プロローグにしてエピローグ
「あ、あ、あああああ!?」
一本指の足りない手に、ヴィットーリオは叫びを上げる。
一息遅れて痛みが来たのだ。
「あああ、ぎゃああああああああああああ!!」
彼は甘く見ていた。
同じ虚無の担い手の人間性を。
ヴィットーリオは数歩ルイズから距離を取り、ボタリと垂れる血に気が遠くなりながらもルイズを睨んだ。
かつて“使い魔”からその異常性は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
その時は大げさだとさえ思ったが、その説明ですら生温いほど、彼女は狂っている。
「や、やってくれましたね……!!」
「ほれは……ペッ!!……こちらの台詞よ……!!」
既に原型を留めていない血と肉の塊。
それがルイズの口から吐き出される。
彼女にとってサイトに仇成すものは須く敵である。
サイトを刺した?
死刑には十分すぎる大罪である。
指の一本など生温い。
ましてや……、
「サイトを……生き返らせるですって!?」
彼女はアンドバリの指輪の存在は覚えていた。
それによって蘇った者のことも。
いや、あれは蘇ったとは言えない。
傀儡なのだ。
この男はサイトをそんなものにしようと言うのか。
全く持って、
──────────────度し難い。
かつてルイズは、“前の”ルイズであった時、父親がルイズの状態に見かねて「ほら、お前の使い魔だよ」と連れてきた人物がいた。
その人物は凄腕の“偽物師”で、“今のこの世界”においては“ウェールズに化けたり”もしている人物だった。
“前の”ルイズはその男をサイトと言われた事に我慢ならなかった。
本物とは匂いが違いすぎたのだ。
その時のルイズは周りが無理矢理に押さえつけるまでそのフェイカーを殺そうとするのを止めなかった。
そんな事実は無論ヴィットーリオの預かり知る所ではない。
だが、サイト命のルイズにとって、“サイトを騙る”者は何人たりとも許せなかった。
だからこそ、ルイズはサイトを失いたくなく、彼の■を何よりも恐れたのだ。
ルイズとヴィットーリオは互いに視線だけで相手を殺せるんじゃないかと言うほどの形相で睨み合っていたが、終幕はあっけなく訪れた。
ドォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!!
「っ!?」
大きい音と共に城が揺れる。
「何だ!? 地震か!? うわぁぁぁぁ!?」
突如として揺れる城。
その勢いの強さは凄まじく、床板は割れ、天井は崩れ始め、その塊がヴィットーリオを襲った。
ヴィットーリオだけではない。
天井からの瓦礫はルイズと倒れているサイトにも降り注いだ。
「!!」
瓦礫といえどサイトを害為す事は許さない。
ルイズはサイトを抱きしめながら慌てて杖を振ってその姿をサイト共々城から消した。
***
暴風が吹き荒れる。
燃やし尽くした筈の酸素が暴風によって運ばれてくる。
いや、暴風は衰えることなく吹き荒れ、最早“燃える環境”を許してはいなかった。
「な、な……!?」
コルベールは驚愕する。
最後の賭けであった。
同じ呼吸をしている生物として、その呼吸源を絶つという戦法。
それが破られてしまった。
「惜しかったな蛮人……!! 私もエルフとしてこの手だけは使いたくなかったが」
吹き荒れる暴風。
しかしその風は徐々に大きな人型を作りつつあった。
その姿を、女性陣は見たことがあった。
「あれは……!!」
「知っているのか、蛮人の女。こやつは“元風メイジの人間”だからな。ジョゼフもとんでもないことを考えるものだ。人の“人工精霊化”など」
その姿はかつてトリステインを裏切り、ルイズとサイトに杖を向け、レコンキスタに与していた風メイジ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドその人だった。
「この男は非常に稀なケースだ。余程強い思いがあったのだろう。元々こいつはお前達風に言うと風のスクウェアスペル、“遍在”とかいう魔法の魔法体であったのだ。本体……人間の体は死にながらにして魔法の結果だけが残る……本来なら早々お目にかかれるケースではない」
ジョゼフはそのワルドの存在を見て、人ならざるものとして喜んだ。
同時に、どうせ人では無いのなら、精霊に出来ないかとビダーシャルに持ちかけたのだ。
当初、精霊を重んじるエルフであるビダーシャルは断りたかったが、協定内容がそれを許さなかった。
蛮族との協定など護る必要は無いとも思ったが、それによって蛮族よりも“蛮族”扱いされては堪らない。
そんなエルフとしての格式高い葛藤と所属するネフテスとの相談を経て、渋々ビダーシャルは研究する羽目になったのだ。
結果から言えば、精霊化は不可能だった。
やはり精霊とは格式高いものだと思ったが、結果を求められる身として何も出来ないのでいるのも癪だとあれこれ手を出して見ると、これがとんでもない出来になった。
精霊には出来ないが、意思ある魔法としての確立は出来た。
言うなればワルドというオリジナルに近い風魔法だ。
しかし、これは元々ワルドという遍在が存在するために使用できる魔法で、単に人間の使う風のスペルを扱えるというものだった。
そこでビダーシャルは当初の精霊化計画に近づくよう、まずは風の精霊と魔法の意識の契約が可能かどうか、それを試してみたところ、これが出来てしまった。
ここから、彼の予想外のことばかりが起り始める。
まず、風の精霊はあっという間にワルドという意識体に屈服させられてしまった。
信じがたいことだが、人で無くなったワルドの意識が精霊を上回る意志の強さとキャパシティを見せたのだ。
人で無くなったことで可能になったことだろうが元人間とは思えぬ妄念だった。
加えて風の精霊を半ば取り込むような形になったことで、ワルドは自分の力を自給自足できるようになってきていた。
風がワルドにどんどん力を持ってくるのだ。
始めのうちは放っておくだけでも消滅の危機があるほどの存在だったのでこれで少しは楽になったと思ったのだが、予想に反してワルドは“強くなりすぎた”
無限に、無制限に風を取り込むワルドはどんどん肥大化し、無理矢理押さえつけなければビダーシャルですら制御できない存在になりつつあった。
そのワルドが、今解き放たれた。
解き放たれてしまった。
もう、彼を止めることは出来ない。
ビダーシャルが何度も聞いた、妄念と妄言が風に乗って聞こえる。
『せい、ち……せいち……聖地ィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!』
その言葉だけを叫び続け、風が暴風となって吹き荒れる。
しかしここでさらに誰にも予想できない事が水面下で起こり始めていた。
風の強さが増すのと同時に、ハルケギニアの大地に眠る無数の風石……いつかは飽和状態になりあちこちが大隆起するといわれていたそれが、ワルドによって急に活性化されつつあった。
城が、大地が、ハルケギニアが今、揺れだす。
ガリアを中心に大地が隆起し始める。
城が崩れるのは時間の問題だった。
「くっ!! このままでは……!!」
コルベールは何とかしようとワルドを形作る風の塊に炎の蛇をけしかけるが、効果は無い。
「無駄だ、こうなっては私でも止められん」
ビダーシャルの諦めにも似た声が無情さを告げる。
「それでも!!」
諦めるわけにはいかない、そう思いなおした瞬間、彼の胸には大きな穴が開いていた。
「……っ、あ」
目を一際大きく開き、彼はそれ以上話すことはできなくなった。
「ミスタ!? ミスタァァァァァァァァ!?」
エレオノールが悲鳴を上げてコルベールに近づく。
遅れてキュルケも近寄るが、彼は既に息をしていなかった。
「う、そ……?」
キュルケは力なくその場に崩れる。
エレオノールは彼の胸に顔を乗せて泣いていた。
が、ワルドは止まらない。
風の塊がビダーシャルを除く三人を思い切り吹き飛ばす。
ワルドにはもはや正常な思考回路は残っていなかった。
ただ聖地へ、というそれだけの妄念が今の彼だった。
そんな彼に攻撃したコルベールは彼にとって目障りでしかない。
目障りだから風の槍で刺して、ついでに群がる“その他”を吹き飛ばしたのだ。
今の彼にとって、先の行動はただそれだけでしかなかった。
「蛮族はやはり蛮族か……」
ビダーシャルの悲しむような声が、風に乗って飛んだ。
***
ドォォォォォォン!!
「っ!?」
こちらも逃げなければ。
そうタバサが思っていた矢先、壁を突き破って何かが飛んできた。
何事かと思えば、それは見知った先生と同級生、そして同級生の姉だった。
そう思って近づき、絶句する。
彼女の目から、輝きが消え始める。
師匠だと、父親に似ているとそう思った先生が、胸に文字通り風穴を開けていた。
彼は動かない。
気絶しているわけではないのはすぐわかった。
他の二人は幸い無事なようだが、意識は無い。
だが、コルベールはダメだ。
そう思った時、彼女の中で何かが弾けた。
彼が、彼の■タイが、父にダブる。
それだけで正常ではいられない。
瞬間、ふと思いだす。
『アンドバリの指輪』
死者を蘇らせるという指輪。
それがあれば!!
そう思ってタバサはルイズが吐き出したヴィットーリオの指を捜す。
天井から瓦礫が崩落してくる中、その汚い血と肉の塊はすぐ見つかった……が。
「……ない。指輪は、無い」
そこに指輪は無かった。
天井が、そのまま迫って来る。
何も出来ない自分。
また、何も出来なかった。
今度は瓦礫などと生易しいものではなく、本当に天井そのものが降ってくる。
もう、助からないのは目に見えていた。
辺りには自分以外に動いている人間もいない。
ヴィットーリオも先ほど瓦礫に押しつぶされた。
「……あはは」
タバサは視線を降って来る天井に向け、数日振りに笑った……いや、嗤った。
その瞳からは、“彼女のように”一切の輝きが消えていた。
***
がむしゃらだった。
本当に適当に、できるだけ遠くへという思いで瞬間移動を使った。
そうして移動した先は、ラグドリアン湖だった。
「サイト……サイト……」
頬を撫でる。
久方ぶりに触れるサイトは、冷たかった。
「ル、イズ……」
サイトがゆっくりと目を開ける。
それだけでルイズはほっとできた。
しかし油断は許されない。
彼は相当な量の出血をしている。
どうにか助けなれば。
医者と水の秘薬。
どちらも良質なものが大量に必要だ。
だと言うのに、
「……はぁ、はぁ、ルイズ、聞いてくれ、俺、思い出したんだ」
サイトがルイズを力なく掴んで離さない。
サイトが話したがっている。
そのサイトの願望を、ルイズは跳ね除けられなかった。
自分もずっとこうしてサイトと触れたくて、話したかったのだ。
ずっとこうしたかったのだ。
「はぁ、はぁ……俺、生き残れたら、お前に、もう一度言おうって……決め、てたんだ」
ルイズはサイトの頬を愛おしそうに撫でる。
「生き残れたら、俺はきっと前の自分よりも自分に自信を持てるって、そう思えたんだ」
「うん」
「お前は、俺の、太陽だ……ルイズ、だから……」
「うん」
「だから……」
「うん」
「……だから、好きだルイズ。今度は、返事を、聞かせてくれ、ないか」
「うん……私も好き、いいえ大好きよサイト」
ルイズの嬉しそうな言葉に、サイトは薄っすらと微笑みながら、
「そうか、良かった。へへ、これで俺も本当に彼女持ちだな。童貞喪失も、遠くない、か、な……」
ゆっくりと、
力を抜いて、
その首を、
力なく、
落とした。
「……サイト? サイト!? サイト!?」
ルイズはサイトを揺するが、彼は動かない。
再び、もう二度と、動く事は、無い。
「サイト」
「サイト」
「サイト」
呼んで、名前を口にして、涙を一杯に零して。
そしてようやく、その現実が彼女を“数十年ぶり”に認識させる。
「死んじゃ嫌だよサイト、一人にしないで……一人にしないで!!」
思えば、彼が死んだ事を理解したくなくて、認めたくなくて方々手を尽くした。
再び彼と会えるとわかった時、これは運命なんだと狂気乱舞した。
その目をそむけていた現実が今、彼女に追いついてくる。
「う、う、うわああああああああああああああああ!!!!!!」
泣いた。
あの時以上に、かつて以上に、人生でこれ以上無いほどに泣いた。
叫びはしても、ここまで純粋に涙を流した事はきっと無い。
世界が動いている。
動くのも辛いほど大地が鳴動している。
でもそんなことはどうでも良かった。
酷い地震になるだろうとか、損害は計り知れないとか、そんな結果より。
ただ彼がもう目を開けないのが悲しくて泣きたかった。
木々が倒れる。
地面が割れる。
湖面が振動によって揺れる。
それでもルイズはサイトの■……『死』以外に意識を割けなかった。
『きたか……』
だから、揺れる湖面が人の形をして声を発しても、気になんかしていなかった。
『また、約束を果たしにきたか。これで“何度目”だろうな』
揺れる湖面の水の塊はルイズを覆う。
ルイズはそうなっても気にせず意識を割かずただサイトに抱きついて泣いていた。
『指輪は……体の中か』
ルイズですら考えてもいないことだったが、彼女はヴィットーリオの指を噛み千切った時、指輪は飲み込んでいた。
『さて、これでようやく我の元に秘宝が戻った、約束を果たした事、感謝するぞガンダールヴ。と言ってもいつも貴様は礼を聞ける状態ではないが。なぁ“元”単なる者よ、お前もそう思わないか』
水の中でも泣くという器用な真似をし続けるルイズはサイトにかかりきりだった。
『やはり“元”がついても単なる者は単なる者か。“感情”とはかくも面倒なことだ』
水の精霊はルイズとサイトごと湖面にその身体を沈めていく。
『“禁忌”を犯し“単なる者”でなくなってから幾星霜……私は忘れてしまったな、そんなもの。お前は、忘れずにいられるか? “元単なる者”にして“現同胞”よ……』
返事はどこからも無い。
だが、彼女の泣き止まぬその声無き声が、答えだろうと“今の”水の精霊は決定する。
『ならば、少し眠るが良い。“大いなる意志”は、ようやく次へ進む気になったようだからな』
少年は歩いていた。
場所は秋葉原。
少年は普通のジーンズに青と白のパーカーを着て、脇には折りたたまれたノートパソコンを持っている。
三日前の晩、というか朝(夜中の三時)に使用していたノートパソコンが急にフリーズしてしまい、電源がつかなくなった。
もう大分古くなってきていたし予兆はあったのだが、まだ見たい動画が残っていたので無性に腹が立った。
殆ど寝ずにバラしてみたがわからず、気付けば朝も十時を回っており、その日はやむなく電気屋に駆け込む事にした。
そして今日、修理完了の旨を電話で受け、マイノートパソコンを受け取りに来たのだ。
「ふわぁぁ……」
脇にノートパソコンを抱えた少年は眠い目を擦り欠伸をする。
昨日の晩は動画の代わりにビデオを久しぶりに長い間見ていて万年睡眠不足は現在も進行中だ。
母親がパソコンの無い時くらい早寝しなさいと怒っていたが、日付変更前に寝たら若者として負けだと思ってる。
しかし、実際めちゃくちゃ眠い。
負けという舌の根も乾かぬうちに今日は久しぶりに早寝しようか、そう思ってまた大きな欠伸をし、反動で目を閉じ、また開いた時、景色は一変した。
「ふえっ!?」
まず力強く急に引っ張られた。
それを理解してから開いた目前の光景は、
「才人!!」
一般的に言って水準以上の美少女の顔のそれであった。
ただ、桃色がかったブロンドから日本人ではない事が伺える。
「な、何だよ」
「もう、ようやく“この時”に捕まえたわ。“何度呼んだ”と思ってるのよ」
「はぁ? お前そんなに何回も俺を呼んでたか?」
「まぁ“今日”は一回目だけど」
「意味がわかんねぇ」
才人と呼ばれた少年は不満顔でまた歩き出す。
「あ、待ってよ」
遅れて少女も才人に続いた。
が、すぐに振り返って少女は手を合わせて頭を下げる。
「どうした?」
才人が遅れている少女に気付いて振り返ると、通路の奥に一瞬何か鏡のようなものがあった、気がした。
「なんでもない」
「ふぅん」
瞬きした瞬間には無かったので錯覚だろうと頭を振り、また歩き出す。
「またパソコン? 目悪くなるわよ」
「うるさいなぁ、趣味だよ趣味」
「どうせまたエッチな動画でも探してたんでしょ」
「……黙秘権を行使する」
「もう!! だから私ならいつでも良いって言ってるのに」
「バッ!? お前天下の往来でそういうこと言うな!?」
才人は辺りを見回し、誰も気にしていない事にほっとする。
「もう、シたいのかシたくないのかどっちなのよ。良い? 私のめしべと才人のおし「わーっわーっわーっ!!」……ぷぅ」
「お前はもう少し恥じらいって物を持て!!」
「いいじゃない、私はかつて恥じらいを持ってたせいで後悔したのよ。だから恥じらいは捨てるの」
「俺はお前が恥じらいある姿を見たことが無いぞ!!」
「気のせいよ♪」
「はぁ、ったく」
才人は溜息を吐いてまた歩き出す。
「あ。そーだ。おばさまから聞いたんだけど才人また変な物買ったんだって?」
「うっせーな、いいだろ別に。何か気になったんだよ」
「“伝説の剣”なんて触れ込みのボロっちぃ剣なんてオタクでも買わないわよ。原典があるならともかく。しかもその剣が喋ったって言ったそうじゃない」
「本当に喋った……気がしたんだよ。何か時々勝手に動いてるし」
「電池式か何かのオモチャじゃないの?」
「俺もそう思ったけどどこにもそんな感じのが無いんだよなぁ」
「へえ、まぁそれはいいとして。ねぇ才人?」
「な、何だよ?」
「貴方この前下級生の“佐々木”っておかっぱ頭の巨乳な子にアタックされてたわよね?」
「な、なんのことだ?」
「とぼけても無駄よ!! 証拠は挙がってるんだから!! 罰として今度の休みは私と一日中一緒にいること!! いわね!?」
「ちょっ、おい!? 今度の休みは予定が……」
「ダーメ、絶対一緒に遊園地行くんだから」
「ったく、しょうがねぇなぁ。あーあ、パソコン修理で金が無いのに」
「ぷっ、ふふふふ」
「何だよ?」
急に笑い出した少女に、才人は訝しげな顔をする。
「んーん、なんでも無い。ただ普通の日常っていいなぁって思っただけ」
「何だよそれ?」
「さあねぇ。あ、そうだ。おばさまから聞いた才人の部屋の新しい秘蔵物チェックするんだった!! さっそく処分しにいかないと!!」
「ちょっ!? おい!!」
少女は駆け出す。
才人もまた少女を追って駆け出した。
少女は本当にやりかねないのだ。
いつもどこからか調査して人の秘蔵物をこそこそ処分しにかかる。
おこづかい欠乏の中、コツコツとせっかく手に入れたアレやソレなものを捨てて、自分のキワドイ写真集(どこで用意したんだこんなの)とかと入れ替えるなんてザラだった。
だから急がねばなるまい。
アレやソレを護る為に。
それが、これから続いていく平和な日常のヒトコマ。
「待てよ!! おいってば!! ル───」
平賀、とそう書かれた表札の家。
カチカチカチカチカチ。
その家の中の一室から音がする。
カチカチカチカチカチ。
音源は、錆びたようなボロい剣のレプリカ、のようなものだった。
サァ、と部屋に風が入る。
カチカチカチカチカチ。
誰もいない部屋で鳴るその音はまるで、『おでれーた』と言っているようだった。
END