11月25日 (日) 午前 ◇帝都城◇ 《Side of 月詠真那》早朝、横浜基地に迎えの者が到着し、冥夜様と武殿、そして私は帝都へと戻ってきていた。此度の帝都への召還は、悠陽様――日本帝国征夷大将軍・煌武院悠陽殿下のワガマ――コホン………要望に御答えしてのものである。ひと月前、横浜基地に忽然と姿を現した白銀武。3年前、京都陥落より消息が掴めなかった彼が何故、横浜基地に現れたのか。私が独自に調べた結果、彼の第4計画の最高責任者である香月夕呼の腹心として活動していたようなのだ。城内省のデータベースを再度確認したが、死亡扱いにはされていなかった。3年ぶりに再会した彼は、昔の名残はあるものの別人のように逞しくなっていた。衛士としての腕前も一級品であると聞き及んでいる。やはり…血は争えないということなのか――帝都に到着してから、冥夜様がお戻りになったという事で、多少の騒ぎはあったものの、特別には何事も無く謁見の間に着くことが出来た。城内では、冥夜様と共に歩いている武殿を奇異の目で見る者が多かったようで、彼は萎縮してしまったようだった。謁見の間では、私の従姉であり殿下の侍従を務めている真耶(まや)が私たちを出迎えた。 「お待ちしておりました、冥夜様。――白銀武殿」 「うむ。姉上は?」 「既にお待ちになっております」 「――分かった。行こう、タケル」戸惑った様子で真耶に会釈する武殿の手を引き、冥夜様は先に行ってしまわれた。後を追おうとすると、マヤに引き止められてしまった。 「――よく見つけたわね。情報省を持ってしても、見つけられなかったというのに」 「冥夜様と私が見つけたのは偶然。彼の方から現れたのよ――」実際は私たちもお手上げだった。冥夜様は決して口にしなかったが、近頃は手掛かりも無く、諦めかけていた御様子だったのだ。 「過程はどうあれ、悠陽様がお喜びになっているのだから問題ないわ」 「もう、そんな言い方は――」 「それにしても、だいぶ変わったわね――」マヤは冥夜様たちの方を見て、ポツリと呟いた。 「3年ですもの――それだけあれば人は変わるわ」マヤは私の言葉に、そうね――とだけ返し、先に行ってしまった2人を追ったので、私もそれに続いた。◇帝都城・謁見の間◇ 《Side of 武》俺は今、猛烈に緊張している。将軍殿下が目の前に居るからだ。しかも殿下は、俺のことをジ~~~~~っと見ていたりする。 「殿下、御尊顔を拝謁させて頂き、恐悦至極で御座います」 「………………」 「――姉上?」 「どうしました?冥夜」 「タケルが姉上に会えて、嬉しいと申しておりますが?」 「えぇ、そのようですね――」あれ――なんか間違ったこと言った?言葉遣いが変だったのかも………殿下からオーラが、しかも凄く黒いオーラが出たように感じるんですけど… 「はぁ~~~……姉上、あまり露骨に拗ねない方が宜しいかと」 「――!!わ、私は別に拗ねてなど――」 「――へ?」どういうこと?…拗ねる?とてもすごく焦り、冷や汗を流しまくっている俺に、冥夜が小声で話しかけてきた。 「姉上は、そなたに殿下と呼ばれたことが不満なのだ(ボソボソ)」 「は?――いやいや、殿下を殿下って呼ばないで、誰を殿下って呼ぶんだ?(ボソボソ)」 「違う。そういうことでは無くて……名で呼ばれたいのだ姉上は――(ボソボソ)」…ナ?――名前?俺に政威大将軍殿下を名前で呼べと?何を仰っているのかな、冥夜さん。そんなこと一般人の俺が許されるんですか? 「いいから早く呼ぶのだ!姉上が本気で拗ねる前に――(ボソボソ)」 「………………」 「うわ――どんどん頬が脹れてってるじゃねぇか(ボソボソ)」しかも俯き加減でこっちを見上げていうので、少し睨むようになっている。なんか可愛いな、殿下――って、何を考えてるんだ。相手は殿下だぞ。しかし呼ばないと、この窮地は脱出不可能な気がするし――――えぇい、ままよ!!!! 「あの………ゆ、悠陽…さん?」 「………………」あれ――あんまり変わらないじゃねぇか。冥夜、謀ったな冥夜!!俺が泣きそうな目で冥夜を見ると、それを受けた冥夜は心底ヤレヤレといった様子で、殿下に話かけた。 「――ふぅ…姉上も、そろそろ宜しいのでは?」 「致しかたありませんね………ですが――」言葉を切った殿下が、立ち上がり近づいてきた。そして、殿下の正面に座していた俺の下へ、スっと寄り―― 「武殿――どうか、かつてのように悠陽と御呼び捨てください」縋るようにして俺に懇願してきた。しかも内容は、呼び捨てにしろと来た。 「――は……え!?いや、しかし――」 「どうあっても、この願いは叶わぬのでしょうか………」目をウルウルとさせ見上げてくる様子は、はっきり言って反則だ。 「武殿………」 (ズイッ) 「あの………………」 (汗) 「武殿………」 (ズイズイッ) 「いや………………」 (焦) 「武殿………」 (ズイズイズイッ)そしてだんだん近づいてくる。容姿が整っているだけに、相当な威圧感がある。もうお互いの吐息がかかるくらいの距離だ…殿下って凄く良い香りがするんだな~~………って、そうじゃなくて――すがるようにお願いしてくる殿下。俺はついに折れることにした。これ以上、殿下――悠陽に悲しそうな表情をさせたくないよ。 「ゆ、悠陽――」 「――っ!!!~~~~~~~~~~~~~♪」呼んだ瞬間に悠陽は真っ赤にして、ウットリとした表情で頬を両手で挟みフルフルと首を左右に振った。よほど嬉しいのだろう。そんな悠陽の様子に苦笑していると、俺と悠陽の間に突然、冥夜が割り込んできた。 「――コホン。姉上、そろそろ落ち着かれては?タケルも困っているようですので」 「あら、私にはそうは見えませんが?」と言い簡単に冥夜を突破し、俺に身体を寄せてくる悠陽。もはや密着していると言った方が良いだろう。またもや良い香りが鼻腔をくすぐる。 「ぬっ!姉上~~~~~!!」 「――をぉうっ!?」それに対抗するためか、俺の腕を取りグイっと自分の方に引き寄せる冥夜。柔らかな感触が腕を包んでいる。嬉しいけどヤバイ――なんとなくマズイ状況になると本能で察知した俺は、助けを求めようと月詠シスターズの方を見ると、シスターズは微笑を浮かべるだけであった。――助ける気ねぇよ、あの人たち……… 「姉上――タケルを見つけたのは私なのですぞ?」 「――いいえ、冥夜。武殿と私は天命なのですよ?」 「あ、あの――ちょっと……」 「――それは違います。絶対運命で結ばれているのが私だからこそ、タケルは私の――」 「冥夜、何度も申しましたが――」 「あのさ――」こ、こいつら人の話を聞きやしねぇ………俺を挟んで言い合っているもんだから、左右から良い香りと素晴らしい感触が――嬉し…じゃなくて!そろそろマジ助けてください……冥夜はまだしも殿下――悠陽がこんな人だったとは思いもしなかった。 「――悠陽様、冥夜様。そろそろ御止めになった方が宜しいかと。武殿がお困りの様子ですので」 「おや――致し方ありませんね…」 「む――致し方ない…」どのくらい双子に挟まれていたのだろうか――それも分からなくなった頃、月詠さん(マヤさんの方) が助け舟を出してくれたおかげで、2人とも離れてくれた。助かった………というか、2人して同じ反応したな。さすが?双子だ。 「武殿――改めまして。お久しぶりで御座いますね――」 「――!」俺から少し離れた悠陽が、三つ指をついた。 「!そういうのは――」 「――ほほほ。このような畏まった礼に弱いのは相変わらずのようで、安心致しました」 「ぬぁっ!?」 「あ~ね~う~え~!!!」またもや密着。今度は正面から……なんかもう無限ループな気がしてきた。でも…冥夜も悠陽も、月詠さんたちも笑顔だから良いか――午後 ◇帝都城・格納庫◇ 《Side of 冥夜》しばらく姉上と2人でタケルと戯れ、昼食を摂った後、姉上が公務をこなさなければならぬということで、私と月詠でタケルに帝都城内を案内することとなった。 「――こちらが斯衛軍、第16大隊専用の格納庫です」 「専用、ですか」 「はい。――武御雷の整備には少々特殊な環境が必要で御座いますので」それから月詠は、将軍家及び五摂家縁者の傍に控えていなければなりません――と付け加えた。このハンガーは特別で、見渡す限り武御雷だけだ。その武御雷が数列、それぞれ2列ずつが向かい合うようにして直立している。――そのあまりの迫力に圧倒されてしまった。手前が黒と白、奥が赤や青。奥に行くほど衛士の階級が高い。一番奥の将軍専用機である紫の武御雷は、とある事情により出払っているが。 「凄いな――この眺めは………」 「ふふ……確かに壮観だ」キャットウォークの手すりから身を乗り出すようにして、ハンガーを眺めていたタケルの傍らに立っていた私も、目の前に広がる壮大な景色に目を奪われている。タケルは吸い寄せられるようにフラフラと奥の方へと進んでしまう。チラっと見えた程度だが、タケルの表情はキラキラと輝いているようだった。 「――タケル待つのだ!…まったく――」 「以前にも同じようなことが御座いましたね」 「うむ――だが、変わっていない部分があるのは、嬉しくもある………」これは私の本心だ。数年ぶりに再開したタケルは、立派な衛士として成長していた。それを頼もしく思うのと同時に、寂しいと思ったのも事実。故に、ああいう無邪気な一面が顔を出すと懐かしく感じ、安心するのかもしれぬ。 「――ん?…どうしたのだ?」 「………………」先に進んでいたタケルが、ハンガーの一番奥で立ち止まっていた。彼の視線の先にあったモノ。それは――《Side of 武》格納庫の一番奥、おそらく将軍専用機が格納されていた場所の更に奥。ひっそりと隠れるように、その戦術機たち――正確には、戦術機の頭部と胸部のみ。中には頭部だけのもある――はあった。 「これは――」 「…どうしたのだ、タケル?」勝手に先に進んでいた俺に、冥夜たちが追いついてきたようだ。俺は一番手前ある銀色の戦術機から視線を外さず――正確には、外せずに聞いた。 「この戦術機は………何です?」 「F-4J改、Type-82瑞鶴。帝国斯衛軍専用機で御座います」 「――これが瑞鶴ですか」 はい――と月詠さんが頷いた。俺は失礼だと思いながらも、お礼すらせずにその戦術機を見上げていた。瑞鶴……武御雷を使用している部隊しか見たことが無かったが、それは一部だけで、斯衛軍のほとんどは瑞鶴を使っていると聞いていたけど、実物を見るのは初めてだ。 「これは派手だな~~~」 「その銀色の瑞鶴は――――そなたの御父上のものだ」 「………………は?」今、何て言った?…親父のだと?驚きのあまり思わず冥夜の方に振り返ってしまった。そんな俺に、月詠さんが説明する。 「影行殿が実際に使用されていたものでは御座いませんが、同様の外装部のみを建造し保管しているのです」 「え?」わざわざ建造してまで?何故そこまでする………今の情勢は決して余裕があるとは言えないはずなのに―― 「――何故そこまでして、ここに置いておくんですか?」 「白銀影行。帝国の人間で、その名を知らぬ者は居ないであろう英雄。その類稀なる才能で斯衛でも指折りの衛士になられた御方。 京都撤退戦…あの地獄から我々が逃れられたのは、あの方のお陰なのです」 「主を、民を、国を護る。近衛の鑑なのです、あの方は――無論、それはあの御方だけでは御座いません。ここにある戦術機の衛士たちは特に秀でた力を持ち、多大な功績を残したのです」 「その志は受け継がれなくてはならぬ。それ故ここにあるのであろう」 「機体色については、影行殿が隊長に就任する際、殿下や部下からの強い勧めで銀色を使用したと。 御本人は特別扱いされることを嫌がってらっしゃいましたが、周囲の強い要望によりこのように――」 「そうですか………」死んじまってもここまで慕われているのか、この世界の親父は……本当に凄かったんだな。親父の事とは言え、他人の事のように感じる。本当の親父では無いからなのかもしれないけど、その事に多少の寂しさを覚える。親父………俺もやってみせるよ。この世界を、みんなを護ってみせる。主の居ない戦術機を再び見上げて、その装甲にコツンと軽く拳を当て宣言する。また誓ったものが増えちまった。何にも出来ずに死んだらブッ飛ばされるだろうな……みんなに。ま、ただで死ぬつもりは無い。やってやるさ――夜 ◇本土防衛軍・詰め所◇ 《Side of 沙霧尚哉》今日のとある会合で、面白い話を耳にした。彼の英雄、白銀影行の忘れ形見が帝都に現れたというものだ。BETA共の横浜進行の折に行方不明になっていたそうが、どうやら生存していたらしい。噂話によると、件の者は国連軍に所属しているというのだが、それが真実ならば解せぬ。彼の英雄の息子でありながら何故、国連などに属しているのか。 「確かめたいものだが………」今の帝国は腐りきっている。大東亜戦争以来、将軍殿下を蔑ろにし、国民から乖離させている。それが、京都を放棄し東京に遷都してから、より顕著になった。そのような事、これ以上許すわけにはいかぬ。英雄の息子が我らの同士になってくれれば―― 「ふっ――私もまだ甘いようだな………」打算的な考えをしてしまった自分に苦笑する。我々は本気でこの国を変えようと集ったのだ。甘い考えは捨てなければならない。機会があれば、彼奴の真意を確かめたいものだがな。◇横浜基地・純夏自室◇ 《Side of 純夏》タケルちゃん大丈夫かな…なんか大変なことに巻き込まれてる気がするよ。――っていうかタケルちゃん、自覚は無いだろうけど自分から首を突っ込むんだよね~~~、大変なことに。それで最後まで付き合っちゃうんだもん。ま、そこが良いとこでもあるんだけどね?むぅ………やっぱり傍に居ないのは寂しいかも。早く帰ってこ~~~い!――まぁ明日には帰ってくるんだけど。………御剣さんが一緒だからちょっと心配。タケルちゃん、ちゃんと帰ってきてね……そこでペンを置く。今日の分の日記はここで終わり。ここに来てから、また日記を始めてみた。これを知ってるのは霞ちゃんだけ。その霞ちゃんは先に眠っちゃった。その霞ちゃんの頭を優しく撫でる。すると霞ちゃんは擽ったそうに寝返りを打った。私も寝よう――11月26日 (月) 午前 ◇帝都城・悠陽私室◇ 《Side of 煌武院悠陽》昨晩は真に夢心地であった。傍らに武殿の温もりを感じられたのですから。夜半、忍び込む際に冥夜に見つかってしまったのは誤算でしたが………結局は冥夜を説き伏せ、共に武殿の寝所に入ることになりました。武殿を独占することが叶わず、それだけが心残りなのですけれど。 「……なんで2人して、俺のとこに寝てたんだよ………」 「もちろん、将来寝所を共にすることに慣れて頂くためで御座いますが――」 「「なっ―!?」」何故か御疲れの御様子だった武殿と、いつもと変わらぬ様子の冥夜が同様に驚きの声を上げた。私、何かおかしな事を申したのでしょうか。 「あ、姉上!姉上とタケルはまだ――」 「………………………」冥夜はすぐに異を唱えてきたのだが、武殿は固まって動かない。もしや―― 「――武殿?どうかなさいましたか?言葉を失うほどに喜んで頂けたと受け取って宜しいのでしょうか?」 「え!?いや、そういうわけじゃ――」どうやら違った様子。残念ですわ……それはそうと、武殿は今日の夕刻には横浜に戻ってしまわれる。何としても今日は武殿と共に過ごさなければ―― 「ところで冥夜。少々、頼みたいことがあるのですが」 「は。何でしょうか?」 「――武殿、大変申し訳ないのですが、暫し席を外して頂けないでしょうか?」武殿は私の言葉に首をかしげながらも、言うとおりに席を外して下さった。ふふ――では、始めましょうか。◇帝都◇ 《Side of 武》今日は帝都を見て回れてのお達しで、冥夜と月詠さんと俺で帝都を見物……もとい視察している。こんなノンビリしていて良いのか?と思うが、将軍殿下からのお達しでは仕方ない。横浜に帰ったら、また訓練漬けの毎日だもんな~~。横浜で自主訓練をしているであろうみんなには悪いけど、お言葉に甘えてノンビリするか。 「――タケル、夕方には横浜へ発つのだ。今は姉上の好意に甘えようではないか」 「…あぁ、そうだな――」観光、とは言えないが俺にとっては初めてであろう帝都だ。BETAと戦わなくてはいけないという焦燥感が募るが、活き活きとしている冥夜を見ていると、視察して行くのも悪くはないと思える。 「――どうしたのだ?タケル」 「ん?――何でもない。行こうぜ」 「うむ」そう言って俺の隣を歩く冥夜なのだが、1つ気になっていることがある。出かけたときから、妙に冥夜との距離が近いのだ………物理的に。マジで。俺が何気なく離れても、すぐにスッと近づいてくる。さりげなく確実に。もしかしたら、悠陽に何か吹き込まれたのかもしれない。悠陽と親しく話すようになって間もないが、分かったことがある。あの将軍様、実は黒い。その将軍様に、猪突猛し――信じたら真っ直ぐ一途な冥夜が、何か吹き込まれてしまったのかもしれない。はぁ~~と溜息を吐いた俺に反応したのか、こちらを振り返った月詠さんが苦笑した。俺としては冥夜を何とかして欲しかったんだけどな………《Side of 沙霧》通常業務の合間、私は何を思ったのか白銀武を訪ねていた。――が、あえなく空振りに終わってしまった。理由を聞くと、都内の視察に出てしまったとのことだった。彼が何のために帝都に現れたのか定かではないが、ただ視察のために現れたとは考えにくい。もっとも、その理由など私はどうでもいいのだが。さて、どうしたものか………そもそも私は何故こんなにも彼に拘っているのか。たかが、国連の一兵士に。◇ ◇ ◇私は気の向くまま、あちこちを探し歩いてみたものの、ことごとく空振りに終わり、打つ手が無くなった私は一旦詰め所に戻った。 「ずいぶん御早いお戻りですね」 「――あぁ、会えなかったよ」執務室に戻ってきた私に声をかけてきたのは、私の腹心として動いてもらっている駒木咲代子中尉だ。 「そうでしたか……どうされるのです?」 「ふ――」駒木中尉の表情を見ると、私が考えていることなど見通しているであろうことが窺える。伊達に長い付き合いではないようだな。 「それにしても――貴方がそこまで入れ込むとは珍しいこともあるものですね」駒木中尉は少しだけ、眉をひそめて問いかけてきた。やはり彼女から見ても、今の私の行動は理解し難いのだろう。自分でも理解しきれていないのだから救いようが無い。 「英雄の忘れ形見とは言っても、国連に所属する売国奴ではないのですか?」 「………………」駒木中尉の言葉に、私は沈黙した。彼女の言っていることも分かる。だが、私の中の何かが訴えかけてくるのだ。彼に会えと――問いかけに答えない私に業を煮やしたのか、駒木中尉は溜息を吐き何も言わなくなった。私の考えに賛同し、ついて来てくれている腹心に何も言えない事を心苦しく思うが、自分でも理解しきれていないのだから、説明のしようがない。すまないな、と呟くと彼女は困ったように苦笑した。それから暫くは雑務をこなし、正午過ぎに昼食を摂ったりと、普段と変わらぬ生活を送った。午後に予定されていた部隊の訓練に合流しようと移動していると、前方から見慣れぬ3人がこちらに向かって来ているのが見えた。だんだんと近づいていくと、その3人の内の1人は斯衛軍の月詠中尉である事が分かった。他の2人は見覚えが無い。しかし、その2人は国連軍の制服を着用している。――もしや、と思い近づくと、不意に接近してきた私を警戒したのか、月詠中尉が国連の者の前に立った。しかし、相手も接近してくるのが私だと分かったのか、多少なりとも警戒を緩めてくれたようだ。 「――月詠中尉」 「沙霧大尉か」共に帝都を守護する身、所属する部隊は違えど腕の立つ者同士、知らぬわけは無い。 「このような所で、御会いするとは珍しいな」 「客人に帝都を案内している故――」客人――そう紹介された2人の方に視線を向けると、2人は会釈してきたのでそれに答えつつ問う。 「………白銀武、ですかな?」 「――!?」私が名前を知っていることに驚いたのか、表情が変わった。警戒の色が見える。ひとまず自己紹介をするべきか。警戒させたままでは、まともな話は出来ない。 「私は、帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉だ」 「俺…私は国連太平洋方面第11軍横浜基地所属の白銀武大尉です」 「――同じく横浜基地所属、御剣冥夜訓練兵です」ほう、大尉とは――国連軍で親の威光は発揮できぬはず。とすれば、自身の実力でその立場に居るのか………嘗めてかからぬ方がいいのであろうな。そして御剣と言ったか。この訓練兵は――いや、今はそのようなことはどうでもいい。 「いきなりの頼みで申し訳なく思うが、貴官と少し話がしたい。時間を頂けるか?」 「え……?」 「頼む――」 「――!…………分かりました」返答までに暫しかかったが、白銀大尉が了承してくれたことに安堵した。駒木中尉にも言われたが、私は何故ここまで必死になっているのだろうな――《Side of 冥夜?》武殿を連れて行ってしまったのは、沙霧尚哉といいましたか。せっかく武殿と過ごせる機会だったというのに……………… 「ふふふ………まさか、このような邪魔が入るとは。この報いは如何様に致しましょうか――」様々な事を考えていると、マナさんがこちらの様子を窺うように声をかけてきました。少し考えに耽りすぎたようですね。考えていたことを口に出してなければ良いのですが―― 「冥夜様――」 「少し様子を見に……」 「武殿は待つようにとのことでしたが?」マナさんは引き止めようとするが、私の心は決まっているのです。 「ふふふ。武殿には申し訳ありませんが、致し方ありませんね」 「――冥夜様?………!!もしや――」マナさんは気付いたようですね。私と目を合わせたマナさんは、それ以上何も言わないようでした。ふふふ――武殿。今、私が参りますわ。《Side of 武》 「――何故、貴官は国連軍などに所属しているのだ?」沙霧尚哉――前の世界では直接面識は無い。クーデターのときに戦場で遭ったことがあるだけだ。彼はクーデターの首謀者で、俺は悠陽――殿下を乗せて逃げていた……XM-3を搭載していた俺の機動に、旧OSの機体で易々と追従してきたことからも分かるように、衛士としての腕前は一級品だ。もっとも、俺は吹雪で彼は不知火だったのだけど………おそらく機体が同じでも、あの時の結果は変わらなかったと思う。 「答えて貰いたいのだがな――」沈黙していた俺に答えを催促するように声をかけてきた。俺は少し考えるそぶりを見せ、それからゆっくりとした口調で話した。 「成さねばならない事があります」 「そのために国連に属していると?」その言葉に、真っ直ぐに相手の目を見据えて肯定する。沙霧大尉の表情は、何か計りかねている様に見える。 「国連軍所属とは言っても、俺が居る基地が国連軍だっただけで、あの基地が帝国軍基地なら俺は帝国軍所属でしたよ」 「…どういう事だ?」 「俺の目的を達成するためには、あの基地でなければならない――それだけのことです」沙霧大尉は、顎に手を当て少し俯いてしまった。何か考えているのだろう。 「その目的とやら………聞いても良いか?」 「護りたいものを護る――この世界に生きる者なら、当たり前のことかもしれないですけどね」沙霧大尉の表情は少し変わったようだが、俺には彼の考えていることなど分からない。 「貴官は己が信念を貫くために、国連に属しているということか――」 「そういう事になりますね」そうか――と短く応えた沙霧大尉は、また黙り込んでしまったので、今度はこちらから話を振る。 「――俺が帝都に居ると、よく御存知でしたね」 「部下達が噂しあっていたのでな。彼の英雄の忘れ形見が帝都に現れた、とな」 「…それで俺に会おうと?」 「なんと言うか――話がしてみたかったのだ、貴官と」それだけの理由でわざわざ会いに来るのか?答えた沙霧大尉の口調は、どこか含みがあるように感じる。まだ何かあるのかもしれない。クーデターと関係があるなら、ここでハッキリさせておいたほうがいいだろう。俺はゆっくりと言葉を選びながら質問をする。 「……沙霧大尉は、今の日本をどう思います?」 「何?」唐突に話を変えたので、不振がられたようだが、こうして12・5事件の最重要人物と巡り合えたんだ。この機会を最大限に利用させてもらおう。 「今の日本――例えば、将軍殿下と帝国議会や軍の関係………」 「――!」 「どう思いますか?」もし、この世界でも彼らがクーデターを企んでいるのなら、必ず阻止しなければならない。沙霧大尉や富士教導隊、ウォーケン少佐たち優秀な衛士を失うことは人類にとって大きな損失になる。それに、再び米国の介入を許すことに成りかねない。米国は夕呼先生の研究を快く思っていない節がある。万が一、第4計画反対派が紛れていたら……オルタネイティヴ4の完遂――そのための障害は全力で排除する。 「真に在るべき御姿では無い………私はそう思う――」 「在るべき姿とは?」 「殿下の御尊名において政は行われ、政府や軍は生じた齟齬を正す――これこそが本来あるべき姿だろう。我らの先達は、日本を今のこのような国にするために死んでいったのではない」沙霧大尉のこの物言い――やはりクーデターを計画しているのか?前の世界で今と同じようなことを聞いたような気がする… 「BETAの侵攻により、我らが帝都を放棄し東京に遷都してからというもの、政府の動きはそれまでに比べ格段に悪くなった………」俺が聞き返す前に沙霧大尉が続ける。胸の内を吐露するように話す彼を見ていると、本気で日本の行く末を考えているのだと感じる。こういう考えを持った人を、あんな戦いで失ってしまったことが悔やまれる。 「もっとも、遷都以前――大戦終結及び、日本がBETAとの戦いで最前線化してからというもの、帝国議会や軍は、将軍殿下の権威を利用し独断先行をしていた。 帝国の礎たる将軍家と国民を乖離させているのだ………だが!」 「――これ以上、それを許すわけにはいかない。日本は変わらなければならない。だけど……そう簡単に変われるものではない――ですよね」 「白銀武…君は――」沙霧大尉の言葉を継ぎ、俺が発した言葉に彼は目を見張った。 「………俺も色々と経験しているんで」 「そうか――」俺は、前の世界で見聞きしたことから、自分なりに考えたことを言っただけなんだけどな。この反応、やはりクーデターを………――――っ!?俺は目の前の光景に、思考を中断せざるを得なかった。 「――沙霧、大尉?」沙霧大尉が俺に向かって頭を下げていた。今日会ったばかりの、しかも彼が忌み嫌う国連の衛士である俺に。 「改めて貴官に頼みがある――」 「え…?」突然のことで、ちゃんと返事が出来ず、マヌケな声を出してしまった。今日初めて顔を会わせた人間に、まさか頭を下げられるとは思っていなかった。 「私と共に来て欲しい。先程の貴官の言葉を聞いて、私も腹を決めた」 「どういう意味です?」 「先程も述べたように、このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまうだろう。 そこで、それを阻止するために私は――私たちは超党派勉強会である戦略研究会を結成した」 「――!!」戦略研究会。その存在は前の世界では、美琴の親父さん――鎧課長から聞いていた。それに集った人たちが、クーデターを画策していたと知ったのは事が起きてからだったけれど。 「そして近々、そこに集った憂国の烈士は、この国の道行きを正すために決起するだろう。だが――我々は国民に仇成すのではない。 我々は日本を蝕む国賊、亡国の徒を滅するために行動するのだ。それに、彼の英雄の忘れ形見である貴官にも加勢して欲しい」 「それは………」榊――委員長の親父さんはクーデターのときに殺された。本当は泣きたいのに、必死に堪えていた。彩峰も親父さんの部下だった沙霧大尉がクーデターの首謀者だと知って、悩み苦しんでいた。美琴は親父さんの事で嫌疑をかけられたりした。みんな苦しんだんだ。政府の人間が全て悪というわけでは無いはずだ。それに……無駄な血を流せば冥夜と殿下――悠陽が悲しむ。俺は、アイツ等の悲しむ顔は絶対に見たくない。 「帝国に巣食った逆賊共を討ち、全ての膿を出し切らねば、この国は変わらぬ。君も先程言っていたではないか!簡単には変わらぬと――」 「――!」 「………正直に言おう。まだ私の中にも迷いがあった……殿下の御心に背き、事を起こすことに――だが、君の言葉で目が覚めた。やはり、この国は変わらねばならぬ!」 「確かに、貴方の言うことも分かる。だけど――!」互いの考えを吐き出す舌戦は、段々と激しくなっていく。俺たちは眼前の相手しか見えていない。どうして…どうして、そこまで日本の未来を考えているのに………そこまで国を、民を、殿下を想っているのに―― 「貴方は…殿下が悲しむと知って、それでも尚、人を斬れるんですか!?俺は、アイツ等を泣かせるような真似は絶対に許さない!!」 「――!」 「そこまで想っているのに、貴方は――」 「たとえ………たとえ、行く道が外道であろうとも――私は!」パキッ―! 「「――!?」」俺たちの舌戦は唐突に終わりを告げた。突然、近くで枝を踏み潰すような音がしたのだ。俺たちは休憩所近くの植え込みなどで影になっている場所で話し込んでいたので、会話を聞き取るためには、わざわざ近付いてこなければならないはず。ここでの俺たちの会話は、誰かに聞かれても良いような会話ではないためだ。 「ち――!」舌打ちしながら音がした方へ向かう沙霧大尉。動きが速い――彼は移動しつつ銃をかまえている。俺も沙霧大尉の後を追うが、それだけ。それほど沙霧大尉の動きは素早かった。俺もそれなりの修羅場を潜って来てるけど、まだまだみたいだな…植え込みの向こうに人影が見えた。俺たちが凄まじい勢いで近づいて行くのに、動く気配が無い。逃走を諦めたのか、あるいは逃げる気が無いのか。いずれにせよ、すぐに顔を見ることになるが。 「――な!」 「………………?」先に相手を見たであろう沙霧大尉が動きを止めた。俺も数瞬、彼に遅れて相手の姿を目にした。そこに立っていたのは、斯衛軍の赤の制服と、国連軍の訓練生用の制服に身を包んだ2人の女性だった――