『――ッ……見えた――アレか!!』 『間に合ったみたいだな………アレに乗れば助かる!』 『……?なんだ――地鳴り…地震か?』 『うぁあ!?』 『ぐぅぅ……いってぇ………なッ――軍の車両が…なんで?!』 『あ………―――ま、まさかBET……――ひっ!?………』◇ ◇ ◇――暗イ――――コこハどこダ――スミカ………メイヤ………ユウヒ………オレ、ハ……………12月25日 (火) 未明 ◇横浜基地◇ 《Side of 武》 「ぅ―――ん…………ぁ……」瞼を上げると、薄明かりに照らされた天井が目に飛び込んできた。どこかで見たことがある天井だな――そう思って首を動かすと、俺の寝ている場所はカーテンで仕切られているようで、周りの様子は確認できない。どうやら何処かのベッドに寝かされているようだが………とりあえず上半身だけでも起こしてみようとしたところ、予想外の激痛が全身を駆け巡った。 「ぐぁ?!――ッが………つぅ~~~」 「あら――お目覚め?」痛みに耐え切れず、起こしかけた身体を再びベッドに沈ませて喘いでいると、突然カーテンが開いて見慣れた白衣の女性が姿を現した。 「思ったより元気そうで拍子抜けだわ」夕呼先生はニヤリとしながら、近くにあった椅子をベッドの脇まで引っ張ってきて腰掛けた。それから夕呼先生は、俺が気を失った後のことを掻い摘んで説明してくれた。俺が気を失って一足先に横浜基地に搬送された後、ヴァルキリーズのみんなは無事に回収されて、日付が変わる少し前に基地に戻ってきたらしい。甲21号作戦でのA-01の損害は、俺が潰しちまった不知火だけ。人員損耗は無い。今度は全員で帰ってこれたんだ―― 「ご苦労だったわね。よくやってくれたわ」 「俺なんかより、みんなに言ってあげてください」 「――言ったわよ」 「そっすか」 「アンタが医務室で寝てるって教えてあげたら、全員で押し寄せてきたみたいよ」クツクツと笑いながら間仕切りのカーテンを開ける夕呼先生。先生の視線の先には、医務室に備え付けられているソファで眠りこける純夏と冥夜、それに霞の姿があった。純夏と冥夜の間に霞が挟まって、3人で1枚の毛布をかぶって寝ていた。身を寄せ合ってスヤスヤと穏やかな顔で寝ている3人を見ていると、こっちまで穏やかな気持ちになってくる。 「――あの娘たちは、ここで寝ると言ってきかなかったんですって」 「ははは………」 「他の娘たちは顔を見て帰ったみたいだけど。ふふ――」みんなに寝顔を見られたの?うっわ――マジかよ。スゲー恥ずかしいんですけど。妙な恥ずかしさで視線を彷徨わせると、あることを思い出した。 「先生――ありがとうございました」 「は?」 「あの武御雷――」 「――あぁ。別に……クリスマスプレゼントとでも思っておきなさい」そーいや、今日はクリスマスか。夕呼先生からプレゼント………なんか変な感じだ。いや、嬉しいけどさ。 「さて――そろそろ戻るわ」 「先生もちゃんと休んでくださいよ?」 「私だって、さすがに今日くらいは休むわよ」夕呼先生は立ち上がって、オヤスミと言って立ち去った。なんか終始ニヤニヤしてる気がしたんだけど……何だったんだ?ま、いっか――身体中ズキズキしてるし、さっさと寝よう。俺は暢気にそう考えて眠りに付いた。――翌朝、まだ痛む身体を引き摺りながらノソノソと起きて、顔を洗おうと医務室にある洗面台の前に立ち、ボンヤリと鏡を見た俺は愕然とした。………顔中に落書きがしてあるではないか。あまりにも落書きだらけなもんだから、俺は洗面台に手を突いてガックリと項垂れた。昨日、お見舞いに来てくれた夕呼先生がニヤニヤしていたのはコレのせいか!! 「………」溜息をつきながら顔をゴシゴシ。――が、しかし… 「油性かよ、オイっっ!!!」落書きは水で流しただけでは落ちず、俺が悪戦苦闘しながら消していると、純夏たちが起きてきて大爆笑しやがった。冥夜も霞も笑いやがって………結局、30分以上にも及ぶ落書きとの激闘を経て、どうにか消したことは消したが、よ~~く見ると微妙に残っているのが分かる。今日はこのまま過ごすことになりそうだ。トホホ…………午後 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 美冴》昨日の激戦から一夜明け――まだ疲れも抜け切っていない状態ではあるがデブリーフィングを行うために、私たちはブリーフィングルームに集められていた。 「白銀を弄るのはそのくらいにして、そろそろ始めよう」 「「は~~い!」」 「シクシクシク……」佐渡島で心配をかけた分、全員から容赦の無い攻撃を受けていた白銀が半ベソをかきながら定位置に移動して、それからデブリーフィングが始まった。今の白銀は、いつかのように頭に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼っている。機体を大破させたにもかかわらず、軽症で済んだらしい。昨晩見舞いに行ったとき、我々に散々心配をかけた腹いせに書いた落書きを消すのには苦労したはずだ。油性ペンでやりたい放題してやったのだから。作戦中、一時は消息不明になりKIAとされたにもかかわらず、武御雷なんぞに乗り換えて舞い戻ってきた。あれだけ心配をかけたのだから当然の報いだろう。それにヤツの怪我のせいで、予定されていた御礼は中止となってしまったのだ。むしろ、落書きで済んだだけ喜んだ方が良い。何人かは本気で殴りたそうな顔をしていたからね。 「――そんなところだな。まぁ色々言うのはこのくらいにしよう。任務は無事に完遂したんだからな」 「全員で帰ってこれて良かったです」 「「アンタが言うな!!!」」 「ですよねー」 「――タケルちゃん、ダメダメだねぇ……ま、自業自得だけど~」 「うむ。今回ばかりは私も庇護できぬ」白銀の幼馴染たちも、さすがに今回の件で白銀を庇う気は無いらしい。率先して落書きしていたのも鑑だったからな。ふふふ――普段は割りと抜けているくせに、戦闘になれば凄まじい戦果を上げるのだから不思議なものだ。そういうところも面白いのだがね。 「今日はこれで終わりだ。明日は終日休みで、明後日の午後から通常勤務になる」 「「はい」」 「では解散――」伊隅大尉は開始から1時間もしないうちにデブリーフィングを切り上げた。任務中、コレと言ってミスは無かったので、これ以上長々とやる必要もないというだろう。それに私たちは佐渡島ハイヴを墜としたんだ。しばらくユックリしても誰にも文句は言われまい。 「祷子――PXにでも行こうか」 「はい」私はノンビリお茶でもしようと祷子を誘った。 「私たちも行こっか、水月」 「そうしましょ」 「あ、私たちも行きま~~す」 「――我々も行きますか?」 「そうね――」私たちに続いてヴァルキリーズのほぼ全員がPX行きを決めた。そんな中アイツは―― 「ちょっと用事があるんで、俺は遠慮しときます」そう言って、さっさと出て行ってしまった。昨日の今日だと言うのに、忙しないヤツだ………怪我もしているのだし、せめて今日くらいはユックリしたら良いと思うが。それに、あまり1人で抱え込んで欲しくはない。白銀、お前は1人じゃないよ――◇夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》 「――佐渡島にあったのは横浜基地で貯蔵している分の1/10にも満たない量だったわ」 「そうですか」 「まだ残っていただけ奇跡みたいなものよ」 「――当面はここにある分で戦えるんですよね?」 「えぇ――」日本人がBETAの手から佐渡島を取り戻してから1日。まだ1日――甲21号作戦を完遂させたばかりだというのに、私と白銀の意識は早くも“次の目標”へと移っていた。でもその前に、まずは佐渡島ハイヴの主広間で鑑に調査させた情報の整理をする。鑑がハイヴ内を調査した結果、佐渡島にも極少量のG元素が残っていることが判明した。しかし量は多くなく、四型なら1回の出撃で使い切ってしまう程度。弐型やアレなら2回か3回は持つかもしれないけれど。その他は、ここの反応炉で引き出したのと大差無い情報ばかり。私の思惑からすれば期待していたほどの成果は無かったが、甲21号作戦全体から見れば十分な結果を残してくれたのだから、これ以上を求めるのはさすがに酷でしょう。 「作戦に参加した各部隊の損耗率も、当初の予想を遙に下回ったわ」 「凄乃皇がいたんですから当然の結果ですよ」 「ま、そうね――」あれだけの結果を残したのだから、第5計画推進派なんかは簡単に黙らせられるだろう。それに、次の作戦は既に各方面に打診してあり、既に準備は始まっている。余計な邪魔が入ってこないようにしなければ―― 「甲21号を潰したからって浮かれてられないわよ。次の作戦こそが正念場なんだから」 「分かってます。必ず潰しますよ………オリジナルハイヴは」 「ふふ――頼もしいわね」表情を引き締めた白銀は、歴戦の衛士を思わせる雰囲気を纏っていた。伊達に地獄を見てきてないわね……この男が極たまに見せる年相応ではない表情。顔中に薄っすら残っている落書きの跡がなければ、凛々しい顔と言えなくも無いんだけど…………頬の絆創膏や頭の包帯と相まって、間の抜けた顔になってしまっているのがコイツらしいというか何というか。 「――四型はどうなってるんです?」 「問題ないわよ。もう間もなく仕上がるわ」 「そうですか――“桜花作戦”……2週間か、遅くとも3週間以内には実行したいですね」 「諸々の準備で1週間と少しは欲しいわ。2~3週間後辺りが理想かしらね。でも、肝心のそっちは大丈夫なの?」 「ハイヴ内戦闘のシミュレーションは続けます。あ号のデータがあると助かるんですけど………」 「すぐに用意するわ」 「お願いします――明々後日から使えるとありがたいです」その要望に頷いて返し、私は手元の端末を操作して準備を始める。私は準備を進めながら白銀から“前回の”桜花作戦の詳しい様子を聞いた。この男は、この世界でただ1人、オリジナルハイヴに突入して生還した男。……よくよく考えると、とんでもないヤツが私の手元にいるのよね。普段の生活では意識することが無いけど。そんなヤツだから役に立つ情報を持っていたりもする。まぁ鑑の方が遥かに役に立つけれどね。しかし、なんだかんだ言いつつも、私たちが白銀を頼りにしているのは確か。だから――佐渡島で白銀が消息不明になったときは不覚にも動揺した。白銀のくせにやってくれたわ…… 「――あの、もう1つお願いがあるんですが」 「なによ?」 「武御雷のデータも欲しいんですけど…」 「あぁ――はいはい」私の予定では、この男にアレを渡すのはまだ先のはずだったから、まだ何も用意してなかった。白銀は佐渡島で不知火を大破させてしまっている。わざわざ新しい不知火を用意する気はないし、これからは武御雷に乗ってもらうことになる。第一、白銀が不知火に乗りたいと思わないでしょうし。お互い確認したいことも終わり、今日のところは用事が済んだので、私は白銀にコーヒーを淹れるように言って作業をいったん止めた。白銀は部屋の隅に備え付けられているコーヒーメーカーのところへ行って、右往左往しながらコーヒーを淹れている。数分後、ようやく戻ってきた白銀からコーヒーを受け取った私は、ちゃっかり自分の分も淹れてきた白銀としばらく談笑したのだった。12月26日 (水) 午前 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 壬姫》今日は休日。私は同期のみんなとPXでノンビリしている。 「――なんか実感ないなぁ」 「佐渡島ハイヴを攻略したこと?」 「…うん」 「ちゃんと主広間まで行って、反応炉を壊して戻ってきたじゃない」話題はやっぱり一昨日のこと。涼宮さんも言ってたけど、私もまだ実感がない。緊張しっぱなしで余計な事を考えてる余裕なんか無かったし……… 「ハイヴから脱出したときの達成感は凄かった」 「――だよね~~。外に出たときは思わず叫びそうになっちゃったよ」 「その達成感に水をさした人がいたけどね」 「あははは――でも、ちょっと焦ったな~~~、あのときは」 「急に倒れたもんねぇ」 「手のかかる小僧ですよ――」 「言うねぇ~~彩峰」彩峰さんがニヤリとしながら言うので、思わずみんなで笑った。白銀大尉は私たちと同い年だけど上官で、そんな人のことを小僧なんて言える彩峰さんは凄いなぁ………最初から名前で呼んでいる御剣さんとか、ちゃん付けで呼んでる鑑さんもいるけど。そういえば、せっかくのお休みなのに鑑さんは香月副司令に呼ばれて行っちゃった。お休みの日まで呼び出されて大変そう――昨日は白銀大尉が副司令のところに行ってたし、香月副司令の直近になると忙しいのかな。凄乃皇の操縦がどのくらい大変なのか分からないけれど、明日の午後から訓練再開だし、鑑さんもちゃんと休めてると良いな……この後もノンビリと談笑をして、その流れのまま昼食もみんなで摂った。そして、ちょうど昼食を終えたとき、私たちの上官がPXにやってきた。 「――こっちにいたのね。なかなか見つからないから探しちゃったじゃないの」 「速瀬中尉――涼宮中尉も。………引き摺られているのは白銀大尉?」 「逃げようとしたから捕まえたのよ」 「もう煮るなり焼くなり好きにして……」BDUの上に羽織っているジャケットの襟首を掴まれて、ズルズルと引き摺られていた人が力無く呟いた。任務以外では上官としての扱いを受けてないよね、白銀大尉って―― 「天気も良いし、グラウンドで軽く運動でもしようと思うんだけど、アンタたちもどう?」 「いいですねぇ」 「――私も行きます!」速瀬中尉の提案に全員が賛成したので、みんなでグラウンドへ移動した。◇帝都城・悠陽私室◇ 《Side of 悠陽》 「――マナさん、休めましたか?」 「は。お心遣い有り難う御座います――十分に休めました」 「そうですか。では、さっそくですが甲21号作戦のお話を聞かせてください」 「畏まりました。まず――」ちゃんとした形の報告は上がってきていましたが、やはり作戦に参加した衛士から直接お話を聞いてみたいものです。私はマナさんが語る甲21号作戦の話に聞き入りました。傍に控えていたマヤさんも同様のようです。そしてマナさんのお話は、私が最も聞きたかった部分へと突入しました。 「――そんな折で御座いました。鑑純夏より通信が入ったのは」 「「………」」 「その通信を受け、悠陽様のメッセージを拝見し、私は神代たちを引き連れて武様の下へ急ぎました」万が一に備えて、純夏さんに託したメッセージは役に立ったようですね。ですが……まさか武様が機体を失っていたとは思いませんでした。お話を始める前に、武様は無事だったと知らされていなければ卒倒していたかもしれませんね……… 「すんでの所で武様の救援に間に合い、鑑少尉に指定された地点へ移動して、武様に“剣”をお渡しした次第で御座います」 「大儀でした、マナさん」 「は――ありがとうございます」楽な姿勢で話していたマナさんは、私が労うと少しだけ姿勢を正して頭を下げました。マナさんの働きがなければ、愛しい殿方が怪我では済まないことになっていたかもしれないのですから、労うのは当然というものでしょう。それに、純夏さんにもお礼をしなければなしませんね――冥夜も労ってやりたいですし、武様にも御会いしたい。なにか手はないでしょうか…… 「――武様と冥夜、そして純夏さんを招きたいのですが………出来ますか?」 「あちらの都合が付けば可能かと」 「では――すぐに手配を」 「畏まりました。直ちに横浜へ向かいます」 「よしなに。先の任務から間もなく、急な事で申し訳ありませんが頼みましたよ」 「は。お任せください」マナさんは一礼して退出して行きました。私の我侭に付き合わせてしまって悪く思いますが、彼女とて私と同じような気持ちを抱いているはずですから、付き合ってもらいましょう。さて、こちらも用意をしなければ―― 「マヤさん。私たちも武様たちを迎える用意をしましょう」 「はい」どうやって迎えたものか悩んでしまいますね。ふふふ――午後 ◇横浜基地◇ 《Side of イリーナ》この基地は今、甲21号作戦前とは違った雰囲気で浮ついています。それも当然でしょう。日本本土の防衛にとって最大の脅威だった佐渡島ハイヴを無力化し、佐渡島をBETAから奪還したのだから。あれほど大規模な作戦の事後処理ともなれば、その大変さは類を見ず………ようやく一段落したのが昨日の夜――いえ、今日の未明。作業が終わってから自室に帰ると、私はベッドに倒れこんで泥のように眠りました。次に目を覚ましたのは昼過ぎ。普段なら有り得ないような時間での起床ですが、今日と明日は休日を貰っているので、私はノンビリお風呂に入りました。それから、せっかくの休日を1人で過ごすのも味気ないなと思い、知り合いを探してPXへ向かっていたところです。 「ピアティフ中尉」 「伊隅大尉、神宮司中尉――」廊下の曲がり角で偶然2人に顔を合わせたので、私は軽く会釈をしました。一応、私もヴァルキリーズの関係者なので堅苦しい挨拶はしません。 「これからPXか?」 「はい」 「そうか。なら一緒にどうだ?」 「お供します――」こうして珍しい組み合わせでPXへと向かった私たち。それぞれ飲み物と軽食を確保して1番奥まったところ――ヴァルキリーズの定位置となっているテーブルに集合しました。 「甲21号作戦――お疲れ様でした」 「ありがとう。そちらも大変だっただろう?」 「――それなりには………ですが、前線に出られていた皆さん程ではありませんよ」 「私たちはHQやCPの大変さを想像することしか出来ないけれど、楽なものじゃないっていうのは分かるわ」 「ありがとうございます」同じ作戦に参加したとはいえ、私は旗艦のHQでオペレーターをしていた。佐渡島ハイヴに突入してきたヴァルキリーズの面々に比べたら、私の仕事など簡単なモノでしかない。それでも、こうして労ってもらえると素直に嬉しい。 「――ですが、白銀大尉の識別が消えたときは本当に焦りました……」 「あぁ………そうだな。私もアイツがKIAだと言われるとは思っていなかったよ」 「無事で本当に良かったわ――」神宮司中尉の言葉に深く頷く伊隅大尉と私。あの白銀大尉が撃墜されるなど有り得ないと思っていたけれど、実戦に絶対はないということを改めて実感した。どんなに凄い衛士だとしても、彼だって人間なのだから―― 「おや――噂をすれば何とやら」唐突に言う伊隅大尉の視線がPXの入り口の方を向いていたので、私もそちらを見ると視線の先には白銀大尉の姿。そして、彼に続いてヴァルキリーズの隊員たちもPXへと入ってきました。白銀大尉たちは、PXの隅の方に陣取っていた私たちを発見すると、飲み物片手にこちらへやってきました。 「どもっす」 「あぁ――随分と大所帯だな」 「なはは。ちょっと身体を動かしてきたもんで……」 「その身体で――何をしていたの?」 「ドッヂボールという名のイジメです」 「――イジメじゃないわ。れっきとしたスポーツよ!」 「フレンドリーファイヤが有効なドッヂボールとか聞いたことないですよ!みんな俺ばっかり狙って………」話を聞くと、お昼頃から小一時間ほどグラウンドでドッヂボールをしてきたらしい。そのドッヂボールには、ここにいる伊隅大尉と神宮時中尉、そして姿が見えない宗像中尉と風間少尉、鑑少尉と社さん以外のメンバーが参加したそうです。そしてそのイジm――コホン。スポーツは特殊ルールが適用され、白銀大尉は集中砲火を浴びたようでした。 「――それは面白そうだな。私も参加したかったわ」 「じゃあ今度またやりましょう!」 「そんときは俺パs――」 「アンタは強制参加に決まってるでしょ」 「うぇ……」そんなやり取りを聞いていると、いつの間にか頬が緩んでいました。それは、ここにいる全員――テーブルに突っ伏している少年以外――が同じようで、みんなが笑顔でした。誰一人欠けることなく、こうして笑いあうことが出来て良かった。心からそう思いました――◇帝都◇ 《Side of 沙霧》 「ふう――」いくつもの書類を処理し終え、僅かに散らかってしまった仕事机を片付ける。面倒ではあるが、いずれは片付けねばならん仕事なのだから、さっさと片付けてしまった方が後々ラクだろう。しかし――休日を潰してまで書類を片付ける酔狂な者は私だけのようで、いつもは何かと騒がしい詰め所も、今は静まり返っている。ふと人の気配を感じて顔を上げると、見慣れた人物が執務室に入ってくるところだった。その人物は私と目が合うと微笑を浮かべ、こちらに寄りながら口を開いた。 「せっかくの休日なのですから、休んだらどうです?」 「そのつもりだったが………どうにも手持ち無沙汰でな」 「ふふ――」私の言葉に、駒木中尉は僅かにシニカルな表情をしてみせた。 「そういう君こそ、此処へ来ているじゃないか」 「貴方がいるような気がしたので。案の定でしたね――」 「君の期待に応えられたようで何よりだ……」 「――からかいが過ぎましたね」 「気にしていない」片付けの手を止めずに会話を続ける。そういえば、作戦後に帝都に戻ってから彼女とユックリ話すのは初めてかもしれない。甲21号作戦でも、この優秀な副官には世話になった。 「――駒木中尉。先の任務、ご苦労だった」 「はい」 「君には何度も助けられた。礼を言う」 「作戦の前に言ったでは在りませんか。貴方の背中を護るのは私だと――」そう言って駒木中尉は柔らかく微笑んだ。彼女の笑みを見て、私は無事に帰還できたことを改めて嬉しく思った。この駒木咲代子という女性には職務でも、それ以外でも世話になっている。 「――これで切り上げる。これ以上やってしまうと、休暇明けの仕事が無くなってしまいそうだ」 「そうですか。では、この後は――」 「食事にでも行くか?」 「はい。先に言われてしまいましたか…」 「ふ――私とて、やられてばかりではいられんよ」今度はこちらがシニカルな笑みを浮かべる番だった。そんな私を見て、彼女は少々困ったような顔をした後、先に立って出入り口の方へと向かったので、私もそれを追った。この後、我々はかつて無いほどに穏やかな休日を過ごした――夜 ◇横浜基地・第90番格納庫◇ 《Side of 純夏》 「――頼んでおいた物は出来た?」 「はい。さっきタケルちゃんに渡しておきました」 「そ。ご苦労様」香月博士が聞いてきたのは、今日の午前中に博士から頼まれた物。それは新しいシミュレーターのデータで、タケルちゃんの武御雷用と喀什攻略戦のための訓練用データ。頼まれたものは夕方くらいには完成したので、タケルちゃんに届けておいた。 「それで――こっちは?」 「形状が安定してくれないんですよねぇ……」 「防御には使わないんだから、出力と一緒に固定したらどう?」 「あ――」 「解決しそうね」私の反応を見た香月博士が口角を上げた。むぅ………なんで思いつかなかったんだろう。 「そもそも、なんでコレの調整なんてしてるの?次の作戦では使わないでしょう」 「え――っと………なんとなく?」 「…そ。まぁいいわ、他のところは順調のようだし」そう言って周りに視線をやる博士。私たちから少し離れたところでは、甲21号作戦で大活躍した凄乃皇弐型が、外装のほとんどを剥がされてメンテナンスを受けている。次の出番がいつになるかは分からないけれど、整備はしっかりやっておくみたいだね。――肝心の四型は、弐型で収集したデータを基に現在各武装の改良中。荷電粒子砲以外の武装は初めて使うものだったので色々と調整が必要になっちゃった。やっぱり、実際に使ってみないと分からないこともあるね…… 「じゃ私は戻るわ。指示は出しておいたから、アンタも適当なところで休みなさい」 「はい」香月博士は白衣のポケットに手を入れながら歩き去っていった。さてと――香月博士の助言で一気に片付きそうだし、パパッと終わらせて寝よう。◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》晩飯のあとから、純夏に貰ったデータを使用して訓練をしていた。今のところ次の任務で武御雷を使う予定はないが、慣熟しておくに越したことはないだろう。これだけ事象を変えてきたんだから、もう何が起こるか分からない。もし何か起きたときに、慣れない機体で出撃して皆の足を引っ張ることだけは避けたいからな。 「――まさか、本当に武御雷に乗ることになるとは思わなかったぜ……」しかも俺の専用機と来たもんだ。この武御雷は、悠陽が冥夜に贈ってしまった武御雷に代わり、新たな将軍専用機として建造されていたものを譲り受けて、夕呼先生と純夏が手を加えた。悠陽が冥夜に武御雷を贈ると決まった10月終わり頃から建造が始まっていたので、夕呼先生が武御雷の改修案を持ちかけたときにはロールアウト間近だったそうだ。それに加え、悠陽の鶴の一声によって工場の方が改修計画を優先してくれたらしい。そんなわけで、改修を始めてから約ひと月というハイペースで、これだけ大規模な改修を施した“武御雷 Type-00S”が出来上がったわけだ。ベースとなっているのが将軍専用機で、それを更に強化改修しているので機体性能に非の打ち所は無い。強いて言えば、整備性が格別に悪いってことだろうか。しかし、それも第4計画直属の優秀な整備班がいるので特に困ることもないはずだ。この剣――大切に使わせてもらう。 「よろしく頼むぜ、相棒――」佐渡島で死にかけて、不知火を失っちまったのは完全に予定外だ。大破した相棒の残骸は誰かが回収してくれたらしく、今日の午前中にハンガーに運び込まれた。その際に、ボロボロのコクピットから辛うじて無事だった操縦桿だけ貰ってきた。アレはお守りとして後生大事に持っておこうと思う。 「それにしても……ここまで違うのか、コイツは――」戦闘中に乗り換えて、我武者羅に動かしていたときは分からなかったけど、あの時はコイツのポテンシャルを活かしきれてなかったらしい。不知火とは比べ物にならないことは戦闘中でも分かったが、機体の限界が分からない以上は無理など出来ない。今だって慣熟訓練を始めたばかりなので何とも言えないけど、この機体が凄いってことはハッキリと分かる。各部に追加されたスラスターのおかげで機動制御がラクになった。この武御雷なら、今までとは段違いの3次元機動が可能だ。それに加えて機体の反応速度がハンパないことになってるから、俺の調子が良ければ被弾することは無い――かもしれない…調子が良ければ、な。 「くっそ――やっぱり違和感あるなぁ………」思考と行動がズレている感じっていうか、俺の身体を別の誰かが動かしてる感じっていうか……前の世界で、夕呼先生の理論を回収するために“元の世界”へ行く実験で、意識はあるのに身体までは同化しきれなかったときに似ている気がする。次の作戦では佐渡島みたいなヘマは絶対にしちゃいけない。それなのに――ピー!ピー! 「ッ………はぁ――」アラームが鳴ったので現在の時刻を確認すると、シミュレーションを始めてから3時間ほど経過していた。もうすぐ日付が変わるし、今日はこのくらいにしておこう。ぶっ続けでやってたのに全く充実した気がしないのは、俺の不調のせいだろうか。俺は溜息を吐きつつシミュレーターから降りた。明日からは、この時間帯に武御雷の慣熟訓練をすることになりそうだ。これからの訓練では、俺は凄乃皇四型の操縦訓練をする予定だから、昼間は武御雷の訓練に割いている暇は無い。優先順位は凄乃皇の方が高いけど、こっちも疎かにするわけにはいかないからな。しかし――シミュレーターで訓練するのは良いけど、実機でも訓練しないと意味ねーよな。早めに申請しておくか。調子が悪くても出来ることはあるんだ。せっかく拾ってもらった命だ。やれるだけやってやる。次の目標は喀什なんだからな――