第百十二話【事実】
「珍しい客だな、よくここに姿を現せたものだ」
笑いを隠しきれない、そういった様子でジョゼフは目の前に現れた美男子として形容していい男を見ていた。
自分も大概“異常”ではあるが、目の前の男も“異常”の部類に分類されると確信する。
もっとも、ココに現れようが現れまいがその男を“異常”だと認識していたことに変わりは無いが。
だがまさか“このタイミング”で現れるとは思っていなかった。
予想の範疇、その外にある物事が起きることは、ジョゼフにとって例え不都合な事になろうと“楽しい”と感じられる。
先が“わかってしまう”ジョゼフは、“予想もしえない事”を何よりも欲していた。
だから“彼”を手中に収めたのだ。
ジョゼフの“決まっていた未来”を悉く破壊してきた少年を。
「随分と機嫌が良さそうですね」
来客の男は意外そうにジョゼフを見つめる。
ジョゼフが意外だと思ったように、その男も自分が“客”としてすんなりと通される事は意外だと思ったようだった。
ましてや上機嫌など、何かあるのではないかと勘繰りたくもなる。
「機嫌も良くなるさ、先日最高の“玩具”を手に入れたところでな」
「ほう、玩具ですか。その歳で機嫌の善し悪しの理由が玩具とは……随分と幼い面もお持ちのようですね」
男も玩具がそのままの意味では無いと知りつつも皮肉交じりに言い返す。
「そうとも。俺は気まぐれで日々を生きている子供と何ら変わらない、大人の皮を被った子供だよ」
「仮にも一国一城の主が自身を子供扱いとは恐れ入れますね。貴方が子供なら私は赤ん坊と名乗らなくてはいけなくなる」
「謙遜は止めるんだな、お前こそ“一国一城の主”らしくない。そうだろう? 聖エイジス32世」
ジョゼフの言葉で場の空気が変わる。
そう、ジョゼフの前にはロマリア連合皇国の若きトップ、ヴィットーリオ・セレヴァレがいた。
本来なら、彼がここにいるなど到底ありえない事態である。
ましてやアポイントメント無しの“トップ会談”となれば尚更だ。
「ロマリアの教皇が俺に一体何の用だ?」
「……聞かずともお分かりでしょう?」
「……“聖地奪還”か。くだらんな」
ジョゼフはつまらなさそうに教皇を見つめる。
「そうは言いますが貴方とて“知っている”のでしょう? このままではハルケギニアは未曾有の大災害に見舞われると。それを防ぐ手立てはもはや“聖地”に我々が到達するより無いのです」
「それで到達したとしてどうする?」
「決まっています。エルフが“シャイターンの門”と呼称する聖地、それを“解放”するのですよ。それが唯一にして絶対の……“決まっている解決策”なのですから」
「“解決策”だと? 笑わせるなよ、俺に言わせればただの無駄な“時間稼ぎ”だ」
「……たとえ時間稼ぎだろうと、そうすることが必要で、ハルケギニア……ひいては我々人類の希望そのものに繋がるのですよ。それは“歴史”が証明している。“我々”が聖地に到達することも含めてね」
「やはりくだらんな。貴様が言っている希望というのは面倒を後の者に押し付けて時計の針を巻き戻しているだけにすぎん。終わりというものはいつか絶対に来るものだ」
「それはそうでしょう、しかしそれは今でも無ければこの“世代”でもない」
「それは“これまで”の話だろう」
「私は“これから”もそうなると信じていますよ」
「話にならんな」
「ええ全く。そもそも“あれ”を知っていて“人類の敵である”エルフと協力関係を作っている貴方の考えが理解できない。我々は“今まで”ずっとそうしてバトンを渡してきたのです。ならばそのバトンを次代へと繋ぐのが責務でしょう」
ロマリア教皇、ヴィットーリオは一息吐き、張りのある静かな、しかし鋭い声で告げる。
「我々は聖地、シャイターンの門に辿り着き、世界を“リセット”するべきなのです。“これまで”のようにね」
***
そも、ハルケギニア中の風石の力が飽和し、大陸が大隆起すると“最初”にわかったのはいつのことだったのか。
それは現在、正確には知ることは出来ない。
ただ言えるのは、“現代”では無いということだ。
ヴィットーリオが“それ”を知ったのは偶然であり必然だった。
自身に伝説の系統、虚無が秘められていると知った時、彼は『記録(リコード)』という魔法を学んだ。
しかし、彼がその魔法を使って視た物は想像を超えていた。
それは過去、偉人として称えられている始祖、ブリミルの記憶そのものと言っても良かった。
始祖が成した事、成そうとした事、それを驚きに満ちながら彼は知った。
そも、ハルケギニアは“滅ぶ”運命にあると。
大陸の地中深くに無数に存在する風石。
これがやがて飽和状態となり、大地を隆起させ、人の住める環境では無くなると。
これをどうにかするには、あまりにも時間も技術も足りなかった。
だから、始祖は“リセット”を試みることにした。
いつからそこにあったのか、何故そんなものが存在するのか、そんなことはわからない。
それこそ“星”の創世時代から“神と呼べるような誰か”が作ったのか、はたまた“星の防衛本能”か。
理由はわからないにしろ、確かに“それ”は存在していた。
ヴィットーリオが“聖地”として知る場所に、世界……“星”の“歴史”を“リセット”する為のものが。
過去、ブリミルは“それ”の起動に“一瞬成功した”ものの、不完全かつエルフの邪魔が入って完全起動には至らなかった。
それでも東の地……聖地はサハラと呼ばれる砂漠……“原初の大地”へと還元された。
まだ幼かったヴィットーリオは震えた。
未曾有の大災害の有無に。
“世界初期化”の事実に。
何よりそれを知る権利を持った自分に。
だがそこで、自分は気付いてはいけない、あるいは気付くべき懸念に行き当たる。
ブリミルが失敗したその“リセット”……歴史上で“成功”した事は無いのだろうかと。
そして気付いた、いや、『記録(リコード)』によって気付かされたというべきか。
今の自分の世界は、“既に何度もリセット済み”であるという事実に。
正確な回数などわからない。
自分が調べる過程で遡れたのが最初なのかどうなのか、それが確実では無い以上、それを1回目と数えることが出来ず、最初がわからなければ正確な数など測り用が無い。
そも、自分がそこまでわかったのは“過去”の自分が次代への自分宛に遺していたもののおかげだった。
恐らく、やがて自分が虚無に目覚めるのはわかっていたのだろう。
いや、“決まっている”というべきか。
『記録(リコード)』を覚えてからはそれまで知らずにいた全てが、意味のあるような物に視えて来る。
どうやら、“虚無”の力は“不完全”ながらリセットの影響をやり過ごせるようで、“過去の自分”はそれを上手く利用したようだった。
これは虚無が、四系統の魔法よりもこの世の全ての物質を構成するとても小さな粒に影響を与えると言われているせいだろう。
あまりに小さな粒、“始まりの粒”は星そのものと言っても良い。
虚無を完璧に使える者は世の理さえ思うままに出来るとはよくいったものだ。
そして存在がそれそのものと呼べる“精霊”もまた、“世界初期化”の影響を受けない。
どんどんとハルケギニアの実情と真の実態を知っていくヴィットーリオだが、ある時、“知りすぎてしまった”
星も“生きている”以上、寿命はある。
初期化を繰り返しても、その寿命を戻すことは出来ないようだった。
いわば星とは一枚の紙。
紙一杯にハルケギニアという世界の歴史を書き連ね、上手く行かないことがわかったから消す。
これを繰り返しているうち、紙媒体自体が傷んで来てしまっていた。
最初に初期化をした者達は“初期化制限回数”など気にもしなかったことだろう。
やがて、早い段階で事実に気付いた世代が、きっとなんとかしてくれると。
そうしてずるずると、歴史は繰り返し初期化され、見えざる星の寿命という養分を吸って肥大化したツケは、回を追うごとに酷くなっていた。
一度初期化した後の風石の飽和時期、これが段々と早まってきていた。
理由は“長年生きている”星が、“いつか必ず来る”滅びへと緩やかに向かっている為だと思われる。
次代にバトンを繋ぐのと同時に、より重たい負債を背負わせていると気付いたのは果たして何回目の自分達だったのか、検討もつかない。
それでも自分達は“解決策”を見つけ、次代へ繋がなければならない。
人類を生かし、発展させ、護る為に。
***
ジョゼフはヴィットーリオの顔を最初とは打って変わってつまらなさそうに見ていた。
とどのつまり、ヴィットーリオは人を生かすために今までしてきたことと同じ事をしようと提案しているのだ。
人類を生かす為に。
対してエルフはその土地の精霊と契約して魔法を使う種族だ。
当然精霊は初期化が起ころうと起こるまいとあるがままそこにいるだろう。
そんな精霊と共に生きてきたエルフはあるがままを受け入れるべきだとそう考えている。
無理に“その時”を引き伸ばし、無駄に星の寿命を削っては意味が無い、と。
理はどちらにもあるし、どちらにも無い。
そも正答など無い問いなのだ。
だからジョゼフの判断基準は己の感性に委ねられる。
今までそうだったのならば、違う方が面白い、と。
それだけの理由でジョゼフはエルフに“真実”を教えられた時、エルフの考えに付いたのだった。
(やはり、こんなものか)
頭ではヴィットーリオの言い分や考えなどわかるし“予想できる”
“だからこそ”つまらない。
彼が来たのは予想外だったが、所詮そこ止まりだった。
ヴィットーリオの考えなどあらかたわかっている。
聖地奪還の為に“虚無”とその“使い魔”を揃えたいのだ。
何かの動きがあるか、とガンダールヴの少年を手に入れた事をリークしたは良いものの、正直イキナリ訪問された事を除けば期待ハズレだった。
そう、実はジョゼフはロマリアの意向を探るエサとしてもサイトを利用していた。
成果は無いに等しい結果に終わったが。
だが、彼はここで一つ、“重大なミス”を犯している事に気付いていなかった。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
爆発音が城に木霊する。
「……何だ? ロマリア兵でもけしかける用意をしていたか?」
「いや、そんなはずは……」
流石のヴィットーリオにも覚えが無いのか、表情を険しくしている。
すぐに衛兵が報告に現れた。
「報告します!! 侵入者です!!」
***
「ちょっ!? ミス・ヴァリエール!? ここは一つ隠密行動という作戦だったではないですか!!」
頭頂部の髪が乏しい男性が、額から光る汗を滴らせながら目前の桃色の髪の少女を弱々しく諫める。
が、少女はそんなことは気にせず、頭は既に一つのことで一杯だった。
「そんなことは知りません。“サイト”の情報が入った。私もここから“サイト”を感じる。行動する理由はそれだけで十分です。サイトは、必ず取り戻します。必要なら城ごと吹き飛ばすのも吝かではありません。ああ、サイトサイトォ、今行くわ!!」
ジョゼフのミス、それは、“知られてはいけない人”にまで情報が漏れる可能性だった。