『タケル』 『武様』 『――だぁぁぁ!くっつくなって言ってんだろ!!』 『『それは出来ぬ相談だ――』ですわ――』 『ふふふ――』 『月詠さんたちも見てないで助けてくださいよ!』 『はて……私は何も見ておりませんので、何から助ければ良いのか分かりかねます』 『私は用事を思い出しましたので、少々席を外します――』 『たぁすけてぇぇぇっーーーーーーー!!』◇ ◇ ◇ 『タ~ケ~ル~ちゅわぁ~~~ん………』 『な、なんだよ?』 『また間違ったこと教えたでしょ!みんなに笑われたじゃないのさっ!!!』 『あぁ……そんなもん、シメジを松茸だと思ってたオマエが悪い』 『ふんぬ~~~~~~~!!!!』 『――シメジっっ!?』12月13日 (木) 朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 武》ユサユサ…… 「ん………」ユサユサ…………ガバッ! 「ぅ……ん――さむ………」 「おはようございます」 「……あぁ――おはよう………………霞………」いつも通りの時間に、いつもと同じように霞に起こされた。今日は純夏はいないようだ。アイツが居ないと実に静かな朝を迎えられる。 「シメジ、なんですね……」 「――え?」 「なんでもありません。またね――」………シメジ?なんだそりゃ。霞は謎の言葉を残して出て行ってしまった。いつまでもベッドにはいるわけにもいかないので、俺は軽く伸びをしてからベッドを出る。ん――?身体が重い……ちゃんと寝たはずなのに、妙に身体がダルイのは何でだ?そういえば、夢を見たような気がする。懐かしいような、そうじゃないような………よく分からん。まぁいいか。さっさと顔を洗って着替えよう――午前 ◇帝都◇ 《Side of 純夏》 「う~~ん………」ちょっとだけ真面目な表情で腕を組み、首を捻った。かなり重要な案件だから、私も真剣に考えている。これ以上ここで出来ることは無いね。………あ、でも整備の問題があるんだっけ……そのくらいなら向こうでも何とかなりそうだけど………っていうか外見はともかく、中身はまるで違うから整備は向こうでやらないと仕方ないよねぇ。 「――鑑」 「……!はい」 「後の作業は帰ってからよ。話はつけてきたわ」 「分かりました!」良かった。香月博士が話を纏めててくれたみたい。どこで作業しても同じならホームでやりたい。その方が気楽だし、何よりもここにはタケルちゃんが居ないし。今頃みんな何してんだろ――午後 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 冥夜》 「――今日からハイヴ攻略戦のシミュレーションを再開する」私たちが本格的な訓練を開始してから3日。私たちの不知火への慣熟訓練も織り交ぜてもらいつつ、A-01――伊隅ヴァルキリーズの訓練は行われていた。一昨日に初めて不知火に乗り、その日から伊隅大尉等がタケルの与り知らぬところで秘密裏に行っている特訓にも参加している。その特訓……これがまた凄まじいもので、通常の訓練を本気でこなした後にやると、特訓の後は部屋に帰るのも億劫になる程に疲弊してしまう。まさしく疲労困憊というヤツだ。この特訓の後で平気な顔をしている者は先任方の中にもいない。それまで、疲れ切った姿など想像すらしたことが無かった神宮司中尉までも、特訓後にはフラフラになっている。それほど厳しい特訓なのだ。この部隊の午前中の訓練が、比較的軽めのメニューで構成されているのは、特訓の影響も考慮してのことかもしれない。 「新任が入ったのでポジションを少々変更してみようと思う。まずA小隊――」伊隅大尉が小隊編成を発表していく。・A小隊――伊隅大尉以下、涼宮、柏木、高原。・B小隊――速瀬中尉以下、彩峰、私。装備は違うが、ここにタケルも入るそうだ。・C小隊――神宮司中尉以下、榊、珠瀬、麻倉。・D小隊――宗像中尉以下、風間少尉、鎧衣、築地。――という振り分けとなった。タケルは何やら強襲前衛装備を試しているらしく、先日の訓練からその装備を使用しているが突撃前衛扱いとなっている。 「なお、これは試行錯誤の段階であり確定ではない。今後も数回に渡って変更するつもりだ。では全員シミュレーターに搭乗せよ!」 「「了解!!」」搭乗するとすぐにシミュレーターが起動し、様々な情報が網膜に投影される。そしてハイヴ内の異様な光景も投影された。シミュレーターとはいえ、えも言われぬ威圧感がある……ハイヴの光景に目を奪われつつも、指示に従い兵装チェック等を行っていると、速瀬中尉から通信が入った。 『――御剣は白銀と組みなさい。彩峰は私とよ』 『『了解!』』 『よろしくな、冥夜――』 「――」タケルの通信に頷いて返す。私と彩峰が突撃前衛……何を期待されているかは、言われずとも分かる。この隊で1、2を争う凄腕の衛士が揃う突撃前衛。このポジションに恥じぬ働きをせねばなるまい……だが、タケルとエレメントを組んでいるのだ。怖いものなど無い―― 『4小隊と少々特殊な編成のため、宗像は中央に位置しろ』 『――了解』 『柏木と珠瀬は従来よりも少し外寄り、風間と鎧衣は中央寄りだ』 『『了解!!』』B小隊が先頭に位置し、その後方両翼をA及びC小隊、最後方中央をD小隊が固める。中盤に伊隅大尉と神宮司中尉、宗像中尉がいる安心感は底知れぬ。そして前衛にはタケルと速瀬中尉。磐石の配置だ。どこから攻められようとも確実に対処できるだろう。私たちが配属される前の訓練では、ハイヴ攻略戦のシミュレーションを幾度も繰り返し、何度も成功させていると聞く。我等が加わって結果が悪くなることなど、あってはならぬ。必ず作戦を成功させるのだ――!! 『ヴァルキリーマムより、ヴァルキリーズ各機。作戦開始――』 『――全機、兵器使用自由!第1目標はメインホールだ!!』 『『了解!!』 『――ヴァルキリーマムより、ヴァルキリー01。作戦開始60秒前』 『ヴァルキリー01了解。ヴァルキリーズ全機機動!』第1目標?他にも目標があるのか…?作戦開始前には何も聞かされていないが…… 『――B小隊は進路を切り開く!突撃前衛の名に泥を塗るんじゃないわよっ!!』 『了解!!』 「り、了解!」考え事をしていたせいで返事が遅れてしまった。集中せねば……突撃前衛長の速瀬中尉が先陣を切り、B小隊は敵の大群へと突っ込む。隊形は楔壱型。前を行くタケルと速瀬中尉は、かなりの速度で進んでいく。向かってくるBETAを倒すことはほとんどしない。噴射跳躍後の足場を作る際に、足場付近のBETAを薙ぎ払う程度。2人は前へ進むことに主眼を置いているようだ。メインホールまでの道のりは長い。途中で弾切れを起こさないための戦い方なのだろう。私も見習わなくては―― 『――ここはお客が多いな。この先の分岐を左へ入る!』 『04(宗像) より制圧支援全機!横坑入り口付近のBETAを一掃しろ!』 『ミサイル攻撃を合図に全機噴射跳躍!最大戦速で突破するぞ!!』 『『了解!』』 『――ヴァルキリー05(風間)、フォックス1!』 『――ヴァルキリー12(鎧衣)、フォックス1!』制圧支援機から放たれたミサイルが、横坑付近にいたBETA群を吹き飛ばし、そこへ突撃前衛が突入。続く強襲掃討が進路を広げ、残る全機も無事に横坑へと進入した。進入した横坑は、比較的BETAの数が少なく、隊の進行スピードも自ずと上がる。その中でも先頭を行く2機の速さは尋常ではない。ついて行くだけで精一杯だ………タケルとのエレメントを堪能する余裕など無い。堂々と肩を並べられる日は、もうしばらく先の事になりそうだ――◇ ◇ ◇ 《Side of 茜》 『こちらヴァルキリーマム――反応炉の破壊を確認。作戦の第一段階を終了。引き続き第二段階へ移行してください』さすが――って言うしかないのかな。初めてのハイヴ攻略戦のシミュレーションで、千鶴たち元207Bのみんなは全機健在で反応炉まで辿り着いた。初回から結果を残されると悔しいかな~~……なんてね。 『こちらヴァルキリー01――了解。これより第二段階へ移行する』 『『――?』』千鶴たちが怪訝な顔をしてる。シミュレーション開始前に説明なかったもんね。この隊のハイヴ攻略戦最終目標は反応炉の破壊じゃない。 『ヴァルキリー01より、ヴァルキリーズ各機。地上への脱出を開始せよ』 『『――了解!』』 『『!?』』 『新入り共には言ってなかったな。今回のシミュレーターのみならず、実戦においても同じだが、この部隊の最終目標は“この基地”だ』最終目標は横浜基地。つまり――生きて帰ってくること。千鶴たちは一瞬ハッとして、それからすぐに表情を引き締めた。 『B小隊、撃墜されたら飯抜きよ!気合入れなさいっ!』 『『――了解!』』 『それでは地上へ帰還する!全機、必ず生還しろ!!』B小隊が先陣きってメインホールから飛び出していく。帰り道もスピード勝負。推進剤や残弾を気にしつつも速度は落とさない。誰かがミスしたら、全員で可能な限りカバーする。幸いにも、今回の訓練は全員が無事に地上へと抜けることが出来た。訓練を振り返ってみると、突撃前衛の2人は速瀬中尉と白銀大尉によくついて行ったなと思う。珠瀬の射撃精度なんて、ホントとんでもないし………千鶴と鎧衣も頑張ってたよね――って、私も偉そうなこと言える腕前じゃないけどさ。とりあえず、私の突撃前衛入りは遠退いたってことは間違いないかな。でも諦めたわけじゃないよ。いつか必ず――ね。12月15日 (土) 午前 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》副司令から正式な通達が来たのは久しぶりのことだ。前触れが無いのはいつものことだが、当日に言われるとさすがに困る…… 「じゃあ改めて紹介するわ」珍しいことに予定時刻通りに現れた副司令と、一緒にやってきた少女――鑑純夏の自己紹介が改めて行われ、彼女は正式に我が隊の一員となった。随分と増えたものだ………それも腕の立つものばかり。部隊を任されている身としては大変喜ばしいことではあるが、それで任務が楽になるほど甘くないことは重々承知している。腕の立つ者は、いくら居ても足りないからな……今日は鑑の紹介のためだけに召集されたわけではなく、紹介が終わると副司令はいつになく真剣な表情をして“本題”に移った。 「――本日未明、佐渡島ハイヴ制圧作戦が発令されたわ」 「「――!?」」 「作戦実施は12月24日。じゃあ詳しい説明は……白銀――」 「はい」副司令に代わり、白銀が作戦概要の説明を始めた。本作戦は、国連第11軍司令部及び帝国参謀本部より発令され、佐渡島ハイヴの制圧、無力化を目的とした作戦であるということ。作戦名は“甲21号作戦”。本作戦の第1目標は甲21号目標の無力化、第2目標にハイヴ施設の占領及び可能な限りの情報収集。作戦内容はハイヴ攻略のセオリーに概ね従ったものであるが、細部では新たな戦略が試行されるようだ。そして本作戦は、帝国軍は本作戦に総戦力の半分近くを提供する程の大規模な作戦となっている。 「すごい……」誰かがポツリと漏らした。この作戦に投入される戦力を見ての素直な感想だろう。私もこれ程の大規模作戦に参加するのは初めてのことなので、指揮官という立場でなければ同じように呟いていたかもしれない。白銀は次に、本作戦におけるA-01部隊の行動概略の説明に移った。A-01出撃のタイミングは、作戦がフェイズ3に移行した段階。作戦開始直後から出撃するのではないようだが、いつでも出れるようにしておかなければならないだろう。作戦がどのように推移するかなど、分からないのだから。甲21号作戦における我が隊の任務は、オルタネイティヴ第4計画によって開発された新型兵器の支援及び護衛。そして―― 「――最終的にはハイヴに突入して反応炉を目指します」……予感はしていた。先月の終わり頃から、それまであまり行っていなかったハイヴ攻略を想定した訓練を頻繁に行うようになっていたからだ。頻繁というより重点的に、と言った方がいい。もしかすると、あの頃から水面下で準備が進められていたのかもしれない。そして白銀はそれを知っていたんだろう。だから、あの時……… 「作戦中、如何なる状況においても優先されるのは新型兵器の回収ですが、ヴァルキリーズの任務完了とは別です。それを忘れないでください」 「「――!!」」“必ず生きて帰って来い”か。あれだけ訓練してきて今更出来ないとは言わせないつもりだろう。尤も、そんなことを言うつもりは毛頭無いが。そういえば神宮司中尉と新任共には、我が隊の“任務完了”について言ってなかったな。あとで言っておくとしよう。 「A-01の任務内容と甲21号作戦の各段階の細かい説明は後日、近いうちに説明します」 「やっと私の出番ね。それじゃ、新型兵器の説明に移りましょうか」白銀が話している間は、静かに座っていた副司令が立ち上がった。いよいよ新型兵器の説明ね。一体どんなモノなのかしら………《Side of 美冴》これはまた――何と表現したらいいのか……スクリーンに映された新型兵器“凄乃皇弐型”に、私は思わず息を呑んだ。まず目を引いたのは、その大きさ。通常の戦術機の数倍は軽くあり、“戦略航空機動要塞”の名に相応しい巨躯をしている。そして凄乃皇弐型に搭載されている様々な機能や武装も、私の想像を遥かに凌駕していた。まだ試験運用段階らしいのだが、甲21号作戦で初の実戦投入となる2700mm電磁投射砲や120mm電磁投射砲も驚くべきものだ。――が、それ以上に“ムアコック・レヒテ型抗重力機関”なるものの性能には開いた口が塞がらなかった。その機関による重力制御によって凄乃皇は飛行が可能であり、抗重力機関から発生する重力場はBETAのレーザー兵器を無力化することが出来るそうだ。そして重力制御の際に生まれる、莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲も装備しているという………とんでもない代物だ。 「――凄乃皇には、鑑が専属衛士として乗り込むことになっているわ」 「「えぇっ!?」」 「鑑はそのための訓練を受けてあるの」鑑がこの隊に配属されたのはこのためだったのか……まだ軽い挨拶程度しかしていないから何とも言えないが、榊たちから彼女の話は聞いているし、鑑ともすぐに打ち解けられるだろう。 「今はこんなところかしら。何か質問はある?」 「「――」」 「なら、さっそく訓練に移ってちょうだい」 「了解」 「鑑、アンタも参加しなさい。アレは私が見ておくから」 「分かりました!」アレ?凄乃皇のことか?まぁいい――私が気にしても仕方のない事だろう。知る必要の無いものまで知ろうとは思わない。さっさと切り替えて、次の任務に向けてしっかりとコンディションを整えなければ………私たちは今度の任務でハイヴに突入する。だが、必ず生還してみせるよ――12月16日 (日) 未明 ◇横浜基地地下・反応炉制御室◇ 《Side of 夕呼》 「――引き出せたのね?」 『はい』 「じゃあ、予定通り停止させるわよ」別室にて反応炉と接続していた鑑からプロジェクションにて報告が入り、私は手元のコンソールを操作。昨日、白銀から提案された甲21号作戦に伴う横浜基地ハイヴ反応炉の停止作業を開始した。提案された当初は、なんでそんな面倒なことを……と思ったけれど、話を聞くとそうも言っていられないようだったので、その提案に乗ったというわけ。白銀の話では、“前の世界”で甲21号ハイヴは消滅させたが、そこの残存と思われるBETAが横浜基地に押し寄せ、辛くも防衛に成功したものの基地は壊滅状態に陥ったそうだ。そのせいもあって、凄乃皇四型も不完全な状態で喀什へと突っ込んだらしい。そんな状態で、よくオリジナルハイヴを攻略できたものだわ………とにかく。先の事も考えるなら停止しておいた方が良い。BETAの行動は予測が出来るものじゃないけれど、佐渡島の反応炉を失ったBETAが、ここに押し寄せたという“実例”があるのだから警戒しておくに越したことは無いでしょう? 『あ――』 「なにかあったの?」 『えっと………今日はタケルちゃんの誕生日だっていうのを忘れてたなぁ~~と』 「……………そう」何かあったのかと思って身構えた私がバカみたいじゃないのよ。全身から力が抜けたわ…… 『――博士、他にも仕事あります?』 「いいえ――特に無いわ。アレの作業を進めるだけよ」 『じゃあ、お休みでもいいですか~?』 「えぇ」 『ありがとうございま~~す!』まったく――白銀の誕生日ねぇ……誕生日なんて自分のすら気にしたことも無かったわ。白銀には助けられているし、何か贈ってやるのも悪くないかもしれないわね――と言っても、何を贈れば良いのやら。あぁ、アレがあるわね。今日中にはムリだけど、近いうちに渡せるでしょう。………私は何を考えているのかしら?まるで、白銀にプレゼントを渡したいみたいじゃないの。こんなことを考えるなんて、疲れているのかしら。前にちゃんと寝たのはいつだったか――この作業が終わったら、少しだけ仮眠を取ろうかしらね。昼 ◇PX◇ 《Side of 武》う~~ん………妙にダルイ。少し早めの昼食を摂り終え、食後のお茶を啜りながら首を傾げる。ちゃんと寝たはずなのに朝起きると妙に身体が重い日が、ここのところ何日か続いている。身体は特に疲れているわけでもなく、体調不良の類では無いだろうとは思っているんだが…… 「ふぅ…」甲21号作戦が発令されて変に緊張でもしてるのか?あと1週間しかないんだ。今の内からコンディションを整えておかないと、作戦日に体調不良なんて目も当てられない。ただでさえ操縦してるときには違和感があるんだ。最近は違和感にも慣れちまったから言うほど苦では無いけど。それでも、体調が悪けりゃ話にならない。失敗は絶対に許されないからな―― 「――タケル」 「んぁ?」不意に名前を呼ばれ湯飲み片手に振り返ると、昼食の乗ったトレイを持った冥夜がそこにいた。 「よう、冥夜。おはようさん」 「間もなく昼だが――おはよう。もう昼食を済ませたのか?」 「あぁ。今日は特にやることが無くてな」 「そうか――座ってよいか?」 「もちろん」冥夜は、俺の正面の席に腰を下ろして食事を始めた。冥夜が食事をする間、俺は食後のお茶を啜りながら冥夜と談笑をしていた。そして冥夜の食事が終わり、俺が何杯目かのお茶を啜っているとき、冥夜がある提案をしてきた。 「タケル――先程、今日はやることが無いと言っていたな?」 「確かに言ったな」 「ならば少々頼みたいことがあるのだが……」 「ん、なんだ――?」一瞬だけ言いづらそうにした冥夜だったが、すぐに俺を真っ直ぐ見据えて切り出した。 「シミュレーターにて連携訓練を行いたいのだ」 「おぉ――良いぜ。けど珍しいな。冥夜から連携訓練やろうなんて。速瀬中尉みたいに腕試しばっかりだったのに」 「突撃前衛という栄誉あるポジションを任され、そなたとエレメントを組むことが多くなったことは嬉しいのだが、まだ私はそなたの動きに完璧に付いて行けておらぬ……… 私が、この状態に満足など出来るはずがなかろう?」 「なるほど。そういうことなら、いくらでも付き合うよ」 「――ありがとう、タケル」さすがだな、冥夜。相変わらず向上心の塊みたいなヤツだ。こう言われちゃ協力しないわけにはいかない。冥夜との連携は今後の作戦においても重要になるし、今日は冥夜の気の済むまで付き合ってやろうと決めた。身体を動かしてれば、妙なダルさも飛んでいくだろう――午後 ◇シミュレータルーム◇ 《Side of 水月》今日は日曜。休日よね?間違いないわよね? 『なんで全員揃っちゃってんすか………』 『私が聞きたいくらいなんだが?』 『あははは――考えることは一緒だったみたいだね』休日だっていうのに誰も休んでないって、どーなってんのよ。人のこと言えないけどさ。私の場合は、昼過ぎに茜が私の部屋を訪ねてきて、一緒にシミュレーター訓練しないかと誘われた。それを二つ返事で了承して、ついでなら管制をしてもらおうと遙を呼んでシミュレータールームに来たんだけど……そこに先客が居た。それは白銀と御剣。2人は連携訓練をしていたので、私たちは2人にバレない様に管制室のモニターでそれを観戦することにしたのよ。観戦を始めてからすぐ、今度は宗像を筆頭に風間、彩峰、珠瀬が現れた。このグループも私たちと同じことを考えたのか、管制室にやってきて私たちと鉢合わせ。何故かそのまま一緒に観戦する流れになった。その後更に、伊隅大尉に連れられた柏木、築地、麻倉、高原、榊に鎧衣の少尉連中が合流。それから神宮司中尉もやってきたので捕獲。そのとき盛大に溜息を吐いてたけど………――で、あとは鑑だけがいないね~~なんて言ってたところに、なんとまぁ鑑が社霞って娘を連れて現れちゃったもんだから、図らずもヴァルキリーズ勢揃い。そしてタイミング良く白銀たちがシミュレーターから降りてきたので、そっちも捕まえて今に至るというわけ。 『では――始めるとしよう。鑑、本当に不知火でいいんだな?』 『はい!大丈夫です!』 『よし。今日は社が見ている。格好悪いところを見られたくなかったら気合を入れろ!』 『『了解!!』』 『………もう普通の訓練じゃん』白銀のボヤキと共に訓練――もとい “自主トレ”が始まる。 『みなさん、頑張ってください――』 『社、あとでお茶でも飲みながらユックリ話をしないか?』開始直前に社の応援が入ると、変態という名の猛禽類が出現。先にアレを倒しておいたほうが今後のためになると思うんだけど……… 『もう美冴さんったら……』 「宗像…アンタやっぱりそういう――」 『私は可愛いものを愛でたいだけですよ?』とは言うものの、怪しいわよねぇ。社が可愛いのは同意するけどさ。 『あの………』 『『――?』』 『夜ご飯、みなさんと一緒に食べたいです』 『是非そうしよう。ふふ――』 『美冴さん……』 『一緒に食事することに異論は全く無いが……宗像、落ち着け』 「ついに変態の本性を現したわね………」 『おっと。社の可愛さに、つい我を忘れてしまいましたよ。ふふふ――』宗像の言葉に、どこからか深い溜息が漏れた。主に元教官の方から。訓練開始前にこれだけ騒いでるのに、神宮司中尉が何も言わないのは珍しい。いつもなら、さり気なく先を促すようなことを言うんだけど。 『よし、お喋りはここまでだ!――切り替えろ!!』神宮司中尉の喝が入るより早く、我等が隊長の檄が飛び、談笑していた隊員たちの表情が一瞬のうちに引き締まった。そして、いつもの訓練となんら変わらない、キツ~~~イ自主トレが始まった。《Side of 冥夜》――むぅ………なかなか厳しい。タケルと全力で連携訓練をしていたあとに、この内容は少し堪える。それにしても、なかなか上手くは行かぬものだ……今日は特別な日ゆえ、タケルと2人で過ごそうと画策してみたものの、結局いつもと変わらぬことになってしまった。タケルとの連携に満足していなかったのも事実だが、それとは別の思いがあったのだが………来週の作戦を前に、余計なことは考えるなということか。タケルに言いたいこともあったのだが、それは寝る前にでも部屋に行けば良かろう。今はトレーニングに集中せねば――ッ!!夜 ◇祷子自室◇ 《Side of 祷子》ベッドに寝転んで天井を見上げながら、先ほどの夕食後にあったことを思い返しています。トレーニング後に全員で夕食を摂った際の会話――それは、思わず食事の手が止まってしまうほどに衝撃的なものでした……◇ ◇ ◇ 「疲れたぁ~~………」 「以下同文…」 「右に同じぃ……」 「…休日にやる内容じゃ無いよぉ………」 「……もう限界」PXで食事の前に一息つきながら、そう漏らすのは涼宮少尉や榊少尉たち。確かに、自主トレーニングにしては容赦の無い内容だったと思いますが、来週の作戦の事を考えれば、あの厳しさも納得できます。かく言う私も疲労困憊です…… 「もうポジション決定して良いんじゃないですか?」 「私もそう思うわ。これ以上入れ替えて、混乱してしまったら意味無いもの」 「分かりました。では明日の訓練開始前に伝えるということで――」あちらでは伊隅、白銀両大尉と神宮司中尉が小隊編成について議論しています。ここ数日、倍ほどに増えた隊員数のために色々と試行錯誤をしていたのですが、ついに本決まりになるようです。伊隅大尉は、この事にずいぶん頭を悩ませていたようです。神宮司中尉に相談を持ちかけているところを何度か目撃していますし。これで肩の荷が下りると良いのですが…… 「――社。これまで接点が無かったのが悔やまれる。これからは仲良くしてくれると、お姉さんは嬉しいよ」 「は、はい…」 「少し落ち着きなさいよ、アンタは。怯えてるじゃない」 「ウサギさん――?」こちらでは美冴さんが社さんに迫っています………どうやら社さんの可愛いさが、美冴さんのツボに入ってしまったようですね。そして速瀬中尉が美冴さんに突っ込むという珍しい状況。涼宮中尉は何か呟いています。そんなこんなで銘々、自由に食事をしたり談笑をしたりしていると、白銀大尉に伝言を頼まれたというピアティフ中尉が現れ、それを聞いた大尉は席を外してしまいました。用事の済んだピアティフ中尉は食事がまだだったようで、久しぶりに一緒に食事をすることになり、副司令と白銀大尉を除くヴァルキリーズ関係者が勢揃いしました。そして、途中から合流したピアティフ中尉の食事も進み始めた頃、鑑少尉が唐突に―― 「今日、タケルちゃんと御剣さんの誕生日なんだった……」――と、言ったのです。これに反応しない人など居るはずもありません。私も声は上げなかったものの興味津々でしたから………それからです。以前から機会に恵まれなかった“彼”のことを知りたいという欲望が、再度湧き上がってしまったのでしょう。それぞれ矢継ぎ早に鑑さんに質問を浴びせていきます。それらにタジタジとしながらも答えてくれる鑑少尉。そして、そろそろ聞きたいことも出尽くしたかと思われた頃、美冴さんが核心を突くような質問を放ちました。 「そういえば、鑑は白銀を呼ぶときに面白い呼び方をしているな」 「え――?っと……“タケルちゃん”ですか?」 「あぁ。初めて聞いたときは耳を疑ったぞ。あの男を“ちゃん”付けで呼ぶとは」 「あはは。気を付けてはいるんですけど、昔からずっとそう呼んでるんで直る気配が無いんですよねぇ………」その言葉で一瞬、時が止まりました。 「「――昔から?」」 「「――ずっと?」」 「あ…………えっと……あははは。その――タケルちゃんとは幼馴染で……」しまった、という感じの表情をした鑑少尉でしたが、すぐ観念したように幼馴染であることを告げました。ついでに御剣少尉も、白銀大尉の幼馴染であるということも付け加えて。そこから始まった追求大会。あれやこれやと、先程よりも際どい質問が飛び出します。それにアタフタしながら答える鑑、御剣両少尉。幼い頃の白銀大尉の話は、どれも微笑ましいものばかり。速瀬中尉はお腹を抱えて笑うほどでした。しかし、その和やかな雰囲気も、とある一言で急変してしまいます。 「大尉がこの基地に来るまでの話も凄かったよねぇ~~~」という、鎧衣少尉の何気無い一言で。 「「――!?」」 「白銀がここに来る前、何をしていたのか知っているのかッ!?」 「え?――はい。以前、大尉が話していたのを偶然聞いてしまったんですけど」 「何?」 「あ、あの!!鎧衣さんたちは盗み聞きとかじゃ無くて――!」 「「――?」」珍しく声を上げた伊隅大尉の追求の矛先が鎧衣少尉に向く直前、珠瀬少尉が割って入り事情の説明をしてくれました。先月末のHSST迎撃作戦成功の裏側に、この件は深く関わっていたようなのです。 「そうか――そのときに…」 「「――はい」」 「いいなぁ~~。私も聞きたい」 「この前は聞けなかったもんね~~~」以前、聞く機会が巡ってきたときは、白銀大尉が言い淀んでしまったため、聞くに聞けませんでした。そのときのあの人の表情は、いつもと違って強張っていたので、その話題は極力触れない、というのが私たちの暗黙の了解となっていました。ですから、彼自身が少尉たちに話して聞かせたという事には驚きを隠せませんでした。 「あの……私からで良ければ話しますけど?」 「いや――しかしだな………」鑑少尉の提案を受けあぐねる伊隅大尉。以前の白銀大尉の表情を思い起こしたのでしょう。私を含め、他の方たちも内心は聞きたくて仕方ないはずですが、伊隅大尉の様子を見ると聞きあぐねてしまいます。そんな私たちの様子を察したのでしょうか。鑑少尉は―― 「えっと――これは私の独り言なんですけど……」――と言って、私たちが知りたがっていた彼の過去を語って聞かせてくれたのです。◇ ◇ ◇ 鑑少尉の独り言が終わると、再び雑談をするような雰囲気ではなかったので本日はお開きとなり、部屋に戻ってきました。 「……………」ベッドに横たわったまま目を閉じて、鑑少尉の独り言を反芻します――彼が訓練兵だった頃の話、過去に配属されていた部隊の話………どれも私の想像以上に凄まじいものでした。ですが、分かったこともあります。それは白銀大尉が任務に向かう際、 “必ず生還する”ということに固執する理由。彼がA-01に配属される以前に所属していた部隊は、彼を残して全滅したそうなのです。だからなのでしょう……白銀大尉が常日頃、無事に生還したら任務完了だと仰っているのは。私も既に同期を何人か失っています。美冴さんも、速瀬中尉と涼宮中尉も、そして伊隅大尉も。ですが――今日に至るまで何度も実戦を経験していますが、白銀大尉が配属されてからヴァルキリーズは戦死者を出していないのです。これもひとえに彼の指導と、XM3のおかげであることは疑いようもありません。それほどに革新的なものなのです、白銀大尉の腕前とXM3は。これほど成果を上げている彼に、あのような過去があったという事実は衝撃でした。そして、あのような経験をしても尚、彼は戦い続けています。だから私も、もっともっと強くなりたい――今以上に。大切な仲間を護るためにも、彼を1人にしないためにも。◇屋上◇ 《Side of 武》 「――タケル」 「ん……?」屋上でボンヤリしていると、不意に声をかけられた。 「よう――冥夜。珍しいな、お前がここに来るのは」 「日課のランニングをしようとグラウンドに出たら人影が見えたのでな。それがタケルだと分かったので出向いてみたのだ」 「月明かりで下からでも分かったのか」 「そういうことだ。今日は綺麗な満月だな――」 「あぁ………」2人並んで空を見上げる。今夜は、雲1つ無い空に満月がポッカリと浮かんでいた。こうして地上から見上げる分には、あの平和な世界と変わらないんだけどな……この世界の人類は、またいつかあの星に降り立つことが出来るんだろうか…今こんなことを考えても仕方ないか。そんなことより冥夜に言わなきゃならないことがある。 「冥夜――」 「うん?」 「誕生日おめでとう」 「――!!ありがとう、タケル――そなたこそ、誕生日おめでとう」 「おう、サンキュー。それとさ、月詠さんたちから伝言を預かってるんだ」 「月詠から――?」冥夜に、月詠さんから伝言を預かった経緯を掻い摘んで説明する。月詠さんは本来、冥夜と俺に直接会って言いたかったらしいんだが、昼間は俺たちがシミュレータールームに居ることを知らず、日が落ちてからPXで発見した。しかし、ヴァルキリーズ面々と談笑しているところに行って呼び出すのは気が引けたが、偶然ピアティフ中尉が通りかかったので、俺を呼んでもらうように頼んだわけだ。肝心の話の内容は、冥夜と俺の誕生日を祝う言葉と、月詠さんの小隊が甲21号作戦に参加するために帝都に召集されたということ。 「そうか。月詠たちも甲21号作戦に………」 「あぁ。それともう1つ――こっちに戻ってきたら、また訓練の相手をしてくれってさ。次はXM3を完璧に使いこなすって息巻いてたぞ」 「ふふふふ――我々も前回より格段に成長していることを見せ付けねばならぬな」 「そのためにも必ず帰って来よう、全員で――」 「――そうだな……そのとおりだ」俺の言葉に力強く頷いた冥夜は、決意を新たに気合十分といった様子だ。あと1週間。俺も気合を入れていこう――