『シナノ』下層飛行甲板艦尾の気密シャッターが下ろされ、空気が急速に注入される。一切のものが片付けられた飛行甲板の様子からは分からないが、自身の機体の揺れから天井を通っているダクトから突風が真上から、前後左右から床を駆け抜けて吹きつけられているのが分かる。やがて風が収まり、航空指揮所の作戦状況表示スクリーンに表示された酸素マーカーがグリーンになったことを確認して、ヘルメットを外してうなじ部分のフックに引っかけた。灰色の重作業服と白地にオレンジの軽作業服がわらわらと飛び出し、各々が機体に取りついた。梯子が掛けられたのを確認してから、ヴァイパー隊隊長の山木貴久はRIOの吉岡に話しかける。「吉岡、出るぞ」キャノピーを開く。「了解。早く言って下さいよ、タンデムシートはきつくてしょうがないんですから」「そりゃ、お前の体型が残念なだけだ」冗談を交えながらハーネスを外して、梯子に足をかけてスルスルと降りる。吉岡がタラップを降りる度に、着陸脚のサスペンションがギシリと軋む。やはり、シートが狭いのは彼自身の問題のようだ。整備換装中の機の周りでいつまでもうろついているわけにもいかないので、人とモノが飛行甲板に溢れかえる間をすり抜けて第二飛行隊受令室へ。駆け寄ってきた整備士の一人からブリーフィング用の資料を受け取りつつ二人並んで歩いていると、視界にちらほらとクレーンが入り込んでくる。『シナノ』の後部は上層の着艦用飛行甲板、中層の発艦用飛行甲板兼格納庫、下層の格納庫の三段に分かれている。格納庫としての役割は主に下層が果たしている為、中層はヤマトの格納庫に比べてそれほど天井が高くない。左右の格納庫もヤマトの二段に対して一段だ。(下層格納庫は二段)従って、巨大なクレーンがあまり高くない天井に取り付けられており、操作次第ではどうしても視界に入る程度まで下がってきてしまう事があった。頭上を幾本ものクレーンがせわしなくレール上を往復してコスモパルサーを持ち上げ、整然と並べられたカタパルトドーリー台座に設置していく。台座に乗ったコスモパルサーは、突貫で整備補修を受けた後に整備士の操作によって主翼を折りたたまれ、関節部分に複合爆弾ポッドを接続される。さらにはホースを接続されて燃料が注入され、同時並行で機体と繋がれたパソコンによってシステムチェックが行われるのだ。「しかし、彩雲も爆弾を落してしまえばただのコスモパルサーですねぇ」データチップを胸ポケットに入れ、紙で渡された敵要塞の資料を読み込んでいると、周りに駐機している機体をキョロキョロと見回しながら、吉岡がのんびりと呟いた。「そりゃそうだ、コスモパルサーに爆弾つけたのを『彩雲』って呼んでるだけだからな」「いや、それはそうなんですけど。先代の『彩雲』に比べて随分といかつくなっていたのに、落とすもん落としたらスッキリしちゃっているなと」「先代?」「中世紀に日本の軍隊が持っていた艦上偵察機『彩雲』ですよ」自動ドアを開けると、既に受令室に戻ってくつろいでいた部下が一斉に立ち上がって敬礼した。俺も左胸に右手の親指の背をつけるように構えて答礼する。「山木先輩、お疲れ様です!」「おう小川、お疲れ。全員座ってくれ。わずかしかない休憩時間だ、少しでも体力を回復させておけ」『ありがとうございます!』手をかざして座るように促すと、バラバラと座りだす。俺は一番奥の演壇に立つと、最先任として場を仕切り出した。「で、本隊から死傷者は?」「いません。機体に損傷を受けた機はあるものの、戦闘行動に支障あるほどではありませんでした。パーフェクトゲームです!」「ふっ。パーフェクトゲームぐらい、できて当たり前だ」「そりゃ、ヤマトに乗ってたころはそのくらい求められましたけどね。若いルーキーどもはともかく、お互いこの歳ではきついですよ」「確かに、三十を越えるとGが身に堪えるな、ってうるせぇ。俺はまだまだ現役だぞ」若造どもがどう反応したらわからず、一様に苦笑いを浮かべる。小川も口元と眉を曲げながら、先を促した。「はは、分かってますって。それより、ブリーフィング始めなくていいんですか?」「あとで覚えてろよ。んん、ではブリーフィングを始める。といってもここに来るまでに受け取った資料を読むだけだがな。吉岡、コイツを頼む」脇に控えていた吉岡にデータチップを託し、自分は演壇に備え付けの指示棒を取る。まもなく、ディスプレイに例の巨大要塞の三面図が映し出された。紙資料に目を落とす。「アマールからの情報によると、敵はSUSの中型移動要塞『マヤ』という。みてのとおり、巨大な十字架のような形状をしていて、主砲と副砲が十文字に敷き詰められている。縦横の交差部にエンジン、艦橋はてっぺんにある。艦の後部は艦載機発進口になっていて、発進した艦載機は現在紫雲隊と交戦中だ」続いて動画が流れる。無数のSUS戦艦に幾重にも守られた白銀色の『マヤ』の艦体が、夕焼けのオレンジ色に染まっていた。アマール本星にSUSが侵攻してきたときの映像のようだ。見上げるようなカメラアングルからみて、突攻を仕掛けたエトス艦が中継で提供してくれたものだろう。真っ赤な火箭が絶え間なく降り注ぎ、その度にカメラが痙攣を起こしたように激しく揺れる。被弾箇所から黒煙を吐きながら、『マヤ』へぐんぐんと迫っていく。「しかし、現在交戦中の『マヤ』はこいつとは少々違うようだ」動画が右半分に縮小され、左半分にはリアルタイム中継の映像が入る。こちらの「マヤ」は味方艦隊の残骸をその巨体で掻き分け、アマール本星への降下態勢に入っている。どうやら、味方残存艦を救出するつもりは一切なさそうだ。現在、『マヤ』には『シナノ』が抜けた第一戦隊が群がる敵機を追い払いつつ、並走しながら砲雷撃戦を挑んでいる。第二戦隊も攻撃を仕掛けてはいるが、敵機来襲の際に戦隊陣形を無闇に変更してしまった為隊形が乱れていて、回復に時間がかかる。第三戦隊は波動砲戦隊形のまま敵後背部への攻撃を続けている。しかし、あくまでも『マヤ』は大気圏突入を最優先するつもりの様で、一切砲門を開く様子が無い。「今回現れた『マヤ』は、艦体色が白ではなく鉄色をしている。また、アマールの情報にはない機能として、拡散波動砲を無効化する能力がついている。敵がまだ砲撃をしてこないから分からないが、主砲や副砲も情報通りとは限らないな。どうやらこいつは、『マヤ』の進化発展形のようだ。一応、本艦隊では仮に『マヤMk-Ⅱ』と呼ぶことにした」隊員達がどよめく。皆一様に、厳しい表情をしていた。「波動砲が効かない相手に対して、どうやって攻撃していくつもりですか? 俺達が出撃したところで、役に立てるのでしょうか?」後ろの方の隊員が挙手して疑問を呈する。そんなの、俺が知りたいぐらいだ。「それは俺にも分からない。とにかく、俺達は補給が完了次第再出撃するだろう。映像を見ての通り、艦船の砲雷撃だけではダメージを与えられていない。俺達重爆撃隊が勝敗のカギを握るかもしれないぞ。気合入れていけ!!」『はい!』ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ、ヴヴ――ッ!!そのとき、受令室のスピーカーから聞き慣れないブザーが鳴り響く。勿論、宇宙戦士ならば誰もがこのブザーの意味するところを知っている。立っていた俺と吉岡は空いている席へ駆け込み、部下達は条件反射で座席のシートベルトをまさぐる。『波動砲発射用意! 総員、対ショック対閃光防御!』スピーカーが告げるその前に、手すきの人員は座席に座る。窓の向こうの飛行甲板では、整備兵が工具もそのままに最短距離にある兵員待機室へと我先に逃げ込んでいる。「なんだなんだ、波動砲は効かないんじゃなかったのか!?」「連続で4発しか撃てないんでしょう? いいんですか撃っちゃって!?」「上の考えている事なんて知るか! とにかくベルト締めろ!」「昔は一発撃つ度にチャージしなきゃいけなかったんだ、連発できるだけマシと思え!」若い部下達から、戸惑いと文句が口々に上がった。しかし加藤は、この波動砲は様子見ではないかと推察していた。2217年に改造を施して小波動炉心4基と大波動炉心1基を搭載している『シナノ』は、波動砲を4連射することができる。ヤマトに至っては6連装だそうだ。かつてのように毎回ギャンブルじみた運用をしなくても済むのだ、こんなに嬉しい事はない。ましてや艦長があの南部さんだ。何か意図があってのことだろう。「総員、波動砲を発射したら直ちに自分の機体につけ! いつ出撃がかかるか分からんぞ!」『了解!』初めて経験する波動砲発射に動揺する部下を鼓舞する為に、隊長は今一度気合を入れた。◇【推奨BGM:「宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に」より《巨大戦艦グロテ―ズ》】「目標、敵移動要塞! 距離、47000宇宙キロ!」『シナノ』の第一艦橋で、遠山が緊張した声で宣言する。艦長席とターゲットスコープと艦首を結んだ直線の先には、聖アンソニー十字に似た形の薄墨色に変色した『マヤMk-Ⅱ』がある。47000宇宙キロ―――波動砲の射程としては至近距離だが、エンジン部分のみを狙うとなると難易度は一気に上がる。角度は『マヤMk-Ⅱ』の進行方向に対して120度。サッカーに例えるなら、サイドコーナーから直接ゴールを狙うようなものだ。艦首周辺に青い光が集まる。砲口では青を通り越して白に変化した光が溜まり、溢れんばかりになっている。「エネルギー充填、120パーセント」「総員、対ショック・対閃光防御」「庄田、全艦に通達。『波動砲を発射する。攻撃を中断して距離を取れ』」発射シークエンスが着々とこなされていく。“露出しているエンジン部分を狙う”それが、南部と篠田が導き出した結論だった。『マヤMk-Ⅱ』が出現した時にすぐに思い出したのは19年前、イスカンダル遠征で『ヤマト』と戦闘空母『デスラー・ガミラシア』が自動惑星ゴルバに遭遇した時の事だ。ゴルバの装甲表面にはバリアが張り巡らされており、今回と同じように衝撃砲や波動砲の一切が効かなかったのだ。あのとき、デスラーは主砲の砲口に乗艦を突っ込ませて主砲を封じ、『ヤマト』に自身もろとも波動砲で吹き飛ばすよう要請した。暗黒星団帝国に遠征した時にも7基のゴルバに囲まれたが、波動カートリッジ弾を魚雷発射砲口に命中させ、内部から波動融合反応を起こして撃破する事に成功している。―――そこから導き出される推測は一つ。バリアを張っている敵に対しては、砲口などの内部が露出している部分を―――可能ならば強力な、あわよくば強力な実体弾を―――狙い撃てばダメージを与える事が出来るということだ。この推測に基づいて、二人は現状を考えた。あいかわらず『マヤMkⅡ』はこちらとの戦闘を避け、アマール地表に向けて大気圏突入する針路を取っている。艦載機を足止めに放ち、自身はアマール本星への侵攻を強行するつもりなのだ。アマールに降りてしまえばうかつに手出しは出来まいと考えているのだろうか、それとも最初から眼中にないのか。艦隊全艦が砲雷撃による追撃戦を行っているが、四次元バリアを張った要塞に通用するとは思えない。収束型波動砲による一点突破しか道はないと思っていた。ぐずぐずしていると、波動砲の射界にアマールが入り込んでしまう。周囲に護衛の艦は一隻もいないが、あえて現状での波動砲の発射準備を命じた。マヤ型要塞はその構造上、正面以外には主砲を発射できない。従って、『マヤMk-Ⅱ』のほぼ正横にいる『シナノ』は、既に敵主砲群の射界から外れている。敵機も戦隊から離れてぽつねんと佇んでいる『シナノ』には見向きもしていない。その点では安心してエネルギーをチャージすることが出来た。「波動砲、発射!!」遠山が大音声で宣言した刹那、アマールの滄海よりも青々しい光がサングラスを貫いた。艦首から波紋のように青い燐光が飛び散る。同時に地震のような激しい震動と、鉄道車両が高速でトンネルを通過したかのような轟音が体を襲う。アクエリアスの透過光のような幻想的な光芒が、軍艦色の『シナノ』から黒銀色の『マヤMk-Ⅱ』へ一直線に伸びていく。砲口に刻まれたライフルによって回転を与えられた波動バースト奔流が、拡散されることなく密度を増していく。敵の進路と重力偏向を予想して要塞前方に向けて撃たれた波動砲は、徐々に要塞と軸線が重なり、着弾の直前には軸線と敵要塞エンジンに重なりはじめた。着弾をレーダーで確認するまでも無く、『マヤMk-Ⅱ』が巨大な白い光に包まれる。光球の周縁部が分光されて虹色の模様に輝く。「やったか……!?」サングラスを帽子の上に掛け直して呟く。全ての奔流が到達したが、なお光は収まる気配が無い。「赤城さん、どう思います?」篠田が波動エネルギーに詳しい機関長の赤城に尋ねる。「波動エネルギーの効果は1か0しかない。効いているなら、すぐに三次元の崩壊と誘爆が起きるはずだ。バリアで弾かれたならさっきと同じ現象が起きるはずだ」「佐藤、何か分かるか?」「先程から観測しているんですが、変なんです。波動砲のエネルギーが、消費されずに敵要塞表面で留まって対流しているようです」「なら……。そうか! 笹原、乱数回避だ! 庄田、全艦にも伝えろ!」「な、なんでですか艦長!?」「いいから! 早くしろ! 下手したら『シナノ』どころか艦隊が消し飛ぶぞぉ!!」「「了解!」」「技師長より総員に告ぐ、本艦はこれより緊急回避行動を行う。何かに掴まれ!」笹原が両手で握った操舵桿を力いっぱい手前に引き、続いて左手でスロットルを一気に押し上げる。操縦者の意思をトレースするように艦首スラスターと艦尾スラスターが炎を噴き、波動エンジンと補助エンジンが最大限の煌めきを放った。『シナノ』は放物線を描くように滑らかな軌道で艦を垂直上昇させる。敵要塞に腹を見せる格好だ。遠心力で肩や足にGがかかり、足裏に疲労のような痺れが来る。南部はモニターを見回し、指揮下の戦隊を確認する。第一戦隊は唐突な命令にも反問することなく、直列陣形を崩して蜘蛛の子を散るように回避行動をとっていく。第二戦隊は……だめだ、艦と艦の間が狭いソリッド隊形に移行した所為で、まともに回避行動がとれていない。マルチ隊形の第三戦隊は奇数番号艦が上方、偶数番号艦が下方に艦首を向けている。悪くない選択だが、行動開始が他よりも一歩遅れている。「な!? 敵要塞の複数個所に先程以上のエネルギー反応! 何で?」「赤城! 機関出力120%!!」「機関室、エンジンフルパワーだ! 波動エンジンがぶっ壊れるまで炊きつけろ!!」『了解!』宇宙のトラック野郎が発破をかける。こういうときの気性の粗さは昔から変わっていない。「遠山、バリアミサイル発射! 展開距離は1000と1500!」「左舷ミサイル発射口、バリアミサイル3連、距離1500! ……用意、発射!続いて右舷発射口、バリアミサイル3連、距離1000! ……用意、発射!」左右の発射口から放たれたバリアミサイルがスラスターで鋭角に方向転換して、敵要塞へと針路を変える。しかし、バリアが展開する前に佐藤の絶叫が響いた。「敵要塞、高エネルギ―部分からビームが射出されました!直撃コース!」白い光が艦底側から湧き上がり、視界が真っ白に染まった。