【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2199」より《太陽のサスペンス》】「艦隊ワープ60秒前、全艦ワープ準備!」篠田艦長代理の号令一下、艦内が慌ただしくなる。戦闘班要員用具は艦載機や火器弾薬が固定されていることを確認し、航海班員はワープ航路の確認と異次元時空の観測に集中している。技術班は応急修理用具を納め固定し、自らもシートベルトで固定する。生活班や医療班も同様だ。これらは、ヤマトが火星から木星へと移動した人類初のワープ以来地球人類の宇宙船が脈々と続けてきた、ワープ前のルーチンワークだ。現在位置はノーラント星系辺縁宙域よりかなり内側、雲海を抜けた先の星間物質が極めて少ない宙域にいる。アマールからの情報によると、ここからエトス星までは約30光年。極短距離ワープ一回でも十分にお釣りが来るぐらいの至近距離だ。「『ブルーオーシャン』への同調を完了」「ワープイン40秒前」艦隊の陣形は全方位を警戒してソリッド隊形。『ブルーオーシャン』を立方体の中心に据え、その左右に戦闘空母『シナノ』『紀伊』、さらにその前後左右に巡洋艦4隻が位置し、それらを上下から挟むようにスーパーアンドロメダ級とドレッドノート級戦艦が配置されている。『ブルーオーシャン』『シナノ』『紀伊』はワープアウト後すぐに、直掩機を発艦させることになっている。発艦するコスモパルサーは暖機運転を済ませてドーリー台座からカタパルトに移されているし、坂本たちパイロットは既にコクピット内にいる。「いよいよ本丸か。しかし、エトス星勢力圏内に入って丸一日、結局何の接触もなかったな」「昨日一日警戒に警戒を重ねて、偵察機を何十機も飛ばしたのは何だったのか」「先の乱戦にもエトス星の艦艇は参加してなかったけど、やっぱり引きこもってるのかな?」「30秒前」遠山と有馬が緊張感もなく駄弁っている。ワープのカウントダウンをしている笹原はさすがに会話に加わる余裕はなさそうだ。「次にワープアウトしたら、さすがにエトス艦隊が出て来るんじゃないか?」「出てこない方に明日の朝飯一品を進呈」「それならぜひ目玉焼きを所望する。俺は奈良漬けをベットしよう」「オイコラ」「……20秒前」エトス本星の公転軌道周辺、つまり最も警戒が厳しいであろう宙域にこれから侵入しようとしているというのに、二人を含めた第一艦橋要員の雰囲気はどことなく緩い。それは、南部に比べて篠田が無意識のうちにナメられているというのも原因の一つであろうが、何よりも昨日一日何もなかったことが大きいのだろう。ノーラント星系辺縁部の雲海で起こっていた乱戦をやり過ごした地球艦隊は、雲海を潜り続けて反対側に出たところで隊列を整え、小ワープで戦域を離脱。本星まで残り30光年という位置で艦隊は一旦航行を停止し、全周警戒態勢に移行した。エトス側からの接触を待つことにしたのだ。『ブルーオーシャン』『シナノ』『紀伊』の3隻はコスモパルサーを発艦、周辺宙域や惑星の偵察・調査を行うとともに、ついでに派生機体「瑞雲」「狂雲」「暁雲」の試験を行った。両翼端にショックカノン2門を搭載した「瑞雲」は、予想外にも機動力の無さが災いして機体を射点へと導くことが難しいことが判明した。要塞のような大きな対象を所かまわず攻撃するならともかく、艦載機のように動き回る敵や艦砲・要塞砲などを狙撃するには向かないと判断され、運用法を抜本的に見直す決定がされたのだ。ドリルミサイル6発を搭載した「狂雲」は、爆撃ポッドを搭載した「彩雲」と同じような運用の仕方が有効であることが――十分に予想されていたことだが――実証された。とはいえ通常艦艇に対して使用するのはもったいないので、専ら要塞や星を相手取ったときにのみの登場となりそうだ。最後は坂本と椎名から酷評された「暁雲」だが……案の定「瑞雲」を上回る鈍重さが仇となり照準が付けづらく、また性質も射程も違う武器を同一機体に搭載することのデメリットも露になった。唯一得られた収穫は、ショックカノンの着弾点にドリルミサイルが命中した時はドリルの進行速度が20%上がったことだった。ショックカノンで外装にダメージを与えることによって、ドリルの通りが良くなったのだ。それでもわざわざ「暁雲」を使う必要性はなく、「瑞雲」と「狂雲」を組み合わせることで十分に運用可能という結論に至ったのだが。閑話休題。この宙域に待機・警戒したまま20時間が過ぎたが、結局エトス艦艇はおろか民間船も人工衛星も姿を見せなかった。各艦の艦長たちは会議を開き、このまま24時間事態が変わらないならば、エトス本星へ直接出向いて接触することを決定。そして予定時刻を過ぎた今、いよいよエトス本星への最後のワープを決行しようとしているのだ。「5秒前」笹原は真剣な表情で、航路表示モニターに映し出された時空連動計のウィンドウを見つめる。そこに表示される幾筋もの波形……それが一点に集約されるとき、つまり観測している複数の時空同士の揺らぎが最小限になって船体強度に耐えられるレベルにまで至った瞬間、亜空間へ艦体を進入させるのだ。ワープによる跳躍距離はワープイン直前の速度に比例しており、今回の30光年程度の跳躍ならばそれほどの加速は必要ない。BH199ブラックホールで実施した超高速ロングワープの時のような緊張感が必要ないことがまた、乗組員の心に余裕を持たせていた。ひとり緊張した笹原のカウントダウンが、ついに終わりを迎える。「3、2、1、ワープ!」刹那、窓の外が青く染まり、すぐに艦体全身を包み込む。まもなく自身を襲う、重力装置が効いているはずなのに三半規管が狂ったような浮遊感。目に映るすべての物が歪み、世界が反転したかのような感覚に陥る。壁の向こうが透けて見えるような、耳鳴りがするような、その実何も見聞きしていないような矛盾した感触。異次元へ飛び込む瞬間に訪れる、次元の向こうの理に触れた人間が感じる錯覚だ。ほんの数瞬だけ滞在する青一色の異空間は、霧のように全くの視界不良というわけではない。遠くまで見通せる濃度の薄い空間と何も見えない濃度の濃い空間があって、濃度の薄い空間――つまり、時空の揺らぎが小さい空間だ――を縫うように航行するのだ。しかし、そんな気持ち悪い感覚もすぐに終わる。亜空間はあくまで通路であり、亜空間への入口はすぐさま通常空間への出口でもある。歪んだ空間を、出口から漏れ出て来る真っ白い光が塗りつぶす。「ワープアウトかん……えぇ!?」目の前には巨大な惑星。その手前には整然と複縦陣に並んだ銀色の艦隊。突然現れたミサイルが、第一艦橋をかすめて後方へ流れていく。純白の光線が正面から飛んできて艦橋に当たらんばかりに肉薄するが、直前で両脇に逸れて背後に通り過ぎる。返すように紅色の光線が突然視界の左右から現れ、命中した銀色の艦は幾筋もの黒煙と炎を引きずりながら列から落伍していく。「レーダーに反応多数! か、囲まれています!」亜空間のトンネルを抜けると、そこは戦場であった。◇【推奨BGM:『ヤマトよ永遠に』より《自動惑星ゴルバ》】同時刻 遣エトス艦隊旗艦『ブルーオーシャン』艦橋「狼狽えるな!」艦隊司令ルディ・ルーデンドルフの一喝が響く。60歳の誕生日を来月に控えた初老とは思えない、地響きのようなバリトンの声がパニックに陥りそうになるクルーたちを先んじて制した。「待ち構えていることは想定の範囲内だ。いつもどおり、自分に課せられた任務を着実にこなせ。いいな!」『はいっ!』手綱を握った司令は一言「よろしい」と頷くと、矢継ぎ早に指示を出した。「艦隊全艦対空戦闘、直撃するミサイルを撃ち落として艦の保全に努めよ。続いて艦隊の前後3000メートルにバリアミサイルを展開。索敵、周りの艦の所属は分かったか?」「数が膨大すぎて全ての識別はまだですが……判明している限りでは正面がエトス艦隊、背後がSUS艦隊のようです。航空機は両者入り乱れているので、なんとも」「それだけで十分だ」ガタリと、司令は艦長席から立ち上がる。それだけで場に緊張が走り、彼らの意志は統一された。「全艦に発令。『正面に布陣する艦隊をエトス艦隊、背後の艦隊をSUS艦隊と認定する。艦載機は直ちに発進、艦隊を援護せよ』」「戦術長より航空科、直掩隊発艦開始。並行して、彩雲の準備急げ」「両舷ウィング、展開開始!」航海長のパネルに映し出された『ブルーオーシャン』の断面図が動き、巨大なデルタ翼が後縁根本を軸に外側に大きく広がる。開いた翼の分厚い断面にはいくつもの四角い穴――艦載機発進口だ――が空いており、両翼で最大28機が一斉に発進できる。飛行機一機が通れるだけの幅の滑走路が七列二段、正面を向く。発進口に明かりが灯るや否や、促されるようにコスモパルサーが次々と飛び出して行く。通常のコスモパルサーが淡い水色をベースとした彩色をされているのに対して、『ブルーオーシャン』のそれは草色と暗緑色からなる迷彩塗装。旧日本陸軍機をモデルとしたそのカラーリングは、アマールでの一ヶ月におよぶ休息の間にマイナーチェンジされたコスモパルサー、名付けてコスモパルサー22型の特徴となっている。航空機格納庫の容積に余裕がある『ブルーノア』級での運用を前提に、機首・主翼の折りたたみ機構をオミットして構造を簡素化および軽量化。重量的に余裕ができた分をコクピット周りの装甲の強化に充てることで、結果的には若干の加速力上昇、ほぼ従来通りの機動性を維持したまま防御力の強化に成功した。主翼折りたたみ機構を失った22型はコスモパルサーの大きな特徴であった汎用性、つまり『彩雲』『瑞雲』『狂雲』『暁雲』への換装は不可能になってしまったが、艦隊直掩の戦闘機として運用することで多少の不便さには目をつぶることにした。22型の『ブルーノア』級への試験配備が決定したことを受けて、『ブルーオーシャン』も航空機格納庫の改装を行い、搭載機数は以前の7割ほどにまで減少した。22型の採用が搭載機数減少に見合う効果を上げるのかどうかは、この遠征の結果如何にかかっているのだ。発艦した直掩隊7個中隊28機はインメルマンターンを打ちながら、素早く4機ごとの編隊を組む。一度に射出できる機数が多い『ブルーノア』級でなければできないことだ。『ブルーオーシャン』航空隊の右翼側には、『シナノ』から発進したコスモパルサー11型が8機。続いて左翼側には『紀伊』所属の4機。合計40機のコスモパルサー隊は、ワープアウトして1分も経たないうちに出撃した機数としては多い方だが、エトス軍航空隊と乱戦を演じているSUSの戦闘機の数はゆうに200を超えているから、空戦に割って入るのは無謀だ。第二陣が発艦するまで、約二分。まずは遣エトス艦隊を護ることだけに注力する。事前の打ち合わせ通り、艦隊の対空弾幕の薄い艦隊下方をカバーするべく、機首を下げて潜り込んでいく。それによって艦隊正面から上方にかけて、つまり大半の艦隊の対空火力と主砲の射界が確保されるのだ。「バリアミサイル、発射!」頭上からわずかな振動が伝わり、艦長席のディスプレイにアイコンが8つ現れる。直後、後方を指向しているカメラが、白煙を引きずってSUS艦隊へ突き進む円筒形の飛翔体を映像に捉えた。戦術長の宣言通り、第一艦橋頂部の魚雷発射管から16発のバリアミサイルが放たれたのだ。ミサイルが『ブルーオーシャン』から離れるにつれて、他の艦が放ったバリアミサイルも視界に入り込んでくる。扇状に広く放たれたミサイルは、あるものはSUS戦艦がエトス艦隊に向けて撃った固定ビーム砲の射線に入り込んでしまい撃ち落とされ、あるいは運悪く避けきれなかったエトス艦隊の艦載機の主翼を穿って爆散させてしまう。しかし8割以上、すなわち以上のそれは無事に3000mの距離を飛び切り、爆発して青い波紋を広げた。波動爆雷一発分に相当する量の波動エネルギーから成る丸盾は互いに重なりつつ、地球・エトス艦隊とSUS艦隊の間に巨大な一枚壁を構築した。SUS、エトス両艦隊の攻撃が続けざまにバリアに命中し、半球状の爆発煙を生み出す。タキオンフィールドの涼やかなブルーとはかけ離れた赤黒いそれは、まるで病に侵され朽ち果てた紫陽花の花のようで、生理的な嫌悪を感じさせる。タキオンフィールドの平均展開時間は約180秒。攻撃を受け止めれば消耗し、それだけ展開時間は短くなる。爆発炎でバリアの向こうが見えなくなるほど濃密な攻撃を表裏の両面で受け止めている現状では、さしものタキオンフィールドといえども1分ともたないだろう。しかしそれだけの時間があれば、艦隊に指示を出して態勢を整えるには十分であった。「艦隊左一斉回頭180度、艦隊戦用意!」「取り舵180度回頭、ヨーソロー!」「対艦対空戦用意! 主砲、副砲エネルギー回路開け! 魚雷、ミサイル初弾装填開始」「波動エンジン、戦闘モードに移行。推力、80%に増幅」ルーデンドルフ司令が艦隊を指揮すると、その意を酌んだ戦闘班や機関班のクルーは自らの判断で部下に指示を飛ばす。「戦術長、本艦の火砲の威力は知っての通りだ。分かっているな?」「勿論です、砲塔ごとに別の敵を狙わせます」「エトス艦隊へ通信を繋げ。通信の間、艦隊の指揮を戦闘班長に委任する」「艦隊指揮、受け取りました。艦隊全艦、旗艦指示の目標に砲撃開始!」耳障りなブザー音が艦内に鳴り、『ブルーオーシャン』艦体中央部の大型ハッチが開く。両舷で32発もの36インチ大型対艦ミサイルが濛々と白煙を噴き上げて、鈍重ながらも力強く水平発射ランチから打ち上げられていく。『彩雲』が両翼に懸吊する爆弾と比べて数倍の威力を持ち、21インチ口径の宇宙魚雷よりもはるかに射程が長い大型対艦ミサイルは、彼我の間に広く立ち塞がるタキオンフィールドを大きく迂回するルートをプログラミングされている。並走する『シナノ』の舷側ミサイルは16発、『紀伊』の側方煙突ミサイルは32発。『ブルーオーシャン』のそれに比べれば口径が小さく威力は弱いが、小回りの良さと小型ゆえの迎撃率の低さが特徴だ。合計80条もの噴射煙が徐々に間隔を開けながら左右に散開するその様は、鳳が羽ばたき羽の一枚一枚が大きく拡がるがごとし。戦場を覆った白煙がエトス艦隊の視界を塞いだため射撃が中断し、その所為で戦場に冷や水を打ったような静寂が訪れる。タキオンフィールドを大きく迂回して向こうへ越えていったところまでは視認できたが、その後は煙とバリアに隠れて見えない。レーダーはなおも飛翔を続けるミサイル群の影を捉えているが、このうちの何発が命中するかは運次第だ。その間も、ミサイルが着弾するまでのんびり待っているような部下ではない。次弾のミサイルの装填と主砲・副砲への射撃目標の指示を、言われずともテキパキと進めていく。そこまで確認して部下の働きに満足したルーデンドルフは、艦長席備え付けのディスプレイへと視線を落とす。しかめっ面を通り越して憤怒の様相にさえ見える厳しい表情をした、銀髪壮齢の女性が映っている。エトス本国と交渉をするためには、まず以てエトス艦隊との共闘関係を速やかに構築し、この状況を打開しなければならないのだが……。(こいつは、骨が折れそうだ)一艦隊司令に過ぎない自分が、何故に外交交渉などしなければならないのだと、ルーデンドルフは内心で毒づいた。◇同刻同場所 エトス第一艦隊旗艦『アノウス』エトス星最後の宇宙戦力である第一艦隊284隻と、その五倍以上の数で侵略して来たSUS艦隊の間に突然現れた第三勢力に、艦隊司令のマルダは表情を強張らせて苛立ちを隠さなかった。SUSが前触れもなくエトス星の支配領域に侵攻してきたのが、10日前のこと。星間連合議会のエトス代表部からは、一ヶ月前に「ゴルイ提督がSUS艦隊と交戦した」「SUS艦隊がアマール本星に侵攻したが返り討ちに逢った」「大ウルップ星間連合艦隊がアマール・地球連合艦隊に敗れた」という、俄かには信じられない情報が相次いで齎されていたが、それ以来代表部からの連絡が途絶えていたのだ。政府は音沙汰不明となった代表部と連絡を取るべく、使節団を派遣したが、まもなく彼等も連絡を絶った。状況が分からず混乱した状態が続いたところに、国境宙域にSUS艦隊が現れた。対応した国境警備艦隊は、何の事情も分からずに突然の攻撃を受けて壊滅。そこからは、脇目も降らずにエトス本星に向けてまっしぐら。電撃作戦によってあっという間にエトス本星までの最短距離を蹂躙されて、今日という日を迎えてしまった。周辺・国境宙域の味方艦隊すべてに号令をかけて本星の救援に向かわせてはいるが、到着する前に本星が陥落してしまえば、それは敗北と同義だ。つまり、この戦いこそが決戦。国の興廃を決める不退転の、絶対に負けられない戦いなのだ。だというのに、「何なのよこいつらは、戦場のど真ん中に現れて……!」マルダは苦虫を噛み潰した顔になった。闖入者はあろうことか始まったばかりの戦いの出鼻を挫くように、エトス艦隊とSUS艦隊の中間地点に現れたのだ。「敵味方識別表によると、ワープアウトしてきた艦隊は地球連邦所属のようです」「地球? ……銀河の端からわざわざ惑星アマールに侵略してきたという、酔狂な輩と記憶しているけど」マルダは眉間に顔をしかめて髪をガシガシとかき乱す。壮年を迎えた顔にさらに皺が刻まれて、なおいっそう苦労の滲む顔つきになった。いつのまにか、エトス艦隊の砲撃は止んでいた。それどころか、『アノウス』艦橋内すらも静まり返っている。しかし、それは急変した戦況に圧倒されているからではない。機嫌の悪いマルダ司令に声を掛けると八つ当たりを受けると、誰もが経験的に理解しているのだ。「……」「…………」艦橋要員たちが、首を動かさずに視線だけで会話をする。誰かが司令に指示を仰がないと、事態は先に進まない。では、誰がその口火を切る――それは即ち、司令の怒りの矛先を受けるのか。そんな時に貧乏くじを引くのは、司令に次ぐナンバー2の役目と相場が決まっているのだ。そうなることが分かっているからこそ誰よりも気配を消して後ろに控えていた、軍人らしからぬ気弱そうで自信なさげな風体をした副長の男が、恐々としながらもマルダの独り言に答えた。「ええ、先月に二度、連合艦隊が敵船団を撃退しています。さすがに第三陣は対策を取られたらしく、裏をかかれた上に船団のアマール到達を許したと報告を受けておりますが」「つまり、我々と敵対しているということね?」「そのあたりは何とも。SUSが敵だと言っているだけで、特に我々と利害対立しているわけではありませんから」「貴方の意見は聞いていないわ。重要なのは、エトス国が地球連邦と戦闘状態にあるかどうかよ」「しかし司令、ただでさえSUSの圧倒的戦力を前に苦戦している状態です、その上でまた地球軍を敵に回すのは……」「それこそ貴方がどうこうできることではないの。こちらがどう思おうと、向こうが攻撃してくればそれまででしょう? ならば私は司令として、艦隊に損害が出る前に先制攻撃をするまでよ」全艦攻撃再開、と言おうとしたところで、地球艦隊が先に動いた。「地球艦隊、バリア展開」「司令、地球艦隊が交信を求めています」「ハァ!?」またしても、マルダは出鼻を挫かれてしまった。マルダに睨まれた通信員は首を竦めて縮こまってしまう。「ホンットに、いら立たせてくれるわね……!」更に声を荒げる司令。なお一層怯えすくむ通信員を横目に同情しつつも、こちらに飛び火しないように副長は当たり障りない返事をする。しかし、「一体、彼らは何を意図しているんでしょうか……?」「ンなこと私が知るわけないでしょ!? 馬鹿じゃないの!?」死んでもいいから一刻も早くこの人の下から離れたい。視界が滲んできた副長は涙をぎゅっと目を瞑って堪えた。「何やってんの、さっさと通信を繋ぎなさい!」「は、はいぃ!」あとがき約一年ぶりのご無沙汰です、イスカンダルから無事に帰って来た夏月です。私事ながら、昨夏以降周辺環境が劇的に変化してしまったため、新作を書き下ろす時間的・精神的余裕がありませんでした。今回の外伝も半年以上かけてチマチマと書き溜めてようやく出来上がった次第で……。今回は、エトスとSUSの決戦に飛び入り乱入した地球艦隊のお話。エトス司令のモデルは某リアルタイムに有名な人。投稿する直前にキャラ設定を急遽変更しました。ちーがーうーだーろー!これからも更新が亀になるかと思いますが、何年経ってでも完結させますので、今後も見捨てずお付き合いいいただければ幸いです。