12月7日 (金) 午前 ◇教室◇ 《Side of 千鶴》この教室に私たち207Bが集合したのは久しぶりだ。ここのところの訓練は、シミュレータルームとブリーフィングルームを往復するか、実機で演習場に出るか、この2種類ばかりだった。訓練内容に不満は無いし、XM3のテストもかねているらしい207B訓練分隊は、優先的にシミュレーター等を使わせてもらっているから感謝しているくらいだ。 「――すまない、遅くなった」 「敬礼!」 「「――!」」集合時間から遅れること数分、教室の前扉から神宮司教官と白銀大尉が入ってきた。神宮司教官は小脇にファイルか何かを挟んでいる。教官が遅れてくるなんて、珍しいこともあるのね…… 「急遽こちらに集合させたのは、これからする説明を行うためだ。質問は説明が終わってから聞く――」 「………?」有無を言わさぬ勢いで、神宮司教官は説明を始めてしまった。聞きたい事はあるけれど、説明が終わってから聞くと言われた以上、ここで聞いても答えてはくれないだろう。今は大人しく話を聞くしかないわね――◇ ◇ ◇ 「――以上だ。何か質問はあるか?」 「「………」」トライアルだなんて――急に言われても、何から質問したものか………教官の説明では、白銀大尉と香月博士が開発した“XM3”が、従来のOSに対し、どれ程の優位性があるのかを見極めるために行われる演習だそうだ。トライアルは、機体の反応速度、機動制御による負荷の変化、そして連携実測の3つの評価試験で構成される。連携実測は模擬戦形式の評価試験だという。このトライアルに参加する他の部隊の戦術機は、量産試験型のXM3へと換装されたらしい。つまり比較試験用の機体を除けば、演習の相手も全機XM3を搭載していることになる。最後の連携実測の仮想敵は、比較試験のために旧OSを装備した機体だそうだけど。トライアルには各部隊のエースが出てくるそうだ……そのトライアルに訓練兵の私たちは、XM3の“テストパイロット”という形で参加しなければならない。テストパイロットの私たちが、訓練兵であるということは事前に通知されているらしく、正規部隊から目の敵にされることは間違いない。こんな状況の中でトライアルに参加しなければならないなんて………私たちの結果如何で、XM3の評価が決まると言っても良い。それに加え、私たちが無様な結果を残せば、教官たちの顔に泥を塗る事になる。それだけは何としても避けなければならないわ。私たちが演習で負けることなど、万に一つもあってはならないのよ―― 「――難しく考える必要は無いよ。他の部隊との対抗戦ってわけだ」 「大尉……それは省略しすぎでは…」説明したことを要約?した白銀大尉を、神宮司教官はジトッとした目で見ている。せっかく、教官があれだけの説明をしたのに、それをアッサリと流されては文句の一つも言いたくなる……私だったら言ってる。 「…と、とにかく!仮想敵の連中がエースだろうが何だろうが、普段通りにやりゃ勝てる。もしビビっちまったら、お前らが普段戦っている相手を思い出せ」 「「――!」」 「相手もXM3を搭載してるとは言っても、トライアルで初めて使う連中なんだ。エースが乗ってるからってビビる必要は無い」そうだ。私たちが普段戦っている仮想敵は、目の前にいる教官2人。この2人以上の仮想敵が他にいるとは思えない。OSの差こそ無いものの、機体性能や数的に有利な状態での訓練で、最近まで全く手も足も出なかったのだから………この間の実戦だってそう――初めての実戦ということで緊張したものの、敵の動きは遅く、演習中の仮想敵の方が格段に上だと感じた。教官たちの超機動に慣れてしまっているせいだと思う。全機無傷で帰還できたのは、普段の訓練のおかげである事は間違いない。そう考えると、このトライアルは幾分ラクに感じられる。勿論、油断は禁物。トライアルの仮想敵は正規兵のエース。何があるか分からない。だから明日は全力で―― 「――っとまぁ、こんな感じですかね」 「はい。――説明は以上だ。では、これより通常訓練を行う。各自、強化装備を着用しハンガーに集合せよ」 「「了解!!」」神宮司教官の号令で、私たちは全速でドレッシングルームへと向かう。明日のトライアルに気を取られて、訓練が疎かになるようなことはあってはならない。そう思ったのは私だけじゃなかったようで、今日の訓練はいつも以上に実のある訓練になった。今日は、昼休憩を挟んで終日実機での訓練だった。いつも以上に気合が入った連携訓練と、模擬戦だったので疲労も半端じゃないけれど……――って言うか、今日の教官たちのヤル気からして、いつもと違う。先日までの模擬戦では、教官たちは撃震に乗っていたけれど、今日はなんと“不知火”に乗って仮想敵を務めた。それに対し、私たちは手も足も出ず……攻撃を掠らせることは出来ても、有効打は与えられず、完膚無きまでに叩きのめされた。機体性能に差があると言っても、数的有利なのは変わらないのに、それでもこの結果。あそこまで完璧にやられると、清清しいというか何というか。物凄く悔しいんだけど、感動したというか。こんな凄い人たちに指導してもらっているんだと、改めて嬉しく思ってしまった。普段は撃震に乗っている神宮司教官が、急に不知火に乗り換えたのに、あそこまで動けるなんて………その神宮司教官はいつも以上に厳しく、まさに鬼軍曹といった迫力で私たちを指導してくださった。正直、ちょっとだけ怖かったけれど……それは心の中にしまっておく。白銀大尉の方も、私たちの連携の粗を探し、徹底的に指導してくれた。そんな感じで、本日の訓練も定刻には終了したのだけど、その終わり際の神宮司教官の様子が少し変だった。明日のトライアルが心配になったのかしら…?そうだとしたら、明日のトライアルでちゃんと結果を残して、教官たちを安心させてあげれば良い。そうすれば少しは認めてもらえるかもしれない。何にせよ、精一杯やるだけね――12月8日 (土) 午前 ◇横浜基地・第二演習場◇ 《Side of 美琴》 「――04(彩峰)、そっちの1機は任せるよ!!」 『ん――』 「06(鑑)はポイントで、ボクと挟撃して!」 『了~解!』テキパキと僚機に指示を出す。今回の組み合わせでは、指揮官向きのポジションはボクだったので、慧さんと純夏さんに指示を出すのはボクの役目。 『――04、バンデッド1インレンジ。エンゲージ・オフェンシブ』さすが慧さん。早い… 『04、フォックス3』 『――06、バンデッド4インレンジ!』先に接敵していたボクに、純夏さんが追いついてきた。ちょうど予定していたポイントで純夏さんが合流したので、ボクたちは攻撃に移る。 「――03、フォックス3!」 『06、フォックス3!!』ボクと純夏さんの連携攻撃で、バンデッド4を追い込んでいく。残る敵機は、今ボクたちが追っているバンデッド4と、慧さんが追っているバンデッド1の2機。バンデッド2と3は、連携実測を開始してからすぐに撃破済み。時間も20分ちょっと残している。仮想敵の撃震は、エースが乗っているだけあって、かなり良い動きをする。ボクたちの前に仮想敵と戦ったチームは、どれも仮想敵部隊に勝利するには至っていなかった。もっとも、ボクたち以外は今日初めてXM3に触るから、使いこなせないだろうけど………バンデッド4は、ボクたちの攻撃を遮蔽物を使って巧みに避け、なんとか距離を取ろうとしているみたいだ。 「06、そちらから回り込んで!」 『オッケー!!』 『――04、バンデッド1スプラッシュ』慧さんが敵機を墜とした。突撃砲の斉射から、慧さん得意の接近戦で止めを刺したみたいだね。慧さんは接近戦が特に上手い。冥夜さんも接近戦が上手だけど、慧さんのそれは冥夜さんより短い間合いでの戦闘だ。簡単に言うなら、慧さんが短刀で冥夜さんが長刀使いかな。得意分野は違うけど、ボクも負けてられないね!!◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 水月》後輩たちが活躍している頃、私たちは―― 「……暇ね」 「暇ですね………」 「暇だな」 「うば~~~」今日この基地では、XM3のトライアルが行われている。ちなみに今の「うば~~」は私じゃないわよ?3種類の評価試験があって、それを各部隊の代表が競うらしい。し・か・も!!その代表って各部隊のエースらしいじゃない!? 「なんで私たちは待機なのよ~~!!」 「隊の性質上、仕方ないだろう」 「それは分かってますけど~~~…」 「ここで観戦できるだけ良いと思いなさい」伊隅大尉に宥められてしまった。私たちは副司令直属の部隊で機密性も高いから、こういう目立つ場には出られないのは分かるけど……… 「見てるだけなんてつまんな~~~~~い!!!」 「速瀬中尉がトライアルに出てしまったら、暴れすぎて評価試験どころじゃなくなってしまいますからね」 「む~~な~~か~~た~~~~」 「――って、さっき白銀大尉が言ってました」……本当に言いそうね。微妙だわ…とりあえず後で、白銀もとっちめておこうかしら――◇管制室◇ 《Side of 武》―――ゾクっ!!! 「――っ!?」 「どうかしましたか?大尉」 「え――あぁ…いえ、なんでも無いですよ?」管制中だったピアティフ中尉は俺を見上げ、俺の隣に居たまりもちゃんも心配そうに俺を見ている。俺はそれに手を振って何でも無いと告げ、まりもちゃんとピアティフ中尉が再びモニターに視線を戻すと、静かに溜息をついた。なんだったんだ、今の悪寒は……俺のあずかり知らぬところで、とてつもなく厄介なことに巻き込まれた気がする………因縁のトライアルだからって、神経過敏にでもなってんのか?落ち着け俺。前回とは違う。絶対に大丈夫だ。今回の俺は訓練兵じゃないから、アイツ等とトライアルには出られない。だけど、いつでも出られる状態にするために、俺とまりもちゃんのデモンストレーションを入れてもらった。デモンストレーションと言っても連携実測をやるんだけどな。これで、トライアル中に何か“不測の事態”が発生してもすぐに出撃できる。まりもちゃんにも昨日に引き続き、不知火に乗ってもらおうと思っていた。夕呼先生の計らいで、本来は207Bが任官してから配備される予定だった、まりもちゃん用の不知火が、2日前に先行して届けられたからだ。2日前――まりもちゃんと飯を食った日な。飯を食い終わった後マッタリしすぎて、そのことを忘れちまってたが、思い出してから急いでハンガーに向かったのでオッケーってことにしよう。だけど当日になって、まりもちゃんは不知火じゃなくて撃震で出たいと進言してきた。ちゃんと理由を聞いたわけじゃないけど、理由はなんとなく分かる。撃震に乗るのは、これが最後になるからだろう。復隊すれば不知火が待っているわけだし、昨日は昨日で、不知火で訓練に参加したし。そんなわけで、まりもちゃんが撃震に乗ると言った以上、俺も撃震でデモンストレーションに出ることになった。………そーいや昨日の訓練、まりもちゃんが不知火であんなに動けるとは思わなかった。初めて乗ったはずなのに、全くそう感じさせない動きで、アイツ等をボッコボコにしてたからな…連携もほぼ完璧。昨日は、まりもちゃんスゲーって改めて思った1日だったよ。ま、最後の訓練って事で気合が入ってたのかもしれないな―― 「――」俺がモニターに目をやると、そこには第二演習場で連携実測中の207訓練小隊の連中が映っていた。今、実測中なのは純夏と彩峰に美琴のチーム。現状、207チームが優勢のようだ。まぁ、当たり前か。結果なんて、やる前から分かりきってる。言うなれば出来レースみたいなもんだ。2つに分けられたからといって、支障が出るような奴等じゃない。前の世界だったら、委員長と彩峰を組ませたら心底不安だったけど、今はそんな心配は必要ない。むしろ進んで組ませたいくらいだ。冥夜も美琴も、たまも言わずもがな。純夏は――まぁまぁだ。ズルはさせないようにしている(脳ミソの関係でオートパイロットも出来るが、ちゃんとマニュアル操縦させている)から、そんなもんで良い。――アイツは凄乃皇がメインだからな。 「――さすがですね、あの娘たち」今しがた、仮想敵部隊を圧倒的な強さで全機撃墜した207小隊の活躍を見て、ピアティフ中尉が呟いた。 「神宮司軍曹の教え子ですからね。そりゃ凄いってもんですよ」 「ふふふ――そうでした」 「お二人とも……」俺とピアティフ中尉がそう言うと、まりもちゃんは困ったような、それでいて嬉しそうな、でもちょっと寂しそうな顔をした。教え子って言っても、昨日が最後の訓練だったわけだしな………そりゃ寂しいか。 「――俺たちは午後一ですし、早めに昼食すませましょうか」 「そうね。そうしましょう――」 「ピアティフ中尉もどうです?」 「ちょうど一段楽したので、ご一緒させていただきます」そう言ってヘッドセットを外して立ち上がったピアティフ中尉と、まりもちゃんと一緒に俺はPXへ向かった。昼 ◇ハンガー◇ 《Side of 冥夜》午前の評価試験の結果は、我等207訓練小隊が上位を独占した。当然といえば当然の結果なので、天狗になることはない。だが、個人評価でトップだったことは素直に嬉しい。これが少しでも教官たちへの恩返しになると良いのだが……だが、これはあくまで午前の結果。まだ午後が残っている。トライアルが終了するまでは気を抜けぬ。それに午後は、初めにタケルと神宮司教官のデモンストレーションがある。デモンストレーションでは連携実測を行うようだが、結果など分かりきっている。XM3の恩恵は有れど、我等も仮想敵部隊を全滅させることが出来たのだ。我等に出来て、あの2人に出来ぬはずは無い。私は結果よりも、戦闘内容が楽しみで仕方がない。他の皆もそうであろう。タケルと神宮司教官が、このような場で手を抜くような人物で無いのは分かっている。おそらく2人は本気で来るはずだ。2人の本気が見られるかもしれないことに、喜びを感じずにはいられない。普段は仮想敵として相対することばかりなので、彼等の本気を外から見る機会がないからだ。午後の実測が待ち遠しい…… 「――御剣、行きましょう」 「うむ」スコアボードを見に行っていた榊と珠瀬が戻ってきたので、我等はハンガーを後にし、PXへ足を向けた。これから、もう1つのチームと情報交換をするつもりだ。少々特殊な形でトライアルに参加している我等は、午前と午後で組み合わせが変わる。どのような組み合わせになろうとも、支障が出るような仲間たちでは無いが、念には念を入れる。勝つために――《Side of まりも》昼食というよりは軽食といったほうが良いような食事を手早く済ませ、白銀大尉と私は強化装備を着用してハンガーに来ていた。いよいよ私たちの出番。特に緊張しているわけでもなく、いつもと変わらないコンディションで望めそうね。トライアルが開催されることを知らされたのは2日前。私用の不知火が配備されると聞かされたのも2日前。全部、夕呼の仕業。毎度毎度ホントにもう……2日前に配備された不知火へのマッチングは完了している。先々月に白銀大尉が着任され、ほぼ同時期に私の復隊が決定してから、密かにシミュレーターに籠っていたのが功を奏した。復帰する際に配備される機体は分かっていたので、それに合わせて訓練できたのも良かったわね。ホンの出来心で、昨日の訓練で不知火を使ってみたけれど、特に問題は無かった。……教え子たちはまだ知らないことだが、昨日の訓練が訓練兵としての最後の訓練だった。そのため、普段より厳しく指導してやろうと思ったものの、普段使っている撃震では既に役者不足だったので、私は訓練内容に困っていた。そこに丁度、不知火が配備されてきたので、つい使ってしまったわけ。不知火という機体のおかげで、教え子たちに叩き込めることは全て叩き込めたと思う。これで胸を張って送り出せる……けれど、今回は我侭を言ってしまった。白銀大尉には本当に悪いことをしたと思っている。せっかく用意してもらった不知火では無く、撃震でデモンストレーションに参加したいという我侭を聞き入れてもらったんですもの。それに白銀大尉も巻き込んじゃったし………撃震という機体には思い入れもある――苦楽を共にした相棒と言える存在かもしれない。楽より苦の方が多い気がするけれど……だから有終の美を飾るという意味で、このデモンストレーションには撃震で参加したかった。これが私と撃震の最後の戦いだから―― 「――ハロ~。調子良いみたいじゃない。アンタたちの子供は」 「ゆ、夕呼!――な、なに言ってるのよ!?私たちの子供だなんて――」 「――あら、そーゆー反応するの」 「う………」突然登場しておかしな事を口走った親友への、咄嗟の反応だったけれど、私の反応は夕呼を楽しませるだけだったようだ。 「そんなことより、まりも~~。言い出したからにはしっかりやんなさいよ~~」 「貴女に言われなくても大丈夫です!」 「そ、ならイイわ。白銀、ちょっと――」夕呼が白銀大尉を呼び、私から離れた場所で何か話している。私に聞かれたくないような話ということは、特殊任務関係の話なのだろう。遠目から2人の様子を窺っていると、夕呼が何を話したのかは分からないけれど、初めは穏やかだった白銀大尉の表情が、見る見る険しいものへと変っていった。いったい何が……私が1人で勝手にモヤモヤしていると、話が終わったのか夕呼はヒラヒラとこっちに手を振ってから行ってしまった。白銀大尉も、こちらに戻ってきたときには普段と変らない調子だったので、何かあったのかとは聞ける雰囲気ではなかった。そして、そうこうしている内に午後の部の開始時間が迫ってきていたようで、私たちはそれぞれの機体に搭乗して演習場へと向かった。◇横浜基地・第一演習場◇ 《Side of 武》 「――軍曹」 『なんでしょう?』 「開始直後から動きますよ。このOSは動いてナンボですからね」 『了解』 「アイツ等がアレだけ活躍してるんです。俺たちも負けてられませんよ」 『ふふふ――そうね』開始前にまりもちゃんと軽い打ち合わせ。まぁ打ち合わせって程のもんでもないけど。今更、綿密な打ち合わせが必要な程、まりもちゃんとのエレメントに不安があるわけじゃない。むしろ不安なんか無い。どんな状況でも最高のパフォーマンスが出来るだろう。 『では、連携実測を開始します。ご武運を――』そして開始時刻ピッタリに、ピアティフ中尉の合図で俺たちの戦いは始まった。◇ ◇ ◇俺たちはさっき話していた通り、開始直後から派手に動き回って短期決戦で決める。相手は旧OS搭載の撃震が4機。その撃震を駆っているのは、いずれも歴戦の衛士たち。ナメてかかったらさすがに痛い目に遭う。でも俺だって、伊達にループしてたわけじゃねぇ……いろんな戦いを経験してるんだ。相手が誰だろうと負けてたまるかよ―― 「――前に出ます!」 『了解。後ろは任せてください』 「頼りにしてますよ、まりもちゃん!!」 『――!』言うや否や、俺は遮蔽物から飛び出し、おそらく敵機が居るであろうと見当をつけていた地点へ向けて、大胆にも噴射跳躍で移動を開始した。まりもちゃんは地上を移動しながら援護の体制を取ってくれている。俺たちの機動は音も廃熱も気にしない、自分はここに居るぞと言わんばかりの目立つ動きだ。こんな動きをしたら、敵部隊は待ち伏せでもして各個撃破を狙ってくるだろう。だけど、そんなもん正面から打ち破ってやる――俺が短距離跳躍で障害物を越えながら移動して、会敵予想ポイントに近づくと、予想通りその付近に敵機が潜んでいた。向こうも俺が接近してくることを察知していたんだろう――接近するや否や俺は攻撃を受け、戦闘状態に突入した。 「――01、エンゲージ・オフェンシブ!識別………バンデッド03!」敵の初手は勿論回避。バンデッド02は遮蔽物を利用ながら攻撃して、俺と距離を取ろうとしているようだ。午前の演習で、XM3搭載機の機動を見ているだけあって、俺を接近させないようにしてるんだろう。 『大尉、援護を――』 「こっちは大丈夫っす。それより、まだ隠れてる敵に気をつけてください!」 『了解』俺たちが発見したのは、今追っているバンデッド02だけだ。コイツを追い立ててやれば、救援に他のヤツが出てくるかもしれない。コイツが囮っつー可能性もあるが……まぁ良い。とりあえず撃墜してやる―― 「01、フォックス03!!」射撃をしながらバンデッド02を追撃。この程度の射撃で捉えられるとは思っていない。牽制射撃だし。敵機は障害物に隠れて、俺の攻撃をやり過ごして反撃。俺は敵の攻撃を自機の機動だけで回避する。敵さん、午前中の実測で、それなりにXM3搭載機の動きに慣れたようだが、アイツ等の動きには翻弄されていた。俺だって、機動の奇抜さならアイツ等にも負けないぜ――っと。………え?自慢出来るような事じゃない?まぁ……良いじゃん。バンデッド02は、俺の攻撃を避けるために障害物に回り込んで、移動しながら射撃してくる。旧OSながら良く動く。尊敬するよ…だけどな、こちとら夕呼先生が作ったXM3だぜ―― 「そんな動きで逃げきれると思うな――!」バンデッド02に真っ直ぐ突っ込みながら、左右に細かく機体を振ってフェイントを入れ狙いを狂わせる。そして接近しながら脇の廃墟を足場に、三角飛びの要領で飛び上がりつつ、空中での倒立反転で敵機の真上に。その機動に対する、敵機の辛うじてというレベルの迎撃を難なく避け…太陽を背に、突撃砲を斉射―― 「01、バンデッド03スプラッシュ!!」1機撃墜。ざっとこんなもんよ。 『お見事、―――っ!?』 「まり――軍曹!」 『エンゲージ・ディフェンシブ――機体に損害無し!』 「援護します!その先の空き地に引き込んでください!!」 『了解!』俺が1機撃墜したのと、ほぼ同じタイミングでまりもちゃんが襲撃された。幸い損害も無く、指示通り順調に広場に向かっている。まりもちゃんを襲ったのは1機……あと2機、どこかに潜んでいるわけだ。1機目を撃墜する際に突っ込みすぎて、まりもちゃんと少し離れてしまったので、俺は別ルートで空き地に向かう。何を狙っているんだ…?このままなら各個撃破して終わっちまうぞ。まりもちゃんの方は、アッサリと広場に誘い込もうとしている。あまりにも順調で、俺の援護は必要なさそうなくらいだ。……こんなに簡単に誘い込めるものか?………!まさか―― 「アンブッシュ!――軍曹!!その空き地はっ――」 『――!!』俺が言うが早いか、敵の新手が空き地付近に出現した。瓦礫や廃墟でレーダーがまともに機能しない現状では、俺の位置からではまりもちゃんからのデータリンクによる情報しかない。まりもちゃんが空き地に入った途端に現れたことから、空き地に誘い込む気だったのは向こうの方だったみたいだな。このままじゃ、まりもちゃんが挟撃されちまう。俺の方も挟撃するつもりだったので、空き地まで別ルートで向かったのが裏目に出てしまった。 『エンゲージ・オフェンシブ――バンデッド02、04インレンジ!』 「まりもちゃん!!」 『このくらい――やれるわ!』あっちの状況が掴めないので、俺はまりもちゃんの無事を祈りつつ全速で向かう。開始から速攻で撃墜して、優勢かと思ったら微妙にピンチじゃねぇか……やってくれるねぇ~~~、さすがはエースだ。 『――02、フォックス03!!』頼むぜ、まりもちゃん――◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 遙》午後の最初に予定されていたデモンストレーションが始めると、待機していた私たちは食い入るようにモニターを見ていた。かつての教官と、今の同僚が揃って出ているのだから、その注目度は他の評価試験よりも高い。 「おぉ~~~!さすが白銀大尉」 「撃震のくせによくもまぁ、あれだけの機動が出来るわね……」 「それで調子が良くないなどと言ってますからね、ヤツは」白銀大尉が、いつかの模擬戦で見せたようなアクロバットな起動で仮想敵を撃墜した。それを見た隊員たちは、感嘆しながらも呆れるという珍しい現象が起きてるよ……… 「あ――今度は教官が――」 「神宮司教官、私たちの頃より強くなってません…?」 「あぁ…私もそう思っていたところだ………」 「より厳しくなっているのでしょうか……」風間少尉の一言で、全隊員の顔が若干青ざめたような気がするよ………モニターに目をやると、神宮司教官は仮想敵2機を相手に大立ち回りを演じ、白銀大尉との連携で見事撃墜していた。開始数分で既に3機撃墜。トライアルが始まってからずっと観戦しているけど、このペースは最速。やっぱり凄いね。◇横浜基地・司令室◇ 《Side of 夕呼》――やるじゃない、まりも。さすがは狂犬ってとこかしらね。最後の敵も呆気無かったわね~~~。あの2人が、予想以上のハイペースでデモンストレーションを終わらせちゃうから、“アレ”の時間と少しズレてしまった。白銀には始まる前に目安の時間は伝えたんだけど、これじゃあ意味が無いわ。なんのために教えてあげたんだか………教えなくても変わらなかったじゃないのよ。………そこまで考えて、ふと思った。 (――私も甘くなったわね……)以前の私なら、わざわざ教えたりはしなかったでしょう。それなのに今日の私は、何を思ったかハンガーまで足を運んでまで伝えていた。何やってんのかしらね。ま、今はそれは脇に置いておきましょう。さぁ、どう対処するのか見せてもらうわよ――