12月24日 (月) 09時00分 ◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 遙》国連軌道爆撃艦隊から佐渡島へと、大量の突入弾が雨霰と降り注ぐ。ついに、人類の命運を賭けた大規模反抗作戦、甲21号作戦の火蓋が切って落とされた。 『敵の攻撃により、佐渡島上空に重金属雲発生――』 『全艦、斉射準備完了!』 『――目標、旧河原田一帯!――うてぇっ!!』真野湾沖に展開している帝国連合艦隊第2戦隊が、旧河原田一帯へ飽和攻撃を開始した。敵光線級の迎撃はあれど、作戦は順調に進行中。 『旧河原田一帯の面制圧完了!――連合第2艦隊は、旧八幡新町へ砲撃を継続しています!』 「よし………では、作戦をフェイズ2へ移行」 「了解!――HQより全ユニットへ。作戦をフェイズ2へ移行せよ。繰り返す――フェイズ2へ移行せよ」 『スティングレイ隊、上陸を開始せよ!!』 「HQよりウィスキー揚陸艦隊、上陸に備えよ。繰り返す――」最上艦長・小沢提督の指示で作戦が次の段階へ移行。旗艦である最上の管制室に居るオペレーターたちは休む暇などない。そして、作戦がフェイズ2へ移行したことを受け、隣に座るピアティフ中尉が横浜基地へと通信を送る。通信の相手は、伊隅ヴァルキリーズで唯一、横浜基地から出撃する機体の衛士―― 「副司令――凄乃皇弐型、横浜基地より出撃します」 「――」香月副司令はモニターを見たまま頷き返した。そして私も彼女たちに通信を入れる。 「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機――現在、エコー揚陸艦隊は両津港跡に向け南下中。上陸まで――」茜………みんなも――どうか無事で――◇戦術機母艦・大隈◇ 《Side of 慧》作戦がフェイズ2に移行してから50分ちょっと。『――大量のBETAが接近中――支援砲撃を要請する!ポイントは………』作戦の初期段階で面制圧が完了した区域に、大量のBETAが向かってるらしい。連合艦隊第2戦隊の損耗率が跳ね上がっていることからも分かるけど、ウィスキー部隊が上陸してから戦闘は激化している。 『ウィスキー部隊損耗率4%!旧八幡新町、旧河原田本町周辺に展開中!』 『HQよりエコー艦隊――現時刻をもってフェイズ3へ移行――』 『了解。全艦、砲撃を開始せよ!目標は旧両津港一帯!!』 『――ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機。いつでも出られるようにしておけよ』 『『了解!』』――いよいよ私たちの出番。エコー部隊の上陸地点を確保するために、艦隊の砲撃による制圧が始まった。上陸直前に沿岸からレーザー照射を受ける可能性もあるから、まだ船の中とはいえ気は抜けない。そして、艦隊の砲撃が始まってから数分後、格納されていた機体が母艦の甲板へと上がり……… 『HQよりエコー揚陸艦隊、全艦艦載機発進せよ!繰り返す――』 『――行くぞヴァルキリーズ!』 『B小隊!一番槍は私たちが頂くわよ!!』 『『了解!』』上官たちの掛け声の下、UNブルーの不知火16機が佐渡島へと飛翔した。《Side of 夕呼》 「………」戦況を表示しているモニターを見続けること早1時間以上。今のところ各部隊の損耗も予想を下回り、万事上手く推移している。出撃から間もないヴァルキリーズも、予定のコースを順調に進んでいるようだ。 「――ウィスキー各隊、予定通り進行中」 「エコー本隊の陽動により、佐渡島北部のBETA群は更に北上。両津港付近の残存BETAは艦隊砲撃により殲滅しています」上手く行き過ぎてる……不気味ね。こうも順調だと、何か落とし穴があるような気がしてならない。妙な不安が纏わりつく。戦う相手が人間なら予測も立てられるけれど、BETA相手にそれは出来ない。何をしてくるか分からないからBETAは怖い。物量にしたって、このまますんなり終わるはずが無い。佐渡島ハイヴには、初期配置だけで万単位のBETAがハイヴには潜んでいることは、鑑の抜き出したデータで分かっている。作戦全体から見れば、まだ序の口といったところ。先は長い……頼んだわよ――《Side of 沙霧》 『――正面、数70!』 「フォーメーション楔弐型――突破し戦線を維持する!」 『『了解!』』ここまで何体のBETAを打ち滅ぼしたことか。それでも尚、彼奴等は地の底から湧き出てくる。支援砲撃があったところで、この物量を相手にどこまで保つか………辛くも私の指揮する隊には損害が出ていないが、他部隊の損害は増えるばかりだが、それでも奮戦を続けている。それは、我々が居る地点がハイヴ攻略の橋頭堡とも言える場所だからだ。ここを確保し、ハイヴ突入に備えなければならん。 『――隊長!敵、更に増えます!』 「ちぃッ――!!」く……次から次へと――他部隊との連携で何とか戦線を維持しているものの、このままではいずれ押し切られてしまう。不味いな…いくらなんでも、この物量は――増え続けるBETAに対し、対処しきれないと判断した私は、再度HQへ支援砲撃を要請しようとした、その刹那―― 『隊長!!』 「――っ!?」こちらに向かってくる敵に対し左側面から攻撃が加えられ、その攻撃により敵は進行の勢いを鈍らせた。その好機を逃さずに、我々は体制を立て直し反撃に転じ、それから十数分の戦闘の末、付近のBETAを相当することに成功した。私は、援護に駆けつけてくれた部隊へ礼を言おうとしたが、相手の方が先に通信を入れてきた。 『――こちら斯衛軍第16大隊。これよりウィスキー別働隊を援護する』斯衛軍………戦闘中に気付いていたが、まさか斯衛に助けられることになるとはな。 「援護、感謝致します。私は別働隊の指揮を執っている沙霧尚哉大尉であります」 『私は斑鳩。これより共同戦線を張り、ここを死守する。よいな?』 「――了解であります」 『月詠。フォーメーション鶴翼複伍陣――防衛戦を押し上げる』 『は――クレスト2より斯衛16大隊及びウィスキー別働隊各機へ。鶴翼複伍陣で前進せよ!』隊長機である青の武御雷の脇に控えていた赤の武御雷の衛士は月詠中尉だったか。付近の全隊への通達が完了し、移動を開始する直前、赤の武御雷が私の乗る不知火を一瞥したように見えた。――分かっているよ、中尉。私の成すべきことはな。《Side of 冥夜》我々が出撃してから40分程が経過した。 『――正面にBETA群。数は多くない…突破するぞ!!』 『『了解!』』出撃からこっち、気味が悪いくらいに順調に作戦が進行している。ウィスキー、エコー各部隊の損耗率は緩やかに上昇しているが……… 『――白銀!左翼のBETAは頼むわ!』 『イエス・マム――冥夜!』 「了解!!」佐渡島を北上しているエコー本隊の動きに釣られるようにして、佐渡島北部のBETAは徐々に北へ移動している。だが、それでも南下している我等に向かってくるヤツ等も居て、今はそういう連中との戦闘がもっぱらだ。 「――突撃級25、要撃級19、戦車級43」 『怖気付いたか?」 「バカを言うな――ゆくぞ!」軽口を一蹴し、私は先陣切ってBETA群に突撃する。強襲前衛装備のタケルは、突撃砲と長刀を巧みに使い分けてBETAを次々と駆逐していく。タケルは相変わらず凄まじい機動をしている。最近は何とか追従することが出来るようになってきたが、タケルが本調子になったときが怖い…… 『――周辺に敵影なし。ふぅ………B小隊にほとんど持っていかれたな』 『部下が良くやってくれてますから~~~』 『自分が1番暴れていたくせに……――って、白銀が言ってました』 『ほぉ~~~~~~う?』 『――言ってませんよ!!』皆、訓練以上の動きをしている。ここは敵地のド真ん中だというのに、なんら不安を感じることは無い。そして上官たちのいつも通りのやり取り。少しだけ気が楽になった。 『前方の補給コンテナまで前進。残弾数の多いものから順次補給しろ』 『周辺警戒は厳に――振動や音紋にも気を配れ』 『『――了解!』』この近辺にコンテナを発見したので、消耗した弾薬や長刀、推進剤の補給をする。各機、順次補給を進め、ようやく私の番が回ってきた。横浜での戦闘とは違った緊張感――恐怖もある。だが、それを乗り越えていかねばならぬ。仲間のためにも、あの者のためにも。 『大尉。全機補給完了しました』 『よし――では、ここから南に3kmほどの上新穂の確保に向かう』上新穂……真野湾と両津港の中央ほどに位置する場所。その場所の確保は、後の凄乃皇による砲撃の際にも重要となる。なんとしても確保せねば―― 「ん………?」移動開始のために、投影されている情報に目を走らせると、振動センサーが不可思議な反応を示していた。震源は我々が居る地点からハイヴ方向に約6km……まさか――! 「――振動センサーに感あり!」 『HQより作戦行動中の全ユニットへ――ハイヴ周辺の門より大量のBETAが出現』 『『!?』』私が叫んだのと間を置かずしてHQから通信が飛び込んできた。戦域マップを表示すると、確かにハイヴ周辺のBETAを表す赤い光点が何倍にも増えている。 『なんだ……これは――』 『うそ…』 『――っ!下から来るぞ!!』 『『!!!』』伊隅大尉の声とほぼ同時に目の前の地面が割れ、突撃級や要撃級BETAが飛び出してきた。 「くっ――!」 『こんのぉぉぉぉぉぉ!!』初めに出てきたBETAは何とか反応して撃破したものの、BETAは次々と地中から出現してくる。そこから乱戦状態へ突入し、BETAを各個撃破していくがキリがない。人間がBETAに物量で適うはずが無いのだ……… 『ここは放棄する!――旧上新穂の制圧は中止し、A-02砲撃開始地点手前のダム跡地まで侵攻する!!』 『『了解!!!』』 『可能な限り補給コンテナを集めながら移動だ!移動はコンテナを持つ機体を中心に円型陣形!』 『何がなんでも突破するわよ!全員でね――!!!』伊隅大尉の指示と速瀬中尉の発破で、全員が即座に次の行動に移る。後衛の機体を中心にコンテナを集めながら全機移動を開始。戦闘は極力避け、目標ポイントへの到達を最優先する。 『――凄乃皇が来るまでに制圧が間に合うか……ッ!?』 『ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム!支援砲撃要請!!ポイントは――』 『こちらヴァルキリーマム。指定ポイントへの支援砲撃を最優先で行います。砲撃開始まで30秒――』支援砲撃で数を減らせれば良いのだが………《Side of壬姫》 『――上新穂付近のBETAがこちらに向かってきます!』 『ハイヴ周辺のBETAも来ています!』 『戦闘している間に後ろの連中に追いつかれちゃうよ――!!』地中から大量のBETAが出てきてから10分くらいが過ぎた。支援砲撃は光線級に阻まれて、この辺一帯は平地だから後退するしかなくて――予定ポイントの確保すら儘ならないなんて…… 『伊隅大尉――このまま直進すると、上新穂付近のBETAと交戦することになります』 『………突破するしかないだろう』 『突破しても、防衛線を構築する前に敵の本隊が予定ポイントへ到達しますよ――』 『確かに。距離が近すぎるわ』小隊長たちが議論している。だけど、いくら優秀な小隊長たちでも、この状況を打開する案が直に浮かぶわけじゃない。このまま突破するか、迂回するかで意見が分かれている。 『――――考えがあります』隊長クラスで唯一議論に参加していなかった白銀大尉が会話に割って入った。網膜に映っている大尉の表情は、何かを決意したように見える。その白銀大尉の考え――その内容に全員が愕然とした。 『アンタ本気!?』 『本気です。突破するにしても、上新穂辺りのBETAは足止めしないといけないんですから』 『――それは、確かにそうだが……』 『議論してる時間は無いです。俺が動いたら即座に進路を変えてください』白銀大尉の考え――それは、大尉が囮になってBETAを引き付け、その隙にA-01本隊がBETA群を迂回して突破、予定ポイントまで抜ける――というもの。上手くいけば、ハイヴ周辺から追ってくるBETAと、上新穂近辺から迫るBETAを釘付けに出来る。だけど……… 『いくらなんでも無茶よ――!』 『そうですよ!もし上手く行ったとしても孤立しちゃう!!』 『……私も行く!最小単位はエレメントだ!』 『ダメだ』 『――タケル!!!』御剣さんの言葉を瞬時に却下した白銀大尉は… 『命令です――』そう簡潔に言った。 『………了解した』 『伊隅大尉!?』 『この先にコンテナをいくつか置いていく』 『――ありがとうございます』 『白銀大尉!』伊隅大尉と白銀大尉は、誰の言葉も聞かない。神宮司中尉の言葉でさえ。短い打ち合わせも終わって、ついに白銀大尉による陽動作戦が始まる直前、伊隅大尉が、 『――必ず戻れ。これは命令だ』そう言って白銀大尉を送り出し、白銀大尉は何も言わずに敬礼で応えてBETAに突撃していった。隊員たちは唇を噛み締めている。みんな納得はしてない。でも、命令だから従わないといけない。私たちは軍人だから。 『全機進路変更!敵が陽動にかかったら即座に突破する!!』そして私たちは、白銀大尉とは反対方向へと進路を変えた。今、私が出来ることは白銀大尉の陽動が上手く行くことと、大尉の無事を祈ること。どうしようもなく悔しい……祈ることしか出来ないなんて。お願い――絶対に帰ってきて。白銀大尉――《Side of 真那》防衛線が崩れかかっている。一時は持ち直したものの、これまでの戦闘で疲弊した防衛線はBETAの圧倒的な物量の前に風前の灯――虫の息だ。BETAの増援があるまではこちらが優勢だったが、増援の出現場所がこちらの布陣を中央から分断するような場所だったため、防衛線が瓦解してしまったのだ。ウィスキー本隊との合流の前に分断されてしまうとは……真野湾から内陸に4km程進軍したところでの増援とはな―― 『月詠――楔参型でBETA群を突破し、ウィスキー本隊の援護へ向かう』 「は!クレスト2より大隊各機へ告ぐ。これより――」各機への通達が終了し移動を開始しようとしたその時、ここから約5km北東の地点へ向けて支援砲撃が開始された。しかし……… 「な――っ!!」いくつもの光線が地上から空へ向かって伸び、砲弾を次々と撃ち落していく。 『光線級………まだあれほどの数を温存していたというのか――!』 『狼狽えるな――皆の者、続けぇい!!』さすが、と言う他ない。無数の光線級が出現したことにより兵たちの指揮が下がりかけたが、斑鳩隊長自らが先陣を切ることにより兵たちを奮い立たせた。怯んでいた者も、そうでない者も隊長に続いて行く。無論、私も―― 「――なんだ…?」フォーメーションを形成し、BETA群を突破しようとする矢先、私の網膜に見慣れぬ情報が表示され、続いて“秘匿回線”という文字が浮かんだ。本作戦中、秘匿回線の使用は許可されていないはず。いったい誰が……?私が通信に応じることに躊躇していると、どういうわけか勝手に通信が繋がり、相手の顔が網膜に投影された。 「な………貴様は――」《Side of 武》 「うおぉぉぉッ!!!!!!」なるべく広い範囲のBETAを引き付けるために、 両手に持つ突撃砲を水平に斉射。俺に群がってくるBETAを薙ぎ払う。――が、倒したBETAの後ろから次々と新手が押し寄せてくる。コンテナをいくつか置いていってくれだけど、まともに戦っていたらダメだ。この分じゃ、補給している暇なんて無さそうだな………足止めだけを念頭に置こう。欲を掻いて撃墜なんてされたらバカみたいだし。機動力で撹乱してやる――!!こちとらバルジャーノン上がりの元因果導体だ!衛士やってる時間なら、ヴァルキリーズで1番長い(と思う)んだ――無礼るなよBETAァ!!! 「みんなのとこには行かせねぇ――!!」出来るだけ派手に動き回って、こっちに引き付ける。さっきから続けている突撃砲の水平射撃は狙いなんかつけちゃいない。適当に弾をばら撒いているだけ。それでも、360度どこを見てもBETAがいる場所だから、敵には当たってくれている。突撃級や要撃級、戦車級は何とかなる。要塞級も倒せないことは無い。問題は光線級だ。幸い、この付近のBETA群には光線級は混ざっていないみたいだが、ハイヴ周辺から迫ってきている集団には掃いて捨てるほど居る。ハイヴからの増援が来るまでにヴァルキリーズを突破させないと、向こうがレーザー照射を受ける可能性がある。もちろん照射範囲には俺も居るわけで……この陽動、どう転んでも時間との勝負。みんな頼むぜ――俺は周辺のBETAを全て引き付けるつもりで、更にBETA群の奥へと突っ込んでいく。 「このヤロォォォ――――ッ!!!」限界ギリギリの機動で交戦しながら、チラリとマップを確認すると、俺の思惑通りにBETAが移動し始めているのが確認できた。よし――! 「もっとだ――もっと来い!!俺を狙えぇぇぇぇぇ!!!!」それまでの無闇矢鱈な射撃から一転、最小限の弾数で効果的にBETAを倒していく。さすがに突撃級や戦車級は数が多い………突撃級と要撃級で80弱、戦車級はいちいち数えてらんねぇし……要塞級は20近く。残りの弾倉数は半分きった………長刀は2本とも新品だけど、この数を相手に出来るはずがない。ここら一帯の1/4でも1/5でも削れれば万々歳だろう。まだ弾倉に余裕がある今の内に、出来るだけ数を減らさないと――どうせ要塞級には36mmの効果は無い。120 mmの弾数は多くないのだから、要塞級の数が少ないのは素直にありがたい。 「――ッ―――!!」要塞級が振り回す触手や突撃級の突進、要撃級の旋回攻撃、それらに加えて戦車級が群がってくるのを何とか凌ぎながら、俺の孤独な戦いは10分ちょっと続いた。そしてついに―― 「ちッ――弾が…………――!!!」どれ程のBETAを倒したのか、右手に持っていた突撃砲の弾が切れ、腰部の予備弾倉もスッカラカン。弾切れの突撃砲に用はない。それを迷わず投げ捨てて長刀を装備する。左手の突撃砲も今のが最後の弾倉で、残弾も36 mm が100発を切っている。120 mmはとっくに弾切れ。実質、長刀と短刀しか残っていない――けど、出来ればこんな状況で短刀は使いたくはない……みんなは……まだか――!?しばらくぶりにマップを見ると、ヴァルキリーズは目標地点まであと僅かの所まで突破していた。どうやら俺の陽動は上手く行ったようだ。ヴァルキリーズを追っていたBETAは、全て俺の方に集まってきている。あとは頃合を見て脱出すれば完了なんだが………マップを見ていた数瞬、僅かに隙が出来てしまった。俺の都合などお構い無しに攻撃してくるBETAには僅かな隙など関係はないだろうが、こっちとしては致命的だ。 「――くっ――ッ!?」1番近くにいた要塞級の触手が機体を掠める。咄嗟に反応して躱したが、左肩部装甲を少し持っていかれた。再び襲い来る触手を難なく回避して長刀で斬り落とし、その勢いのまま腹の下を滑空。要塞級の後方に抜けてから上空に機体を飛ばして、背中から切り裂いていく。断末魔の呻きを残してユッタリと倒れていく要塞級の背中に勢いよく着地。さっさと倒れろと言わんばかりに跳躍ユニットを噴射して、勢いよく地面に叩きつけた。その際、周りにいたBETAを巻き込んでくれたから少しだけ風通しが良くなり、僅かだが余裕も出来た。気付くと左手の突撃砲も弾切れになっていたので、こちらも投棄して長刀を装備しようとしていたその時、待ちに待った通信が入った。 『――01(伊隅)より00(白銀)へ。こちらは目標地点へ到達し、防衛線の構築を開始した』 「00了解!これより戻ります!!」 『――みんな、お前が心配で気が気じゃないようだ。早く戻って来い』 「ははは…了解です」ニヤリと笑う伊隅大尉に苦笑交じりの返事をして、通信を終了した。良かった――どうなることかと思ったけど、何とか切り抜けられたか………――ッ…………なんだ…?頭が――ドガッッッッ!!!!!!!!!!!!! 「――がぁぁあッ!?」一瞬何が起こったのか理解できなかった。突然、突き上げるような衝撃が俺を襲い、機体が浮いた。それでバランスを失った機体は成す術無く倒れていく。体制を立て直すべく機体を操作するが、不知火はもがく様に震えただけで踏ん張りもしない。それもそのはず――機体のステータスに目を走らせると、機体に異常がある事が一目で分かった。――左脚部の膝から下が無い。損傷ではなく損失。足が無けりゃ踏ん張りようがない。俺は跳躍ユニットを噴かしてバランスを取り、後ろに倒れかけている機体をなんとか起こした。機体を起こした俺の目に映ったのは、倒れた要塞級の下から這い出そうと前腕衝角を振り回している要撃級だった。コイツにやられちまったのか……… 「クッソォォォォ―――――!!!!!」振り回している前腕を切り落としてから要撃級にトドメを刺す。……参った。長刀を支えにして何とか機体を立たせてはいるが………いよいよ厳しくなってきた。俺の現状を確認すると、要撃級にやられたのは脚部だけじゃなかったことが分かった。衝撃でセンサーが死んだらしく、8時から11時方向の視界は真っ暗。それに加えて左跳躍ユニットの出力が落ちている。推進剤の残量も考慮すると、主脚による走行が不可能になった今、BETA群を突破して本隊に合流するのはムリだ。すみません伊隅大尉………最初で最後の命令違反です――戻れそうにありません。 ――ここが俺の死に場所か。そう思うと、何故か気が楽になった。周りには大量のBETA。機体は満身創痍…と来れば開き直るしかない。絶望的な状況に置かれているにもかかわらず、妙に穏やかな心持で俺は迫り来る敵を見据える。そして… 「………俺を殺せるもんなら…殺してみやがれぇぇぇぇぇ――――ッ!!!!」咆哮一閃。俺は敵の大群へと突撃した。《Side of 美琴》 『――こちらに向かって来ているわね………』 『上新穂付近の集団の到達が遅れただけマシと思いましょう』陽動に出た白銀大尉のおかげで、ボクたちは無事に予定ポイントに到達して防衛線を構築できた。今は、ハイヴ周辺から迫ってくるBETA群に予想以上の数のレーザー種が存在していたので、支援砲撃艦隊による支援砲撃が行われている。レーザー種は空間飛翔体を優先して狙うので、今のところこっちにレーザーが来る可能性は低い。――心配事があるとすれば、支援砲撃が行われている地点の近くに白銀大尉が居ることかな。 『伊隅大尉………白銀のマーカーに動きがありませんね』 『あぁ――先程の通信からしばらく経つが、動きが無いのは気になるな』 『もう一度呼び出してみたらどうです?』 『そうだな。01より00へ――白銀、応答しろ』……………………しばらく待ってみたけれど、白銀大尉からの返信は無い。 『――白銀?』 「もしかして、何かあったんじゃ……」 『っ……ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム!陽動に出たヴァルキリー00が応答しない。そちらで連絡が取れるか?』 『こちらヴァルキリーマム――少々お待ちください』涼宮中尉の報告を待つ間、ボクは祈るような気持ちだった。いくら待っても通信に出ないので、白銀大尉に何かあったのかも――という考えが頭をよぎる。あの人に限って、そんなことは無いって信じたいけど……… 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリー01。こちらからも呼びかけてみましたが、応答ありません。引き続き、こちらで呼びかけを続けます』 『01了解――頼む』HQからの呼びかけにも応えないなんて、いったい何が起きているんだろう……白銀大尉に限って撃墜されたりはしないと思いたいけど………実戦は何があるか分からない。とにかく無事でいて欲しい――今、ボクたちが願うのはそれだけだった。◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of イリーナ》自分が担当する管制をしながらも、隣に座っている涼宮中尉の通信が気になって仕方がない。何故なら、その通信の相手が何度呼びかけても応答が無いから。そして、その相手というのが白銀大尉だから。 『――ヴァルキリー00応答してください!こちらヴァルキリーマム――』あれで何度目になるのか。しかし、一向に白銀大尉が応答する気配はありません。 「…………」私たちの後ろに佇んでいる香月副司令はモニターをジッと見たまま何も言わない。彼のマーカーは健在のようだから、撃墜されたということは無いと思うけれど……私は、自分の仕事をこなしているものの、白銀大尉の安否が気に掛かってしまい、どうにも自分の仕事に集中しきれなくなっています。せめて彼の声が聞ければ安心することが出来るけれど……… 「――え……?………………………うそ――」 「っ!?」突然、涼宮中尉が声を上げて動きを止めた。それと同時に、それまで静観していた副司令も身を乗り出して、息を呑んでモニターを見つめています。その2人の行動に焦りを覚えた私は、咄嗟に自分の仕事を中断して、涼宮中尉の正面にあるモニターを覗きました。そのモニターに表示されている戦域マップ……一見、何も変わりないように見えるけれど、一箇所だけ決定的な違いがあります。それを発見すると、私は思わず我が目を疑ってしまいました。それは誰もが考えもしないような出来事でしょう………白銀大尉の識別マーカーが消え、バイタルどころか強化装備の情報すら入らない。つまり……そのモニターを見つめている私たちは、その事実を受け入れることが出来なかった――《Side of 武》 「………はぁ――…………はぁ……ッ――――ぁ…く……………」右腕と左足を失い、他にもあちこちボロボロの不知火――俺の相棒が、BETAの死骸の山に突き刺さっている刃の欠けた長刀にもたれ掛かっている。 ――もう何も残ってねぇ……疲れと多少の出血でボーっとする頭で思い返す。左脚部を失ってからの戦闘は、それはもう大立ち回りというか大暴れというか、自分で言うのも何だけど、とんでもない戦闘だった。左脚をやっちまってからもしばらくは戦えていたけど、大群相手に損傷した機体で長く戦えるわけもない。耐久限界になった長刀が折れて、そのとき斬り結んでいたBETAに右腕を肩から持っていかれた。その衝撃でコクピット内もダメージを受けちまって、俺もあちこち怪我をした。俺の怪我の程度は軽かったから平気だったけど、機体の方はそうもいかない。レーダーも通信機器も使えなくなったし、左舷跳躍ユニットは限界を迎えて停止してしまった。視界の方も右舷側の2時から4時方向がブラックアウト。ほぼ正面しか見えなくなっちまった。それでも何とか見える範囲のBETA相手に奮闘したけど、ついさっき最後の長刀にヒビが入ってしまい、俺は戦うのを止めた。それから最後の力を振り絞って、BETAが比較的少ない地点に移動して動きを止めたわけだ。ちなみに、右腕を持っていかれたときに機体のフレームが歪んだらしく、脱出装置は作動しない。 「………はぁ――」――あとは純夏たちに任せよう。強化した凄乃皇シリーズと今の純夏、そして前とは比べ物にならないくらい強くなったヴァルキリーズなら大丈夫。佐渡島だろうが喀什だろうが落とせるはずだ。俺の役目はここで終わり。……欲を言えば、もう少しだけみんなと一緒に居たかった………そして、ついにその時がやってきた。1匹の要撃級が骸の丘を登り、不知火へと近づいて来る。 「……ッ………――」様々な光景が脳裏を過ぎっていく。これが走馬灯ってヤツか。初めて見たぜ………そういえば、この世界で死んだらどうなるんだ?またやり直し…?――でも、俺ってもう因果導体じゃないんだよな、確か。 ――ま、なるようになるか。間近に迫っていた要撃級は、俺を射程内に入れたのかユックリと衝角を振り上げていく。ふと、あの横浜基地正門の桜並木の桜が満開に咲き乱れる光景が頭に浮かんだ。 「――約束…護れなかったな………」そうポツリと呟いた瞬間、凄まじい衝撃がコクピットを襲い、俺の世界は暗転した――