【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』より《若者たち》】宇宙に上がった『シナノ』は「アマール」上空で低軌道上を周回しつつ、味方艦隊の到着を待つことになった。約一時間半の待機時間を利用して、篠田は艦長代理として艦内の要所を手早く点検して回ることにした。船の設計と建造、そして再就役に関わり、長年の間をクルーとして過ごしてきた篠田としては、『シナノ』は手塩にかけて育てた子供であり、幾度もの戦闘を共に駆け抜けた戦友でもある。新たな旅立ちにあたって修復され、また新たな兵器を搭載した『シナノ』を今一度、自分の目で確認しておきたかったのだ。南部から受け継いだ制帽とコートを身につけ、艦の指揮を遠山に託した篠田はエレベーターで第一艦橋を下りていった。「何度見ても、壮観だな……。」艦の中央、エンジンルームに辿り着くと、篠田は改めて感嘆の声を上げた。アマール由来の技術と金属パーツで補強された、4連装波動炉心コア搭載型波動エンジン。地球人類とアマール人類の間に生まれた、友好と絆の結晶。ドック入りしたときには赤錆びてうら寂れた様相を呈していた波動エンジンが、眼前のそれは磨きたての赤銅のような光沢に加えて要所に鈍い金色のパーツが追加されていて、さながら金継ぎの磁器のようだ。エンジンの周囲にはいつものように白地にオレンジの片碇のマークの制服を着た機関班員のクルーが取り付き、アナログ機械やらデジタル機械やらをあれこれ弄っている。オリジナルの航行用波動エンジンの制御装置が円盤状のアナクロメーターなのに対して、スーパーチャージャーブロックを挟んだ前部の攻撃用波動エンジンは液晶ディスプレイなのは、何とも時代の移り変わりを感じさせる。チラチラとエンジンに視線をやりながら制御室に入り、目的の人物に声を掛けた。「機関長。」「おう、艦長代理か。」袖まくり姿の赤城大六がこちらに気付いて、ディスプレイから目を離して体を向けた。「新人共の方は仕事できていますか?」「今のところは目立った失敗はしてねぇ。慎重なのか、手が遅いのが気になるが……まぁ、最初にしちゃ優秀な方じゃねぇか?」今しがた入ってきたばかりの制御室の扉から顔を出して、エンジンルーム内を眺めてみる。まだ成人にもなっていない若者たちが、恐る恐るながらも真剣な表情でエンジンの前に張り付いている光景は初々しくもあり、その一方で自分たちが新人だった頃のような鬼気迫る感じが見られないことに若干の不安も覚えた。俺たちのときは「自分が地球を救うんだ」という気概が体中からあふれ出ていたものだが、これが世代の差というものなのだろうか?「それは結構です。徳川の奴なんて、今じゃヤマトの機関長なんてやってますけど、最初に乗艦したときは波動エンジンの始動中に閉鎖弁じゃなくて非常停止装置のレバーを下げたらしいですよ?それに比べれば百倍マシです。」「あぁそうか、艦長代理は徳川と同期か。あいつ、しばらく見ねぇうちにムキムキの筋肉ダルマになってたよなぁ。」話しぶりからすると、どうやら赤城さんは最近徳川に会ったようだ。同じ機関班、そして年齢的に後輩にあたる徳川のことは気になっているのだろうか?「それに比べて俺は、だんだんと生え際のラインが上がってきててよ……。」―――おや、赤城さんの口調が段々としょんぼりとしてきたぞ?「あいつ、今の俺と同じ立場か……はぁ。」溜息とともに覇気まで体の中から吐き出してしまったかのように、顔がどんどん下がっていく。しまった、徳川の話題は地雷原だったか?「いやいや、遠い目をしないで下さいよ。俺は南部さんに赤城さんの方が良いって言いましたからね?艦長代理を固辞したのは機関長ですからね?」「そうだよな……何で俺、カッコつけてあんなこと言っちまったんだろう……。」「ああ、機関長のテンションが!しっかりしてくださいよ赤城さん、これから出撃なんですから!」どんどん表情が暗くなっていく赤城をおだてるのに、予想外に時間が掛かってしまった。「で、エンジンの調子は?」ようやく鬱状態から戻ってきた赤城さんに、篠田は改めて問いかける。赤城は、優しい目線を窓の外のエンジンへと向けた。「ああ、以前のじゃじゃ馬が嘘のように大人しい。まるで仔馬の頃から育てて来た従順な愛馬のような、俺達の思い通りに動いてくれるようになったぜ。」「やはり、アマリウムのおかげですか?」「間違いなくな。」篠田もエンジンへ、金継ぎされた部分を見る。アマリウムとは、アマール国が偽りの平和の代償としてSUSに提供していた、惑星「アマール」のみに存在する希少金属の事だ。アマール人は別の名前で呼んでいるらしいが、地球人はとりあえず「アマール由来の鉱物」と言う意味でアマリウムと呼んでいる。いかなる原理と技術なのかは理解しきれていないが、アマリウムでコーティングされた波動炉心およびエンジンブロックは、以前よりも波動エネルギーの制御と誘導の効率が飛躍的に改善され、結果として炉心の強度が向上したのと同じ効果を得る事が出来た。この原理と技術を応用すれば、衝撃砲や波動砲の収束率、ブルーノア級宇宙空母に装備されているホーミング波動砲の誘導精度の向上につながるだろう。『武蔵』のトランスドライブシステムに依らない過剰収束モード波動砲も夢じゃない。そのあたりは今後、地球とアマールの間で共同研究が進めば順次実現していくのかもしれないが、今はエンジンの安全性が増しただけで御の字だ。いかにも突貫工事でツギハギな外見も、今は目を瞑るしかない。「それは安心しました。今度の航海は、無事に済みそうですね。」「ああ。それでこそ、死んだ奴らも浮かばれるってもんだ。」言い終えてから赤城は「しまった」という顔をした。赤城の言う「死んだ奴ら」とは、一ヶ月前のアマール本土防衛戦で戦死した機関班員のことだ。それも敵要塞の攻撃ではなく、過剰収束モードの反動で砲口から波動エンジンまでの一部が破損した際に、漏洩した波動エネルギーを浴びて跡形も残さず消滅してしまったクルーのことだろう。篠田の沈黙に動揺した赤城は、バツが悪そうに言葉を濁す。「あー、まあ。だからその、何だ。次に過剰収束モードを撃つことになっても安心しろ。今度はちゃんと手綱を握って押さえつけてみせるからよ」「なら、期待しています。」赤城をおだてた手前、自分が落ち込む訳にはいかない。篠田は笑って取り繕おうと思ったが、顔の筋肉がうまく動いてくれなかった。「南部さんも、いつもこんな気苦労をしていたんだろうか?」そんな感想を心の内に抱いたまま、篠田は次の目的地である中層格納庫兼第二飛行甲板、あるいは下層飛行甲板とか発艦用甲板と呼ばれている場所へとトボトボと歩を進めた。一歩入った瞬間、まばゆい光と喧騒が篠田を包み込む。飛行甲板ではすでに発進待機15―――命令があってから15分以内に発艦できる態勢―――への準備が始まっていた。大気圏離脱のときには安全のために機体格納スペースに収納されていた艦載機が、次々と天井クレーンで引っ張り出されて中央の飛行甲板に出されていく。その姿は、普段見かける姿に比べてこじんまりとしている。コスモパルサーは格納時には主翼が根元から90度上方へ折り畳まれるほか、機尾が外され、コクピットを含めた機首部分も背中側へと折り返せる構造になっている。さながら首を両翼の間に埋めて眠るハクチョウのようだ。そんな姿のままクレーンに吊られているのだから、その様子は―――例えは悪いが―――北京ダックそっくりだ。甲板に着地したコスモパルサーは整備員の手で、畳んでいた両翼と首をゆっくりと伸ばされる。オレンジ色の制服を着た整備員がラダーを抱え、ごつい重宇宙服を着た整備員が工具箱を、あるいは太い給油ホースや電源ケーブルを脇に抱えて駆けより、機体に取り付いた。甲板脇の弾火薬庫からカートに乗せて運ばれてきた三角柱状の対空ミサイルが、クレーンで吊り上げられて主翼上面へと運ばれる。既に翼面で待機していた整備員がクレーンをゆっくりと誘導して、3発のミサイルをパイロンへすばやく取り付けていく。主翼下面でも同様に、対空ミサイルと魚雷の取り付けが急ピッチで進む。コスモタイガーよりもはるかに推進力と積載重量が向上したコスモパルサーは、片翼に対空ミサイル7発と魚雷2発を懸吊することができた。甲板に引っ張り出されたのは一個飛行隊20機、その中で最優先で武装を施して発艦に備えるのは、戦闘空中哨戒に出る4機。固定武装のパルスレーザーおよび機関砲の他には片翼に対空ミサイル7発と魚雷2発で、機動性を重視した標準装備だ。後方ではまだ翼を広げていない16機が下り立ち、同じく整備を受けている。こちらはコスモパルサーのバリエーション機で、状況の変化に応じて援護に出ることになっている。4機が高性能炸裂弾を搭載して重爆撃機『彩雲』、4機が大型パルスレーザー砲6門を搭載した重戦闘機『紫雲』、4機がマルチロールタイプである『雷雲』―――左右の大型爆撃ポッドとパルスレーザー2門を搭載―――へとなる予定だ。そして最後の4機の両脇には、今までヤマトにしか配備されていなかった超弩級の“新兵器”が、パイロンに懸吊されるのを待っていた。作業の邪魔にならないように、頭上を巨大な影が横切るたびに頭をすくめながら、篠田は飛行甲板の端を通る。今もまた大きな影が篠田を覆い、見上げればコスモパルサーのシルエットが頭の数メートル上をゆっくり通過していった。再就役後のヤマトの艦載機格納庫は、中央の作業甲板と壁際の機体格納スペースの一段目がフラットになっていて、一段目に格納されている機体がクレーンを使わずにドーリー台座で引き出せる。対して『シナノ』のそれは、第二飛行甲板と機体格納スペース(『シナノ』の中層格納庫は格納スペースが一段しかない)との間に一階分の空間があり、艦中央と艦尾を繋ぐ連絡通路、弾火薬庫や受令室が入っている。したがって飛行甲板の端を歩くと、天井クレーンで吊るされたコスモパルサーの真下を通るのだ。ひやひやしながらも『シナノ』航空隊を統べる加藤四郎隊長を捜して、第二飛行隊受令室に顔を出す。だが、あいにくと不在だった。航空機管制塔最上階の第一受令室にいるのだろうか、と思考を巡らせていると、「やっと来たか、艦長代理!」背後から掛けられた軽い声に振りかえると、そこには黒地に黄色の碇マーク。航空隊の懐かしい宇宙服を着た、懐かしい顔がそこにはあった。【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《大志》】「おお、坂本!元気か!あいかわらず角刈りだなおまえ!」固い握手を交わして久しぶり、と笑顔を向け合う二人。二人は徳川や北野、椎名と同期の桜だ。先の戦では互いの予定が合わず、同じ艦内にいながら会うことができなかった篠田と坂本茂だったが、篠田が艦長代理になったことで逆に時間の余裕が生まれて、こうして会うことが出来たのだ。「おう、元気だとも!ちっとも会いに来ないで、この野郎!」と、すばやく背後に回った坂本が、篠田の頭を自分の左脇に抱え込む。「いてて、ギブ!ギブ!ていうか俺、今は艦長代理だって!」「うるせえ!この、この!」「あら、篠田君?」坂本にヘッドロックをかけられているところに、再び懐かしい声。顔を上げれば、宇宙戦士訓練学校を卒業した頃と変わらない、クールビューティーの椎名晶がいた。「お、椎名もか!久しぶりだな!」「ええ、久しぶり。といっても、私達は貴方の訓示を見ていたけどね。カッコ良かったわよ?」互いに三十を越えて、彼女も相応に年期と人生経験を重ねた相貌をしているが、パイロットと女らしさを兼ね備えた適度に筋肉がついた肢体は、宇宙戦士訓練学校を卒業したときよりも妖艶な色気すら感じる。密着したパイロットスーツから伺えるボディラインは、記憶の中の彼女と変わっていないように思える。「大した話はしてなかったと思うけど、同期の奴に演説を聞かれるのは恥ずかしいな。」「そんなことない。南部艦長にも負けていない艦長ぶりだったわ。」ようやくロックから抜け出した篠田が、椎名も再会の握手を交わす。訓練学校時代の同期の桜に二人も再会できて、篠田は思わず頬が綻んだ。その後、場所を第二受令室に移した三人は互いの近況を報告し合ったりして、久々の再会を楽しんだ。三人の目の前にはコーヒーカップ。コーヒーを一杯飲み干すだけの短い時間だったが、篠田は20年前の頃に戻った気分になっていた。「そういえば、今回の航海の行き先がエトス星って言ってたけど……、本気なの?」声を低めた椎名が尋ねる。坂本も、熱が冷めたように緩んでいた表情を引き締めた。「ああ、そうだ。俺もそれを聞きたかったんだ。エトス星って、星間国家連合の加盟国なんだろ?何でそんな火中の栗を拾いに行くようなことになってんだ?」いる?とコーヒーサーバーを掲げる椎名に頷いて、カップを差し出す。トポトポと真っ黒なブラックコーヒーを注ぐ椎名の仕草を、篠田は「手慣れてるな」と益体もない感想を抱いた。「今のところ、パイロットや整備員の中に口に出して不満を表す人はいないけど、あの演説だけじゃあ、納得しきれないわ。きちんと全部説明してくれないといずれ、不安や不満が内出血のようにじんわりと艦内に染み出してくる。」がらっと雰囲気が変わってしまった二人に、小さく溜息をつく。再会を喜ぶ雰囲気が吹き飛んでしまったことを残念に思いながらも、篠田は艦長代理として口を開いた。「さっきも訓示で言ったが、エトス星へ行く目的は偵察任務だ。星間国家連合がアマールから撤退してから、もう一ヶ月が経つ。そろそろ敵も新たな動きを見せてもいい頃だ。俺たちはそれを探りに行く。」これは半分嘘だ。彼らには話せないが、実のところSUSはとうの昔に銀河系から―――この次元から、撤退している。南部さんの情報によれば、ヤマトがSUSの超巨大要塞を撃破した際に、SUSの指揮官らしき人物が古代さんたちの前に突如として現れ、その正体を晒して自らの故郷―――次元の狭間の向こうへと還っていったという。そして、どうやらその指揮官というのが、大ウルップ星間国家連合連絡会議の議長らしいのだ。その情報が本当ならば、少なくともSUSの中枢はすでにこの次元宇宙には存在していないことになる。星間国家連合の要がいない以上、星間国家連合になんらかの変化が生じている事は想像に難くない。―――が、これは上層部しかしらない機密事項。知っているのは参謀本部をはじめとする上層部と、エトス星に行く艦の艦長だけだ。「だからって、わざわざ敵の懐に飛び込まなくても。遠くから観測するだけじゃダメなの?ほら、『武蔵』の超長距離探査とかで。」椎名が切れ長の目をさらに細くする。何か腹に抱えているものがあるなら洗いざらい吐き出せ。彼女の視線が露骨にそう言っているが、睨まれても言えないものは言えないのだ。湯気を揺らすコーヒーカップに視線を落とし、慎重に言葉を選んで口を開いた。「もちろん、考えなしでエトス星に行くわけじゃない。南部艦長の話じゃ、エトス人類は他の星と違ってエトス士道という独自の軍人観を持つ、地球人類やアマール人類に近い精神構造を持っているそうだ。」「……俺たちと似ているから、いきなり撃たれはしないだろうってことか?安直だなぁ。」「たとえそうだとしても、彼らが敵であることには変わりないわ。しかも敵の本国にいきなり乗りこむなんてことをしたら、誰だって警戒するわよ。」「それについては俺も同感だが。」篠田も肩をすくめて同意する。ふたりの言うことは正論だ。まともに考えれば、誰だって行くのを躊躇うに違いない。要であるSUSの消失が星間国家連合という存在にどう影響を与えたのか、それは未知数だ。穏便な方向に政策転換したかもしれない。加盟国同士で内戦が起きているかもしれない。あるいは、エトス星だけが離脱したかもしれない。どの未来が起きているのかは不明だが、それでも地球連邦政府は考えたのだ。エトス星なら、こちら側についてくれるのではないか、と。「それに、ゴルイ提督には借りがある。坂本も、エトス艦隊がSUSと差し違えたのは見ていただろう?」「まぁ……たしかに。」「アマール人と地球人にとって、ゴルイ提督は恩人だ。彼の最後を伝えるという名目ならば、接触するすることは可能じゃないかと、上層部は踏んだわけだ。」そう、今回のエトス星行きは、将来に地球とアマールがエトス星と軍事同盟を結ぶ可能性を睨んでの、地均しみたいなものだ。ゴルイ提督という共通の話題を使って先方と接触し、地球側に侵略の意志がない事を知ってもらう。その上で星間国家連合の現状について聞き出せればよし、和親条約なり不可侵条約を結べれば御の字だ。「まぁ、虎穴に飛び込むような暴挙であることも事実だ。だから『シナノ』は、修理と並行して新兵器も搭載してある。万が一に備えての準備は万全だ。」そう胸を張る篠田は、自信ありげだ。しかし、それを見た二人はなお一層半目になって呆れた視線を送った。「新兵器……ああ、あんなものがあったのはその所為か。」坂本が何かに納得したように天井を仰ぐ。「……私、この船に乗るのは一ヶ月ぶりなんだけど。」自分のカップに二杯めのコーヒーを注いだ椎名が疲れた声で言う。「ああ、ずっとドック入りしてたから、地上の基地に一時的に移ってたのか。」母艦がドックにいる間、暇になった航空隊は地上の航空基地を間借りさせてもらう。通常、戦闘機のパイロットには月ごとの飛行ノルマが設定されていて、一ヶ月の間に一定時間のフライトをこなしていないといけない。パイロットとしての腕が落ちたり勘が鈍ったりしてしまうからだ。『シナノ』に正規の乗組員が戻ってきたのは今日だから、確かに一ヶ月ぶりになるだろう。「以前は、あんなモノなかったと思うけど?」サーバーをコーヒーメーカに戻した椎名は、視線を左の飛行甲板へ滑らせる。彼女に誘導されて振り向くと、受令室の窓。その向こうには、主翼に対空ミサイルを取付け中のコスモパルサーと、両脇にある“新兵器”が懸吊され留予定の追加翼。追加翼の端にはさらに対空ミサイルが5発ずつ取り付けられている。ああ、なんだあれのことか。ブラックのままコーヒーを一口すすった篠田は、当然のことのように言った。「超重装備用の追加ポッドだが、何か?」「何かって、こっちが聞きたいわよ。先週になって突然アレの仕様書を渡されて、びっくりしたわよ。」「一応目は通したけど、あれは武器なのか?どうみても岩盤掘削用の工作機械だろ、あれ。」そういってふたりは新兵器―――ドリルミサイルを疑いの目で見る。武器じゃなきゃ、コスモパルサーに搭載したりしないだろうに。とは言え、坂本のいうとおり見た目はただのドリルだから、不審に思うのも仕方ないことではあるが。「何を言うか、あれはガミラスも使っていたれっきとした決戦兵器だぞ。魚雷や爆撃ポッドでも貫けないような重装甲をドリルで文字通り“穿ち進んで”、内部で爆発する兵器だ。それに、新兵器はあれだけじゃない。」篠田の指差す先、4本のドリルミサイルの隣には、紫雲のパルスレーザー砲よりも一回りも二回りも大きい砲身とエネルギー弾倉、5発の対空ミサイルが装着済みのパイロンが付属されている、円筒形の増設エンジンが2基。全て装着したらサイズは彩雲と同じくらい、重さは彩雲を上回るはずだ。「仕様書にはショックカノンってあったけど……。」嘘よね?と言いたいのだろう。椎名の気持ちは分からなくもないが、仕様書に書いてあることに嘘偽りがある訳がない。篠田はかぶりを振って、椎名の憂いを肯定した。「威力は第三世代の巡洋艦程度だけど、間違いなくショックカノンだ。パルスレーザーの紫雲より火力が強く、一発限りの彩雲よりも継戦能力に優れた対艦攻撃機を目指して開発されたんだが……。」「4発しかないドリルミサイルにやたら多い対空ミサイル、性能が中途半端なショックカノン……コスモパルサーの強みである機動性が著しく失われている割には性能が中途半端で、使い勝手が悪そうね。」やっぱりそうだよね、と篠田は肩を落とす。「そもそもアレは、ショックカノンのみを搭載した砲撃バージョンと、ドリルミサイルのみを搭載した雷撃バージョンに分けて運用するのが正解なんだよ。」ちなみに今組み立てている4機は、ブラックホール199での移民船団護衛戦でヤマトが試験運用した、超重装備バージョン。いずれまだ正式名称は決定していないが、砲撃バージョンが『瑞雲』、雷撃バージョンが『狂雲』、超重装備バージョンが『暁雲』となる予定だ。「だったらニコイチしないで、最初から2種類を2機ずつにすりゃいいじゃねぇか。」「安全圏にいる今の内に、こいつのデータだけは採っておきたいんだよ。実際の戦闘で使うは、紫雲と彩雲がいいところだな。他のバリエーション機はいずれも一長一短で、実戦での使いどころが難しくて困ってる。」雷雲は爆走ポッドを投下した後も、パルスレーザー砲を撃ち尽くすまではマルチウェポンラックを切り離せないため、使い勝手が悪い。瑞雲、狂雲は要塞攻略に特化した機体で汎用性に乏しく、暁雲は火力こそ申し分ないが速度も機動力もないドン亀だ。移民船団護衛戦のような背水の陣でもないかぎり、貴重なパイロットを乗せてむざむざ戦死者を増やすような真似はしたくない。「使わない装備で艦のスペースが圧迫されるけど、それしかないでしょうね。」「だな。」坂本と椎名、二人して深い溜息をつく。篠田は、こうしている間にも整備員の手で着々と組み上がっていく超重装備バージョンをもう一度良く見て、二人に確認した。「パイロットの二人から見ても、やはりあれは駄目か?」「ショックカノンかドリルミサイルか、どちらか一方なら乗ってもいいが、アイツは御免蒙りたいね。篠田が乗る分には止めないけどな!」「制空権が確保されていて、動かせる機体が一機しかなくて、なおかつショックカノンとドリルミサイルじゃないと突破できないような分厚い壁を突破しなきゃいけないって状況だったら、篠田君が土下座したら乗ってあげてもいいわ。」「二人ともひでぇな!」そう言って突っ込む篠田と、笑う坂本と椎名。それはかつてあった、あるいはあったかもしれない光景。篠田はふたたび始まったとりとめもない会話の向こうに、20年前の記憶を幻視していた。3人だけの同窓会は、この後ももう少しだけ続くのであった。あとがきみなさんこんにちは。結局ユリーシャが岬百合亜に憑依した理由が分からないままな夏月です。外伝12をお送りします。イスカンダルでスターシャが古代守の記憶を光の玉に保存するという芸当をやってのけていることを考えると、他人または自分の人格や記憶を移譲させるという特殊能力が、イスカンダルの王族には備わっているのでしょうか?なら、沖田艦長の魂を光の玉にした古代守は……?さて、今回はもっぱら新兵器紹介と同窓会。新兵器とはいっても本編未使用の兵器であって、『HYPER WEAPO2009』および『小林誠2012年カレンダー』を所持しておられる方なら「ああ、あれか」と理解していただけるかと。ウィキペディアにも多少は情報がありますので、そちらも参照してください。本作の裏テーマである「未使用兵器の供養」、いまだ健在なり。坂本、椎名とのシーンは、「主人公と同じ世代で本作でいまだろくな登場の仕方をしていないキャラを活躍させてあげよう」というコンセプトの元、誕生しました。そのうち北野も登場させてあげたいところです。それでは次回、遠征編第十八話でお会いしましょう。