11月29日 (木) 午前 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 冥夜》今日はあまり体調が良くない。……情けないことだ。昨日の迎撃作戦の成功と、珠瀬の活躍を祝う祝賀会を開いたことまでは覚えているのだが、それ以降の記憶が無いのだ。まるで思い出せない。いったい何があったのか…小隊の面々も、何故か同じように体調を崩している。 「う~~………頭いたぁ~~~…」 「―――!…―――」 「ふにゃ~~……」いつPXから自室に戻ったのかも覚えていないとは…同じくPXに居た神宮司教官にも窺ってみたのだが、教官は曖昧な返答しかしてくれなかった。タケルならば何か知っているのではないかと思うのだが、今日はまだ会っていない。――そういえば、今朝は何故か月詠が様子を見に来たな……普段はその様な事は決して無いのだが。いったい何だったのか。情けない状態だが、訓練の手を抜くことはしない。強くなるために――………とは言ったものの、この頭痛耐え難いものがある…◇市街地演習場◇ 《Side of 水月》 「あ~~~~~もう!つまんな~~~~~い」 『――集中しろ速瀬。もう始まる』 「分かってますよ~~~………」 『――仕方ないだろう。ヤツは体調が良くないんだからな』 「体調が良くないって……アレ、どう見ても二日酔いですよね………」 『まぁ――そうとも言うかな』伊隅大尉と私が話していたのはアイツのこと。その渦中の人物、アイツこと――白銀武大尉殿は今、指揮車両で演習の管制中。今日の訓練は、昨日の事件で中止になってしまったスケジュールの消化で、演習を行うことになっている。本来なら、この演習は昨日行う予定だった。久しぶりの市街地演習だから気合が入っていたのに、事件のせいで肩透かしをくらった感じ。なので、演習が今日に繰り越されることになったと聞いたときは小躍りしそうなほど喜んだのだけど、肝心の相手が―― 「うが~~~~~!!!今日こそ一対一で倒してやろうと思ってたのに!」ただでさえ白銀は最近、訓練兵の方にかかりきりになっている。それなのに、せっかくチャンスが巡ってきたと思いきや二日酔いでダウンとはね………やってくれるじゃない。この鬱憤、どこにぶつけようかしら。 「体調管理も腕のうちですよね~~~~?」 『言いすぎだよ、水月~~』 『なぁ祷子。これは同属嫌悪というヤツかな?速瀬中尉も酒は強くないし――』 『美冴さん……』 「――うっさいわよ、宗像」…確かに、自分がお酒に強いとは思わないけどさ、そこまで弱くはないと思うのよ?白銀が訓練に参加しないことへ当て擦りを言ったものの、白銀にはちょっと同情する部分もあったりする。副司令に酒の席で絡まれたら、誰でもああなるって。だけどタイミングってもんがあるでしょ~~よ。よりによって今日………まぁ昨日あんなことがあったからなんでしょうけど。――っていうか、そもそも昨日あんなことが無ければ万事オッケー超ハッピー!!――だったのよね?あ~~~もう!許せないわ、昨日の事件を起こしたヤツ。 『あの~~~………そろそろ始めても宜しいでしょうか……?』私たちが話しているところに、指揮車両から遠慮がちな通信が入った。二日酔い男・白銀からだ。声を聞く限り、多少は回復したみたいね。まったく―― 『あぁ――すまない。始めてくれ』 「うっしゃ~~~~!久しぶりに暴れちゃうわよんっ!!」 『今日も――の間違いでしょう?』 「うるっさい!」宗像の戯言を一蹴し、開始の合図に備えて機体各部の最終チェックを済ませる。実機での訓練が久々なのに、白銀がいないから駄々を捏ねたりしたけど、やることはキッチリやらないとね。 『それじゃ始めます。今日のメニューは――』そういえば、白銀は指揮車両で遙と2人きりなのか。ム………なんか面白くない。――!な、何を考えてんのよ!別に私はアイツのことなんか――第一、遙だって…………やめやめ!!余計なこと考えないのっ。あ………そういえば訓練が始まる前の遙、どこと無く嬉しそうだったかも……ぐぬぬ――そんなこんなで始まった演習。全力の白銀と勝負出来るのはいつになるのかしらね…早く雪辱を果たしたいもんだわ。午後 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 純夏》訓練中に、また香月博士に呼び出された。 「――はじめましてだね?カガミスミカ」 「あ、はい…はじめまして?」博士に呼ばれて部屋に行くと、私を待っていたのは博士ではなく見知らぬオジサンだった。怪しい……怪しすぎるよ、このオジサン。呼びつけた博士は居ないみたいだし、このオジサン誰なんだろう?リーディングしても良いかな………ホントはあんまりしたくないんだけど。 「ふむ……本人のようだね」 「な、なんですか?」 「いや失敬。そのアンテナが気になってね」アンテナじゃないもん。ちょっと癖っ毛なだけだもん。失礼しちゃうよ、まったく――顎に手を当てて、じっくり観察してくるオジサンから距離を取った。今の私は、たぶんムスッとした顔をしてる…タケルちゃん風に言うと、オグラグッディメンみたいな顔。 「おっと。無用な警戒をさせてしまったかな」 「えっと………誰ですか?」 「自己紹介がまだだったね。私は――」 「――あら。もう揃ってたの」得体の知れないオジサンをリーディングしようとしたその時、香月博士が部屋に入ってきた。 「どうも香月博士」 「相変わらず躾がなってないわね。入室の許可は出してないわよ?」 「部屋の前に立ったら、扉が開いてしまいまして」飄々と答える得体の知れないオジサン。その掴み所の無さに、さすがの香月博士もイライラしているみたい。この掴み所の無さっていうか、よく分からない感じ――知ってる気がする。 「ふん――まぁいいわ。それで、どうなったのかしら?」業を煮やした様子の夕呼先生は、さっさと本題に入ろうとしているみたい。――っていうか、このオジサンは誰? 「あぁ、自己紹介からでしたな。私は鎧衣だ。いつも息子が世話になっているね、カガミスミカ」 「――鎧衣さん?………えぇ!?息子!?」 「おっと。娘のような息子――いや、息子のような娘だったな」あぁ……なんか納得。そっか、この人が美琴ちゃんのお父さんなんだ。なんていうか、うん。そっくりだね。 「はぁ――世間話なら他所でやって。私も暇なわけじゃないのよ」 「直接お聞きしたいそうです。いやはや――いったい何をお伝えになったのか気になりますな。大層、気を揉んでらっしゃいましたよ」 「そう。私が出向くのは良いけど、いつ?時間の余裕はないのよ?」 「都合が宜しいのであれば、すぐにでも迎えを寄越すそうですが」美琴パパ、切り替えが早いというか、人の話を聞かないというか。それよりも2人は何の話をしているんだろう。まったくついていけない………博士が何処かに行くらしいことは分かったけど、なんで私が呼ばれたんだろう?もしかして、今話していることには関係ないのかな? 「どうされますかな?」 「明日の午前中に向かうわ。こっちにも準備があるから」 「畏まりました。そのように伝えておきます。では、私はこれで――」 「ピアティフ――鎧衣課長がお帰りになるそうだから送ってあげて」 「ははは。では失礼するよ、カガミスミカ。娘を宜しく――」博士は内線でピアティフ中尉を呼んで美琴パパを帰らせた。油断ならない人みたいだから、監視の意味があるんだと思うよ。 「――そういうわけだから鑑、準備しときなさい」 「ほぇ?」どういう流れでそういうことになるのかな?そもそもどこに行くかも聞いてないし。 「なによ、あんたリーディング使ってなかったの?」 「え?はい」 「説明が面倒くさいから読みなさい」 「あはは……」う~~~ん………普段は意識してリーディングとか使わないようにしてるのが、珍しく裏目に出たみたい。普段からリーディングとかに頼っちゃうと、ちゃんとしたコミュニケーションが取れなくなりそうで恐いんだよね。どれどれ。香月博士は何を企んでるのかな~~~~~っと。――ふんふん……なるほどなるほど。ほほ~~、そういうことですか。 「分っかりました~~。準備しておきま~~~す!」 「えぇ。まりもには私が伝えておくわ」 「タケルちゃんには私から言っときますね」 「内容、あんまり喋っちゃダメよ?」香月博士が釘をさしてきた。むぅ………うっかり喋っちゃうと思われたっぽい。いくら私でも、そこまでドジじゃないですよ~~~~?さ、早く戻って準備しないとね!――帝都に行くの、初めてだよ~~~~。ちょっと楽しみだったりして。んふふ~~~~夜 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》今日の訓練では実機もシミュレーターにも乗らなかった。今日の言い訳には二日酔いを使ったけど、本当は一晩寝て回復していた。明日はどうするかな………自覚はある。俺は例の違和感にビビっている…… 「くそ――こんな調子じゃ――っ!」ドガッ――!!やり場の無い怒りと悔しさで俺は壁を殴った。この時間帯なら、どんな醜態を晒しても誰にも見られずに済むと思った。だからシミュレーターに乗ってみたんだが…… 「みんなの足を引っ張るだけじゃねぇか…ちくしょう……………」あれ?と思ったときには、もう遅かった。一度感じてしまった違和感は払拭することは出来ないようだ。意識してしまった分だけ酷くなっちまったように感じる。なんとかしたいが、原因が分からない以上は打つ手が無い。誤魔化しながら操縦するのも限界かもしれない……不知火での全開機動だと、他の機体より顕著になるのも煩わしいところだ。 「時間が経てば、慣れるかも――なんて思ったけど……甘かったか」もう11月も終わる。12月は勝負の月。決してミスは許されない。12月5日に起こるはずのクーデターは、確定ではないけど阻止したはずだから良い。それでも、佐渡島やオリジナルハイヴに突撃しなきゃならない。まして、今回のループでは今までと違う事が起こりすぎている。いつでも全力で戦えるようにしておかなけりゃ、また最悪の事態を招いてしまう可能性だってある。それだけは何としても…たとえ俺の命に換えても―― 「なにやってんだよ俺は………」俺は身体を投げ出すように、ゴロンと床に寝転がる。違和感のせいなのか、短時間にもかかわらずシミュレーターで疲れてしまった身体には、無機質な床の冷たさが心地よかった。《Side of 晴子》もう日課になってしまっている夜の特訓。捉え方によっては淫猥な響きを孕む夜の特訓。まぁ、実際は全然違うんだけど。 「――早く来すぎたかな~~っと…………あれ?」特訓開始まで少し余裕があるはずなんだけど、シミュレータールームの灯りがついていた。誰かいるのかな?私がシミュレータールームに入ろうとしたとき、ちょうどシミュレーターのハッチが開いて、中から搭乗者が降りてきた。いつも通りに入っていこうとしていたけど、私は思わず足を止めた。降りてきたのは――白銀武だった。予想外の人物の登場に、私は思わず隠れるようにして様子を窺う。隠れる必要があるのかは分からないけど、なんとなく隠れてしまった。 「――くそ――っ!」普段は決して見せることが無いような、険しい表情でシミュレーターから降りてきた白銀大尉は壁を殴った。訓練中は厳しい表情を見せることはあるけど、それとは違う表情だ。今日の訓練は体調不良を理由に管制していたし、訓練後もそそくさと自室に戻っていったから、今日はもう休んでるんだと思ったけど……まさかシミュレーターに籠ってたとは。 「さぁ~て…どうしようか………」いつまでも隠れてるわけにはいかないよね。かと言って、白銀大尉のところに行くのも気が引ける。ここは無難に戻ろうか。あ……でも、もうすぐみんな集まってきちゃうよねぇ……… 「――柏木」 「わ――っとぉ…」 「驚かせてしまったようですね」 「………何をしているんだ?そんなところで」どうするか悩んでいたところに宗像中尉と風間少尉が登場した。 「何故中に入らないんだ?時間まで少しあるが問題ないだろう?」 「あー……えっとですね………」普段はサッパリとした受け答えをしている私が、珍しく言い淀んだことに2人は不思議そうな顔をしてる。 「何かあったのか?」 「あー、その……アレ、なんですけど………」 「――?」隠しても仕方ないだろうと判断し、悩みの種の方を指差す。中の様子を窺うと、白銀大尉はちょうど床に寝転がったところだった。寝転がり、顔を腕で隠すようにしているので表情は見えないけど。 「白銀か?」 「はい――シミュレーターを使用してたみたいなんですけど……」 「どうしてこんな時間に………今まで一度も見かけませんでしたのに」白銀大尉がここにいる理由なんて1つしか考えられない。たぶん、例の違和感を克服しようとしてるんだろうね。今日の訓練に参加しなかったのは、体調不良が原因だとは思うけど、それだけじゃなさそうだね―― 「ふむ………今日の特訓は中止だな」 「えぇ――」 「ですね」特訓自体あの人には内緒だし、あの人も私たちに見られたくないからこそ、この時間にシミュレーターに籠ってたんだと思う。 「では戻ろうか。いつまでもここに居て、見つかってしまったのでは意味が無いからな」 「そうですわね――行きましょうか」言うが早いか宗像中尉は来た道を戻っていき、風間少尉もそれに続いた。私も2人と戻ろうとしたけど、最後にもう一度だけ白銀大尉の方を見た。白銀大尉は、今は上半身を起こして胡坐をかいて俯いていた。その背中はいつもより小さく見える。私たちが思っている以上に悩んでるんだろう。上官とはいえ同い年の少年が、あんなにも思いつめているのをただ見ているのは耐えられない。――って言っても出来ることがないんだよねぇ~~。他人が関わってる問題なら、なにか協力できるかもしれないんだけど………あの人自身の問題だもんね、操縦の違和感なんて。最初の印象は、不思議な人だった――OSの開発も出来て、衛士としての能力も凄い完璧超人かと思いきや、けっこう弱点がある。まぁ弱点なんかない完璧超人より、弱点がある人のほうが取っ付きやすくて良いけどね。そういえば……初めて顔を合わせたときは頭に包帯を巻いてたんだっけね………そして今は目標であり、同僚であり、大切な人。負けないで。大尉の復活、待ってるよ――