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No.24979の一覧
[0] サリエルを待ち侘びて(Fate After Story オリジナルキャラ有り)[tory](2010/12/18 12:21)
[1] サリエルを待ち侘びて Ⅰ[tory](2011/07/16 00:35)
[2] サリエルを待ち侘びて Ⅱ[tory](2011/02/26 21:28)
[3] サリエルを待ち侘びて Ⅲ[tory](2011/08/02 23:45)
[4] サリエルを待ち侘びて Ⅳ[tory](2012/10/27 22:28)
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[24979] サリエルを待ち侘びて(Fate After Story オリジナルキャラ有り)
Name: tory◆1f6c1871 ID:582d51b1 次を表示する
Date: 2010/12/18 12:21
<前書き>
Fateのアフターストーリーです。
拙作である『匣中におけるエメト』と一部設定を共有していますが後日談ではありません。
一応、これ単体のみでも分かるようには書かせて頂きます。
皆さんに、楽しんで頂ければ幸いです。

Prologue


 外で感じた地中海特有の潮風の香りが、此処には全く届いていなかった。
 当たり前といえば当たり前なのだが、それでも過剰に密封されているという感が拭えない。
 息苦しいという訳ではなく、完全に滅菌された無味無臭の空気が循環しているイメージ。
 湿度も恐らくは、一定で保たれているのだろう。
 まるで、生命球にでも入れられているよう。
 無論、快適かと訊かれれば彼女にはそうだとしか答えようがない。
 一言で言えば、この部屋は心地良さに対しての細心の配慮がなされていた。
 例えば今座っているこのソファは、多分換算するならば5カラット程度のルビーくらいの価格にはなる。
 座り心地もデザインも、大抵の者が満足するのは間違いない。
 機能的に見えて、その実、意匠を凝らしたクリアガラスのテーブルも同様。
 敷いてある絨毯が薄いグレーで、壁が一点の染みも無い純白なのは印象としてこちらに清潔感を与える。
 その他、見渡す限り、絵や調度などが煩わしくない程度に配置されているのは趣味の良さを伺わせた。
 それらが全て紛れもなく希少で高価な品々であるのは、相手の財力から考えれば当然の事だった。
 強いて難をあげるならば、窓が一切無い事と部屋の主からすれば些か簡素過ぎるのではないかというか。
 前者は、当然の事として………後者は、余計な誇示はする必要がないという余裕なのかもしれない。
 さもありなんと、相対して座る高級スーツを着こなした壮年の紳士然とした男を見て彼女は思う。
 足を組み肘掛けに肘を乗せながら頬杖を突く彼の態度は、悠然たるものだ。
 その顔には、面白がるような親愛の笑みを浮かべている。
 しかし、実の所その正体を知っているだけに彼女としては同調する気にとてもなれない。
 勿論、表面上は合わせて優雅な微笑を形作ったのだが。

「改めまして………本日はお招き頂き誠に光栄に存じますわ、ムッシュ」

「いや、こちらこそ急の呼び出しにも拘らず応じて頂いたことに大変感謝するよ、マダム・トオサカ」

 流石というべきか、なかなかに人好きのする魅力的な表情と声だ。
 だが凛としては、内心で目前の湯気を立ち昇らせる芳しい香りの紅茶を、その澄ました顔にぶっかけてやりたい気分である。
 これは、こちらが断れるわけがないのを知り尽くしての強制徴用も同然ではないか。
 元より選択肢は一つしか無く、彼女としては応じざる得なかったのだ。

「それで? 私などで、まだお役に立てる事がありましたかしら? 正直に申し上げて、今の私にはそれ程の───」

「なかなか性急な物言いだな、マダム。君らしいといえば君らしいが、今日は少々余裕が無いように見える。もしかして、そこの彼のせいかね?」

 男の目が悪戯っぽい輝きを帯びて、一箇所へ向けられる。
 そこに壁に背を預け腕を組み、明らかなる敵意を放つ者が居る。
 和やかな会談を演出しようと心配りされたこの応接室にあって、彼は鋼の刃を思わせる剣呑な雰囲気をまるで隠していない。
 その射抜くような猛禽の如き視線は、室内に踏み入れてより片時も緩んでいなかった。
 男は、苦笑を浮かべ肩を軽く竦める。
 
「そのような所につっ立っていないで、君も座ったらどうかね? それでは、落ち着いて話も聞けないであろうに」 
 
「結構だ。私の事は、気にしてもらわなくて良い。今の私は、彼女を守護する者としてこの場に居るに過ぎない。置物か何かだと考えれば良かろう」

 にべもない拒絶の言葉は、斬り結ぶような威迫が込められている。
 それは相手に、軽挙を起こせば0.1秒後には血溜まりの中に沈む事を容易に理解させ得る類のものだ。
 しかし、男は過剰な反応は一切見せず、嘆かわしいというように溜息を漏らし大袈裟な仕草で首を振った。

「随分と物騒な置物もあったものだが………しかし、その態度は些か礼を失していると言えないかな? 確か、礼を重んじる文化は君の故国でもあったはずだがね」

「勿論あるとも。だが、それに倣うならば貴様の方こそがまず礼を欠いていると思うのだがな」

 冷淡な響きで吐き捨てるように言われたことに対し、男は心外だというように大仰に首を傾げる。
 それは、どこか演劇じみた白々しいものだった。

「ほう? 私が何か君に無礼を働いただろうか? 色々と心当たりがないでもないが………」

「以前にも言ったかも知れないが───貴様は、本当に精巧な創造には向いていないのだな。幾ら何でも、大雑把にも程があろう? 多分、性格的なものなのだろうが」

 明白な嘲弄に、男は悲しげな表情で天を仰ぐ。
 舞台俳優の如く一頻り悲嘆に暮れた後、彼は救いを求めるように凛に視線を向けた。
 彼女は、まるで白けきった観客であるかのようにそれを視界に入れること無く優雅に紅茶を嗜んでいる。

「マダムも、やはり彼と同意見なのかね?」

「まあ………私は、それ程に厳しくは御座いませんわ。そうですね、ぎりぎりですが及第点と言ったところでしょうか? 自分でも、大分甘いとは思いますが」

「ほほう? 確か、以前は手厳しく落第にされたと記憶しているが、今回はどこが違ったのかな?」 

 静かにカップをソーサーに品良く戻し、数回の瞬きの後に凛は華やかに微笑む。
 流石に良い茶葉を使っていると、香りと味を楽しんだ彼女は満足気に考えていた。
 質問されたことへの答えは、考えるまでもなく明白だった。

「それは、着ているスーツの趣味が良かったからですわ。その加点が+2というところでしょうか。それ以外はあまり進歩の跡は見られませんわね。まあ、でも、不出来な人形であるからと言って本人の端末には違いないのでしょう? このように意思の疎通は出来ますし、然程に私は失礼だとは感じていませんからお気になさらずに。電話の一本で済む話ではありますけれど」

 艶やかな黒絹の如き髪を掻き上げ、凛は淑女然とした微笑を浮かべる。
 声の響きは柔らかで無邪気ささえ含まれているようだが、言葉の内容は明らかに容赦のない辛辣な皮肉だった。
 端末の人形とされた男は、諦めたようにやれやれと大きく息をつく。

「全く………相変わらず手厳しいな。これでも、大抵の人形師は凌駕していると自負しているのだがね。君達の目が、恐らく肥えすぎているのだろうな。大方、例の封印指定の人形師を基準にでもしているのだろうが、あれらの創作物と比較されてはたまったものではない。まあ、彼が言ったように私の性向に合っていないのは事実だが。知っての通り、本領は別にあるからな」

 道化の如くおどけて両手を広げる男に、凛は余裕を持った笑みを崩していない。
 しかしながら実際には、内心で湧き上がる戦慄を堅固なる理性を以て抑制している状態にある。
 その正体について、彼女が知悉しているが故に。
 世間に憚りながらも知れ渡る男の“影”の部分は、その莫大なる資産を以て国家さえも思うがままに左右する怪物の如き人物というものだ。
 曰く、某大国でさえ彼の意向を主人に対する下僕であるかのように伺う。
 曰く、幾つかの国家の独立は彼の支援により初めて成り立つものである。
 曰く、彼が首を横に振れば国家元首でさえ速やかにすげ替えられる。
 財界の魔王と称され、それらの噂は大いなる畏怖を以て人々に実しやかに語られている。
 だが、彼女が問題とするのは、そのような生易しい認識ではない。
 限られた者達しか知らぬ“闇”の領域にこそ、この男の本質はある。
 それは、比喩などではなく真の意味でその正体が怪物であるという馬鹿馬鹿しくも悍ましき事実だった。
 簡潔に言えば、男は死徒と呼称される人間を遥かに凌駕した不老不死の吸血鬼なのである。
 しかも最悪なことに、年経る事により力を増すそのような者達の中にあって、祖と呼ばれる最古参の存在だ。
 そして、本人が認めるように繊細な創造をすることには確かに向いていないが、別の方向性では間違いなく最高位にある人智を超えた人形師でもある。
 それを、運が悪くもかつて垣間見てしまい、凛は記憶に刻んでいた。
 
 ───『魔城』のヴァン・フェム。 
 
 それが、絶大なる死徒の頂点の一角にして、災禍そのものとも言える悪夢の如き巨大なゴーレムの創造者としての彼の異名だった。

「さて………呼び出しておきながら、私自身が直接出向かない事に対しての非礼はお詫びする。誤解されているかも知れないが、他意は無い。ただ単純に、多忙を極めていてね。身体が幾つ有っても足りないというのが現状だというだけだ。それで、頼みたい用件の方なのだが───」

「その前に、条件の方をもう一度確認致しますわ。これが取引である旨が書面では明記されていましたが、その見返りは貴方を含めた傘下全ての私達陣営への敵対関係の解除ということで間違いありませんね? そして、今後のほぼ恒久的な相互不可侵ということも」

 皆まで言わせず鋭い声で遮り確認を取ったのは、凛としては当然の事だ。
 その条件を曖昧にしたままで話を聞いてしまい、後戻りできなくなったでは目も当てられない。
 古き存在だけに、契約に対する真摯さが人間よりも遥かにあるということは確かに彼女も知っている。
 しかしだからこそ、そこに穴が無いか慎重に見極めるべきなのだ。
 提示されたものが、今の彼女にとってはあまりにも破格であっただけに。
 だが、そのような緊張を知ってか知らずか………ヴァン・フェムは、貼り付いた笑みのままで即座に気安く頷いた。

「無論だ。というより、私個人としてはそもそも君とも、そこの彼とも、敵対しているという意識は全くなかったのだがね。失礼とは思うが、現実として君達それぞれでは私が敵として捉えるには矮小に過ぎた。麾下の者達が目障りだと報告してきたのを受けてはいたが、放置せよと指示を出したくらいだ」

「貴様…………まさか、イェリバレでの一件を忘却したということでは無かろうな?」

 横合いからの声音は、囁きに近い大きさながら臓腑を抉るような重みを帯びていた。
 凛には、それが彼の内面の怒気が発露したものであると解った。
 余計な口出しはするつもりがないと言っていたが、堪えきれなかったということだろう。
 彼女は横目に強い意志を込めた視線を送り、剣呑過ぎるものを発している彼を抑止する。
 気持ちは分かるが、今ここでこの交渉に亀裂を入れるわけにはいかないのだ。

 北欧のその地における激戦は、未だ凛の記憶にも新しい。
 そこで幾つかの勢力が、互いの利益と主張の為に人知れず血で血を洗う闘争を行ったのだ。
 勿論、そのような事はこの世に溢れかえっているわけだが、問題は無関係な犠牲が些か多すぎたという所にある。
 その殆どを担ったのが、戦いの終焉において唐突に立ち現れた凶々しい偉容だったのは間違いがない。
 深い闇の中で木々の間に聳えたそれが、呆気に取られる程の破壊を以て強引なる決着を付ける様は、まさに機械仕掛けの神デウス・ウキス・マキーナそのものだった。
 その場に居た者達全てに、肉体的にも精神的にも大きな傷痕を残した災厄………だが、この強大なる存在にとってそれは些細な事だったのだろう。
 嘆くように軽く溜息を吐きながらも表情に悔恨の様子など無いのは、目前のものが人形だからということではなく本人の意志を忠実に反映しているからに違いない。

「あれこそ、まさにその好例だと捉えてもらいたいものだね。私とて、盟約に対する義務は果たさなければならない。それは、どのように嫌悪する相手とのものであっても絶対に破ることは出来ない。だから、形のみとはいえ応えざる得なかったのがああいう結果だったというわけだ。理解していると思うが、あの時に私は君達を殲滅することは充分可能だった。見逃したとまでは言わないがね」

「………………人の世に寄生せねばその存在を保てない古蛭如きが、良く言った。ならば────」

「どうあれ───確約が頂ければ、とりあえずそれで結構です。後ほど正式な契約証文は整えますが、今は貴方のその在り方故の誇りを信用致します。私が知り得る限りにおいて、一度口にしたことを貴方が反故にする事は無さそうですからね。では、改めてお話を伺いますわ、ムッシュ」

 火花が迸る程に不穏なる粒子が渦巻いた空気を払拭する為、凛は透過するように明瞭な声を被せる。
 片手を上げて見せたのは、冷静さを欠いて決定的な事を口走りそうになっていた彼への最大限の制止だった。
 表面上の無機質さや口にする言葉の冷徹さ故に多くの者は勘違いしがちであるが、彼自身の本質は実のところ殆ど変わっていない。
 故に、凛はその事についても常に心を配らなければならなかった。
 何時爆発するか分からない危険物を抱えているようなもので、神経が摩耗すること甚だしいが、彼女としてはもう慣れてしまった。
 第一、自身が望んでの事なので誰にも文句は言えない。
 
 長い付き合いであるから、その心に何が浮かんでいるかも大体想像が出来る。
 大方、その時に取り零してしまった者達の最期が呪詛の如く彼を苛んでいるに違いない。
 残酷ではあるが、今はそれは余計な事だ。
 無論、そんな事は彼も良く理解しているのだろうが。
 凛は、視界の端に腕を組みなおして己を抑制するように瞳を閉じるその姿が映っている事に、内心で大いに安堵する。
 ヴァン・フェムは、その様子に目を細めつつ愉快そうに忍び笑いを僅かに漏らした。

「ふむ………やはり、君達は揃ってこそだな。正直に言えば、確かに君達それぞれでは敵するに値しないが、組み合わさる事で我々にすら充分比肩し得ると私は考えている。血分けした死徒と同じく、君達の力は乗算だ。となると、この盟約は決して軽くは無い。だから、これは今後の為に是非とも成し遂げて欲しい。流石に今までお互いに色々有り過ぎて、無条件での約定の締結は等価交換の原則から考えても出来ぬからな。では───前置きが長くなったが、話の続きをしようか。まず訊くが、君達はアルズベリという地を知っているだろうか?」

「アルズベリ…………ですか?」

 その響きは何処かで聞いたことがある気がして、凛は記憶を探る。
 そう………確か、未だ時計塔において学徒の一人だった時、その名称は曖昧でありながら無視できない噂話の一つとして耳にしていた。
 それは、イギリスの片田舎で過疎化が進み朽ちていくしか無かった寂れた村の名だった。
 それがどういう訳か、莫大なる投資により急速に工業地帯として発展した。
 大して資源もなく、特に地理的な要所にも無いのに何故? と人々は首を傾げた。
 無論、それには別の秩序からの明白な理由があったのだ。
 つまり、ある遠大に過ぎる大儀式の為に成されたものだったのである。
 そのような事は、曲がりなりにも根源を目指す魔術師達の間で囁かれるものとしては、そう珍しくもない。
 しかし、それに関わった者達が尋常ではない事に当時聞いた誰もが瞠目した。
 魔術協会よりは、雲の上に等しい極めて頂点に近い大貴族に率いられた軍勢が───
 聖堂教会からは、切り札とも言える異端殲滅に特化した埋葬機関が───
 それぞれ、容赦無い成果を挙げる為に出陣したのだ。
 そしてその中心には、単独ですら絶大な存在である複数の死徒の祖の勢力が在った。
 この互いに甲乙付けがたい凶悪なる集団は、当たり前のようにそれぞれの思惑の元で凄絶な殺し合いを開始した。
 それはもはや、闇の世界におけるその後の趨勢すら左右しかねない大戦に等しかったのだと言われている。
 一説によると、魔法使いですらその場には現れたという事だ。
 
 だが、この戦争の具体的な内容、ましてやその結末などは、もちろん凛に知る由もなかった。
 その情報は、当然ことながら悉く厳重に封印されている。
 判明しているのは、その儀式は失敗に終わった事と、どの勢力も大打撃を受けたということだけ。
 不滅に限りなく近い祖ですら、幾つか滅びてしまったらしい。
 時計塔内部の派閥も大きく改編され、多くの将来を嘱望された魔術師達が泥仕合の如き醜い争いに巻き込まれた。
 それは、その時の凛や彼の運命にも少なからず影響を与えたものだった。
 一通り知ることを彼女が述べると、ヴァン・フェムは苦笑を浮かべ頷いた。

「そう、大体知れ渡っているのはその位だろうな。実はあの地における出資は私がしたのだが、盟約に背けず仕方なく行ったことでね………その後は、あのような古臭くも馬鹿馬鹿しいお祭り騒ぎに関わりたくなかったから、すぐに手を引いた。つまり私も当事者とは言えないので、詳細については知らない部分も多い。だがそれでも全くの部外者ではないから、今の話よりもう少しだけ詳しく知っている部分もある。例えば………実はその三つの勢力以外にもう一つ極めて強大な勢力が存在し、それこそがあの戦いを終息させたのだ───とかな」

「もう一つの勢力? それは、アトラス院や彷徨海、もしくは他地域の組織が密かにその戦力を派遣してきたという事ですか?」

「ああ………そういう動きも多少は有ったようだが、その程度は取るに足らない事だった。そうではなく、純然として戦いの中で脅威であった勢力としてそれは存在したのだよ。だが、数で言うならば勢力としては最小だった。何しろ、たったの二者だったのだから。まあ、その内の片方だけで他勢力を圧倒してしまえる程に一方的な存在だったのだがね。勿体振らずに言うと、それは真祖の王族だったという事だ」

「真祖の…………なるほど」

 少なからずの驚きはあったが、そのような範疇外なモノのしかも王族ならば、間違いなく他を圧すると凛は納得する。
 吸血種という人外の化物の内で特に吸血鬼と分類されるものは、二種ある。
 その殆どが、ヴァン・フェムのような“死徒”と呼ばれる者達であるが、そもそも彼らが生まれる要因たるものが古より在った。
 それが“真祖”という、死徒とは根本的に次元が異なる吸血鬼である。
 それは死徒と同じく、人間にとっての大いなる脅威という意味では然程違いがない。
 ただ彼らは、どちらかというと存在の意義もその力も天災に近い、本当の意味での霊長の敵対者であり自然の代弁者なのだという。
 
 近年において真祖の目撃例は、恐らく皆無だ。
 世界の裏側に去ったか、もしくはもう根絶してしまったのではないかと唱える魔術師も多い。
 だが、少なくともアルズベリの大儀式にまつわる戦いの際には、現存していたという事か。
 確か、その王族名はブリュンスタッドであると凛は記憶している。

「それで………まさか、その真祖の行方を探し出して欲しいなどという無理難題を仰るおつもりですか?」

「いや、それは既に把握している。姫君は、ここしばらく城から出ていないな。私としては畏れ多すぎて、ご拝謁賜る気にもなれない。まさしく、触らぬ神に祟り無しと言ったところだ。問題なのは、その姫君の従者の方でね。実は、こちらの方が我々にとって具体的な脅威と捉えられていた。実際に、祖を含んだ無数の死徒が彼により滅ぼされたのだ。当時は災禍そのものとして語られ、怖れるものなど何も無いはずの死徒達を恐慌させていたな。そう───マルセイユ版タロットで一枚だけ表記が無いものがあるだろう? 彼はそのように呼称され、またそれは決して実情から外れた大袈裟な表現ではなかったのだよ」

「まあ、真祖の従者などと言ったらどのような幻想の類であっても有り得るとは思いますけれど。つまり───その存在は、貴方達にとって死神デスであったと?」

 真祖などという遙か古から存在するものであるならば、場合によっては神代からの幻想を従えていても何ら不思議ではないと凛は考える。
 それはもしかしたら、“死”という概念そのものを体現する怪物であるかもしれない。
 例えば、受肉した精霊や神霊の類であるとか………。
 そこまでとなると、もはや人間如きが出る幕はない。
 ヴァン・フェムの口調は当初からの余裕を持ったものだが、その中に明らかに畏れを含んだ揺らぎがあることに彼女は気づいていた。

「まさしく、な。そもそも死んでいる者が死に怯えるなどと笑い話にもなりはしないが、そうとしか言いようがない。夜の風に乗り、無明の中にあって其は来たれり。遍くを連れ去る者なり………という感じでな。まるで我々のお株を奪うかのように、彼は神出鬼没に現れては完膚無きまでに対象を殺し尽くしたそうだ。アルズベリにおいてもそれは遺憾なく発揮され、結果幾つかの祖は滅びてしまった。しかし、それが終焉した後に彼の脅威は嘘のように立ち消えた。姫君に付き添い、城に篭ってしまったのだろうというのが大方の者達の予想だ。甘すぎる、希望的な観測だったわけだが」

「すると───再び?」

「ああ、どうやらそのようだ。まだ、具体的に滅ぼされた者は居ないが………幾つかの目撃例が出た。君達に、その真偽を見極めて欲しいというのが私からの依頼となる」

 朝食の注文をするようなあっさりとした調子で言われたことに、凛は呆気にとられる。
 幾ら何でも、これでは交渉として成立しないではないかと内心で憤慨した。
 それを表すべく、彼女は貼り付いた笑みで固着してしまった端末たる人形を睨みつけた。

「祖ですら滅ぼす幻想の類を何とかしろと? 正直に申し上げまして、それは私達を捨て駒にする気としか考えられませんが」

「いや、そのようなつもりは全くない。彼が対象とするのは、前例から見れば死徒のみだからな。安全は保証するとまで言わないが、我々より数段君達のほうが危険は少ない筈だ。それと………一つだけ、マダムは勘違いしているな」

 ヴァン・フェムは、指を組みなおして少々困ったような表情を形作った。
 それは、その事実をあまり認めたくないながら、それでも認めざる得ないというような、口にするのを躊躇っている顔だ。
 一拍の沈黙に、空調の機械音のみが凛の耳朶に響く。
 促す意味を込め、彼女は蒼き瞳を以て正面から視線を外さぬように見据えた。

「───何をでしょうか?」
「我々が災禍と恐れた者の正体………それは未だ判然としない部分が多いが、これだけは言える。彼は、間違いなく人間だった(、、、、、。今以てそうであるかは、少々微妙だがな」

 溜息と共に呟かれた言葉に、凛は初めて本当の意味での諦めと嘆きを聞いたような気がした。


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