《Side of 壬姫》 『良くやった珠瀬!!』 「は、はい――ありがとうございます!」狙撃が成功して、神宮司教官が褒めてくれた。狙撃の前に教官から、あの不明機は無人機かもしれないという情報は聞かされていた。けど、その情報は確定じゃないそうだから、私は胸部を狙うことは出来なかった。でも、基地が危険に晒されそうになっているのに、撃てないなんて言っていられない。HSSTのときに決めたから――自分に出来ることはやろうって。だから四肢を狙って動きを止めることにしたんだけど…成功して良かった。 『20700より207各機へ――05を中心にフォーメーションを組んで、接近してくる敵のみを狙え。無闇に突出するな!』 『『了解!』』 「了解!」次の命令が下りたので、吹雪の狙撃体制を解いて立ち上がらせる。そして私の前方に御剣さんと彩峰さんが出て、私の両脇少し前に榊さんと鎧衣さんが位置する。神宮司教官は私の後方から、指示や援護をするみたい。これが私たちのフォーメーション。私が中央に位置して、長距離射撃により各機を援護する形。 『――神宮司軍曹。我々はそちらの援護をする。宜しいな?』 『は――援護、感謝いたします』 『普段は我々が世話になっている身だ。このような場でしか恩を返せぬ故、気にしないで頂こう――』私たちに随伴して出撃してくれている、斯衛軍第19独立警護小隊の月詠中尉から通信が入った。斯衛軍が私たちの援護に入ってくれるなんて、信じられない。あの武御雷と並んで立っているなんて。初めての実戦を、こんな形で経験することになるなんて思ってなかったけど、今は私たちしか戦えないんだからやるしかないよね……もちろん緊張してるし、もの凄く怖いよ。怖くて怖くて逃げ出したい。でも、私たちの後ろには横浜基地がある。私たちのお家が。だから私は逃げない。絶対に護るんだ――みんなの、私たちのお家を。《Side of 武》出撃前に手を打っといて良かった……他の部隊がトラブルで出撃不能の中、俺たちだけには何のトラブルも無かったから、もしや……と思ったけど。どうやら当たってそうだな、俺の考えは。まさか不明機が、あの位置で現れて横浜基地に向かうとは思ってなかったけど。 (――さっきの感覚を信じて後退して正解だったな)あのタイミングで宗像中尉たちを追って後退を始めてたんだけど、それでも少し遅かった。俺のミスだ……せめて3機で行かせれば―― 「速瀬中尉は柏木の援護を!宗像中尉には俺が――」 『――了解!』 「抜けてった何機かは207と斯衛でやってくれるでしょうから、無理に追わなくていいです」 『後輩たちのお手並み拝見ね――』 「心配いりませんよ。アイツらは強いですから」 『アンタがそこまで言うからには、アテにさせてもらうわよ!』そう言うと、速瀬中尉は俺と別れ柏木の方へ向かっていった。柏木は動き回りながらも、未だキッチリ押さえてくれているようで、不明機を2機を相手に大立ち回りを演じている。いつの間にか、あんなに動けるようになってんのな。あれなら佐渡島でも大丈夫だろう――と思う。それよりも今は宗像中尉だ。中尉の動きは精彩に欠け、フラフラと何処か頼りなく、本来護らなければならないはずの護衛対称に護られている。何回か呼びかけているが応答が無いのも気になる。あのままでは下手をしたら撃墜されてしまうかもしれない。こんな戦いで大切な人たちを傷つけさせてたまるか―― 「――応答してくれ宗像中尉!!」 『………』 「宗像中尉!!」まるで何かに取り付かれたように不明機に向かって行く不知火。闇雲に長刀を振るっているので接触するのに苦労したけど、何とか接触できた。宗像中尉を捕まえたせいで、中尉が肉薄していた不明機を通すことになっちまったが、まりもちゃんたちを信じよう。月詠さんたちも居るし大丈夫だろう…… 「――中尉!……返事をしてください!!」 『……――………っく…はっぁ……』 「!!」上官権限で強制的に通信を開くと、網膜に映ったのは普段からは想像もつかない宗像中尉の姿だった。宗像中尉は俯いているため、髪がかかって表情までは窺えないが、肩で大きく息をしている。そして――その頬を一筋の雫が伝っているのを俺は見た。 「………」 『はぁ……はぁ………っ――』そんな宗像中尉を見て、俺は何て声をかければ良いのか分からなかった。だから、宗像中尉にはそれ以上声をかけずに、伊隅大尉に宗像中尉を連れて後退すると伝え、残る1機の護衛対象と横浜基地に向かった。《Side of 沙霧》 『――というわけで、もう少しだけ保たせてください』 「了解した。重ね重ねだが……感謝する」 『いえ。それでは――』白銀との短い交信を終える。後退させた3機の内2機を失ってしまったらしい。衛士の安否は不明。予期せぬ敵の出現であったため、仕方のないことだろう。生きてくれていれば良いが――その際、白銀の方の僚機に問題が発生したそうで、その僚機とこちらの残る1機を連れて白銀は一旦下がるという話だった。補給物資の提供を依頼していたが、それも遅れる。それに関して我々は文句を言える立場ではない。援護を受けているだけ有難いことだ。 「残り2機だ――各機、気合を入れろ!」 『『――了解』』この付近の不明機は、情けないが白銀の所属する部隊に完全に任せている。この部隊、かなりの手練揃いのようだ。どの機体も不明機の機動に翻弄されること無く不明機を撃墜している。これ程の部隊が存在していたとは。そして、その部隊に“あの”白銀武も所属しているとはな……兎も角、不明機という邪魔が入らなければ、撃震など敵ではない。各個包囲、制圧を繰り返し、ようやく残り2機にまでなったところだ。この分ならば、この戦いも直に終わるだろう…いや、終わらせねばならん――なんとしても。《Side of 冥夜》 「――はぁぁぁぁ!!」敵の横浜基地への侵攻を阻止する。それが、我々207B衛士訓練小隊に与えられた任務だ。こちらへ向かってきているのは、確認しているだけで6機。こちらは5機の吹雪と神宮司教官の撃震、月詠たちの武御雷4機という構成だ。数では勝っているが、それだけで勝敗が決するほど甘くは無いということは、分かっているつもりだ。私は鎧衣と、彩峰は榊、そして珠瀬は神宮司教官とそれぞれエレメントを組んで戦っている。普段の訓練では、私は鑑とエレメントを組んでいるが、その鑑は不在。なので急遽、鎧衣とエレメントを組んでいるのだが、特に問題はない。そういえば、敵と相対して感じたことがある――敵の動きは確かに速いが、何処か機械的なところがあるのだ。これは私の気のせいかも知れぬが、出撃時に知らされた敵が無人機であるという情報は正しいのではないか、と個人的には思っている。 『――02(冥夜)、前に出すぎないで!!』 「っ――!………す、すまぬ!」しまった――熱くなりすぎた……突っ込んできた敵機を突撃砲で迎え撃っていたら、思わず連携を無視した行動をしていた。鎧衣の声で我に返り、フォーメーションを立て直そうとしたが、同じタイミングでこちらに敵機が迫ろうとしていることに気付いた。私が追っていた敵機と、もう1機いる。鎧衣から離れてしまったせいで援護は期待できない…珠瀬を頼ろうにも、あちらはあちらで応戦中だ。月詠たちも同じような状況。もし――このまま応戦すれば、1機は倒せるかもしれない。だが、2機目にやられる可能性がある。どうする――!?私が思考する僅かな間にも、状況は変わる。くっ――策は無いが出たとこ勝負で…… 『――20702!目の前のだけ狙え!!後ろのヤツは気にするな!』 「――!」突如入った通信。それも聞き覚えのある――いや、忘れるはずがない声。私はそれに対する返事も忘れ、考え得る限り最良のパターンでの攻撃を仕掛ける―― 「やぁぁぁっ!!!」そのパターンは何度も繰り返し練習してきた。その元々の使い手は先程の通信の主。訓練中、彼の動きをトレースしているとき、このパターンだけは妙にしっくり来たのだ。それから私は、そのパターンの習熟に特に力を入れていた。その甲斐あって、今では自分なりに使えていると思っている。これは、そういうパターンだ。負ける気などしない。突撃砲は撹乱に、本命は長刀の全力抜刀からの袈裟斬り。XM3を得た吹雪の機動性なら、十分に不明機を追えた。それに何よりも、こんな不明機より普段戦っている仮想敵の方が格段に強い。あの動きに目が慣れている私たちだ。この程度の不明機ごとき、追えぬはずが無い。これは慢心ではない――確固たる“自信”だ。目の前の不明機を撃墜し、その後方を確認すると、そちらの不明機は後ろから胴を真っ二つにされ爆散するところだった。そして爆煙の中からは、長刀を携えた国連カラーの不知火が飛び出してきた。その不知火から通信が入る―― 『――良くやった冥夜』 「タケ――…白銀大尉!!」 『みんなも、あと少しだけ踏ん張ってくれ!』 『『――了解!!』』そして通信が切れると同時に、タケルの駆る不知火は私をフライパスして行った。それに国連カラーの不知火と帝国軍カラーの不知火が1機ずつ続いた。おそらく負傷者の収容だろう。タケルが後退した。ならば尚のこと、基地に近づかせるわけにはいかぬ――私は更に戦いに集中することにした。まずは鎧衣とのフォーメーションを立て直さなくては………《Side of 真那》これほどとは――援護するとは言ったが、果たしてその必要があるのか……そう思ってしまうような戦いぶりだ。先日のシミュレーションで仮想敵として戦ったが、今の冥夜様たちの動きはそれを凌駕している。彼女たちの動きは、私も目を見張るものがあるのだ。それに比べると我々は、まだXM3を使いこなすには及んでいないことがはっきりと理解できた。私は己の未熟さを思い知り、今後はより一層訓練に力を入れようと決意を新たにした。しかし――武殿にはどれ程感謝しても感謝しきれん。彼のあずかり知らぬところではあったが、我々がXM3を実装できたのは武殿のおかげだ。今回の出撃も、武殿の口添えがあったからこそ。そして何よりも、冥夜様が御強くなられた。武殿が行方を晦ませてからの冥夜様は、見るに耐えないほど傷悴し切った時期もあったのだ。悠陽様とは違った道で武殿を探すと決意され、国連軍に入隊してからは徐々に回復していたが、それでもかつてのお姿を取り戻すには至っていなかった。そんな冥夜様を、影から支えることしか出来ぬ己が身上を呪ったし、突然姿を晦ませた武殿を怨んだ時期もあった。無論、今はそのようなこと微塵も思っていない。数々のご恩に報いるには、出来ることをやっていくしかあるまい。さし当たっては、冥夜様たちの援護をし、目前の脅威を取り除くことだ――《Side of 武》冥夜たちの奮闘に頼りながら、なんとか横浜基地までたどり着き、収容された負傷者が搬送されていくのを見送る。全機ここまで連れてこれなかったことが悔しい――だけど、まだ死んだって決まったわけじゃないから、早く救助すれば助けられる可能性がある。俺はすぐに、用意してもらっていた補給用のドロップタンクを装備して、沙霧大尉たちのところへ向かおうとした。一緒に後退した宗像中尉は、ここで待機させて―― 「それじゃ俺は行きます――」合流してからここに至るまで、宗像中尉は一度も口を開いていない。俺も返事を期待してなかったので、そのまま再出撃しようとしたが…… 『――………』 「?――中尉?」微かに声が聞こえた。よく聞き取れなかった俺は聞き返す。 『――私も行きます……』 「!だけど、その状態じゃ――」 『もう…大丈夫です』さっきまでの状態を見れば、本当なら止めるのが正しいんだろう。でも今、俺の網膜に映っている宗像中尉の表情は、先程までとは打って変わって、その瞳からは強い意志を感じた。そんな目をされちゃ、待っててくれなんて言えるはずが無い。だから、俺はこう言った―― 「――なら、絶対に俺から離れないでください」 『あぁ………離れない。絶対に――』宗像中尉は疲れ切った表情ながらも俺の言葉に笑って返してくれた。だから俺は信じる。 「行きましょう――」 『了解…!』俺が再び横浜基地を飛び出してから間もなく、HQから基地システムが回復したとの通信が入った。それに伴い、各方面との通信と出撃不能だった全部隊も復活。横浜基地は完全に復旧した。そして、俺たちが伊隅大尉や沙霧大尉のところに戻る頃には戦闘は終息。この事件は一先ずの終結を迎えた――12月4日 (火) 深夜 ◇帝都◇ 《Side of 夕呼》多少の損害は覚悟していたけれど、どうやら損害無しで切り抜けられたようね。まったく――鑑が居て本当に良かったわ。それに白銀も。さて、鑑に調べてもらった今回の事件のあらましを整理しようかしら……今回の事件は先月中頃、私が米国からXG-70を接収したところから始まる。接収の話を強引にまとめたことで、オルタネイティヴ第4計画が進行していると踏んだ米国の狸が、とある計画を思いついた。それは、もし成功すれば敵対している勢力を、完全に黙らせることが出来るものだった。それがHSST落下事件。横浜基地に大打撃を与え、第4計画の遅延を理由に第5計画に移行させるというものだった。しかし、その作戦は失敗。横浜基地は損害を受けずに健在。加えてもう一つある。HSST落下と同じ時期、日本でクーデターが起こるはずだった。しかし、それも何らかの理由で阻止され、それ乗じた極東への再進出という目論見も潰れてしまった。ここまで全ての作戦が悉く失敗して、相当焦っていたんでしょうね………日本政府に巣食い、政威大将軍への復権を望まずに、クーデターを裏から扇動していた連中の中には、第4計画反対派と第5計画推進派がいた。自らの利益のみを考えているような腐った連中だ。利益さえあれば、どんな奴とでも手を組む。今回の場合、その相手は国連内部の第5計画推進派と、その総本山“米国”だった。互いの利害は完全に一致。そこで次の計画が考えられた。彼等が望むのは2つ――オルタネイティヴ第4計画の阻止と、米国の極東への再進出。これらを成すためには、現日本政府と国連横浜基地は邪魔な存在だった。どちらも手っ取り早く陥れるには、帝都で騒乱を起こすのが良い。しかしクーデターの阻止以来、監視は厳重になっていて、事を起こす前に計画が発覚してしまう恐れがあった。そこで彼等は、狙いを横浜基地へと変えた―― 「ふぅ……」ここで一息。私はキャットウォークの手すりに寄りかかって、熱いコーヒーを啜る。そして階下に見える“それ”を眺めた。殿下の協力もあり、形に成り始めた“それ”は少し暗めの照明の灯りを受け、鈍く輝いていた。さて、続けましょうか――そして目標を横浜基地へと変えた狸共には、HSST落下以前から日本帝国軍で廃棄処分等になった戦術機を秘密裏に集め、米国の技術で改修させた機体があった。米国が得意とする技術…すなわち対人戦を想定した徹底改修。それで横浜基地を襲撃、大打撃を与えようと考えた。本来、この改修した機体は、クーデターで使用されるはずだったようだけど…計画が潰れて使い道が無かったんでしょうね……もちろん、その戦闘は米軍を引き入れる口実でもある。しかし、集められた戦力は少なかった。たとえ無人化して機動性を上げていたとしても、正面から襲撃すれば間違いなく返り討ちにあってしまう。そこで奴等は、横浜基地のシステムをハッキングし、ウィルスを流した――作戦の第一段階では、防衛システムにトラブルを起こして監視体制に穴を開ける。その隙に改修した機体を横浜基地の周辺に配置。第二段階は、帝国軍から戦術機を強奪し横浜へと向かう。強奪機体を追う追撃部隊をも横浜へと誘導する。横浜基地襲撃は帝国軍の仕業と思わせ、誘導してきた帝国軍と改修した戦術機を戦闘させ、その戦闘で横浜基地を巻き込む。第三段階では、横浜基地は前述のウィルスにより、防衛システムが壊滅。戦術機甲部隊も出撃できず、基地施設への損害を出す。そして第四段階。ここでようやく米軍が出動。事態を収束させる。しかし横浜基地は甚大な被害を受け、オルタネイティヴ第4計画は頓挫。帝国軍に不信感を抱かせ、その監視の名目で米軍を引き入れる。これが連中の描いたシナリオ。鑑に調べてもらったところ、確かに昨日――っと、もう一昨日ね――12月2日の未明に基地システムへの、外部からのハッキングが認められた。おそらくその時にウィルスを流されていたんでしょうね。このとき横浜基地ではトラブルが起きていたようだけど、ハッキングを受けたと気付いた者はいなかった。そして作戦を開始してから、改修機に搭載したジャミング装置で、交信不能になった帝国軍を横浜基地までおびき寄せる所までは順調だった。だけど、連中の計画には大きな弱点があった。それが“XM3”であり、“鑑純夏”という存在――どちらも第4計画の極秘事項で、公にはされていない。従来のOSを搭載した戦術機は、ウィルスにより出撃不能に陥ってしまったものの、XM3搭載型の機体は全機出撃可能だった。メインコンピューターを換装し、セキュリティも強化されていたが故の事。それに加え、XM3を搭載している部隊は私の懐刀。従来の技術の延長で改修した機体など敵じゃない。更にタイミングの良いことに、横浜に駐留している斯衛の武御雷へも搭載した後だった。 ――ふふふ……それらを相手にして勝てると思う?そして鑑純夏。人間の身体に量子電導脳を持つ、特異な少女。00ユニットとしては不完全なれど、完全無欠の存在。鑑は、ここから横浜基地へとアクセスし、全てのウィルスを除去。基地機能をあっという間に回復させてしまった。これらの要因により米軍が出撃する間もなく事態は収束。今頃、連中は慌てていることでしょうね。出撃できる機体など無いはずの横浜基地から、20機近い戦術機が出撃してきた上に、襲撃部隊は全滅。システムトラブルを起こしていたはずの横浜基地も完全に復旧してしまい、米軍の出る幕も無かったのだから―― 「回収した敵の機体の分析と、邪魔者を一掃して終わり、かしらね……」それが面倒なんだけど……とりあえず一度、横浜に戻ったほうが良いわね。鑑が集めてくれた、これらの情報があるけれど、やっぱり直接見ないと分からないこともある。――ったく、仕事を増やしてくれちゃってまぁ…大した手間じゃないけど、余計な事で時間を取られるのは腹立たしいわね…………朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 沙霧》事態が収束したのが深夜だったため、我々は横浜基地で一夜を明かした。戦闘中、横浜の部隊と交信が可能になったのと、ほぼ時を同じくしてHQとの通信も回復していた。我々が交信不能に陥ってしまったため、後追いの部隊を出撃させていたらしく、その部隊との合流を待ってから横浜基地へと向かった。負傷者を乗せていた3機の内、撃墜されてしまった2機の衛士は、奇跡的に無事だった。それらに乗っていた負傷者も一命をとりとめ、我々より一足先に帝都へと帰還した。今頃は病院のベッドの上だろう――撃墜して回収した不明機は、帝国軍と国連軍が共同で解析するそうだ。撃震を強奪した連中は精査の上、然るべき処罰が下される。この連中の中には自殺をはかろうとした者もいたが、それは阻止して今は拘束してある。この事件の黒幕も、事後調査で明らかになるだろう―― 「――また世話になったな、白銀大尉」そして今朝。帝都へ戻る時間になり、基地の正門まで見送りに出てくれた白銀武に礼を言った。 「初めに情報が入ったときは、クーデターが起きたかと思いましたよ」 「ふ――耳が痛いな」 「沙霧大尉たちと戦うことにならなくて良かったです」 「それはこちらの台詞だ――私としても貴官等とは戦いたくはないな……」これは私の偽らざる思いだ。私たちがてこずっていた敵を、いとも容易く撃破してしまう程の技量を持つ衛士たちだ。戦場で敵として遭いたくは無い。 「ははは――少し特殊ですからね、ウチは」あれで少し、とはな…まったく――底が知れん男だ。あの力が以前この男が言っていた、護りたいものを護る――という目的のための力なのだろう。あれ程の力を必要とする戦場で戦っているのか、この男は……私も精進せねば―― 「何にせよ、世話になった。部下共々、礼を言わせてもらう」 「こちらこそ――」そう言って私が手を差し出すと、白銀も快く応じてくれた。 「帝都に来ることがあれば声をかけてくれ。一杯奢ろう――」 「分かりました。楽しみにしときます」 「――あぁ、では失礼する」最後は互いに敬礼で締め、私はようやく帝都への帰路へついた。帰ったら報告書など、色々とやることがある。昨夜はあまり休めなかったから、今の内に休んでおくとしよう。そして私は、輸送車に揺られながら瞼を下ろした――◇正門前桜並木◇ 《Side of 武》 「ふぁ~~~~~あ………ねみぃ…」沙霧大尉を見送ったあと、何となく此処へ来てみたんだけど…昨夜のこともあって、あまり寝てないので大きな欠伸が出た。今日はA-01も207Bも休日になったので、みんな休んでいる頃だろう。俺も戻って休みたいんだけど、その前に―― 「報告に来ました――っと……」俺は桜の木の前に立って、軽く敬礼した。今回の事件は、俺の記憶に無い新しい出来事だったわけで。それをA-01、207B共に全員で無事に切り抜けられたって事を報告しに来たわけだ。 「クーデターの変わりに、こんな事が起こるなんてな…」事件の規模だけで言えば、12・5事件程では無かったと思うけど、横浜基地を巻き込む戦闘だったから、かなり緊迫していた。基地が損害を受ければ、最悪オルタネイティヴ第4計画の失敗に繋がる可能性だってあった。あぁ――そうか……もしかしたら、この事件の黒幕はそれが狙いだったのかもしれないな……… 「予想外の出来事だったけど、全員無事に切り抜けられました――」12月は勝負の月だとは思ってたけど、初っ端からコレだ。 「次に来るのは冥夜たちが無事に任官したら、かな……」トライアルがあるはずだけど、アイツらがこの調子で伸びていけば大丈夫なはずだ。とりあえず今は、これ以上余計なことが起きないことを願うしかない。佐渡島とオリジナルハイヴを攻略するまで躓いてはいられない……もう絶対に、誰も失いたくないから―― 「それじゃ、また来ます――」俺は一度だけ桜の木をそっと撫でて、来た道を引き返した。戻ったら寝よう……