12月1日 (土) 午前 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 慧》 「昨日はしてやられたが、次は負けぬぞ――」御剣が何やら気合を入れている。昨日負けたのが、よっぽど悔しかったみたい。 「惜しかったよね~~。結構イイところまで行ったと思ったんだけど…」 「そう簡単に勝たせてはくれるわけ無いわよ……」 「でもでも、御剣さんと彩峰さんが攻めたときは惜しかったよ!」惜しかった、のかな………軽くいなされた感じだったんだけど。視界が悪い中で、まぁよく動けたとは思ったけど、相手が一枚くらい上手だった。粘り負けした感じ。XM3搭載型って言っても、相手は撃震。任官するまでには勝てるようになっておきたいよね――任官して配属される部隊が、XM3を使ってくれてると嬉しいけど…そうじゃなかったら、どうなるかな?――ま、それは今考えることじゃないか。 「――よし、全員シミュレーターに搭乗しろ!」 「「了解!」」神宮司教官の号令がかかった。そういえば昨日の模擬戦の前、教官は妙に嬉しそうだった。なんだったんだろ……午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》 「――用意できました?」管制室に陣取っている俺は、各シミュレーターに通信を入れた。 「はい――宜しくお願いします。武殿」 「「よろしくお願いしま~す!」」今からの訓練は、A-01でも207でも無い。この基地にいる人間で、俺のことを“武殿”なんて呼ぶのは1人しかいないから、分かると思うけど。 「突然の申し入れにもかかわらず、お請けして頂き有難う御座います」 「そんな固いこと言いっこなしですよ、月詠さん」 「――はい」そう――今日の訓練は、帝国斯衛軍第19独立警護小隊に所属する4人の衛士――月詠さん&3バカだ。なんでこんな事になっているかと言うと、まぁ…なんだ……端的に言うと上司の命令なんだけども。昨日の昼過ぎに、帝都に行ってたはずの上司が現れ、 「武御雷にXM3載せるから、アンタ教導してやんなさい」――と言い残し、純夏が用意したらしい武御雷用のデータを置いて居なくなってしまった。また帝都に戻るって言っていたけど、向こうで何してるんだか……ま、言われたことはキッチリやりますけどね。 「特性については、午前中に説明した通りです。最初は戸惑うと思いますけど、慣れると旧OSは使いたくなくなりますよ」 「それほど変わるのですか…これは気を引き締めねばなりませんね」 「じゃ始めます。最初は好きに動かしてみてください」 「「――了解」」この世界では、俺の階級がそれなりだということもあってか、みんなに教える立場になることが多い。俺の稚拙な説明では物足りないだろうけど、なんとかやってこれたつもりだ。でも、俺の下手な説明を聞くより、実際にやってもらった方が効率良いんだろうな…ボンヤリとそんなことを考えながら、初めてのXM3に悪戦苦闘する月詠さんたちを見守った。◇ ◇ ◇さすが斯衛というかなんというか。午後イチで始めてから数時間足らずで、それなりに使えるところまで来てしまった。俺の周りの人たちは、どうしてこう――…軽く凹むぞ……そーいや、明日には実機のOSも換装終了するって言ってったっけ。この調子なら、すぐに実機でも問題ないだろう。武御雷相手に模擬戦とかすんの?やだなー………どうせなら冥夜たちと戦ってもらうのもアリかな。お互いにいい刺激になるだろ。武御雷かぁ~~~……憧れるよ、やっぱり。格納庫のアレ…冥夜が使わないなら俺に使わせてくんねぇかな?ははは……ムリか。俺…大丈夫か?こんなんで――夜 ◇?◇ 《Side of 純夏》 「――これの通りにやればいいんですね?」 「えぇ――リミッターも外しちゃって。そんなもの必要ないから」テキパキと指示を出す香月博士を眺める私。…あれ?私、ここに居る必要ないよね?データは渡したんだから、あとは組み上がるまで出番ないじゃん。作業工程からチェックして無駄を省けって事なんだろうけど、うん――暇だね。現在進行形で暇。部品は流用するのが多いから、新規分のが出来てくるまですることがないよ……私と博士で何度も見直してるから、設計段階でのミスは絶対に無いから大丈夫だし。でもホントに24時間、フル回転で作業してくれるとは思わなかったよ。さすが悠陽さんって感じ。あんな凄い人も惹きつけちゃって、タケルちゃんどうする気だよ……… 「――鑑」 「……ほぇ?――あ、香月博士」 「ボケッとしてないでよ、忙しいんだから。あそこの技師が、聞きたい事があるって言うから行ってきて」 「は~~い」あ~~…ビックリした。暇だと思ってたから油断してたよ。ボケッとしてると、また怒られるかもしれないね………リーディングを使って、ヘルプが必要なとこ探して手伝おうかな。そうすると、やっぱり忙しいかも……とほほ。12月2日 (日) 朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 美冴》今朝の横浜基地はいつもとは違い、何処か慌しい。未明から基地機能の一部にトラブルが発生したとのこと。――と言っても、大した問題ではなかったらしく、各職員らの尽力により復旧も時間の問題だそうだ。 「――珍しいこともあるものだ」 「そうですわね。ですが、問題が無さそうで何よりですわ」PXまでの道すがら、いつものように祷子との他愛も無い会話を楽しんでいた。 「副司令が居ないときに面倒事は勘弁願いたいな」 「えぇ。それで美冴さん――今日はどのように過ごします?」 「あぁ――そうだな……」特に何も考えていなかったので返答に窮してしまった。歩きながら少しばかり考えてみたが、すぐには思いつきそうに無かった。 「食事しながら考えよう――考えて無かったよ」私の返答に、口元に手を当て微笑む祷子は実に可憐だった。この笑顔につい見惚れ、祷子が早飯喰らいだということを失念していたのは見逃してもらいたい………結局、食事中には何をするか決まらなかった。とりあえず、午前中はPXでお茶を啜りながら談笑に現を抜かした。こんな日があっても良いだろう――たまにはな。午前 ◇横浜基地・グラウンド◇ 《Side of 武》今日は休日。なので、朝食の後から行く当ても無くブラブラと、基地の中を歩き回ってみたわけだが… 「――やることねぇ………」こういう時に限って、誰にも会わないんだよな。朝は霞が起こしに来てくれたから、そのまま一緒に飯を食った。その後、霞と別れてから今まで誰にも会ってない。基地は何かトラブルがあったとかで、それなりにバタバタしてるにもかかわらずだ。基地の中は慌しいわ、誰にも会わないわで、な~んか寂しくなったので外に出ることにした。そんなこんなでブラブラとしてると、いつの間にか訓練兵時代に使っていたグラウンドに出てきていた。 「……………」寒空の下、グラウンドに1人ポツンと佇んで俺はいったい何をやってるんだろう………いつもなら純夏が乗り込んできて、騒いでるうちに1日が終わっちまうんだけど、その純夏は今はいない。――ったく、アイツは何をやってんだか。俺にも言えない用事ってなんだよ…… 「はぁ……」本日、もう何度目か分からない溜息。1人でいると更に沈んでいきそうだ。いつも周りが騒がしいだけに、とてもすごく極たまに――今みたいに静かになると妙に落ち着かないというか、寂しいというか………いやいや――寂しいっていうと語弊があるな。寂しいんじゃなくてだな、こう……暇なんだよ。うん。 「タケル――?」 「んぁ…」不意に声をかけられ、そちらを向くと冥夜が立っていた。久しぶりに (――って言っても2時間くらいだけど) 人に会った。誰かが傍に居る。それだけで俺は嬉しい… 「どうしたのだ、こんなところで?」 「あ~~……ブラブラしてたら、いつの間にかな」 「ふふ――確かに、休日の過ごし方は自由だが――」シニカルな笑みを浮かべる冥夜。くそー…反撃してやろうと思い、冥夜に同じ質問をしてみる。 「そう言うお前は何でここに?」 「ん?いや何――自主訓練でシミュレーターを使わせてもらおうと思ったのだが、今朝のトラブルのせいで使えぬそうなのでな。今日は走り込みでもと思ったのだ」 「そ、そうか……」意趣返しのつもりだったが、反撃させてもらえなかった。それにしても…休日までトレーニングしてんのか。相変わらずだな、冥夜も。走り込みか………それも良いかもしれないな。初心に帰るっていうか、そんな感じで。 「――なぁ、俺も一緒に走っていいか?」 「ん――私は構わぬが、そなたは……」 「固いこと言うなよ。なんか言われたら俺が言い返してやるからさ」 「分かった。ならば走るとしよう」◇ ◇ ◇こうして冥夜と走るのは、前の世界の訓練兵んとき以来か。懐かしいな…主観では、ホンの数ヶ月前の出来事なのに懐かしく感じる。俺は――ちゃんと未来を変えられてるよな………前の世界じゃ、11月の新潟防衛線とクーデターで、A-01から戦死者を出したらしいけど、今回は誰も死んでいない。でも、これからが本番だ。佐渡島や横浜基地、カシュガルでの激戦が待ってる。そうだ――トライアルもあるんだよな……今度は絶対に―― 「…ケル――タケル――?」 「――ん……どうした?」 「いや――何やら、難しい顔をしていたのでな。っ――どうしたのかと、思ってな」どうやら顔に出てたらしい。あー……初心に帰る、とか言っといて全然できてねぇや。――というか冥夜のヤツ、俺の顔を見る余裕があったのか。 「――お前らの訓練の内容を考えてたんだよ」 「ほう――?」 「かなり動けるようになってきたからな~~。もっと厳しくしても良いんじゃないかと思ってね――」 「なっ――!?」驚いた冥夜がバランスを崩し、少しだけよろめいた。そんなに驚かなくてもなぁ……とてもすごく極たまに、まりもちゃんも驚くくらいキツイ訓練させることもあったけど。 「ははは――冗談だよ。あ、お前らが強くなったのは本当だぞ?」 「く……」 「んなことより、ほら――置いてくぞ~!」 「あ――タケル!!」よろめいて少しだけ離れていた冥夜が再び速度を上げ、俺に追いついてきた。それからしばらく、俺たちはたまに会話をしながら、けれど休まずに走り続けた――◇ ◇ ◇ 「――っはぁ……はぁ………っ――」 「はぁ――はぁ―――はぁ~~~~~~……」どのくらい走ったのか。それも分からなくなり、体力的にもキツくなってきたところで、俺たちは走るのを止めた。冥夜は膝に手をつき、肩で息をしている。俺もそれなりに息を乱しているが、長年――というと変か?――鍛えてきた身体は、まだ大丈夫そうだった。 「っ……そなたは――まるでバケモノ、だな……」 「――んぁ?…っふぅ――はぁ……」 「あれだけ………走ったにも――かかわらず、もう…息を整えて、いるではないか……」 「ま――これでも、一応は正規兵だからな……ははっ――情けないところは、見せられないだろ?」 「それは――そうかも、しれぬが……はぁ――はぁ――っはぁ――」まだ呼吸を整いきれてないが、かなり落ち着いてきた様子の冥夜。今だって、休日の自主トレなのに、装備を担いだりしてない分、訓練以上の距離を走ったはずだ。それなのに、冥夜はもう回復してきてるんだから、冥夜だって十分凄いと思うんだけどな…それからしばらくグラウンドに座り込んで休憩をしていたら、腹が減っていることに気が付いた。そして昼飯に丁度良い時間みたいだ。けっこう走ったんだな………まぁいいや。腹減った――1人で食っても味気ないし、冥夜を誘ってみるか。 「なぁ――汗流してメシ食いに行かないか?」 「賛成だ。あれだけ走れば腹も減る」そう言うと冥夜は、さっと立ち上がり手を差し伸べてきた。俺は冥夜のそんな行動に少し驚いたが、笑顔で頷きその手を取った――午後 ◇横浜基地・ハンガー◇ 《Side of 真那》私は今、OS換装作業中の我が愛機を見上げている。突然の通達で驚きはしたものの、例のモノの噂は聞き及んでいたので以前から興味はあった。なので、XM3を斯衛軍で導入するにおいて、先行してXM3を搭載した武御雷のデータを収集せよ――との通達を受けたときは嬉しく思った。それに加え、私たちの慣熟訓練のサポートに、開発者である武殿が付いてくださるということを踏まえると、まさに願ったり叶ったりである。 「――悠陽様と冥夜様を御護りするために、この力…使いこなしてみせる――」そのために少しでも長くシミュレーションなり、実機なりで訓練したいところであった。だが、今日はこの基地で何らかのトラブルがあったらしく、今朝からシミュレーターが使用できなくなっているのだ。なんともタイミングの悪いことだが仕方ない。それに、シミュレーターが使えなくとも出来ることはある。これからは武殿と頻繁に顔を合わせることになるのだ。大変喜ばしいことであるが、それに感けて恥ずかしいところはお見せするわけにはいかない。気を抜かぬようにしなくては――そのようなことを考えながら、私はハンガーを後にした。夕方 ◇帝都・帝都城◇ 《Side of 悠陽》 「――……」自室の窓から遠くの街並みを眺める。夕映えの街は美しく、されど何処か儚く見える。 「私は――自らの行いで、民を危険に晒すところだったのですね………」民のない国など在りはしない。国とは民の心にあるもの――将軍とは、民の心にある国を映すもの。つまりは、国の象徴。そのような立場にある私が、国を……民を蔑ろにするなど言語道断。私は自覚、というものが欠如していたのでしょう。以前の私の行動を思い返すたび、忸怩たる思いです。あの時――武殿が居てくれなければ、クーデターが起き、流されなくてもよい血が大量に流されていたでしょう。 「私のために、人類の護りたる彼等が血を流すなど………」考えただけで身震いしてしまう。また、護るべき民を傷つけることがあってもなりません――数日前、天元山の火山活動が活性化したために、付近の住民を強制退去させ、難民収容所へ移送するという話を耳にしました。これは帝国軍の、災害派遣部隊による救出作戦と言えば聞こえは良いのでしょう。ですがその実、拉致に近い方法での移送が行われるところでした。当然ながら、そのようなことを許すわけにはいかぬので、その作戦内容の変更と共に、私が一筆したためたものを部隊に持たせ、それを住民に提示して勧告するものとしました。私の名で書かれたものであれば、手荒な手段を講じずとも、作戦の遂行は可能だと判断した故の策でした。作戦後の報告で、全員を無事に避難させることが出来たと聞かされた折には、安堵したものです。今回は私の耳に偶然入ったから良かったものの、もし過去にも同じようなことが行われていたとしたら……そう考えるとゾッとします。 「――精進せねばなりませんね」この国を、民を護るために――12月3日 (月) 午前 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 茜》 「最近さ、ハイヴ攻略戦のシミュレーション多いね」 「そうだね。でも模擬戦もやるじゃない?」 「うん。その2種類を繰り返してやってるよね」訓練の合間の休憩時間、今は訓練兵時代からの友人たちと話している。 「ハイヴに行ってきなさい!――って急に言われたりしてね~~~。副司令にさ」 「絶対にあり得ないって言えないのが恐いね………」 「「うんうん――」」副司令だって、さすがにそこまで鬼じゃないと思うけど。…たぶん。でも晴子の言うような命令が、いつ来ても良いように備えておくのは大事だと思う。BETA相手の訓練はシミュレーターでしか出来ないけど、一応11月初めに対BETA戦は経験しているから、地上での戦闘の感じは掴めている。けど……実際のハイヴ攻略戦は、新潟防衛戦の比じゃない――っていうのは理解してるつもり。シミュレーター訓練で、もう何回撃墜されたのか分からないくらいだし。 「そういえば最近、白銀大尉が訓練に参加すること減ったよね?今もいないしさ~~」 「…ふ~ん――茜、寂しいの?」 「んなっ!?そ、そういう意味じゃないってば!」ふと思ったことを口に出してみたら、思わぬ攻撃が来た。予想外の突っ込みが来た方向を見ると、晴子がイジワルな笑みを浮かべていた。慌てて否定してみたものの、効果は期待できない……… 「ホントに~~~?」 「――っていうか、晴子だって白銀大尉のこと気にしてたじゃない」 「あはは――だってさ、あの人調子良くないって言ってたでしょ。それで訓練やってないんだし……気になるよね?」 「ム~………」飄々と答える晴子。大して反撃にならなかったみたい。余裕があるというか、何というか――なんか悔しい。 「まぁまぁ――」 「ああああ茜ちゃん落ち着いて~~~」 「――まずはアンタが落ち着きなさいよ」私の顔を見た多恵たちが苦笑しながら仲裁に入ってきた。なんでか知らないけど多恵は慌ててるし…そんなこんなで、白銀大尉の話題を続ける雰囲気ではなくなってしまった。でも、みんなが白銀大尉を気にしているのは間違いないと思う。速瀬中尉みたいに倒したいとか、リベンジしたいとまでは行かなくても、いずれは追いついて、そして追い越したいと思ってる存在でもあるし、最近は――その………ゴニョゴニョ。とにかく!あの人には早く戻ってきてもらって、ちゃんと指導して欲しいな。伊隅大尉や速瀬中尉も強いんだけど、それとは違った強さなんだよね。何が違うのかは分からないんだけどさ……それを知るためにも、早く復調して訓練に参加するか、そうじゃなくても管制室に居て欲しいんだけど。何処で何をやってるのやら………あの天才衛士は。午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》はい。午前中に引き続き、月詠さんたちの訓練に付き合ってます。 「――午前の実機で、大体の感覚は掴んでもらえたと思うんで、さっそく戦闘シミュレーションやってみましょうか」 『は――』XM3の慣熟訓練を始めて3日……まだ3日目。たった3日。午前中、換装が終わったばかりの武御雷で演習に出ていた月詠さんたちを見たところ、それなりに慣れてしまったようだった。昨日シミュレーターを使えなかった分、マニュアルで特性を頭に叩き込んでいたらしい。それなら訓練内容を繰り上げて、戦闘機動での新OSの感触を掴んでもらおうと考えた。 「とりあえず現状での全力で行ってみて下さい。俺がログとパターンをチェックして、アドバイス入れてきますから」 『『――了解』』 「じゃあ始めます。ご武運を――」そしてシミュレーターを機動させた。戦闘シチュエーションは、市街地での対戦術機戦闘。となると仮想敵が必要になるわけで……月詠さんたちの記念すべき?第1回目の仮想敵は―― 『!?――この吹雪は――!!!』 『『ま、まさか――!?』』ニヤリ…こっちの世界の月詠さんと3バカの驚く顔は新鮮だ。さぁ~~て、どんな結果になるかね。◇ ◇ ◇ 「――お疲れ様でした」何回目かの戦闘が終了したところで、シミュレーターから降りてきた月詠さんたちに感想を聞いてみた。 「慣れれば慣れるほど、凄さが身に染みてきます……」 「「――」」月詠さんの言葉に、3バカたちも同意するように頷いた。初めのうちは4人とも、ウチの教え子たちの機動に振り回されていたが、俺のアドバイスを受けるとすぐに修正し、自分なりに昇華させていた。シミュレーションの結果は、初回こそギリギリで引き分け (月詠さんたちに言わせると負けだそうだ) だった。だけど、回数を重ねるごとに衛士の経験値と機体性能の差が如実に現れ、アイツ等のデータを相手にも引けを取らなくなった。 「でも、さすがですよ。もうアレだけ使えるんですから」 「ありがとう御座います。ですが……まだまだです」 「まだ始めてから3日目なんですから、焦らずジックリ行きましょう」 「はい――今後もよろしくお願いします」――って言っても、この分ならすぐに慣熟しちまうだろう。尤も、この基地に駐留している月詠さんたちは、シミュレーターやら演習場やらの使用時間が限られてしまう。だから多少は訓練のペースが落ちるだろうけど、今日の訓練を見る限り、そんなハンデは無いにも等しい。恐れ入るよ、斯衛の練度には…… 「――それはそうと、仮想敵はどうでした?」俺がそう聞くと、月詠さんは困ったように苦笑した。 「正直に申しまして……予想以上でした」 「そうですか――ははは、それは良かった」 「本格的な訓練に入ってから、半月足らずの衛士の操縦とは思えませんね」よっぽど驚いたんだろう――月詠さんは苦笑から一転、真面目な表情にはなったものの口調は少し興奮気味だった。あの沙霧大尉をも圧倒した月詠さんに、ここまで言わせるようになるとはね……指導している身としては鼻高々だ。 「我々もXM3を搭載していて、その特性を理解していたからこそ、初めは縺れましたが、そうでなかった場合は完全にやられていたでしょう……」 「まだまだ伸びますよ、アイツ等は――」 「我等も負けてはいられませんね」――と不適に笑う月詠さんは、傍から見てもヤル気に満ち溢れているのが分かった。ほんと、俺の周りは負けず嫌いの人が多いなぁ……夜 ◇美琴自室◇ 《Side of 美琴》今日、父さんからまた荷物が届いた。父さんが何の仕事に就いているか分からないけど、こうして荷物が届くって事は、ちゃんと生きているってことなんだと思っている。 「でも――よく分からないお土産ばっかり送ってくるのは止めて欲しいかな……」今回送られてきたのは、ちょっと大きめのモアイ像。小さい子供の頭くらいはありそうな大きさだ。それを何気なく眺めていると、その像の中央に、目立たないように線が入っているのを見つけた。なんだろうと思い、その線を指でなぞると胴体の上半分が微かに浮いた。そのまま引き上げてみると、上半分は蓋のように外れてしまった。その中は―― 「またモアイ像………?」中は空洞ではなく、半分に割れたモアイ像よりも一回り小さいモアイ像が入っていた。なんとなくだけど、ボクはこの像の仕組みを理解しちゃったよ…取り出したばかりのモアイ像。そのモアイの中央に、さっきと同じような線を発見。再び空けてみると、中から姿を現したのは再び一回り縮んだモアイ像。それを取り出し――その作業を数回繰り返すと、最後にはモアイ像は掌に収まるサイズになった。……これっていわゆる、モアイ版マト○ョーシカ? 「…父さん、こんなの何処で見つけてくるんだろ……」毎度の事ながら、あの人が送ってくるお土産はおかしい物ばかりだね。溜息を吐きつつ、元に戻したモアイを机に置く。それなりに大きい代物なので、かなりのスペースを持っていかれてしまうけど、せっかくのお土産を床に置くわけにもいかないし………今はこれで我慢しておこう。父さんからの荷物を片付け終え、ちょうど一段落ついたとき――ビーッ!ビーッ!ビーッ!数日前と同じように、横浜基地に警報が鳴り響いた。◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》現在の時刻は、間もなく22時になろうかというところ。いつもなら例の特訓を始めている時間帯なのだが、今日はそんな状況ではない。十数分前に、非常召集がかかったのだ。シミュレータールームに居た我が隊の面々は、全員が衛士装備を着用済みだったが、そのままブリーフィングルームに直行した。しかし、特訓に参加していない白銀は普段着ている軍装のまま駆け付けたので、私たちがキッチリ強化装備を着用していることに驚いていた。白銀も深くは追求してこなかったので、言い訳をする必要も無かったのは助かったが。 「――いったい何があったんでしょうか…?」ブリーフィングルームにヴァルキリーズ全員が集まってから、妙な沈黙が私たちを包んでいたが、風間がその沈黙を破った。風間の言葉を皮切りに、他の隊員たちも各々会話を始めたが、その中で白銀だけは沈黙を保っていた。ヤツは眉間に皺を寄せ何かを考えているように見える。あまり見せることの無い、厳しい表情なだけに気になるが、此処のところの不調で悩んでいる可能性がある。デリケートな問題だろうから、立ち入って聞くのも憚られる。なので、今は白銀のことはそっとしておくことにした。――まったく………こんなときに非常召集とは。一体なんだというんだ?とりあえず何を措いても情報が欲しい。今の私たちには、現在の状況に対する情報が皆無だ。普段なら副司令経由ですぐに情報が手元に来るのだが、今はそれが無い。副司令不在が思わぬところで裏目に出てしまった。どうするか……ここで待機していても情報は入って来ないだろう。司令室への通信も、向こうは混乱しているのか応答が無い。なら、いっそ司令室に直接―― 「すみません!お待たせしました――」 「――!ピアティフ中尉!」私が何通りかの行動パターンを考えていると、ピアティフ中尉が入ってきた。ここまで走ってきたのか、彼女は息を乱している。彼女は息を整えることもせずに状況の説明を始めてくれた。そしてその内容は、私の予想の範疇を超えていた…… 「――帝都で戦闘か…」 「はい。小規模の戦闘で、ここに情報が入った頃には鎮圧に向かっているとのことでした。しかし、その後帝都との通信が途絶し、同じく周辺の帝国軍基地との通信も途絶しています」 「原因は?」 「現在調査中です」 「そうか……」説明の内容はこうだ――何者かが帝国軍基地から数機の戦術機を奪い、基地施設を破壊して逃走したらしい。それに対し、帝国軍もすぐさま追撃部隊を組織し追撃。逃走する戦術機を押さえるのも時間の問題だったそうだ。しかし、その後の情報が入ってこなくなった。途絶直前の情報では、幸いにして市街地での戦闘は無く、市民に死傷者は居ないそうだが…向こうとの通信が途絶しているのだから、帝都に居るはずの副司令とも連絡が取れない。帝都で何が起きている………? 「――即応体制で待機しましょう」今まで口を開かなかった白銀が、突然ポツリと呟いた。 「…何?」 「しかし、帝国からの出撃要請も無いんですよ?」 「通信途絶では要請だってこないでしょう。リアルタイムの状況が掴めないんです。今こうしている間にも、戦闘が激化している可能性だってあります」 「備えておく必要はある、か………」白銀は私の言葉に静かに頷いた。確かに、ヤツの言うことにも一理ある。状況が明確になるまで、即応体制で待機していても良いだろう―― 「まぁ、白銀以外は強化装備を着用しているからな。ハンガーに連絡すれば、後はこのまま待機状態に入れるわけだ」 「ぐ………だから何で着替えてんすか…」 「ふっ――」涼宮姉とピアティフ中尉は苦笑し、私を含む他の全員はニヤリと笑った。これから起ころうとしている事を知らない私たちを、和やかな雰囲気が包んでいた。◇?◇ 《Side of 沙霧》 「――各機、エレメントを崩すな!各個撃破だ。敵の機動に惑わされるなよ!」 『『了解!!』』そう命じたが、奴等の機動についていくのは至難の業だ。私の部下たちも善戦しているがジリ貧だろう。死者こそ出していないものの、遭遇戦では1機、戦闘不能に追い込まれている。私たちが確認しているだけでも敵は2個小隊程の戦力のはずだが、規模で勝る我々は苦しめられている。敵の機動が普通ではない――というのは言い訳にしかならんだろうが、事実だ。いったい何なのだ、あの所属不明機は………◇ ◇ ◇21時を過ぎた頃――詰め所に居た私は、ここ数日で勤務終了後の日課となっている駒木中尉との談話の最中だった。その内容は多岐に渡るが、取り留めの無い話もそうでない話もあるので、内容については割愛しよう。その最中、突如として爆発音が鳴り響いた。そして警報が鳴り、同時に防衛基準体制1が発令され、我々にスクランブルがかけられたのだ。状況を掴めぬままの出撃となったが、直にHQから情報が入った。何者かが帝国軍基地から戦術機を強奪、基地施設を破壊し逃走したという。誰が何の目的で行ったかは知らんが、殿下が御立ちになり、この国が変わり始めた矢先にこのような事を起こしたからには、それ相応の覚悟をしてもらう――そして私は1個中隊、不知火12機を率いて出撃した。◇ ◇ ◇ (21:50頃)出撃から約20分――帝都から南西に逃走する敵機を追撃中の事である。不知火のレーダーは逃走中と思われる数機の機影を捉えている。識別では、帝国軍F-4J撃震と出ているから、強奪された機体で間違いないだろう。それにしても……5機もの強奪を許してしまうとは情けない――機体性能では我々の不知火に分があった。それに見たところ敵の衛士の腕前は大した事はないように見える。だからといって慢心などはしないが。帝都から少々離れてしまったが、敵機の包囲は間もなく完了する。数度の勧告を完全に無視し、逃走及び戦闘を止めない以上、撃墜も止む無しと判断した。それから私たちは、帝都から南西20km程の位置で敵機の包囲を完了した。しかし、包囲の完了と同時に敵機はどういうわけか完全に動きを止め、戦闘は沈静化。だが、向こうは相変わらずこちらの呼びかけに応じる気配は無い。そこで私はHQへと判断を仰ごうとした。無論、停止中の敵機及び周辺の警戒は怠らずに。――ところが、HQとの交信は失敗。原因は不明……機器に異常は見られないにもかかわらず、交信不能に陥っていた。様々なチャンネルで再試行してみるも、いずれも失敗に終わっている。僚機との交信も、通常回線はノイズが酷く使用不能だったが、強化装備の近距離通信ならば交信は出来た。HQが交信不能に陥ったことにより、我が中隊は多少の混乱が見られたものの、僚機間の交信は可能だったので直に収まった。私も内心は動揺していたが、指揮官としてそれを部下に気取られるような真似は出来ない。務めて冷静に状況に対応しようとしたその矢先――ドガンッ――!!!周辺警戒を担当していた僚機が1機、何処からかの攻撃により被弾、行動不能に陥った。それに続いて、出どこが分からぬ攻撃が次々と私たちを襲う―― 「――全周警戒!各機エレメントを組んで散開しろ!!――必要以上に固まるな!」 『『了解!!』』何処からの攻撃だ!?何とか被弾を免れ、支持を出しながらレーダーに目を走らせるが、敵らしき機影は強奪された撃震以外は無い。私は周囲を警戒しつつ、撃墜された僚機に近づき衛士の安否を確認する。 「生きているならば返事をしろ――!」 『――へへっ………烈士たるもの…そう簡単には、くたばりません……よ……』 「よし――後ほど回収する。待っていろ」 『……了、解…っ………』負傷しているようだが生きていた。その事に安堵するが、気を抜いている暇は無い。未だ、敵機を確認できていないのだ。何処から攻撃が来るか分からん――敵の規模も不明…単機なのか、複数なのか……それすらも不明とは………どうする――? 『――隊長!10時方向に熱源反応!!敵機と思われます!』 「!――駒木中尉、援護を頼む!!」 『――了解。背中はお任せを』 「不明機が1機だけとは限らん。油断するなよ――撃震は無力化しておけ。また動き出すかもしれんからな」 『『了解!!』』部下からの情報を頼りに、駒木中尉を伴い突撃を敢行する。一か八かの賭けだが、現状を打破するためにはこうするしかないだろう。熱源反応までの距離は、およそ4km――かなり近い距離だ。まさか、こんな距離まで接近されてもレーダーに反応がないとは……敵機も私たちに捕捉されたと知ったのか、移動してはいるが追いつけない速度ではない。 「捉えた――逃がさん!」敵の機影が網膜に映るが、カラーリングが黒系統の色のためか、はっきりと視認出来ない。それに加え、敵機のステルス性はかなりの物らしく、熱探知でなければ捉えることもままならない。機体識別も不能なようで、相手の機種も不明だ。迂闊に深追いはしない方が良いのだろうが、そんなことを言っていられる状況ではない。 『目標捕捉――援護します』 「――了解した。参る――!」ついに、敵機を射程内に捉えた。先程からの通信障害で使い物になるかは怪しいが、私は全回線で、不明機に呼びかけてみることにした。 「――不明機に告ぐ。直ちに停止し、こちらの指示に従え。従わない場合は実力で拘束させてもらう」 『警告するのですか?――こちらは既に損害を被っているのですよ!?』 「一応は、な。……撃墜するぞ――挟撃して叩く!」 『――了解!!』無論、不明機からの応答は無い。闇討ちをしかけてくるような奴等だ。こちらの警告に従うなどとは思っていない。警告はあくまで儀礼的なものだ。現在、我々が置かれている状況が不明瞭であるし、HQとの連絡も取れぬのだ。幸いにして愛機に異常は見られず、むしろ調子は良い。これならば戦闘が多少長期化でも問題ないだろう。……弾薬や推進剤等の問題があるので、そう上手くはいかないだろうがな――そして私は、挟撃のために展開した駒木中尉との連携攻撃を開始した。駒木中尉の牽制射撃を皮切りに、私も突撃砲での攻撃をするも、敵機は容易く回避してみせる。その動きは先程までとは打って変わり、隙の無い動きになっていた。どうやら、敵も本気になったと見て良さそうだ。こんな状況下で不謹慎だが、思わず笑みを浮かべてしまうのを止められなかった。強い敵に出会えたことを喜んだのかもしれない―― 「――良い動きをする!だがな――!!」敵機の攻撃もかなり正確であり、一瞬たりとも気を抜けない攻防が始まる予感を感じさせた。しかし、その矢先に部下から通信が入り、私の意識はそちらに取られてしまった。 『――た、隊長!撃震の無力化を試みたところ、別方向から攻撃を受けました!敵の新手と思われます!!』 「なんだとっ――!?」まだ潜んでいたか……予想していたとはいえ、本当に出てくるとはな…これでまた状況は悪化する可能性が増えた。まったく―― 『それに乗じて撃震が再び移動を開始。こちらと距離を取ろうとしている模様!』 「なにっ――!?……そちらで追えるか?!」 『やります!!』 「頼む――私もすぐに合流する!」今は心強い返事を返してくれた部下を信じ、向こうのことは任せるしかない。駒木中尉を私に随伴させたのは失敗だったかもしれん…まぁ良い。さっさとこちらを片付けて合流すれば良い話だ。殿下が歩み始めた矢先にこのような狼藉………大方、今まで悪政を敷いてきた彼の逆賊共の差し金であろう。堪忍袋の緒が切れた――決して許さん! 「何処の手の者かは知らんが、そう簡単に私を止められると思わないことだ。今の私は……阿修羅すら凌駕する存在だ!!!」私は気合を入れなおし、敵機への攻撃を再開した。今夜は長い夜になりそうだ――