《Side of みちる》たった今HQから入ってきた情報に、私は耳を疑った。――ヴァルキリー00、白銀武を“KIA”と認定。こんな馬鹿な事がありえるのか?………何かの間違いではないのか?あの男に限って戦死などと―― 『白銀大尉が……そんな………』 『嘘…』 『――ッ!!!』 『待てっ!御剣!!』飛び出そうとした御剣を速瀬が静止した。御剣は明らかに狼狽している。いや――御剣だけではない。隊員は皆、白銀の死を信じられず茫然としている。……私もだ。誰もが成すべき事を忘れ、立ちすくむ。網膜に投影されている隊員たちの中には、口元を押さえ俯いている者もいる。頭が真っ白になるというのは、こういう事か……… 『――しっかりしなさい!!!!』 『『ッ!!』』訃報を聞き、静まり返っていた通信に突如として響き渡る声。それは、少し怖いが本当はとても優しい私たちの教官の声―― 『ヴァルキリーズの隊規は何――?』……死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな。そして、もう1つ―― 『白銀大尉が居なくなったら何も出来ないの?』――違う。 『ヴァルキリーズは1人欠けたくらいで終わり?なら彼や、これまでの戦いで命を落とした仲間たちは犬死ね……』――違う。 『それとも、戦場の真ん中で俯いていることが最善?私たちの死力はこの程度?』――違う!私たちは………ッ! 『生きて横浜基地に帰るんでしょう?』 『『――!!!』』そう……それが白銀との約束。アイツが現れてからヴァルキリーズは変わった――もちろん良い意味でだ。白銀武という男は私たちの精神的支柱となり、誰もがヤツを慕い、そして頼った。忘れがちだが、私たちは白銀と出会って2ヶ月程しか経っていない。時間だけを見れば長い付き合いではない。だが、その内容は時間以上のモノだった。そうでなければ、私たちがここまでアイツに惹かれることは無かっただろう。あんな隊規を追加してしまうほどに―― 『――伊隅』 「ッ!は――」 『この隊は貴女の隊よ。貴女が先頭を行く必要は無いわ。でも、貴女が進むべき道を見失えば、隊員たちも迷ってしまう』 「――!!」そうだ………私は…何をボンヤリしているんだ―― 『貴女はヴァルキリーズの進むべき方向を見据えていなさい』 「ありがとうございます、教官。もう――大丈夫です」 『――』私が答えると神宮司教官は微笑み、そして頷いてくださった。目を閉じて深呼吸をする――教官に諭されてしまった……私もまだまだだな。神宮司教官もツライだろうに……こんな役をさせてしまうとは。本来ならば私がやらねばならない事だというのに。 「ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機――」悲しむのは後でも出来る。今、何よりも優先すべきなのは作戦の成功と無事に帰還すること。 「まだ作戦は終わっていないぞ!気合を入れろ――ッ!!!」 『『――!!』』 「白銀がそう簡単にくたばると思うか?」思わないだろう?……信じたくないだけかもしれないが。 「今頃、あが~~~~~などと言いながら、迎えを待っているかもしれないだろう」 『………確かに。ヤツなら有り得ますね』私の軽口に宗像が乗ってくると、隊員たちの表情からは幾分固さが取れたように見える。これでいい……今はBETA群を引き付けるために隠れていたから良かったものの、戦闘中だったら死者を出していたかもしれない。これ以上、私の隊から欠員を出すわけにはいかない。――ヴァルキリーズに、私たちに立ち止まることは許されない。進まなければならないんだ……散っていった先達のためにも、アイツのためにも。《Side of 晴子》 『――全機、遮蔽物に隠れて主機を落とし、敵前衛は峡谷に引き入れて迎撃する』 『敵前衛を迎撃するのはA、C小隊。BとDは突出して光線級を狩れ』BETAの増援に光線級が多数含まれているので、凄乃皇が来るまでにそれを撃破しないといけない。 『A、C小隊も敵前衛をある程度撃破した後、光線級狩りに合流する――』伊隅大尉と神宮司中尉の作戦説明が終わりヴァルキリーズ各機は主機を落とした。コクピット内の明かりが赤い非常灯だけになる………このままCPからの指示があるまでは待機しなきゃならない。本当なら、次の行動に向けて集中しなきゃならないんだろうけど、今は……今だけはどうして違うことを考えてしまう。胸にポッカリと穴が開いたような感覚――あの人が死んだなんて信じられない。…信じたくないってのが本音だけど。伊隅大尉も言っていたけど、「あが~~~」でも「うば~~~」でも良いから言ってて欲しい。――で、再会したとき頭に包帯を巻いてたら完璧。 「ふぅ………」こんなんじゃダメだ。もっと集中しないと――そうしている内に、地響きと振動が大きくなった。モニターが点いていないから分からないけれど、今BETAが目の前を通過しているんだと思う。それからすぐに、私の予想を裏付けるかのようにHQから通信が入った。 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。敵前衛が防衛線を通過中。最後尾の通過まで90秒!全機機動せよ――繰り返す、全機機動せよッ!!』 「ッ………」機体を起動させてモニターが点くと、そこに映し出されたのは大量の突撃級が目の前を通過していく様子だった。凄い…その光景に圧倒されそうになったけど、ボンヤリしている暇はない。雑念を振り払って攻撃開始の合図を待つ。そして敵の前衛が抜けたと同時に―― 『今だ――行くぞッ!!』伊隅大尉が叫び、作戦通りに各機が飛び出した。 『A、C小隊――兵器使用自由!喰い尽くせ――ッ!!』 『『了解!!!』』 『――B、D小隊突撃!遅れんじゃないわよ!!』 『『了解!!』』私は伊隅大尉率いるA小隊だから、まずはこの場に留まって敵前衛を殲滅する。 『喰らえッ!!』 『――やあぁぁぁ!!!』 みんな鬱憤を晴らすかのように撃ちまくっている。私も負けていられない―― 「ホラホラ――!お尻がガラ空きだよっ!!」背後を取っているので、これ以上無いほど楽に狩れる。突撃級の弱点である柔らかい本体に、劣化ウラン弾を叩き込んで片っ端から駆逐していく。こっちが本命じゃないんだから、なるべく早く片付けて合流しないとね。なにがなんでも生き残ってみせる。あの人のためにも――《Side of 水月》時間が無い――もうすぐ凄乃皇が来てしまう。それまでに指定エリア内の光線級を倒さないとならないってのに、ワラワラワラワラと……… 「邪魔よッ!!!!」振り上げられた要撃級の衝角を避けて懐に潜り込み、長刀を横薙ぎに一閃。敵を真っ二つにする。そのまま振り抜き脇にいたヤツごと切り伏せて突撃を続行。戦闘しながら僚機2機の様子を見ると、2機とも突撃前衛の名に恥じない戦いぶりをしていた。2機とも、さっきまでより動きが良くなっている気がするけど、気のせいじゃないわね。その僚機たちの動きは、見れば見るほど誰かさんにソックリ。これが任官したての新米衛士だなんて信じられない。つくづくとんでもないわ……… 『――速瀬中尉!正面、要塞級5……密集しています!』御剣からの報告を受けて目視とレーダーで確認すると、これから進もうとしている進路に立ちふさがるようにして要塞級が密集しているのを確認した。それらの要塞級の足元には突撃級や要撃級、戦車級が多数いる。だからといって要塞級5体のためにわざわざ迂回なんてしてられない。幸い、進路上にいる要塞級はそれらだけ。どうするかはレーダーを見た瞬間に決まっている。何故なら、私は突撃前衛長だから―― 「突貫!」 『『了解!』』私の指示に間髪入れずに返事をした部下たちもまた突撃前衛。それも、私が知る衛士の中で最も優秀な衛士に師事した娘たち。一癖も二癖もあるけれど私は気に入っている。腕も確かだしね。 『速瀬中尉――D小隊で側面をカバーします』 「楔弐型!突破を優先する!!」 『――了解。私と鎧衣は右、祷子と築地は左側面をカバーしろ!』 『『了解!!』』宗像の支持の下、D小隊が左右に分かれた。楔弐型とは言っても、小隊数が足りないので後方は手薄になってしまうけれど、この際仕方ない。今は光線級の前に立ちはだかっている要塞級の突破に専念する。向かってくるBETAは、劣化ウラン弾を浴びせたり斬り倒しながら退け、私たちは我武者羅に前へと突き進んでいく。そしてついに要塞級を射程内に捉えた。 「――御剣は左、彩峰は右の要塞級を狙いなさい!!」 『『了解!』』 『両サイドは良いとして、中央は3体が密着していますが?』 「アレくらい楽勝よッ!!!私を誰だと思ってんの?!」 『これは失礼しました、突撃前衛長殿――』宗像め……見てなさい――!NOEで敵に接近しながら、突撃砲を格納して両手に長刀を装備。デカイ図体に似合わず、要塞級は触手を器用に振り回して攻撃してくる。単体ならどうってことないけど、3体同時となると少し厄介ね。私は機体を地表とほぼ水平に倒しての超低空で突撃。ヤツ等の触手は上手い具合に追尾してくるけれど、それを地面すれすれのバレルロールで回避。避けざまに機体の回転を利用して触手を斬り落とした。要塞級は触手さえ無ければ、ただのデカイ的。36mmが効かないだけで大した脅威じゃない。体内から小型種が出てくる場合もあるから、その点は留意しなければならないけれど。触手を失ったヤツを切り刻んでトドメを刺す。まずは1体―― 「次ッ!!」すぐさま狙いを変えて突撃。次のヤツも触手を振り回して攻撃してくるけれど、軽く避けて腹の下に潜り込み敵の後方に躍り出る。そして機体を上昇させ、そこから急反転降下。その勢いを利用して敵を両断。崩れ落ちる間際に、最後の足掻きとばかりに触手を向けてきたけれど、そんなものに当たるはずも無く、根元から斬り落としてやった。これで2体目――最後のヤツに狙いを定めて突貫したけれど、最後のは呆気無かったわね………敵の真横を取っていたため、触手を向けられる前に切り伏せた。 「一丁上がり――っと」 『お見事――』最後の要塞級を倒すと宗像から通信が入った。周りを見ると、両翼共に要塞級を倒し終えて再び合流しようとしているところだった。 『援護するまでも無かったですね』 「――あんなのに梃子摺ってたら、伊隅ヴァルキリーズの突撃前衛長は名乗れないっての。さっさと行くわよ!!」 『『了解!!!』』陣形を組み直し、ようやく光線級狩りが始まった。アイツの分まで暴れてやる――ッ!!!!《Side of 茜》あと少し………あと少しで突撃級の掃討が完了する。 「このぉぉ――っ!」突撃砲4門同時射撃で敵を撃ち倒しながら周りの様子を窺う。みんな、何かを振り払うように一心不乱に敵を倒しているように見える。たぶん……私もそうなんだと思う。本当はこんな戦闘なんかしないで、今すぐ白銀大尉を探しに行きたい。でも、それはしない――しちゃいけない。あの人が命を懸けて陽動を買って出てくれたからこそ、私たちはここまで来れた。あそこで陽動をしていなかったら、後続に追いつかれてレーザー照射を受けていたかもしれない。そして後続との戦闘になれば、防衛線の構築が間に合わなかった可能性だってある。あの大群との乱戦状態の最中に凄乃皇が到着してしまったら、本命の荷電粒子砲を有効に使えない事も有り得た………凄乃皇は人類の希望――その力は最大限に発揮されなきゃならない。だから……白銀大尉が作ってくれたチャンスは絶対に無駄にしちゃいけない――! 『――これで最後ッ!!!』ようやく敵前衛を全て倒した。全て撃破するまで、思ったより時間はかからなかった。 『全機反転!光線級を狩りに行くぞっ!!!!』 『『了解!!!』』瞬時に伊隅大尉から指示が飛ぶ。すぐさま反転して、先行した速瀬中尉たちの下へ向かう。とりあえず砲撃開始地点の確保は出来たと思っていいのかな………まだ光線級が残っているから絶対に安全とは言えないけど。でも、必ず任務を完遂するよ。それが彼の思いに報いる唯一の方法だから――◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 夕呼》現在の時刻は11時を20分ほど過ぎたところ。ウィスキー部隊の損耗率は21%、エコー部隊は7%、各艦隊の損耗率は合計しても10%に達していない。敵の増援の際にウィスキーが消耗してしまったが、現状では理想的とも言える進捗状況だ。 「――涼宮中尉。A-01の状況は?」 「現在B、D小隊は敵本隊と交戦中。A、C小隊は敵前衛を殲滅し、移動を開始しています」 「そう。分かったわ」いくつか想定外のことが起きているけれど、概ね作戦通りに進んでいる。私は務めて冷静に状況の推移を見守る努力をしていた。さすがに、白銀をKIAと認定したときは内心では動揺したが、特殊な境遇ではあるものの彼も生身の人間である以上は、こういうこともあるだろうと割り切った。彼も不死身ではないのだから……… 「――副司令!」私が思案していると、切羽詰った様子のピアティフに呼ばれた。 「凄乃皇の航行速度が落ちました」 「――原因は?」 「不明です。こちらでは異常を確認できません」 「凄乃皇を呼び出して」 「了解――」ピアティフは私の指示に頷いて、すぐに凄乃皇――鑑を呼び出す。私はヘッドセットを装着して呼びかけた。 「――状況を報告して」 『機体に異常はありません。私も大丈夫です』 「なら、速度が落ちた原因は?」 『えっと――……』鑑曰く、砲撃開始地点に早く着きすぎるのを防ぐために速度を落としたらしい。A-01の荷電粒子砲効果範囲からの離脱時間との兼ね合いということらしいが、こちらの見立てでは特に問題は無いはず………けれど、ここは鑑の判断を尊重しましょうか。彼女は特別なのだし――私は鑑にその旨を伝えて通信を終了した。………白銀の事を聞かれると思っていたけれど、鑑はその事に触れてこなかった。誰よりも戦況を把握しているはずの鑑が、白銀をKIA認定したことを知らないはずが無い。――ということは、私たちの判断に不満が無いということ……?そうだとしたらアイツは―― 「――――ッ………」唇を噛む。自分にとって、あの男は手駒の1つに過ぎなかったはず。それなのに何故………何故こんな気持ちに――私は額に手を当てて静かに息を吐いた。作戦はようやく折り返し地点に来たところ。余計なことを考えている場合じゃない。悲しむのは帰ってからでも出来る。だから今は、今だけは忘れよう………◇佐渡島◇ 《Side of 美冴》 「――沈めッ!!」36㎜で光線級を吹き飛ばし、120㎜で重光線級の照射粘膜に風穴を開ける。光線級狩り開始から数分――私たちは相当数の光線級を駆逐した。それでも尚、それなりの数が残っているが………一心不乱にトリガーを引いていると、レーダーがこちらに向かってくる機影を捉えた。それは待ちに待った援軍―― 『こちらヴァルキリー01。これより我々も光線級狩りに参加させてもらう』 『――もう来ちゃったんですかぁ~~』 『部下が奮闘してくれたからな。思ったより早く片付いたんだ』応答した速瀬中尉に不適に笑って返す伊隅大尉。合流したA、C小隊も交え、私たちは次々とBETAを撃破していく。皆、久しぶりに神宮司教官のお説教を喰らって気合が入ったようだ……それから数分が経過したころ、HQから通信が入る―― 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。A-02は現在、砲撃準備体制で最終コースを進行中。60秒後に艦隊による陽動砲撃が開始される』 『『――!!!』』 『A-02の砲撃開始地点に変更なし!――90秒以内に効果範囲より離脱せよ!!繰り返す――』きた――! 『――全機、即時反転!楔弐型で全速離脱!!』 『『了解!!』』光線級を全て撃破するには至らなかった。凄乃皇の性能を信じよう………荷電粒子砲を1発でも撃てば流れは変わる――しかし、そんな思いを嘲笑うかのようにレーザーが空を切り裂く。 『A-02にレーザー照射!照射源11!!』 「――ッ!!!」 『最高出力…来ます――っ!!』モニターに映る凄乃皇には、確かにレーザーが照射されている。傍から見れば直撃だ。だが、凄乃皇の装甲に到達する前にそれは曲がり、機体には届いていない。そして凄乃皇は、私たちが安全圏に退避するまでに照射された全てのレーザーを防ぎきってみせた。これが……凄乃皇の力か――ブリーフィングで聞いただけでも唖然とするような性能だったが、いざ目の前にすると本当に現実のことなのか疑いたくなる。レーザー照射を受けても悠々と飛んでいるんだからな……… 『――“ラザフォード場”歪曲率許容値内。各部正常』 『A-01の退避が完了しました。荷電粒子砲の効果予想範囲内に味方機なし!!』 『さ、始めましょう――』 『――はい!!』私たちの退避が完了し、副司令が凄乃皇に呼びかけると、とても元気の良い返事が返ってきた。そして我々は目撃する。人類の反撃。その狼煙を――それは光の奔流だった。凄乃皇弐型が発射した荷電粒子砲は、地表にいたBETAと地表構造物を吹き飛ばす。その余りにも凄まじい閃光と轟音、威力に私は愕然とする。誰もが夢見た光景だろう……レーザーを物ともせず、たった一撃で大量のBETAを殲滅する。その夢のような光景に言葉が出ない。思わず頬を抓りたくなってしまう程だ。そして、大量の黒煙や土煙を上げながら地表構造物が崩れていくと、全ての通信回線で歓声が轟いた。目の前の光景は誰もが待ち望んでいたことだ。部下も上官も関係なく作戦中であることも忘れて、ただ仲間と喜び合う――この時ばかりは、誰もが…そうしているはず。しかし私たちヴァルキリーズには声を上げて喜ぶ者は居ない。飛び上がりたくなるほど嬉しい気持ちはある。憎きBETAへ一矢報いたのだから、喜ばない方がオカシイだろう。だが――私たちはこの戦いで掛け替えの無い大切な存在を失ってしまった。 「私に離れるなと言っておいて………バカ――」あの一撃はアイツへの手向け。叶うことなら一緒に見届けたかった。それが叶わない今、この戦いに勝利することこそが何よりの供養になるだろう。白銀………お前の意思は私たちが受け継ぐ。見ていてくれ――《Side of 祷子》 『――第6降下兵団がハイヴへ突入します。突入殻の落下に備えてください』現在我々は、CPから入ってくる情報に耳を傾けつつ補給や警戒をしています。第1射後すぐに放たれた荷電粒子砲の第2射で、地表のBETAをほぼ全て殲滅した本作戦は次の段階に進もうとしています。ハイヴ突入のために私と鎧衣少尉の制圧支援は、この補給でALMランチャーを装備しました。先ほどの光景が脳裏に焼きついて離れません。荷電粒子砲がBETAの大群を薙ぎ払い、ハイヴの地表構造物を吹き飛ばした瞬間は鳥肌が立ちました。 『オービットダイバーズのお出ましだ』伊隅大尉の言葉で空を見上げると、いくつもの再突入殻が光の尾を引きながら降ってくるのが見えました。 『彼等には悪いけど、今回は私たちの花道を作ってもらいましょ――』 『ハイヴ周辺のBETAは凄乃皇が綺麗に掃除してくれましたからね』 『――これで他の地域に支援砲撃が回せる。地上の制圧も時間の問題でしょう』 『そうですね。あとは我々がメインホールに到達すれば終わりだ………』上官たちの会話を聞きながら、オービットダイバーズが地表に降下してくる様子を見ていました。再突入殻が落着した際に生じる凄まじい振動は、離れた場所にいる私たちのところへも届いてきます。そう時を置かずして、私たちもあそこへ行くのだと思うと身震いがしてきました。これが恐怖や不安によるものなのか、はたまた武者震いなのかは判別できませんが……そしてダイバーズの突入から30分ほどが経過し、先行して突入した部隊がハイヴの第8層までを完全に制圧した時点で、私たちにハイヴへの突入命令が出されました。 『――ここからが本番だと思え。決して気を抜くな』 『『了解!!!』』白銀大尉………見守っていてください――《Side of まりも》現在12時を少し過ぎたところ。甲21号作戦が開始されてから3時間以上が経ったことになる。ハイヴへの突入命令が下されてから、私たちは凄乃皇に付き従うようにして突入地点へと向かっていた。悠々と飛行している凄乃皇を護るように、10数機の戦術機が展開している様は“戦乙女”の名に相応しい光景でしょう。凄乃皇の、その巨躯に見合った鉄壁の防御力と攻撃力を目の当たりにしてしまうと、護衛の必要があるのかと思ってしまうけれど。HQからの情報によると、地下茎内ではそれなりの規模で戦闘が起きているそうだ。 『――なお、ウィスキー及びエコー各隊は地上に残存するBETAの掃討を開始しています』作戦の初期に佐渡島の南北に分断して引き付けていたBETA群の掃討が始まったようね。2発の荷電粒子砲によって、佐渡島E、SE、S、SWエリアに残存BETAはいない。凄乃皇は、たった2発で数万のBETAを殲滅してしまった。この作戦で、ハイヴ攻略のセオリーが変わったと言っても過言ではないでしょう。各戦術機甲部隊の状況を見ると分かるけれど、損耗率が嘘のように低い。それに加えてオービットダイバーズの突入タイミング。今までの戦術では、オービットダイバーズはハイヴ突入時に少なからずレーザーを受けていた。それが今回の作戦ではどうだ――彼等は全くの無傷で降下し、ハイヴに突入していったではないか。今回は凄乃皇の初陣という事で、帝国軍や国連軍の部隊が作戦に参加しているが、近い将来、凄乃皇単機でのハイヴ攻略も可能なのではないか――そう思ってしまう。 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。ハイヴへの突入予定ポイントまで1kmです』 『ヴァルキリー01、了解』 『現在、先行部隊はハイヴ第8層までを完全に制圧。後続の部隊も順次突入しています』30分足らずで8層まで………早い。これも突入時の損害が無かったおかげね。やはり、凄乃皇は人類の切り札と呼べる代物だ。アレがあれば何もかもが変わる。そして彼が残してくれたXM3。この2つがあれば人類はBETAに―― 『突入部隊より緊急入電!大深度地下より振動を検知!!!』私の思考は、CPでサポートしてくれている涼宮の切羽詰った声によって遮られた。 『音源の座標は、縦坑が確認されていなかった座標のため、BETAは新たに縦坑を掘り進んでいると思われます』 「な――ッ!?」バカな………そんなことが有り得るの?!そんなこと聞いたことも――いえ……BETAに私たちの常識は通用しないのだから、有り得ないと決め付けては駄目。臨機応変に対応するしか――ッ!!! 情報に耳を傾けていると、こちらのセンサーでも振動を察知した。しかし、先程の大増援の時とは違ってセンサーが振り切れる事は無く、上がってくるBETAの数はそれほど多くないようだ。 「出現予想位置は………後方――!?」 『距離2kmありません!』 『支援砲撃は――ダメか……近すぎる!』 『――種族構成は不明だ!光線級も存在していると想定しておけ!!』 『来るぞッ!!!』その声とほぼ同時に1kmと少し後方の一帯が砂煙を上げた。BETAが地中から這い出してきたのだろう。レーダーで見ると敵の数は――60ほど。先程の大増援もあって身構えていたのだけれど、思ったより数が少なかった。あのくらいなら支援砲撃もいらない。 『――風間、鎧衣!ALMランチャーを使え!!』 『『了解!!!』』さすが伊隅。指示が早い。そして制圧支援2機は支持を受けるや否や、後方に出現したBEETA群に向かってミサイルを発射した。しかし――ビーッ!ビーッ!ビーッ!突如鳴り響く警報。それと共に網膜に映し出される――第2級光線照射危険地帯、という表示………咄嗟にミサイルが飛んでいった方角を見ると、今まさにレーザー照射によって迎撃されたところだった。 『光線級――!まだ温存していたのかっ!?』 『凄乃皇にレーザー照射きます!!照射源7!!!』 『『――!!』』凄乃皇はレーザー照射を受けるも、ラザフォード場によって機体に損傷は無い。直援展開していた私たちも辛うじて被害は無かった。しかし、このままではいずれ―― 『レーザー再照射!数は4!!』 『くッ――どうすれば……!』 『私の後ろに居てください。そうすれば大丈夫ですから』音声のみなので表情は見れないが、鑑の声はこの状況下では不自然に思えるほど穏やかだった。 『――鑑?!』伊隅の声に鑑が答えるより早く、この難局に変化が起きた。 『大尉!見てください――BETAが………減っていきます!!』 『『――!?』』その報告を受けてレーダーを確認すると、BETAを表す赤い光点が次々に消えていくのを確認した。気付けばレーザー照射も止み、照射源である光線級のマーカーも消えていく。その地点を最大望遠で観測しようとしたが、砂煙などがモクモクと立ち上っていて有視界では何が起きているのか確認できない。時折、青白い光が稲妻のように走っているのが見えるだけ。 「いったい何が――?」 『何が起きているか分からない。警戒を怠るな! A、C小隊は凄乃皇の後方に――』 『伊隅大尉、その必要はありません!』直援の陣形を変更しようとした伊隅の声を鑑が遮った。 『バカを言うな!万が一にも凄乃皇をやらせるわけにはいかない!!』 『大丈夫です。もうすぐ――』 『『………?』』この問答の間にも、出現したBETAのマーカーは驚異的な早さで消えていく。事態が理解できず立ち止まっている私たちに新たな情報が入った。レーダーに映し出されているBETA集団の真ん中に、唐突に別の反応が表示されたのだ。その表示とは―― “ A00b-02 ” A-01連隊、伊隅ヴァルキリーズ所属B小隊2番機。コールナンバー、ヴァルキリー00 それは、もう二度と見ることが出来ないと思っていたもの――彼の………あの人のもの。それを見て、私は声も出ないほどに動揺していた。それは他の隊員たちも同じようで、誰も声を発しない。それからレーダーを凝視し続けること僅か―― 『――出現したBETAの反応、完全に消えました………』 『バカな……あの数をこの短時間で?!』BETA出現から3分ほど。敵は50体近いBETAの集団で、その内10数体は光線級や重光線級だった。私たちからの攻撃は初手のミサイルだけ。艦隊による支援砲撃での殲滅でもない。それなのに僅か数分で、当たり一帯は再びBETAのいない開けた更地に戻ってしまった。 『見てください!何か来ます!!!』 『『――!』』柏木が声を上げた。言われてBETAが出てきたはずの方向を見ると、未だ立ち上る砂煙の中から何かが飛び出してきた。それは1機の真っ白な戦術機―― 「あれは………」それは日本が世界に誇る第3世代型戦術機。 『――武御雷………なぜ……?』あまりの出来事に全員動きを止めてしまっている。武御雷は私たちの正面、数十メートルのところまで接近してから動きを止めた。赤く光る鋭い双眼がこちらを睨んでいる。その武御雷を観察してみると、両手に持つ2本の長刀にはBETAの体液らしきものが付着していた。この武御雷がBETAを殲滅したと見て間違いない。それに私の記憶違いでなければ、私が過去に資料で見た物と、装甲の形状に多少の違いがあるようだ。そして武御雷の右肩には、ヴァルキリーズの部隊章がマーキングされている。あれは紛れも無くヴァルキリーズの部隊章だが、この隊に武御雷が配備されたという話は聞いていない。少なくとも私はそんな話を知らない。しかし、何よりも気にしなければならない事は、レーダーに映る“A00b-02”という表示は、この武御雷を指しているということだ。その事実が指すのは、ただ1つ――だが、それを確かめる勇気は無かった………私たちが自分たちではどうにも出来ないほど激しく動揺していると、その武御雷から通信が入り、それと同時に網膜に相手の顔が投影された。相手の衛士は、頭に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼った少年。その顔を見た瞬間、目頭が熱くなるのが分かり、私は思わず口元を覆った。そして、その少年は―― 『――こちらヴァルキリー00、白銀武。これより隊列に復帰します』そう言った。