第百三話【金髪】
最近のギーシュは素直だ。
常に私の言葉は肯定の意を表す言葉で返し、他の女の子に見向きもしない。
長い金髪をいくつもくるくるとローリングさせた独特の髪を持ち、“香水”の二つ名で知られる少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは満足げにトリステイン魔法学院の廊下を歩いていた。
彼女の意中の男性……否、両想いの相手は此度の戦争によって大変な功績を挙げることに成功した。
戦争自体に参加するのも反対だったモンモランシーとしては複雑だが、貴族の男子のほとんどが様々な理由……家柄や家計の為など多くが家の事情で同じように参加せざる得ない現状を目の当たりにした今となっては不平を漏らす程のものではない。
だが懸念はあった。
サウスゴータ一番槍という功績を果たして精霊勲章まで叙されている。
そうなると学院の“有象無象共”が手当たり次第にギーシュに手を出してきかねない。
いや、実際にちょっかいを出してきたのだが、彼はそのほぼ全てに全く取り合わなかった。
何という素晴らしい成長ぶりだろうか。
私が話しかければ「うん」「ああ」「そうだね」などとおよそだいたいその3パターンで返してもらえるが他の女共は全く相手にされなかったのだ。
それでも寄ってくる女達は多かったが、意外にもその女共を退ける手伝いをしてくれたのが、仇敵であるマリコルヌだった。
と言っても彼の狙いは未だギーシュとあの一年の女子、ケティ・ド・ラ・ロッタをくっつけることのようなので、味方にはとてもカテゴライズ出来ない。
そんな彼もまた戦争で一旗あげたらしく、何処か成長したような顔つきではあった。
彼は帰ってくるなりケティに泣かれ、叩かれ、罵られ……一説によるとその後散々踏まれ、それに大層喜んだそうだ。
前言のことは別にして、その喜びは生きて戻ってこられた……さらには生きて彼女と再会出来た事だと思ってやりたいが、彼の性癖上その可能性は限りなくゼロに近い。
ゼロと言えば、かつて“ゼロのルイズ”と呼ばれていた同級生は今もって学院に戻っていない。
彼女は彼女の使い魔と共に王室に取り立てられ戦争に参加したそうだが、どういうわけか彼女らの活躍は耳には入ってこず、以前として行方もわからない。
乙女同士での同盟を結んだ仲としては少々気がかりではあるが、今はギーシュが自分に対して全肯定である嬉しさが大きい。
昨日も私以外の女には興味がないのね? という質問に対して「ああ、うん、そうだね」と返してきた。
その後嘘吐いたら今度こそ本当にその足を切断するわよ? と冗談めかして言ったのだが、彼は全く動揺せずに「ああ、うん、そうだね」と返してきたのだ。
何を聞いても「ああ、うん、そうだね」と全肯定なギーシュ。
その幸せを享受する為に今日も彼の元へ行こうと歩いていたのだが。
彼がここ最近ずっと佇んでいた広場には彼の姿は無かった。
代わりに、彼の錬金魔法によって編まれたと思われる青銅像が一体。
「流石ギーシュね、見事な造型だわ。これはルイズの使い魔のようだけど何故こんなところで作ったのかしら?」
見事な出来映えの青銅像に感嘆の息を漏らしながらも周りを見るが、ギーシュの姿は見あたらない。
庭の手入れをする為学院に雇われている男の庭師が手入れの為に広場の隅で作業しているだけだ。
一件使用人は女性のメイドばかりに見える学院だが、料理長のマルトーを含め決して男性がいないわけではない。
女性が多く見えるのは学院長の趣味といったところだろう。
モンモランシーはそんなどうでも良いことには適当なアタリをつけて、目に付いた男の庭師にギーシュの事を尋ね、予想外の返事が返ってきた。
「え? あの像をお作りになった貴族の坊ちゃんですかい? その方なら先程コルベール様と女性三人で学院を出て行かれましたよ。何でもその像の本人をアルビオンに探しに行くとかなんとか」
「な、なんですって……!?」
なんだそれは!?
全くそんな話は聞いていない!!
自分に全肯定の素直なギーシュが急にいなくなった。
「フ、フフフ、フフフフフフフ!!!!!!!」
モンモランシーは怪しい笑みを口元に浮かべると、怯える庭師を無視して自室へと戻る。
「ギーシュったらイケナイ子ねぇ♪ 言ったじゃない、嘘だったら本当に■を■■するわよって」
ギィコギィコと刃物を研ぐ音が部屋に響き渡る。
瞳の奥に光は無く、口端は耳近くまで釣り上がったモンモランシーの顔が半分、銀色に輝くノコギリの刃面に映っていた。
***
「とーんてーんかーんてーん♪」
調子っぱずれな歌みたいな声を上げて、ハルケギニアには無い素材によって作られた服を纏う少年、平賀才人はハンマーを片手に今日は大工仕事に精を出していた。
ウェールズが魔法によって切り出し、うっすらと風の刃のカンナ掛けをした木材を、サイトが組み立て打ち付ける。
サイトは頭にねじりハチマキをしながら時折「むぅ」などと声を出しては眉根を寄せて、何度も角度を見直しながらハンマーを打ち付け、気分だけは完全に職人気取りで作業していた。
ウェールズもそんなサイトを見て苦笑しながら、真剣に……サイトほど形から入っていないにしろ、その気になって木材を仕上げていく。
日曜大工ならぬ平日大工を敢行した二人は実際には専門家でもなんでもない為、徐々に出来上がっていく物は見た目も形もやや無骨で素人臭丸出しだった。
だが、二人は特に気に留めることもなく、むしろ楽しそうにハンマーと杖を振るう。
一人は記憶の無い平民、一人は元皇太子というやんごとなき身分という二人の組み合わせは異様ではあるが、それも二人は気にしない。
一方の手が止まり悩めば手を貸し、声を掛けられれば笑って手伝う。
そうして朝から数時間かけ、出来上がったのは木で出来た四つの足の上に乗った大きな木版。
木版は特に太く大きい幹の木を見繕ったもので、厚さもあって頑丈な長テーブルとして出来上がっていた。
切り倒した木の切り株も少し加工して利用し、人が座れるような……早い話がテーブル備え付けの椅子として出来上がっている。
要約すると、そこには二人の労力を代価に純度100%のウエストウッド村産、憩いのスペースが誕生していた。
サイトは一仕事を終えた男の顔立ちで額を拭いながら完成したテーブルを見つめる。
“言い出しっぺ”としては多少不安な点もあったが、無事作り終わると何だかこう、胸の奥からもわもわとした達成感を感じる。
今のサイトにとって、今回のこれは初めての自主的行動で、始めての行動の結果で、成果でもあるのだ。
“自分”を『自分』と認識してからの……『自分』の形ある歴史の一部。
それはなんだが、『自分』が今ここにいる証拠のような、そんな気がした。
「中々上手く出来たね、ティファニアも今日はここで食事しようと言っていたよ」
一緒に作業していたウェールズも何処かやりきった顔でサイトに微笑んだ。
二人の間には一緒に一つの工程を協力してやりきった、という一種の青春、友情が出来上がりつつあった。
身分の差など関係無い。
記憶の有無も関係ない。
ただお互いを信じられる人間。
短い付き合いながらも、二人はそんな関係を築きつつあった。
ふと、ウェールズは思う。
彼らがここに来て……戦争が終結してからもう幾分経つが、まだ彼の記憶に関しては前に進んでいない。
もしもサイトに記憶があったなら、もしくはこの幾日の内に記憶の片鱗でも思い出していたなら、こうまで彼と親密になれただろうか、と。
彼は相当に風を嫌悪していたのは今も覚えている。
それこそ、生理的に受け付けないと言わんばかりでもあっただろう。
その彼と、すんなりこういう関係になれたかと聞かれれば、答えは恐らく否。
最終的にはなれるだろう。
記憶は無くとも本質、“彼”そのものはそう変わっているように感じないことからそう思えるが、ここまですんなりいくとはやはり考えられない。
隣の切り株の椅子に座ってテーブルを楽しそうに撫でるサイトを見ながら、ウェールズはそんなことを考えていた。
そしてそれは、いつか彼の記憶が戻った時、再び彼とこうして笑い合える可能性があるということ。
願わくば、“素の彼”ともこうしたいものだ、とかつてのプリンスオブウェールズは思い、
「ちょっと失礼しますわ、殿下」
隣のサイトとの間に無理矢理桃色の何かが割り込んでくる。
その桃色の何かは、ずいずいずいと小さい子供用に用意した切り株の椅子を無理矢理二人の間にねじ込み、自らの存在を自己主張するようにとすんと形の良いその小さなお尻を椅子の上に落とした。
言わずもがな、ルイズである。
彼女はここ最近のウェールズに対して、そしてサイトとの急な親密性に関して、以前感じた事のある臭い……“グラモン臭”を感じていた。
別名“ギーシュ臭”とも“薔薇臭”とも呼べるそれは、ルイズが危惧するには十分な驚異だった。
もっともその臭いは、存在はおろか本名さえ、認識している人間は彼女のみというごくごく狭義的な代物である。
だが、狭義的であろうとなかろうと、彼女にとって驚異と認識されることに関係は一切無い。
ようはサイトの貞操を守る義務及び自分の貞操を捧げる義務を胸の裡に宿すルイズとしては、最近のウェールズとサイトの親密度は目に余りはじめたのである。
ウェールズにギーシュのような男色の気(※誤解である)があるかどうかは不明だが、貴族……それも上流階級になると小さい男の子を愛でる性癖破綻者がいるという話を聞いた事がある。
サイトはただでさえ格好良く(※ルイズ視点)素晴らしく(※ルイズアイ)その上超絶可愛いのだから(※ヤンデルイズ視点)いつ標的にされてもおかしくいはない……いや、既に標的にされている可能性も否定出来ないルイズとしては一瞬たりとも気が抜けない。
ルイズにとって男同士という世界は入りづらいアウェーな世界に等しかったが、サイトの為とあってはそんな感情かなぐり捨ててラグドリアン湖にポイ、である。
そろそろラグドリアン湖の許容量が心配になるほどのルイズによる感情のポイ捨てだが、彼女にとってはサイトが関わることは須く死活問題に繋がりかねないのだから気にしていられない。
湖より水精霊より水害よりサイトである。
「おやおや、サイト君を取られてしまったよ」
ウェールズはルイズの行動に冗談めかして微笑んだ。
実に彼女らしい、素直な行動は気分が良く清々しい。
「失礼ながら取ろうとしたのは殿下では?」
「これは一本取られたね」
が、ルイズはやや敵意ある視線をウェールズに向ける。
彼に怨みは無く、それどころかここでの生活に感謝さえしていたが、“取られた”という発言は看過出来ない。
それでは既に、もしくは最初からサイトはウェールズのものになってしまう。
些細なことだが、ルイズにとってそれは譲る事の出来ない一線だった。
そんな一見すると不敬とも取られる言動をウェールズが咎めることは無い。
今の彼は“元”皇太子であるし、元々そういった事に堅苦しい性分でも無い。
ルイズもそれは分かっているが、いやわかっているからこそ決してこの金髪美少年(※ルイズにとってサイトほどでは無い)に気を抜くことは出来ない。
全く、金髪の少年には要注意だと思っていると、
「サイト!? 生きていると思っていたよ!!」
大きな声を上げながらこの村に近づいてくる一行がある。
先頭を走ってくるのはやはりというか、同級生の金髪の少年。
サイトが「誰?」などと首を傾げている。
ルイズの悩みの種がまた増えそうだった。