12月29日(土)午前 ◇帝都城・悠陽私室◇ ≪Side of 純夏≫ 「――此度は急な呼び立てに応じて頂き、誠にありがとうございます」 「こちらこそ。お招き頂いて感謝致します、殿下――」三つ指をついて言う悠陽さんに対し、タケルちゃんも正座で頭を下げた。 「武様?」 「……やめよう、悠陽」 「はぁ……何をやっているのだ、2人共」道に迷った情けないタケルちゃんに代わって、御剣さんの運転で帝都城についた私たちは、すぐに悠陽さんの部屋に通された。悠陽さん、よっぽど待ち遠しかったんだろうね。私たちが到着すると本当に嬉しそうな顔で駆け寄ってきたもん。その勢いでタケルちゃんに抱き付こうとしていたけど、それは御剣さんが身体を張って防いでいた。御剣さん、ぐっじょぶ! 「この前は簡単な電話で悪かった。悠陽、改めてお礼を言わせてもらうよ。お前のおかげで戦い続ける事ができた。本当にありがとう――」畏まりごっこは終わりかと思ったけれど、タケルちゃんは改めて姿勢を正すと、そう口にした。 「私は、愛する人の力になりたいと願っただけです」 「――ありがとう」う~、あんなにストレートに言えるなんて……私だって――ず~~~~~~っと前からタケルちゃんのこと大好きなんだぞ!たまには、ちゃんと言葉にしようかなぁ……でもなぁ、横浜基地だと周りは恋敵だらけ。今は、お互いに様子見している感じの膠着状態だから良いけど、一度事態が動きだすと取り返しのつかない事になるのは間違いないし。ちょっとは加減して欲しいよ、恋愛原子核ちゃん。 「夕呼先生から大体の事は聞いた。アレの元になったのは、お前の専用機だって?」 「…………はい。私の武御雷を冥夜に送った後、再び私の専用機を建造するという話になったのです」私が1人でモヤモヤしている間に、悠陽さんが、本来は1機しか存在しないはずの将軍専用機が何故2機存在するのかについて、タケルちゃんに話していた。 「私は反対したのですが、周囲に押し切られてしまいまして……」 「格納庫に将軍専用機がある。それだけで我ら斯衛の士気は上がるのです。たとえ前線に立っておられずとも」 「マヤさん……」 「さすが将軍様だな」 「――武様?」 「悪い悪い。でもさ、それって悠陽がみんなに慕われているって事だろ?良いことじゃないか」 「それは、そうかもしれませぬが……」この時勢に無駄にしていい資源など無いのです――と付け加えて、悠陽さんはこの話題を打ち切った。私が前に悠陽さんと会った時に聞いた話だと、今後は別命あるまで将軍専用機の建造を中止させたらしい。ワンオフ機は一般の機体に比べると、とんでもなくコストがかかってしまう。オマケに、それが最新鋭の武御雷だから、悠陽さんが気にするのも分かるけど。でも今回は、そのおかげで武ちゃんを助けることが出来たんだから結果オーライってことで。 「ところで武様――」 「ん?」話題がひと段落したところで、悠陽さんがスーッとタケルちゃんに寄り添った。私も御剣さんも止める間も無いくらい早い動きだったけど、タケルちゃんは無防備すぎるよ…… 「本日は泊まって行かれますわね?」 「――んがッ?!」 「ほほほ――」タケルちゃんにピタッとくっつきながら、にこやかに言う悠陽さん。私たちを呼んだ本当の目的は間違いなくコレだね。うん、まぁ、予想はしていたけどさ。私と御剣さんは泊まる用意してきてるし。タケルちゃんは日帰りのつもりでいたみたいだけど、それは甘いよ。 「積もる話もありますが、泊まって行かれるのでしたら時間はあります。ひとまずは昼食にいたしましょう。マヤさん、マナさん、用意を――」 「「は――」」 「姉上ぇ…………」メイド?姿の月詠シスターズを筆頭に、侍女さんたちが用意を進めていく。そういえば、全く突っ込まないでいたけど、月詠中尉たちの格好がいつもと違う。いつものピシッとして綺麗な感じから一転、髪も纏めていて可愛い感じ。“元の世界”の月詠さんの格好に似ていて懐かしい気がする。月詠さんたちが並べてくれたのは、とてもすごく豪勢な食事で、とてもすごく美味しかった。そうそう――松茸、ちゃんと食べたの初めてだったよ。シメジと全然違うじゃん……昼食のあとは、みんなでお話したり、帝都を見て回ったりしているうちに夕方になってしまい、結局は泊まって行くことになった。まぁ、初めからこうなる気はしていたけどね。夕方 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of みちる≫ 「――やはりこうなったか……」 「ある程度は予想していたんでしょう?」 「それは、そうですが――」私の呟きは、隣にいた神宮司中尉に拾われた。午後から“軽め”の自主訓練をヴァルキリーズ全員で行ない、それを終えてからPXでいつものようにたむろっていると、いつかと同じように、香月副司令からの伝言を携えたピアティフ中尉が現れた。その伝言というのが…… 「アイツが会いに行ったのって誰なのよ?」 「それは勿論、引きとめられると帰って来られないような人物でしょう」 「女の人説が濃厚になりましたねぇ~」 「白銀の言っていたことが本当なら、少なくとも斯衛の関係者なのでは?武御雷をくれた人に会いに行く、と言っていましたから」いつかと同じく引きとめられて帰るに帰れなくなったという白銀。そんなわけで、ヤツが会いに行った相手について論議しているわけだ。まったく……話題に事欠かないヤツだよ、白銀は。 「今回は御剣と鑑も同行しているわけですからね――滅多なことには……」 「あ――でも、前に白銀大尉が帝都に行った時も御剣さんは一緒だったよね」 「「えぇッ!?」」鎧が漏らした言葉に、元207B訓練小隊の娘たちと神宮司中尉以外の面々が驚いた。私も初耳だったので声を上げそうになったが、元教官や部下の手前、声を上げるのはどうにか堪えた。 「そういえばそうね――」 「そうなってくると、ある程度は絞れるか。白銀の話じゃ、武御雷の交渉は副司令が直接行なったって話だからな」 「副司令直々に交渉しに行く程の高官ねぇ……斯衛のトップとかかしら?」 「それ、政威大将軍よ?」 「「…………」」神宮司中尉の言葉に固まる一同。 「あ、あははは……まさか、ねぇ?」 「――そ、そうだよ。いくらなんでも政威大将軍に会いに行くなんて……」 「そうよねぇ~~~」 「「あはははははは――」」何かを察して不自然に笑い出す隊員たち。踏み込んではいけない境界線を本能的に察知したのだろう。しかし、この話のせいで色々と辻褄が合ってしまった。鍵になっているのは御剣か。斯衛の月詠中尉がこの基地に駐留していることからも、私たちの予測は当たっていると考えて良いだろう。これは思った以上にスケールの大きな話かもしれない……などと、このときの私は考えていた。しかし実際は、恋する乙女の純真で一途な思いによって行われた極めて私的な取引だったと知るのは、そう遠くない未来のことだった。夜 ◇帝都・某所◇ ≪Side of 沙霧≫ 「――まずは横浜での礼と、そして甲21号作戦の成功を祝して」 「はい」カチンとグラスを合わせて祝杯をあげる。数十分前、突然私の所に顔を出した白銀武を連れだって、帝都のとある“こじんまり”とした酒場に足を運んでいた。以前に交わした約束を果たす機会が思ったよりも早く訪れたことは、私にとって嬉しい誤算だ。彼は未成年であるが、二十歳目前ということで細かいことは言うまい。この時勢だ、かつての法を順守している者など居はしないが。 「それにしても、また急な来訪だな――」 「……“例の訓練兵”絡みですよ」 「あぁ――そうだったか……」例の訓練兵――あのとき、名を偽っていた殿下のことだ。国連の軍人である彼がこのような場所で、殿下に招かれて帝都に来たなどと言えば、どんな噂が立つか分からんからな。彼なりの上手い暈し方だとは思うが、その例えに私は苦笑するしかなかった。 「まさか、狭霧大尉も甲21号作戦に参加していたとは思いませんでしたよ。本土防衛軍は参加しないはずでしたよね?」 「私は自ら志願したのだ」 「えぇっ?!どうして――」 「一度は捨てた命。殿下のため、国のために使うのは当然のことだ」 「狭霧大尉……」ハイヴ攻略戦に進んで参戦するなど、自殺志願とそう違いはない。しかし、白銀の部隊はハイヴに突入してきたという。それに比べれば、地表での戦闘はマシだと言わざるを得ない。ハイヴに突入して生還した男……やはり底の知れんヤツだ。◇ 「同じ部隊に、彩峰慧がいます」 「――!?」 「横浜襲撃事件の後、アイツから貴方の話を……」酒も食事も進み、互いに気分が良くなってきた頃、白銀が唐突に話題を変えた。彩峰中将との関係は、殿下に謁見した際に話していたが……白銀の言葉で私は様々なことを思い返す。色々あったものだ。あの子が横浜にいることは知っていたが、まさかこの男と同じ部隊に所属していたとはな。では、あの子もハイヴに―― 「あの子は、元気でやっているか?」 「はい」 「そうか……」マメに手紙を出してはいたが、一度たりとも返事をくれたことは無い。あの子の現状を知る手段が無かったので、いつも気を揉んでいたのだが……その必要も無いのかもしれんな。この男が傍に居るのであれば大丈夫だろう。 「アイツの近接格闘はハンパじゃないですよ」 「ほう――それは聞き捨てならんな。いずれ手合わせ願いたいものだ」 「なはは。まだまだ狭霧大尉には敵いませんよ。まぁ、そこらの衛士よりは強いでしょうけど」 「あの部隊に所属しているのならそうだろうな――」自然と口角が上がっていた。白銀と同じ部隊に所属している以上、生半可な腕前ではないはず。妹のような存在である彼女の成長を嬉しく思うと同時に、私の衛士としての血が疼きだした。しかし横浜で見た限り、戦闘中の彼らは私の想像を遥かに超えた領域にあり、今の私では太刀打ちできん。そのような部隊にいるのだから、あの子も間違いなく強いのだろう。だが私とて、部隊を率いる身。そこらの一衛士と同じにしてもらっては困る。また一つ楽しみが増えた。慧だけでなく、白銀とも手合わせ願いたいものだが。その後、日付が変わる少し前まで飲んでいたが、白銀が酔い潰れかけてしまったため、お開きとなった。また、このような機会が来ることを願う。そのためにも生き延びねばな――12月30日(日)朝 ◇帝都城◇ ≪Side of 武≫目覚めから大ピンチの男、それがこの俺――白銀武だ。ピンチじゃなくて大ピンチなのが重要ね。 「タ・ケ・ルちゅわぁ~~ん?」 「武様の温もりを感じて目覚める朝――大変に良いものですね、冥夜」 「全くです。正に夢見心地というヤツですね」 「……ほっほぉ~~う?」 「す、純夏さん?」ドス黒く禍々しいオーラを迸らせながらユラユラと近づいてくる純夏。――とは対照的に、のほほ~んとしているアホ姉妹。なんだこの差は。 「ドリルぅ……みるきぃぃぃぃ………」 「ちょっと待て純夏!!それはダメだ!!早まるなッ!!落ち着いて話し合おうぢゃないかッ!!!!」左手に力を溜める純夏。その手が金色に輝き―― 「ファント――――――――ッム!!!!!」 「デジャ――ヴッ!!」 「ふむ、良い技だ。さすがはスミカだ」 「ふっふっふ。ありがとメイヤ」 「あらあら、綺麗な星ですわねぇ」断末魔の叫びと共に、帝都の空に明けの明星が1つ瞬いた。くっそぉ~~俺が何をしたっていうんだよ…………◇ ◇ ◇ 「……まだ首がイテーぞ、この野郎」 「ふんっ!自業自得だよ」 「なんだと!?」 「なんだよぉ!?」朝の一悶着が終わって朝食の席に移動したんだが、まだ体の痛みが取れない。相変わらず出鱈目な破壊力をしてやがる。純夏の“左”なら小型種くらい倒せんじゃねぇか? 「タケル――」 「ん?」 「朝食が済んだら帰還するのか?」 「あ~……そうだなぁ。早めに帰らないと俺の命に係わるからな……」 「「――?」」何のことか分からないのだろう。当事者のくせに首を傾げる冥夜と悠陽。純夏のやつは口元が引きつっている。これから起こることを薄々勘付いているんだろう。とりあえず、帰還したらすぐに夕呼先生のところまで逃げよう。そうすればひとまずは……だが、このときの俺は自分の想定が甘いことなど知る由もなかった。昼 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 祷子≫ 「――ねぇ、私たちが何を聞きたいか分かるわよね?」 「くッ…………」 「素直に喋った方が身のためだぞ、白銀」“朝帰り”をした白銀くん。白銀くんが帰ってくると同時に、A-01の全戦力を投入した白銀武捕獲作戦が実施されました。それを察知していたのか、白銀くんは副司令に報告をしに行くと言って逃げようとしましたが、それで見逃すヴァルキリーズではありません。しかし、白銀くんが全力で逃げたため、横浜基地全域にまで及ぶ大規模作戦になってしまいました。初めは悪ふざけのつもりだったのですが、彼があまりにも必死だったので、私たちも本気になってしまい実戦さながらの連携で追撃を開始。最後は兵舎屋上に追い込んで拘束、PXまで連行しました。そして今は白銀くんの取り調べが行われているところです。彼の前には合成玉露と合成かつ丼が置かれています。この作戦において意外だったのが、普段ならストッパーになるはずの神宮司中尉が存外ノリノリだったことですね。そのせいで伊隅大尉までも本気になっていましたから。 「ネタは上がってんのよ!白状しちゃいなさい!!」 「理不尽だー!横暴だー!」 「黙らっしゃい!!」 「ふふ――朝帰りなどするからこうなるんだ」ノリノリで取り調べをする速瀬中尉。それに美冴さんも加わっているのですから、白銀くんには同情します。私も気になるので止めはしないのですが。白銀くんの取り調べが難航する一方、御剣少尉と鑑少尉への取り調べも行われ、御剣少尉から件の朝帰りの首謀者も明かされました。その方は御剣少尉の遠縁に当たる方で、やはり城内省の上層部に勤めているそうです。遠縁というところに僅かな引っかかりを感じますが、あまり深く詮索しないほうが良いでしょう。藪を突いたら蛇が――というより、鳳凰が出てくる……なんてことは避けたいですもの。 「――俺は何もしてねぇぇぇぇぇ~~~~!!!!」白銀くんの悲痛な叫びがPXに木霊したのでした。午後 ◇横浜基地・夕呼執務室◇ ≪Side of 夕呼≫普段は、私の白衣か不要になった書類が放り出されているだけのソファーに、今はボロ雑巾も一緒に転がっていた。何があったのかは想像がつく――というか、基地全体にまで及ぶ騒ぎを起こせば嫌でも耳に入る。 「アンタ、何でここに来たのよ」 「俺には夕呼先生しかいないんです――」 「はぁぁぁ?」 「……みんなが怖いんで、しばらく匿ってください」 「あっそ――好きになさい」情けない顔しちゃってまぁ。衛士としては向かうところ敵なしの男も、いつもの事ながら彼女たちには敵わないようだ。白銀が現れてからというもの、コイツを中心に幾度となく色恋沙汰が起きている。A-01の面々も衛士である前に一端の女なのだから、それ自体を非難するつもりは毛頭無いが、その頻度は異常だと言わざるを得ない。例えるなら……そうね――原子核が電子を捕える電磁力を発するように、女性を惹きつける何かを白銀が発しているとでも言えばいいのだろうか。白銀と同年代の娘や、好みのド真ん中だっただろう私の親友は分かるとして、あの伊隅や速瀬たちまでもが白銀を意識している節がある。伊隅たちの場合は、弟を可愛がる姉、という構図に見えなくもないが。そして帝都の“現地妻”も忘れてはいけない。A-01も個性豊かな娘たちが揃っているが、帝都の娘もまた負けず劣らずの個性的な人物だ。私が知っているだけで、これだけの女性を惹きつけているのだから、やはり白銀は何かを発していると考えて良さそうね。言うなれば人間原子核……なんか語呂が悪いわねぇ。そうだ――恋愛原子核、なんていうのはどうかしら。なかなか悪くないわね。少しからかってやろうと思いソファーの方に目をやると、ボロ雑巾もとい恋愛原子核は仰向けになって伸びていた。 「白銀――」呼んでみるが返事は無い。顔を見ると目を閉じているようだけれど、胸の辺りが上下しているから息はしているようだ。まさかとは思うけど寝ている?それを確認するためソファーに寄って行き、顔を覗いてみると白銀は本当に寝ていた。白銀がここに転がり込んできて、私が思考を巡らせていたのは、ものの数分。こんな短時間に寝息を立てるほど疲れていたのかしらね――と、私は何の気なしに手近にあった白衣を白銀にかけてやった。その行動の後、ふと我に返ると私らしからぬ行動を取っていたことに妙な居心地の悪さを感じ、それを振り払うように仕事に戻ることにした。このときの私は、この恋愛原子核が自分にも影響を与えている可能性があることを失念していた。白銀が目を覚ましたのは、それから1時間ほど経ってからだった。◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 千鶴≫白銀――への尋問が終わり、一先ず気も晴れて昼食も済ませた私たちは、今年最後の訓練を行うためにシミュレータールームに移動した。 「いやぁ~凄い年だったなぁ~~」 「そうだねぇ。特に10月くらいからハンパなかったよ」 「怒涛の2カ月だったわ……」同期の面々と今年の出来事を思い返す。思えば、私たちの人生が大きく変わった年になった――まず初めは、総戦技演習に落ちたこと。あの頃の私は何をしていたのか。ただただ未熟だった。あれからの数カ月――彼らが現れるまでの期間、私は……そして最大の転機は、ある日突然やってきた。それは白銀武と鑑純夏の来訪。彼らが現れたことによって、私たちの運命は大きく変わっていった。私たちと同い年ながらも、衛士として卓越した能力を持つ白銀武――何故私が、彼に委員長と呼ばれるのかは、この際置いておくとして……突出した能力は無いにしろ、207Bのムードメーカーとして無くてはならない存在となった鑑純夏。後に、鑑は副司令直属で凄乃皇の専属衛士だったことが判明したが。それから白銀は教官として、鑑は同僚として、私たちを変えていった。2人共お調子者で、それに振り回されることも多かったけれど。そうして少しずつ変革していった私たちは、2回目の総戦技演習を無事に合格して、戦術機課程へ移行した。 移行と同時にXM3という代物が投入されたのだけど、コレがまたトンでもない新OSで、従来のモノとは比べ物にならないほどの性能を秘めていた。初めこそ扱いにくく、そのズバ抜けた性能に振り回されていたが、今ではもうXM3が搭載されていない機体になど乗りたくない。あのOSを開発したのは香月副司令だと聞かされているが、基礎概念を考案したのは白銀武だという。ここでも彼の非凡な才能を垣間見ることになったが、彼の本領はOSの開発や、それまでの一般的な兵科などでは十分に発揮されていなかった。私たちの教官として、戦術機に乗り込むまでは分からなかった彼の真価。あの独特の操縦技術は、私たちに更なる衝撃をもたらした。それから私たちは、彼に追い付け追い越せと訓練に訓練を重ねたが、未だに追い付いていない……しかし何と言っても一番驚かされたのは、白銀が背負っている過去――この歳で、あれほど凄惨な経験をして、それでも尚、立ち上がって前に進む彼の生き方は衝撃だった。あの話を聞いてから私たちの意識は変わった。自分で言うのは癪だけど、彩峰とも上手くやっていけるようになったもの。それでも、相変わらず衝突は絶えないので、鑑には喧嘩するほど仲が良いなんて言われているけれど……彩峰とは長い付き合いになる予感がするので、仲が悪いよりは良いんでしょうけど、それを素直に認めては何故か負けのような気がする。とにかく――目下の所は、まず自分の力量を上げることに集中しよう。同期の茜たちとの力量差はほぼ無いにしろ、先任方との差は歴然。任官したばかりで経験が足りないのは仕方ないとしても出来ることはある。強くならなければならない。これから先もずっと、あの新しい隊規を護っていきたいから―― 「1人足りないが……ヤツは仕方ないか――訓練を開始する。全員、シミュレーターに搭乗しろ」 「「――了解!」」今年を締めくくる訓練が始まった。