からは、何か決意のようなものを感じる。とても厳しい任務だということは間違いないけれど、だからといって生還を諦めたような雰囲気は微塵も感じない。 「ただ待っていても仕方ないんで、バッチリ特訓しときましょう。この作戦で俺は凄乃皇の操縦を担当しなきゃならないので、そっちの連携も完璧にしておきたい」 「「――えぇっ!?」」 「あ、いけね。まだ言ってなかった――」 「ちょっと仕事を増やさないでよ、忙しいんだから段取りを無視しないで頂戴」 「……すんません」 「まったく――それじゃ、この作戦で使用する凄乃皇の説明をしちゃうわ」溜め息を吐いた副司令が新型の凄乃皇の説明を始めた。その説明に私は呆気にとられるばかり。甲21号作戦で目の当たりにした凄乃皇・弐型を遥かに上回る性能を持つそれは、まさに人類の切り札と呼ぶに相応しい兵器で、それを操るのがたけるさんとなれば鬼に金棒、虎に翼と言わざるを得ないよ。でも、たけるさんは武御雷で出撃すると思っていたから、たけるさんが凄乃皇に乗るのには驚いた。そして社霞さんも凄乃皇に搭乗して純夏さんのサポートをするそう。純夏さん1人では足りないくらい凄乃皇の操縦が大変ってことなんだよね、きっと―― 「――こんなところかしらね。アンタから何かある?」 「任務の内容が何だろうと、任務完了の条件は変更しませんから、それだけは忘れないでください」誰一人欠けることなく必ず生還する。何が何でも全員で生きる。それはA-01の誰もが心に刻んでいること。 「作戦名は“桜花”。心して掛かりなさい。白銀、あとは頼むわよ」 「はい――っと、あとで相談したいことがあるんで時間ください」 「……相談?まぁ良いけど。執務室か90番にいると思うから適当に探しなさい」 「分かりました」 「それじゃ、しっかりね」香月副司令はそう言って、さっさと退出していってしまった。その後、桜花作戦へ向けての訓練方針が話し合われ、私たちの準備が始まった。作戦まで2週間。気を引き締めて行こう。1月5日(土)午前 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 茜≫なんだか最近、お姉ちゃんの様子がおかしい。訓練中の無駄な私語が全く無いし――いや、私語が無いのが悪いっていうわけじゃないけど、普段の生活での口数も明らかに減った。それは私に対してだけではなく、他の隊員に対しても同じような感じがする。私は原因が全く思い当たらないので、お姉ちゃんの親友に相談してみることにした。 「遙の様子がおかしい、ね……茜もそう思うんじゃ、私の思い過ごしじゃなかったかぁ」 「ここ数日ですよね、いつもと違うの」 「そうね。この間のブリーフィングの後くらいかしら」どうやら速瀬中尉も私と同じように、お姉ちゃんの変化を感じていたらしい。2人で頭を捻ってみたものの原因に心当たりは無いので埒が明かず、本人に直接聞いてみようということになったので部屋を訪ねてみたものの不在だったので、速瀬中尉と2人でお姉ちゃんを探す旅に出たのだった。◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ ≪Side of 水月≫そんなわけで茜と一緒に遙を探しているんだけど、遙が部屋に居ないとなると、この広~い横浜基地から人1人を探すのは骨が折れる。昼時までPXで張り込んでいた方が確実だったかも……と、ちょっと後悔。茜には悪いけれど、実のところ、私は遙の様子がおかしい理由に察しは付いている。さっき話していた通り、先日のブリーフィングから遙の様子がおかしくなったのは間違いない。つまり次の任務絡み。次の任務と言えば、桜花作戦――人類史上最大のBETAへの反抗作戦、喀什への侵攻。私たちは軌道上から降下してハイヴへ突入し、あ号標的を攻め落とす。当然ながら戦術機による作戦行動になるが、いつもと決定的に違うことが1つある。それは喀什が内陸であることや、深度の深いフェイズ6というハイヴの性質により、最深部へ突入する私たちにはHQやCPとの連絡手段がなく、桜花作戦ではヴァルキリーマムの出番が無いということ。つまり、遙は横浜基地での待機になる。このことは先日のブリーフィングでは触れられなかった。ここまで一緒に戦い抜いてきた伊隅ヴァルキリーズで唯一、自分だけが留守番だなんて言われたら、私だったら間違いなく塞ぎ込むと思う。他の隊員が死に物狂いで戦っているときに、自分だけ基地で待機なんて耐えられない。遙の様子がおかしいのはそういうことのはず。正直、それを遙本人に聞く勇気は私にはなかった。そんなことを考えながら基地の中を徘徊していると、いつの間にか馴染みのブリーフィングルームの近くまで来ていた。訓練や召集がなければ用のある場所ではないため、その前を通り過ぎようとしたとき中から人の気配を感じて私は立ち止った。 「――どうしたんですか、中尉」 「中に誰かいるみたい。今日って何かあったっけ?」 「いえ、召集はかかってなかったですけど」 「そうよね――」とすれば、誰か私用で使っているのだろうか。ヴァルキリーズの専用として割り当てられているブリーフィングルームなので、その関係者以外が使うことはあり得ない。私は興味本位で、誰がいるのか確かめようとドアを開けるために、ロック部分に手を伸ばすと―― 『私だって伊隅ヴァルキリーズの一員なんです!基地待機なんて耐えられません!!』 「――ッ!」それは紛れもなく私の親友の声だった。≪Side of 武≫俺たち――夕呼先生、伊隅大尉、俺の3人は、涼宮中尉から相談があると言われて、いつものブリーフィングルームに集まっていた。涼宮中尉が相談とは珍しいと思ったが、思い当たる理由はあった。 「私だって伊隅ヴァルキリーズの一員なんです!基地待機なんて耐えられません!!」 「ちょっ――落ち着きなさい、涼宮ッ」 「あっ、えっと……すみません……」珍しく声を荒げた涼宮中尉に、さすがの夕呼先生も気押された様子だ。て、何故こんなことになっているかというと、現状では次の任務で涼宮中尉が基地待機となってしまうことに端を発する。この問題は避けて通れないだろうと思っていた。“前回”の桜花作戦では、A-01は満身創痍で人員不足などと生易しい状態では無く、涼宮中尉も既に亡くなっていたため、この問題は起こりようがなかった。しかし今回は違う。現状の伊隅ヴァルキリーズは、俺の考え得る限り万全の状態だ。それに加え、四型には俺と純夏だけじゃなく、霞も搭乗するということが一番引っかかっているんだと思う。あの霞でさえも戦地に赴くというのに、自分は基地で待機なんて言われたら、誰だってこうなるだろう。俺だったら暴れてるね。涼宮中尉――ヴァルキリーマムが戦域にいないという不安は、俺たちにもある。戦闘中の各管制を一手に引き受け、素早く正確に指示を出してくれるCPは、隊にとって必要不可欠だ。 「私もみんなと一緒に戦いたいんです。何とかなりませんか、副司令――」 「そう言われてもねぇ……」 「涼宮、気持ちは察するが今回ばかりは仕方ないだろう。喀什に入ってしまえば、いくら広域の通信でも地上とは交信できないんだ」 「それは…………」頭では分かっていても納得できることじゃない。涼宮中尉の気持ちは痛いほど分かる。突入部隊としても、CPのサポートがあるのと無いのでは作戦遂行の精度も違ってくる。夕呼先生や伊隅大尉も、気持ちとしては何とかしたいとは思っているはず。もちろん俺も何とかしたい――地上と交信できないって言うんなら、CPが近くにあればいいんだよなぁ…………近く、近くかぁ。まさか涼宮中尉に戦術機に乗れって言うわけにもいかないし、よしんば複座型の管制ユニットを誰かの機体に入れて、それに乗ってもらうにしたって、普段から戦術機の機動に慣れている衛士ならいざ知らず、慣れていない中で管制など出来るわけがない。俺も複座型を操縦したことないから確実なことは言えないが、操縦するにしても多少は勝手が違うはず。ここに来て余計なリスクを冒すわけにはいかない。でもCPは欲しい。絶対に欲しい。戦域の近くであまりリスクを冒さず、戦術機より安全な場所――そんな都合の良い場所があるわけが……うむむむむむ……………………あ。 「凄乃皇にCP作っちゃえば良いんじゃないですか?」 「「――ッ!?」」 「凄乃皇ならスペースもあるし、重力制御であんまり揺れないし、最適じゃないっすかね」 「はーぁ……」そうだ。凄乃皇ならML機関の重力制御で、戦術機の管制ユニットより快適なのは実証済みだし、何よりCP用の器材を積むスペースもある。 「……今から準備しても十分間に合うでしょうね」何故か俺の方をジトッと見ながら言う夕呼先生。別件で余計な仕事をさせておいて、更に手間を増やすなってところだろうか。俺にも思いつくことを先生が思い付かないわけがないからなぁ……なんか、ごめんなさい。 「ふ、副司令!それじゃあ――!!」 「はぁ……涼宮、貴女も出撃。いいわね」 「はいっ!」 「これで、いつも通りヴァルキリーズ全員で任務に臨める、か」伊隅大尉の言葉に頷いて返す。と、ブリーフィングルームのドアが開き、見知った顔が飛び込んできた。 「お姉ちゃん!」 「あ、茜ッ!?――水月……」 「遙――」飛び込んできた勢いそのままで姉に抱き付く妹と、似合わないほど優しい顔でそれを見守る速瀬中尉。聞かれていたのか……今回の話は涼宮中尉による呼び出しだったから、中尉が良いならとやかく言うつもりは無いんだろう。夕呼先生も伊隅大尉も、突然入ってきた2人に何かを言う様子は無い。 「一緒に行って、一緒に帰ってくるわよ」 「うん!」妹に抱き付かれたまま速瀬中尉と頷きあう涼宮中尉は、先程とは打って変わって、憑き物が落ちたかのような顔をしていた。涼宮中尉の方は、これで一件落着だろう。目頭を揉んでいる夕呼先生は……あとで何か手伝いに行こう。1月6日(日)午後 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 冥夜≫桜花作戦に向けた我々の訓練方法は、甲21号作戦のときと大差は無い。ハイヴまでの道のりは、大気圏離脱と再突入という大きな違いがあるものの、これらはプログラムに乗っ取り大半がオートになるそうなので、我々の仕事は再突入殻がパージされてからとなるからだ。再突入時にレーザー照射を受けるのでは……という恐怖はあるが、新型の凄乃皇が帯同しているのでレーザーは防いでくれる手筈となっている。桜花作戦には、前回の任務に出撃した弐型ではなく、弐型の発展強化型である凄乃皇・四型が投入される。あれほどの戦果を挙げた弐型の発展強化型ともなれば、私の想像など及ばぬほどの性能を秘めているであろうことが窺える。否応なしに期待が高まるものだ。更に驚くことに、その四型にはスミカだけでなく、タケルと社、そして涼宮中尉が搭乗する。理由としては、四型のML機関は弐型の物よりも複雑で繊細な制御を要するため、スミカを機関制御に集中させ、そのサポートを社が、タケルは火器管制を担当し、涼宮中尉は凄乃皇に設置されるCPで管制を行う。タケルが言うには、凄乃皇の火器管制は我々が乗る不知火など、通常の戦術機と変わらないらしく慣熟にそう時間は必要ないそうだ。 『――ヴァルキリーマムよりA-01及びA-04へ。SW115への突入が完了した段階からシミュレーションを開始します』 『01(伊隅)、了解』 『A-04(白銀)よりヴァルキリーズ各機へ。ゴールまで一本道なのでスピード勝負です』 『一番足が遅いのはアンタでしょーが。そのデカブツで全速の私たちについて来れるぅ~?』 『大丈夫ですよ、速瀬中尉。あんまり遅いとラザフォードフィールドで跳ね飛ばしちゃいますからね』 『言ってくれる――01より各機、聞いたな?全速で進軍。白銀を置き去りにしてやれ!』 『『了解!』』かつてない程の大規模作戦を前にしても、いつもと変わらず軽口を叩き合う上官たちを頼もしく思う。対して今の私は、若干の恐怖と緊張が入り混じり、レバーを握る手が微かに震えている。それを悪いとは言わぬが、上手くコントロール出来るようになりたいものだ。 『――あ、補給は凄乃皇の各所に溶接されているコンテナを使ってください。実戦でも、この方式を予定しています』 『了解した――では、始めよう』 『シミュレーション開始します――』より一層気合を入れて訓練に臨もう。どんな任務だろうと、あの隊規を守り抜くために、私は強くならねばならぬのだから。1月7日(月)午前 ◇横浜基地◇ ≪Side of 真那≫ 「遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します、武様」 「こちらこそよろしくお願いします、月詠さん」何かと慌ただしい年末年始を過ごし、気づけば新年も明けて1週間が経っていた。武様とお会いするのは、昨年末に帝都に招致して以来となる。 「悠陽様より文を賜っております故……」 「ありがとうございます。しっかし悠陽もマメですねぇ」 「文よりも直接御逢いしたいと申しておりました」 「ははは……」苦笑する武様の心中は察するが、何とも言える立場では無いので微笑み返すに留めておく。冥夜様の護衛と、斯衛軍機へXM3を導入するに当たっての先行導入試験。それが現在、私たち第19独立警護小隊に与えられている任務であるが、頻繁に――いや……時折、こうして悠陽様の個人的な遣いを任されることもある。冥夜様の御傍に居られることはもとより、武様とも身近に接することができるというのは、中々に役得であると心得ている。しかし、今回はそれらの任務とは少し違った用向きであった。 「――A-01連隊は桜花作戦の本命と聞きました……」 「もう知っているんですか。耳が早いですね」 「甲21号作戦よりも遥かに大規模な作戦のようですから、噂話も広がるのが早かったのでしょう。私共は国連軍から城内省経由の正式な情報ですが」各方面で同時に展開する部隊や、支援物資等の支援要請が各国へあったのは数日前のことだ。しかしながら、作戦全体から見れば損害は多くなかったものの、甲21号作戦を終えたばかりの帝国軍から出せる兵力は少ないため、駐留米軍などと連携し甲20号ハイヴへ陽動を仕掛けることになっている。我が主が敵の本丸に攻勢をかけるというのに、それを見送ることしか出来ぬ我が身上の、何と情けないことか。 「一刻も早くに喀什を攻略しなきゃならないんです。あまり詳細を言うわけにはいかないんですけど……」そう言いつつも、月詠さんなら良いか――と軽い調子で、最近判明したハイヴの性質を話してくださった。あ号標的を頂点に各地のハイヴが連携を取っているなど考えたことも無かった。確かに、ハイヴがそのような性質を持っているならば、早急に頭を潰さなければ人類に勝ち目は無くなってしまうだろう。 「理解はしましたが……敵の本拠地に攻勢をかけるなど――」 「無茶だ無謀だと思うでしょうけど、元々こっちの道理なんか通用しない相手なんです。道理を蹴っ飛ばして無理を通すくらいの気合で行かないと勝てませんよ。それに俺たちは死にに行くつもりはありません。勝って、必ず全員で生還してみせます」 「――ッ!」平然と言い切った。武様からは緊張や恐怖も感じず気負った様子もない。地球上で最も過酷と思われる戦場に赴くと知っていながら……あまりにも自然体で、必ず生還してみせると言ってのける様を見て、私は不思議な感情が湧き上がり、それを抑えることが出来なかった。 「ふふふ――実に貴方らしい」 「え?」 「いえ、失礼致しました。ただ……貴方がそう言うと、たとえどんなに困難な任務だろうと必ず生還すると信じられる」 「……信じてください。俺は俺の仲間を、大切な人たちを、絶対に死なせません」武様を幼い頃から知っているが、そんな私も見たことの無い決意に満ちた表情。それは不可能も可能としてしまいそうな風格を漂わせていた。まるで、“あの日の英雄”を思い起こさせる。この方になら委ねても良いのかもしれぬ。 「冥夜様の事、くれぐれも宜しくお願い致します――」 「はい」我が主――冥夜様が慕っている殿方が武様だというのは僥倖だった。冥夜様を取り巻く状況、特に武様に関連する事柄は、非常にデリケートであるということは重々承知しているが、このくらいの援護――とは言えぬかもしれんが、大目に見てもらおう。何せ手強い恋敵たちばかりなのだ。そこに悠陽様も含まれているというのは、何と言えば良いのやら…… 「話は変わりますけど、月詠さんたちのXM3完熟訓練は続けられるように言っておきますね。こっちの訓練の合間になりますけど、俺も顔を出せるときは出すようにしますんで」 「このような時期に我らに時間を割いて頂かなくても……私としては嬉しいことでは御座いますが」 「大丈夫ですよ。とは言っても、中々行けないかもしれないですけど」 「作戦まであと数日なのですから、武様は御自身の成すべき事に注力してくださいませ。あの時……などと作戦後に思いたくはありません」 「そう、ですね…………そうします」後悔などしたくはない。どんなときも最善を尽くす。それが生あるものに科せられた宿命だ。人類の命運を懸けた一大作戦を前に、我らのために割く時間ほど無駄なことはない。我らの相手は作戦が無事に終わった後で存分にして頂ければ良いのだ。そのためには、どんな些細な不安も介入させてはならぬ。 「御武運を。武様、どうか御無事で――」 「ありがとうございます」冥夜様の言葉でも悠陽様の言葉でもなく、私自身の言葉で伝える。それに微笑み返してくださった武様の、その笑顔に私の心臓が思わず跳ねる。予期せぬ感情の乱れに動揺するが、それを悟られぬように努めて平静を装い、訓練に戻るという武様を見送った。宿舎へ戻る道すがら、自らの感情の乱れについて一考してみたものの原因は分からず仕舞い。いったい何だったのだ……?午後 ◇帝都城・悠陽執務室◇ ≪Side of 悠陽≫仕事が手につかぬ……このような有り様では、武様に顔向けできぬというのに。 「ふぅ――」この日何度目の溜め息になるか。職務中にもかかわらず、職務以外のことで頭の中がいっぱいになっています。それもこれも武様が悪いのです。……いえ、本当は悪くないのですが。国連軍司令部から発せられた“桜花作戦”の概要を確認し、直ぐ様マナさんを横浜へ向かわせ、その真偽を確かめてもらいましたが、私の願いとは裏腹に作戦概要に偽りはなく、最愛の妹と最愛の殿方が共に所属する部隊は敵本拠地へと降下突入を行う。例の部隊の、佐渡島での活躍は皆が知るところではありますが、いくら精鋭揃いとはいえ敵の本拠地へ攻勢をかけ、全員が生還するのは――…………不吉な考えが頭を過ぎりますが、かぶりを振ってそれを打ち払う。先程電話でお話した最愛の人が仰っていたではありませんか。誰も死なせず、必ず全員で帰ってくると。あの時、武様は不甲斐ない私を信じて背中を押してくださったのです……今度は私が信じて差し上げなくてはなりません。ですが私とて、ただ座して行く末を見届けるつもりは毛頭ありませんよ。今の私に出来ることを全てやり通してみせましょう。愛する者たちのために、私の全身全霊を賭して――