12月6日 (木) 午前 ◇??◇ 《Side of 茜》ハイヴ突入から数時間――私たちは今、ようやくこのハイヴのメインホールに到達しようとしている。現状、後方支援は完璧に機能している。何度か偽装横坑に苦しめられたけど、なんとかここまで来れた。この調子なら問題なく反応炉を破壊できると思う。そうこうしている内に、どれだけ倒しても湧き出てくるBETAを突破して、速瀬中尉と白銀大尉のB小隊がメインホールに突入。相変わらず凄い………今や完全にXM3に慣れて、絶好調の速瀬中尉は然る事ながら、白銀大尉も不調と言いながらのアレ。ホントにもう――呆れちゃうくらい凄い。私たちも遅れながらメインホールに到達。即座に反応炉の破壊作業に入る。それからすぐに作業が完了し―― 『――うっしゃぁぁ!反応炉破壊!!』反応炉を破壊した後、速瀬中尉が歓喜のあまりメインホール内でアクロバットをしている。そして伊隅大尉が作戦完了の報せをCPに入れた。 『ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム。反応炉の破壊に成功した。なお、部隊に損害無し。全機健在――』そう――今回初めて損害無しでフェイズ4を攻略した。今までもフェイズ4を攻略したことは何度もあるけど、損害無しで攻略できたのは今回が初めて。シミュレーターとはいえ、快挙と言っても良いくらいの結果だと思う。フェイズ4のハイヴを、10機の不知火が損害も無しに攻略してしまったのだから。 『こちらヴァルキリーマム。シミュレーションを終了します』 『――待ってください!』伊隅大尉がお姉ちゃんに状況報告をして、お姉ちゃんがシミュレーションを終了させようとしたとき、あの人が通信に割り込んできた。 『このまま復路のシミュレーションをしましょう。これが実戦なら、帰りもハイヴの中を通らなきゃならないんですから』 『白銀………』 『反応炉を破壊したら終わりじゃないんです。ちゃんと帰ってきたら任務完了ですよ――』 『『――!!』』ちゃんと帰ってきたら作戦完了――この言葉は衝撃だった。なぜなら、それは“死ぬな”ってことだから。別に死にたいと思ってるわけじゃないけど、この部隊の性質上、任務は過酷なものばかりで、いつ戦死してもおかしくない。――でも、最近の戦闘では戦死者が出てないんだよね。最近……白銀大尉が着任してからは。白銀大尉が着任してくるまでは、作戦があるたびに必ず戦死者を出していたらしい。私や晴子たちは、白銀大尉が着任してからしか実戦を経験してないので、誰かが居なくなるっていうことを知らない。でも伊隅大尉たち先任は、失う辛さを知っている……たぶん白銀大尉も。XM3が配備されて、白銀大尉が教導してくれて、私たちは強くなったと思う。ううん…間違いなく強くなった。だから私たちは今こうしていられる。これからもずっと、皆でこうしていたいから――そのためにも、もっともっと強くならなくちゃ。 『――涼宮、シミュレーションを続行してくれ』白銀大尉の提案を受けて、伊隅大尉がお姉ちゃんにシミュレーションの続行を指示した。 『了解しました』 『あの~~伊隅大尉……推進剤ちょっと使っちゃったんですけど………』 『状況終了していないのに気を抜いた罰だな、速瀬。それも訓練の内だと思え』 『そんなぁ~~~~!!』反応炉を破壊した後、歓喜のあまりにメインホールを飛び回っていた速瀬中尉が、ちょっと情けない声で伊隅大尉に抗議している。……結構な勢いで飛んでたもんね、速瀬中尉。 『しぃろがねぇぇぇ~~~~!アンタ、そういう事は訓練始める前に言っときなさいよ!!』口を尖らせた速瀬中尉が、突然提案をした白銀大尉にからんでる。速瀬中尉も、一概には自業自得って言えないよね……白銀大尉が言い出したタイミングは確かにアレだし。 『ま、まぁまぁ………危なくなったら援護しますから――ね?!』 『ぬぬぬ――まぁ良いわ。ちゃんと援護しなさいよね!』 『マム・イエス・マム!』白銀大尉の言い訳に納得したのか、速瀬中尉は案外アッサリと矛を収めた。実際に文字通りなのが速瀬中尉の凄いところだと思う。白銀大尉に突っ掛かったときには、今にも撃ちそうな勢いで突撃砲を向けてたし……その迫力に気圧されたのか、白銀大尉はまるで鬼軍曹に指導される訓練兵かのように、キッチリした敬礼を返した。 『――ほら、お前たち!いつまでもこんな暗い場所で遊んでないで、さっさと地上に戻るぞ!!』 『『了解!』』 『危なくなったら白銀が全力で助けてくれるらしいからな。今回だけは、多少のムチャは大目に見るぞ――』 『んなっ!?伊隅大…『『了解!!!』』――おぉ~~い!?』さっきまでのやり取りでみんな笑っていたけれど、そこに伊隅大尉の喝が入り表情を引き締めた。――んだけど、その後の言葉で引き締めた表情が、再び緩んでしまったのは私だけじゃないと思う。それにしても、気持ち良いくらいに揃った返事だったね…… 『男に二言は無いわよねぇ~~~~?』 『ふぐっ――………』速瀬中尉の追い討ちに、言葉を詰まらせる白銀大尉。そして半ばやけくそ気味に彼は叫んだ。 『…あぁ、もう!分かった、分かりました――全員まとめて護ってやるよ!!』 「うわ――言い切ったよ……」 『あははは――じゃあさ、誰か1人でも欠けたら、白銀大尉は罰ゲームっていうのはどう?』 『ちょ――!?おまっ………なんてこと言い出すんだ、柏木!?』私が思わず呟いたのと同時に、晴子がオモシロ……とんでもない提案をした。 『だって――ちゃんと帰還したら任務完了って言ってたでしょ?それに加えて、“全員まとめて護ってやる!!”な~~んて大見得きったんだから、それくらいしないとねぇ?』 『なんてこった……』晴子の言い分を聞いて、白銀大尉は唖然とした表情をしている。晴子の言い分はちょっとムリヤリかな~~~って思うけど、面白そうだから賛同しようとしたら―― 『それは良いな。そうしよう――』 『うそ~~んっ!?』 「…あらま」 『よし――白銀がヤル気満々のようだから、さっさと始めよう』 『『了解!!』』私が言う前に、伊隅大尉が賛同しちゃったよ。そして逃げ道を塞ぐかのように、訓練再開を促した。白銀大尉は何も言うことが出来ずにただ呆然としている。……ちょっと可哀相かも。 『……やってやろうじゃねぇか………』そう白銀大尉が呟いたのが聞こえたけど、それに反応する人は居なかった。そして再開されたシミュレーション――今度はハイヴの帰り道。これはBETAを倒すための訓練だけど、それだけじゃない。みんなで帰ってくるため、生き残るための――結局、今回は白銀大尉は宣言どおりに奮闘して、最終的に全員が無事にハイヴを脱出できた。速瀬中尉は始まる前に危惧していたように、推進剤の残量が危険域に突入したけど、白銀大尉の援護もあって、なんとか無事に生還した。今回の訓練で、私たちの意識は少し変化したと思う。それは、今まではただ任務をこなしてBETAを倒すことだけを考えていた。でも、あのときの白銀大尉の言葉で、考え方が変わった。絶対に生き残る。任務を達成するだけじゃダメ。生還しないと意味が無い。そう思うようになった――たぶんそれは私だけじゃなくて、ヴァルキリーズ全員がそうだと思うよ。昼 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 武》 「トライアルですか――」 「えぇ。時間もあまり無いし、そろそろやらないとね」久しぶりに夕呼先生に呼び出されて来てみると、いよいよトライアルを実施するという旨を伝えられた。ついに来たか―― 「明後日――土曜の実施を予定しているわ」 「近いですね。大丈夫なんですか?」 「当たり前でしょう?私を誰だと思ってんのよ」 「――そうでした」不適に笑う夕呼先生は、頼もしいけど怖い。本当に、この人が味方で良かった……… 「結果は関係無しに、トライアルが終わり次第207は任官させるわよ」 「!――分かりました……」やっとアイツ等が任官してくるのか…そう言われると、なんとも言えない気持ちになる。また肩を並べて戦えることは嬉しいが、これから先にある激戦を思うと、手放しでは喜べない……複雑な心境だ。 「もっとも、悪い結果なんて出るはずも無いでしょうけど」 「まぁ……そうでしょうね」まぁ、今のアイツ等は前の世界以上に強くなっていることは間違いない。それに強くなったのはアイツ等だけじゃない。先任のヴァルキリーズだって、格段に強くなっている。207が任官することによって、ヴァルキリーズは最強の部隊になるだろう。まりもちゃんも合流するし、純夏もいるからな―― 「それと、まりもが乗る不知火を先に届けさせたわ。訓練後にでも、まりもとハンガーに行きなさい」 「調整ですね」 「そうよ。ちゃんと使えるようにしときなさいって言っといて」……そーいや、まりもちゃんが不知火に乗ってるところって見たことないな。このタイミングで届けさせたってことは、まりもちゃんもトライアルに参加するのか? 「――で、話を戻すけど。あの娘たちが任官したら甲21号作戦を発令するから、そのつもりでいなさい」 「了解」 「今まではホンの前哨戦……ちょっとしたトラブルはあったけれどね。ここからが本番。気を引き締めて行くわよ」夕呼先生の言葉に俺は静かに頷いた。先生の言うとおり、ここからが本番だ。もう失敗は許されない。今度こそ、俺は―― 「――そうそう。凄乃皇の方なんだけど、弐型はもう間もなく最終調整に入るわ」 「マジっすか!?」 「マジよ~~。四型も問題なく作業が進行中。鑑のおかげで開発も順調なのよ」ホントに間に合わせちまった。しかも、かなり余裕がある。夕呼先生、アンタすげぇよ。さすが天才だぜ………ついでに純夏もな。 「だからアンタは、アンタの仕事に集中しなさい」 「はい――」 「今日はこんなところね。トライアルの事は私から伝えておくわ」 「……分かりました」俺の返事に間があったのは、夕呼先生が伝えておくと言っていた場合、それを信用できる確立がかなり低いということを、暗に示したつもりだ。今までの経験から言うと、先に俺から伝えておいた方が、後で色々スムーズに進むことは間違いないだろう。とりあえず、まりもちゃんには先に伝えておこう………まりもちゃんに伝わっていれば問題ないはずだ。夕呼先生との付き合いは、主観時間でなら俺も長いけど、やっぱりまりもちゃんに任せるのが一番安心できる。――ってな訳で、夕呼先生の部屋から退室した俺は、207Bの下へと向かった。午後 ◇横浜基地・演習場◇ 《Side of 真那》我々は現在、207訓練小隊の訓練に参加するために、実機にて演習場に出ている。此処のところは、先日の横浜基地襲撃事件やらで、武殿とのXM3慣熟訓練を行っていなかった。そこへ急遽、武殿から模擬戦での仮想敵を務めてくれないか――という要請があったので、我々は快く引き受けた次第である。 『――じゃあ始めるぞ。207各機、相手が武御雷だからって遠慮すんなよ!』 『『了解!!』』武殿が発破をかけると、心地よい返事が返ってきていた。私の方も、相手が冥夜様たちであろうと、手心を加えるつもりはない。全力で行く―― 「XM3の慣熟では遅れを取っているが、正規兵の力、訓練兵に見せ付けてやれ!」 『『――了解!!』』こちらも気合を入れるために発破をかける。神代たちも、いつもより集中しているように感じた。そして模擬戦が開始――冥夜様たちの実力は、先日の戦闘の際に間近で見ていたので、ある程度は把握している。だが、あの戦闘での経験が彼女たちをより強くしたはずだ。それに今は、その戦闘では不在だった鑑純夏もいる。彼女が加わったことで、この訓練小隊が更に強くなることは間違いない。油断などすれば確実に負ける。ふふ――訓練兵を相手にしているにもかかわらず、このような緊張感を味わえるとは。 「――狙撃には十分警戒しろ。向こうのスナイパーは極東一だぞ!」留意すべきは狙撃だけではないが、現状で特に危険なのが珠瀬壬姫の狙撃能力だろう。こちらのレンジ外、索敵圏外からの攻撃は脅威だ。まずは敵機の位置を把握しなければ―― 「こちらから仕掛ける。まずは――」私は僚機に指示を出しつつ行動を開始した。演習の最中で不謹慎かもしれぬが、私は高揚が抑えられないでいる……まだ訓練兵とはいえ、最高の衛士たちを相手にしているのだ。このような状況で血が騒がずに、何が武家の血か。月詠真那、いざ参る――!夜 ◇PX◇ 《Side of まりも》久しぶりに白銀大尉と夕食を共にしている。午後の訓練から顔を出してくれた白銀大尉は、そのまま私と共に訓練兵の教導を行い、それが終了した際に夕食に誘われたというわけ。これまでも何度か食事を共にすることはあったけれど、ここ最近はご無沙汰だったので、誘われたときは、内心かなり嬉しかった。表面上は落ち着いた振る舞いを心掛けていたが、ちゃんと出来ていたかは分からない…… 「――この前の戦闘は良い経験になったみたいですね」 「えぇ。動きに迷いが無くなってきたわ。実戦を経験して自信がついたんでしょう――」 「月詠中尉たちとも良い勝負してましたね~~~。さすがに機体の差が大きかったみたいですが………」 「そうね――鑑が居なかったときも、訓練兵としては十分過ぎるほど強かったけれど、彼女が合流したら更に強くなったわ」 「小隊規模では最強と言っても良いかもしれませんよ」 「えぇ……本当に、強くなったわ」最強――それが過言では無いレベルに、あの娘たちは辿り着いてしまった。訓練兵のうちにここまで成長しようとは………この成長は、彼女たちの資質と努力も然る事ながら、やはりXM3の存在が大きいのでしょうね。XM3が、私が訓練兵の頃から存在していたら……なんてつまらない事を考えたこともあった。おそらく伊隅や速瀬たちも同じ事を思ったはず。白銀大尉と夕呼が作り出したXM3は、そう考えずにはいられない程の性能を秘めているのだから――それから少しの間、特に会話も無く食事を進めていたのだけれど、箸休めにお茶を啜っていた白銀大尉が口を開いた。 「――ちょっと耳に入れたい話があるんですけど」 「何かしら?」持っていた湯飲みを置き、再び箸を持ったものの食事を再開しない白銀大尉に、私も合わせるように箸を止めて彼を見た。すると彼は、一瞬だけ何かを考えるそぶりを見せてから話し始めた。 「実は――」白銀大尉が聞かせてくれた話は、私に僅かな驚きと緊張をもたらした。それは、XM3のトライアルと207訓練小隊の解散――つまり任官についてだった。白銀大尉の話では、夕呼から話が回ってくるはずだそうだけれど、念のために先に話してくれたそうだ。夕呼は、説明を飛ばすことが多々あるので、説明は正直ありがたい。これで多少は余裕を持って行動できそうね……それにしても、トライアルの日程には驚いた。近すぎる………今週の土曜日――明後日に開催だなんて。そしてトライアルが終わり次第、すぐにでも207を解散して任官させるなんて。あの娘たちは、まだひと月足らずしか戦術機訓練をしていないというのに、もう任官させるというのか。確かに、あの娘たちの技量は即戦力になり得るだろうけれど…… 「――いくらなんでも早すぎるわよ」 「俺もそう思いますけど、夕呼先生が決めたことですからねぇ………」 「私たちが何を言おうが覆されるわけ無いわね…」 「残念ながら。でも――アイツ等が任官したら、まりもちゃんも復隊ですよ?」 「………そうね」そう。彼女たちの任官は、私にとっても重要な基点になる。数年ぶりに実戦部隊へと戻り、教え子たちと肩を並べて戦うことになるのだ。それは良い。だけど…――いえ、止めましょう。ここで私がとやかく言っても、夕呼が決めてしまった以上は受け入れるしかない。所詮私は一衛士。副司令の決定には従わなければならない。決まってしまった以上は、最後まで教官としての責務を果たすことに全力を傾けるだけ。あの娘たちが戦場に出て、私と同じ思いをしないように強くしてあげれば良い。 「おや――」 「…?」話が一段落したところで、ちょうど私たちの傍を通りがかった衛士が声をかけてきた。 「こんなところで珍しい組み合わせ。逢引きですか?教官」 「い、伊隅!?」 「げ………」今日は白銀大尉の要望で、普段使っているのとは別のPXに来ていた。それに時間もズレていたので、顔見知りに会う確立は低いと思っていたのだけど、思いの外アッサリと遭遇してしまった。それもかつての教え子に………つい呼び捨てにしてしまったけれど、相手は上官であるということを思い出し、ここが公然の場であることから敬礼をしようとしたが、伊隅大尉に止められた。ついでに敬語も使わないで欲しいと言われたので、その通りにすることに。白銀大尉といい、私に敬語を使われたくない人が多いのは何故かしら?少なくとも、この2人は私より階級が高いんだけど…… 「――結局のところ、密会をしていたと」 「いや、まぁ……状況を簡潔に表すと、そうですけど…誤解を招きそうな言い方ですね」 「そう?こちらのPXで一緒に居るのは珍しいと思ったんだけど――」 「それは――ちょっとした話があってですね……」 「それを逢引と言うんじゃないの?」 「ぐぬぬぬ………」白銀大尉は伊隅にいいように言いくるめられて、二の句が継げないでいる。仲良いのね、この2人。ちょっと妬けるわ……というか、私は別に誤解を招いても構わな――コホン。さて、そろそろ助け船を出しましょうか。 「――伊隅。そのくらいにしておけ」 「ふふ――了解。では、私はこの辺で――」私は務めて平静を装った声で、伊隅を止めた。すると伊隅は、やけにアッサリと引き下がり、そのまま立ち去ろうとした。が―― 「まぁ待ちなさい、伊隅大尉」 「これ以上、お2人の邪魔をするわけには………」 「貴女も関係ない話じゃないのよ」 「――?…それはどういう――」首を傾げる伊隅に座るように促し、白銀大尉との話を掻い摘んで説明した。これは余談だが、伊隅はさりげなく白銀大尉の隣へと腰を降ろした。その事が何となく引っ掛かったけれど、それは置いておく。 「トライアルですか。そして任官、と――」 「ほら、無関係じゃないでしょう?」 「――確かに」伊隅は苦笑しながら頷いた。私の言い方が子供っぽかったかしら… 「すぐ通知されるとは思うんですけど、念のため先に伝えたんですよ。日が無いですからね」 「XM3の性能を見せ付けるためのイベントだとしても、それなりの準備は必要だろうが……副司令は、たった2~3日で準備させるつもりか………」驚くというよりも呆れたように言う伊隅も、夕呼とはそれなりに長い付き合いだ。夕呼がどういう人物なのかは、しっかり理解しているようね。トライアルも夕呼がやると言った以上、日が無かろうが必ず実施され、それに振り回されるだろう関係各位の苦労を慮るばかりだわ……――と、言っても私たちも巻き込まれているんだけれど。ホント…振り回されるほうの身にもなって欲しいわよね。 「――私はそろそろ戻ります。後はお2人でごゆっくり――」 「い、伊隅!」 「ふふふ。では――」伊隅は逃げるように行ってしまった。まったく………伊隅が去ってから、白銀大尉と私は少し冷めてしまった食事を手早く済ませ、食後の歓談を楽しんだ。また、こういう機会があれば嬉しい。今度は私から誘ってみようかしら――それにしても伊隅に遭遇するとは思わなかったわ。伊隅が私の教え子だった頃、苦労したこと多々もあった。あの娘たちが任官して、私の下から送り出してから数年経ったけれど、あの娘の代で今も顔を見れるのは、もう伊隅だけ。そして今や、伊隅はあの部隊の隊長を務める程になった。伊隅の代から、それ以降の教え子たちは、それはもう個性の強い連中が大勢いた。今も元気にしている速瀬や宗像……それぞれの代も、今はもう顔を見ることが出来なくなった子たちがいる。今の教え子たちは、群を抜いて特に個性が強いけれど…これまで多くの教え子を失ってしまったが、私の教導が未熟だったとは思わない。私は訓練兵の育成には、常に最善を尽くしてきたつもりだ。手を抜くことなどあり得ない。だが、それでも送り出した教え子が命を落としてしまう……これ以上、教え子を失いたくは無い。これからは私もかつての教え子たちと肩を並べて戦うことになる。教え子が命を散らす様など、決して見たくない。その思いもあって、復帰が決まってからは、それまでより訓練を厳しくしてしまったかもしれないが、後悔などしていない――するわけがない。強く育ってくれるなら、私は教え子たちに怨まれてもいい。教え子が生き抜いてくれるなら、怨まれるくらいどうってことは無いから。それに今は、白銀武という類稀なる才能を持つ衛士がいる。そして、彼と私の親友――2人の天才が作り上げた新OS、“XM3”もある。これらの要因で、今の教え子たちは過去最高の成長を見せているのだ。この分なら、胸を張って送り出せるし、安心して肩を並べ背中を任せられる。そして私自身、復帰したときのために密かに特訓をしていたりもする。以前、伊隅に――あの時も伊隅に見つかったのよね……伊隅たちも白銀大尉に追いつけ追い越せと、猛特訓をしているらしい。白銀大尉には黙っておいて欲しいと頼まれたので、そのとおりにしている。同じように、私の特訓も黙っておくように言ってある。特訓してるなんて、あまり知られたくないもの。あの娘たちが任官する目処が立った以上、更に力を入れて最後の仕上げと行きたいところだけれど、生憎と時間が無い。日曜は休みのため、残された時間は明日1日だけ……そうか――だから白銀大尉は、月詠中尉たちに仮想敵をお願いしたのね………時間が無いから、その分訓練の質を上げるために。彼なりに、教え子たちの事を考えてくれているのね。私も負けていられないわ。明日、最後の訓練。私は全身全霊をかけて望もう――そう密かに決意した。