――アルテミス宙域で、アークエンジェルが救援艦と接触する少し前。
アークエンジェル内における幹部会議に出席したリナは、追跡してきていたザフト艦がレーダーロストした件を知ることになった。
おそらくあちらの手持ちのG兵器が損傷したことによって戦力が半減し、こちらを攻撃する戦力と動機が失われたためだろう。
広域レーダーでは、2隻のうち1隻が自ら離れていくのを確認できた。速度からしてナスカ級と推定される。
もう一つのローラシア級も、姿が見えなくなり…これで完全に撒いたということになる。
以上のことを会議で知ることとなったのだが、そうなるとヒマになるのは、ムウみたいにブリッジ要員兼任でもないMAパイロット専任のリナだった。
前回のムウとキラによる活躍でアークエンジェルの損害も軽微で、船務も庶務も特に手伝うことが無い。
とりあえずコアファイターの整備状況のチェックを行っていたとき、被服部から連絡が入った。
ようやく被服部が、自分のサイズに合う軍装や下着を仕立てたという。
コアファイターのチェックを終えてから、足早に被服部に向かう。
(やっとかー…ノーマルスーツ、素肌に着るとぺたぺたするからイヤだったんだよなぁ)
念願の軍装にホッと一安心。さっさとこの裸ノーマルスーツを脱ぎ捨てたい。
胸を躍らせながら補給科に到着すると、事務仕事をしていた担当の若い一等兵が顔を上げて立ち上がり、敬礼をしてくる。
リナは答礼して、ふわりとその兵の前に立つ。
「リナ・シエル中尉だ。被服部から、ボクの軍装が届いていないかい?」
「ハッ、確認いたします」
若い兵は丁寧に応じて、コンピューターからリストを眺め、すぐに「少々お待ち下さい」と言って立ち上がり、
奥にある物資集積室に入ってすぐ白いボックスを丁寧に抱えて持ってきた。
「こちらでよろしいですか? ご確認下さい」
「ん。どれどれ…」
渡されたボックス。確かに、自分の名前と被服部のサインが書かれている。
それだけで、確かに軍装が届けられたと確認すると、担当兵が差し出すリストにサインをして、
「ありがとう。ご苦労様」と彼を労ってから補給科を去っていく。
素直に受け取ったことを、リナはのちに死ぬほど後悔した……。
「なっ……んじゃこりゃあっ!!」
リナは自分の個室に帰ってきて、ボックスを開きながらやたら低い口調で怒鳴った。
開けてびっくり玉手箱。受け取ったボックスに入っていたのは、正規の軍人の白い軍服ではなく…
ミリアリアやフレイのような若年の士官候補生が着用する、ピンクの軍服ではないか!
一緒に入っていた下着も、リボン付きの可愛いデザイン。どう考えても軍人が穿くものではない。
(なんだろう、なんだろう。どうしてこうなった。どうしてこうなった!?)
怒りと戸惑いと呆れが綯い交ぜになって、頭の中でぐるぐると回る。
もうリストに受領のサインをしてしまったので、突っ返すこともできない。
でも、それでも。そうだとしても。
まだ着るものか。意固地にそう考えて、ボックスを閉じると被服部に殴りこみに行く。
「たのもー!」
「し、シエル中尉?」
戸惑いながらも迎えたのは、内気そうな、眼鏡の似合う被服部の女性兵士。階級は上等兵。
丁度他の男性クルーの寸法取りをしていたところで、その寸法取りされていたクルーも、突然の闖入者に驚いて目をむいていた。
リナはそのクルーを無視して、ボックスをずいっと女性兵士のほうに押し付け、怒鳴ろうとする自分を必死に抑えながら、努めて優しく告げる。
「あー、上等兵……このボックスに見覚えがあるかい?」
「え、えぇ。こちらで仕立てました、シエル中尉の軍装と下着です。何かご不満でも…?」
何か間違ったことをしただろうか、という表情の女性兵士に、リナの頭の怒りマークの数が増えていく。
(だめだ、怒るなリナ・シエル。ここで怒ったら負けだ……お前は模範的な軍人のはずだ。頑張れリナ!)
そう自分に言い聞かせ、こほん、と咳払いをして続ける。
「上等兵…ボクの階級は中尉だな?」
「はい、シエル中尉は中尉であられます」
「ではボクは何歳かな?」
「に、23歳です」
「ではこれは何かな?」
ボックスをがぱっと開いて、その中に入っているピンク色の軍服を披露する。
…今寸法取りされているクルーが居心地悪そうに視線を泳がせているが、この際無視した。
「ああ、これはですね…シエル中尉にぴったり合うサイズの士官用の軍装が無かったので、
失礼ながら低年齢用のものが存在する、士官候補生用の軍装にいたしました」
このアマ、なんの悪びれもなく言いやがった。
またもリナの頭に怒りマークが浮かんだ。しかし、物理的な問題もある。サイズが合うものが無いのは仕方が無い。
しかし、しかしだ。メイソンのクルーはしっかり士官用の軍服を用意してくれたのに、何故アークエンジェルには無いのだ。
「……まあ、それは広い心で許すとして…この下着はなんだ?」
大切なものを諦める気持ちで絶望感と闘いながらも、とりあえずさて置くことにした。問題なのはこれだけではないからだ。
すぱん。音を立てて広げたのは、リボンとフリル付きのパンツ。
上等兵は、意を得たりとばかりに表情を花開かせ、得意満面で言ってのけた。
「あ、それは私の趣味です。可愛いでしょう?」
「今すぐ君の着替えと交換しろ今すぐにだ」
真っ黒な顔色でリナはうめいたが、この憎き上等兵の顔色は期待の半分も歪んではくれなかった。
「シエル中尉には似合いませんよ。それにサイズ、合わないでしょう?」
「~~~じゃ、じゃあなんとかしろ! 被服部なら、替えのものはいくらでもあるだろう!」
「さすがにプライマリ・スクールの女の子の着替えは、戦闘艦には置いてませんよ……あっ」
咄嗟に口を噤む上等兵。だが、もう遅かった。
リナの表情を見た男性クルーが、ひっ、と悲鳴を挙げて後ずさりし、上等兵も目を背ける。
背景から地鳴りのような音が響きそうな気配を纏いながら、リナは上等兵の肩を両手でがしっと掴む。
「上等兵……一週間以内に替えの下着を用意しなければ殺ス」
「は、はいぃぃぃ……」
リナはとても良い笑顔だった。
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「全く、しゃれにならん…」
ぶつぶつと呟きながら、士官候補生用のピンクの軍服を着込んでいく。
とりあえず、ブラを確保できたのは幸いだった。ふくらみ始めたと実感した時から胸が妙に敏感になっていて、
ベッドに潜り込むときですら、内側の素材が擦れたときに妙な感覚を覚えたのだ。
「……女の子の身体ってこんな感じなのか……」
23年間女の子をやっておきながら、今更呟いた。
今までだって、性別のギャップが無かったわけじゃない。
服を脱いだときとかは…つるぺたのロリボディだったので、自分の身体を見て特に異性を感じたことなどなかった。
強いて挙げるならあったものがなくなったのを見たときは割とショックだった。あと、トイレとか…
何故今まで実感が無かったのかというと、このやたらと成長の遅い身体のせいだろう。
今になってようやく、女の子らしいところが出てきたから、ようやく意識するようになってきた。
(不便なことのほうが多いな……女の子って)
それが『昴』の正直な感想だった。
軍服を着こなし、立ち鏡の前に立つ。きゅっと襟の調子を確かめて、きりっと表情を引き締めてみる。
じっと自分の姿を眺めてみた。
(……ロリだな、相変わらず)
最初は……町で歩いているとたまに見かける小人症とか低身長症とかそんな感じの病気かと思っていたが、次第に違うものだとわかってきた。
成長しないのではない。『身体の時間が遅い』のだ。
そういった障碍を持った人は、背が小さいだけで肉体は年齢が進み、老いていくものだが、この身体はそうではなく幼い状態を保ち続けている。
アークエンジェルに乗る前までは。
それまでは12歳を超えたあたりから何の変化も無かったのに、少しずつ胸が膨らんできた。何かきっかけがあったのだろうか。
冷静になって、アークエンジェルに乗ったときのことを思い返してみる。
今までになくて、アークエンジェルに乗って初めて起こったこと。
――キラ・ヤマト
あの時間、あの場面を思い返すと、すぐに思い出すのは彼の顔。
彼との出会いはそんなに衝撃的だったのか。あの時感じた気持ちはなんだったのか。
思い返すほどに自分の中でのモヤモヤが大きくなっていく。なんで、あんなにときめいた?
自分はまだ『昴』であるはずだ。
昴が男にときめくなどありえない。あってはならない。
(……心が体に引っ張られている? まさか。心ってそんな簡単なものなのか…?)
でも、ありえないわけではない。
理屈で考えると、一目惚れのメカニズムは良い遺伝子を後世に残そうとする生物の本能であるとかなんとか、本で読んだことがある。
そう考えると、『昴』の記憶を持っていたとしても『リナ』の肉体がキラに対して反応した可能性もあるけど……
(って、なんで惚れてる前提で考えてるんだボクは!?)
ふと我に返って、頭をぶんぶんと振って浮かんできた思考を打ち消す。
今自分に必要なのは性に関する悩みじゃなくて、生き残るために必要な技術とかそんな感じのもののはず。
気晴らしにシミュレーターで訓練でもしよう。そう思い至って個室から飛び出していった。
- - - - - - -
「あれ、リナさん?」
(どうしてこうなった…)
シミュレーターに行く途中、格納庫の中を通ることになるのだが、そのハンガーにかかっているストライクを見上げて、ついキラのところに来てしまったリナ。
特に彼に用事なんてないはずなのに、何故か足を向けていた。
リナがコクピットを覗き込み、キラはOSの調整を行うためにコクピットに座ってキーボードに指を走らせている。
気まずそうな表情で視線を彷徨わせるリナ。んーと、と呟きながらキラのほうをチラっと見て、
「いや、特に用は無いんだけど…疲れてないかなーって思って?」
「? 一回ぐっすり寝たら、疲れは取れましたよ」
「そ、そう?」
あはは、と乾いた笑いを浮かべるリナ。キラは首をかしげて彼女をじっと見ていた。
びくりと肩を震わせて、自分の身体をチラチラと見下ろす。な、何か変なところあったのかな。
寝癖立ってる? 着こなし方変? 頭の中で、すごく気になってぐるぐると思考が回る。
「な、なに?」
「……リナさんの軍服姿、初めて見ました」
「うん…今日ようやく仕上がったばかりだから。どう? 似合うかな…」
聞いてから、しまった、と後悔する。恋人か。付き合い始めて1ヶ月未満か、と自分に突っ込みたくなった。
キラは彼女の軍服姿を上から下まで見て、頬をほのかに染める。
リナは反射的に、タイトスカートをくいっと下に引っ張って、視線を逸らした。うぅ、恥ずかしい…。
「はい…似合ってますよ。……可愛いです」
「……! ありがと…ぉ」
(あー、やばい、嬉しい……うわー! あー! やばい、やばい! すっごい嬉しい!)
リナは胸の奥に響いてくる、熱くて身体が震えるような喜びに踊りだしそうになってる。
ふにゃふにゃになりそうなのを必死にこらえながらも、彼をじっとまっすぐ見てるつもりだったけど…。
「? り、リナさん、何かおかしいですか?」
「え、え、あ。あははは! な、なんでもない! なんでもない!」
「???」
いつの間にか緩んでいたらしい顔を手で挟んで、不自然に快活な笑いを発してる。
そんなリナの明らかな挙動不審に、キラは疑問符を浮かべて眺めるだけだった。
それが気まずくなって、話題を変えようとキラが入力しているコンソールを覗き込んだ。
「き、キラ君、それは何をしているんだい?」
「あ、これは…戦闘データのチェックと、それをOSに学習させて最適化する作業を行っているんです」
「ふぅん……? ちょっと見ていいかい?」
「あ、はい、どうぞ」
どれどれ、と、彼の作業中のコンソールを覗き込んだ。
今画面に映っているのは、ニュートラルリンケージ・ネットワークの構成と設定のパラメーターだった。
それがストライクの各部センサーとジョイントの関連、インプットロジカル、メタ運動野も展開している。
その全ての数字と機体に直結するプログラムをじっと真剣な眼差しで見つめる。
頭の中で、それらがどうストライクの動きに直結していくのか、妙に冷静になった頭で計算していた。
「……」
「リナさん、わかるんですか?」
「…キラ君の戦い方なら、このバイラテラル角をもう少し高めに修正したほうがいいと思うんだけど」
「でもそうすると、今度は第二擬似神経野がヒートしてしまうから、代わりにメタ運動野で物理慣性の補正を行ってるんです、ほら」
「それだと無駄な動きにならないかい? シュベルトゲベールを振り回してるところを見て感じたけど、
どうもメタ運動野に余計なパラメーターの肉付けがされてるような気がしてならない。
運動ルーチンを、慣性に対してもうちょっと柔軟に対応できるようにここの伝達数値を……こうしたほうがいいんじゃない?」
「そ、それをすると、もっとピーキーになってしまいますよ? ストライクの神経野だってもつかどうか…」
「大丈夫、キラ君にならできるって!」
「そうですか…が、がんばります。でも、よかった」
途端に笑顔になるキラ。リナは、何? と見返す。
「僕と同じコーディネイターだったんですね、リナさん。仲間が居て、ホッとしてるんです」
「えっ……? ち、違うよ。ボクはナチュラルだよ」
「そうなんですか?」
「親がナチュラルだからね。……って、キラ君もそうか」
自分はコーディネイターじゃないほうがいい、とリナは心底そう思っていた。
今までの自分の功績とか能力が、人に弄られて出来たものだとしたら、
それら全てが…いや、人生そのものを否定されたような気分になるから。
だからといってキラの能力は空しいものだとか、そう思えるほど高慢ではないはずだ。
キラが何かを言おうとしたところへ、チャンドラ伍長のアナウンスが鳴り響く。
〔ブリッジより各員へ。1820時より救援艦と接舷、要救助者を収容する。担当クルーは受け入れ態勢をとれ。繰り返す――〕
「救援艦?」
また民間人が乗り込むのか――と思ったが、直後、マリューの話を思い出した。
確か「接触した救援艦にはメイソンのクルーが乗っている」と。
ということは、これから乗り込むのはメイソンのクルーなのか。この艦もアルテミスに向かっているし、可能性は大だ。
「キラ君、ボクも要救助者の受け入れを手伝ってくるよ! ヒマだしね!」
「あ、僕も行きます!」
「キラ君はそのままストライクの整備をしてていいよ。どうせ入ってくるのは軍人ばかりだろうし」
メイソンのクルー達は善玉の人間ばかりだが、キラを見てどういう反応するかは未知数だ。
だから、こう言ってはなんだが、キラの紹介は後回しにすることにした。
キラを置いて、接舷用のデッキがある区画へと身体を流していく。
壁を蹴り、まるで水を泳ぐように勢いをつけて流れ、すぐに接舷用のデッキに到着した。
もう既に担当クルーがハッチに列を作って集まり、敬礼をして出迎えているところだった。
リナもその列に加わり、敬礼で迎える。流れてくるクルー達は、どれもこれも見知った顔ばかりだった。
オペレーターのランディ伍長、操舵手のリー軍曹、火器管制のアラン軍曹、自分のメビウスの専任整備員をしていた、ユーリィ伍長…
他にも大勢いるが、ほとんど知った顔だ。皆、「シエル少尉じゃないですか!」「生きていたんですね」「ヒュー! レディ・シエルじゃないっすか!」と、十人十色の反応をしてくれる。
リナも笑顔で手を叩いたり敬礼を交えたりして、彼らとの再会を喜び合う。
「……ショーン少佐!」
その中に、自分に「生きて帰れ」と命令してくれたCICの砲雷長の姿を見つけることができた。
相変わらず表情の分かりにくい、冷静沈着な30代半ばの男。オールバックで眼鏡をしていて、やり手の証券マンのような雰囲気をかもし出している。
敬礼を交え、喜びに表情を緩ませるリナ。そのリナに、ショーンが口を開く。
「私の命令をよく守ったな、シエル少尉。…いや、今は中尉か」
「……いえ…生き残れたのは、共に戦ったMA隊の同僚のおかげです。私だけ、生き残ってしまいました…」
リナは、僚機の三人の顔を思い浮かべて気持ちが沈む。
彼らを踏み台にして生き残ってしまった。そういう気持ちになってしまうのだ。
そのリナの肩に、ショーンの手が置かれる。
「それは傲慢だ、シエル中尉。彼らは貴様が生き延びたから死んだわけではない。
…戦場での人の生き死には、神の気まぐれでしかない…シエル中尉には、まだやるべきことがあるということなのだろうな」
「……はい」
よし、とショーンはもう一度リナの肩を叩き、去ろうとして、
「そうだ、シエル中尉。これを」
「?」
丁寧に折りたたまれた便箋を手渡される。また、紙。辞令か? とも思うが、辞令がこんなに薄い紙であるはずがない。
なんだろう、手紙? そう思って開こうとして、ショーンの手がその手を遮った。
「ここでは開くな。…シエル大佐からの手紙だ」
「おやっ……大佐から!?」
※
ぐあー! 丸々3日も開けてしまいました…!
PHASE 13をお送りしました。読んでいただきありがとうございますっ
そして、こんな拙作にいつも感想を下さる皆さんにとても感謝しております。
皆さんの感想は私の励みです。これからもよろしくお願いしますっ
今回はリナの心境の変化にフォーカスを当ててみました。半分くらい番外編です。
次回からはちゃんと本編に戻ると思いますので、どうか忍耐をもって見守ってあげてください…(礼
次回! ウチでは飼えませんから、元のところに返してらっしゃい!
それではまた更新しましたら、よろしくお願いします(礼ー)