「よく来てくれた、フィンブレン・ギリアム大佐。長旅御苦労だったな」
「……ハッ」
賑々しい兵士達の空間から隔絶された、冷たい空気の漂う部屋。
朝日が差し込む基地司令執務室に、ギリアムは呼び出された。彼をその部屋に呼び出せるのは、目の前にいる人間しかいない。
ユーラシア連邦陸軍ビクトリア基地司令、エドワード・ハーキュリー少将。
やや神経質そうな、鼻と顎が尖った面持ちが英国紳士を思わせる、六十を目前に控えた壮年の男。実際彼はイギリス人であるらしい。
彼とギリアムの間にある分厚い執務机には、湯気を上らせるティーカップが置かれていた。それを音を立てず持ち上げ、口を付けた。
「――失礼。朝は必ず飲む習慣なのでね」
「いいえ、お気になさらず」
飲んでから断りを入れるエドワードだが、ギリアムは特に気分を害することはしない。アメリカ出身であるギリアムは彼の習慣を理解する気はなかったが、拒むつもりはなかった。
じっと静かに、エドワードがティータイムを終えるのを待つ。上官の前で静寂を保つ作業はもう慣れた。
というか、最初から待たせるつもりだったのだろう。上質なソファーを勧められたことに安心したのは間違いだったようだ。
しばらく、静かな時間が過ぎる。その間、ギリアムはこれからの厳しい戦いに備えて瞑想にふける。
「……君達、アークエンジェルがビクトリア基地の周辺に降り立ってくれたことは、我々にとっては実に幸運だった」
ティータイムが終わったのか、エドワードが前置きもなく語り始める。ここでギリアムは、彼がマイペースな存在だと理解した。
エドワードは、空になったティーカップを番兵に下げさせると、グレーの瞳に鋭い眼光を灯す。
「君がここまで運んできたものは、大変素晴らしい……強襲特装艦、アークエンジェル。そして、G兵器。我々ユーラシア連邦には垂涎ものの兵器揃いだ。
航海レポートを閲覧させてもらったが、アルテミスに寄港しなかったことは英断だった。ガルシアは野心の強い男だからな。もしかしたら奪われていたかもしれん」
「…………」
何を言い出すのだ、と思う。もうビクトリア基地には、地球軍製のMSが配備されているはずだ。いまさら特別羨ましがるようなものでもあるまい。
さっさと本題に移ればいいものを、回りくどい言い方をしてどういうつもりなのか。
ギリアムが疑念と不信感を抱くと、エドワードはそれを悟ったかのように口元に笑みを浮かべた。
「何……死線をかいくぐって援軍に駆け付けた友軍をどうこうしようなどとは、思わんよ。だが、一つ面白いものを持っているようだな」
「……といいますと?」
遠まわしな発言を繰り返すエドワードに内心うんざりしながらも、ギリアムは問い返す。
エドワードの眼光は鋭い。その視線はナイフのようで、その口は銃弾を吐き出す銃口だ。
「コーディネイターの兵だよ」
「……」
その銃口から実弾を吐き出され、ギリアムは黙り込む。
キラ・ヤマトを現地徴用したこと、そして彼がコーディネイターであることは、既に統合本部は把握している。それが彼に伝わったのだろう。
それを持ち出される予感はしていたため、特に動揺はしなかったが……。
エドワードはギリアムの沈黙を好しとしたのか、鷹揚な笑みを見せて肘かけに手を置いた。
「なにも警戒する必要はない。毒を以て毒を制す。結構ではないか。
古来より、敵国生まれの兵士を重用した例が無かったわけではない。それに、そのコーディネイターのおかげで、ここまで来れたのだろう?
それが化け物であったとしても、利用できるものは利用する。そういう合理的な考えは……私は嫌いではないよ、ギリアム大佐」
化け物。
その単語を聞いて、その言葉と、かのキラ・ヤマトを頭の中で比較してみる。……が、どうにも、重ならない。
エドワードの排他的な物言いに、ギリアムは密かに眉を顰めた。
ギリアムは、与えられた任務を黙々とこなす寡黙な軍人だ。そこに私情は挟まない。
コーディネイターが、とか、ザフトが、とか、そういった固有名詞に興味はない。敵軍は叩く。味方は支援する。そういう単純な価値観のもとに行動してきた。
それ以外の感情は軍人にとって邪魔なものだ。……そういう理念のもと、これまで軍人をしてきたのだが、何故か、エドワードの物言いが気に入らなかった。
その感情が、ギリアムの口を動かした。
「……ハーキュリー少将。お褒めに預かり恐縮ですが、私は”化け物を利用”できるほど有能ではありません」
「ふ。……まあ、そういうことにしておこう。どうせ、私も同じ穴のムジナだ」
「?」
またも彼の言っている意味が分からず、片眉を上げて、得意顔のエドワードを見返した。このブリテン少将と一緒にして欲しくないのだが、それよりも意味の方が気になる。
その表情に機嫌を良くしたのか笑みを浮かべると、通信機を手に取る。二秒と経たずに通信兵が応じた。
「私だ。試作機のパイロットを、アークエンジェルの艦長に紹介したい」
それに対する返事は、応の一言だったのだろう。言った直後にすぐ通信機を置いた。
「試作機ですか」
「うむ。拠点防衛用の技術を小型化した装置をMSに実験的に搭載した機体だ。
大西洋連邦には公開していないが、応援に駆けつけてくれた恩人である君にだけ、教えておくとしよう。……うむ、来たようだな」
得意げに語調を弾ませるエドワードが、呼び鈴に気付く。応答キーを押すと、件のパイロットが到着したことを知らせてくる。通せ、と短く答えると、扉のロックが解除され、扉が開いた。
試作機のパイロットとは? ……同じ穴のムジナといったが、まさか、コーディネイターか?
やや警戒しながらも、振り向く。ヤマトが温厚な人間だからといって、味方のコーディネイターに対し心を許すほど、ギリアムは能天気ではない。
その扉を開けて中に入る、少年。
まだ軍学校を出たてぐらいの、少年らしいあどけなさが残る顔立ち。それでも鍛え抜かれた、ナイフのように鋭い体つき。その上に地球連合陸軍の軍服を着ている。
人相は……良くはない。顔立ちは飛びぬけて良いはずだが、睨む目とむっつりと「へ」の字に結んだ口元が台無しにしている。
黒髪はざんばらで、伸ばしっぱなし。頭髪に特に規定は無いが、伸ばしていると良い扱いを受けないのだが……それが許される立場なのだろうか?
しかし、誰かに似ている。だがその似ている人物は、このような粗野な風貌の人物ではなかったような気がするため、どうしても重ならず、思い出せない。
その入ってきた少年に対し、いくつも推測と疑念を浮かべている間に、エドワードは、得意げに彼を紹介した。
「紹介しよう。カナード・パルス少尉。我らがユーラシア連邦の試作機、ハイぺリオンのパイロットだよ」
「……ユーラシア連邦、特務部隊X所属。カナード・パルス少尉です」
言葉尻は丁寧ながらも、ぶっきらぼうな口調でカナードは名乗った。
その声に、ようやく重なった。
「宇宙軍第七艦隊所属、強襲特装艦アークエンジェル艦長代行、フィンブレン・ギリアム大佐だ。……失礼だが、キラ・ヤマト少尉と関係が?」
好奇心に負け、つい問いをぶつけてしまう。そうだ、あのキラ・ヤマト少尉に、顔の部品がどれもそっくりなのだ。声などは本人かと違えるほど似ている。
兄弟か、それに近しい血縁関係なのだろうか?
だが、その問いがカナードの激情を激しく燃え上がらせることになるとは、ギリアムには少し想像ができなかった。
「!! キラ・ヤマトだと!!」
突然人が変わったように歯を剥き出しにし、飛びかかってくる!
「ウオッ!?」
「どこにいやがる!? キラ・ヤマトは! 貴様、知っているな! 教えろ!」
「な、何……!?」
身体能力としてはナチュラルの域を出ないギリアムは、カナードの襟首に伸びてくる手を避けることはできず、掴みかかられてしまう。
その剣幕に驚き、戸惑うギリアム。その余りの勢いと予想外の事態に、不覚にも、彼の問いに対して頭脳が正常な働きができなかった。
「パルス少尉!! 上官暴行罪だぞ! ハイぺリオンから下ろされたいか!」
「……!! クッ!」
彼を戒めたのは、ギリアムではなくエドワードだった。その鶴の一声に正気を取り戻したのか、カナードはギリアムの襟首を離した。
横隔膜が酸素を欲し、げほ、と咳込む。酸素が入ったおかげか、ようやくカナードの豹変に考えを至らせられるようになった。
カナードのあの表情は、まるで親の仇を睨むかのようだった。睨む先は、おそらくそのキラ・ヤマトであろう。
この少年、なぜあのヤマトをそこまで怨むのだ? あの少年に、ここまで怨嗟を向けられるような大それたことができるとは思えない。
「キラ・ヤマト……この基地に居るのか……!」
カナードの呟き声の鋭さは、ギリアムの、探してどうするつもりなのかという疑問に対する答えだった。
――キラ・ヤマトとこの少尉は、会わせてはいけない。
- - - - - - -
「そういえば最近、日記書いてないな……」
「どうした、急に。お前日記なんてつけてたのか」
ライザや二人の部下とアークエンジェルの周りを走りながら、リナは思い出したように呟いた。
今、ムウも、キラも、トールも……その他アークエンジェルのメンバー達も、全員それぞれの部隊に分かれて、各々隊長の判断で行動していた。
リナ率いる第二部隊は、体を動かして戦闘に備える、という方針になった。もちろんほぐす程度にとどめておく。精々ジョギング程度だ。
他の部隊の動きはよくわからない。隊員召集後、すぐにジョギングを始めたが、キラの第四部隊は、のほほんと自己紹介とかしてそうだ。修学旅行並みに。
「まぁね。……なんていうか、過去の自分を忘れないために、かな」
そうだ。『昴』であったことを忘れないための日記だ。前まではそれを意識してつけていたはずなのに、日記を書かなくなったのはいつだったか?
だがライザの反応はそっけない。ハン、と鼻で笑って冷めた目で見返してくる。
「なにが、過去の自分を忘れないために、だ。忘れたい過去だらけのくせしやがって」
「知った風な口利くなよ!? ボクだってアカシックレコードに残したい栄光だってあるわっ」
「ほぉう? 栄光ある我らが隊長のシエル様には、どのような偉大な過去が? 例えば装甲車に乗ろうとして次のラダーに手が届かなくて落ちたこととか、ミスコンでシャノン軍曹に負けそうになって脱g……うお!!」
ライザのニヤケ顔があった場所を小さな拳が通り過ぎ、続く言葉を切り裂いた。
「動くな! そのおしゃべりな口をブーツで塞いでやる!!」
「やってみろクソガキ! 返り討ちにしてMSの装甲に縛り付けてやるぁ!!」
ジョギングしながら拳と蹴りと罵倒の応酬を始める二人。そのやりとりをずっと後ろで見ていた二人の部下は、はぁ、とため息をついていた。
リナとライザの喧嘩が取っ組み合いに発展した頃、
――ズンッッ
「あっ……!?」
「ンだッ!?」
リナはライザの腕にしがみつきながら噛みつくのをやめて、そのお腹の底から響くような音の方向へと、目を向けた。
煙が上がっている。それも、また、ズンッ、ズンッ、と音が響き、爆炎が遠くで立ち上るのが見えた。
――攻撃!?
「て、敵襲ぅーッ!!」
「なんだ、湖からの攻撃か!?」
一方湖付近では大惨事が発生していた。
湖に潜んでいた、ザフトのフロッグ隊――水陸両用MS部隊が、突然湖畔から顔を出して、基地に対して爆撃を開始したのだ。
湖に対しての基地の防御は最低限でしかない。水を滴らせながら立ち上がり、モノアイを妖しく輝かせた水陸両用MS――UMF-4A グーンが、手近な監視塔にフォノンメーザー砲を照射し、爆裂させた。
その後に続くように、くすんだ灰青に塗装されたジン・ワスプが上がると、グーンへの迎撃に駆け付けたミサイル装甲車『ブルドック』に重斬刀を叩きつける!
「ザフトのMSだ!!」「くそっ! 湖から来るなんて!」「ハッチをやられた! 重機を持ってきてくれ!」
怒号が飛び交い、せわしなく軍人達が駆け回る。それぞれ配置につくために動き回り、あるいは攻撃から退避するために移動する者もいた。
ロケット弾を撃ち込まれた格納庫が炎上し、消火班が消火活動を開始する。MSのパイロットはオレンジ色のノーマルスーツを着ると、ハンガーにかけられたストライクダガーに取りつく。
それよりも先に、また『ブルドック』や『リニア・ガンタンク』が出動。炎熱や煙から脱出するように格納庫を出ると、グーンら上陸したMS部隊に砲撃を開始する。
ジン・ワスプの横腹に砲弾が命中し、よろけるものの、またも上陸して水から上がってきたグーンがフォノンメーザー砲に『リニア・ガンタンク』は撃ち抜かれて爆破炎上した。
〔総員に告ぐ! ビクトリア湖よりザフト軍のMS部隊が侵入! 沿岸近隣の部隊は、ただちに迎撃を開始しろ!
敵地上部隊も侵攻を開始したものと思われる! アークエンジェルは発進準備を終え次第、直ちに発進せよ! 繰り返す!〕
敵襲警報が鳴り響き、基地内の放送が響いてくる。その頃にはリナ達はアークエンジェルに乗り込み、すぐさま甲板へと走って行った。
アークエンジェル内でも警報が鳴り響き、チャンドラⅡ世軍曹の艦内放送が響いてくる。
〔て、敵部隊が基地内に侵入! 全クルーはただちに配置につけ! 艦長は間もなく到着……いや、艦長到着! 傾注!〕
「第二部隊、揃った!? ボク達が先陣を切るぞ……遺書を書く暇も神父を呼ぶ時間も無いから、心の中でしっかりママにサヨナラ言っておくように!」
「はンッ! てめえの葬式には出ねえからな! ――リック、ビリガン! お嬢様のケツをしっかり持っとけよ!」
「ハッ!」「ハッ!」
その若干恐慌気味の放送を聞き流しながら、ストライクダガーの昇降用ワイヤーに掴まると、隊員同士の掛け合いを済ませる。
まるでライザの指揮する部隊のような言い回しで少し問題があるようだが、ライザが副官ということでだいたい場が収まるのだ。
ストライクダガーの起動キーを入れてOSを起動。O.M.N.Iの画面が現れ、GUNDAMの表示。出力が上がっていくのが分かる。
〔達する、艦長のギリアムだ。状況は基地の放送を聞いての通りだ。総員、第二種戦闘配置。対地、対空戦闘用意。
全クルーは各科長の指示に従い、配置につけ。MS部隊の出撃タイミングは追って伝える。以上〕
敵部隊の奇襲を受けた事態とは思えないような、落ち着いたギリアムの声が、コクピットの接触回線で伝わってくる。それでもかなり短く切ったのは、相応の緊急事態ということだ。
放送が切れた後、ブリッジは慌ただしく艦の発進シークェンスが進められている。
「遅れて申し訳ありません!」
「ラミアス少佐、早く席につけ。主機起動! 安定起動ののち、両舷二分の一!」
「主機起動! 安定起動ののち、両舷二分の一!」「各MS搭乗員はコクピット内にて待機せよ!」
ギリアムが命令を下し、マリューが復唱する。ナタルやチャンドラ二世がクルーに指示を送る。
艦全体が一回大きく震動し、レーザー核パルスエンジンが点火。到着の時のような見送りは無く、湖から侵攻してきた攻撃から逃げるようにして飛び立つ。
「続いて空挺部隊、各機離陸。編隊を組みます」
それに追従し、次々とMSを満載した輸送機が飛び立っていく。
MS空挺輸送機、C-70”ビッグストーク”。
地球軍がMSの完成に伴って開発した大型輸送機。MSは戦闘力が高いものの、基地から遠く離れた僻地、滑走路の無い悪条件の土地への侵出が極めて困難であることは、開発前より判明していた。
そのMSの決定的な弱点を補完する形で開発されたのが、この輸送機だ。搭載機数は二機。攻撃能力やMSの整備能力は無いが、航続距離と巡航速度は優秀で、無補給でアメリカから東欧まで十三時間でMSを輸送できる能力をもつ。
「空挺部隊、巡航速度で艦周辺を編隊飛行しています」
その輸送機はアークエンジェルと同じ高度を保ちつつ編隊を組んだ。前線まではついてくるつもりなのだろう。
ブリッジのフロントからは、黄土色と空色の狭間に戦闘の光点が見えた。ブリッジのクルーの間に緊張が走る。レーダーを見ていたチャンドラ二世が悲鳴に近い報告をする。
「第一防衛ライン・ポイントγが敵の先導部隊と接触! 交戦を開始しました! ……すごい数の火線です! 続いてポイントθ交戦を開始!
緊急暗号通信! ポイントθより増援要請を受信しました! 空挺部隊は編隊を分散、各担当ポイントへと飛行していきます!」
ついに、ザフト軍の前線が押し寄せてきた。
戦場全体が動き始め、防衛ラインが迎撃のための長距離砲撃を開始する。
有視界の観測による、自走ロケット砲、ならびにりゅう弾砲部隊の砲撃だ。目視による砲撃なため、精密射撃は不可能だが、数が揃えば飽和攻撃が可能だ。
そして弱誘導型のミサイル。Νジャマ―影響下のためこれも精密誘導は不可能だが、長距離迎撃という条件に限れば、敵味方判別しないという制限を前提に弱いながらの誘導が可能だ。
「よし、ポイントθに機首を向けろ! 主機最大出力! 続いて第一種戦闘配置に移行。各砲座、ミサイルはいつでも撃てるようにしておけよ!」
「了解。コリントス、ウォンバット装填! ゴットフリート充填開始! イーゲルシュテルンを待機モードで起動!」
アークエンジェルの火器システムが臨戦態勢へと移行。やがて戦場が近付けば、あと120秒で敵部隊がレーダー範囲に届く。
もう敵には目視されているはずだ。ならばこちらにも陸上戦艦の長距離砲が向けられているはず。
そろそろか。ギリアムは頃合いを見計らい、命令を下す。
「よし、第一、第二MS部隊を発進させろ! 発進確認後、両舷微速!」
「了解! 第一、第二MS部隊、発進を許可する!」
ナタルの命令を聞き、まずは甲板上のムウが率いる第一MS部隊のストライクダガーが動き出す。ゴーグルタイプのメインセンサーが輝き、立ち上がる。
「了解だ! 行くぞ、お前ら。しっかりついてこい! ――ムウ・ラ・フラガ、ストライクダガー出るぞ!」
勢い込んで掛け声を放ち、甲板を蹴ってランドセルと脚部のバーニアを思い切り吹かして右舷に飛び出していく。
続いて二番機から四番機も発進し、第一MS部隊が発進を完了するのを見ると、第二MS部隊であるリナもヘルメットのバイザーを下ろし、出力を上げていく。
「続いて第二MS部隊、出るぞ! 各機、遅れるな!」
〔おうよ、ユーラシアの連中にお手本を見せてやるぞ! GOGOGO!!〕
リナが部下に号令をかけ、ライザがそれに応えるようにリックとビリーに怒鳴る。
陸地を見下ろすと、森の中に点々と地が見える、緑の多い大地だ。今回は森林戦になるのか。
砂漠の時と違って視界が狭まるが、それはあちらも同じことだ。とにかく、木々が無い平地を狙って、アークエンジェルの甲板から飛び降りた。
「と、と……」
何回かバーニアとホバーを逆噴射させながら修正舵をきって、無事に着地、木々を避けてジャンプしながらアークエンジェルに並走していると、遠くの空に曳光弾が撃ちあがる。
いくつかの爆発。土煙が多くあがり、あちこちで爆炎があがっている。ちゃんと敵MSと戦えているんだろうか?
できる限り数を減らして欲しいところだけど、第一防衛ラインはMSをほとんど配備していないらしいから期待できない。
〔おい、隊長殿よ! 方位020に敵影だぜ!〕
「んっ?」
ライザが別の方向で何かを見つけたようだ。ライフルを振ってその方向を示している。
確かに、火線を潜り抜けて飛翔してくる機体が見える。カメラを最大望遠にしてみるが、ストライクダガーの望遠カメラの性能などしれている。あれは……?
〔各部隊へ。方位020、距離1400に敵航空部隊の感アリ! 数8! 機種特定……AMF-101、ディンです!〕
「っ、あの空飛ぶメカか……」
自分が分かる前に、ナタルが報告してくれた。一緒にその機体データも戦術ネットワークを通じて送信してくる。
リアルでの仕様は詳しくないが、大気圏内の単独飛行が可能なMSだ。実際、地球軍の戦闘機では格闘戦では全く歯が立たないらしい。
実はゲームでもよくわからない。使い手がほとんどいないし、自分が使った感じでは、射程が短くて使いづらいイメージしかない。が、ジンより運動性が高いことは確認している。
なるほど、単独飛行可能なMSなら、森林でも行軍速度が落ちることなく侵攻できる。そのためにディンを送り込んできたのか。
アークエンジェルがそのディンを射程距離におさめると、ヴァリアントで迎撃。頭上でレールガンを発射する轟音が鳴り響き、それを追いかけるように対空ミサイル、ウォンバットが飛翔していく。
「ボクらも行くぞ! ライザはボクと一緒にフロント! リック機とビリー機はバックで援護!」
〔へいへいっと! お手並み見せてもらいますかね!〕
ライザが応じ、アークエンジェルの火線を潜り抜けてきたディン達が、アークエンジェルではなくMS部隊のリナ達に撃ってきた!
「くっ!」
収束性は無く、絨毯爆撃がごとく大量にばらまかれるミサイル。50近いミサイルが広範囲に発射され、回避できる場所がひどく狭い。
考えている時間もない。ミサイルがこちらに届くまで瞬き程度しかないのだ。
「イーゲルシュテルンで迎撃! シールド構え!」
部下に叫び、自身もそうする。シールドを構え、頭部だけシールドの上に出すと、頭部に内蔵されたイーゲルシュテルンから75mmの弾丸をばらまく。
曳光弾がミサイル群を迎え撃ち、三分の一弱が空中で爆散する。しかし爆風を突き破って飛翔するミサイルが降り注いでくる!
「くううぅぅ!?」
まるで地面を耕すような爆発が周囲に木霊する! それは機体ごしに爆音が聞こえるほどで、コクピットが揺るがされ、リナは歯を食いしばって激震に耐える。
ストライクダガーもよく踏ん張ってくれた。シールドにミサイルが炸裂し、シールドが壊れるかと思ったが、耐久力はまだ十分残っていた。さすが、ストライクのシールドよりも硬いと豪語するだけある。
だけどミサイルだけに警戒していればいいわけじゃない。ディンが来てる!
シールドを引くと、目の前に妖しくモノアイを輝かせるディンが!?
「うわぁっ!?」
「ミサイルなど牽制だ! 馬鹿め!」
リナが驚き、ディンのパイロットが吠えて散弾銃の銃口を突き付けてくる!
ゴンッ。コクピットハッチから音が。コクピットに撃ち込むつもりか!
「誰が!!」
バーニアをフルスロットルにして左のペダルをリリース。同時に右のペダルを床まで踏み抜き、操縦桿を思い切り引き倒した!
わざとストライクダガーがバランスを崩し、ボディが仰向けに転倒。右足がその散弾銃を持つディンの手を蹴りあげた!
撃ちだされた散弾の一部がストライクダガーの頭部の端を削るにとどまり、散弾銃はディンの左手を離れて空を舞った。
ディンのパイロットは何が起こったのかわからず、飛びのこうとディンのバーニアを吹かそうとした。
「はっ!?」
「遅いっ!」
その頃には、既にリナのビームライフルの銃口はディンの胸部を捉えていた。
ぶしゅんっ! 緑色の閃光がディンの胸部を貫くと、胸部から上が吹き飛び、バックパックの一部も融解して爆散する!
下半身だけを残して倒れこむディンを最後まで見届けることなく、部下の三人を見る。
隣を見ると、ライザ機がディンと腕とボディを擦りつけあいながら必死に格闘戦をやっていた。ライザ機がディンの腕を掴んで離さないのだ。
が、ディンが味方がやられたことに動揺して視線をこっちに向けた隙に、
「ぶっとべ!」
ライザ機に蹴り飛ばされ、倒れこんだところにビームライフルを撃ち込まれて爆散した。
彼はとにかく強気だし負けず嫌いだから、最後に寄り切ったのだろう。さて、あと二人の部下は……。
〔し、支援を……支援をぉー!!〕
〔くそったれぇ! ちょこまかとぉ!〕
悲痛な叫び。リックとケリガンだ。すぐにそちらに視線を向けると、リック機は右腕を吹き飛ばされてビームライフルを喪失しており、シールドを構えながらよたよたと逃げ回っている。
ケリガン機は頭部を失い、正確な射撃がままならない状態でビームライフルを撃ちあげているものの、地上から空への対空攻撃は当りにくい。冷静になっていないなら尚更だ。
二機とも森林に入り込んで、樹を陰にしながら逃げているためになんとか即撃墜を免れているものの、時間の問題だ。
ディンは機銃をばらまきながら、木々の隙間からたまに見えるストライクダガーの周りを、まるで獲物にたかるハゲワシのように飛び回っている。まずい、あの二人はもう撃墜寸前だ!
「あいつら!?」
ライザは自分の取り巻きがやられそうになっているのを見て、ビームライフルを乱射しはじめた。
それに気付いてディンがこちらに向き直る。その直後にケリガンの撃ったビームライフルがディンの肩をウィングごと撃ちぬいて墜落させ、木々の向こうに消えた。
もう一機は不利を悟ると、こちらに背を向けて撤収していく。
「帰ってくれたか……」
はぁ。ため息がこぼれた。ディンの攻撃は、まるで嵐のようだった。残りの四機は第一部隊が相手をしているのだろうか。森の反対側に降りたから、姿が確認できない。
支援に行きたいところだけど、さっそくうちの部下が片腕を失ってしまい、もう一機は頭部が無くなった。
早速だけど、これは第三部隊と交代すべきなのだろう。ディンを三機も落としたから、そこそこの働きはできたとみていいはず。
ライザがリック機を助け起こす。シールドも凹みまくって黒ずみ、既にアンチビームコーティングも剥げている。次にミサイルの直撃を受けたらもたないだろう。
リナもケリガン機に駆け寄り、「大丈夫? 機体の調子は?」と声をかける。
〔メインセンサー不調、FCSがビームサーベルを認識してくれません……レーダー精度も低下しました、第一部隊がレーダーに映りません〕
ちなみに第一部隊は、リナ機のレーダーには映っている。それが撃墜されていないとも限らないが、この近距離が映らないのは重傷だ。
「……限界だね。交代しよう」
〔申し訳ありません……〕と、落胆した返事を返すケリガン機の肩に手を置いて、コンソールを叩き、アークエンジェルを呼び出す。
「アークエンジェル? こちら第二部隊。三番機と四番機が損傷した。戦闘継続は困難、待機部隊と交代を許可されたし」
〔了解。――第四部隊をただちに発進させます。警戒態勢を維持しつつアークエンジェルに並走せよ〕
「了解、警戒態勢を維持する」
ナタルとやり取りを終え、ふぅ、とため息。ディンと初めて戦ったから、まだ緊張が解けない。
アークエンジェルがまだイーゲルシュテルンによる対空砲火を開いているのを見ると、第一部隊はまだディンと戦っているようだ。
今すぐ援護に行ってやりたいが、こちらは不調の部下を二人抱えている。その二人を放っておいて援護に行くことはできない。
悪いけど、第一部隊は独力で切り抜けてもらうしかない。
〔各部隊へ。方位320、距離0900に更に敵部隊接近の感アリ! ジン・オーカー2、バクゥ2! 航空部隊……アジャイル、数4!〕
「くそ、またか! リック少尉、ケリガン少尉、各々ボクとライザの背後にまわれ! リック少尉はシールドでケリガン少尉をガードしろ!」
〔りょ、了解!〕
〔敵長距離砲撃、来ます! 方位210より、着弾まであと15秒!〕
くそ、途端に忙しくなってきた!
それにしてもこっちにすごい数の攻撃が来てる気がするけど、これって基地防衛戦だよねぇ!?
「味方の防衛線はどうなってるの!?」
〔各部隊とも、担当正面での交戦で手一杯になっているようです! 一部、突破されたと……〕
「あーもういい、そこまで言わなくていい! とにかく、早く交替部隊を出して!」
やる気が殺がれそうなナタルの報告を強引に打ち消して、交替部隊の発進を急かす。
〔了解。第四部隊が発進します! ……長距離砲撃、来ます!〕
おっと、長距離砲撃が来てるんだった! 遠くから複数の光の玉が飛んでくるのが見える。まるで真昼に上げられた花火のようだ。
おそらくピートリー級が発射した弾だ。まずい。何発かが直撃コースだ。自分は避けられるが、損傷した部下二機が避けられるかどうか?
今ここであれをどうにかできるのは、アークエンジェルと、第一部隊と自分とライザか。地上からもバラバラと対空砲火が上がるが、当たっていない。
「ライザ、砲弾を狙撃。できる?」
「馬鹿言うな! 俺はてめえじゃねぇんだよ!」
即答されて肩を落とす。やっぱりアレはキラにしかできない芸当だったのか。いや、ボクにももしかしたら、できるかもしれない。
とにかくやってみるしかない! ビームライフルの照準スコープを引っ張り出し、覗き込んで狙撃姿勢をとり……一発目!
ビシュゥンッ 緑色の閃光が一筋放たれる。
「っ!!」
一発目が外れた! 途中でビームが若干逸れた!?
「そうか、空気中の水蒸気と熱歪曲でズレるのか……」
でも緻密な計算をしてる暇はない、間もなく着弾する! もういちどスコープを除く。若干下を狙い、トリガーを引き絞る!
再び緑色の閃光が放たれると、今度は光の弾とビームが交わり、弾頭を一瞬で蒸発させて失速、爆散した。
「一つだけかよ!」
冷や汗が流れる。でもライザの言うとおり、飛んでくる弾は一つだけじゃない。おそらく4、5発がこっちに飛んでくるはずだ。
ライザとケリガンがビームライフルを乱射するが、当たらない。リナも狙撃する時間が無いのでメクラ撃ちをするが、やはり当たらない!
アークエンジェルを頼ろうにも、アークエンジェルも自身に飛んでくる砲弾を迎撃するので精いっぱいだ。ウォンバットやイーゲルシュテルンで迎撃できているが、MS部隊までカバーする余裕はあるまい。
今から回避行動をしても、どれかに当たる。風の抵抗で砲弾の軌道がブレて、正確な着弾位置を読むのは非常に困難だからだ。
「全員、シールドで防御!」
リナが命令を下す。幸いシールドは全員持っている。部下二機はシールドがまずいが、無いよりマシだ。
誰も撃墜されないことを祈りつつシールドを構えていると……複数の爆発音!
大気を揺るがし、ヘルメットの遮音機能が実装されたスピーカー越しでも鼓膜をつんざく爆音に、ぎゅっと目を閉じ、来るであろう衝撃に耐える……が、いつまで経っても衝撃は来ない。
「……?」
そっと目を開けてシールドをどけると、目の前にMSの背中が見えた。
地球軍製……ストライクダガー? いや、この機体は……
「ストライク……キラ君!?」
〔第四部隊、ただちに発進を。ヤマト少尉、ストライカーパックは何を?〕
キラはストライクをリニアカタパルトに運ばれながら、OSを起動してストライカーパックをリクエストする。
自分としては気に入っているのはエールストライカーなのだけれど、仲間の機体がエールストライクの機動力に追いつけないので、別をチョイスしたほうがいい。
そうムウに助言されたので、ソードか、ランチャーか、と迷っていると、サブモニターに通信画面が映る。中東系の浅黒い肌と、赤褐色の瞳の青年……カマル曹長?
〔キラ・ヤマト。その機体には砲撃戦用の装備があるな?〕
「あ、はい。ランチャーストライカーですか?」
〔それで出てくれ。俺とレッド・ラインウェイは近接戦闘で護衛する〕
物静かなカマル曹長の進言に、キラは躊躇うのをやめた。彼の口調は理性的な響きを持っていて、頼れると感じ取れたからだ。
若いように見えるけど、百戦錬磨の空気を感じる。まるでムウさんのようだ。防衛戦が終わったらじっくり話してみたい。そう思いながら、ナタルに通信をつなぐ。
「……ランチャーストライクでお願いします!」
〔了解、ランチャーストライカーを装備。ストライク、発進位置へ。敵の長距離砲撃が迫っている、注意しろ!〕
「砲撃が!? くっ……キラ・ヤマト、ストライク、行きます!!」
バルトフェルド隊との戦いのときのように、艦がまずい。いや、ムウさんやリナさんも危険かもしれない!
機体がリニアカタパルトで押し出される。自分の意識はリニアカタパルトよりも早く外への出撃を求めた。
シートに体が押し付けられ、視界が広がると、目の前の空に砲弾の群れが見える!
「させるかあぁぁぁ!!」
瞬時に狙撃態勢に入り、アグニの砲門を砲弾の群れに向け、トリガーを引いた――