11月26日 (月) 午後 ◇帝都・某所◇ 《Side of 真那(マナ)》何だ、これは――彼らは一体、何を話している………戦略研究会?――力を貸す?憂国の烈士が決起?沙霧大尉はクーデターでも起こそうというのか?しかし、何故それを武殿がご存知なのか。私の傍らに立つ御方の様子を窺うと、その御顔は動揺を隠しきれておらず、見ているこちらが心配になるほど蒼白になってしまっていた。彼らは、それほど危険な会話をしているということだ。止めに入るべきか、このまま静観すべきか――私は今、自分が取るべき行動を決めかねていた。そして、彼がその言葉を放った。 「――――アイツ等を泣かせるような真似は、絶対に許さない!」 「っ!……」傍らに立つ御方が、息を呑むのが分かった。私も今が非常時だということを忘れて、思わず緩みそうになる頬を慌てて引き締めなければならなかった。悠陽様や冥夜様、マヤは武殿が変わってしまったと零していたが、変わったのは目に見える部分だけであったようだ。彼の本質は、昔と何ら変わってはいなかった。それがその言葉でよく分かった。しかし彼等の舌戦は続く。私の隣に立つ御方は、沙霧大尉の気迫に気圧されたのかフラリと一歩下がってしまった。そして――パキッ―!運悪く落ちていた小枝を踏み折ってしまう。しまった、と思ったときには既に遅く、音を聞きつけただろう沙霧大尉が電光石火の早業で、私たちの前に現れた。その手には拳銃が握られている。彼の対応は話を聞かれた程度にしては過剰だ。私は傍らに立つ御方を庇うように前に出て、沙霧大尉と対峙した。そこに少し遅れて武殿が現れ、我等2人を見た途端、彼は驚きのあまり固まってしまったようだった。それも当然だろう――武殿は我等に少し待つよう頼んで離れた。にもかかわらず我等はここに居て、彼等の会話を聞いてしまったのだ。 「――月詠さん………」 「………………」武殿も、まさか我等がここに居るとは露程にも思っていなかったはずだ。私の名を呼んだがそれきりで、呆然と立ち尽くしている。武殿の言い付けを破ってしまったことは申し訳なく思うのだが――何故、武殿があのような会話をしていたのか。今の私には、そのことのほうが重要だ。そして沙霧大尉へと視線をやると、彼は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。《Side of 沙霧》迂闊だった。このような場所で話すべき内容ではなかったのだ。普段の私なら、このような失態は犯さないだろう………やはり何処かおかしいようだな、今の私は。 「――銃を下ろす気は無いのだな?沙霧大尉」憮然とした表情で私を見ていた月詠中尉が言葉を発した。その問いに私は、無言という返答をする。ここで銃を下ろすわけにはいかない。たとえ仮初めだろうと、この場では私が優位でなければならないのだ。しかし、白銀が彼女等に待っているよう頼み、彼女等がそれを了承したので、私の中で会話を誰かに聞かれるかもしれない可能性を排除してしまったのか、ほぼ無警戒だったことは確かだ。自分の未熟さに腹が立つが、今更後悔したところで状況は好転しないだろう。それ故の、せめてもの銃だ。自分でも情けないことは重々承知している―― 「――ここで何をしている中尉。白銀大尉は待つようにと言っていたはずだが?」 「……………」わざわざ待たせた者を白銀が呼び寄せることはしないだろう。初めから私を罠に嵌めるつもりなら、有り得るだろうが…会えるかも分からぬ相手に対して、斯衛も巻き込んだ計画など立てられるわけはないはずだ。それに先程、月詠中尉等を見た瞬間の白銀は、本当に驚いているように見えた。とすると、月詠中尉等の独断の可能性が濃厚か。白銀と月詠中尉との間柄は知らんが、月詠中尉はそう簡単に約束を反故にするとは思えんのだが…… 「答えろ、中尉!!」黙ったままの月詠中尉に対し、私は声を荒げた。そして―― 「――よろしいでしょうか、沙霧大尉?」言葉を発したのは月詠中尉ではなく、その後ろに庇われるように立っていた者だった。私は予想外の者の言葉に対し、関係の無い者が口を挟んできた苛立ちと、月詠中尉が一向に話さないという苛立ちを併せて怒鳴った。 「国連の犬は黙っていろ!!」私は軽々しく口を開いたその訓練兵に銃口を向けた。 「――!?貴様っ―――」客人に銃口を向けられ激昂したのか、月詠中尉が更に前に出て私に詰め寄ろうとしたが、それは遮られた。遮ったのは、月詠中尉に庇われていた者だった。 「良いのです、マナさん」 「しかし――」 「今の私は御剣冥夜なのですから」何を言っているのだ、この女は。くだらぬ会話で時間を稼ごうという魂胆か?嘗めた真似をしてくれる………幾多の同士がこの計画のために働いてくれているのだ。それを私の軽率な行動で、全て水泡に帰すことになりかねん状況なのだ。これ以上くだらぬ真似は許さん。私が今後どうするか考えていると、それまで沈黙を保っていた男が口を開いた。 「―――冥夜?………いや、違う……?」 「なに?」傍観に徹するのかと思っていたのだが、白銀は何かに気付いたような口調で話しだした。 「もしかして――悠陽か?」 「はい。武殿」御剣冥夜、だったか。そう名乗っていた国連の訓練兵は、白銀に“悠陽”と呼ばれると肯定するように頷き、この場には到底相応しくない柔らかな笑みを浮かべた。 「マジかよ……全く気付かなかったぞ………」 「…何を言っている、白銀大尉?」私の問いかけに、心底すまなそうな表情を浮かべ頭を掻き、白銀が苦笑しながら発した言葉は、私の想像を遥かに超えたものだった。 「――すみません大尉。この人、殿下です」 「………………は?」それを聞いて私の口から漏れた声は、間抜け以外の何者でもなかっただろう。この男は何を言っているのだ。この女が殿下だと?バカを言うな。殿下がこのような場所に居られるはずがない。 「ですから…この人は将軍殿下なんですよ」 「バカを言うな!このような処に殿下が――」 「――居るんですよ、目の前に。正真正銘の政威大将軍が」白銀の言葉に私は息を呑んだ。彼の目は、決して冗談を言っているようなものではなかったからだ。その言葉の真意を確かめるように、私が2人の女の方を向くと、先程までは前に立っていたはずの月詠中尉が、今は訓練兵の後ろに控えるように立っている。まるで、主君に仕える者のように―― 「………そのような戯言、冗談では済まんぞ?」 「冗談などでは無い。この御方こそ、日本帝国征夷大将軍、煌武院悠陽殿下だ」月詠中尉に“煌武院悠陽”と呼ばれた女はスッと進み出て、結っていた髪を解き髪を整え始めた。そして女が髪を整え終えると、そこにはあったのは紛れも無く殿下だった。 「これは――どういうことだ……?」 「故あって全てを語るわけには参りませんが、これを――」私に何かを見せるような仕草をしたので、私は彼女に近づき差し出されていた掌の中の物を見た。そこにあったのは細いチェーンにとおされた銀色に輝く指輪だった。 「これが何だと言うのだ――?」 「よく御覧になってください」 「――?」手に取っても良いか訪ねると、彼女は頷いたので私はその指輪を手に取りじっくりと眺めた。すると、指輪の内側に何か彫ってあるのを確認した。それは“煌武院悠陽”と彫ってあった―― 「!………これは?」 「それは将軍だけが持ちえる物ですわ――」 「――!!」彼女の言葉に呆然としていた私に月詠中尉が近づき、その指輪を回収していった。その後、先程の私と白銀の問答の詳細を聞かせるために場所を変えるというので、2人――(白銀も含めると3人か) に連れられて行ったのは、帝都城であった。殿下の御名を出されてしまっては従うしかないと、ほとんど信じていないながらも従った私だったが、この国連軍の制服を纏う女が、殿下だということを認めざるを得ないようだ。部下や同士に何と申し開きをするか、本気で考えなければならないようだ。――それにしても何故、殿下ともあろう御方があのような場所に居たのだ………?◇帝都城・謁見の間◇ 《Side of 冥夜》私が姉上に成り代わり公務 (――といっても簡単なもの) をこなしていると、散策――いや、視察に出ていたはずのタケルたちが、予定よりも早く戻ってきた。月詠に事情を聞くと、何やら帝国にとって前代未聞の大事件をタケルが未然に防いだとか……詳しいことはまだ聞けていないが、タケルが何やらやったことは間違いないようだ。そして3人の後に現れた帝国軍の衛士、沙霧尚哉大尉。彼が何らかの形で件の大事件に関わっているのだろう。一般の衛士がこの謁見の間に足を踏み入れるなど、有り得ぬことなのだ。釈明の場を与えられたのかもしれぬ。私は姉上と入れ替わらねばならず、私たちが入れ替わっている最中、沙霧大尉は謁見の間の外で待たせ、着替えが終わってから呼び入れて双子であることを悟られぬようにした。姉上が出て行くと、私は影に控え成り行きを見守ることにした。それから沙霧大尉は、ゆっくりと話し始めた。先程起こったことから、これから起こそうとしていたことまで。戦略研究会、クーデター……沙霧大尉が語ることは、内容はともかくとして、その志はこの国のことを思ってのことだということが、当事者ではない私にも伝わってきた。 「そうですか………そなたらは、この国の行く末を案じて――」そう言った姉上は、静かに目を閉じ何かを思っているようだ。対する沙霧大尉は、全て話し終えたのか下を向き静かに姉上の言葉を待っているようだ。どのくらい2人がそうしていたのか、少しの間が流れた後、唐突に口を開いた者が居た。それは月詠と並び、姉上の脇に立っていたタケルだった。 「なぁ悠陽、この件は未遂なんだ。沙霧大尉たちも、悠陽に知られたのに計画を遂行する気は無いと思う――ってことで、何もなかったことにしないか?」 「武殿、それは――!」 「マナさん。武殿は何かお考えがあるのかもしれませんよ?」姉上の言葉で、この場に居る全ての人物の視線がタケルに集まった。タケルは皆の視線が集まったことに戸惑ったようだが、それも数瞬。すぐに気を取り直したようだ。 「沙霧大尉も言っていたけど、この国はBETAとの戦闘では最前線に位置しているんだ。それなのに、優秀な衛士が戦場から居なくなってしまったらどうなる?」 「「………………」」 「だから彼等には、戦場に居てもらわなきゃならない――」 「無罪放免とし野放しにしておけば、いずれまた水面下で画策し、今度こそクーデターを起こすかもしれないのでは?」月詠の言うことは尤もだ。国全体を巻き込むかもしれぬ大事を企てた者たちを、何の処罰もせずに放っておけば、また同じ事を繰り返すと考えるのが普通だ。………タケル、そなたは何を考えているのだ? 「月詠さんの言うことは分かります」 「ならば――っ!」発言しようとする月詠を制してタケルは続ける。 「沙霧大尉たちがクーデターを計画した理由は何です?それは――この国、延いては殿下を思ってのことでしょう?」そこで言葉を切ったタケルは姉上の方を見た。 「そんな彼等を変えられるのは…悠陽――君しか居ない」 「――!」 「将軍である悠陽が導くんだ、彼等を。――いや……この国を、か」タケルの言葉で皆息を呑み、この場に沈黙が下りた。それ程にタケルの言葉は衝撃的だった。言葉にしてみれば単純で、何を偉そうに当たり前のことを言っているのだと思うだろうが、この国の実情を知る者であれば、今のタケルの言葉に衝撃を受けずにはいられまい。今のような状態になってしまった原因の一端は姉上にもあるのだが、それについて私が責めることは出来ぬ。タケルに言われたとなると、姉上も自戒するであろう。もちろん私も猛省せねばならんが…… 「そう、ですわね………………沙霧大尉――」 「!――は」突然、姉上に呼ばれた沙霧大尉は、先程のタケルと姉上の会話で顔を上げていたが、今一度顔を伏せた。 「この煌武院悠陽を思うのならば、今しばらく私に時間を頂けないでしょうか?」 「――っ!?」 「そなた等にそのような決断をさせてしまったのは、ひとえに私の力不足故。この国を変えるというのならば、まずは私が変わらなければなりません…」 「殿下……」 「今日(こんにち)まで、それらの問題を蔑ろにしてきたのは私自身なのですから。私の責任は、私が果たさねばなりませんね。――先程、武殿に言われてしまいましたが」と言って苦笑する姉上。姉上にとって、此度の件は良い転機になることだろう。これまでは気にした様子は無かった(――というよりも、1つの件に注力しすぎたのだ……その件は先日、無事に解決した) のだが、これからは己の立場というものを弁えるであろう。 「殿下から、このような御言葉を頂けるとは……その御言葉だけで十分で御座います。殿下の御覚悟、しかと伝わって参りました」深々と頭を下げる沙霧大尉。姉上も覚悟を決めたのか、先程までより幾分、表情が引き締まっているように見える。 「――ということは、クーデターは起こさないですよね、沙霧大尉?」 「………あぁ。この国の象徴たる殿下が起ってくださるのなら、私たちの出る幕など在ろうはずも無い」沙霧大尉の言葉に、タケルは微かに笑みを零した。 「これで一件落着ということになりませんか?月詠さん――」 「分かりました。――ですが、沙霧大尉等の周辺は監視下に置きます。……沙霧大尉、依存はあるまいな?」月詠の提案を沙霧大尉は二つ返事で承諾した。この場で断ることなど、有りはしないだろうが。ともあれ、この件はとりあえずの終局を迎えたことになるのだろう。此度の件は、おそらく日本を大きく変えることになる。今日の出来事は、ほんの序章に過ぎぬはず。姉上には奮闘してもらわねばならぬであろう。私も陰ながら力添え出来ればと思う。 「――頑張れよ、悠陽」 「はい――」ム………タケルと姉上が見つめ合っている。どことなく、タケルの接し方から硬さが取れているのは気のせいか。姉上が実に嬉しそうにしているのが、なんとなく腹立たしい。此度の件は、姉上にとって真に大きな意味を持っていたようだ……しかし、私も黙って引き下がるつもりなど毛頭ない。こればかりは易々譲るわけにいかぬのだ。 「――殿下。一件落着というところで、白銀大尉はそろそろ帝都を発たなければなりません。今日中に向こうに着けなくなってしまいます故」 「何を言うのです。武殿には御礼をしなければならぬでしょう?ですから、今日もゆっくり寛いでいきなさい。武殿も宜しいですわね?」 「え………いや、だけど――!?」辛抱しきれなくなってしまった私は、影から進言した。姉上は脇に立っていたタケルの腕に自らの腕を絡め寄り添った。 「殿下……そのようなことは控えた方が宜しいかと――沙霧大尉が驚かれていますので」 「おや――ほほほほ………」 「………………」唖然としていた沙霧大尉だったが、姉上の視線が向いたことに気付き、軽く咳払いをし、気にしていない風を装ってはいるが、気にしているのは傍から見ても一目瞭然だ。まぁ…沙霧大尉も一般の衛士であり、滅多なことでは姉上――将軍の御前に出ることなど無いのだから、このような姉上の様子を見せられたのでは、動揺もするだろう。 「では、私は沙霧大尉を送ってきますので、一旦失礼いたします」 「分かりました。――沙霧大尉。此度の件、私は決して忘れません。共にこの国を良き方向へと導き、民を護っていきましょう」 「は――!」姉上に言葉をかけられ、沙霧大尉は再び深々と頭を下げた。それから月詠に連れられ謁見の間から退出していった。姉上の言葉、良いものだったと思う………タケルに寄り添ったままでなければ、更に良かったはずだ。 「姉上……いつまで、そうしている御つもりです?」 「無論、武殿が今日も寛いで行くと言うまでですが――?」 「っ~~~………………タケルもタケルだ!だらしなく鼻の下を伸ばすでない!!」 「――いぃぃ!?」先程までの凛とした表情から打って変わって、姉上は無邪気に微笑みタケルの腕を引き寄せたかと思うと、今度は妖艶な笑みを浮かべタケルにしな垂れかかった。そこから先は容易に想像できるだろう。いつもと全く変わらぬ調子であった………この国を揺るがしかねない出来事を、未然に防いだ後とは思えぬはしゃぎ振りである。結局、この後タケルが横浜基地に連絡し帝都にもう一泊していく事と相成った。――なってしまった、と表現した方が適切なのだろうな……夜 ◇本土防衛軍・詰め所◇ 《Side of 沙霧》とんでもない1日だった。ほんの好奇心から忘れ形見に会いに行ったはずが、我等の信念を懸けたクーデターを自ら暴露し、あまつさえ未然に防がれてしまうとは。暴露したことにより、殿下に拝謁することが出来たのは、不幸中の幸いというべきか。それら全ての基点になった白銀武。奴は、私が考えていた以上に特別なのかもしれん。まさか殿下とその周辺に、強い繋がりを持っていたとは思いもしなかった。殿下とも徒ならぬ――いや…これは私が関知するところではないだろう……兎に角、我等の進むべき道は決した。殿下の御言葉を信じるのならば、クーデターなど必要は無いだろう。我等の力は、本来の役割――民を護るために使われるのだ。 「これで良かったのかもしれんな――」独り言を零し、白銀とのやり取りを反芻する。殿下の思いは理解しているつもりだった。だが、奴――白銀武のあの言葉……… ――殿下が悲しむと知って、それでも尚、人を斬れるんですか!?――あれは効いた。覚悟はとうの昔にしていたつもりだった。だが、あの言葉を受け揺らいでしまった自分が居た。そして一度揺らいでしまった自分を立て直す間もなく、殿下と月詠中尉が現れた。あそこまで登場のタイミングが良いと、全て白銀が仕組んだのではないかと疑ってしまうが、どうやらヤツにとっても想定外の出来事だったようだ。その後は殿下との謁見を行い、白銀との話に決着をつけずに退出してしまった。いずれまた話す機会があればと思う。ともあれ、まずは部下や同志たちに何と言ったものか考えねばならんな……◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 美冴》今日も今日とて秘密特訓。尤も、秘密にしている相手が不在なので、秘密も何も無いのだが………予定では、そろそろ白銀が帝都から帰還する予定だったはず。そのせいか、隊員たちの雰囲気が何処と無く浮ついているように感じる。――が、そう感じているのは恐らく、伊隅大尉と私だけだろう。何故なら、今は訓練の合間の小休止中なのだが、私たち以外の隊員が皆一様に白銀大尉のことを話題にしているからだ。祷子もその内の1人というのは、些か不満を感じるところではある。口には出さないがね―― 「1ヶ月でコレとはな………」 「えぇ……」伊隅大尉の呟きに、私は同意するように頷き返した。1ヶ月で――とは白銀がヴァルキリーズに配属になってから、という意味だ。娯楽の少ないこのご時勢、しかも女所帯にたった1人の男なので、話題になるのは当然かもしれないが、それにしても異常だ。話題に上がる頻度がおかしい。暇人が居るならやってもらいたいのだが、1日の隊員たちの会話の内容を判別して欲しい。ほとんどが白銀に関することのはずだ。男の話などほとんどしなかった“あの”速瀬中尉と涼宮中尉までもが、だ。 「――面白いヤツだと思いますけどね。ですが、ここまで話題に上がるのには、正直驚きますよ」 「まぁ、打ち解けていることには間違いないんだろうが……」私たちは雑談に夢中の連中の方を眺めながら会話しているが、伊隅大尉も呆れ気味のようだ。向こうから聞こえてくる会話の内容は、初めは白銀の機動や操縦のことだったはずだが……どう転がったのか、今は何故か彼の女性の好み云々の話題になっていた。これには、さすがの私もからかうことを忘れて苦笑してしまう。伊隅大尉も諦めているのか、私と似たような表情をしている。 「――荒れそうだ………そろそろ訓練に戻ったほうが良さそうだな」 「ですね――からかいどころが多すぎて困るとは、夢にも思いませんでしたよ」 「……そういうものか?」大尉の問いに、私は曖昧に頷いておいた。大尉も普段はあまり見せることは無いが、私と同じような一面を持っているのは私たちの間では、周知のこと。なので、下手なことを言えば、後々からかわれる可能性があるのだ。からかうのは良いが、からかわれるのは勘弁願いたいのでね。訓練に戻ろうと、雑談に興じている隊員たちの方に向かおうとすると、シミュレータールームの出入り口が開き、見知った人物が入ってきた。 「――どうした?ピアティフ中尉」 「いえ――帝都の白銀大尉から、連絡が入りましたので」…………?応対を伊隅大尉に任せ、先に皆のところへ行こうと思っていたが、何やら面白そうな単語が聞こえてきたので、移動を止めた。先程まで話題に上がっていた渦中の人物の名前が出れば、誰だってそうするだろう。 「何かあったのか?」 「その………」伊隅大尉に先を促されたピアティフ中尉は、何やら言いづらそうにしていたが、皆の視線が向いていることに気付いたのか、しばらく間を置いて話し始めた。 「本日帝都より戻る予定だったのですが、急遽予定を変更して、明日の昼頃に帰還するとのことです………」 「「――!?」」なんと。……これは非常に面白いことになりそうな予感。 「理由は聞いているか?」 「はい。詳しくは仰っていませんでしたが、引き止められ断りきれなかったと――」 「そうか――分かった」誰に引き止められたのかは、本人が帰ってきてから直接聞いた方が面白そうだ。何気なく周りを窺うと、雑談をしていた連中にも聞こえていたらしく、何やらまた物議を醸しているようだった。ふふふ――本当に面白い人だ、白銀武。ピアティフ中尉が立ち去り、まだ雑談をしている彼女たちを伊隅大尉が叱ってから、ようやく私たちは特訓に戻った。あぁ、一言だけ言わせてもらおう。この日の特訓は、皆のやる気が尋常ではなかったよ…………11月27日 (火) 朝 ◇帝都城・武の部屋◇ 《Side of 武》俺が今、何を言いたいか分かるだろうか…うん――そう。俺の両脇に居らっしゃる御二人についてだ。 「――お前ら……」 「おはよう、タケル」 「お早う御座います、武殿」俺の端的かつ絶対的な命令はどうなったんだ? 「…俺のとこに潜り込むのは禁止って言わなかったか?」 「左様でしたか?なにぶん、昨日はあのようなことがありました故、失念してしまったのでしょうか?」 「はい――姉上もお疲れになったのでしょう」すっとぼける姉。それにさり気なく同意する妹。まぁ俺が禁止って言ったところで、悠陽が大人しく従うわけがないのは、昨日と一昨日でよ~~~く分かったけどな。 「タケル――寝癖が出来ておるぞ」………もはや何も言うまい。冥夜に寝癖を撫で付けられ、もう怒る気も失せた。というか、怒るのが面倒くさい。なるようになれ………………朝食の時間までは、まだ少しあるがさっさと起きることにした俺は、着替えを手伝うと言い出したアホ姉妹を部屋から追い出してから着替え、部屋を出た。◇ ◇ ◇朝食を摂ったあと、名残惜しかったが俺たちはすぐに帝都を発った。その際、再び一悶着あったが、なんとか無事に出発することが出来た。今回の帝都往訪で、これから起こるはずだった事件は阻止できた――と思いたい。沙霧大尉以下、優秀な衛士を失わずに済むことは何よりだ。甲21号作戦に向け、戦力は多いに越したことは無い。その後に続く戦いのこともある。仲間を、彼女たちを失いたくない。甘ったれだって言われてもいい………それでも、これだけは譲れない。絶対に――俺は横浜基地までの道中、決意を新たにこれからの激戦に思いを馳せた。