10月22日 (月) ◇国連太平洋方面第11軍横浜基地・正門前桜並木◇ 《Side of 鑑純夏》タケルちゃんと並んで、彼の英霊たちが眠る桜の木の前に立っていた。その木には前回までのループで死んでしまった仲間たち、A-01のみんなや元207小隊のみんなも眠っている。……私もここに眠ってるのかな? 「今度こそしっかりやってみせます。だから、見ていてください――」タケルちゃんは一緒に戦った仲間たちを思い出し、そう呟いたみたい。声は聞こえなくても、私には分かっちゃうんだよね~~。あはは………そして私は目を閉じて―― ――みんな、今度は絶対に大丈夫だよ――声には出さずに心の中で言った。それに、元の世界でクラスメイトだった頃に始まったタケルちゃんをめぐる女同士の戦いもある。前回のループではタケルちゃんは私しか見てなかったし、周りのみんなに少なからず寂しい思いをさせちゃったよね。それにしても、どこに居ても色恋沙汰が発生してしまうタケルちゃんは、やっぱり恋愛原子核なんじゃないかなぁ~~と、しみじみ思った。 「さて――」英霊たちへの挨拶を済ませ、次にやるべきことと言ったら“あの人”に会うことだね。横浜基地副司令にして、タケルちゃんがこの世界で戦っていくために、必要不可欠な人物――香月夕呼博士に。 「なぁ純夏――霞に伝えてくれないか?救世主が来たぞ~って夕呼先生に言ってくれってさ。たぶん、あの部屋に居るはずだから」タケルちゃんはニヤリと悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら言った。そしてそれは、私が高いレベルのプロジェクションとリーディングが可能だから出来る裏技。 「りょ~か~い。え~と、霞ちゃんは――っと。あ、居た居た」そして、私はタケルちゃんと同じような笑みを浮かべながらプロジェクションを開始した――うっしっし~~。霞ちゃん驚くかな~~~………◇地下19階◇ 《Side of 社霞》香月博士の執務室の隣にある薄暗い部屋。そこが私の場所。部屋の中央には、ボンヤリと青白く光るシリンダーがあり、私はいつものようにそのシリンダーのそばに立っている。しかし――そのシリンダーには何も入っていない――ふと、何かを感じシリンダーから意識を外した瞬間――はっきりとした映像が頭に流れ込んできた。 「――っ!!?」これは…プロジェクション?その映像には始めに2人の少年と少女が登場し、あとから十数人の女性が出てきた。中には自分の姿もある。他にも知っている顔は居た――この基地の訓練部隊と特務部隊の人たちだ。――そして、その映像はBETAとの戦いだった。さっきの映像に映っていた人たちが次々と傷つき、1人、また1人と居なくなっていった。そして、最後に残ったのはあの少年と自分だけ。あの少年は少女を抱きかかえて泣き叫んでいる。その映像が終わると、すぐに次の映像が入って来た。また戦いの映像かと身構えた霞だったが、それは杞憂だった。 「――?………あ―――」再びあの2人が登場し、今度は彼らの周りには他の面々も居る。彼らはいずれも笑顔だった。もちろん自分も、香月博士も居る。だけど、その映像の最初に映った2人は見覚えが無かった。誰だろう?と考えた瞬間……… 「――はじめまして。俺はシロガネタケル。こっちがカガミスミカだ。宜しくな~」 「こんにちは、霞ちゃん!よろしくね~~」考えたことに返事をされ、ビックリしてしまった。映像もいつの間にか見覚えのある場所に移り、そこに居るのも最初の二人だけになっていた。2人が居るのは基地正門前の桜並木。そしてその少年、シロガネタケルが―― 「これから行くよ。みんなを、この世界を救うために――」微笑みながら、そう告げた。 「だから夕呼先生に言ってくれないかな?救世主が来たから迎えに行こうってさ」 「霞ちゃんごめんね?でも、お願い!!」初対面の人間にいきなり「基地の副司令を連れてきてくれ」なんて言われても普通は従うはずが無い。だけど私は―― 「分かりました」と答えた。 「ありがとな。んじゃ正門で待ってるぜ!」 「霞ちゃん、またあとでね~」そこで映像は消えた。私は一度だけ空っぽのシリンダーをそっと撫でたあと背を向け、その部屋を出た。◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 香月夕呼》自分のデスクに腰掛け、自他共に認める天才は、数式のようなものがビッシリと並んでいるプリントを握り沈思黙考していた。周りには同じようなプリントが所構わず散乱している。 「………………」悪態を吐いたり喚いたりしても何も解決しないのでやらないが、内心はそうしたい気持ちでいっぱい。私がやらなければならないことは00ユニットの完成、ひいてはオルタネイティヴ第4計画の完遂。しかし、00ユニットを造るのに必要な半導体150億個を手のひらサイズにした、量子電導脳を作ることが出来ないのだ。何が足りないっていうの!?あたしの理論は完璧なはずなのに―― 「はぁ…」本日何度目になるか分からない溜息をついたとき、隣室と繋がっている扉が開いて、その子が部屋に入ってきた。 「あら、どうしたの?社」その珍しい来客は私の問いかけには答えない。社はそのまま無言で私の傍まで来て、ポツリと呟いた。 「この世界を救ってくれる人たちが来ました」 「――は?」天才の頭脳をもってしても、社が何を言っているのか理解できなかった。 「社、どういう――」事か?と聞こうとする言葉を遮って社が白衣の袖をそっと引っ張り、 「博士を呼んで来てくれと言われました。正門で待っているからと」社にしては珍しく強引に引っ張って行こうとしていたので、私は息抜きも兼ねて付き合ってみることにした。――まだ私は知らない。本当に世界を救うことが出来るかもしれない人間が自分を訪ねて来ていることに―― 「ちょっ…分かったから引っ張らないでってば」そう言っても、社が袖を離すことは無かった。なんだか子連れのような………これ以上考えるのは止めよう。自分で考えて虚しくなってきた……◇正門付近◇ 《Side of 武》 「…まだか?」門兵に見つからない位置で夕呼先生たちが来るのを待っている。 「そんなに早くは来れないでしょ~。地下19階なんだよ?」 「まぁ、そうか……」 「それよりさ~~霞ちゃん、あんまり驚いてなかったね」そう。最後の自己紹介のあたりは、ほんの少し驚かせようと思っていたんだが、あまり驚いていなかったようだった。ちょっと悔しい… 「だな~~。でもあとで謝っとかないとな…あんま見たいもんじゃないだろ、アレは」 「そだね……あ、アレ。来たんじゃないかな?」と、純夏が正門の方を見ながら言ったので見てみると、白衣に身を包んだ人影と黒い服に身を包んだ小柄な人影が基地施設から出てくるところだった。 「お、ホントだ。んじゃ行きますか――」 「お~~!」◇横浜基地正門◇ 《Side of 夕呼》社に引かれ、わざわざ上まで出てきたのに正門は門兵以外に人影は無かった。 「何よ。誰もいないじゃない…」社に愚痴っぽく言ってしまったことに後悔したが、わざわざ連れ出したのだから何かあっても良いんじゃないか……と思っていたのだ。少し期待していたが仕方ない、気分転換だと割り切り、また仕事に戻ろうかと考えていると社が袖を引いた。 「――来ました」社はそう言って桜並木の方を指差した。釣られてそちらを向くと、こちらに歩いてくる二つの人影があった。 「―――あれがシロガネタケルとカガミスミカ?」ここに来るまでの道すがら、どういった理由で連れ出したのか聞いたのだが、二人が呼んでいました――――と答えただけで他のことは喋らなかったが、2人とは誰か?と尋ねるとシロガネとカガミとだけは答えたので、一応は名前らしき情報はある。 「――はい」 「そ。アレが救世主ねぇ~。どんな奴なのかしらね……」そう言った私の表情は、自分では分かっていなかったが、久しぶりに活き活きとしたものだった。◇ ◇ ◇ 《Side of 武》俺と純夏が正門に近づくと、門兵が出てきたが夕呼先生に止められたようで大人しく待機している。余計な事は省略したかったので、俺にとっては有難い。 「どうも。夕呼せ――香月博士。白銀武と――」 「カガミスミカね?」 「「――はい」」 「で、私を呼んだって話だけど。何のために?」夕呼先生は怪訝な顔で尋ねてきた。それもそうだろう。この世界では初対面の人間に急に呼び出されたのだから。 「ありゃ、聞いてませんか?世界を救うためですよ」 「………どうやってかしら?」その問いに、一拍おいてから答える。 「第4計画の成功をもって――」 「………………」夕呼先生は先ほどよりも顔をしかめるだけで、何も言ってこないので俺は一気に畳み掛けることにした。 「計画は順調ですか?…第5計画、そろそろヤバイんじゃないですか?」 「――っ!?」 「空の上の船とか……あぁ、半導体150億個の件もありましたっけね」半導体の話は先生の頭の中にしか無いはずの情報なのか、その言葉で先生の表情は急変した。 「必要なら今すぐに協力しますよ?」と表情はニヤリとさせながらも、心の中で純夏に謝りながら言った。純夏を00ユニットとして扱うことに抵抗がある。純夏は、幼馴染で大切な存在だから―― 「………いいわ、ついて来なさい」しばらく考え込んでいたようだった夕呼先生は俺たちに背を向け言った。やけにあっさりだ。霞にリーディングさせていたのか?と思ったが、すんなりと入れるに越したことはないので、俺は何も言わなかった。それから少し歩いたところで武はこれから行うであろう身体検査を思い出し、夕呼先生にバレない程度の声で純夏に話しかける。 「なぁ純夏。身体検査とかどうするんだ?」 「――え?ん~~…ハッキングしちゃえばどうにでもなるよ?」心配しまくっている俺を余所にして純夏は事も無げに言う。 「それでも血液検査とかあったらさすがにヤバいだろ!?」 「あ~それもたぶん大丈夫だよ?あはは、タケルちゃん心配しすぎ~~」 「そうかよ……」こいつ、自分がどれほど重要な存在か分かってんのか?と心配になったが、それ以上は何も言わずに先生の後を追った。◇香月夕呼執務室◇ 「4時間近く検査やら何やらやってたのにケロっとしてるわね」 「まぁ俺は何度もやりましたからね。さすがに慣れましたよ」事も無げに言ってのけたが、正直ちょっとだけ疲れている。 「さて、さっさと本題に入りましょうか」 「その前に一つだけ確認させてください。今は2001年の10月22日ですか?」これだけは確認しておかなければならない。まぁズレていることはないだろうが。 「ええ、そうよ」良かった。日にちが違っていたら、またおかしなことになっちまう。 「――で、一体何が目的なの?」 「先程も言いましたが、オルタネイティヴ第4計画の成功とBETAとの戦いに勝利することです」 「どこで計画のことを知ったのかしら?」やはりこの人には全てを知っておいてもらわなければならない。俺は傍らに立つ純夏と一度だけ目を合わせ、お互いに頷きあう。そして―― 「始まりから全て話します。少し長くなりますが良いですね?」夕呼先生は無言で頷いた。 「まず始めに。俺は元々、この世界の人間では無いんです―――」◇ ◇ ◇ 「――というわけで、先生に会いに来たわけですよ」 「そう………」全てを話し終えると、夕呼先生は黙り込んでしまった。 「あの、夕呼先生?信じられないようなら霞に確認してもらってください」それなら少しは信じてもらえるだろう。 「………私を呼ぶために社にプロジェクションしたのよね?」 「は~い!私がやりました!!」俺が返事をする前に、純夏が手を上げてアピールした。しかし、夕呼先生は不思議そうな顔をしている。 「あんた、ホントに00ユニットなの?」 「え?それはどういう…」思わず口を挟んでしまった。 「00ユニットにしては身体検査も血液検査も人間とほとんど変わらないのよ。00ユニットの00って、どんな意味なのか知ってるんでしょ?」俺は夕呼先生の言葉に頷く。生態反応ゼロ、生物的根拠ゼロ。それが00ユニットの名前の由来のはずだ。それなのに、普通の人間と変わらないって………どういう事だ?00ユニットであるはずの純夏ならハッキングである程度は誤魔化せるかもしれないが、血液検査までは――そもそも00ユニットって……… 「ふっふ~~。だから大丈夫だって言ったでしょ?タケルちゃん」 「鑑、何かやってみて貰えないかしら?00ユニットとしての力を見たいの」純夏に説明するように求めても無駄だろうから、実践させるのが手っ取り早いか。 「あ、リーディングとプロジェクション以外でよ?それは他でも出来るんだから」 「わっかりました~!ん~~……じゃぁ何かデータ送りますね?」そうか――夕呼先生を納得させられるようなデータを送れば、信じてもらえるかもしれない。 「………そうね。とりあえず、やってみてちょうだい」 「は~い。…送りました~~」先生が手元のコンピュータをいじっている。データが送られたのは間違いなさそう――てか、それより純夏の身体はどうなってんだ? 「――すごいわ!これハイヴのデータじゃないの!?ヴォールクなんて目じゃないわ」 「はい!前の世界で私が引き出したんです」 「いや、それより純夏の身体は………」どうなってるのか気になるじゃねぇか……教えてくれって… 「この世界の鑑の身体と前の00ユニットとしての鑑の身体が統合されたんじゃないかしら?――まぁ、そんな状態じゃ00ユニットなんて呼べないけど。生態反応があるんだから」画面を見ながらサラッと重要な事を言わないでくださいよ、夕呼先生……… 「え?それじゃあ……この世界の純夏は死んでなかったって事ですか!?」 「うん、たぶんそうかも。ほとんど生身みたい。あはは~」 「あはは~って…オマエね………」どうなってるんだ、これ?状況がかなり違うぞ。まぁ純夏が居る時点で薄々気付いてはいたけどさ…… 「あの先生。隣の部屋の――」 「……ねぇ、このエックス、エム、3って何かしら?」 「え?――あぁ、それはエクセムスリーって言います。戦術機のOSですよ」 「OS?」前のループで俺が考えた概念を基にして作られたOS、XM3があれば戦術機での戦闘がかなり楽になることは証明済みだ。 「え~と、俺がやっていた戦術機の機動を他の人でも簡単に出来るようにした新OSを作ってもらったんです」 「へぇ~~~。使えるの?」 「はい。訓練兵の吹雪でベテランの撃震を圧倒できました。それと実戦で、訓練兵が本土防衛軍を相手にしても全員無事に帰還しました」 「――凄い物を作ったみたいね。さっすが、私…それとも考え付いたアンタが凄いのかしらね?」 「まぁ、夕呼先生の協力が無ければ作れませんでしたから。どんなものかシミュレーターで試してみましょうか?データは純夏に書き換えてもらえばすぐでしょうし」夕呼先生の協力が無ければ、XM3は完成するはずが無かった。 「そうね。じゃぁ、アンタたちの処遇は白銀の腕前を見てから決めましょう」 「え?また訓練兵からかと思っていたんですが………」 「私はそれでも良いけど…時間、ないんでしょ?腕の良い衛士を余らせておく程の余裕はないの。それに証拠をここまできっちり見せられたら、アンタたちを疑うのは時間の無駄でしょう」なるほど。俺としても初めから衛士になれるならやれることが増える。アイツらとの対面は先送りになっちまうけど………この際それは仕方が無いな。みんな…頑張ってくれよ―― 「ねぇねぇタケルちゃん。みんなが心配なら、私が訓練部隊に入ろうか~?」 「――は?…いや、でもお前――」 「それも含めて、あとで決めましょ」 「………分かりました」俺は釈然としないまま夕呼先生の言葉に頷いた。 「ふふ――じゃあ鑑、データの書き換えとサポートを。あんたにならシミュレーターのメインコンピューターの代わりができるでしょう?」 「もちろんです!!」純夏は元気良く敬礼した。俺は大丈夫なのかと思いつつ、シミュレータールームへと向かった。◇シミュレータールーム◇ 《Side of 夕呼》 「タケルちゃん、ハイヴ攻略戦を想定していくよ~?」 『――了解だ』鑑純夏がデータの書き換えをしつつ情報処理を行っている。驚異的な速さだ。さすがは量子電導脳、といったところか。今日、突然私の前に姿を現せた白銀武と鑑純夏。この世界でこれから起こることを知っている人間と、私が開発を夢にまで見たオルタネイティヴ第4計画の要である00ユニット―― (生体反応も生物的根拠もゼロではないけれど) だという。それにしても………“白銀”ねぇ~~…… 「まったく…とんでもない事になったわね――」彼らに聞こえない程度に呟いた。想定外もいいところだが、正直ありがたい。白銀の話では、このまま進展が無ければ今年の12月24日に、第4計画は廃止され第5計画に移行するのだという。研究は行き詰っていたが、彼らが現れたことで解決したも同然だろう。決して楽観は出来る状況では無いのだけれど……… 「香月先生、準備完了しました!」 「そ――なら始めてちょうだい」鑑から準備完了の報せを受け、私は思考を一時停止した。まずは見せてもらおうじゃない。新OSと白銀の力を――◇ ◇ ◇――シミュレーターを見た結論を言おう。白銀の実力は予想以上だった。OSの力もあるだろうがフェイズ2とはいえ、ハイヴを単機で攻略してしまうとは。脱出中に自滅したのは気を抜いたからだろう…しかし、それを抜きにしても余りある実力だ。 「あ~~~ミスっちまった…くそ~~………」 「あはははは!タケルちゃんダッサ~~~」 「うるせー!」言い合っている姿は年相応だが、相当な修羅場を潜り抜けてきているのは確かなようだ。そしてXM3――確かに現行のOSとは比べ物にならない。衛士の命令に対する即応性が向上し、その命令を常に監視して任意に選択と解除を行えるようにしている、のかしらね。戦術機程度の並列処理ならアレの失敗作でも十分過ぎる。アレなら、すぐに用意できるわね。データは鑑が持っているし、さっそく作って伊隅たちで試そうかしら―― 「――先生、どうでしたか?」 凄い――素直にそう言うのは少し癪だったが、認めないわけにはいかない。それくらいの実力があった。OSをA-01に使わせると言うと、白銀はすぐに承諾したが、もう一つ提案をしてきた。 「――207B訓練小隊にも投入してください」 「……伊隅たちには渡すつもりだったけれど、訓練部隊にも?」 「はい。アイツ等には早めに慣れもらいたいんです。配属はA-01なんですしね………それに、アイツ等は強いんですよ――」そう言う白銀の表情はどこか愁いを帯びていた――そういえば前は全員死んでしまったと言っていた。鑑の方を見やると、悲しげな、けれど優しい笑みを浮かべ白銀を見つめている。 「――分かったわ。OSに関してはそうしましょう。それで、あんたたちの処遇だけど……」 「俺にA-01と207のOSの教導をやらせてもらえませんか?」驚いた。白銀がそんな提案をしてくるとは思っていなかった。しかし、あのOSの能力を最大限に発揮出来る衛士が、白銀しか居ないことを踏まえると、それが適任かもしれない。 「………彼女たちには強くなってもらわないといけませんから――」 「そう――分かったわ」さて、それらも含めて彼らにどう動いてもらうか決めましょうか――◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 武》シミュレーターを終えて、制服に着替えた俺は再び夕呼先生の部屋に来ていた。 「それでアンタたちの事だけど、白銀は大尉で登録したから。とりあえずA-01と207のXM3の指導をするってことでね」 「――た、大尉ですか!?」 「えぇ。少しでも上の立場が良いのは、身に染みてるんじゃなかったの?遅かれ早かれ、いつかはA-01に入るつもりなんでしょう?」 「……分かりました。それで構いません」いきなり大尉っていうのには驚いたが、低いよりは良い。基地司令に計画の廃止を告げられたときに身に染みたからな。伊隅大尉と同じ階級か…なんか変な感じだな……… 「で、鑑。アンタは207に入んなさい」 「はい!!」 「え………マジで入るの?お前」 「うん!だって、早くみんなと仲良くなっておきたいし。それに私が居た方がタケルちゃんも馴染みやすいと思って。みんな階級を気にしちゃうでしょ~~?」――確かに。前は同じ隊だったから打ち解けられたが、今回は別の隊どころか上官で教官だもんな…打ち解けるのは難しいかもしれない。ここは純夏に任せてみるか 「分かった。でもお前、無理するなよ?」 「大丈夫だよぉ~」大丈夫って…あのなぁ……… 「鑑は少し違うメニューで動いてもらうようにするから大丈夫よ」 「あ、やっぱりそうなるんですね」 「え~!?香月せん…博士~私そんなに運動出来ないわけじゃないですよ~~?」能天気に運動神経のことを心配しているだが、俺はそんなことを心配しているんじゃないんだよ?純夏さん。 「あのねぇ~…あんた自分がどういう存在か分かってんのォ~?」 「――え………00ユニット?」 「便宜上は、ね。そんなあんたに何かあったら元も子もないでしょう」 「は~~い…分かりましたぁ……」本当に大丈夫なのか、心配になってきた……まぁ、純夏も(たぶん) バカじゃないと思うから(というか思いたい………) 無茶はしないだろう。 「それじゃ今日はこの辺りにしてきましょう。他に必要なものは後で届けさせるから。あ、部屋は――」そんなこんなで配属も決まったが、話やシミュレーターなどで時間も遅くなったので各隊との顔合わせは明日にすることにした。◇横浜基地・廊下◇ 《Side of イリーナ・ピアティフ》私は先程、香月副司令に呼び出され、新たに着任した大尉にIDやら書類やらを届けに行ってきたところだ。彼に会う前の私は、大尉というからには私よりも年上か、近い年齢の人物かと思っていたのだが、実際に会ってみると私より年下。たしかに年齢は近いかもしれないけど、まだ少年といえるような年頃だった。あの年で大尉という階級に就いていることに疑問を抱いたが、「彼は凄腕の衛士よ――」という副司令の言葉と、同時に見せられたシミュレーターの映像を見て、納得せざるを得なかった。彼の配属は副司令直属らしいので、いずれゆっくり話す機会もあるだろう。先程は内容も事務的なことのみで、少しだけしか話せなかった。もっと話してみたいという気持ちが、私の中にあることは確かなようで、彼と別れてからも何故か気になっている。自分で考えたことに軽く動揺した。“一目惚れ”などという考えが、頭をよぎったのだ。初対面とはいえ自分が上官、しかも年下の少年にこのような考えを抱いてしまうとは。自分でも気付いていない魅力があったのかしら――?これ以上彼のことを考えていると、今日の残りの仕事に影響しそうな予感さえする。私は無駄な努力とは知らずに、頭からその考えを追い出そうとするのだった。そして私は知る由も無い。彼がかつて“恋愛原子核”と呼ばれていたことを――◇横浜基地・白銀武自室◇ 《Side of 武》ふぅ…なんか帰ってきたって感じだな。また同じ部屋で良かった。純夏の部屋は俺の部屋の隣。ここには隣との窓は無いから、窓越しに話すことは出来ないけど――夕呼先生は純夏とOSの作成に取り掛かってくれたから、明日には出来ているかもしれない。俺が手伝えることは無いって言われて追い出されたけど。今日はもう休んじまうか?それとも、ピアティフ中尉がIDを届けてくれたから、自由に行動できるようになったし散歩でもしてみようか。することが無いのも今だけだろうから、何かしようと思ってみたものの、何も思いつかない。これが前の世界だったらゲームとかやってたんだろうな――そこで俺はふと、何かを忘れているような気がした。頭を捻ったが、出てきそうで出てこない。な~~~んかやり残しがある気が………「あ………………霞――」すっかり忘れていた。会いに行かないと――◇地下19階・シリンダー部屋◇さ~~~て――霞は………………………いた。前回までと同じように青白く光るシリンダーの前に佇んでいる。ああして純夏と一緒に居てくれたんだよな―――?シリンダーが空っぽ!?どういうことだ…あ――いや………それよりも、まずは― 「――よう」 「………」ははは、今回は逃げなかったか。 「はじめまして、だな。俺は白銀武だ」 「……霞………社霞です」 「さっきは、いきなりで驚いただろ。ゴメンな?」 「……大丈夫です」微かに表情が動いた。霞とも長い付き合いだからこそ分かる。霞はちょっと困ったような顔してる。本当は驚いたな? 「えっと、今日は来られないと思うんだけど――」 「純夏さんは先程来ました」あら…純夏のやつ、夕呼先生の手伝いで来られないと思っていたが、先に来ていたか。 「そっか。それじゃ霞!これからヨロシクってことで、握手だ!」 「………握手」なんと。遠慮がちにだが、そっと手を差し出してくれた。感動だ… 「お、今度はすんなり握手できたな」 「………」 「あ…悪い。今度は、なんて意味不明だよな」 「気にしていません」 「そっか――これからいろんなことがあるだろうけど、ヨロシクな」 「はい」握った霞の手は小さかったけれど暖かかった。…シリンダーのことは夕呼先生に聞くか―― 「じゃあ俺、夕呼先生に用事があるから行くな?」 「はい……またね」おおっ!!霞からまたねって言ってくれた!素晴らしい進歩だ。 「おう。またな~」◇香月夕呼執務室◇シリンダーのことを夕呼先生に聞くために執務室に移動したところ、夕呼先生はコンピュータに向かい何か作業をしていた。純夏は――ここには居なかった。別の場所で作業しているのかもしれない。 「あら、どうしたの?」 「霞に会ってきたんですけど……隣の部屋のシリンダー、なぜ空っぽなんですか?」前のループまではあアレに入っていたのは純夏だったが、純夏は生きている。だから空っぽなのには頷けるが…空のシリンダーを置いておく理由は無いだろう。 「あぁ、あんたも知ってのとおり、アレには人間の脳髄が入っていたわ」 「――やっぱりそうだったんですか!!ではなぜ空に――」 「だいぶ前に活動を停止したわ――もっとも、生きているのが不思議な状態だったのだから、いつ死んでもおかしくはなかったのだけど」詰め寄りそうになった俺を夕呼先生は制し、何でも無いように告げた。アレに入っていたのは純夏だったんだぞ……… 「社が読み取れたのは恐怖や憎悪の色だけだったわ。他には何も――」 「……純夏では無かったんですね?」俺の問いかけに、夕呼先生は軽く肩を竦める。 「さぁ?とにかく読み取れたのがそれらだけだったから、判断のしようが無かったわね」 「そうですか………?――でも、それじゃ先生の研究が――」 「00ユニットの素体候補なら問題は無いわ。もっとも、あんたたちが来てくれたから必要無くなったんだけど」その言葉に、俺はハッとした。そんな俺を見た夕呼先生はスッと目を細めた。 「あら、それも知っているのかしら?」夕呼先生の言葉に、俺は静かに頷いた。………そうだった。A-01の皆は00ユニットの素体候補でもあった。それにシリンダーの中身が、仮に純夏ではない他の誰かだとしても、もうどうしようもないことだ。誰なのか分からないのは仕方が無い。純夏は今、生きている。――そう割り切ろう。 「――すみませんでした、押しかけて。部屋に戻ります」 「そ。オヤスミ」明日から忙しくなるだろう。気持ちを切り替えて今日はさっさと寝てしまうか。