「艦長。全クルー配置に就きました」
ギリギリまで各部署のチェック表を眺めていたギリアムは、マリューの報告を受けて頷き、よし、と応えてチェック表を彼女に渡す。
ついにバルトフェルド隊と本格的な衝突が始まる。
かの隊のことは、ザフトが降下してきた時から知っていた。巧みで柔軟、かつ大胆な戦術は、陸上機動兵器の運用を学ぶ上で、非常に参考になった。
そのバルトフェルドを、討つ。上を行く。苦しい戦いになるだろう。が、自分には優秀な部下とMSがある。
いける。指揮官である自分が自信を持たないでどうする。僅かな時間静かに深呼吸し、艦内放送の回線をオンにする。
「…………達する。これよりアークエンジェルは、バルトフェルド隊掃討、ならびにビクトリア基地に向けて航行を開始する。
諸君らも先の戦闘で身にしみただろうが、バルトフェルド隊は精強だ。
だが、諸君らは更に精強で忠実、冷静であることを私はよく知っている。
諸君らがこれまでと同じように軍務を全うすれば、必ず勝てる。精鋭になるな。ただ、軍人であれ。以上」
艦内のクルーに激励の言葉を伝えてから、艦内放送を切り、インカムを置いた。
さあ、戦闘開始のラッパを鳴らそう。
「――両舷微速前進!」
「両舷微速前進!」「両舷微速前進! ヨーソロー!」
「対空、対地監視、警戒を厳となせ!」
アークエンジェルのレーザー核融合パルスエンジンのノズルに火が点り、ゆっくりと砂地を滑りながら浮上していく。
ブリーフィングルームにいたリナはその浮遊感を感じて、いよいよだな、と緊張が高まる。
隣に居るキラとトールも同じようで、緊張で顔が強張ってるのがわかる。
「お前ら、しけた面してるなァ。緊張するなよ。相手が誰だろうと、クルーゼよりはマシだぜ?」
その中で妙にリラックスしているのは、作戦士官用の席に座っているムウだ。
確かに彼は不要な緊張をしている様子はなく、コーヒーの入ったリキッドチューブを飲んでいる。
座ってる姿勢もゆったりと背もたれに体を預けていて、やはり実戦や数多の強敵と渡り合ってきた余裕が窺える。
その余裕が妙に気に入らなくて、リナはふくれっ面で唇を尖らせながら言い返した。
「少佐にはそうでしょうけど、ボクとキラは実際にバルトフェルドに会ってるんですよ? 緊張の一つもしますよ」
「報告で聞いたぜ」
ムウは言葉を短く切ってチューブのストローから口を離し、笑みを消す。
「……これから命のやり取りをする相手のことなんて、忘れろよ。やりづらくなるぞ」
「……了解」
その警告にリナは短く返す。
そういうのは、予備知識で頭ではわかっていたけれど、やはり実際に体験してみると、なかなか切り離せないものだ。
アンドリュー・バルトフェルド。独特の世界観の持ち主だ。
今の戦争に疑問を抱いているあたり、普通のザフト軍人とは一線を画す存在と言える。
それでも手加減は期待できない。戦争に疑問を持つと同時に、現実も知っている相手だ。本気で倒しに来るだろう。
「相手だって必死なんです。……ボクは緊張はしてますけど、躊躇ったりはしません」
「ああ。それでこそプロの軍人ってやつだ」
リナの表情が硬いのは気になったが、ムウは言葉だけでも信じることにして、頭に手をぽむと置いた。すぐ跳ね除けられた。
- - - - - - - - - -
「空対空長距離ミサイル、方位75より接近! 数8、速度240!」
「CIWS起動、対空防御開け! 対空戦闘、ならびに対地戦闘用意! MS隊の発進を急がせろ!
艦はこのまま、両舷二分の一で予定航路をとれ! 振り切るつもりでいくぞ!」
「いいか、ヴァリアントは敵航空部隊に使うな! 敵MSだけを狙えばいい!」
突然の敵襲。ブリッジは途端にあわただしくなる。
アークエンジェルを囲うようにミサイルが飛翔してきたのだ。アークエンジェルに装備されているイーゲルシュテルンが顔を出し、火線を開いた。
その名の通り、ハリネズミのようにアークエンジェル全体から火の矢が無数に発射され、火線に晒されたミサイルが撃墜、爆炎へと変わる。
ドゥッ!!
しかしCIWSといえど機械。全てを迎撃できるわけではなく、一つアークエンジェルに命中する。
白い装甲が赤熱し、艦内が振動したが、その頃にはリナ達パイロットは各々の機体に乗り込んで発艦シークェンスを開始していた。
既にキラが駆るストライクがリニアカタパルトによって押し出され、陽光と砂漠の照り返しが眩しい外へと吐き出されていった。
そこに、肩にムウのパーソナルマークである鷹の羽根が飾られたストライクダガーが、戻ってきたカタパルトに乗せられた。
ムウ機も、リナと同様にデザート・ダガーに換装している。外から見ると確かに足が末広がりになっていて、バズーカという武装も相俟ってまるでドムみたいだ。
『シエル! お前は予定通り最後に発艦してケーニヒにつけ! 俺はキラについて指揮する!
――ムウ・ラ・フラガ、ストライクダガー、出るぞ!』
リナは了解、と応えようとしたけれど、もう既にムウのストライクダガーはカタパルトに押し出されていった。
というかデザート・ダガーって叫んでくれなかったな……と、リナはちょっと残念な気持ちになった。しょぼん。
まあ、いいや。さて、そろそろトールのストライクダガーがカタパルトに乗せられるはず。ぼちぼち発艦シークェンスを続行しながら、トール機を待った。
「……なんか、遅いな。緊急出撃だっていうのに……あ、来た」
何を手間取っていたのかわからないけど、ようやくカタパルトにトールの機体が乗せられた。
彼の機体も、ムウのパーソナルマークがついていない以外はムウ機と同型のデザート・ダガーだ。
「何とろとろしてたのさ! 早くしないと艦が沈んじゃうよ!」
トールの機体に通信回線を開いてトールを叱り付ける。我ながら甲高い声だと思う。
……なかなか応答が来ない。彼は機械操作なら得意で、そういった基本的な操作はもう覚えていたと思うんだけど、遅れたせいで慌てて手元が狂ってるのか?
もう一度叫ぼうと息を吸うと、電子音と共にサブモニターにようやくあちらのコクピットが映し出された。
『悪い悪い、今出る! 私に任せろ!』
あれ、トールやけに声甲高くなったなぁ。というか顔も変わったなあ。ノーマルスーツも着てないやーってこれカガリだー!!
「か、カガリ!? 何してんの!? トールは!?」
『トール? ああ、これのパイロットか? あいつならキサカと遊んでるぞ』
キサカって、あのランボーの人か。遊んでるって、謀ったな!?
「こ、こら、あほなこと言ってないでトールと代われ! というか君、”明けの砂漠”と一緒に行ったんじゃなかったのか!?」
「私には私のやることがあるからな。船に残してもらったんだ。心配するな、あいつより操縦はできるぞ!」
ええい、ガンダムの主人公みたいな台詞吐きやがって。主人公はキラだぞ!
お前なんて雑魚相手には勝ててもメインキャラには全然歯が立たない、アポリーみたいなやつじゃないか!
アポリーファンの皆に刺されそうなこと口走ってるけど気にするな!
「バカなこと言ってないで、降りなさい! 機体を分捕ったら営巣入りだよ!」
『そうならないから大丈夫だ、出るぞ!』
おおーい! って本当に行っちゃったよ!?
まるでムウの出撃の焼きまわしのように、カタパルトに押されて吐き出されていった。
というか大人しく発進させた甲板要員は一体何をしているのか。
とりあえず自分も発艦シークェンスを開始する。脚部がカタパルトに固定されると、コクピットが小さく上下に揺れた。
『発艦シークェンス全フェイズ完了。進路クリア。シエル機、発艦を許可します』
「出ちゃったものは仕方ない……リナ・シエル、デザート・ダガー出ます!」
カタパルトのカウントが青に変わると、機体がカタパルトに押されてアークエンジェルの甲板を滑り、吐き出される。
甲板を飛び出すとコクピット内が陽光で照らされて目を細める。といってもモニターが発している光なのだが。
真空中と違い、急加速すると機体を風が押している音が機体越しに聞こえてくる。発進のGも強いようだ。ぎし、と小さな体が僅かに軋む。
早速レーダーを確認。そして目視。どうやらムウ機とストライクはかなり前に向かっているようだ。
少し艦から離れすぎているようだけど、あれで正解だ。アークエンジェルの航路から外れないように行動している。
遠くで火線が飛び交い、たまに空に爆炎が咲く。ヘリ部隊がキラとムウの活躍で落とされているんだろう。
「さて、カガリは……?」
バーニアを吹かして減速しながらメインセンサーを巡らせてカガリ機を探すけど、なかなか見当たらない。
が、捜索は中断させられる。モニターがエネミーマーカーを表示した!
砂煙を上げながら地面を滑る、背の低い敵影……バクゥだ! 遠目だけど、あれはミサイルランチャーのタイプだ。
対艦攻撃をするつもりのようだ。既にミサイルの発射口は上を向いている。もう攻撃位置だ!
「ボクの目の前で……バカにしてる!」
怒りを口にして、すぐさまビームライフルのターゲットシーカーを向けて射撃!
バクゥは不意を突かれたからか、少しよたつきながら左へ逸らすように回避。だが、運が悪い。そっちはボクの着地点だ!
「潰れろ!」
着地と同時に、つま先を振り上げる! つま先がバクゥの頭を捉えて破壊。
ベクターノズルを横向きに吹かしてボディを反転させ、背後からビームライフルでミサイルランチャーを撃ち抜くと爆散。火柱を作る。
無茶な機動をしたせいで、ややよたついた。おっとと、と声を漏らして姿勢を屈めてバランスを整える。
「またG兵器もどきか! 死ねぇ!」
最初に撃墜したバクゥと共に対艦攻撃するつもりだったのだろう。ミサイルランチャーのバクゥが、ミサイルを乱射しながらすごい勢いで滑ってくる!
Nジャマーが散布されていても、これだけ近距離で誘導レーザーを発しているとさすがにミサイルの誘導性能は有効だ。
煙の尾を曳きながらミサイルが飛翔してくる!
「うわっ……!」
こっちはバランスを立て直したばかりで、避ける暇がない。慌ててシールドで防御する。
連続してミサイルがシールドに直撃する。全てが当たったわけではなく、何発かが地面に突き刺さり、あるいは通り過ぎていく。
爆発と煙が機体を包み込み、コクピットのリナはビリビリと激震に揺られて冷や汗を浮かべた。
シールドはもつのか。いや、爆風を撒き散らすだけのミサイル程度なら、もってくれなければ困る。
もくもくと煙がリナのダガーを包み込み、バクゥのパイロットもミサイルを撃ち尽くしたのか次弾を撃つことができない。
「とどめぇ!」
ビームサーベルを展開する、バクゥ。敵機は煙の中だが、とにかく行けば斬れると思ったのだろう。
だが、そのバクゥのモニターに映ったのは、ボロボロになったダガーではなく、銃口。
そして、光の奔流。
バクゥの機体を頭部から腰部まで真っ直ぐビームライフルが貫く。がしゃんっ、とシールドに機体が力なくもたれかかり、
「邪魔!」
リナのストライクダガーが蹴りどける。直後、爆散。爆風がダガーの機体を照らした。
「……ふぅ、ふぅ」
リナはコクピットで、バイザーに荒い吐息をかけていた。
あの時煙に包まれ意識も混濁していた。それから来るのが視覚的に見えていたわけじゃない。
ただ、来るような気がした。勘というやつだろうか? 伊達に、連合vsザフトで撃ち合いの駆け引きをしていたわけじゃない――
「……って、そんなわけないだろ」
自分の考えを打ち消した。実戦とゲームは違うのは、この世界に来てよくわかっている。
でも来るとわかったのはなんでだ? 勘、としか言い様が無い。
初陣のジンを撃破した時、クルーゼのシグーを狙撃した時もそうだった。やっぱり、長年ゲームをしてたから勘が身についたのかな?
「っ……!」
ロックオン警報が鳴り響く。続いて戦闘ヘリが3機。
考えている暇は無い。とにかくこの場を生き残らないと。イーゲルシュテルンをばら撒き、ヘリ編隊が散開。直後。
一閃の光がヘリ編隊の一機を貫き、一瞬にして質量の大半を溶解。煙になって墜落していく。
その発射方向は――確認しなくてもわかる。
「! ……カガリ!?」
『リナ! ボーッとしてるんじゃないぞ!』
カガリの――いや、トールのなんだけど――ストライクダガーが、砂面を屈んで滑りながら近づいてくる。
どうやらあの砂丘の上から狙撃したようだ。……もしかして隠れてた?
「ムッ! 君ね、泥棒さんが何言ってるのさ! だいたい今まで何してたの?」
『お前が敵と踊ってる間に、船の護衛をしてたんだ! 決して隠れてたわけじゃないぞ!』
「……むーっ」
そりゃそりゃ、一人でスタンドプレイするよりも、味方を待って隠れてたほうがいいんだろうけどさ。
「でも援護に来るの遅くない!?」
『……何事も機が大事だ』
「完全に機見失ってたよねぇ!? バクゥのときに来てほしかったよ!」
『ああ言えばこう言う奴だな! 悪かったと言ってるだろう!』
「一回も聞いてないよ!」
戦闘中に醜くぎゃあぎゃあと喚き合う二人。
それでも二人は戦闘中だとわかっているし、じっとしていると狙い撃ちされるし、艦が沈むことも知っている。
索敵しながら移動。大きめの砂丘を飛び越え、坂を下りながらホバーモード。滑らかに地面を移動して、巻き上がる砂煙を最小限に抑える。
その間に、レーダーが敵機をキャッチ。上空の熱源が4機、地上の熱源体が2機。上空の熱源は、熱源の大きさとスピードからして、先ほどのヘリで間違いない。
熱源体は、バクゥよりは遅いが、こちらと同程度のスピード。そちらにメインセンサーを向けると、確かに人型の機体がバーニアを吹かしてジャンプしている。
「カガリ! ジン・オーカーだ!」
『ふん、バクゥじゃなけりゃたいしたこと無い!』
おーおー元気がいいなぁ。ジン・オーカーだってコーディネイターが操るMSには違いないのに。
元祖ガンダムに例えると、普通のジンがザクⅡF型なら、ジン・オーカーはデザートザクだ。この二機は状況次第では後者のほうが強敵になりうる。
それでも彼女の自信たっぷりの声に、だったら任せてやろうという気になった。どれくらいの腕なのか試してみようか。
「じゃあ、右翼の一機を頼むよ! ボクは左翼の一機をやる!」
『任せろ!』
ヘリは元よりアークエンジェル狙いのようで、頭上を通り過ぎていく。迎撃できるならしたいが、ジン・オーカーも来てるので構っていられない。
キラとムウに頼もうとしても、既に多くの敵を引き受けているし、Nジャマーが濃すぎてストライクと繋ごうとしてもノイズが返ってくるだけだ。
もうヘリ部隊はアークエンジェルに任せるしかない。今はジン・オーカーに集中だ。
「来る……」
モニターに刻まれた電子表示は、正面のジン・オーカーを捉えた。小刻みにバーニアジャンプを繰り返しながら、隣のジンよりも速いスピードで接近してくる。
なんだろう。あのジン・オーカーは、ただ正面から来るだけじゃない。ちょくちょく左右に機体を振りながら近づいてくる。
それでも真っ直ぐ近づいてくるジン・オーカーよりも速い。……カスタム機か?
「……っ」
もしかしたらエース級か? ゲームでは名前がある敵といえばバルトフェルドのラゴゥくらいしか出てこないため、敵の正体がわからない。
そのジン・オーカーがある程度接近してくると、突撃銃を構えて――高くジャンプした!
「むっ!」
当然リナは、そのジン・オーカーの姿を追って見上げる。
その視線の先には、まばゆく輝く太陽。そして光に埋もれるジン・オーカーの姿。
太陽を背にして接近しながら、突撃銃を乱射してくる! それに気づいたのは、シールドに弾丸が炸裂して衝撃が伝わった時だ。
突撃銃のマズルフラッシュも、太陽光で塗りつぶされる。まるで空から鉄の矢が降ってくるようだ。
そのジン・オーカーが、突撃銃を撃ちながら重斬刀を抜き放つ。そのまま落下衝撃を乗せて上から切り裂く魂胆か。
だけど落ちてくるだけじゃ動きが直線的で、格好の的だ!
「調子に……うっ!?」
ビームライフルの狙いをつけようとしたが、突撃銃の乱射による衝撃、赤道直下の眩い太陽光のせいで狙いが定まらず、好機を逃してしまう。
おかげで反応が遅れた。重斬刀の刃が迫る……!
「動きが……丸わかりなんだよ!」
そのまま斬られるとでも思っていたのか!
ジャンプしながら斬ってくるってことは、その勢いを乗せて斬るということは、確実に真一文字に斬り下ろしてくるはずだ。
そして、目視モニターはジン・オーカーの姿は見えなくても、距離計は有効だ。ならいつ落ちてくるかは一目瞭然。
あとはタイミングを合わせる――ここ!!
「くぅっ!」
スロットルを引いて左のフットレバーを蹴飛ばす。ストライクダガーが半歩引いて体を左に開くと、正面を重斬刀が通り過ぎていく。
ざむっ! 重斬刀が砂面を叩いて小さく爆発。横腹ががら空きだ!
「でぇい!」
バーニアを吹かせ、砂面を蹴る。構えていたシールドを、そのまま押し付けるようにして突進!
がしゃぁん! ストライクダガーのシールドを横腹にモロに受けたジン・オーカーは踏ん張ることができず、押されるがままに倒される。
リナはビームライフルを投げ捨てると、ビームサーベルを抜き放ってコクピットにビームの刃を押し込んでいく。
ジン・オーカーはパイロットを失い、全身がガク、と一回揺れるとそのまま動かなくなった。
「はぁっ」
さすがに雑魚敵とはいえ、ジンタイプは今でも強敵だ。性能もあまり差が無いから、楽には勝たせてもらえない。
コクピットの中で汗を拭うと、索敵に戻る。カガリは?
カガリを探そうと、トールのダガーのシグナル(紛らわしいな)をサーチする。
アークエンジェルのシグナルが、もうかなり近づいている。ストライクダガーの貧弱なレーダーが届くところまで来ている。
このままのスピードで航行すれば、ビクトリア防衛戦に間に合うか……?
ぼふんっ!
そのリナの楽観を打ち消すように砂柱がいくつも上がり、そちらに咄嗟にセンサーを向けた。
カガリが戦っているのか? それにしては砂柱が激しい――
『シエル大尉!』
「バジルール中尉、これは!?」
アークエンジェルからの緊急回線が開いて、びっくりしながらも状況を聞く。
『バルトフェルド隊の所属艦、ピートリー級から待ち伏せを受けました!
砲撃を繰り返しながら、本艦より1時方向、距離3200から向かってきています。ただちに迎撃を!』
「ボク達二人で!?」
『ヤマト少尉とフラガ少佐は、敵新型と交戦中です。即時対応を願います!』
「っ……了解!」
2機でMSが搭載された艦に対艦攻撃をしろなんて、無茶な! そう思ったけれど、やらなければ突破する前にアークエンジェルが沈む。
待てよ。今、キラとムウは敵新型と交戦中と言っていた。……まさか、ラゴゥが来たのか!? 早すぎる!
援護に行きたい。バルトフェルドは手ごわいんだ。ただでさえ一般兵のバクゥがこんなに手ごわいんだから、今のキラにバルトフェルドは重荷のはず。
……フリーダムがあればまた別なんだろうけど、殺したら殺したで、後々まずい気もするんだ。
ええい、迷ってる暇は無い! 今のことを考えないと!
「カガリ! 生きてるかい!? 通信は聞いた!? ……カガリ!」
『……――てる! お前こそ、しっかりついて来いよな!』
あ、生きてる。
『生きてちゃ悪いか!?』
やば、口に出てた。でもなんか、通信がざらついてるな。どこにいるんだろう?
あ、居た。四時方向。がしがしと砂煙を立てながら歩いてくる機影が見えた。
「まあまあ、生きててよかったよ、ハハハ。……それはともかく、早いとこピートリー級を落としにいくよ!
ところで、さっきのジン・オーカーは倒したのかい? 損害は――うっ」
カガリのストライクダガーを見て絶句する。
左腕は肩先から無くなって、ショルダーが半壊。頭部も左半分の装甲とゴーグルガラスが壊れ、まるでゾンビだ。
しかもビームライフルをどうにかしてしまったのか、持ってるのはビームの刃が出ていないビームサーベルだけだ。
一体どんな死闘を繰り広げたんだ、ジン・オーカー相手に。それでもカガリはそのダメージをおくびにも出さず、勝気な声を挙げた。
『あんな奴、私の腕があれば楽勝だったぞ』
「君の楽勝ってハードル低いな! 苦戦したら『死』なの!?
ていうかそんなんじゃ、対艦攻撃なんてできないだろ! 諦めて帰艦しなよ」
『……ふん。確かにちょっとエネルギーの消耗が激しいからな。一回帰るとするか』
お、存外聞き分け良いな。感心。……一回って?
「あのね、そんなダメージじゃ、エネルギー補給したって無駄だからね?」
それに、これほどの大ダメージをこの戦闘中に修理するなんて絶対できないから、事実上カガリはリタイアだ。
『それくらい分かっている! アークエンジェル、こちらユラ機だ。帰艦するぞ!』
『了解。左舷甲板より着艦せよ』
カガリがナタルの指示に従って、小刻みにバーニアを吹かしながらアークエンジェルに帰っていく。
リナは最後まで見届けることなく、残弾を確認する。コンソールを叩いてFCSを開いた。
(ビームライフルはあと七発分。バズーカは一回も使ってないから七発。
イーゲルシュテルンも一回も使ってないから六〇〇発。ビームサーベル展開時間はあと八秒か……)
ピートリー級の装甲、搭載されたMSとの戦闘。それを考えると、やや厳しいか。
バズーカは対艦攻撃に全弾使うとして、ビームライフルとビームサーベルで搭載しているMSを全て撃破できるか? 怪しいところだ。
いや、もしかしたらあのザクタンクもどき――ザウートなら、一気に近づいてビームサーベル三秒弱で仕留められるかもしれない。
ゲームじゃ、かなり運動性の低いやつだ。リアルだってそうに違いない。問題はあの火力を潜り抜けて接近できるか、だけだ。
しかしジン・オーカーや戦闘ヘリとなると、話は別になるわけで――
ぼごぉんっ!!
「うっ!?」
考え事をしている間に、至近弾が砂面を抉って砂柱を立てた。
衝撃がビリビリと機体を振動させて、リナは自分が一分の隙も許されない戦場に立っていることを思い出した。
いかん。気合がぼけている。今の自分がすることはただ一つ。アークエンジェルを守って戦うことだ。
「こちらシエル機! これよりピートリー級に単独で対艦攻撃を仕掛ける! 艦砲射撃による支援、お願いします!」
『……了解、ご武運を!』
ナタルの激励を受けて、通信を切る。通信を切る前、ナタルが心配そうに顔を顰めていた。それはなにより嬉しかった。
心配なのは自分がよくわかっている。一機じゃ無謀もいいところだ。だが、やらないといけない。それしか生き残る道は無いのだから。ナタルもそれをよくわかっているだろう。
シールドを正面に構え、ビームライフルを持つ。シールドといえど艦載砲の砲弾を受ければひとたまりも無い。だけどザウートの砲撃を受けるよりましだ。
……指が震える。遠くに見えるピートリー級までたどり着けるのか。
「っ……!」
ちゅんっ。機体のすぐ傍を、小口径の砲弾が通り過ぎた。ぶるり。腰が震える。あんな火力の雨に晒されれば、影も残らないんじゃないか。
それでもキラの顔を思い出し、なんとかモチベーションを持ち直して体を縫い止める恐怖を振り払い、スロットルを開けてペダルを踏み込む。
ストライクダガーが前進する。ごく。喉を鳴らして唾を飲み込み、歯軋り。ペダルってこんなに重かったか?
それでも全身全霊の力を込め、ペダルを踏み込む。がしゃ、がしゃ! コクピットの上下動が速くなる。駆け足をしているのだ。
比例して、死の香りは濃厚になっていく。機体を掠める火線は量を増していくのだ。
(行け、行け、行け! リナ・シエル! お前は最強チートの主人公だろ!
主人公補正っていうやつは絶対だ! お前は死なない! まだ物語は先に続いてるんだ! そうだろ!?)
恐怖で引き返そうとする自分を必死に激励して奮い立たせながら、左右にランダムにステップしながら、ピートリー級に接近していく!
ピートリー級の主砲が、こちらに向いた――
- - - - - - - - - -
「アークエンジェルが!」
「坊主! 今はそれどころじゃねぇ!」
キラが、アークエンジェルの窮地に気づいて視線を向ける。それをムウが叱咤した。
二人は進路上に現れたレセップス級の目をひきつけるために、派手に飛び回ってはライフルでヘリや砲弾を撃ち落すという大立ち回りを演じていた。
二人の戦果は、一騎当千という言葉が当てはまる凄まじいものだ。既にヘリを6機。バクゥを3機。ジン・オーカーを2機撃墜している。
キラが機動力で撹乱し、ムウがビームライフルで確実に狙撃する。まだ二人の連携はぎこちなかったが、キラとストライクの戦闘力で圧倒した。
ムウもまだMSの操縦経験が浅く、さすがにキラのように動けはしないが……そこは歴戦の勇士。
豊富な戦闘経験と鍛え上げられたパイロットとしての勘で驚異的なスピードでストライクダガーの操縦に慣れていき、今は単純な技術ならばカガリに並ぶほどだ。
ムウのストライクダガーとキラのストライクは一箇所に固まりながら動き回っていた。
ストライクダガーは砂漠戦仕様にカスタマイズされているとはいえ、やはりエールストライクに機動性で負ける。
危ない弾はストライクのフェイズシフト装甲で引き受け、その間にムウはポジションを建て直して反撃する。
ストライクの性能あっての連携だが、使えるものは使ってこその用兵だ。
「今俺達は注目の的だ! それがアークエンジェルに戻っちゃ、一気に矛先がアークエンジェルに向くぞ! しっかり動き回れよ!」
「は、はい!」
「よし……んっ!?」
ストライクが発砲してくるザウートに対応しようとバーニアを吹かして飛んでいったあと。ムウのコクピットに鳴り響く接近警報。
どこからだ。ムウは神経を張り巡らせ、周囲を索敵する。レーダーには映っていない。上空でもない。それなら飛び出したキラが気づく。
それでも、立ち止まっては別の敵の標的になる。一歩足を踏み出した、直後。
ずばぁっ!!
なんでここを歩くことが分かったのか。砂面から突然ジン・オーカーが飛び出し、重斬刀を横になぎ払う!
「ぐあっ!?」
コクピットを走る衝撃と、耳をつんざく分厚い金属を切り裂く音に、ムウは肺から空気を吐き出した。
前に構えていたシールドが役に立った。振るわれた重斬刀がシールドに横幅半分以上食い込み、足を切り裂く寸前でとまった。
その以上にすぐさま気づいたキラは、慌ててムウを援護しようと機体を翻したら。
「フラガさん! くっ!」
目の前を二条の閃光が輝いた。咄嗟に機体をブレーキしたからこそ避けられた。
ヒヤリとしたところで射撃地点に振り向くと、またも二条のビームによる狙撃。左手に保持していたシールドが受け止めてくれた。
上空にいたら的になる、と感じたキラは地上に降りると、一機のバクゥが砂煙を挙げながら目の前に滑り込んできた。
「バクゥ――いや、違うのか!?」
キラは、バクゥとは微妙に違うその姿に、息を呑んだ。確かに似ているが、その攻撃的なシルエット、そして先ほど放たれたビームは全く別物だ。
指揮官機。その単語が頭に浮かぶ。でも、この敵部隊の指揮官機といえば――まさか。
砂煙が晴れる。オレンジ色と黒で彩られたボディ。ビーム砲を二門搭載した上部。
そしてより攻撃的なシルエットを持った、虎を彷彿とさせる機体。
「君の相手は私だよ、奇妙なパイロット君」
「……バルトフェルドさん!!」
TMF/A-803、ラゴゥが、キラの前に立ちはだかった――