サブモニターに、ジンの顔がいっぱいに映る。
それを見てリナは恐怖に目を見開き、全身が総毛立つのを感じた。
まだ自分が生きているところからして、自分が乗っていると気づいていないようだけど、もしヴェサリウスの艦内に持ち帰られたら終わりだ。
コーディネーターがナチュラルを捕虜にとって、生きて帰す保証などどこにもない。なんとかしてこのジンから逃れないと…。
「ミサイル…!」
コンソールパネルを叩き、合体形態でミサイルを使用できるかどうか試してみたが、
モニターに冷たく表示された「LOCKED」の文字に、がくりとうなだれる。
この状態でバーニアは…動く。問題は、このジンを振り切れるパワーがあるかどうかということだ。
だが、何もしなければどのみちヴェサリウスの艦内に連れて行かれてしまう。
(でも動いた瞬間撃たれるんじゃ…)
ジンの腰に76mm重突撃銃が装備されている。装甲が無い今、あれに狙われたら一巻の終わりだ。
頭の中でぐるぐると嫌な考えが浮かんでは消える。動かなければ捕虜にされて殺され、動けば撃たれる。
あのとき、ミサイルの射程に入った時点で撃てばよかった。
「…………ままよ!」
こうなったら、コアファイターの機動力を生かして逃げ切ってやる。
思い切ってジェネレーターを起動させ、スロットルを全開!
ゴウッ! と凄まじい音が機体を揺るがし、急加速をかける。
「なにぃっ!? ざ、残骸が…!」
度肝を抜かれたのはマシューだった。
マシューにとって、これはヒマでくだらない出動だったはずだ。
損傷したとはいえ、ナチュラルを倒すことなど造作も無い力を持っているはずの自分に回された仕事が残骸の調査。
だがその残骸が突然動き出し、ジンの手の中からすり抜けていく。
「抜けた!?」
操縦桿をまわすと、機首もくるりと回る。ジンの腕から抜け出せた!
スロットル全開のまま、ジンを引き離そうとバーニアから炎を吐き出して加速していく。
鳴り響くロックオン警報。ひたすら操縦桿を動かし、ラダーペダルをダンスでも踊るように蹴ってランダム回避運動をする。
ジンの放つ76mm弾が、後ろから絶え間なく放たれていくのが見える。これのどれに当たっても終わり…。
「やられて…たまるかぁ!」
まだ何もしていない。何もできていない。そんな状態で終われない!
リナは、生き延びようとする執念だけで飛んでいた。もうすぐ76mm機銃の射程外のはず。
ジンよりもコアファイターのほうが速力があるのだ。振り切れるはず――
「!!!」
機体が激震。金属板を思い切り手で叩いたような音が響いた。
ビービーと激しく鳴り響く警報。被弾の報告!? コンソールを見ると片方のバーニアが被弾し、停止したらしい。
バンッ!!
再び激震。次は生き残ったもう片方のバーニア。コンソールパネルが赤色に彩られていく。
慣性があるので速力は落ちはしないが、加速が全くできなくなった。機動力も奪われていく。
今このコアファイターは、まっすぐ矢のように飛んでいるだけだ。そんなものは、止まっているのと変わらない。ただの的だ。
「うわあぁぁ!!」
恐怖の叫びを挙げるリナ。まだロックオン警報が止まない。だめだ、撃ち落とされる。
リナは死の恐怖に囚われ……逆に冷静になっていく自分を自覚した。
あのままヴェサリウスの中に連れ込まれたほうがよかったのか? 動かなかったほうが生き残れたかもしれない。
こんなところで死んでしまう。
また死ぬのか。ホームレスに刺され、昴は死に、いろいろなものを置いてきてしまった。
何もできなかった。まだ色んなことがしたかった。未来があった。
そして再び与えられた未来。それも、まだ何もできていないこんなところで奪われてしまう。
いやだ……いやだ……
何も聞こえない。己の鼓動だけが聞こえる。死の間際には、走馬灯を見るために限界を超えた集中力を生み出すという。
全てがスロー再生のように、ゆっくりと見えた。通り過ぎていく76mm弾も、ゆっくりと目の前を追い抜いていく。
その弾丸の雨の中、暗闇に浮かぶ光点。それを、リナは目を見開いて凝視する。
小さな点だが… あれは…
――ストライクの、エールストライカーパック!?
あれを実際に見るのは初めてだが、死ぬ前は何度も後ろから見ていた。間違いない。
何故、こんなところに――そんな疑問も持たないまま、身体が勝手に反応した。
「G」のレバーを引く。コンソールパネルの画面をOS設定に変えて、整備用のキーボードを取り出しキーを叩いていく。
ドッキングモードを変更。レーザー誘導開始――
「ドッキング・センサー…!」
機体がオートパイロットになり、かろうじて生きていた姿勢制御スラスターが作動。
エールストライカーパックも呼応するように、己に近づいてきた。
再び整備用のキーボードに指を走らせる。
ジョイント接続完了。エネルギーケーブル接続。ジェネレーター出力安定。コントロールユニット接続!
Bパーツ接続モード。ジェネレーター接続ラインを変更。不足分はバーニア回路をバイパス。出力設定をマニュアルからオートへ。
バーニア点火タイミングを変更、エールストライカーパックのものに合わせる。フラップ命令系統を接続パックに移乗。
コンソールパネルを彩っていた赤が、緑へと変わっていく。各部センサー、オールグリーン。
「……!!」
エールストライカーパックのバーニアが炎を噴き出し、凄まじい速力でジンの76mm弾の雨をかいくぐる。
ラダーペダルを踏んだだけで、まるでステップでもしたように横へと機体が滑る。
操縦桿を指先ほど動かしただけで、前の2倍近く機首が回る。合体前とは桁違いの出力と運動性。
(これがストライカーパックと核融合炉の威力!?)
リナはそのパワーと運動性に喝采を挙げながら、機首反転。
一直線に逃げてきたからか、ヴェサリウスとジンが一直線上に重なっている。
ジンが機銃を乱射してくるが、猛然と迫ってくるコアファイターに対して冷静に照準を合わせることができず、
コアファイターに一発も撃ち込むことができない。
「当たれぇ!」
ノーロックオンでトリガーを引き、ミサイルを全弾発射。
ミサイルランチャーが開いて、四発全てが炎を曳いて真っ直ぐ飛んでいく。
ジンは当然のように、反射的に回避。しかし、マシューは背に母艦があることをすっかり忘れていた。
「しまったぁ!?」
マシューは悲鳴を挙げるも、もう遅い。ヴェサリウスも、ジンの陰から現れたミサイルに咄嗟に回避運動をするが、
間に合わないまま4発のうち3発が船体に直撃。ヴェサリウスに爆炎の花が咲き乱れ、艦内が激震する!
ブリッジにいるアデスとクルーゼも、襲い来る震動に、身体が無重力に放り出されるのを堪えながら、アデスがクルーに怒鳴り散らす。
「くうぅぅ!! 被害状況を知らせろ!」
「だ、第二、第五ブロック被弾! 火災発生! 第三エンジン、出力20%ダウン!」
「各ブロック隔壁閉鎖! 機関部、第三エンジンをカット、ダメコン急げ!」
クルー達の怒号が飛び交うブリッジ。クルーゼは、出し抜かれた事実を認識し、歯噛みした。
(このような特攻じみた攻撃を仕掛けてくるとは…!)
保守的な攻撃しかしてこなかった今までの地球軍とは、全く異なる攻撃方法だ。
あのパイロットが組み立てた作戦なのか。だとしたらとんでもない策士か、ただの馬鹿だ。
しかし攻撃を成功させたのは事実。飛び去ろうとする戦闘機に対して対空砲火を浴びせるよう指示するが、
時既に遅く、もはや光点となってしまった戦闘機に、クルーゼは肘掛に拳を叩きつけていた。
「はぁ、はぁ……やば、かった…」
ジンとヴェサリウスの射程距離外に出たとき、リナは全身から汗が噴出すのを感じた。そして安堵感に全身が脱力する。
(それにしても…)
コンソールパネルを叩いて、今のコアファイターの状態を見る。
あの異世界のガンダムの核になるはずのコアファイターが、今のガンダムの強化パーツとドッキングができるとは思わなかった。
本当なら、規格が違って接続できないことのほうが多いはずだ。プラモデルではないのだから。
同じガンダムだからか? それとも、「あの」ガンダムとストライクは何か繋がりがあるのか?
因縁めいたものをリナは感じていた。しかし、くっついたらいいなあとは思ったが、本当にくっつくとは…。
(名前をつけないとな…コアファイター… エールストライカー…うーん)
どうでもいいことを考えて、またも股間を温めているものから現実逃避していた。
- - - - - - -
リナがアークエンジェルに帰還したとき、全てが終わっていた。
アークエンジェルの姿が見えたが、ザフトの手に渡ったG兵器の姿が見えない。
遠目に見ても、アークエンジェルの被害は軽微なようだ。それを見て、リナはホッと安堵の吐息をついた。
〔――エル機、……ください、シエル機、応答してください〕
近づいていくと、次第に明瞭になっていく通信。通信機から響いてくるミリアリアの声。
そうだ、着艦して、ヴェサリウスへの攻撃が成功したことを報告せねばならない。
「こちらシエル機。よく聞こえます。……任務完了。着艦の許可を求む」
〔あっ…おかえりなさい。それでは、第二カタパルトへ着艦してください〕
「了解、着艦シークェンスを開始します」
(全く……今度は「おかえりなさい」ときた。)
ミリアリアの、あまりにも日常的な言葉に苦笑を浮かべたが、
己が命を懸けて任務をやり遂げ、精神的な拠り所を欲していたリナには、今はそれが在り難かった。
着艦を完了させたあと、格納庫に運ばれていくコアファイター。
それを整備員達が見上げて、騒然としていた。
「あれって、さっきヤマトが捨てたエールストライカーパックじゃねえか?」
「お、おいおい。あのMA、ストライカーパックと合体してやがるぞ!?」
「もしかして、あれもストライクの支援機なのか?」
「馬鹿いうなよ。ならなんであのMAとストライクに使われている技術が全然違うんだ?」
などと実にならない言葉を掛け合いながらコアファイターを凝視していた。
そして着艦作業が完了。コアファイターはクレーンで固定されたまま床には下ろされなかった。
下ろせば後ろのエールストライカーパックが床に干渉するからだ。吊るされたままのコアファイターに、整備員が取り付く。
キャノピーを上げて、コクピットから離れていくリナ。そこに整備班が囲み、マードックが食いついてくる。
「お、おい、お嬢ちゃん! こりゃ一体どういうことだ!? ストライクのパーツをくっつけたのか! どうやって!?」
「…ボクも、よくわかんないんだけど…丁度このパーツが漂流していたから、試してみたらくっつきました」
あんまりといえばあんまりな返事だった。マードックは、話が通じていない、と頭を抱えそうになる。
それでもリナの幼い見た目と、あまりに疲れた表情をしていたので、マードックは声を荒らげるのを抑えることに成功していた。
本来は、下士官が中尉に声を荒らげたりして不興を買うなど持っての外のなのだが、豪放な性格のマードックはさして気にしない。
「い、いや、そういうこっちゃないだろ…。玩具じゃねーんだから、そんな簡単にくっついてたまるかよ」
「……しかし、そうとしか言い様がありません。戦闘データを解析してくれればわかると思います。
…………ブリッジに戦闘内容の報告をしないといけないので、後の整備をお願いします。強化パーツは外しておいて下さい」
「…わかった。とりあえず、お疲れさん」
マードックの労いの言葉を背に、ヘルメットを脱いで、まとめていた黒髪を解きながら通路へと流れていく。
彼に対してつっけんどんな言葉遣いになったのは、リナが彼に対して苛立ちを覚えていたからだった。
上官に対する態度がなっちゃいない――そういう理由ではない。リナ自身、上官だからといってあまり偉ぶるのは好きではないから。
理由は別にあった。……自分は疲れているのに、最初の一声が労いの言葉ではなく、メカへの疑問だったからだ。
パイロットにとって、整備員と信頼関係が重要だということは理解している。
が、あちらが自分のことを慮ってくれないようでは、歩み寄ろうという気分が萎えるというものだ。
はあ、と溜息をつく。通路の出入り口には、二人の人間が立っていた。キラとムウだ。
「リナさん! よかった、無事で……」
「よう、シエル中尉。よく生きて帰ってきたな!」
「キラ君、フラガ大尉…!」
二人の姿と言葉に、頬が緩む。
通路の前に降り立ち、三人で通路を流れながら言葉を交し合う。
「キラ君もフラガ大尉も、無事で何よりですっ」
「なぁに、あれくらいの修羅場はいくつもくぐってきたからな。どうってことないさ。
それよりも、あのクルーゼの艦に向かっていって、生きて帰って来たってのは大したモンだぜ」
「あ、ぐ、偶然が重なっただけです……キラ君、あの強化パック――エールストライカーパックっていうんだけど――を捨てたのかい?」
またムウに褒められて、頬をほんのりと染めて照れながら長い黒髪をいじり、キラに振った。
「はい。あの強化パックはバッテリーが切れたので、ランチャーパックと交換するために捨てました」
「なるほどね…」
ふ、とキラに微笑みを向けて、ぽむと肩に手を回す。腕が短くて、しっかりとまではいかないけれど。
「ありがとう、キラ君! おかげで助かったよ」
「ぼ、僕は何もしてませんよ…偶然です」
キラは(見た目は年下とはいえ)異性に肩に腕を回されて、頬を染めて戸惑った。
最初はただの背伸びしている女の子かと思っていたけれど、年齢カミングアウトをされてから意識するようになってしまった。
鯖を読んでるかも…とも思ったけれど、落ち着いた雰囲気と発言に、次第に大人の女性であると認めざるを得なくなっていた。
それに彼女は、自分をコーディネーターではなく一人の「キラ・ヤマト」として見てくれる数少ない大人だった。
だから少しずつではあるけれど、リナに対して自然と心を開くようになっていた。
「いやいや。単なる偶然とはいえ、それが無ければボクは確実に死んでたんだ。命の恩人だよ、君は。
…よし、おねーさんが何か奢っちゃろう! 生還祝いだ!」
「……食堂のメシはタダだけどな」
豪快に笑うリナにムウの突っ込みが入ったが、聞こえない振りをした。
- - - - - - -
三人でブリッジへ戦闘の報告を行ったとき、リナは二人の報告内容から大まかな戦闘の経緯を察することができた。
まず、キラとムウによる艦の防衛は無事終えたという。それはこの艦があることからわかったことだが、
4機のGから襲撃された割に損傷が軽微だったのは、ひとえにキラとムウの活躍によるものだった。
その中でも格別に抜きん出ていたのが、キラの活躍だ。
ストライクという性能を差し引いても、彼の活躍はめざましいものだったという。
おまけにG兵器を二機、半壊にまで追い込んだらしい。そのG兵器はデュエルとブリッツと確認された。
鹵獲機であるG兵器の予備パーツが無い以上、彼らの戦闘力は半減したも同然。しばらくは攻撃は控えてくるだろう。
その間にアークエンジェルはアルテミスへ支障なく入港する予定だ。
しかし――
「……? あれは…」
アークエンジェルのメインブリッジ。
マリューはブリッジのフロントからアルテミスのすぐ手前に、光点を発見した。それを見て疑問符を浮かべる。
直後にロメロがその信号の正体を解説した。
「地球軍の救援艦のようです。……救援艦から通信が入っています」
「メインモニターに回してちょうだい」
「了解、回線開きます」
ブリッジのメインモニターから、クリアな映像が映し出される。
映し出されたのは、30半ばほどの、白いノーマルスーツに身を包んだ軍人らしき中年の男。
その顔にはマリューは見覚えがあった。先ほど接触した救援艦に搭乗している、メイソンの副長だ。
〔ラミアス大尉。また会ったな。まさか諸君らもアルテミスに向かうとは思わなかった〕
「ええ、ザフト艦との駆け引きで、戦術上やむを得ず……ところで、何故このようなところで停船されておられるのですか?」
〔我々は緊急艦艇ということで入港の許可を得ようとしたのだが、直前になって本部から連絡があってな。
『現在アルテミスは、付近宙域を航行するザフト軍に対して厳戒態勢を敷いている。
緊急艦艇とはいえ、今一刻でも傘を閉じることはアルテミスを不要な危機に陥れる可能性がある。然るべき基地に寄港せよ』…と言われてな〕
「そんな…!」
ナタルが愕然として、思わず声を荒らげる。
救援艦の艦長は、達観した様子で苦笑を浮かべ、肩を竦めた。
〔それが地球軍の今の実情だ。ユーラシアと大西洋は表面上は手を取り合っているが、裏ではどうにかして出し抜こうと躍起になっている。
戦後の連合議会で一つでも席を多く座るために、互いに隙を狙っているんだよ。そのためにお偉いさんも、ユーラシアに少しでも借りを作りたくないのだろうな〕
「……なんてこと」
マリューも、地球軍の実態に落胆して肩を落とした。ユーラシアと大西洋の仲が良くないとは知っていたが、まさかこれほどとは…。
〔君達も、ここに寄港するのは諦めたほうがいい。大西洋連邦の極秘の艦艇なら尚更だ。
拿捕されて、なんだかんだと屁理屈を捏ねて奪われるのが目に見えている〕
「…確かに、仰るとおりです」
マリューは、折角クルーゼ隊との戦闘に勝利して難を逃れたのに…と、無駄骨を折った気分になった。
〔それはそうと…この艦で大西洋連邦の基地までの長距離を航行するのは、少々難儀でね。
この艦も、早く我々を下ろして、ヘリオポリスの民間人が乗った救命ボートを救援する手助けをしなければならない。
良ければ、そちらにメイソンのクルーを移乗したいのだが。前回、こちらからお誘いを断ったのに、勝手で申し訳ないがね〕
「了解いたしました。接舷の準備に取り掛かります」
〔頼む〕
通信が切断され、メインモニターが元の宇宙地図の画面に戻る。
「聞いての通りよ。両舷停止、救援艇との相対速度あわせ。接舷の準備を!」
「ハッ!」
ナタルは号令を復唱し、それに必要な作業の命令を艦内に発令した。
※
以上でPHASE 12をお送りしました。読んでいただきありがとうございます!
そしてだいぶ投稿のペースが落ちてしまいました。
年末年始ってなかなかパソコン触る機会が無くて…!
また、この年末年始は更新スピードが落ちるかもしれません…(汗
遠回りしてメイソンのクルー合流。そしてアルテミス寄港ならず。ニコルかわいそす。
果たして彼が輝くときがこの先あるのか。無いだろうなぁ(酷
次回、未経験者歓迎! ただし有資格者優遇!
それではまた、次回の更新までよろしくお願いします(礼