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No.25115の一覧
[0] ラピスの心臓     【立身出世ファンタジー】[おぽっさむ](2013/07/07 23:09)
[1] 『ラピスの心臓 プロローグ』[おぽっさむ](2012/02/17 17:38)
[2] 『ラピスの心臓 無名編 第一話 ムラクモ王国』[おぽっさむ](2012/02/17 17:38)
[3] 『ラピスの心臓 無名編 第二話 氷姫』[おぽっさむ](2012/02/17 17:39)
[4] 『ラピスの心臓 無名編 第三話 ふぞろいな仲間達』[おぽっさむ](2012/02/17 17:40)
[5] 『ラピスの心臓 無名編 第四話 狂いの森』[おぽっさむ](2012/02/17 17:40)
[6] 『ラピスの心臓 無名編 第五話 握髪吐哺』[おぽっさむ](2014/05/13 20:20)
[7] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 プレゼント』[おぽっさむ](2014/05/13 20:19)
[8] 『ラピスの心臓 従士編 第一話 シワス砦』[おぽっさむ](2011/10/02 18:21)
[9] 『ラピスの心臓 従士編 第二話 アベンチュリンの驕慢な女王』[おぽっさむ](2014/05/13 20:32)
[10] 『ラピスの心臓 従士編 第三話 残酷な手法』 [おぽっさむ](2013/10/04 19:33)
[11] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 蜘蛛の巣』[おぽっさむ](2012/02/12 08:12)
[12] 『ラピスの心臓 謹慎編 第一話 アデュレリア』[おぽっさむ](2014/05/13 20:21)
[13] 『ラピスの心臓 謹慎編 第二話 深紅の狂鬼』[おぽっさむ](2013/08/09 23:49)
[14] 『ラピスの心臓 謹慎編 第三話 逃避の果て.1』[おぽっさむ](2014/05/13 20:30)
[15] 『ラピスの心臓 謹慎編 第四話 逃避の果て.2』[おぽっさむ](2014/05/13 20:30)
[16] 『ラピスの心臓 謹慎編 第五話 逃避の果て.3』[おぽっさむ](2013/08/02 22:01)
[17] 『ラピスの心臓 謹慎編 第六話 春』[おぽっさむ](2013/08/09 23:50)
[18] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 ジェダの土産』[おぽっさむ](2014/05/13 20:31)
[19] 『ラピスの心臓 初陣編 第一、二、三話』[おぽっさむ](2013/09/05 20:22)
[20] 『ラピスの心臓 初陣編 第四話』[おぽっさむ](2013/10/04 20:52)
[21] 『ラピスの心臓 初陣編 第五話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:22)
[22] 『ラピスの心臓 初陣編 第六話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:23)
[23] 『ラピスの心臓 初陣編 第七話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:24)
[24] 『ラピスの心臓 初陣編 第八話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:25)
[25] 『ラピスの心臓 初陣編 第九話』[おぽっさむ](2014/05/29 16:54)
[26] 『ラピスの心臓 初陣編 第十話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:25)
[27] 『ラピスの心臓 初陣編 第十一話』[おぽっさむ](2013/12/07 10:43)
[28] 『ラピスの心臓 初陣編 第十二話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:27)
[29] 『ラピスの心臓 小休止編 第一話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:33)
[30] 『ラピスの心臓 小休止編 第二話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:33)
[31] 『ラピスの心臓 小休止編 第三話』[おぽっさむ](2014/06/12 20:34)
[32] 『ラピスの心臓 小休止編 第四話』[おぽっさむ](2014/06/12 20:35)
[33] 『ラピスの心臓 小休止編 第五話』[おぽっさむ](2014/06/12 21:28)
[34] 『ラピスの心臓 小休止編 第六話』[おぽっさむ](2014/06/26 22:11)
[35] 『ラピスの心臓 小休止編 第七話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:09)
[36] 『ラピスの心臓 小休止編 第八話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:09)
[37] 『ラピスの心臓 小休止編 第九話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:08)
[38] 『ラピスの心臓 小休止編 第十話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:08)
[39] 『ラピスの心臓 外交編 第一話』[おぽっさむ](2015/02/27 20:31)
[40] 『ラピスの心臓 外交編 第二話』[おぽっさむ](2015/03/06 19:20)
[41] 『ラピスの心臓 外交編 第三話』[おぽっさむ](2015/03/13 18:04)
[42] 『ラピスの心臓 外交編 第四話』[おぽっさむ](2015/03/13 18:00)
[43] 『ラピスの心臓 外交編 第五話』[おぽっさむ](2015/04/03 18:48)
[44] 『ラピスの心臓 外交編 第六話』[おぽっさむ](2015/04/03 18:49)
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[25115] 『ラピスの心臓 外交編 第六話』
Name: おぽっさむ◆96f21d48 ID:d118fa5e 前を表示する
Date: 2015/04/03 18:49
      Ⅵ 氷下の都










 眠りから覚めたばかりの朝のターフェスタの都。
 赤い軍服を着て、山嶺に広がる職人街を闊歩するシュオウに集まる視線は、いいようのない敵意で満たされていた。

 時刻は未だ陰陽の入り交じる頃である。にもかかわらず、街に漂う空気に清らかさはない。まるで街が眠らぬまま夜を明かしたように疲弊した気を纏っていた。

 家々には火が灯り、軒先に佇む街人達は皆険しい顔で不揃いな得物を握っている。

 はじめ、シュオウは自らが脱走者となった事が広く流布されたのではないかと考えた。しかし、彼らはただ無言でじっと視線を寄越すのみ。手を出してくるような様子もなく、どこかへ知らせをやったような気配もない。
 髪の色という大きな民族的特徴という点において、シュオウはむしろ彼らに同化している。
 残された心当たりといえば、自身が纏った服くらいのものだった。

 ──これ、か。

 険悪な視線を向けられているのがこの国の輝士の制服に対してだとしたら。そう考え、自分がどれほどターフェスタという土地について知識がないか、思い知らされていた。
 その土地において、貴種へ寄せられる感情が尊敬や憧憬、また憎しみや嫉みであるのか。それらを知ることは、その地の情勢を知るための大きな手がかりとなる。

 ムラクモの王都においては、民の輝士への思いの多くは畏怖で占められていた。ときに彼らの持つ力に怯えつつも、民らは輝士を必要なものとして認識し敬っていた。それは、ムラクモという国家において、真っ当な統治が行き届いていることへの一つの証左ともなっている。

 改めて見る人々からの視線。ある中年の男は少しも瞬くことなく、そしてまた別のとある女は、顔をそむけつつも憎しみを込めて口元を歪めている。
 彼らがみせる負の感情が、着ている赤黒の軍服に寄せられているのだとすれば、この土地はなんらかの病を抱えているのではないかと、シュオウは思った。

 極力、人出の少なそうな裏道を選んだというのに、その意味はほとんどなく、ようやく朝日が夜の気配に勝り始めた街の景色は、時を追うごとに数を増す言葉少ない人々の群れで覆われつつある。

 ──気味が悪い。

 原因のわからぬこの状況に、シュオウは踏む足に力を込めて歩幅を広げた。

 足場すらおぼつかない異国の地で、単身で逃亡しなければならなくなり、仲間達は散り散り、その行方すらわからない。じつにタチの悪い状況である。

 導《しるべ》とするものがない今、まずは、これからの行動に優先順位をつける必要があった。
 最優先事項は、アイセ、シトリ、シガの三人の居所を把握すること。先日聞かされた報告によれば、この三人は拘束を免れたという。

 今回の件の発端となっているであろうジェダの犯行について、シュオウは未だ彼の言っていたことをすべて鵜呑みにする気にはなれなかった。

 とらわれの身であり、そしておそらくそう遠くないうちに処刑される身でもあるジェダ。
 ムラクモという社会と関わりをもってから、幾度かの縁を交わした相手ではあるが、その身を真に案じているかといえば、否である。

 ──来なかった。

 自由への入口へ誘う手を、彼はとらなかった。
 シュオウにはその一点において確信があった。ジェダは確実に逃げることが可能だった一瞬の隙を自ら放棄したのだ。

 歯を食いしばり、シュオウは街角を曲がる寸前に右手側にある建物の壁を拳で打った。

 苦労を無駄にされたという思いだけではない。彼は目の前まで運ばれてきた命綱を断ち切り、自死を選んだのだ。シュオウにとってそれは、理解に苦しむ行いだった。
 あの瞬間にジェダが見せたささやかな微笑みは、どこか自嘲染みていて、許しを求めている幼い子供のようにも見えた。

 その顔を頭の隅に残したまま、シュオウは街の中心地に向けて歩む足を速めた。







 下民や職人達が多く住まう下街の一角、場末酒場に座る大男に、店主がおそるおそる問いかけた。

 「お客さん、いい加減帰ってくれねえかな……。丸一日居座ってたいして金も使いやしねえじゃねえか」

 溜め息交じりに言われた大男、南山出身で褐色肌をしたガ・シガは、酒注ぎ台に体を預け、小指ほどの大きさの酒杯を、飢えた獣のようになめ回した。

 「うるせえな、まめに注文は入れてるじゃねえか」

 「注文たってあんた、馬の餌台にもならねえような安酒をちびちびと入れてるだけじゃあよ、はっきりいって仕事の邪魔なんだ」

 「てめえは酒売りだろうが、黙って注文通りのものを注いでればいいんだよ。この俺に出ていけだと? へッ、やなこった。これ以上ムラクモの阿呆どのも面なんか拝んでられるかよ……おら、酒だ、同じもんよこせ」

 店主は渋い顔で粗末な酒瓶を開け、シガの大きな手につままれた小さな杯に牛の涙ほどの液体を注いだ。

 「ムラクモのって、あんたもそのムラクモの人間なんだろうよ。正味なはなし、うちはターフェスタでも下の下の店だ。密造したカス酒に泥水混ぜて、表に顔だせない屑どもからぼったくってるような店なんだよ。こんなとこにあんたみたいなお偉いお方様に居着かれちゃ、連中が怯えて顔をださなくなっちまう。変な噂が流れるまえに出てってくれねえか……」

 シガはちびちびと安酒を舐める。

 「俺が輝士だと? ざけんな、誰があんな──」
 外から怒鳴り声が聞こえ、シガは口を閉ざした。聞こえてくる声に耳を傾ける。

 「情報が入っているんだぞ、青の軍服を着た男がこの店に入ったきりだと」

 声の主がシガを求めて訪れていることは明白だった。しかし、穏便に探しにきたという雰囲気ではない。壁越しに聞こえてくるのは威圧的で硬い、敵意のこもった声だ。

 「いわんこっちゃねえ……くそッ、軍に目つけられたら商売あがったりだぜ。わるいが、俺はあんたに脅されてたってことにさせてもらうからな」

 言って、店主はおもむろに自らの顔面を柱に打ち付ける。赤くなった鼻から血が零れ落ちた。

 店の入口の戸を押して、赤い軍服を纏った二人の男達が店内に入ってきた。
 輝士達は足を止め、なかを見渡してすぐにシガを見つけた。互いに顔を合わせて頷き、佩いた剣を抜きはなつ。それぞれが左右に別れ、座ったまま動かないシガを囲んだ。

 「ムラクモ特使団の一人だな」

 返事などするまでもない。シガはムラクモの青い軍服を着ているのだ。
 シガは否定せず、黙って杯にこびりついた酒を舐めとった。
 輝士達は互いに目を合わせほくそ笑む。さながら、親に褒めてもらえることを期待している子供のように無邪気な表情だった。

 輝士の一人が抜いた剣の刃をシガに向けた。

 「立て、貴様には出頭命令が下されている。さからってもかまわないが、反抗した場合にはあらゆる措置をとる事が許可されているぞ。二対一の状況でどうなるか──」

 シガはゆらりと立ち上がる。天井に届きそうなほどの体格が、するすると伸びていく様に、輝士たちは思わず一歩後ずさった。
 けして小柄とはいえない輝士達と比べても、その差は大人と子供ほども大きい。

 「自分のしてることがわかってんのか」
 高みから睨みを効かせると、輝士達は額に汗玉を溜めて唇を濡らした。
 「は? えっ……」

 シガは舌打ちをして、猛獣の如き鋭い犬歯を見せびらかせた。
 「殺しの道具向けた時点で、全部覚悟してんだろうなって聞いてんだよ!」

 長い手を伸ばし、シガは二人の輝士の頭を掴んだ。そのまま、怪力で彼らの足が浮くまで持ち上げ、酒注ぎ台に思い切り打ち付ける。元々の馬鹿力と彩石による強化された筋力によって、二人の輝士の頭は台の表面を突き破って首まですっぽりと埋めていた。ぐにゃりと歪んだ首と、びくともしない彼らの体は、命の結末がどうなったのかを如実に物語っている。

 「ひ、ひぃぃ──」
 様子を見ていた店主が腰を抜かして倒れ込んだ。

 店の入口から突如、この状況に不釣り合いな拍手が響く。
 見ると、そこに腰まである長い髭をたくわえた体格の良い大男が立っていた。

 「見事な手際だよ。兄さん、あんた相当コレに慣れてるんだろうな」

 長髭の男は親指を立て、自らの首に一筋の線を引いた。
 気が立ったまま、シガは歯をむいて長髭の男を威圧した。

 「見世物じゃねえッ」

 泣く子も黙るシガの一吠えも、男はどこふく風で微動だにしない。

 「落ち着けよ、俺はあんたらの敵じゃねえ」

 酒注ぎ台の奥で腰を抜かしていた店主が、おそるおそる男の名を呼んだ。
 「び、ヴィシャの旦那で……?」

 ヴィシャと呼ばれた男は髭を撫でつけ、店主をきつく睨めつけた。
 「こちらの兄さんに一等の酒を。お前のケチな店でも一本くらいは寝かせてるだろう──」

 店主はぺこぺこと終わり無く頭を下げ続け、床下に空いた鍵穴に鍵を差し込んだ。
 ヴィシャはおもむろに指笛を鳴らした。合図を受けて、店の外からぞろぞろと柄の悪い男達が入ってくる。

 「──片付けろ」

 顎を振ってヴィシャが言うと、男達は黙したまま、シガのしでかしたことの後片付けを始める。
 柄の悪い男達は動かなくなった二人の輝士をかついで、店の奥へ消えていった。

 見届けて、ヴィシャは酒注ぎ台の席に腰を下ろした。
 「座れよ。立ち飲みが好きってんならそれでもいいがね」

 シガは興奮を冷まし、一つ分ヴィシャとの間に席をあけて腰を落ち着けた。
 床下から、いかにも高給そうな酒瓶を出した店主は、瓶に下げた札をヴィシャに示した。

 「だ、旦那、いかがでしょう……」
 「十年物のレダ、貴腐紅酒か。悪くない」

 ヴィシャはシガにむかって顎をしゃくる。
 店主は震える手をどうにか押えながら、大きめの酒杯二つ用意し、酒を注いだ。

 「酒一杯で愛想ふりまくほど、俺は脳天気じゃねえぞ」

 シガは水を飲むような勢いで出された酒を飲み込んだ。

 「兄さん、あんたどうも自分の置かれてる状況がわかってないようだな」
 「あ?」
 「あんたのお仲間だがな、昨日の夜に罪人として領主の城にしょっぴかれてるぜ」

 シガは目を剥いて声をあげた。
 「罪人だぁ? いったいだれがだよ」

 一瞬、シュオウの顔が頭をよぎり、腰が浮いた。なにしろ彼は平民でありながら、今現在のガ・シガという男に、最も高い値をつけている男だ。雇い主であり、多少の恩もあり、ここのところはなにかと同じ時を過ごしていることが多い人物でもある。

 しかし、ヴィシャからでた名は、シガの爪の先ほどの不安を笑い飛ばすものだった。

 「東方の大貴族様、サーペンティアのぼんだとよ」
 「……なんだ、あの女男か」

 急速にシガの興味は失せていく。

 「なにをしたかしらねえが、あの野郎とはろくにつきあいもねえ。どうなろうが知ったこっちゃねえな」

 ヴィシャは注がれた酒に一口もつけることなく、じっと酒杯を見つめていた。
 「こいつは意外だ、てっきり取り乱すもんだと思ったんだが」

 シガは鼻で嗤う。

 「一度や二度顔を見ただけの野良犬が肉屋につれてかれたからって、てめえはいちいち心配するのかよ」

 「なるほど。たしかに俺の手持ちの情報は、あんたらの関係にまでは及ばねえ。だがな兄さん、あんたはやっぱりわかってない。あんたらのお仲間のうち何人かは捕縛を逃れて、いまもまだ逃げ回ってるって話だ。ここの馬鹿領主はなにを考えてだか、東側でも一二を競うような貴族家の若様に濡れ衣を着せやがった。市街地でおこった殺人がその若様の仕業なんだとよ……へッ、馬鹿にしやがって。一年もの間起こり続けた凶行の犯人が、昨日今日ここへ来たばかりの貴族のぼんぼんの仕業だと……? ふざけんな……ふざけんじゃねえよッ」

 ヴィシャは憤怒の顔で、手のなかの酒杯を握り割った。
 零れ、血を混ぜながら床にこぼれていく酒を見て、シガは漠然ともったいないという気持ちに囚われた。
 口を閉ざしたままのシガに、ヴィシャが苛立たしげに声をかけた。

 「他人事みたいな態度だが、事はもう穏便にはすまねえぞ。あんたにその気はなかったようだが、昨日の時点で拘束を免れたムラクモ輝士は、生死を問わずの捜索命令が出てるんだ、今から投降したって、その後の身の安全がどうなるかわかったもんじゃねえ。おまけに兄さんはすでに二人のターフェスタ輝士を殺ってるんだ、どう言い繕ったって、あんたも立派な罪人さ」

 シガは酒杯を弾いて音を奏で二杯目を要求した。

 「上等だ、どこまでいっても俺につきまとうのは血と暴力。かかってくるやつは全員ひねり殺してやるだけだ」

 注がれた二杯目をあおったシガに、ヴィシャがぐいと大きな顔を寄せた。

 「早まるなよ。俺はな、ここら一帯を牛耳ってる親方どもの全権を掌握している。自分で言うのもおこがましいが、俺がここいら一番の権力者さ。下街《なわばり》でひと一人をかくまうことなんてわけもねえ。あんたのこれからの衣食住は全面的に俺が面倒をみてやる」

 言ったヴィシャの襟首を、シガは思い切り掴み押した。

 「甘い言葉をかけてくるやつらはみんな最後に裏切った。俺はな、いつでも俺を殺せるやつの言うことにだけ耳を貸すことしてるんだ。てめえは違う、お前みたいな雑魚、百人が束になって襲ってきてもこわかねえ」

 凄んでみせてもヴィシャは少しも怯えた様子がない。

 「そうだろうな、だが悪くない話だろう。別に一カ所に閉じ込めて取って食おうって言ってるわけじゃねえ。あんたにはココの糞軍属どもとの戦いに力を貸してもらいたいんだよ」

 突拍子もない内容に、シガはヴィシャから手をはなし、鼻の奥が詰まったような高い声をあげた。

 「ああ? 身内に喧嘩ふっかけようってのか」

 ヴィシャはよれた服を直し、じっくりと頷いた。

 「俺はな、命より大事なもんを二つも無くしちまった。上の連中はなにを考えてか知らんが、その原因がムラクモの若様だとぬかしやがる。そんなわきゃないのによ。自力で探そうにも、俺たちには縄張りってもんがある。下街ならともなく、上街となると、金持ちやお偉い貴族様どもの手の内だ。すっこんでろとのたまって無くしたもんを自由に探すことすらままならない」

 話ながら唇が震え、目が血走っていく様に、シガはこの男がただ自分を騙して利用するための演技でしていることではないと、感じていた。

 「俺に捜し物を手伝えってのか」
 ヴィシャは首を振って否定する。

 「あんたにそれが向いてるとも思えねえ。土地勘もなし、追っ手もある野郎になにを期待しろってんだ」

 それもそうだと、シガは心中で納得する。

 「俺はな、このまま探し物が見つからなければ、その原因をいつまでも放置しやがった連中に一戦ふっかけるつもりでいる。ケチな戦争じゃねえ、領民どもを盛大に巻き込んでの決戦さ。兄さん、そうなったときによ、あんたには盛大に俺の戦に助勢してもらいたいんだよ。そうしてくれるってんならな、俺は命がけであんたを隠すし、事が全部終わったときのための逃げ道だって支度する。欲しいものは全部用意してやる……どうだ、あんたのその腕、俺に貸しちゃくれねえか」

 手のひらをうえに向けて、ヴィシャは手を指しだした。
 必死の顔を見つめ、シガは険しい顔のままヴィシャに言う。要するに、彼はシガに用心棒になれと言っているのだ。

 「金はいらねえ。その代わり飯だ、北で一番の料理をしこたま用意しろ。それに、この酒よりもっと上等な物も樽で寄越せ」

 「安いもんだ」

 シガは歯をだして笑い、ヴィシャの手を叩いた。
 「いっとくが、俺は食うからな」

 シガを見てヴィシャはどこか余裕のない笑みを返した。おそらく軽口だと思っているのだろうが、そうはいかない。金払いを約束したほうがましだったと、この男を後々後悔させてやろうとシガは密かにほくそ笑んだ。







 シュオウはあてもなく、行方知れずとなっている仲間達を探していた。
 しかし土地勘もなく、緊急時にとる行動の事前の打ち合わせもなかったため、彼らがどこへ潜伏しているのか、まるで知りようがなく推測もままらない。

 できるかぎり人目を避けられる道を選んでいるが、時折覗き見る表通りには、思いの外ターフェスタ兵士達の姿は見かけなかった。彼らの視点にたてば、敵という枠に入れることができる異国の軍人が四人も潜伏しているのだ。なのに、どういうわけか検問の一つにでも出くわすことがないのである。
 それに加え、街中を出歩いている人々の数も、昨日と比べると、どこかまばらだ。

 建物の影から、ふと見た大きな通りに、急ぎ足でかけていく兵士の一団を見かけた。彼らの後方から一人遅れてついて行く兵士を見て、シュオウは思い切って彼に声をかけてみることにした。

 「待て」

 兵士は慌てて足を止め不思議そうにきょろきょろと辺りを見渡したあと、シュオウに気づいて慌てて側まで駆け寄ってくる。

 「は、お呼びでありますかッ」
 兵士は糊付けしたようにパリっと敬礼を決め、そのままの姿勢で硬直した。

 正体を悟られるのではないかという不安は徒労に終わる。特徴あるシュオウの眼帯を前にしても兵士は動じた様子がなく、あくまで上官に対する態度をとり続けていた。

 シュオウが逃亡を図ってから一夜が明けている。なのに情報が末端にまで伝わっている様子はない。

 もっと情報が欲しい、とシュオウは思う。
 「どこへ向かっている」

 問いかけに、兵士はきょとんとした顔をした。
 「聞いておられないので……?」

 シュオウは無言で兵士を睨めつけた。
 兵士は恐縮したように背筋を伸ばす。

 「あ、いえッ申し訳ございません。我々警邏隊は命を受け、城門へ向かう途中であります!」

 「理由は」

 兵士はやはり顔をしかめ、シュオウに対してどこか不審な目を向けた。

 「昨日深夜から発生している暴徒、です。下街のチンピラどもが大挙して大公を出せと大騒ぎしておりますんで、その鎮圧に」

 「暴徒……」

 「対応のために都詰めの全軍に指示が下っておりますし、街人でも知らないもんはおりません……本当にご存じなかったので?」

 兵士の表情は露骨にシュオウを疑い、眉が歪んでいる。
 シュオウは思いつきで適当な言い訳を考えた。

 「任務明けで外から戻ったばかりだ」
 兵士はなお食い下がった。
 「任務、でございますか……いったいどんな」

 急なことで内容にまで考えが及ばず、シュオウは腰に下げた冬の華の紋印を持って見せた。

 「話す必要があるのか」
 印を見た兵士は急に青ざめたように退いて頭を下げる。
 「も、申し訳ございませんッ、六家のお方とはつゆ知らず、どうかお許しを!」
 「もういい、行け」

 幾度か首を傾げながら、逃げ去るように消えた兵士の背を見つめ、シュオウは一人あごに手を当てる。

 ──どうなってるんだ。

 現状の把握は急務である。
 シュオウは兵士が去って行った方角へ向け、歩を進めた。



 市街地の高い所へ行くほどに、不穏な空気は重さを増していった。
 午後の訪れを知らせる、高台にそびえ立つ巨大な聖堂の鐘の音が鳴り響く。
 城へ近づくにつれ、武装した兵士達が数を増していた。

 とある店先で佇む赤い軍服を着た輝士が、シュオウに気づいてそのまま釘付けに視線を送って寄越す。

 判断は一瞬だった。

 シュオウは左足を蹴り、建物の隙間に生じた隘路にするりと逃げ込んだ。しかし路の先は背の高い建物の裏側に塞がれていた。

 背後から迫る人の気配に、シュオウは諦めの境地でゆっくりと振り返る。
 輝士は一人で路を塞ぐように立っていた。

 胸の内から紙を取り出し、目を細めて見つめた後に、シュオウに対して慎重に語りかけた。

 「所属と名を聞かせてもらえるか」

 シュオウは当然、返事に窮した。名を妄想するだけなら適当な思いつきだけで挑むこともできるが、所属もとなると手持ちの知識では手が届かない。
 黙したシュオウに、向かう輝士はそっと笑みを浮かべる。

 「言えるわけはないか──」
 輝士は剣を抜き、紙を懐に入れる。
 「──抵抗を諦めてもらえるとありがたい」

 剣を向ける輝士に対して、シュオウは無言で腰を落とした。すると、輝士は悲しげな顔をして片手の平を広げて見せる。
 意味を把握できず、シュオウは微かに首を傾げた。

 「私が叙勲を受けた数だ。我が名はヒヨレン・パルド重輝士、南門ミザールにて計十五人のクオウ星君兵を討ち取った。ことさらに己を見せびらかせることは好まないが、今回にいたっては優しさであると理解してもらいたい。我が軍においては屈指の剣晶複合術の使い手であると自負している。貴殿には無抵抗の投降を求める」

 言葉使いからして生真面目さが漏れて見える輝士は、真っ直ぐ淀みない鋭い眼をシュオウへ向ける。

 ──それでか。

 つらつらと述べた自己紹介を聞いてシュオウは納得した。自らに抱く過剰な自信ゆえの目前の光景。この輝士は他に協力を求めることなく、一人きりで逃亡犯の捕縛を試みたのだ。

 慢心はひとを孤独にし、目を曇らせる。

 シュオウはさらに膝を折り、腰を深々と沈めた。それが投降の合図ではないということは、凄腕を自称する輝士にも理解できるはず。

 「残念だ」
 輝士の行動は早かった。

 片足を踏み出したかと思った瞬間、剣を向けたままその体が一直線にシュオウへと飛び込んでくる。距離は大人の歩幅で七歩ほど。その距離がひとつ呼吸を終えるよりも早い速度で、シュオウの胸に剣を穿とうと迫り来る。

 自称するだけはある、とシュオウは密かに感嘆の言葉を輝士へ贈った。おそらく、風を操る力の応用なのだろう。彼が一歩を踏み出すたび、通常の三倍ほどの歩幅で距離を縮めている。

 輝士が通った後に舞う土埃が後ろへ吹き飛ばされていく様を、シュオウはじっくりと観察していた。それだけの余裕があったのだ。

 神速の一撃はしかし、その技の使い手の性格を反映しておそろしく単調で実直だった。一挙手一投足をつぶさに見取ることができるシュオウにとってはまるで意味の無い攻撃である。

 胸を撃つはずの一撃。シュオウはそれを許さず、切っ先が届くより先に逆に一歩を詰め、輝士の腕をとって頭を突き出した。

 シュオウの頭蓋骨は拘束で迫り来る輝士の顔に直撃する。顔面を強打したうえ、不意の事態にまるで対応できていない輝士は、シュオウに腕を握られたまま顔面を押えて尻餅をついた。

 痛みに悶える声。
 すかさず、シュオウは彼の肘を真逆にへし折った。
 「──?!」

 喉が見えるほど大きく開いた輝士の口に、シュオウは自身の膝を差し入れ、悲鳴が飛び出る出口を塞いだ。

 仰向けになって、涙を溢れさせる輝士の懐から、一枚の紙を抜き取る。それは手配書のようなものだった。内容は逃走したシュオウ、そして拘束を逃れた三人のおおざっぱな見た目の特徴が記されている。

 全身を震わせながら絶え間なく涙をこぼす輝士を見つめ、シュオウは語りかけた。
 「大切に想っている人がいるか」

 問いに、輝士はとまどいながら数度頷いた。シュオウはさらに言葉をかける。

 「その顔を思い浮かべながら俺の質問に答えろ。真実を語ればまた会える」

 輝士は口に異物を含んだまま、必死に頷きを返した。その目に、もはや闘争心の火種は残されていない。

 口を塞いでいた膝を上げると、輝士は這いずって必死にシュオウとの距離を開けようともがいた。

 シュオウは落ちた剣を拾い上げ、切っ先を輝士ののど元へ当てる。
 「知っていることを全部聞かせてもらう」

 凄んで言うと、手負いの輝士はすべてを諦めたように体の力を抜いた。







 老人よりも曲がった背筋に突き出た額、口外に突き出た二本の前歯と開け放ったままの大きなぎょろ目。その男は、ターフェスタ公国軍の日陰に存在する監察部隊、猛禽所属の監察官で、通称フクロウと呼称されていた。

 フクロウの大きな目のなかには一人の男の姿が映っている。
 銀の長髪に地味な茶色い外套をすっぽりかけた姿。だが時折、その外套の隙間からは真紅の軍服が姿を見せる。

 「くふ」
 フクロウは耐えきれず、物陰からこっそりと吹き出し笑いをした。

 ──無警戒、まったくの素人。

 かつらをかぶり、隠したつもりでいるようだが、右目部分だけを不自然に覆った前髪の違和感は拭いきれない。

 ──拾いもの、拾いもの。

 フクロウが獲物と定めていたのはムラクモ人の女二人。それを捜す過程で、ふらりと立ち寄った上街の劇場の裏手で、不審な格好をしたこの男を見つけたのだ。おそらく、変装のために劇に用いる舞台道具を拝借したのだろう。

 背格好と変装の方法から見て、一度は捕まりながらも、まんまと逃げおおせたという同族の黒眼帯をした若者であるとみて間違いなかった。

 ──自問、隊長に報告へいくべきか。

 しかし、現在は単独行動中である。知らせをやるためには、せっかく見つけ出した獲物から目を離さなければならない。持ち場を離れずに知らせをあげる方法がないわけではないが、現在の状況ではそれらの方法は目立ちすぎる。

 失せ人の捜索を得意とするフクロウは、とりうる最低限の安全策を講じた。行く道々に、身内にしかわからない印を残していく。

 ──武装なし、長髪右目隠し、潜伏は不得手、北北西へ向かう。

 遠目から知りうるかぎりの情報を書き残しているうち、眼帯男の姿は遠ざかっていく。
 尾行に気づかれない距離を保ち、フクロウは目深に外套をかぶって、曲がった腰に手をあてて手持ちの杖をついて歩き出した。こうしていると、傍目にはよぼついた老人にしか見えなくなる。

 眼帯の男は迷いなく路を進んでいく。

 ──行け、仲間と合流するがいい。

 潜伏先を突き止めた後は、一網打尽にすることも容易い。

 日頃、猛禽は軍内部の不正を捜査する役割を担っている。身内から嫌われ、なんら名誉にもならず、民からの尊敬も集まらないこの仕事を望むものはなく、いつの頃からか猛禽部隊は、訳あって貴族家から煙たがられる厄介者達の巣窟となっていた。

 ──僥倖、神に感謝。

 降って湧いた異常事態は、嫌われ部隊の猛禽へ栄誉ある仕事を与えてくれた。
 逃亡者の捕獲。その対象は身内ではなく、正真正銘の敵国人である。

 「──ッ?」

 フクロウは足を止めた。これまで真っ直ぐ城へ向かう道を選んでいた眼帯男が、突如脇道へ入ったのだ。

 フクロウは外套のフードを上げ、脇道へ向けて駆けだした。角で足を止め、脇道の奥をこっそり見やるが、そこには眼帯男の姿はなく、ただ暗い一本の道が延びるのみ。

 ──失敗、悟られて、いた……?

 フクロウは首を振って自らの問いを否定する。気取られるような失敗はなにもなかったはず。自分は常に死角に位置取り、距離も十分空いていた。

 訳あって、なにかしらかの理由で突如全力疾走をしたにちがいない。一定の行動理念を持つ動物とはちがい、人間の心の内は不可解だ。ときに想像もつかないようなことをしでかすのが人間という生き物である。

 フクロウは地面に這いつくばった。残された痕跡を手がかりに、どこへ向かったのかの手がかりにするのだ。石材をしきつめた地面に足跡は残らないが、転がった小さな石一つでもなにかしらの手がかりにはなり得る。

 だが、背後で人の足音が聞こえた瞬間、フクロウは自らのとった行動が誤りであったことを悟った。

 まがった背をいかして地面を転がり、勢いをつけて背後へ振り返る。フクロウは腰に差した短剣を手に取った。が、手は瞬時に踏みつけにされ、胸の上を膝が打ち、そのまま体重をかけられ、一瞬のうちに身動きが封じられてしまった。

 自分を見下ろす者の顔。長髪のカツラのなかに、大きな黒い眼帯をした男の顔が、じっとフクロウと見下ろしている。汗一つかかず、瞬きをしない左目は感情の色も見ることができない。それは、ただ捕えた獲物を餌としか思っていない、冷徹な強者の眼差しである。

 全身が震え上がるような恐怖に襲われ、フクロウは唾を飲み込むことも忘れ、だらりと涎をこぼした。
 眼帯男はフクロウに顔を寄せ、その喉に肘を置いて圧迫する。

 「ぐるッ──」

 酸欠に悶えるフクロウに向け、眼帯男は静かに呟いた。

 「お前はなにを知っている」

 フクロウは必死に首を振ろうと抵抗する。
 薄くなり混濁していく意識のなか、心中で無意識に言葉を紡いでいた。

 ──自答、報告を優先すべきだった。

 意識を闇へ落とす間際にフクロウは強く後悔した。それは書き残した印のなかに一言を付け加えられなかったということだ。

 ──手練れが、いるッ。

 そう仲間達に知らせることができなかったことが、なによりの大きな悔恨だった。















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