アフリカ大陸南端部、南アフリカ。
見渡す限りの砂漠。たまに見えたとしても、灰色の荒野が砂漠の隙間からうっすらと突き出ているに過ぎない。
コズミック・イラに突入し、アフリカ共同体が設けたいくつかの緑化政策を経ても、この大地は僅かも緑を息づかせることはなかった。
不毛の大地が広がるこの大地は、単に乾いた大地ではない。人類が長年、その所有権を争っている地球の肉が埋もれている。
すなわち、鉱物資源。
石油は枯渇しつつあり、現在は過剰なまでの輸出規制がかけられているが、その不毛の大地に眠る莫大な鉱物資源は、コズミック・イラとなっても衰えを見せない。
地中深くまで埋め込まれたニュートロンジャマーによるエネルギー不足の現在、経済的価値が喪われたものが多く、この不毛の大地を占有した者が、世界の経済を掌握するといっても過言ではないのだ。
そしてここアフリカ大陸では、地球軍とザフトの勢力圏がモザイク状に入り混じり、戦争状態に突入してからというもの、あちこちで戦火が絶えない。
もちろんそういった複雑な情勢は古来よりあったが、宗教、(ナチュラル間の)人種、そういった紛争はなりをひそめ、
今はナチュラルとコーディネイター、地球軍とザフトの勢力圏ではっきりと分かれているのが、C.E.71という現代だ。
そのモザイク状の勢力圏の中で、一際広い粒がある。
「どうかな? 噂の大天使の様子は」
「は! 依然、動きありません」
砂漠の虎、アンドリュー・バルトフェルド隊だ。
その隊長であるバルトフェルドと、副官ダコスタは砂漠に降り立ったアークエンジェルを双眼鏡で遠くから監視していた。
あの奇怪な形をした白い艦艇が、第8艦隊の援護のもと下りてくるという情報があったのは3時間前だ。
たかが一隻の艦艇、最初は泳がせておけばいい……と最初は思ったが、気に入らないが優秀な、あのクルーゼやL5哨戒中隊が仕留められなかったということを思い出すと、すぐに軍用車の用意を命じた。
見れば、なるほど、大天使という名にふさわしい白色の船体に、両舷に太陽電池であろう巨大な羽をつけている。
アークエンジェルとは、ナチュラルもなかなかのネーミングだ、と、砂漠の虎を自称するバルトフェルドは笑みを浮かべた。
「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからな。彼女は未だオヤスミか」
敵地のど真ん中だというのに暢気なものだ、とバルトフェルドは苦笑を漏らしながら、手元のコーヒーの香りを愉しむ。
「むっ!?」
「! 何か……!?」
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね……こりゃあいいな」
「はぁ……」
ダコスタは呆れが混じった呟きを漏らしたが、バルトフェルドは聞いていなかった。
売られているコーヒーでは満足できないこだわりを持つバルトフェルドは、オリジナルブレンドのコーヒーの香りに悦っていた。
……部下は何故か、オリジナルブレンドのコーヒーに対する話題をやたら避ける節があるが、この香りのよさがわからんようだ。
天才というものはいつの世でも理解されんものだ。と、バルトフェルドは納得している。
充分にコーヒーの香りを愉しんだところで、引き連れていた部下達に今回の作戦を説明する。
あくまで今回は戦力評価であり、威力偵察だ。何故か? 今回は、旧時代の兵器で数を頼みに向かってくる、いつもの烏合の衆とは違う。
クルーゼ隊やL5宙域哨戒中隊など、並み居る猛者を振り切ってきた連中が相手なのだ。しかも、少数ながらもMSを保持しているという。
たとえジンタイプ以上の性能を持つMSが相手であろうと、己の指揮と優秀な隊員を総動員すれば負けはしないだろう。
しかし、今回のような強敵と真正面から戦闘を行えば、無傷で済むとは思えない。甚大な被害を被る恐れがある。それは非常に面白くない。
だが……一つ気になる点はある。
あの艦に載っているG兵器。そして、もう一機のMS。
G兵器に関しては本国からデータが送られたものの、もう一機のMSに関しては大したデータは持っていない。ただ、量産を前提にしているであろう、という曖昧な報告しかもたらされていない。
もしそれが、地球軍で制式量産されるMSであれば、(多少の被害は覚悟してでも)是非ともデータを入手せねばならない。そのデータは千金に値する。
いつの世も、戦場を支えてきたのは一人のエースではなく、千人の無名の兵士なのだ。その無名の兵士の武器を知れば、勝利を得る。それは戦争の摂理だ。
それらを隊員に告げ、最後に締めくくる。
「もちろん、落としてしまっても構わんが……いっそ捕獲といこうじゃないか。地球軍のMSがいかほどのものか、じっくり見させてもらういい機会だ。
諸君の実力なら、造作も無いことだ。コーヒーを淹れ終わるまでに終わるだろう。では、諸君の無事と健闘を祈る!」
「総員、搭乗!」
バルトフェルドのブリーフィングを終えると、ダコスタが号令をかける。
自分も軍用車に搭乗し、母艦レセップスに向かいながら物思いに耽る。
(地球軍にもMSか。やだねぇ……戦争が長引きそうじゃあないか)
その考えが傲慢であることを自覚しながらも、戦争の早期終結を願わずにはいられなかった。
そのためにも、地球軍の量産用MSのデータをなんとしても手に入れる。その決意を新たにしながら、次はコーヒーのブレンドを思索していた。
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キラが医務室のベッドから抜け出せるようになったのは、リナがトールに素敵な笑顔を見せてから1時間後だった。
もう起きた頃には回復していたけれど、衛生長が帰ってくるまでベッドを勝手に抜け出すことができなかったから、リナよりだいぶ遅れて医務室を出ることになった。
「キラ! もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、もう大丈夫だよ。心配かけてゴメン」
「よかった、キラ……」
「流石だよな、やっぱりさ」
通路の途中、見知った友人達に出会い、無事を知らせるキラ。
ミリアリアが心配そうに声をかけ、サイが心から安堵したように微笑み、カズイが嬉しさ混じりの複雑な表情を浮かべる。
皆十人十色の表情を浮かべるのに対し、キラは自分はもう大丈夫であることを教えるように、一人ひとりに顔を向けていくが、一人、足りない。
「あれ? トールは?」
「そう、それよ! キラ、聞いてよ!」
「???」
ミリアリアが、なにやら激昂しているので、キラは不思議そうに視線を返した。トールと喧嘩したのかな?
バカップルの二人のことだ。つまらないことですぐに喧嘩して、すぐに仲直りしてデレデレするのはいつものことなのだ。
また、惚気と愚痴が混入した話でも聞かされるのかな……と、若干うんざりと考えるけれど、それでも、どうしたの? と一応聞いてみる。
「トールったら、この前船に入ったMSのパイロットになるって言うのよ!」
「へぇ、トールがパイロットか……さすが気の多いトールだなぁ
……って、えぇっ!? トールがパイロット!?」
「……今、キラのトールに対する本音が混じってた気がするけど」
「き、気にしないで……それよりも、どうして!?」
しまった。あまりに突飛な話で、つい無意識に関係ないことを口に出してしまった。
キラは別のことで焦りながらも、トールがパイロットになるということが納得できなかった。あんな危ないことを、進んでやるなんて……
それを言ったらフラガ少佐やリナさんもそうなんだけど、トールはちょっと前まで学生で、戦闘経験は無く、自分のようにコーディネイターでもない。
トールが、地球に着くちょっと前にMSのシミュレーターに付き合ってくれ、と言ってきたのはこのためだったのか。
「キラみたいにできる保証はないのに……下手したら死んじゃうのに! キラも止めてよ!」
「で、でも……僕が無理に止めたって」
ミリアリアの剣幕に押されながら、キラは曖昧な言葉で濁す。
自分だって今聞かされたのだ。トールがどういうつもりでパイロットに志願したのか、見当もつかない。
キラが返答に窮していると、落ち着けよ、とサイがミリアリアの前に割って入った。
「あいつも普段は軽いけど、結構責任感の強いやつだからな。キラばかりに危険な仕事を任せてたことに、負い目を感じてたんじゃないかな」
「……トールが……」
サイの言葉に、キラは複雑になる。
正直な話、自分ばかりが命がけで辛い目に遭っている、という感覚はあった。
確かに、負ければ死の危険があるのはMSでも艦内でも同じだけど、常に火線をかいくぐり、直接的な死の危険に晒されているパイロットのストレスは、艦内の人間とでは天と地ほどの差がある。
そんな極度のストレス下でもフラガ少佐やリナさんに励まされて、前線で苦難を共にしてきて、なんとか均衡を保ってきたのだ。
それでも確実に心のどこかに亀裂が入るのは、感じていた。
あの人達は生粋の軍人だ。少尉なんて大それた肩書きをもらったけど、僕は民間人も同然だ。あの人達に、僕の本当の気持ちなんてわかりはしない。そう思っているところもあった。
そこに、同じ立場の友達が一緒に前線に加われば、辛いのは自分だけじゃない、という共有意識が生まれて、精神的にも安定することができる。
それでも、それでもだ。
トールはキラにとって変わらず「守るべき」仲間であり、直接的に命の危険に晒されるのは、歓迎できることではない。
こう思うのもキラの高慢なのだが、学生がパイロットとしてもてはやされもすれば、増長するなというほうが無理な話だった。
「だからさ、あいつの気持ちを汲んで、パイロットの先輩として歓迎してやれよ。
そりゃ俺も心配だけどさ。キラだってパイロットとして戦ってるのに、トールは駄目ってのは筋が通らないだろ?」
「それも……そうだけどぉ」
サイの言葉も一理ある。ミリアリアは反論できず、沈黙する。それでも恋人が出撃するのだから、どこか納得のいかない様子だ。
キラは複雑な面持ちのまま、躊躇いがちに頷く。
「わかった……それで、トールは?」
「航海科の人にパイロットをしてもいいって言われて、すぐにシミュレータールームに行くって走ってったけど」
「そっか、わかった。行って、トールと話してみるよ」
友人達と別れ、キラは言われたとおりにシミュレータールームに向かった。
特別何か言葉を用意してるわけじゃないけど、トールの気持ちとかも聞いてみたいから。
そしてできるなら、シミュレーターの訓練に付き合ってあげたい。少しでも腕を上げてトールが生き残れる確率が上がるなら、全力で手伝おう。
そんな決意を持ってシミュレータールームの扉を開け……ようとして、中から響いてくる声に、スイッチを押そうとする手が止まった。
「だめだめ! 地形も考えずにいきなりスロットルを開きすぎだ! そんなんじゃ接敵する前に地面とキスするぞ!」
「は、はいっ!」
幼い少女の怒鳴り声と、焦ったトールの声。この女の子の声は、リナさんだ……?
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アークエンジェルの幹部会議が終わり、エスティアン中佐からトールのパイロットへの転属が知らされると、すぐにリナの特訓が始まった。
操縦設定は、ムウが以前MS用シミュレーターで使ったものと同じナチュラル用OS。
新しいストライクダガーにインストールされていたナチュラル用OSはまだまだ不完全で、問題点は沢山ある……と、ソースコードを見たキラとリナは嘆いた。
そこでキラとリナとムウ、三人で協力し、アークエンジェルオリジナルのOSを作り上げることになった。
もちろんリナとムウにOSを組み上げる知識があるはずもないので、意見を出すだけ。キラがほとんど作り上げた。
そのOSを使って、トールはシミュレーターで特訓をしているのであった。
(へぇ、なかなか筋がいいな……今時の学生ってこんななのかな?)
さっきからスパルタでトールを鞭打ってるリナだが、トールの機械操作に対する飲み込みのよさはなかなかのものだと思う。
もちろんナチュラルの範囲内での話だけど、やはり工学系の学生だけはあるのか。ついこの前まで学生だった新兵にしては良い方だ。
立ち上がりから歩行、物を持ち上げる。こういった基本的な動作については、かなりの早さで修めた。
だからリナの教育方針は、MSの基本操縦から戦闘機動へと早々と移り変わっていた。
しかし。
「隊長機のビーコンは見てるかい? どんどん離れてるよ」
「え? あ、やばっ!」
「隊長機を見失ったら死ぬよ! ほら、隊列なおして! ジンが来てる!」
「と、とと、わ!」
ビ、とビープ音が鳴って、機体のコンディションセンサーが赤色を示した。被弾したようだ。
トールは慌ててシールドを構えて、首を引っ込めた亀のように防御姿勢に入るが、その間に味方機に撃墜マークが打たれていく。それに対しても即応することができない。
そうなのだ。トールは基本的な操縦は良くても、軍人として、一兵士としての能力が高くない。
まあロクに軍人として訓練されたわけじゃないから、こんなものなんだろうけど。所詮現地徴用兵なのだ、トールは。
というか、まだ連携する余裕ができるほど操縦に慣れてないんだろう。これは数をこなすしかない。
「怖がってるだけじゃダメ! ほら、数で負けてる! 隊列を組みなおして!」
「こ、こっち……!」
「違う違う!」
リナがそう叫んだとき、入りにくそうにしていたキラはハッチを開けて中に踏み込む。
声をかけずに、近寄っていく。トールが座席に座っていて……リナはこっちに背を向け、もたれかかるようにして立っている。
キラがストライクに初めて乗って、マリューに代わって貰ったときの、マリューとキラの距離よりも近い。
(……訓練にしては、近すぎないか?)
キラは、それが気に入らなかった。
操縦を教えるのにあんなに近かったら、むしろ邪魔じゃないか? 全く、トールの腕を上げるのに邪魔にならないようにしないと。
それに釘を刺そうと、リナの陰からトールの顔が見えるように回り込んでいく。そうすると、
「こう、こっち!」
「うわっ……!」
「!!」
リナが、トールの手に手を重ねて、強引に操縦桿を動かした。
それを目撃したキラは、全身が硬直してしまう。
全身を嫌な痺れが走った。胸の中に、ごとりと重たい石が置かれたような感触。
「……リナさん、トールが困ってるじゃないですか」
「え?」
リナは、聞いたことの無いような低い声を聞いて振り向いた。
振り向くと、そこにいたのはキラだった。……リナは、他の誰かなら良かったのに、と、思ってしまった。
それほどに、キラの声は不快を帯びていた。
トールも、何事かとキラに振り返っていた。長い付き合いのトールですら、聞いたことの無い声だった。
一方でキラは、なんでこんな声が出てしまったんだろう、と後悔する。自分をなんとか戒め、努めて明るい声に切り替えてみる。
「あ。ほ、ほら、操縦中に手を出したら、誰だってイヤだと思うから……トールだって、操縦桿を勝手に動かして欲しくないよね?」
「あ、ああ、まあ上手くなったらそうだろうけど、わかんねぇ時は動かしてくれると勉強になるぞ?」
「……空気読もうよ」
「え」
「い、いや、なんでもないよ!」
今なんかキラが黒かったんだけど。トールはキラの呟きが聞こえなかったことが、幸運だったような気がした。
同じくキラの呟きが聞こえなかったリナは、彼の姿がここにあることに疑問を抱いて向き直る。
「キラ君、それよりもシミュレータールームに来て、どうしたの? 訓練するつもりだった?」
さっきの声はなんだったんだろう。少し不安な気持ちを抱えながらも、言葉を選びながらキラに問いかける。
その言葉に、キラはなんだか気まずそうだ。
何かボク変なこと言ったかな。……いやいや、言葉じゃないし。さっき言ってたな、そういえば。
「トール……そう、トールに話があって」
「俺?」
トールが意外そうに目を丸くする。
「トール、パイロットになるんだね。……この船には軍人は充分いっぱいいるのに、なんでトールが……」
「そういう言い方よせよ。俺はもう、逃げ回るだけの学生じゃないんだから。それを言ったら、お前だって俺と似たような立場だろ」
「でも、あのストライクは特別な装甲で、結構安全で……トールが乗るMSは違うんだよ?」
キラは、心底トールが心配なのだ。最初は激励のつもりだったが、次第にやめさせたいという方向に話を振っていた。
キラがあのストライクダガーを見た限りでは、それはもうひどいものだった。ストライクとは比べ物にならない、まさに大量生産品だったのだ。
運動数値を見ても、あらゆる性能評価をしても、似てるのは姿と名前だけで、あとは劣悪なものだ。
そんなものに、トールが乗って前線に出て欲しくない。……リナにも、できれば、あんなものに乗ってほしくないとは思うけれど、さすがにプロの軍人にそんなことは言えない。
でも、パイロットとして志願したばかりの、トールなら。友達である彼なら。なんとか止められるかもしれない。そう思った。
その思いを見透かしたように……トールは、相変わらずだな、と苦笑を浮かべてコクピットシートに肘を突いて、上半身を乗り出す。
その苦笑に皮肉っぽいものを乗せて、片眉を上げた。
「よう、よう、キラ。まったくお前は偉くなっちまったよな」
「え?」
「お前は、俺達の輪の中でも特に大人しくて……俺がいっつもリードして、お前はカズイと一緒に、いつもウンウンと頷いて黙ってついてくるだけだったんだぜ?
そんなキラがさ、戦場に出てヒーローみてーに大活躍してさ、俺がやることに意見するようになったんだからよ。
まったく、仕事のできる男は違うね?」
何を、とキラは言い出そうとしたが、トールの表情に邪な感情を感じられず、押し黙る。
まるで、引っ込み思案である自分が、たまに気の利いたことをした時に冷やかしてくるような……「友達」のする、表情だったから。
「……トール」
「お前にばっかり、いい格好させてたまるかよ。俺の活躍の場を奪おうとするなんて、何企んでんだよ?
……はは、そんな顔すんな! 俺だって死にたくねーんだ。大丈夫、無理はしないよ」
笑いながら、キラの腹に拳を押し付けるトール。
その軽いテンションで、元気付けるように言う彼は、やっぱり僕達のムードメーカーだな、と、キラは、自分には無いものを持つトールに、羨ましささえ感じる。
「……うん。一緒に、頑張ろう……!」
「オッケー、任せときな! よし、大尉、お願いしますよ!」
「話は終わった?」
横で黙って聞いてるボクは、すごい疎外感を感じたよ……。
友情は美しいけれど、それを横で見てたボクは憎たらしささえ感じたよこのやろう。なんだろ、この感情。
むむむ、なんか急にトールがいけ好かなくなってきたぞ! キラ君じゃなくて、なんでかトールだけが!
ボクに対して友情の壁を作ろうとするな! もう友情ごっこしてる場合じゃないぞ! 君とキラ君の間を、びーっと引き裂いてやる! KYと言われようと知ったことか!
「キラ君は、ボクの…………ぶ、部下だからね。直属だ! 軍隊の縦社会なめんな!」
「!? 何言ってんすかっ!?」
黙ってたリナが、突然激昂したことでトールは目を丸くしてる。
しまった、思ってることが口に出てしまった。も、もう知るか! このテンションで押し切ってやる!
「え、ええい! 口答えするな! ケーニヒ二等兵、君はまだまだぬるい! 訓練をハードモードに切り替えるからね! 新兵も3日でランボーコースだ!」
「今までのはなんだったんすか!?」
「だから口答えするなー! 状況開始!」
ひいぃぃぃぃ。トールの悲鳴が再びシミュレータールームに響き渡る。
それを見たキラは、何故かわからないけど、丸い目尻をいっぱいに吊り上げてムキになってるリナに、くすっと密かに笑って、二人の訓練を見守る姿勢に移る。
なんだか、先生が生徒に教えてあげてる、から、馬車馬に鞭打ってしごきモードになったリナに、何故かほっとするキラだった。
そのとき、鼓膜をつんざく警報がトールの悲鳴をかき消す。
〔艦内クルー総員に通達! 複数の対地誘導弾の接近を感知! 総員、第二種戦闘配置! 対地戦闘用意! 繰り返す!〕
「こんな時に!」
なんて間の悪い。まだトールの訓練は終わってないのに。
トールは、いつもなら航海科で先輩クルー達と一緒に艦内維持の任務に従事しているはずなので、戸惑いを隠せずにいた。
訓練も途中で、お世辞にも好成績とは言えないし、まだMSの操縦には自信が無いのだろう。及び腰がそれをよく表現している。
「お、俺はどうすればいいんです!? まだ訓練中なのに!」
「君はまだ実戦は無理。航海科を手伝ってて! キラ君、行くよ!」
「はい!」
トールにとりあえずの命令を残してから、キラの返事を聞きながらシミュレータールームを出て行った。
「……いつもと、変わんねーじゃん……」
トールはリナの命令にため息をついて、二人に送れてシミュレータールームを後にする。
- - - - - - -
「お待たせ!」
キラとキャットウォークの上で別れ、ノーマルスーツに身を包んだリナは整備員に短く声をかけて、すっかり陸戦仕様に換装された乗機の装甲に手をつける。
(ボクのダガー、すっかり変わっちゃって。ここまで変わったら、何か新しい名前考えたほうがいいよね……うーん)
わくわくしながら名前を考えていると、ふと、格納庫の喧騒の中に、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、そっちを見た。
ムウとマードックだ。見るに、ムウがマードックに噛み付いているようだ。
なんだろう? と、出撃直前にも関わらず、好奇心を優先させて耳を傾けてみた。
「なんで俺のMSのメンテが終わってないの!」
「なにせ、いきなり機体が4機も増えたんで……俺たちも徹夜の突貫作業をしてきたんですが、これが限界なんですよ」
なるほど、ムウの乗機であるストライクダガーはまだ脚部の装甲が剥がされていて、整備用のコードやヴィークルが取り付いている。
あれではスクランブルなんて、どだい無理だろう。昨日のは外装パッケージのテストで見た目は整ってたけど、中身の本格的な擦り合わせはできてなかったみたいだ。
中の骨格やコード類、擬似神経などが剥き出しになっていて、まるで人体標本のような無残な姿を晒している。
大きさが大きさだし、あれに「工事中╋安全第一」と書いてある黄色と黒の帯がついてたら、似合いそうだ。
「なんで嬢ちゃんの機体は整備できてるのに、隊長の俺は無理なんだよ!」
「上からのお達しで、シエル大尉のMSを優先的に整備しろって言われたんですよ」
「だから……ああ、わかったよ! くそっ」
ムウはかんしゃくを起こしてはみたものの、理由はなんとなくわかっていた。
MAパイロット暦が長く、MSを一度も実戦で扱ったことの無い自分よりも、MSに慣れているリナのほうがスクランブル要員として適任なのだ。
ギリアム大佐の判断はどこも間違っていない。が、この肝心な時に先頭で指揮しなければいけない自分が動けない事実は、歯がゆいばかりだった。
そんなムウに、リナは同じような境遇に何度も立たされたこともあって、同情するばかりだったが、素直にギリアム大佐と整備員に感謝していた。
大気圏下に降り立ってから一晩しか経っていないが、MSの仕上げを集中的に行ったためにリナのストライクダガーは実戦装備が完了していた。
簡単なメンテだけがなされ、特別な装備や改造を施す必要の無いストライクは言うまでもなく、
もうお決まりのメンツであるユーリィ軍曹が、コクピットに身を乗り出してくる。
「レディ・シエル! 俺達も地上戦用の調整は出来る限りしてみたつもりだが、これが俺達地球軍にとって、初めての地上でのMS運用になる!
慣れない操作に戸惑うかもしれないが、特にバランサーと対地センサーには気を使ってくれよ! 転倒したMSなんて装甲車以下なんだからな! OK!?」
「了解だよ、軍曹! 武装は!?」
リナは各種センサーを立ち上げ、ジェネレーター始動キーを入れながら怒鳴り合う。
格納庫には様々な騒音と喧騒に溢れており、普通の話し声ではかき消されてしまうからだ。
「武装はビームライフルを右手に持たせてある! バズーカはあくまで対物装備だ! バクゥ相手にはアテにならないと思ってくれ!
それに弾は数が無いから、大事に使ってくれよ!」
「ん……これ?」
ぱちぱちとコンソールパネルを叩いて、火器管制システム――FCSを起動させてみると、バズーカが新しく追加されていた。
装填数は「6/5」と表示されている。1発が既に薬室に装填済みで、5発マガジンに込められているということだ。
「6発かぁ……」
「モノが実体弾頭だからな! ビームみたいにはいかないんだ!」
メビウスでもリニアガンを12発撃てるのに、これはその半分だ。最初に装填されている弾丸を除くと、それにも満たない。
ゲームじゃ、なくなっても自動的に補給されるから惜しみなく使ってたけど……って、この葛藤はヘリオポリス宙域でもやったな。
とにかく、慎重にタイミングを考えて使わないと。弾切れは死を意味するのが戦場なのだから。
「よし、誘導して! ブリッジ。シエル大尉、発進シークェンス開始します」
〔了解。シエル大尉、発進を許可します。
まだ敵機の位置や勢力が不明瞭です。常に相互支援できるよう、僚機やアークエンジェルとの位置関係に留意してください〕
すんなりと発進許可がおりて、リナはハンガーデッキからMSに足を踏み出させ、甲板要員の誘導に従って歩かせていく。
カタパルトを履き、発進姿勢のために機体の腰を引いて屈ませる。
足が大きくなったからカタパルトを履けるのか心配だったが、どうやら固い床を踏むときは、拡張した装甲が開いて元の足が露出する構造になっているようだ。
「シエル機、……あー、っと」
ストライクダガー、といつものように言おうとして、一瞬躊躇する。
(そうだ、名前。ストライクダガーの、いわば陸戦型。いや、砂漠戦仕様かな。
あまり懲りすぎて中二病っぽい名前になるのはいやだな……なるべくストレートなネーミングがいいな。
よし、この名前でいこう! まんま英訳だし、もしかしたら正式採用されるかも……)
その妄想にコクピットで一人どや顔になって、自信たっぷりの口調で叫んだ。
「……デザート・ダガー! 行きます!」
スロットル全開。砂漠の夜景に押し出される機体。宇宙よりも遥かに強く身体を押すG。地球の発進の違いに、無意識に操縦桿を握る手に力が篭る。
リナの初めての、地球での戦闘が始まる――