11月28日 (水) ◇横浜基地・珠瀬壬姫自室◇ 《Side of 武》昔の記憶を頼りにたまを探していると、記憶の通りたまは自分の部屋にいた。なんて声をかけようか悩むところではあるが、あまり時間の余裕は無い。俺は考えが纏まらないまま、部屋に入り声をかけた。 「よう――」 「――っ!?……あ…大尉………………」たまはビクッと肩を震わせこちらを振り向き、相手が俺だと分かると、辛そうに顔を逸らした。逸らした先には、いつか見たのと同じ花があった。 「――なんて花だっけ、それ」 「え?…あ……セントポーリアです」 「綺麗に咲いてるじゃないか。こんな場所でよく咲いたもんだ」 「……今朝やっと咲いたんです。途中で病気になったりして、大変だったんですけど…」一生懸命に世話したんだよな。太陽の光が当たらない地下で、ちゃんと花を咲かせられたんだ。たまが頑張ったから、この花は今こうして咲いている――命があるんだ。 「頑張ったんだな、たま。この花を咲かせることが出来たのは、たまが世話をしたからだろ?お前だから出来たんだ」 「………」 「――同じことじゃねぇかな……?」 「花と人間は違います!!!」ま、そりゃそうーだけど。そういうことが言いたいんじゃないんだよな………やっぱ向いてねぇな、説得とかってのは。 「第一、私は訓練兵なんですよ!?こんな大事な場面、正規兵の大尉がやれば良いじゃないですか!大尉の方が私なんかより上手なんですから!!」 「………」 「私には無理です…」 「あがり症だからか?」 「え…?」 「あがり症だから出来ないってのか?」 「それは………」たまが極度のあがり症だってことは知ってる。だけど、そんなもんを言い訳にして、こんなところで立ち止まって欲しくはない。こんなところで終わるようなヤツじゃねぇんだ。たまも、アイツ等も。 「――後悔しないか?自分にしか出来ないことがあるのに、それをやらずに誰かが死んでいくのを黙って見てるのは」 「………」 「今まで何のために毎日毎日、あんな訓練をしてきたんだ?」 「……」 「こんなところでウジウジ花に話しかけるために訓練してきたのか?」ごめんな。キツイだろうけどお前のためなんだよ―― 「お前には護りたいものは無いのか?」 「―――!」 「………俺にはあるよ、護りたいものが」 「え……?」 「え――って。別に驚くようなことじゃないだろ?」 「あ…すみません………」完全に萎縮しちまってるな。前は同じ訓練兵っていう立場だったから説得できたけど、今回の俺は上官。説得は難しいのか……だけど無理矢理やらせても意味は無いし、どうするか…まだ時間はあるな――ちょっとくらい話をしても大丈夫だろう。 「――俺さ、前に居たとこで大切な人を失ったんだ」 「え…?」 「まぁ、つまんない昔話だけど……ちょっと付き合えよ」俺の言ったことに反応して俺を見たが、たまは何も言わずに再び顔を背け、花を見つめてしまった。 「前に居たとこに配属される前にも、それなりの経験をしててさ、ちょっと特別扱いされて調子に乗ってたんだよ。世界を護ってやるとか、大層なこと言ってさ」 「………」 「だけど、そんな俺も初めてBETAを相手にしたときは酷い有様でさ――ははは。今思うと本当に酷いぜ?訓練兵のとき訓練中にBETAが現れて。ペイント弾と模擬刀しかなくて――」う~~~~ん、恥ずかしい。なんつーか……若かった。そして未熟だった。そのせいで、まりもちゃんを―― 「ビビってたはずなんだけど、薬物投与された影響で興奮しすぎてさ。ペイント弾を撃ちながらBETAに突進してったんだよ」 「そんな………」 「ははは。有り得ないだろ?」 「はい――あ…えっと……」 「いいよ、当然の反応だ。」何やってたんだろうな、あのときの俺は。あの後は逃げるし、逃げた先でまた……いや――今はたまの説得だ。昔のことは今はいい。 「で、結局やられて。そのときは運良く助けてもらったんだけど、そのときに恩師を死なせてしまった。それで戦いが嫌になった俺は逃げた。元居た場所に――」 「………」 「逃げ戻った先でも同じことを繰り返してさ…また大切な人を失って、周りを傷つけて。そこで俺は死のうとした。俺なんかが居ても、みんなを護るどころか傷つけるだけだったから」 「………………」たまは黙ったままだ。俺の話で何かきっかけを掴めればいいと思ったんだけど……… 「でも――俺は死ねなかった。傷つけた人、世話になった人に背中を押されて、ようやく自分がやるべき事が分かったんだ。………そして俺は戻った。逃げ出した場所に―― そんとき同期のヤツに言われたよ。辛いときは何処に逃げても同じ――ってさ。実際、その通りだった………」 「――っ!」 「そして任官して配属されたんだけど、その配属された部隊が凄くてな。凄腕の衛士ばっかりなんだけど、なんつーか個性的な人たちでさ。 俺の根性を叩きなおしてくれたんだ。本当に良い人たちだったよ……」 「だった――って?」 「あぁ――みんな死んじまった」 「そんな――」 「特殊部隊で……色々あってさ。どんどん居なくなっていったんだ」 「………………」 「キツイ任務ばかりで同期のヤツらも死んでいった。結局、最後は俺だけが生き残った。悔しかったよ――散々迷惑かけたのに、俺だけが生き残ったんだから」 「………」 「――で、その後に香月博士に拾われて、ここに来た。あとはお前たちが知っての通りだよ」嘘は言ってないぞ?言えないこともあるから、それは暈したけどさ。俺は、いつの間にか爪が食い込むほど握り締めていた拳をゆっくり開きながら、俺の気持ちを伝える。 「後悔はしたくないし、して欲しくない。だから俺はお前たちの教官になった。護りたいものがあるなら、それを護って欲しい。 衛士の技量的には強くなることは簡単だとしても、精神的に強くなるのは難しい。でも俺は、お前たちなら大丈夫だと思った。 ――想いだけでも力だけでも――どちらか1つじゃ何も護れないから」 「………」 「お前たちは強いよ――強くなった。こんな俺が言っても説得力は無いだろうけど」 「そんなことは――!!」そう言って俺を見るたまの瞳は、先程までとは違う火を灯している――と思いたい。俺は努めて優しく微笑み、言葉を続ける。 「俺が見てきた中でも飛び抜けてる。自信を持って良い。あとは――お前ら自身だ」 「………………………」 「どうする?」頼む…変わってくれ―― 「………ります」 「――うん?」 「やります!やらせてください!!……後悔はしたくないです――」 「あぁ――頼む」よかった。本当に――これで大丈夫だ。俺たちは死なない。 「あの……お願いがあるんですけど………」 「ん――何だ?」 「その………傍に居てください。見ていて欲しいんです。強くなったところを」 「分かった――分隊長のお願いだ。聞かないわけにはいかないよな?」たまの腕にぶら下がっている腕章に今まで気付かなかった。純夏の入れ知恵だろうか?同じ事を考えるとはね… 「あ――!えっと、これはその……」 「良いって。そんなことより時間が無い。ハンガーに急ぐぞ!」 「はい!!」そして俺が、中途半端に空いたままの部屋のドアを開けると――207B訓練小隊が全員揃っていた。 「な――お前ら、いつから……?」 「え~~と………つまんない昔話だけど、付き合えよ――の辺り?」律儀に教えてくれる純夏。おそらく元凶だろう。全く気付かなかった………うわ~~~、あんな話をコイツらにまで聞かせちまったよ……どうしよう……俺、変なこと言ってなかったか? 「珠瀬、良いわね?」 「うん――!!」委員長の言葉に元気良く頷くたまは、先程までとはうって変わって堂々としていた。これなら大丈夫だろう。心なしか、他のみんなも雰囲気が違うような気がする。ま、気のせいだろうけど… 「よし――お前らは珠瀬をハンガーに連れて行け!俺はちょっと用事があるが、すぐに合流する」 「「了解――!!」」走り出す彼女たちを見送ると、俺は伊隅大尉を待機させてある場所へ向かい、作戦に変更がないことを告げた。伊隅大尉は少し不安そうだったが、心配しないでくれ――と言い残し、すぐさま207に合流した。◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》 「あれ――大尉どうしたんですか!?」HSST迎撃作戦が予定通りに進むならば、自分の出る幕は無い。なので即応体制を解き強化装備から着替え、A-01が待機させられているブリーフィングルームに戻ってきたのだが、そんな私を迎えたのは不思議そうな顔をした隊員たちだった。大方、迎撃作戦には私が参加すると思っていたのだろう。かく言う私も、自分が狙撃手を務めることになるだろうと思っていたのだが……… 「どうやら、私は予備だったようだ。代わりの――というか、本命の狙撃手が間に合ったそうでな」 「――えぇっ!?」 「大尉が代役ですか!?」信じられないような隊員たちの反応。 「それで、その本命はどこの部隊のヤツなんです?」 「大尉よりも腕の良い衛士が他の部隊に居るなんて、聞いたことが無いけど――」やっぱり聞いて来たか……そりゃ気になるわよね~~~。はぁ~~~~~あんまり言いたくないわ。 「………神宮司軍曹と白銀の教え子。訓練兵だそうだ」 「「――なっ!?」」そりゃ驚くわよねぇ~~~~。本命が訓練兵だもの。 「訓練兵に撃たせるつもりなんですか!?」 「私に言われてもな………副司令の決定なんだ。従うしかないだろう――」 「「…………」」 「それに、だ――」何も出来ずに死にたくは無いが、今回は私たちに出番は無い。死ぬかもしれないという不安に駆られ、全体の士気が下がっているようなので、私は努めて明るい調子で話す。 「神宮司軍曹と白銀の教え子ということは、いずれは肩を並べて戦うことになる。今回の作戦を成功させられる程の衛士なら、任官してくるのが楽しみになるじゃないか」 「「………」」 「白銀が太鼓判を捺した衛士だ。この基地の命運を託しても悪くはないだろう――」これ以上、無駄に士気を下げるなら1発気合を入れてやろうと思っていたが、どうやらその必要は無さそうだ。 「白銀大尉が言うのであれば、信じるしかありませんね」 「そうね。それでダメだったときは、あの世で白銀を懲らしめてやるわ」 「「――あはははは!」」まったく――死ぬかもしれない状況だっていうのに………狙撃手を信じているのか、白銀を信じているのか。いずれにせよ、もう間もなく私たちの運命は決まる。非常事態で待機中だというのに、普段通りに騒がしくなっているが今日は何も言うまい。◇屋上◇ 《Side of 千鶴》狙撃の準備が全て終わり、珠瀬が乗った吹雪が狙撃位置に固定された。いよいよ作戦行動が開始される。私たちの――この基地の命運を賭けた作戦が。 「大丈夫だよね……」 「――ん。珠瀬なら問題ない」弱気な発言をした鎧衣に彩峰が言った言葉は、珍しく私と同じ意見だった。先程、珠瀬を捜索中に何故か、珠瀬は自室に居るのではないか――という確信にも似た閃きを頼りに全速でそこへ向かってみると、どういう訳か207の全員が揃っていた。軽く理由を尋ねると、全員が同じように閃いたと言う。こんな形で全員が同じ行動を取るとは思わなかった。でも――それよりも衝撃的だったのは白銀大尉の話。あの人があんな経験をしていたなんて思いもしなかった。普段は、どちらかと言えばだらしない部類に入る人に、あんな過去があったなんて………あの過去があるからこそ、今の大尉があるのか。 「――たま、いつも通りでいいぞ」 『はい――!』チラリと、通信機で珠瀬と話している白銀大尉を見た。その横顔はいつもと何ら変わった様子は無い。この非常時を何とも思っていないように感じる。今日、今ここで死ぬかもしれないなんて、微塵も思っていないのだろう。それほど珠瀬を信じている。いえ…珠瀬だけじゃないわ。自惚れでもなんでもなく、白銀大尉は私たち全員を信頼してくれているんだと感じた。 「なんだ、全員ここに居たの――」 「「――教官!」」珠瀬事務次官を司令室に送っていった神宮司教官が姿を見せた。教官は、司令室で事態の推移を見守るだろうと思っていたので少し驚いた。 「――やっぱり来ましたね」 「当然でしょう?207は私の隊なんだから――」 「そうですね――使います?」 「えぇ――」白銀大尉が差し出した通信機を受け取り、教官は珠瀬に何か言ったようだけど、内容は聞こえなかった。なんとなく、神宮司教官も白銀大尉と同じようなことを言ったんじゃないかと思った。白銀大尉も神宮司教官も、私たちを信じてくれている。あんな凄い人たちに信じてもらっているんだから、1分でも1秒でも早く一人前の衛士になって恩返しをしたい。そんなことを考えていたら、HSSTは再突入を開始したらしい。私たちの命運を賭けた作戦が始まった。◇狙撃位置・吹雪◇ 《Side of 壬姫》深呼吸をして、気分を落ち着ける。コンディションは今までで、1番良いかもしれない。 『――説明は以上よ。いいわね?』 「はい!」 『お父様も隣でご覧になっているわ。いいとこ見せなさい、珠瀬分隊長』 「――!はいっ!!」 『――目標、再突入を開始しました!!』パパも見てくれてるんだ。………白銀大尉、私やってみせます。私にしか出来ないことを。みんなを護りたいから――みんなが死んじゃうなんてイヤだから! 『――いつも通りで良いぞ、たま』 「はい!」白銀大尉も居てくれてる。207のみんなも。 『――大丈夫よ』 「!――教官!!」 『ふふふ――気楽にやりなさい』 「はい!」教官も来てくれた。今の私には、恐いものなんて無い。支えてくれる人がこんなにもたくさん居るから。そんな人たちが居なくなるなんて絶対に―― 『――目標、60秒後に電離層突破!』 「初弾装填!………………………照準、よし!」 『10………………9………………8………………7………………』トリガータイミングを同調させ、オペレーターさんがカウントダウンを開始した。 『6………………5………………4………………3………………2………………1………………』 「――っ!」轟音と共に初弾が打ち出された。着弾を確認する間もなく、すぐさま第二射の用意に移る。目標を完全に打ち落とすまで油断なんかしてられない。 「砲弾装填!」 『着弾まで、4………………3………………2………………1………………』たぶん外れる。初めて使うものだから1発目で当てられるはずが無い。弾道を見極めるのが先。『目標健在!!』外れたのも想定内。だから私は揺らいだりしない。もう、あがり症とかって言い訳はしないって決めたから。 『目標、加速開始!落着まで――』 「照準補正――目標捕捉。弾道データ修正よし!」 『トリガータイミング同調――10………………9………………8………………7………………6………………』まだズレがある。これだけ標的との距離があると、さすがに大変。 『5………………4………………3………………2………………1………………』 「――」間髪入れずに、最後の砲弾を装填する。 『着弾まで、6………………5………………4………………3………………2………………1………………目標健在!!目標、第二迎撃ポイント通過!!!』やっぱり微妙にズレがあった。でも、第二射で弾道は完璧に見えた―― 『落着まで115秒!目標、高度約48km、距離――』オペレーターさんが逐一状況を報告してくれている。残り時間は、いよいよ2分を切った。そのせいか、状況を報告している声は少し震えているように聞こえた。それとは逆に、私は今までに無いくらい落ち着いている。こんな大舞台で、みんなの命を背負っているのに――ちょっと前の私には考えられないことだと思う。背中を押してくれた白銀大尉や神宮司教官、支えてくれる207小隊のみんな、お世話になっている基地の人たち。みんなが死んじゃうなんて嫌だ。私じゃなきゃ出来ないから、私にお願いしてくれたのに、私が臆病なせいで死んじゃうなんて絶対に嫌!! ――後悔だけはして欲しくない――白銀大尉の言葉が脳裏に蘇った。あの言葉は、あの人の本心だったと思う。自分の過去を私に話してくれているときの大尉は、自嘲気味に笑うことはあったけど、終始悲しそうに話していた。あんな経験をして、それでもまだ戦おうとしている大尉は、本当に凄いと思った。自分の悩みがちっぽけで、バカらしく思えるくらいに…………つらい思いをしてきた大尉だからこその言葉だったんだと思う。私は……狙撃はちょっと出来たら褒めてもらえて、それが嬉しくて頑張って練習した。あの花だってそう――病気になっちゃったりもしたけど、自分で色々調べて一生懸命お世話した。だから今朝、花が咲いたときは本当に嬉しかった。途中で諦めてたら、花は咲くことも無く枯れてしまったはず。そしたら私はきっと後悔した。なんであの時、やれることをやらなかったのかって。今の状況も同じだと思う。花が枯れるか枯れないかと――さっき白銀大尉が言いたかったこと、なんとなく分かったような気がする。 『地表到達まで80秒!』最後の狙撃タイミング。――私には思いが足りなかった。でも、もう大丈夫。私がみんなを護る。護ってみせる! 『――ぶちかませ!たまぁぁぁ!!!』 「はいっ――!!」背中を押してくれる人が、支えてくれる人がいるから、私は強くなれる。私はカウントと同時にトリガーを引く――轟音と共に、最後の砲弾が地平線の彼方へ――――日本海上空に巨大な光点を作り出した。