◇横浜基地◇ 《Side of 武》沙霧大尉が所属不明機と死闘を繰り広げている頃、A-01のブリーフィングを抜け出した俺は、207Bが待機している場所へと急いでいた。 「――何が起きてるんだ……まさか…クーデターじゃないだろうな………」嫌なタイミングで面倒事が起きたもんだ。今は夕呼先生と純夏は帝都に行っちまってるし、前の世界じゃこの時期にクーデターがあったんだ。どうしても嫌な考えが頭をよぎる。――それに今は俺の調子も…って、俺のことはどうでもいいか。そんなことより、今起きてる事は俺の記憶には無い。記憶に無いことが起き始めているということは、いよいよこの世界でも、未来を変えてきたツケが回ってきたってことなのか…そうなると俺の記憶が役に立たなくなってくる。 「………やっぱり、そう簡単にはいかねぇよなぁ――」予想外の警報は久しぶりなので、どこか浮ついた気分だ。ここまでは上手く事を運べていたから少し油断していたのかもしれない。たとえ小さな油断でも、必ず何処かで命取りになる。――それがこの世界だ。この際、これを良い機会だと思って気を引き締めなおそう。グダグダ悩んでても仕方ない。何事も無く片付けば良いんだが……こんな調子で、みんなを護れるのか…?――いや、弱気になるな。護るんだ、必ず。俺が、この手で――◇ ◇ ◇ 「――って状況なんで、強化装備着用で待機してください」 「了解。もし出撃した場合の指揮は――」 「軍曹が執ってください。俺はあっちで出撃しますから」 「わかりました。こちらは任せてください」207Bのところへ行った俺は、伝えられる範囲の情報をみんなに伝えた。――と言っても元々情報が少ないし、隠すようなことは無い。 「じゃあ、俺は戻ります」 「は――」まりもちゃんの敬礼に続きみんなが敬礼したので、俺はそれに答礼してみんなと別れた。あいつ等を見た感じ、多少固くなっている感じはした。それも当然か…戦域が南下してくる可能性がある以上、臨戦態勢で待機しろ――なんて言われたら緊張もする。それでも必要以上に硬くなってる感じがしなかったのは、HSST事件のおかげかな。さて……ヴァルキリーズに戻る前に――ドン――考え事をしながら急ぎ足で目的地へと向かっていたら、廊下の曲がり角で何かにぶつかってしまった。ぶつかった相手を確認しようと、目線を少し下げるとピョコンとウサミミが跳ねた。 「――っと………霞。悪い、大丈夫か?」 「はい――大丈夫です」大丈夫とは言うものの、霞のおでこはちょっとだけ赤くなっている。けっこうな勢いでぶつかってしまったようだ。俺はお詫びにと、霞の頭を撫でてあげた。あぁ――和むなぁ………ナデナデ……ナデナデ……◇ ◇ ◇ナデナデ……………… 「はっ――」撫で心地が良いもんだから、思わず没頭してしまった。あれ…俺、何しようとしてたんだっけ?――あぁ、あの人たちのとこに行く途中だったのか。 「行かなきゃならないとこがあるから、もう行くよ」 「はい――」 「それと……心配すんな。何かあっても必ず護るから――」霞がコクンと頷くのを確認してから、俺はその場を離れた。まだ強化装備に着替えてないし、ちょっと急ぎますかね。《Side of 千鶴》白銀大尉が出ていき、神宮司教官が強化装備の着用を命じたので、私たちは全速でドレッシングルームへと向かった。先程のブリーフィングのときの白銀大尉は、普段とは違って険しい表情をしていた。HSST迎撃作戦のときは普段と変わらなかった人が、今はあんな表情をしているのだから、否応無しに私の緊張は高まった。それは他の隊員たちも同じらしく、白銀大尉が出ていってから、ドレッシングルームで着替えるときも誰も口を開いていない。重苦しい雰囲気が私たちを包んでいる…――ふと、今は別行動を取っている鑑のことを思い出した。もし彼女がこの場に居たら、どういう反応をしているだろうか。いつもと変わらぬ調子で、 「タケルちゃんが居るから大丈夫だよ――」なんて、屈託の無い笑顔で言って場を和ませてくれたのだろうか。………彼女なら有り得るわね。鑑は中途編入ではあったが、この小隊で無くてはならない存在になっていたんだと改めて思った。そんな事を考えていたら、思わず口元が緩んでしまったらしい。そのことを自覚し慌てて引き締めるも、何かと目ざとい彼女に見られていたようだ… 「――思い出し笑い」 「――!ち、違うわよ!」 「やらしいやらしい」 「~~~~~~!!あなたねぇ~~~!」私と彩峰のやり取りで、先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら――すっかりいつもの雰囲気に戻ってしまった。待機命令を受けているのにこの有り様では、小隊長を任されている身として情けない。皆の気を引き締めようと思って、手をはたいて意識をこちらに向けさせようとした、その時――ビーッ!ビーッ!ビーッ!横浜基地に、本日2度目の警報が鳴り響いた。◇司令室◇ 《Side of イリーナ》阿鼻叫喚の地獄絵図……これほど今の司令室の状況を的確に表せる言葉は無いでしょう。昨日未明にあった原因不明の基地施設のトラブルへの対処、復旧、原因究明etc――通常業務に加えてこれらの作業を行っていた所にコレ………正直もう嫌。先程の警報は、横浜基地から20km圏内での戦闘が観測されたためのものであり、それを受け各部隊にスクランブルがかけられた。――スクランブルがかけられた所までは良いのです。そこまでは……しかし、スクランブルを受け出撃体制に入った各部隊の戦術機が、立て続けにシステムトラブルを起こし、出撃不能に陥ってしまったのです。 『――ダメだ…再起動してみるが、これじゃあスクランブルどころか通常出撃だって出来やしない!!』戦術機ハンガーにいる整備士の声からも、事態が切迫していることが分かる。 「いったい、何が起きているの…?」ポツリと呟きが零れたが、それに答えられる者など居はしない。――明らかにおかしい。こう続けざまにトラブルが起きるなんて有り得ない。つい先程、戦闘が観測されたのは、まさに目と鼻の先という距離。もしこのまま出撃できなければ、この基地にも被害が出るかもしれない。 『――こちらA-01、白銀武。出撃します』混乱に陥っている司令室に、突然入った通信。その内容に一瞬、司令室が静まる――一瞬の静寂をおいて、司令室は再び喧騒に包まれ、私も自らの仕事に戻った。 「白銀大尉!――機体に異常は無いのですか!?」 『問題ありません。A-01全機、出撃可能です』 「では出撃してください!他の部隊は――」 『――状況は大体掴めています。そちらは復旧を急いでください。それから――』私に指示を出した彼は、戦闘管制を涼宮中尉に託して出撃していった。この状況の中、白銀大尉は本当に私より年が下なのか、疑いたくなるほどに落ち着いて見えた。◇??◇ 《Side of 沙霧》状況は悪化の一途を辿っている。はっきり言って、最悪だ。 『――戦域が横浜基地の防衛ラインに……!』まず戦域の問題。ある程度の戦域拡大は考慮していたつもりだったが、予想外の要因があまりにも大きかったために、予想以上に拡大してしまっている。かなり南西方向に拡大したために、おそらく国連軍横浜基地の10~20km圏内には既に入っているだろう。そして、もう1つは―― 『隊長!これ以上戦闘が続けば、弾薬も推進剤も持ちません――!!』戦域の拡大に伴い、ここまで戦闘が長期化するとは思っていなかったため、補給等の必要性が出てきてしまったのだ。それに加え、未だ回復しないHQとの通信も気になる。交信出来ん以上、応援も呼べんしな………更には間の悪いことに、強奪された撃震との距離が開いている。マークはしているが、不明機の妨害もあり、一向に近づけないでいた。これまでの戦闘で敵不明機3機に損傷を与え、内1機を墜としたが、撃墜した敵機の調査をしようにも、敵の攻撃が激しいために出来ずじまい。逆にこちらは2機の損耗を出してしまった。どちらも件の不明機にやられたのだが、死者を出していないのは不幸中の幸いと言えるだろう。負傷者は無事な機体数機で辛うじて収容し、その数機を中心に円型陣形で交戦しているが、そろそろ限界だ。補給――いや、せめて負傷者だけでも降ろして、全力で応戦したいところだが、そういうわけにもいかん。 「離脱もさせてもらえんとはな……」何度か帝都方面に離脱するような進路を取ったのだが、その度に回り込まれ撤退もままならんのだ。そのせいで戦域が拡大したと言える。撃震は止まったり動いたりを繰り返し、不明機はその変則移動で我々の行く手を阻む。それを繰り返すうちに、ここまで来てしまったのだ。ここまでの戦闘で、不明機の外見を間近で見ることがあった。その外見は日本製とも外国製とも取れる装甲を纏っており、なんともチグハグな機体だということは分かった。中身に関してだけ言えば、恐らく日本製のモノではないと判断する。敵はかなり高性能のステルス性を有しているが、そんなものを搭載している国産の機体など、噂にも聞いたことがないからだ。聞いたことが無いのは、己の階級等のせいかもしれんが、2個小隊程の戦力に搭載しているとなれば、噂くらい出回ってもおかしくないだろう。 「ますます分からん――いったい奴等は何者だ…?」私は交戦しつつも思慮に耽っていたが、突然の警告音に中断されることになった。警告音を受け、レーダーを広域に切り替え確認すると、新たに機影を10確認した。こちらは識別可能であり、照合結果は“国連軍”。我々が横浜の防衛ラインへ進入したために出撃してきたのだろう。その国連の部隊は、国連所属にはしては珍しく、我々と同じく不知火が配備された部隊のようだ。その10機が接近してくると、我々を攻撃していた不明機は標的を変えたのか、国連軍機へと向かっていった。そんな中、国連部隊から全回線で通信が入った。 『――戦闘中の全機へ告ぐ。諸君等は、国連横浜基地の防衛圏内で戦闘を行っている。直ちに戦闘停止並びに武装解除し、こちらの指示に従え。繰り返す――』それは若い女の声だった。我々に向かって警告してきている。我々はあちらの支持通りにしたいのは山々だが、今武装解除すれば間違いなく所属不明機に狙われるだろう。ならば、あの国連機にこちらの管制名を名乗り事情を話すしかない。そう決めた私は、使い物になるかどうか怪しい、ノイズ混じりの通信機で管制名を名乗った。 「こちらは帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉であります。 まずは、そちらの防衛圏内での戦闘を詫びます。ですが、こちらの事情を聞いていただきたい――」どうだ…?僚機との通信もままならぬ現状で、所属が違う部隊との交信は正直期待できない。――そして、やはり私が危惧した通り通信は届かなかったのか、国連機は先程と変わらぬ警告を続けながら、こちらへ接近してくる。国連機の通信機能に問題は無さそうなところを見ると、やはり我々の機体に何らかの障害が発生していると見ていいだろう。だが、今はその原因を探っている暇は無い。なんとかして我々の事情を説明しなくては―― 「くそ――聞こえないのか!国連軍――応答してくれ!!」私の叫びも虚しく、所属不明機1機が先行して接近していた国連の不知火へと接近していく。あの敵は尋常ではないのだ。何も知らぬまま交戦しては、撃墜されてしまう可能性がある……だが、そのことを伝えようにも通信機能が使えない。何も出来ずに被害を出させるのか………!国連軍など決して好きではないし、“あの時”までは敵であるとさえ思っていた。しかし、それでも彼等には彼等の護るべきものが存在し、それを護るために、私たちと同じように戦っていることは承知していたつもりだ。――それを、こんな戦いで失わせてしまうことは、同じ衛士として許しがたい。にもかかわらず――!!そんな私の思いを嘲笑うかのように、不明機は不知火へ攻撃を開始し―― 「――な、なに――……?!」絶体絶命かと思っていた国連の不知火は、不明機の変則機動から繰り出される攻撃を易々と躱してみせた。そして、その動きの中で容易く不明機に接近すると、短刀による攻撃で瞬く間に制圧してしまった。ズンッ――と不明機が崩れ落ちる。四肢を損傷し行動不能に陥ったようだ。 『――直ちに戦闘を止め、武装解除しろ。従わない場合は――』再び国連機から通信が入ったが、私は今目の前で起きたことが信じられずに呆然とするばかりだった。なんだ、今の動きは…所属不明機の動きですら信じられないものだったが、今の国連機の動きはそれ以上だった。あんな動きを戦術機で出来るなど、考えたことも無い。それを同じ不知火でやって見せただと……?私は夢でも見ているのかとさえ思ったが、副官の声が私の意識を引き戻してくれた。 『――大尉、ノイズが消えています!これなら――』 「なに――?」すぐに機器をチェックすると、その報告通り、先程まで酷かったノイズは鳴りをひそめていた。あの不明機を制圧した途端に回復した……あの機体に何か仕掛けてあったのか?いや………そのようなことより今は、国連軍機へと呼びかけねば――《Side of 武》どういう状況だ、これ…見たこともない機体と、おそらく帝国軍であろう機体が戦闘しているのか?戦域に先行していた俺と速瀬中尉のB小隊だが、識別不明機が向かってきたのでやむを得ず迎撃した。俺は見ていただけだったけど……今しがた速瀬中尉が撃墜した機体に近づいて調べてみたが、なんともチグハグな機体であることは分かった。頭部は撃震のものに類似しているが、所々で差異が見られる。肩部装甲や胴体、腕部や脚部に至るまで、それぞれが様々な機種のそれに類似していた。まるで、寄せ集めの部品を突貫で組み上げたような――そして何よりも、生体反応が無い。速瀬中尉は管制ユニット付近への損傷は与えていない。――ということは、衛士が乗っていない………無人機――?それ以上のことは今ここでは調べようが無いため、気にはなるが機体の検証はこのくらいにしておく。それよりも今は、早急に戦闘を停止させなきゃならない。横浜基地まで20kmを切ってる……ここらで食い止めないと基地にまで被害が出るかもしれないからな。伊隅大尉の呼び掛けに返答がないため、このままだと実力で戦闘停止させることになるだろう。パッと見た感じでもそれなりの数で戦闘をしているようで、見える範囲でもあちこちで爆発やら何やら起きている。これは骨が折れる仕事になりそうだ……そんなことを考えていると、一向に呼びかけに応じなかった一団から、ようやく応答があった。 『――帝国本土防衛軍帝都防衛戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉であります。国連軍機、応答願います』 「――っ!?」――なんで…なんで、アンタがココに居る?!まるで想定していなかった事態に、俺の思考は一瞬フリーズしてしまった。俺が密かに動揺している内に、伊隅大尉が沙霧大尉の返答に応じた。 『こちらは国連軍横浜基地所属、伊隅大尉だ。直ちに戦闘を――』 『そちらの防衛圏内で戦闘行為を行っていることは詫びる。だが、我々の話を――「沙霧大尉……」――っ!?』フリーズから立ち直った俺は、思わず伊隅大尉と沙霧大尉の通真に割り込んでしまった。それは咄嗟の行動ではあったが、面識のある俺が応対した方が、話が纏まりやすいのでは…と思った上での行動でもあった。 『その声――白銀武!君か――?!』 「はい――再会を喜びたいところですが、それどころじゃないですね」 『あぁ……そうだな。まずは事情を説明したい。宜しいか?』 「はい。ですが、出来れば手短にお願いします」 「承知した――」沙霧大尉からの説明を聞こうと、彼等に接近しようと機体を進めた。すると、沙霧大尉たちに攻撃していた所属不明機は攻撃目標に俺たちも加えたのか、こちらにも攻撃を仕掛けてくるようになった。速瀬中尉に仕掛けてきたときの動きを見た感じだと、それなりにイイ動きをする敵のようだった。だけどまぁ…所詮あの程度、ヴァルキリーズの敵じゃない――◇ ◇ ◇沙霧大尉から説明を受けていた、わずか5分あまり。それも不明機との戦闘をしながらの説明だったが、大体の状況は掴めた。とりあえず、クーデターじゃなかったことには安心したけど……キナ臭い事件だってのは同じか。その説明後の沙霧、伊隅両大尉との短い協議の末、とにかく今は負傷者の収容が先と判断。そこで宗像中尉と柏木を、負傷者を乗せている帝国軍の不知火3機の直援に回し、後退させることにした。 『すまない……感謝する』 「いえ――」負傷者を乗せた帝国軍機が先行し、それを直援の2機が殿となって後退する。横浜基地にはその旨を伝えてあるから、収容位置に衛生兵を待機させるだろう。 『――行きます』 「それと、戻ってくるときに補給物資を持ってきてもらえます?」 『了解。では――』宗像中尉の不知火は、こちらに向かって軽く手を上げ、帝国軍機の後ろについて後退していった。ここから基地まで10kmちょっと。何事も無いと良いんだけど……万が一、向こうで何かあった場合に備えて手は打ってある。彼女たちを信じよう―― 『では、我々はここで後退を援護する。1機たりともここから後ろには通すなよ!』 『『了解!!』』気持ち良いくらいに揃った返事に、彼女たちが頼もしく思えた。 『白銀大尉――奪われた撃震は我々で抑える。そちらは不明機を頼めるか?』 「はい。その方が良いでしょう――色々とネガティブに取られないためにも」 『あぁ――』なんとなくだけど、沙霧大尉と俺は考えていることが同じのような気がする。撃震を強奪させ、不明機を用意して追撃部隊と戦闘させる。そして戦域を拡大して、横浜基地も巻き込む。そこを米軍によって制定させて、米国の復権の足掛かりにしようってか?帝国上層部に巣食ってる連中が考えそうな計画だな。悠陽の声明があった後だし…――となると、この後米軍が出てくる可能性がある……?それに、もしそういう計画なら帝都周辺で暴れた方が、効果がありそうなもんだけど…こっちの方まで戦域を広げる必要はないだろう。沙霧大尉の話じゃ、撃震も不明機も追撃部隊をこっちに誘導するような動きだったらしい。だけどまぁ、確認している限りじゃ敵さんが撃震が5機に、不明機が8機。沙霧大尉たちが1機、速瀬中尉が2機撃墜しているから、不明機は10機もいたことになる。何があるか分からない以上、まだまだ予断を許さない状況だ。 (っ――!!)――?………なんだ、今の…一瞬だけだったが、鋭い痛みがこめかみを貫いた。そして確信めいたものが脳裏をよぎる。まだ………他にも、敵がいる――?《Side of 晴子》 『06(柏木)は先行。後ろは私が――』 「了解です」横浜基地までの護送を命じられた私と宗像中尉は、護衛対象を真ん中にした縦型の陣形で基地へと向かっていた。色々と、不明な点が多い今回の任務だけど、軍人であるからには任務はこなさなきゃいけない。基地まで10kmを切った。ほんの数分だけど気を引き締めていこう。護送の後は、また戻って戦闘になるだろうしね――先月の新潟のときみたいに、油断してピンチになるのはゴメンだよ。――そういえば、他の部隊の戦術機がシステムトラブルで出撃不能になっているのに、どうして私たちの機体は大丈夫だったんだろ?考えられるとすれば、やっぱりOSかな。正規の部隊で、新OS“XM3”が配備されてるのは私たちだけ。XM3は、他の部隊には配備どころか、まだ公表すらされてないはず。他の部隊との違いって言ったら、XM3と隊員の秘匿事項が多いことくらいのはず。それなのに…ビーッ!ビーッ!ビーッ!考え事の途中(また考え事しちゃってたよ……まだまだだなぁ…)で、突然アラートが鳴った。 「ロックオン警報――!どこからっ――!?」 『――06!10時方向!』 「――っ!!」宗像中尉の示した方角を確認すると、新たに3つの機影を確認。敵さんは既に、こっちを捉えてたみたい――護衛対象は咄嗟に回避機動に入り、宗像中尉がそれの前に出ようとしている。私は機体を更に前に出して敵機を捕捉した。敵機までの距離はおよそ3km――このくらいの距離、当ててみせる!!だけど、敵さんも良い動きをしてる。移動しながらじゃ、ちょっとキビしいかな~~… (――けっこう速いね……!でも――)攻撃を回避しながらの精密射撃には限界がある。そこで私は、片膝をついた狙撃体制を取った。 『柏木!無理に狙わなくて良い――今は……!』 「――ここで食い止めないと!基地まで10km無いんですよ!?」言いながらの狙撃で、敵1機を行動不能に。そして、こちらに突っ込んでこようとしていた残る敵機の動きを鈍らせる。 『………ったく――私が援護する。お前は狙撃で仕留めろ――!』一瞬だけ厳しい表情をした宗像中尉だったけど、ニヤリと笑って迎撃行動に入ってくれた。横浜基地の防衛設備が万全じゃない今、敵機を近づけさせるわけにはいかない。私の狙撃の間に、満身創痍の帝国軍機は後退を再開。それに伴い、私も移動しながらの迎撃に入った。敵機もそれを追う動きをするけど、宗像中尉と私の射撃で何とか足止めする。最初の狙撃で1機削って良かった――3機を相手にするのは、さすがにキツイ。あの程度の機動、白銀大尉の機動に比べればなんてことないけど、やっぱり実戦と訓練は違う。――っていうかさ、 「なんでこの距離で敵が出て来るんだろ……」 『――確かにオカシイな。この地点で新たに敵機が出てくるとは思わなかった』 「ですよね。基地のレーダーに見つからないように潜んでられるなんて…」 『あぁ――厄介な相手だ…っ!』宗像中尉が動きの鈍っていた不明機に接近して長刀で斬り伏せた。これで残るは1機。後退しながらではあるけど、敵国軍機も援護射撃をしてくれているから、楽に片付きそう。気付けば、基地まで残り5kmを切ろうとしていた。――危なかった……これ以上接近されたら、基地に被害が出ちゃう。 『さっさと墜として後退するぞ――まだ向こうの戦闘は続いているんだからな』 「了解!」宗像中尉の言ったとおり通信からも、まだ白銀大尉たちの方の戦闘は継続していることが伝えられていた。不明機の数は徐々に減らしているみたいで、撃震の鹵獲もまだ2機だけだが、制圧したと報告が入っている。 『――ヴァルキリーマムより、ヴァルキリー03。第1格納庫にて負傷者収容の準備が完了。同じく補給コンテナの用意も出来ています』 『――こちら03、了解』 (ふぅ………ここを切り抜ければ、あとは全速で基地まで後退できるね――)私は、涼宮中尉から諸々の準備が整ったことを知らせる通信が入り、少し気を抜いてしまったんだと思う……――だから、後退する護衛対象がロックオンされていることに気付くのが、ほんの少しだけ、それでも致命的に遅かった… 『――ぐっ!………がぁっ――!?』進行方向(横浜基地方面) 左側から出現した敵を迎撃するために、私たちも左に展開していた逆を突かれた。がら空きの右側面からの砲撃により、護衛対象1機が被弾。跳躍ユニット及び脚部を損傷した様で、移動速度を殺しきれないまま地面に激突。沈黙した。 「なっ!――どこから!?」 『バカな……囲まれた、だと――!?』護衛対象に損害を出してしまったことにショックを受ける暇も無かった。砲撃してきた相手を探そうとレーダーに目をやると、そのレーダーに次々と赤い光点が増えて行く―― 「――え…なに、これ………?」新たに現れた敵機は、横浜基地から約5~6kmのところで、放射状に展開している。その数、全部で11機。ここに来て、再び新手に遭遇するなんて…… 『ち――!06は無事な2機を連れて全速で下がれ!私が殿をやる――!!』 「り、了解!!」 『03より、00及び01へ――敵の新手が再び現れました!救援願います!』宗像中尉は私へ支持を出した後、伊隅大尉たちへ救援要請を出した。 『こちら01――既にそちらにB小隊が向かっている!』 『――了解』宗像中尉は冷静に状況を判断して伊隅大尉に報告していた。それにしても、白銀大尉と速瀬中尉が既にこっちに向かってくれてるとは…素直にありがたいよ。これだけの数を相手に戦闘しつつ後退すれば、ほぼ間違いなく基地を戦闘に巻き込む。そういう位置での接敵だから――◇帝都◇ 《Side of 夕呼》 「――ふ~ん、今はそんな状況なわけね」 「みたいです」帝都に滞在中にこんなことが起こるなんてね。私は今、とある管制室に籠って鑑に情報を集めてもらっていた。帝国軍基地から戦術機が強奪されたとかいう情報が入ったときは、面白いことが起きたわ~なんて思っていた。それが、よもやこんな事態にまで発展するとは。 「……で、これの本当の狙いは――」 「はい――間違いなさそうです。囲まれちゃってますし」 「そう。あの娘たちだけで大丈夫そう?」 「外は大丈夫だと思います。それより中の方が大変そうですよ?」なるほど。それもそうかもしれないわね。昨日の時点で、鑑が向こうに居ればもっと早くこの件は終わっていたでしょうしね。もっと言えば、この件が起きなかった可能性すらある。――ったく、連中も粋な事してくれるじゃないの。外堀を埋められないからって、いきなり本丸を狙ってくるなんて。ふふふ――これを期に徹底的に叩いておけば、今後の愁いも一掃出来そうね。用意してた計画が失敗して焦ったのかしら……ま、私たちの計画を邪魔して、ただで済むと思わないことね。第5計画なんかを考えたことすら後悔させてやるわ。 「鑑――ちょっと手伝ってあげなさい。外はほっといてもアイツが居るから大丈夫でしょうし。中の方をね」 「分かりました!それじゃ、パパーっとやっちゃいます!」 「えぇ、お願い。私は作業を再開させるから」 「は~~い」鑑が手を貸せば、今回の騒ぎは解決したも同然。私がやれることも今回は特にない。信頼するに足る部下が居るから、安心して任せられる。頼んだわよ、白銀――◇横浜基地周辺◇ 《Side of 美冴》マズイな……こちらに向かってくれているB小隊――白銀大尉と速瀬中尉が来るのは速くても数分かかる。私たちは基地に引くわけにはいかない。私たちが引けば基地が巻き込まれてしまう。しかし、柏木は善戦しているが、何よりも護衛対象がもう限界だ。この不明機たち、基地に向かおうとしているのか?………そういう動きをする。 『――中尉!4時方向、2機……抜けようとしてます!!』 「!…ち――」考える暇もないとは――ここを突破させるわけにはいかない。護衛対象だけでなく、後ろには私たちの帰る場所――家があるんだ。絶対に行かせない――故郷を…今度こそ…… 『――帝国軍機、被弾!大破ではありませんが、戦闘継続は無理なようです!!』 「……!」 『中尉――このままでは……!』 「――解っている!!」思わず怒鳴ったことで、自分が取り乱しそうになっていることに気が付いた。何をしているんだ、私は。こういうときこそ冷静にならなければいけないというのに…こんなことでは、自分だけでなく回りも危険に晒してしまう。落ち着け―― 「……く………」だが、落ち着いて状況を把握してみると、今自分たちが置かれている状況が、どれほど過酷なのかということを再認識するだけだった。 (――どうすれば……どうすればいいんだっ!?)完全な手詰まりに思えてしまった私は、対応が遅れてしまう。その一瞬の迷いが、致命的なミスを生むのも、戦場だった…… 『――敵機、抜けます!』 「っ――しまっ――……!」無常にも、防衛の隙を突かれ、敵機が私たちの防衛ラインを抜けて行く。――ダメなのか……?このまま黙って、基地が巻き込まれるのを見ているしかないのか?そう考えてしまったとき――故郷の美しい風景が、炎の中に消えていく光景が蘇った。その光景が、横浜基地やかけがえの無い仲間たちの影と重なって―― 「っ!――ぁ、あぁぁぁぁぁ……!!」 『――!?中尉!?』 「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」 『――応答してください!宗像中尉!!』柏木の声が遠くに聞こえる。それに応える余裕は、今の私には無い。後にして思えば、錯乱状態に陥ったのは、後にも先にもこの時だけだったと思う。 「行かせるかぁぁぁぁ!!」 『中尉!!無茶しないでください!宗像中尉!!』抜けていった3機の不明機を追撃する。水平噴射跳躍で一気に間合いを縮めようとするも、3機の内2機が私の行く手を阻む。2機は連携して私の足止めをするように展開。 「邪魔だっ!!!」突撃砲(と思われる装備) で攻撃してくるが、その程度――当たるはずが無い。攻撃を避けざまに敵機をロックオン……突撃砲を斉射。1機は撃墜したが、そこで弾切れ。リロードしている時間すら惜しい今、私は突撃砲を捨ててもう1機へ突撃する。 「――そこを、どけぇぇぇぇぇぇ!!」追加装甲を正面に構えて体当たりし、敵機がバランスを崩したところへ短刀で攻撃を加える。撃墜した敵機が崩れ落ちると同時に、追加装甲を排除し刺した短刀もそのままに、最後の1機を追う。 「――……っ!」しかし、僅かな時間ではあったが、足止めされていた分だけ離されてしまった。そして私が防衛線を放棄して追撃したために、次々と敵機が進行してくる。柏木だけでは到底押さえきれる数では無い。それは必然だった。たとえ前の敵機に追いついたとしても、他にも抜けられてしまっては、確実に横浜基地は被害を受けるだろう。 「私は……っ――!」最大戦速で追いかける不知火と、逃げる敵機の差は少しずつ縮まってはいるが、私は射撃兵装を捨ててしまっている。残っている武装は、背負っている長刀1本と左腕に格納されている短刀のみ。敵機を倒すには接近するしかない。追いかける不知火が、先を行く不明機へと届かぬ手を伸ばす。届くはずが無いと分かっていながらも、敵を止めようと――――その瞬間…その不明機の頭部が吹き飛び、続いて腕部、脚部と次々に吹き飛んだ。四肢を失った不明機は成す術無く、地面へと沈む。何が起きた……?咄嗟にレーダーを確認するが、付近に機影は無い。だが、戦域マップを最大にすると機影はあった。横浜基地の敷地内に、“UN207sqd”そして“JE RG19fli”という表示が――