第百話【黒幕】
ビクリと震える。
怒気を孕んだ少年の声が、始めてシェフィールドにその少年を“驚異”として認識させた。
やはり“あのお方”の考えは正しいと頭の片隅で自身の主の正当性を再認識しながら迎撃体勢を整える。
“魔弾銃”は……駄目だ。
ガンダールヴのスピードは早い。
ぐんぐん迫り来る少年相手に“別な弾を装填する暇”は無い。
この魔弾銃は弾に魔法を込めておけば、その弾が放てる便利なマジックアイテムな一方、“単発式”という欠点があった。
再装填は恐らく間に合わない。
サイトの初速を見て瞬時にそう悟ったシェフィールドは、やむなく本命を使うことにした。
足下にある大きな箱。
そこに入っている国宝のマジックアイテム。
それを使わせてもらう事にしよう。
当初は必要ないかと思っていたが、こうなっては仕方が無い。
使ったところで“予定通り”なのだ。
この国宝のマジックアイテムはまだ使用したことが無く、どんなものなのかは知らないが、それも問題は無い。
何故なら、
「神の左手ガンダールヴ、お前だけが特別だと思うんじゃないよ!! なんて言ったって私は“神の頭脳”、“ミョズニトニルン”なんだからね!!」
自身もまた虚無の使い魔、神の頭脳ミョズニトニルンなのだから。
神の頭脳とは、その名の通り頭脳……知識を得る使い魔。
「ガンダールヴがどんな“武器”でも扱えるなら、この私、ミョズニトニルンはどんな“マジックアイテム”でも扱える。例えそれが始めてでも頭の中に情報……正しい使用方法が入ってくるのさ!!」
“神の頭脳”ミョズニトニルンである事を明かしたシェフィールドの布によって隠されていた額が光り輝く。
神の左手と呼ばれるガンダールヴは左手の甲に使い魔のルーンが刻まれるのに対し、神の頭脳と呼ばれるミョズニトニルンはその名の通り頭……額にルーンが刻まれる。
シェフィールドは自身の正体を明かしながら足下の箱から“それ”を取り出した。
彼女がわざわざ正体を明かしたのは、“それ”を使える圧倒的な自信からだった。
「国宝のマジックアイテム“破壊の杖”、威力の程は知らないがその昔ワイバーンも倒したという程の強力な“杖”だ、終わりだよガンダールヴ!!」
シェフィールドは自信満々、声を高らかに上げ、持ち上げた“ソレ”を向かってくるサイトに向け、いつものように流れてくる情報に沿って存分に使おうとし………………出来なかった。
「えっ? あれ? そんな馬鹿な!?」
シェフィールドは“信じられない”思いで筒状の重たいソレ……“破壊の杖”を持ち上げたまま動かない。
これはかつて、あの高名な貴族を専門に狙う“怪盗フーケ”ですら一度盗むほどの国宝の“マジックアイテム”
だというのに、頭には全然全く、これっぽっちも使い方が流れ込んでなど来なかった。
こんなことは初めてだ。
今までマジックアイテムを持つだけでそれがどんなものでも問題なく理解でき、使えた。
逆に常時では必要ないのに持っているだけで情報が頭に入ってくる始末だ。
だからこそ最近ではギリギリまでマジックアイテムは手には取らないようにしていたのが災いした。
どうせ瞬時に使い方はわかるとタカを括って、事前準備を怠った。
その結果、シェフィールドは切り札にしてメインウェポンの“破壊の杖”を使えないという予想外の事態に陥っていた。
サイトはそんなシェフィールドに突進する。
「きゃっ!?」
サイト渾身の体当たりでシェフィールドは派手に尻餅を付いた。
体中にジンジンとした衝撃の痛みが奔る。
だがゆっくりはしていられない。
シェフィールドは痛む体に鞭打ち、打ち付けたお尻を押さえて中腰ながらも立ち上がる。
「チッ、こんなことならちゃんと調べておくんだった、仕方ない……“デルパッ”!!」
破壊の杖とは違う、小さい掌サイズの筒をシェフィールドは胸元から取り出し、“妙な言葉”を言った。
途端、明らかに筒の中には収まりきらない程の巨大な“ソレ”が現れた事にサイトは驚愕する。
シェフィールドの“妙な言葉”と同時に筒からは“ソレ”……オーク鬼が飛び出てきたのだ。
オーク鬼は、豚のような顔に、メタボリックを通り越えたような膨らんだ腹、手には大きな斧を持つ文字通り鬼の怪物だった。
冷水を一気に浴びたようにサイトは冷静になる。
目前には口周りや鼻から白い吐息を荒く吐いている自信の倍近くありそうな豚の怪物。
対して自分は丸腰である。
「う、うわわわわ……?」
サイトは数歩後ずさって……足に何かが当たって転ぶ。
それは、先程までシェフィールドが“無意味”に持っていた大きな筒だ。
「……筒?いや、違う。これは……」
サイトはそれを手に取る。
するとずっしりとした重みと同時に、これが何なのか、どう使えば良いのか、そんな“情報”が流れ込んでくる。
恐らく、いや確実に今の自分は“これ”を扱える、と不思議な自信が彼の中に芽生える。
左手が輝く。
────────それを使え。お前なら使えるさ、何たってお前は“同じ”なんだから────────
また、聞き覚えのある声がしたような気がした。
その声はこれを使えという。
お前なら出来ると。
何だか、その“知ってるけど知らない近い声”で言われると、本当に大丈夫だと思えてくる。
先程の自信も相まって、サイトは自然と体が動き、ソレを……担いでいた。
(大丈夫、分かる……出来る……撃てる……いや、安全装置を外さないと……良し、これで本当に撃てる)
サイトにはそれが何で、どうすればいいのか不思議と理解出来た。
だから重い金属のような筒……“破壊の杖”……正式名称“ロケットランチャー”を発射する。
「プギィィィィィィィィィィィィィ!?」
突如発射されたロケット弾。
無慈悲に急加速を経て飛ぶそれは、オーク鬼にとっての凶刃でしかない。
立っていたオーク鬼は、為す術無く突然の爆発する砲撃によって叫び声を上げるだけでその生涯を終えた。
「……う」
そのあまりの威力に、辺りに立ちこめる血臭に、サイトはしばし呆然とする。
が、すぐに我に返る。
視界の隅に倒れている桃色の髪が映ったからだ。
サイトは慌てて彼女の元に駆けだした。
***
『出血の割には思ったほど傷は深くないわ。ただ切り傷が少し残るかもしれないけど』
治療をしてくれたティファニアからそうルイズの容態を聞き、サイトはホッとした。
今の自分にとってはまだ良く知らない、それでいて今の自分を構成する上で数少ない“知り合い”であるルイズに助けられ、そのまま彼女が取り返しの付かないことにでもなれば、自分はどうして良いのかもっとわからなくなるところだっただろう。
安心したサイトはティファニアからの夕食をもらうと、すぐにあてがわれた部屋に篭もった。
疲労感もあるにはあったが、とにかく一人になりたかったのだ。
こうして一人になれば、沸々とあの時の恐怖と嫌悪感が蘇って来る。
わけもわからず命を狙われる恐怖。
自分を助けるために文字通り盾になってくれた少女。
自分が撃ったロケットランチャーによって死んだ化け物の血の臭い。
最後のは考え、思い出すだけで気持ちが悪くなる。
「う……」
リアルに残っている硝煙と血臭は先程食べたシチューを戻しそうになる程だ。
ぶんぶんと頭を振って布団の中に潜り込む。
体が震える。
そもそも自分は何故狙われたのだろう?
ロケットランチャー使った後、いつのまにか居なくなっていたあの女性は「大量殺戮」がどうのと言っていたが、自分は悪逆非道を尽くす最低野郎だったのだろうか?
何故“ルイズさん”は自らを省みずに自分を助けてくれたのだろうか?
彼女は本当の自分にとってどんな相手だったのだろうか?
わからないわからないわからない。
わからないという恐怖。
命を狙われる恐怖。
女の子を犠牲するところだった恐怖。
記憶という自分を構成するための物が無いサイトは分からなければ分からないほど悩み、恐怖していた。
疲労感はあるから眠ろうとも思うが、その恐怖が彼に睡眠を許さない。
加えて、
「……足りない。“何かが”足りなくて眠れない」
何かが、何かはわからない何かが無い為に眠れない。
体は眠る時に必要な“何かが無い”為に、睡眠を良しとしてくれない。
“その何か”が記憶の無いサイトに分かるはずもなく、悩み、考え、恐怖する。
無限ループと言っていいその葛藤をしばらく続けたが、どうやら肉体は睡眠を妥協する気は無いらしい。
……カツン。
と、シンと静まりかえっていた部屋に物音が響いた。
咄嗟にサイトは息を殺した。
先程までの悩みと恐怖から、嫌なイメージが先行して体が強張る。
そのまま耳を澄ませて状況を把握しようとして、
「っ!?」
声が出そうになるのを必死に止めた。
細い腕が背から回される。
誰かがベッドの中に入り込んできている。
それが誰なのかはすぐにわかった。
柔らかい肌に混じって包帯のような感触があったからだ。
だが、不思議なことに彼女、ルイズがベッドに入ってきても不快感や窮屈さは感じなかった。
むしろ、先程まで全く無かった眠気が急に襲いかかってくる。
(何だか……安心する)
先程までの不安が急に癒されたような、そんな錯覚を得た彼は、どっと押し寄せてきた疲労感も相まって、そのまま睡眠欲に身を委ねることにした。
***
「申し訳ありません」
シェフィールドは玉座に向かって頭を下げていた。
これ以上の屈辱……恥は無い。
自身の主の願いを叶えられなかったばかりか、国宝を相手に使われてしまうという失態を演じてしまった。
体が震える。
もし、この“お方”に『使えない奴』と思われ、捨てられることになどなれば、自分は生きていられない。
このお方の満足こそ生きる意味なのだから。
だが、彼女の予想は“良い意味”でも“悪い意味”でも裏切られる。
「……“神の頭脳”であるお前が使えぬ“マジックアイテム”を使った“神の左手”だと? フハハハハハ!! 面白いではないか!! これほど痛快な事は無い!! 本当に“神の左手”はアルビオン陥落以来“ここにある史実と違って”楽しませ続けてくれる!! 良い、赦そうミューズ。その代わり、俺の前にガンダールヴを連れて来い、無論生きたままだ。俺は俺の考えが及ばないそいつが欲しい」
「!? し、しかし!!」
「これ以上失望させてくれるなよミューズ。俺は国宝のマジックアイテムですら使えるガンダールヴが欲しいと言ったのだ、俺の願いを叶えるためにお前は居るのだろう?」
「……っ、かしこまりました。しかし宜しいのですか? 私が城を空けている間にも一度、“ガーゴイル娘”が反旗を翻したと聞いています」
「構わん。“あの女の処遇が漏れた”為に行動を急いだようだが……“姪”は捕らえた。少々手を焼きはしたがな」
「っ!? お怪我を!? あのエルフ……ビダーシャルは何をしていたのです!?」
「奴はお前が以前持ってきた土産で手一杯だ。そもそも俺を護るというのは盟約に無い。それにたいした傷ではない。まさか“近距離の格闘”を覚えて来るとは思わなかったが。あれはメイジにあるまじき戦いだな、俺が言うのもおかしいが」
玉座に座る蒼い髪に蒼い髭を生やした妙齢の男は鼻で笑う。
「めっそうもありませんジョゼフ様」
その男こそ、大国ガリアの国王、ジョゼフ王その人だった。