【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト2199」より《絶体絶命》】万策尽きた決死隊は文字通りの満身創痍、どの艦の艦体も乗員も傷だらけの状態だった。限界を越えた波動砲過剰収束モードによる発射の反動が、艦首の最終収束装置、空っぽになったリボルバー式波動炉心に亀裂を発生させる。波動エネルギーが亀裂を突き破って外へ漏れ出し、あるいは波動伝導管を逆流して波動エンジンに流れ込んだ。艦首魚雷庫や舷側ミサイルの弾薬庫が引火し、分厚い装甲板を吹っ飛ばして爆炎が上がる。敵の衝撃砲によって穿たれた穴から黒煙が噴き出し、艦を覆い隠す。炎の濁流は乗員を片っ端から飲み込んで艦内を駆け抜け、ついには艦後部の飛行甲板や格納庫に姿を現した。狭い空間から広い格納甲板に躍り出た炎は、そこにあった大量の酸素、そして大気圏突入の為整備途中で放置されたコスモパルサーの航空燃料と反応して、文字通り爆発的な力を得る。兵員待機室のドアが吹き飛び、ガラスが木っ端微塵に砕け散る。室内にいた整備員およびパイロットは宇宙服を着ていたが、襲いかかる爆風は彼らを鯨飲していった。艦尾の気密シャッターが見えざる拳の連撃を食らったかの如くあちこちが凹み、生じた隙間から更に空気が補充されて滅びの炎はさらに勢いづく。艦が力なく落下していくその間にも、『マヤMk-Ⅱ』からの砲撃は艦を小突きまわす。そんな中、ただ一箇所だけ蹂躙を免れた個所があった。第三艦橋。近代化改装後も下部兵装の管制および予備艦橋としての役割を与えられているこの設備は、ヤマトの後継艦にしては珍しいことに一発の着弾も無く健在であった。「第一艦橋!第二艦橋!どこでもいい、応答して!」高野明日夏は、恐怖と焦燥に心臓が潰れそうな思いをしながらも、一縷の望みをかけてマイクに向かって叫び続ける。第三艦橋は図らずしも下部一番砲塔が盾となって、敵大口径砲の直撃を免れていた。だが、むしろそれが故に、雨霰と降ってくる敵の攻撃の中に晒されていることにこれ以上ない恐怖を感じていた。「お願い、誰か、誰か返事を……ぐす、ひっく、助けて!」堪えていた涙が頬を伝うと、抑えていた感情が溢れだす。部下の前で精いっぱい張っていた虚勢が剥がれ落ち、第三艦橋を統括する宇宙戦士から22歳の女の子に戻っていた。更なる衝撃に肩を震わせ、固く目を瞑る。下部一番主砲は数十発もの砲弾を浴びて、既に鉄屑と化していた。右砲は先端がひしゃげ、中砲は根本から折れて天―――この場合は下方だが―――を向き、左砲は千切れ飛んでしまって用を成さなくなってしまっている。外見は改装前のまま、中身は再就役後のヤマトと同じく高度に自動化と省力化が進んだ設備に変貌を遂げた第三艦橋。4人いる部下―――いずれも女性ばかりだ―――も恐慌状態に陥っており、被弾の衝撃の度に悲鳴が上がる。その中でも高野は最後まで指揮官然としていたが、主砲の天蓋が弾け飛ぶのを目の当たりにしてついに決壊してしまっていた。握りしめていたマイクを手放した高野は、そのまま崩れ落ちて操作台に突っ伏して嗚咽を漏らす。さもあらん、お互いに銃を撃ちあっている際に感じる恐怖と、一方的に銃を眉間に突きつけられる恐怖では、比べ物にならない。「もういや、死ぬのは嫌…克人ォ…。」衝撃の度に埃が舞い、ギシギシと建てつけの悪い家の様な不安げな軋み音が鳴る。艦底から吊り下げられている第三艦橋特有の現象だが、目を真っ赤に腫らして泣いている高野には、ただただ恐怖心を煽るものでしかない。「克人…助けて、克人……!」高野はうわごとの様に助けを請う。絶望に塗り潰された心に浮かぶは、将来を誓い合った恋人の名前。第二次移民船団にスーパーアンドロメダ級戦艦のクル―として参加し、行方知れずになった男の名前だ。『誰に助けを縋っているのか知らないが、その前に右に避けろ。そこからでも操艦はできるだろう?』「………へ?」だが、高野の走馬灯はどこからか聞こえてくる思いがけない言葉に中断された。『おい貴様、聞こえているのか!さっさと右に避けなって言ってんだよ、流れ弾に当たって死ぬぞ!?』「だ、誰ですか?」『戦艦《ネトロン》艦長のクリス・バーラットだ!分かったら艦をどかしな!他の艦はとっくに退避を始めてるんだ!』「でも、操艦は第一艦橋で航海長が、」『そっちが音信不通だから第三艦橋に通信してんだよ!今はアンタが最先任だ!アンタが艦を動かすんだよ!』強い口調で命令された高野は、ようやく状況を飲みこんだ。ここから第一艦橋に通信が繋がらないように、他艦からの通信にも応答していない。艦の頭脳である艦橋に深刻なダメージが発生しているのだ。「わた、私が、艦を…?」思いがけない言葉に、高野は狼狽する。たしかに自分は第三艦橋を統べる立場にあり、緊急時には艦を操縦する権利を有している。とはいえ、私が『シナノ』を操縦したのはシミュレーション上だけのことだ。訓練でも本物の操縦桿を動かしたことはないし、システムを起動させたこともない。そんな私に、ぶっつけ本番でできるだろうか?『そうだよアンタしかいないんだ!時間がない、もうすぐ着弾するぞ!!流れ弾が当たっても知らないぞ!』今一度強く諭された高野は、頬に流れた涙を両手でごしごしと拭って唇を真一文字に結ぶ。内心の動揺を抑えながら、恐怖心を飲みこんで頷いた。外がどうなっているかは、意識して見ないようにした。「高野、操艦を受け取ります!」誰に聞かせるでもなく、自らの決意を宣言する。ディスプレイ前のテーブルが、戦闘班長席の波動砲トリガーと同じ仕組みでポップアップする。高野の前に現れたのは、コスモパルサーのそれと共通規格ながら、遥かに多くのボタンが取り付けられている、レバー・ボタン一体型ジョイスティック。航海長席にある操縦桿を大幅に簡略化した予備操縦桿だ。元来非常用ゆえ機能の多くがオートマチック化されており、航海長が行う操舵に比べて大味な操作しかできないのが難点だ。同時にディスプレイの映像が操舵モードに切り替わり、操縦系統各所のステータスが表示される。「攻撃用波動エンジン緊急停止、航行用波動エンジン稼働率20%、右主翼大破、左主翼稼働率低下、磁力アンカー喪失、姿勢制御翼全損、艦首スラスター群全滅、健在なのは艦尾スラスターのみ……絶望的ね。」大気圏内での航行に便利な二枚の主翼、四枚の姿勢制御翼がほとんど使い物にならない。宇宙空間での転舵に使うスラスターは、敵に正対していない艦尾スラスターのみ。それでも、やるしかない!「面舵一杯!」指の背が涙で濡れた右手で操縦桿をしっかりと握り、右に傾ける。限界までスティックを傾けたことで艦尾スラスターがオートで作動し、ドリフトの要領で艦首が右に振られる。左主翼が甲高い軋み音を上げ、つっかえつっかえながらエルロンが下がる。もどかしくなる遅さで艦体が右に傾いて、緩い坂道に置かれたボールの如く、ゆっくりゆっくりと『シナノ』は右回頭を始めた。その間も、『マヤMk-Ⅱ』の弾幕は容赦なく艦を小突きまわす。艦が正対から右構えに移ることで、今まで下部一番主砲の陰で守られていた第三艦橋も敵に左舷を晒すことになるのだ。艦首方向から流れてくる黒煙に大穴を空けて、赤い光芒が降りかかってくる。夕陽よりも眩しい紅色の光が第三艦橋に差し込んできだ瞬間、ひと際大きな衝撃が第三艦橋を襲う。「……!!」閃光と振動に、思わず目を瞑る。根元から千切れ落ちるのではないかという激しい衝撃はしかし、直前で左に逸れて第三艦橋から左右に張り出していたウィングを一瞬で蒸発させた。「キャアアアッ!!」四人の部下の悲鳴が、大気を斬り裂いたビームが生みだす爆音にかき消される。敵の衝撃砲が至近距離を通過するたびに、熱せられた空気が膨張し、衝撃波が至近距離から第三艦橋を襲うのだ。絶え間ない砲撃は苛烈を極め、光線が5発、10発と小さな艦橋を掠めるたびに、ときおりもげ落ちるのではないかと思うような大きな揺れが高野を翻弄し続けた。―――しかし、艦がバラバラに砕けるまで続くかと思われたエネルギー弾の暴風雨は、唐突に止んだ。赤い閃光に代わり、深海のような青い閃光が窓ガラスから差し込んできたのだ。間もなく空が熟柿の実の色に戻ると、そこには敵要塞の衝撃砲が曳く鮮血のような光の束は無く、ただただ水平線に沈みつつある日が齎す柔らかな斜陽だけがあった。轟音も衝撃も無い時間が五秒、十秒と過ぎる。誰もが突如訪れた沈黙を訝しがり、顔を伏せて恐怖に怯えていた部下達も恐る恐る辺りを窺い始めた。「何が……?」高野は硬化テクタイト製の窓ガラスの向こう側を凝視する。敵要塞は太陽を背にして『アマール』本星に降下してきていた。全高400メートル以上もの巨大要塞の魁偉な姿が、十字架のような影となって見えていたのだが……「敵要塞が、消えてる?」そこにあるのは、一点の曇りも無き、上下天光の夕暮れ。卵色の太陽が海面を照らし、金波銀波の織りなす光の帯は、まるで錦絵のよう。月をも吹き飛ばす威力の波動砲を、過剰収束モードでバーゲンセールのように大盤振る舞いに乱れ打っていたのが嘘のようだ。「助かったんですか、私達……?」「分からないわよ、私にも。敵がいないはずないんだけど……。」部下の呟きにも似た問いに、高野は眉を顰めたまま答える。そんなことは、こちらが教えてほしいぐらいだった。「レーダーに反応は?」「それが、レーダーは砲撃ですべて破壊されてしまって、ブラックアウト状態です。」「赤外線は?エネルギー反応は?ワープアウト反応は?」敵を検知する手段を思いつく限り問うても、部下は「お手上げです」と言わんばかりに首を振るばかり。「目視で探すしかないってわけね?」茜色の太陽光に目を眇めつつ、視線を左右に巡らせて、どこかにいるはずの中型要塞を探した。惑星『アマール』の太陽、恒星サイラムは地球のそれと同じ主系列星で、海の中にゆっくりと沈みゆく姿は15000光年の彼方に置いてきた思い出と寸分変わらない。暮れなずむ『アマール』の城下街は、上古の時代の地球を再現したかのようだ。どこか懐かしさを感じる『アマール』の夕焼けを、しばし眺めた。遊覧飛行と錯覚しそうなのんびりとした風景に、ここが戦場であることを忘れそうになる。「………私達、今まで戦ってたんですよね?『アマール』の命運をかけて。」「私も今、同じことを考えていたわ。何もかもが夢まぼろしだったんじゃないか、て思えるくらい……綺麗な景色だわ。」「でも、あれは夢なんかじゃないですよ。ほら、あそこにコスモパルサーの編隊が見えます。」「ええ、分かっている。でも、それじゃあ要塞はどこへ行ったの?」高度を高くとって大きく旋回するコスモパルサー隊は、戦闘機動をとる気配は見られない。名残惜しそうにその場でゆっくりと一周すると、銀色の翼を翻して、機首を高く上げて大気圏から離脱するコースを取り始めた。まるで、黄昏時に烏が森へ帰るかのような、長閑な光景だ。『《シナノ》、こちら《ネトロン》。まだ生きてるか?』「バーラット艦長!」今度は自信たっぷりの表情で、クリス・バーラットがディスプレイに現れた。一仕事終えたとばかりにシガレットの煙を美味そうに吸い込み、紫煙をくゆらせる。「これより我ら支援艦隊は、衛星軌道上まで戻り、警戒態勢に移行する。後のことは任せたよ。」言いたいことだけを一方的に言いきって通信を切ろうとするバーラットに、高野は慌てて食い下がる。「ま、待ってくださいバーラット艦長!敵は、敵要塞はどうなったんですか!?」「はぁ?見てなかったのか、お前?」目を丸くして心底驚いたという表情をしたバーラット。しかし、何か得心がいったらしく、乗り出していた身をイスに収めると、噛んで聞かせるように穏やかな声で告げた。「そうか、アンタは操艦に手いっぱいで外を見る余裕なんてなかったのかもしれないね……安心しな。『マヤMk-Ⅱ』は私達が撃ち落としたよ。波動カートリッジ弾でな。」そう言って無邪気な表情を浮かべるバーラットに、高野達第三艦橋の面々は暫し茫然とした表情のまま凍り付いていた。遠山健吾side【推奨BGM『機動戦士ガンダム MS IGLOO』より《兵士たちの故郷》】地球人類とアマール人類の命運をかけた戦いから、6時間が過ぎた。『マヤMk-Ⅱ』が爆発した音が今ごろになってこの地にやってきて、殷々と夜空に響き渡っている。はるか100キロメートル超の距離を渡ってきた轟音はその旅路の中で波長が間延びし、汽笛を思わせるおどろおどろしい超重低音に変わっている。それは送葬曲の調べのようでもあり、悲鳴もあげずに死んでいた敵が叫ぶ怨嗟の声のようでもあった。頭上には星。地球から仰ぎ見る夜空とは全く違う星座が、満天の夜空を彩っている。沈没艦の乗員救助活動の護衛と敵増援の警戒を兼ねて水雷戦隊と戦艦部隊が今も低軌道上に展開して、星屑の合間に波動エンジンのバーナー炎を煌めかせていた。足元には海。大破の損害を受けた決死隊の4隻―――『武蔵』だけは、シナノの背後に隠れていて軽傷で済んでいる―――が、力なくその身を横たえている。この星の固有種なのだろう、背中を淡い蛍光色に光らせたイルカのようなサメのような生き物の群れが、公園で走り回る無邪気な子供のように、遊弋する艦の周りで戯れに泳いでいた。俺が覚えている最後の記憶は、真っ赤な煌めきが眼前一杯に広がったところまでだ。どうやらそのときに敵要塞の衝撃砲が第一艦橋を直撃し、強化テクタイト製のガラスが木っ端微塵に砕け散ったらしい。その時に俺達は椅子から投げ出され、気絶したようだ。第一艦橋が機能不全に陥っている間に、敵要塞は大気圏降下してきた「ネトロン」が斉射した波動カートリッジ弾を受けて跡形もなく吹き飛んだらしい。迂闊にも要塞は後方の磁気バリアを解除していたらしく、深々と突き刺さった8発の実体弾は内側から大爆発を起こした。戦闘終了後、推力が回復せずに『アマール』本星に軟着水したシナノは、穿たれた破孔から大量の海水が入り込み、浮力を保てずにその場でゆっりと着底した。幸いだったのはその場所が遠浅の海で、最上甲板が冠水する前に第三艦橋が海底に着いてくれたことだ。艦は沈没の憂き目をかろうじて免れ、アマール軍の船に曳航されて港に入ることができた。おかげで俺達第一艦橋の面々は生き残り、こうして上部一番主砲の残骸の前に集まってほんの僅かな休息を得ることができていた。俺の左隣で、泉宮が潮風に揺れる金髪に軽く手櫛を入れる。腰まで伸びる金糸が風の流れを受け入れて気持ちよさげに揺蕩い、サラサラと彼女の背中で流れた。右隣では笹原が、物憂げに水平線をじっと眺めている。さらにその隣に座っている有馬は、手慰みにそこいらに落ちている艦体の欠片を拾っては海に放り投げている。有馬、笹原、泉宮を含めた四人は甲板の縁に並んで腰掛け、濃紺に染まった夜の海を眺めていた。皆が皆、無事だったわけではない。南部艦長は第一艦橋に被弾した際に飛び散った破片を頭に受け、医務室で緊急手術を受けている。庄田は座席から放り出された際に、左肩を打撲した。その他にも、被弾した個所にいたクルー、飛行甲板や航空機格納庫にいて弾火薬庫の引火に巻き込まれたパイロットが負傷し、命を落とした。決して手放しでは喜べない、紙一重の勝利だったのだ。「俺達がやったことって、何だったんだろうな?」潮騒の音を聞きながら、俺はずっと感じていた疑問を口にした。「私達は『アマール』を、人類の新たな故郷と隣人を守ったんですよ?何を言ってるんですか。」「いや。健吾が言いたいのはきっと、そういうことじゃないんだ。」時折吹いてくる潮風に目を細める笹原が、俺の独り言に同調する。手近にあった何かの欠片を掴んで、「無茶な機動をして、無茶な攻撃して、大量の死者を出して、結局は陽動部隊が止めを刺したって……結果だけ見れば、どっちが陽動だか分からねぇ。あんな簡単な方法で決着がつくんだったら、他にもっといい方法があったんじゃないか、て言いたいんだろ?」力任せに投げると、弓なりの軌道を描いてポチャリと拍子抜けした音を立てて海に沈んだ。「俺も、遠山の気持ちはなんとなく分かる……波動カートリッジ弾は、決死隊が空けた穴じゃなくて、敵が無防備にも空けた背中から着弾した。だったら、あんな力押しでバリアを破らなくても、何か相手の油断を誘ってバリアを解除させれば良かったんじゃないか、て……思いたくなる。」有馬は悔恨の表情を滲ませたまま、手に握った欠片をコロコロと手の中で弄ぶ。いくらか逡巡した後、そのまま下手投げにバラバラと放り捨てた。「で、でも!あの時はアレ以外に方法はなかったじゃないですか?相手の油断を誘うなんて遠回りで不確実な方法、できるような状況じゃなかったと思いますけど。」泉宮が、俺達は悪くないと擁護してくれる。確かに、あの場ではあれが思いつく最善の方法だったし、結果として人類移住の地は守られた。だが、それで溜飲が下がるかといえばそうではなく、俺達の無力感は消えることはない。波動カートリッジ弾はカートリッジ給弾式の衝撃砲を搭載する旧型艦にしか配備されておらず、最新鋭のドレッドノート級やスーパーアンドロメダ級はおろか、近代化改装を施した決死隊の5隻にも無かったものだ。もしも敵が怠慢やうっかりで『マヤMk-Ⅱ』の背面にバリアが張っていなかったのだとしても、さすがに攻撃を受けたらバリアを再展開するだろう。そうしたら、もはや俺達に打つ手は残されておらず、チェックメイトだったのだ。あの瞬間に必要だったのは、陽動部隊が持っていてなおかつ中型要塞を一撃で屠る破壊力のある兵器だった。旧型艦で、たまたま砲塔の改装を受けていなかったアンドロメダⅢ級の「ネトロン」がこの作戦に加わっていなかったらと思うと、ゾッとしない。「別に、艦長や副長を批判するわけじゃないんだ。」そういって、泉宮の勘違いを正す。作戦会議の場には俺達も参加していたし、篠田副長の案に納得して作戦に臨んだのだ。二人を責める権利などあるはずがない。「戦闘がひと段落してこうやって落ち着くと、ああすればよかった、こうすればよかった、もっと良い方法があったんじゃないか、て反省点が見えてくるってだけのことだ。……でも、それを失敗だと悔やんで嘆くだけじゃいけないってことは、艦長が教えてくれたから。」左頬を撫ぜる。艦長に殴られたところが、思い出したように痛くなってきた。「健吾さん、あのときのことをまだ……。」不安そうな顔を見せる泉宮に、苦笑いで答える。そのことについては、今はあまり触れないでいてほしかった。「それはそうと俺達、これからどうするんだろうな?」有馬が気を利かせてくれたのか、重くなりそうな雰囲気を吹き飛ばす明るい声で話題を切り替えた。聞いた話では、星間国家連合との決戦に臨んだ地球艦隊とアマール艦隊は、甚大な損害を受けたという。奇しくもこちらの戦線と同じように敵は艦隊と共に磁気バリアで守られた要塞―――しかも、こちらの中型要塞とは比べ物にならない強大な―――が現れ、敵味方見境なく砲撃してきたらしい。要塞を含めて星間国家連合軍の全てを撃破あるいは撤退せしめたものの、アマール艦隊は文字通りの全滅、地球艦隊もヤマトを含む40隻ほどが生き残ったのみのようだ。笹原が拳に顎を乗っけて考える。「太陽系内第4救出部隊は、また太陽系に戻って逃げ遅れた避難民の収容に向かうんじゃないか?今回だって、たまたま居合わせてくれたから作戦に参加してくれただけだし。」「じゃあ俺達アマール本土防衛軍は?」「さぁ……全く分からないな。まずはシナノが直らないと。まだドック入りすらしてないから、損傷の具合も修復の目処もつかない。」俺はそう言って、周りを見回す。目を凝らすと、シナノと並行して停泊している船舶のシルエットがぼんやりと見える。連想するは、刀折れ矢尽き、落城寸前の天守閣。決死隊として共に戦った戦友の姿だ。敵要塞の総攻撃をノーガードで食らい続けた3隻の戦闘空母は、いずれも撃沈破されていないのが不思議なくらいの大損害を受けた。シナノと「紀伊」は主砲で強かに打ち据えられ、「ミズーリ」「ウィスコンシン」は中口径の副砲で細かい穴を満遍なく穿たれた。浮力は失われ、現在はアマール軍が貸与してくれたバルーンの補助でようやく着底状態を免れている。砲塔はことごとく破壊され、レーダーマストは折れ、装甲板の損傷具合は蜂の巣という表現がぴったりだ。バラバラに砕け散ったわけではないので、破棄されることはないだろう。あの「ブルーノア」だって廃棄処分にならないのだ、いくら旧型艦とはいえ貴重な戦力を見捨てるとは思えない。近いうちにアマール軍基地のドックに収容されるだろうが、全ては推測の域を出ない。決戦部隊の生き残りが帰ってくれば、ドックが損傷艦で溢れ返るのは火を見るより明らかだ。「今の『アマール』は防衛戦力に欠いている状態だ。次また、今回のような規模の敵が来たらどうするんだ?」「……もしも敵がまたやってくるようなら、損傷を押してでも出撃せざるを得ないだろうよ。」笹原と有馬の発言は至極尤もだ。アマール本土防衛軍で現在も戦闘行動が可能なのはスーパーアンドロメダ級戦艦「ノース・カロライナ」「ライオン」「クロンシュタット」、ドレッドノート級戦艦「フジ」「シラネ」「ヨウテイ」。緒戦のように相手に攻撃のチャンスを与えずに初撃で殲滅できなかったら、圧倒的に火力が足りないこちら側は圧倒的不利に立たされる。「今度、敵が来たら……。」言いかけた言葉を飲み込む泉宮。かける言葉が見つからず、俺達も黙り込んでしまう。しまった、せっかく有馬が暗い雰囲気を変えようとしてくれたのに、また場が重くなってしまった。今度は俺がなんとかせねば。「さ、さあて。そろそろ第一艦橋に戻るか。いつまでも修理作業を副長に押し付けてたら、後々うるさそうだからな。」かなり無理のあるフリだが、あながち嘘でもない。篠田副長は敵弾直撃の際には軽傷で済み、今は本職である技師長として修理作業の陣頭指揮を執っている。俺達は副長の許可を得て休憩しているが、あまりのんびりしすぎるのも気が引ける。「ま、ご老体にばかり仕事させるのも気が引けるってね。力仕事は若い者の特権!」縁から立ち上がった拍子に両手を上げ大きくて伸びをした笹原が、そのままムキッと力こぶを作る。制服越しでも分かる分厚い胸板がピクピクと動いて、気持ち悪いこと極まりない。笹原に続いて、有馬が引き攣った顔で立ち上がる。「いや、笹原。普通の人は機械任せだから。筋肉ダルマなお前だけだから。あとお前、今言ったこと副長にチクるから。」「げ!今の無し!おい、ちょっと待てって!俺既にパンツ一丁で艦内一周なんだぞ!」「今度はパンツ一丁で飛行甲板一周とかになるんじゃないか?」「更なる羞恥プレイ!?ていうか、なんでお前だけお咎め無しなんだよ!?」ぎゃあぎゃあ言い争いながら、俺達をほったらかしにして先に行ってしまう二人。俺も立ち上がろうと右膝を立てたところで、「……もしも辛かったら、私に言ってくださいね?」波音に紛れてしまいそうな小さな声と、左手に重なる柔らかな感触。振り向くと、暗がりでも分かるほどに顔を赤らめた泉宮と至近距離で目があった。いつもはどこか控え目な彼女が、恥ずかしがりながら一生懸命に視線を合わせてくる。その真剣な瞳に、吸い込まれそうになる。「あ、ああ。もしそうなったら……頼む。」何故か彼女を見ていられなくて、彼女の視線を避けるように正面に向き直る。胸に甘い痛みが落ちた……ような気がした。あとがきみなさんこんにちは、最近進撃の巨人OPパロのヤマト2199ver.をヘビーローテーションしている夏月です。外伝10をお送りいたします。皆さまのご愛顧のおかげで、拙作はPV10万を突破することができました。最近は私事ゆえになかなか執筆時間がとれず、月一の投稿になっていて大変申し訳ありませんが、待っていてくださる皆様のおかげでなんとか続けさせていただいております。乱文遅筆な作品ではありますが、これからも御贔屓のほど、何卒よろしくお願いいたします。