――L3、ヘリオポリス周辺宙域。
その宙域には、先ほどの戦闘の名残が漂っていた。
ジンやメビウスの残骸。それらに乗り、戦っていた人間達の肉体は既にここには無い。
まるで、戦っていた者達の怨念の強さを物語るかのように、いつまでも残骸は漂い続けていた。
その残骸の中に、ラウ・ル・クルーゼ隊の旗艦、ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウスが潜んでいた。
そのブリッジでクルーゼは、連合の新兵器に対する考察と対策、戦術について論じていた。
「ミゲル、オロールはただちに出撃準備! D装備の許可が出ている。
今度こそ完全に息の根を止めてやれ!」
「はっ!!」
檄を飛ばし、パイロット達を見送るクルーゼ。アスランが、自分も出撃できるよう上申したがそれをなだめて制止し、
クルーゼは己の思考の海に漂い始める。
(連合の新兵器、ムウ、そして……私に当ててきた戦闘機)
ムウと切り結んでいたとき、したたかにも横から撃ってきたメビウス。
あの屈辱は忘れられない。存在を忘れていたというのは言い訳にならない。己はあの射撃に反応できていたのだ。
では反応できなかったシグーが悪いのか? 馬鹿な。機体のせいにするのは、それこそ三流だ。
(物理的慣性、彼我の機体の特徴、操縦の癖、人間の本能……全てを吟味して、必ず当たる瞬間というのを熟知している…?
フッ、まさかな。
できるとすれば、それはコーディネーターを超える存在だ。偶然と思いたいものだが…次に出てくるとしたら、侮れんな)
あの戦闘機のパイロットには、ミゲルやオロールでは手を焼くかもしれない。
そう思い、次の攻撃には己と共にアスランも参加させることを考えながら、オブザーバーの席に戻るのだった。
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キラがコーディネーターだとわかり、士官達に戸惑いの空気が流れた。
それもそうだろう。この戦争はもはや国同士ではなく、ナチュラルとコーディネーターの戦争なのだから。
つまり、目の前に敵がいる。単純な軍人ならこう考えてもおかしくない。
その単純な軍人の陸戦隊の兵士らが、キラの肯定の返事と同時に小銃を身構える。
「っ……」
トールがキラを庇うように立った。リナも、牽制するように視線を向ける。
「なんなんだよ、それは!」
「トール…」
トールが果敢にも兵士に向かって非難の声を挙げる。キラが頼もしそうにトールを見ている。
「キラはコーディネーターでも敵じゃねーよ!」
「私も、ザフトやコーディネーターを庇うつもりはないけど、
民間人に銃を向けるのは軍人としていただけないと思うな?」
言ってから、しまった、と思う。
言葉は否定していても、思いっきりコーディネーターを庇っているではないか。
僕が進んで庇わなくても、おそらく撃ったりはしないだろうに…ああ、僕の馬鹿。
キラ以下学生達も、こっちを見てる。きっと、何こいつと思っていることだろう。
「その少年とシエル少尉の言うとおりよ。銃を下ろしなさい」
マリューの鶴の一声により、渋々ながらも兵士達が銃を下ろす。
リナは気丈に牽制の睨みを兵士に利かせていたが、内心ホッとした。マリューを紙吹雪と共に賛美したい気分だ。
キラの両親はナチュラルで、コーディネイトされた子供…そういうことらしい。
地球連合軍の領地だったらいざしらず、ここは連合寄りではあるが名目上中立だ。
戦禍に巻き込まれるのが嫌なコーディネーターやナチュラルにはうってつけの土地といえる。
その説明を余儀なくされた状況を作った張本人、ムウ・ラ・フラガはすまなさそうに声のトーンを下げた。
「いや、悪かったな。…とんだ騒ぎにしちまって。俺はただ聞きたかっただけなんだよね」
「フラガ大尉…」
(って、おぉい! そういうこと聞くなら個人的に質問しようよ!? KY! KY!
コーディネーターってわかったら、だいたいの連合軍の軍人はああいう反応するってわかってるはずなのに。
ムウ・ラ・フラガって実は結構天然? いや、さっき僕を子ども扱いしなかったところからして、全ての人に分け隔てなく接することができるタイプなんだろう)
ムウ・ラ・フラガ。実は結構人間味があって面白いやつなのかも…。
少しだけ、ムウに対して親近感を持つリナだった。当のムウは感慨深げにストライクを見上げて、呟く。
「ココに来るまでの道中、これのパイロットになるはずだった連中のシミュレーションをけっこう見てきたが、
奴等、ノロくさ動かすにも四苦八苦してたぜ」
なるほど…やはりMSっていうのは本当にコーディネーターにしか操縦できないらしい。
想像するに、歩くだけでも大変な重労働なのだだろう。それでは戦闘行動など到底無理だ。まともに歩けるように訓練するだけで戦争が終わりそうだ。
それを考えると、やはりコーディネーターの凄さを思い知らされる。そして、キラの凄さも。どういうレベルなんだろうか、奴らは。
リナはそんなコーディネーターをこれからも相手していかなければならないということに不安を抱き、俯いて視線を落とす。
そのリナの様子を見て苦笑し、「やれやれだな」とぼやいて、歩き出すムウを、ナタルがどこへ行くのかと咎める。
「どちらって…俺は被弾して降りたんだし、外に居るのはクルーゼ隊だぜ」
「ええっ…!?」
マリューとナタルが、その事実に二人して驚く。
クルーゼ隊。やっぱりラウ・ル・クルーゼだ。詳しい人となりはわからないが、いつも強力な機体に乗って立ちはだかるイヤなやつ。
相当な技量なのだろう。さっきメビウスで一合二合しか交戦していないが、今の自分では到底かなわないということはわかった。
そんなやつが、こんな装備も不十分な状態の僕たちの前に立ちはだかる。苦しい戦いになりそうだ。
「あいつはしつこいぞ~。
こんなところでのんびりしている暇は、ないと思うがね」
軽く言うな、軽く。余計に不安を駆り立てられる。
そう、のんびりなどしている暇は無い。自分はメビウスを落とされた。ムウもメビウス・ゼロをダルマにされて、ストライクしか残されていない。
そうなると、コーディネーターでMSを操縦できるキラに任せっきりになる可能性があるのだが、軍人が民間人に頼りっきりなのは褒められたものではない。
自分も機体を手に入れなければ…! ナタルに詰め寄る。
「バジルール少尉、このアークエンジェルには艦載機はありますか!?」
「何っ? ……艦載機といえば、このストライクがあるが…」
「これはナチュラルには操縦できませんよ。他には!?」
リナの勢いに気圧されて、ナタルは一歩後ずさり。
リナは普段は好奇心旺盛そうな丸い目尻を精一杯釣り上げて、口をへの字にしてナタルに顔を近づけていた。
じり、じり。
ナタルが一歩下がれば、リナも一歩詰め寄る。…が、一歩の歩幅が違うせいで、リナが少しよたついた。
まるで子犬が飼い主に、散歩に行こう、と一生懸命おねだりしてるようなそんな光景。
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phase:ナタル・バジルール
(し、シエル少尉…なんて健気なんだ!
長い黒髪も艶々してて……エメラルドみたいな大きい翠の瞳が愛くるしすぎる。
それにしても、ああ、この胸のときめきは一体!? 可愛い、かわいすぎるぞシエル少尉!
撫でてみたい、その丸いほっぺをぷにっとしてみたい。抱き上げても構わんのだろう? ほぅら、腕の中に…
よーしよしよしよしよしよし……)
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「ば、バジルール少尉!?」
「ちょ、バジル…ルぅ、しょうぃい…」
「………はっ!?」
ナタルはマリューの悲鳴に近い叫びと、苦しそうなリナの声でようやく我に返った。
いつの間にかリナを力強く抱きしめてしまっていて、リナは胸の中で呼吸困難に陥っていた。じたばた。
名残惜しいけれども、ぱっと腕を開いてリナを解放して、こほんと咳払い。
「……軍人が子供みたいに我侭を言うものだから、鯖折りによる制裁を加えただけのことだ」
「はぁ、はぁ…そ、そうですかぁ?」
なんとなく納得いかなさそうなリナ。ナタルさん、顔赤い。
「と、とにかくだ! アークエンジェルは新造艦で、艦載機はまだ存在しない」
「そんなぁ…」
リナが、見るからにショックを受けて、しゅんと目を伏せて俯いた。
もしリナに犬の耳と尻尾が生えていたら、ぺたんと下を向いて尻尾が垂れていたことだろう。
その姿がまた、雨に濡れた子犬を思わせる仕草だったので、男性クルー達が、頬を赤らめながら切なそうな表情でそわそわしはじめた。
「バジルール少尉、なんとかしてやってくださいよ!」
「シエル少尉がこんなに頼み込んでるのに!」
(うっ……)
ついに男性クルーからナタルに向かって非難の声が挙がり始めた。
ナタルとて、その健気で一生懸命な姿に胸打たれ、そして愛くるしい仕草に悶えていたところなのだ。
しかし、「リナの希望に沿うもの」はこの艦に搭載されていない。なんとか叶えてやりたいところだが…
『あれ』を教えたとしても、もっとがっかりされそうな気がする。が、それが無理と分かれば諦めてくれるだろう。
「……と、言いたいところだが、無いわけじゃない」
「本当ですか!?」
落ち込んでいたリナは一転、ぱあっと花が開いたように表情を明るくして声を弾ませた。
見た目どおりの年齢の少女のように、ころころと表情を変えるリナ。目からはキラキラと光が溢れんばかりだ。
男性クルーからも、うおぉぉ、と喜びの声が挙がっている。お前らAAのクルーのくせに、どっちの味方なのか。
ナタルもリナの嬉しそうな表情にほっこりと表情を緩ませる。
「第二格納庫に、『艦載機ではない』機体を置いている。そうだな? マードック軍曹」
「あ、ああ…まあ一応、調整すれば使えるようにはなりますがね。『あれ』をお嬢ちゃんに使わせるんですかい?」
整備班のリーダーであるマードックに話を振るが、マードックの反応は芳しくない。
『あれ』を使わせるのは予想外だったのだろう。なにせあれは艦載機ではない、『荷物』なのだ。
「構わん。シエル少尉を黙らせるなら、見せるくらいはいいだろう。
5機のうち4機もG兵器を奪われたから、無用になった『あれ』を手放そうと思っていたところだしな」
「??? い、いいから早く見せてくださいよぉ!」
あれだのこれだのと言ってもったいぶる二人の会話に癇癪を起こしかけるリナ。
「こっちだ、シエル少尉。貴女の希望に沿わないだろうが…」
「なんでもいいですからっ」
手招きして手を掴み、リナを連れて行くナタル。やはり歩幅が違うので、たまにリナの足がよたつく。
…その姿は、まるで遊園地の乗り物に連れて行く母子のようだ。
そんな姿に男性クルーはついていくかどうかおろおろしていたが、
「おめえら! フラガ大尉の言葉を聞いてなかったのか!
ぼさっとしてねえで、さっさと配置につけ! ザフトが来るんだよ! 整備班は、大尉のゼロとストライクを修理するぞ!」
マードックの檄で、蜘蛛の子を散らすように各員の持ち場に走り出した。
キラ以下の学生達は、
「どうする?」「あの子何?」「軍人…なのかなぁ」「なんか放っておかれてないか? 俺達」「………」
と、戸惑いながらも話し合い、マリューに視線をよこす。
「あ、貴方達は……今外に出るのは危険だし、居住区の空いてる部屋に案内するわ。
そこで少し休んでなさい。逃げ回ったり戦闘に巻き込まれたりして、疲れたでしょう?」
とりあえず、学生達のことは保留にすることにした。「こっちよ」と彼らを率いて、居住区の方へ歩き出す。
そして第二格納庫のほうに歩いていくナタルとリナの後姿をちらと見やり、
「……バジルール少尉、あなたそんなキャラだったかしら…?」
ぽつりと、マリューは困惑しながら呟いた。
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リナやキラ達が入ったのは、ブリッジから向かって右側の第一格納庫だ。
そしてもう一つ、ブリッジから向かって左側の第二格納庫がある。そこには別のG兵器も搭載する予定だったのだが、
それがなくなったため本来は用済みになっていた。
「アークエンジェルが就航する前から、一人の人物からG兵器以外にも搭載機を追加する提案が出ていた」
「G兵器だけじゃ、力不足だったからですか?」
リナが質問を挟む。
「それはわからんが、搭載機をG兵器だけにする理由はある。5種類もの機体が一つの艦に搭載されていれば、整備員の苦労は計り知れない。少しでも整備の簡易化を図りたかった。
そして、G兵器の運用に関わる一切のことをアークエンジェルに集中することで、組織の一本化を図りたかったのだ。
それでもその人物は強硬に、アークエンジェルに搭載機を追加するようにと主張したのだ。その理由は不明だ。
首脳部は、アークエンジェルの開発計画を推し進めた人間でもある彼の発言を無碍にはできず、別の形で彼の提案を受け入れる形になった」
「別の形?」
「……ここだ」
エレベーターの扉が開き、第二格納庫に出る。
広々として寒々しい。真っ暗で、何も見えない。足元灯が輝いているが、その機体らしいものが見えない。
いや、真ん中に何か巨大な物体がある。マシン……?
ナタルが無言で灯りのスイッチに手を伸ばす。サッ、と格納庫の内部が光に照らされた。
リナは、そのマシンを見て、絶句する。
「なっ……!?」
(なんでこれが、ここに…!?)
※
ついにロボットアニメお決まりの展開、2番目の機体への乗り換えイベントです!
こういう引っ張り方をしたら読者に受けるってばっちゃが言ってた!
まあたまにイラつく人も居るみたいですが…提供元にこうしろって言われたんです(ぇー
次の機体について色々意見をくださってありがとうございます。
これからのリナの立ち位置は、こんな感じになっていくと思います。
原作のアークエンジェルってなんか人間関係殺伐としすぎだし、いいクッションになれたらなぁ…と思ってます。
サイは私も好きなので、彼を救いたい! リナがんばって!(他力本願)
あと、明日の投稿はちょっと無理っぽいです。用事ががが。
ではまた、明後日かそれくらいにお会いしましょう! これからもよろしくお願いします(礼)