【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』より《ゴルイの死》】「前方宙域に戦闘状態の複数艦隊を発見」との報が飛び込んできたのは、出撃してから三日目のことだった。発見したのは、前方哨戒に出ていた『ブルーオーシャン』航空隊の1機。場所は、エトス星があるノーラント星系の外縁部、微細な氷や埃の類が恒星ノーラントを中心に土星の環のように広がっている宙域だ。環の厚みは150キロ程度。さらにその周囲には薄い気体の層があり、恒星の光が分光されて夕焼けのような朱い空を構成している。その表層部で、見覚えのある複数の種類の艦が入り乱れて戦っていた。戦艦や航空機が縦横無尽に駆け巡る通常の宙間戦闘と比べて、今回は互いに雲海に入ることを避けるように行動している。雲海の中は俗に星間物質と言われる氷と岩石で満ち満ちて、さらには戦域全体に存在する濃厚な暗黒物質の所為で視界は悪く、高速機動はおろか巡行移動ですら艦体にダメージを与えてしまう。当然、戦闘行動のまま雲海に入れば、あっという間に見るも無残な姿に変わってしまうだろう。狭い宙域で単艦、あるいは2~3隻の艦が即席の編隊を組み、縦横無尽に飛び回って攻撃しあう姿は、およそ艦隊戦の体を為しておらず、例えるならば水槽の中で互いを追い掛け回す観賞魚のようだ。「全艦、雲海内に退避。潜水艦モードに移行し、半潜状態で情報収集に努めよ」艦隊司令の命により、遣エトス艦隊はその場で散開しつつ高度を下げて、真っ白な雲海に身を隠す。第三艦橋がある『ブルーオーシャン』『シナノ』『紀伊』およびドレッドノート級戦艦は、船体を反転させて第三艦橋だけを雲海から露出させる。スーパーアンドロメダ級と旧型巡洋艦は、艦橋の上半分だけだ。レーダー類が効かず、観測機器を雲海から露出させなければ外の様子を窺うことはできない。その珍妙な様はまるで、沼から目玉だけを覗かせる蛙のようだ。航空隊はいつでも発艦できるように、総員がコスモパルサーに搭乗している。『シナノ』は即応部隊として一個飛行隊20機が既に武装の搭載を終え、最初の8機が4基のカタパルトにセットされている。「高野、そこから戦闘の様子は視認できるか?」『はい。確認される艦艇は、SUS軍、フリーデ軍、ベルデル軍。エトス軍艦艇は確認できません』第三艦橋の高野明日夏からの報告に頷いた篠田は、メインパネルに転送されてきた映像を見つめる。見る限り、二者の対立というよりも「見るもの全て敵」のバトルロイヤルになっているようだ。参謀本部は、先にヤマトが挑んだ決戦においてSUSとベルデル・フリーデ国との間に決定的な亀裂が生じたとの情報から、SUS対その他国家の構図が生まれているのではないかと推測を立てていた。しかし、どうやら状況はそれ以上に深刻だったようだ。この戦闘が本国の指示なのか偶発的なものなのかは分からないが、いずれにしても大ウルップ星間連合はもはや瓦解したと言っていいだろう。最先任の赤城と篠田が、混乱の巷と化した戦場を分析する。「これは思ったより面倒な状況だな、艦長代理」「ええ、非常に厄介です。エトス星を味方につければ、そこを突破口にして他の国とも交渉ができるんじゃないかと思っていたんですが」「対SUS包囲網どころか、乱世に逆戻りか。元来、このあたりの宙域は小国が多いらしいから、大国がいなくなればこうなるか」事実、そこは艦隊戦というよりも航空戦、敵味方が分かれて光線を斉射するというよりも敵味方入り乱れて四方八方に撃ちまくる乱戦というほうが正しい光景であった。フリーデ艦は正面火力が強く、武装もミサイル、対艦ビーム砲、衝角とオールレンジに対応している艦だ。SUS艦は漁船のような寸詰まりの上部構造に四連奏4基の砲塔、直方体に似た下部構造物に五連装2基の固定ビーム砲と、中~近距離での火力に優れている。ベルデル艦は砲塔こそ単装砲7基と少ないものの、円錐状の下部構造物から射出される航空機―――通称ベルデルファイターが、火力を補ってくれる。このように、それぞれ特徴がはっきりと分かれる三ヶ国の軍艦だが、今行われている至近距離の乱戦は、そういった長所・短所がどうでもよくなるような、ノーガードの殴り合いだ。3隻のSUS戦艦を相手に一歩も引かずに正面から撃ち合う、2隻のベルデル戦艦。それを援護しようとSUS艦の後背から逆落としに突っ込んでくるベルデル艦と、それを追いかけてこちらも急降下するフリーデ戦艦。戦闘宙域の端っこに鎮座して、射程に入ってきた敵だけを狙撃で撃ち落とす狡猾なSUS艦もいれば、積極果敢にラム・アタックを繰り返して暴れまわるフリーデ艦もいる。雲海ギリギリの超低空を艦体を激しく左右に振って飛行するベルデル艦を、フリーデ艦が砲口を鮮やかな緑に輝かせて砲撃しながら猛追する。七条の光線が雲海に突き刺さる度に雲海の氷が蒸気となって噴き上がる。執拗に追いかけていたベルデル艦はしかし、後方への警戒が疎かになっていたらしく、さらに後方から追いかけていたベルデル艦のビーム砲のつるべ撃ちでたちまちのうちに爆発四散した。「その一方で、地政学的には大国からの侵略を受けやすい場所にあります。皮肉な話ですが、大国の支配下にあった方が逆にこの宙域は平穏なのかもしれないですね」「大国の支配がもたらすハリボテの平和か。それが当事者にとって、良いのか悪いのか」「少なくとも、地球とアマール国はそれを選びませんでした。古代さんは、『血を流してでも守らなければならないものがある』と言っていたそうですが」「そうだな。さすがに『服従するくらいなら死んだ方がマシだ』とは言わないが、抗いもせずに支配を受け入れるなんてゴメンだ」画面がひときわ明るくなる。大破炎上したフリーデ艦に衝角で貫かれたSUS戦艦が、大爆発を起こしたのだ。二人が会話を止め、しばしその惨状を注視する。2隻が互いに黒煙を曳きながら雲海の中に沈むと、爆発の熱で発生した蒸気がまっすぐと高く立ち昇る。それはまるで墓標のように、2隻がいた場所に残り続けた。爆発光が収まり、一旦訪れた沈黙を破ったのは、若手の二人だった。「艦隊司令は、どう判断するだろうな」「それって、この花火の中に突っ込むか、てことですか?」操縦桿を握る達也に応えたのは、席が一番近い優衣だ。「そこまでは言わないけど。敵に気付かれていない今なら、ここから全艦で波動砲を撃っても反撃されることはないだろう? だから、ここで一網打尽にするという判断もあるのかなって」ベルデル・フリーデ両国とは、移民船団を攻撃してきた時点で既に敵対関係になっている。さらに言えば、先の決戦で地球・アマール連合艦隊はSUS・ベルデル・フリーデ連合艦隊と一大会戦を戦っている。だからここで、波動砲の一斉発射で三国の戦艦を戦場ごと吹き飛ばしてしまっても、問題はないと言えばない。「馬鹿、俺たちの任務にはエトス星訪問だけじゃなくて、ベルデル・フリーデ国の切り崩しも含まれているんだぞ。攻撃なんてしたら台無しじゃないか」健吾が、厳しい表情を向けて二人をたしなめる。アマール国政府と地球連邦政府の情報交換により、大ウルップ星間連合の詳細についてはかなりのことが分かっている。いわく、大ウルップ星間連合はSUSが他国を武威によって纏め上げた同盟で、実質的にはSUSの一強他弱状態である。他の同盟国の国力・軍事力に大差はないらしく、たとえそれらが共闘してもSUSには適わない。そして、ベルデル・フリーデ・エトス・アマールの間には血塗られた戦争の歴史が積み重なっており、簡単には彼らを共闘させることは難しい、と。そこで次善の策として、両国を完全に星間連合から離反させて中立化し、SUSの力を削ぐことが考えられたのだ。「分かってるって。でも、あの様子だととても話を聞いてくれそうにないぞ?」「まぁ……少なくとも、あの人たちに言っても無駄っぽいですね」「む……それはそうだが」これには、健吾も反論できずに押し黙る。その様子を、篠田はじっと見守っていた。篠田が見る限り、アマール本土防衛戦以来、健吾は少し雰囲気が変わった。熱血さは少々鳴りをおさめ、任務に対して真摯にこなそうという姿勢が強くなったように思う。おそらく、アマール本土防衛戦のときのトラウマが彼に何かしらの化学変化を齎したのだろう。健吾が引き金を撃った波動砲が『マヤ Mk-Ⅱ』に反射された、あの時に比べれば、彼の目には生気が戻っているし、戦意も復活している。しかし、外見の復調が内面の回復を指すとは限らないのが、人間というものだ。《貴様は軍人として、上官である俺の命令で引き金を引いただけだ。これは俺の判断ミスだ。お前が責任を感じる必要は全くない》あのとき、健吾に対して南部艦長はこう言った。もしかしたら健吾は、無意識のうちにその言葉を心の支え――あるいは免罪符――にしている所為で、軍命に忠実であろうとしているのかもしれない。そうしていれば、彼は自分を責めなくて済むからだ。普段の会話では周囲の人間は気にしていないようだが、もしも彼の変化が周囲にマイナスの影響を与えるようならば、艦長代理としてなんらかの対処をしなければならないだろう。遠山健吾の宇宙戦士としての牙は、いまだ健在か否か。指揮官としての教育など受けていない自分が、部下を見極めることができるだろうか。彼らの会話に耳を傾ける篠田は、不安を隠して無表情だった。「艦長代理、SUS戦艦の一隻がこちらに向かってきます」「何?」そこに不意に割り込んできた真貴の声、篠田は視線をモニターに戻す。「被弾して戦域から外れた艦か……こちらに気付いて接近してきているわけではないだろう?」「はい、どうやら操舵不能に陥っているようです」艦の後背部から濛々と煙を吹き出しながら、こちらに向かって一直線にやって来るSUS戦艦。どうやら推進器をやられたようだが兵装に損害は無いらしく、主砲を後方へ向けて敵への射撃を続けている。「判断に困るな……このまま気付かないで爆沈してくれると助かるんだが。どうするよ、艦長代理?」「本艦だけが勝手な行動をとるわけにはいかないだろう? 艦隊司令の判断を待とう。遠山、念のため主砲の準備はしておけ。ただし、アクティブな測敵はするな。ギリギリまで秘匿しておきたい」「了解、第三艦橋に光学照準による射撃の準備を指示します」潜水艦モードの際は索敵、操艦、及び兵装の全てが第三艦橋要員によって運用される。ただし指揮系統の混乱を防ぐため、艦長は第一艦橋要員を通じて第三艦橋に対して命令をすることになっている。黒地に赤い発光体を点在させたデザインのSUS戦艦は、そこかしこに弾痕と火炎をまといながら緩降下するように雲海へと近づいている。明らかに大破炎上中だが、転舵する素振りも爆散する気配もない。これ以上近づかれると、SUS艦の進路上にある我々にも気づかれる可能性がある。かといって攻撃してしまえばそれこそ自分たちの存在を晒すようなものだ。この場合、半潜状態を解除して完全に潜航してしまうのがセオリーであり正解だ。しかし、事態の変化は彼らを悠長に待ってはくれなかった。「艦長代理、レーダーが新たな敵を感知! SUS艦を追ってフリーデ艦も降下、接近してきます! 距離53000宇宙キロ!」「なに?」再び真貴の声。もたらされた情報は、今度はより逼迫した状況を意味している。「さらにフリーデ艦2隻接近、SUS艦も来ます!」「おいおいマジでやばいんじゃないのかこれは、潜らなくていいのか!?」「落ち着け有馬、艦隊司令から命令は来てない!」「でもよ、健吾。5隻もやってきたら、さすがにバレるだろう? 早く何らかのアクションを起こさないと、発見されて敵に撃たれるぜ?」「フリーデ艦の1隻が進路を変更!」「射撃レーダーの電波を探知! 敵に発見されました!」「ほらな」「達也お前、よくもそんな平静でいられるな!?」2隻が併走してSUS艦を追っていたフリーデ艦のうち、右の艦が一気に高度を下げて前方の射界を確保する。射撃レーダーを発振させ、『シナノ』をはじめとする地球艦隊を次々とロックオンしていく。撃ってくるのは時間の問題だ。「庄田、『ブルーオーシャン』からはまだ何も言ってこないのか?」「はい。……いえ、来ました! 『ブルーオーシャン』より入電! 『潜航し、戦場を離脱する。接近中の敵艦は《ブルーオーシャン》が引き受ける』」報告と同時に送られてくるデータを、有紀が素早くメインパネルに映す。見れば、潜航・離脱後の集合地点を現わす宇宙図だった。「潜航して逃げるのは分かりますが……『《ブルーオーシャン》が引き受ける』とはどう意味なんでしょう?」外にハネた髪を揺らして、優衣が首を捻る。反応したのはやはり、第一艦橋の最前列に座る三人の男達だ。「こちらの存在に気付いた奴だけ沈めて、追手が来る前にトンズラするってことだろう?」「敵がほかの艦に通報してるだろ、絶対」「だから、潜航して逃げるんでしょうに。ワープしたら次元震の痕跡で行先がばれるかもしれないけど、ただ雲海の中を逃げるだけならばれにくいと思ったんだろう?」「あ、あの~」今度は後列の女子陣が割と大きな声で会話をし、「優衣、普通は離脱するときって旗艦が先導するものじゃないの?」「殿を務める場合もあるんじゃない? 船団護衛戦では私たちだって最後にワープしたじゃない」「『敵艦は《ブルーオーシャン》が引き受ける』って台詞、ついこないだもそっくりな台詞を聞いた気がするんですけど……。もしかして、ヤマトの真似をしたいだけなんじゃ?」「……すいませーん」最後に赤城と篠田が、「戦果が欲しいのか?」「第二次移民船団護衛戦では。あれくらいの敵艦は鎧袖一触だと見せつけたいんでしょう?」「誰に?」「俺たちじゃないですか?」「それじゃあ、お手並み拝見と行こうじゃないか。ブルーノア級戦闘空母の実力をな」「あれでも、本来の仕様よりは武装は弱いはずなんですがねぇ」「さすが宇宙技研出身、そういう情報に詳しいな。いったい、どこが違うんだ?」「設計段階のブルーノア級は主砲が10基30門ですけど、実際には艦橋後部に搭載予定だった七番・八番主砲が副砲に替わっています。つまり、三連装副砲は前後2基ずつで計12門ですね」「何故そうなったんだ?」「ブルーノア級の生産数縮小で、副砲が余ったかららしいです。主砲はスーパーアンドロメダ級と共通なんでいくらでも使う場所がありますが、副砲を持つ宇宙艦艇は少ないですからね。砲身はヤマト級や旧世代の巡洋艦も使うのでまだマシですが、砲塔自体はブルーノア級のみの特注品ですから」「だから主砲塔2基を他の艦に回して、ブルーノア級でしか使えない副砲塔を消化したわけか。耳の痛い話だ」「ヤマト級の装備も、現状では『ヤマト』『武蔵』『シナノ』『紀伊』の4隻しか使わないですから、生産効率の悪さはブルーノア級以上です」「艦長代理~?」と、冷めた目で旗艦の動きを推察していたのが早々に雑談に移った辺りで、篠田がようやく気付いた。「……あれ? さっきから一人余計に声が聞こえるような?」「あ、艦長代理もそう思います? 私も、聞き覚えのない声が聞こえたような気がするんですよ」「いやいや、幽霊じゃあるまいし……」「あの、聞こえてます~?」『!?』四度発せられた声が聞こえてきた方に、皆の視線が集まる。篠田の代わりに技術班長の席に就いてた長田啓志が、独りぽつねんと座っていた。唐突に任命された重要な役職に戸惑っている長田は、おどおどしながらも進言した。「離脱命令が出ていることですし、とりあえず潜りませんか?」「……」「艦長代理? ていうか、皆さん? どうされたんです?」『……キ』「キ?」『キェェェアァァァ、シャベッタァァァ!?』「ひぃっ!?」図らずとも揃った、健吾、政一、真貴、有紀の悲鳴。元来人見知りで臆病な性格の長田は、それだけで引き攣った悲鳴を上げてしまう。「何? 誰? 座敷童!?」「敵の工作員!?」有紀がパニックでヘッドホンを外して背後をきょろきょろと探す。中腰になって、今にもコスモガンを抜こうとしているのは意外にも真貴だ。それをポカンと口を開けて傍観していた篠田は「ああ、そういえば」と手を打った。「皆には言っていなかったな。彼が、俺の代わりに技術班班長として第一艦橋任務に就いた長田啓志だ」「言うの遅いッスよ!?」「てっきり艦長代理が兼任してるのかと思っていました」「みんなひどいです! 誰も話しかけてこないと思ってたら、認識すらしてくれていなかったなんて!」騒然とする第一艦橋の中で、「……え? 誰も彼がいることに気づいてなかったの?」長田の隣の席にいた優衣がボソリと呟いた一言は誰にも聞こえなかった。◇「潜水艦モード解除、主砲副砲左砲戦! 全砲塔を敵艦に向けろ!」『ブルーオーシャン』艦長にして遣エトス艦隊司令のルディ・ルーデンドルフは、艦体の反転と右回頭を命じる。露出している第三艦橋の魚雷ポッドを使わずにわざわざ主砲を使うのは、衝撃砲の威力と速射性を鑑みた点もあるが旗艦としての威厳を示すためでもある。「潜水艦モード解除、艦体傾斜もどーせー」「衝撃砲方位盤、作動開始」「連動装置セットよし!」「目標、接近中の敵戦艦、主砲射撃」航海長、戦闘班正副班長が呪文のように次々に発射シークエンスを唱える。一面真っ白だった視界が、回転する艦体が作る風で吹き払われる。鮮血を撒いたような朱い空が右舷側からせり上がり、乱戦の様子が正面舷窓から直接見えるようになってきた。『ブルーオーシャン』は回転しながら艦を浮上させ、水上艦のように上半身を敵に晒す。濃紺に塗装された艦体が、オレンジ色に染まる。スラスターが明滅してその場で右九十度の回頭を行うと、整然と列を為していた砲塔群が一斉に蠢きだした。艦橋を挟んで前後に並ぶ二列の主砲・副砲群。その左側に並んだ砲の、根本のカバーがレールに沿って外側に展開、砲塔が舷側へと身を乗り出すようにスライドする。右側の砲塔群は旋回盤ごとせり上がり、左舷への射界を確保する。左右の主砲で背負い式になる形だ。全ての砲塔が旋回し、ゆっくりと砲身に仰角をかけると、三連装主砲8基24門、三連装副砲4基12門、左舷側に指向可能な二連装副砲1基2門、計38門もの砲口が5隻の敵艦に向けられた。かくブルーノア級は艦種こそ宇宙空母であるが、地球防衛軍艦艇のどれよりも強力な武装を備えている宇宙戦艦でもある。全長450メートルの巨体に主砲24門、副砲16門の他に水平発射式対空ミサイル発射機24セル、水平発射式大型巡行ミサイル発射管14門、魚雷ポッド36門、その他多数の格納式対空パルスレーザーが搭載。大きさ、性能ともにアンドロメダ2級を凌駕する、地球防衛軍史上最強の艦だ。見た目は艦体の曲線が非常に美しい、戦艦の勇ましさよりも客船のような外見をしているが、第二次移民船団護衛戦では慣れない護衛戦に善戦虚しく船団壊滅の憂き目を見たが、その雪辱を晴らすべく5隻の戦艦を一撃で撃破せしめようというのだ。「一番手前の敵、距離48000宇宙キロ、目標ロックオン」「撃ち方始め!」「主砲、副砲、一斉射。―――発砲!」戦闘班長の号令一下、38穴の砲身の先端に青白い光球が現れ、ガラス工芸の吹きガラスのように膨らむ。しかしそれも刹那の間、次の瞬間には青白い閃光と化して宙空に放たれた。戦闘ブリッジから見えるすべてが、青く清浄な光に染まる。目に見えるすべての砲から衝撃砲が放たれる光景は、波動砲のような全身を揺さぶる衝撃こそないものの、強さと美しさを兼ね備えた輝きが圧巻の一言であった。茜空を切り裂いた38条の光線は文字通りの槍衾となって、5隻の敵艦に狙い過つことなく突き刺さった。まずはじめに餌食となったのは、一番接近していた手負いのSUS戦艦だった。副砲が撃った16発もの砲弾は、ある弾は艦体下部の固定ビーム砲を正面から穿ち、またある弾は艦首と艦体上部の主砲塔の基部を貫いて弾き飛ばし、そのまま艦橋構造物に命中した。メッタ刺しにされたSUS戦艦は命中箇所から断裂し、十七の破片と細かな屑へと姿を変えてバラバラと雲海へ落ちていった。手負いのSUS戦艦を追っていた3隻のフリーデ戦艦と1隻のSUS戦艦にも、それぞれ主砲2基6門が振り分けられる。先を行くフリーデ戦艦を6本の強力な光線が貫き、そのまま後続するフリーデ艦の1隻に命中して装甲を穿ち、削り取る。上部の幅広な艦体を貫通されたもう1隻のフリーデ艦の、破孔がみるみる広がって行くさまは霧を掻き分けるがごとく。たちまち弾火薬庫が誘爆を起こし、至る所から吹き出す火炎と熱波に包まれ、火の玉となって落伍していく。一番遠い距離にいたSUS戦艦も、例外に漏れずに狙撃される。54000宇宙キロという射程ギリギリで威力が減衰しているとはいえ、「一発敵主力艦轟沈」と謳われるほどの威力を誇るブルーノア級の主砲を6発も食らえばどうなるか。砲撃の最中にほんの少し方向を修正されたため、蒼い槍は僅かに反りの入った形状となって斬り掛かる。着弾した青刃は装甲をめくり上げるように削り、敵艦内部に入り込んで大きく抉る。青白い曳痕が全て消え去った後には、艦体上面を集中して破壊され、散り菊のような火花を吹き出すSUS戦艦の姿があった。機関部はまだ稼働しているようだが、艦の頭脳を破壊されたSUS戦艦は操舵を失い、迷走を始めた。まもなく、雲海を構成するがれきの一部となるだろう。全身に真っ赤な紅蓮の炎を纏って爆沈した。「全艦の撃沈を確認。こちらに向かって来る敵艦もありません。パーフェクトゲームです」「うむ」艦長は満足げに、しかし当然とばかりに鷹揚に頷く。圧倒的な威力を以て、反撃の暇すら与えずに一撃で一方的に敵を駆逐する。これが、本来のブルーノア級のありかたなのだ。自尊心を満たした艦長は、下令する。「ただちに潜航、微速にて戦場を離脱する。取り舵120度、下げ舵20」「司令、艦隊に合流後はどうなさるおつもりで?」「もちろん、エトス星に直行する。大ウルップ星間連合が完全に崩壊している以上、何が起こっても不思議じゃない。任務に支障が起こる前に、エトス星政府に接触する必要がある」「了解しました。雲海の中は暗黒物質の所為でレーダー・赤外線探査ができない。目視による対空監視を厳となせ」『ブルーオーシャン』が回頭しながらずぶずぶと雲海へと沈んでいく。450メートルの巨体が潜り込んだ後を追うように濃霧が流れ込み、巻き上げた石礫が掻き混ぜるが、それもわずかな間。すぐに、何事もなかったような凪いだ海が戻った。あとがきみなさんこんにちは。『ブルーノア』の波動砲を清掃中の夏月です。外伝14をお送りします。今回は、ただただ『ブルーオーシャン』の為の御話。せっかく復活篇の外伝をやってるんだし、ブルーノア級空母を旗艦にしているんだし、という義務感にのみ突き動かされてできた作品。スペック的にはヤマトを凌駕しているんだから、二次創作の中では活躍させてあげようと思いました。復活篇第二部の公開は当分先だろうし。しかし、いざ書こうとして分かったのですが、ブルーノア級は謎が多い艦ですね。画像は沢山あるのに、意外にも諸元がはっきりしない。なまじ300年後の未来が(微妙に)確定しているから、下手にオリ設定を混ぜるわけにもいかないのが大変でした。未完の作品(2520)だもんね、仕方ないね。というわけで、今回はここまで。次回は混迷編第二話でお会いしましょう。