2208年3月20日 10時56分 うお座1109番第三惑星新生アレックス星攻略部隊、遊撃支援部隊所属の高速駆逐艦『サルディシシュルド』がうお座109番星系第三惑星の上空を航過したのは、『シナノ』がワープアウトしてくる30秒ほど前の事であった。その航路に、特に意味があったわけではない。地球の大規模艦隊を探している彼らにとって、クレーターの中に半ば身を埋めている潜宙艦2隻の存在など知る由もなく、なにより第三惑星周辺宙域は既に捜索済みであった。あえて言うならば、担当宙域に向かう進路上に第三惑星があったため、スウィングバイで速度を稼ぎつつ通り過ぎようとしただけであった。『シナノ』が慎重を期してもう少し手前で、あるいは『ニュージャージー』の航路を厳密にトレースしてもう少し高度を低くしていれば。もしくは、『サルディシシュルド』がもっと速度を上げて通り過ぎていれば、あるいはこのようなことは起きなかったのかもしれない。しかし現実には、惑星の丸みの向こうへ隠れてしまうほんの数秒前に『サルディシシュルド』のレーダーは大型艦の反応を捉えてしまったのである。「取り舵回頭180度、レーダー反応のあった地点へ向かう」艦長の号令一下、『サルディシシュルド』は高度を上げつつ左ターンを切って、今しがた通ったばかりの宙域を逆走する。地平線の向こうを索敵する場合、高度を稼げば目標を遠くから探知することができる。敵の射程外から索敵する技術は、敵に遭遇する機会の多い駆逐艦乗りには必須項目だ。「艦体傾斜、180度」スラスターを兼ねた回転砲塔から炎が吹くと艦が左回転し始め、寂れた大地が視界に入ってくる。電子兵器や武装が集中している艦体上面を地表面に向けることで、敵に対して素早い対応ができるのだ。ただし、惑星表層宙域における行動としてはセオリーであるこの行動も、今回ばかりはタイミングが悪かった。「敵艦発見! 前方70000、地平線上です!」「敵艦発砲! 高エネルギー体接近中!」相次いで二つの報告が上がる。地球防衛軍が誇る長距離衝撃砲は、水平線から顔を出したばかりの『サルディシシュルド』をも射程に捉えて狙い打ってきたのだ。艦長はすぐさま声を張り上げる。「艦体回転停止、高度1000まで降下!」「それでは時間がかかり過ぎます!」「くそ、ならば回転続行、捻り込みで頭から突っ込め!」「了解!」全身の回転砲塔から吹く炎が輝きを増す。艦体が裏返しになるのを待たずに艦底スラスターが爆発的な火炎を噴き、無理やり艦首を地面に向けようとする。ドリフトめいたトリッキーな動きで対向面積を最小限に抑えたまま、艦尾エンジンからのバーナー炎が長く伸びる。鎌の刃のような機動で無理やり進路を捻じ曲げた『サルディシシュルド』のすぐ傍を、衝撃砲の光芒が螺旋を描いて通り過ぎていった。「高エネルギー体、艦尾至近を通過!」惑星に存在するわずかな大気が熱膨張で震え、『サルディシシュルド』を振動させる。『うわあああ!』『ひいぃ!』誰もが顔を引きつらせ、少女のように甲高い悲鳴を上げる声こそ出さないが、艦長も内心で悲鳴を上げていた。しかし、攻撃が直撃しなかったことを理解してからの立ち直りは早かった。「損害報告急げ! 高度200まで降下後に旗艦へ通報!」「艦長、針路指示願います!」「……迂回路を取りつつ触接を試みる。右前方に見える山脈の裏側を地形追随航行して、敵艦に接近する」「山脈手前の崖沿いを通っては? その方が高度は低くなります」「いや、ただ高度が低いだけだと敵艦のレーダーに引っかかる可能性がある。山の陰に隠れた方が確実だ」高速駆逐艦は地平線の影に隠れるとすぐさま姿勢を水平に戻し、大気との摩擦熱でわずかに減速しながらもぐんぐん高度を落としていく。プラズマ化した大気によって、若草色の船底をほんのり橙色に染まる。急激な姿勢変更と急速降下に、誰もが体に伸し掛かるGに歯を食いしばって耐えた。衝撃砲が直撃して欠片も残さず消滅してしまうことに比べれば、この痛みは生きている証のようにも思えた。衝撃波で砂埃が舞うほどにまで地表に近づいたころには、『シナノ』は『サルディシシュルド』を完全に見失っていた。「艦長、暗号電送信完了!」「よし。高度、速度そのまま、面舵20。艦長指示までレーダーはパッシブのみ。ここからは一瞬の判断ミスが命取りになるぞ、気を抜くな!」ロケットを噴かして艦体を右に傾ければ、左右に広がった若草色の下部艦体が水平翼代わりとなって風を捉え、右にゆっくりと旋回する。目指すは目の前の断層崖を乗り越えた向こう、屏風のように折り重なる峻厳な山脈だ。山肌の様子を見るに、もともと褶曲で大きく盛り上がっていた大地が、風化で岩肌が削れたり地殻変動で地層が剥がれ落ちたりして研ぎ澄まされるように尖っていったのだろう。なだらかな麓から生えた壁のような山体が幾重にも重なり、そしてはるか地平線の向こうまで続いている。麓付近を超低空で飛行すれば、上空から降り注ぐレーダー波からも確実に逃れられるだろう。暗号電を終えてひと段落した通信班員が、艦長に尋ねる。「艦長、あれがチキュウの船なんでしょうか。大帝の座乗する彗星都市を陥したという……」「タイミング的には間違いないが……。レーダー班、映像は撮れたか?」「遠距離から一瞬でしたが撮れました。拡大鮮明化してメインパネルに映します」その言葉通り、正面のパネルいっぱいに映っていた岩山のライブ映像が記録画像に切り替わる。画像の一部分、地平線部分の豆粒ほどのドットが切り取られズームインしていくと、周囲の砂色とは明らかに異なった灰色と赤の人工物が出て来た。「これは正面からの画像か? 識別は?」「……」「どうした、識別表にない艦か?」「艦体形状、色、赤外線解析などから、該当する艦が一種だけありましたが……」「なんだ、もったいぶらずに早く報告せんか。チキュウの船だったのか、そうでないのか」「……『ヤマト』です。大帝が唯一恐れていたテレザート星のテレサと接触し、難攻不落だった彗星都市を陥した、我が帝国不倶戴天の敵です」「……なん、と」長年、駆逐艦の長として最前線で命を張って来た艦長も、さすがにこれには驚いた。『ヤマト』という宇宙戦艦については、彗星都市の生き残りが持ち帰った情報が旧テレザート宙域守備隊司令のリォーダー殿下経由で、我が艦隊に情報が齎されている。他の地球艦隊とは一風変わった艦体構造と艦体色を持ち、長射程と高い命中率の主砲および濃密な対空兵器、驚異的な防御力と継戦能力を誇るという。幾度となく我がガトランティスの艦隊や地上部隊に攻撃を仕掛け、満身創痍にもなお立ちはだかり、最後にはズォーダー大帝陛下の座乗する彗星都市をも撃破した、恐るべきフネだ。正面スクリーンと艦長席には、『ヤマト』のデータベース――三面図、戦闘中の写真や動画が送られている。テレザート星をめぐる帝国第一艦隊との交戦映像、ゲルン率いる第一機動艦隊プロキオン方面駐留空母部隊との戦闘詳報、彗星都市や超巨大戦艦の生存者などの証言を纏めたもので、『ヤマト』の特徴が非常に細かく記述されている。大きさは中型高速空母と大戦艦の間くらい、武装は長距離砲三連装3基を前部2基、後部1基、中距離砲三連装2基、艦体中央には対空砲を多数装備。ミサイル発射管は全方位に配備。艦載機はマルチロール機を40機以上。そして、艦首には彗星都市の白色中性子ガスを吹き飛ばしたタキオン拡散砲と同種と思われる武装が一門。目的ごとに艦種を分けるガトランティスとは根本的に設計思想が異なる――いや、一般的な地球艦隊とも違う、まさに艦隊一つを丸ごと一隻に詰め込んだような異形のフネだ。「何故、『ヤマト』がこんなところに単艦でいるんだ……」「情報によりますと、『ヤマト』は艦隊を組まず、単独行動をする傾向にあるようです。理由までは分かりませんが……」「いずれにせよ、『ヤマト』がここにいるということは地球艦隊もこの周辺にいるということだ。今この瞬間にも、敵艦隊にでくわすかもしれん。警戒を怠るな」『了解!』もうすぐ山脈が途切れ、レーダーと画像から割り出した『ヤマト』出現地点に差し掛かる。予定としては、『サルディシシュルド』は高速を維持したまま山脈の端から飛び出して、『ヤマト』の前方至近距離に躍り出る。Uターン気味に『ヤマト』の鼻先を左舷側から右舷側へと横切り、一通り情報を手に入れたら煙幕とECMで攪乱しつつ加速、星から離脱する。信頼と実績の、いつものやり方だ。「……今回は、ちと厳しいかもしれんなぁ」しかし、艦長は眼前に映る『ヤマト』の映像から禍々しい何かを感じ取っていた。◇「主砲一番二番、外れた!」「敵高速駆逐艦、地平線の下に隠れる!」「艦長、追い掛けましょう! 報告される前に撃沈するべきです!」「いや、もう遅い! それより一刻も早くこの場を離脱するべきです!」南部、来栖、坂巻、北野の声が矢継ぎ早に飛び交う。それらを耳に収めながらも、艦長の芹沢の視線は正面ディスプレイに向けられたままだった。「さっさと艦を着地させろ」「敵に見つかる」というムーア艦長の言と、発見した際の『ニュージャージー』の位置。それらの事から分かるのは、『ニュージャージー』が敵から艦を隠していたということだ。敵に発見されにくい単艦でありながら隠れなければならないほどに厳重な哨戒網を、ガトランティスはこのうお座109番星系に敷いていたという事だ。もしかしたら、ガトランティスはこちらの動向を全て把握しているのではないか。輸送船団が襲われたのも、あかね君とそら君が拉致されたのも、全てガトランティスの思惑通りなのではないか。そこまで思い至って、背筋を冷や汗が流れるような錯覚に陥る。過去の対ガトランティス戦とは全く違う。潜宙艦に破滅ミサイルを搭載する狡猾さ、罠を仕掛けたこちらの裏をかいてさらに罠を仕掛ける戦術眼、なおかつ退避させた輸送船団をも襲撃する非道さ。かつて全宇宙に覇を唱えたズォーダー大帝の、圧倒的でありながらも王道な攻め口とはまるで違う。こちらの出方を見極め、周到に準備して、執拗にこちらの死角や弱点を衝いて来る、それでいて自らは隙を見せない。一番厄介な相手だ。ならば、今の状況は最悪だ。万全の哨戒網の只中に策もなく迷い込んでしまったこちらには先制して打てる手はなく、相手はいつでもどこからでもどのような攻撃でも可能なのだ。(ここは一度、ワープして包囲網を脱出するべきだが……)その場合、『ニュージャージー』の追跡はほぼ100%不可能になるだろう。こちらが『ニュージャージー』を追跡していたことは、既に相手の知るところとなっている。少し考えれば、ワープエコーを辿ってここに辿り着いたことに気付くだろう。ならば、今度は足跡を残さないように隠蔽工作をするに違いない。せっかく銀河の果てまで追いついたというのに、二人の消息を知る唯一の手掛かりをここで見失うわけにはいかないのだ。敵艦に包囲されつつある現状、芹沢に与えられた時間は長くない。どうするべきか、と今一度視線を正面に向けたところで、視界に入ったメインパネルに違和感を覚えた。そしてようやく、ムーア艦長との通信が途絶えていることにようやく気付いた。突然の敵駆逐艦発見の報と砲撃指揮の所為で、そこまで頭が回っていなかったのだ。「……来栖。『ニュージャージー』はまだそこに居るか?」「え……『ニュージャージー』……えっ!?」喧々囂々と持論をぶつけるばかりの南部、坂巻と北野を遠巻きにただ眺めていた来栖が、慌てて画面に向き直る。三人もはっと正気に戻ると、身を乗り出して前面のガラスに張り付いて崖下に隠れているはずの『ニュージャージー』を探さんと目を凝らした。「艦長、『ニュージャージー』がいません! レーダーロスト!」「館花! ワープエコーを調べろ!」「はいっ!」「北野、高度を上げてレーダーの探知範囲を広げろ! 南部、総員戦闘配置!」そう指示しつつも、芹沢は『ニュージャージー』は既にこの星にはいないと思っていた。芹沢の焦燥を表すようなけたたましいサイレンを内に響かせ、『シナノ』は艦底のスラスターを細長く噴かして高度を稼ぐ。第一艦橋トップの簪状のコスモレーダーがわずかに震えて遠く地平線へと電波を走らせ、第三艦橋底部のフェイズドアレイレーダーが足元の地面を走査する。地面という地面がレーダー波を浴び、第一艦橋下に鎮座する中央コンピュータが地表の形状、有機物か無機物か、自然物か人工物か、いずれかの星間国家の文明によるものかを判別していく。間もなくして、敵性反応を示す警告音が鳴り響いた。「6時下方、クレーター内に熱源反応多数! ミサイル!」「ミサイル? 南部!」「第三艦橋、下部兵装使用自由! 撃ち落とせ!」しかし、総員戦闘配置の発令からミサイルの発射まで、あまりにも時間が短すぎた。『クビエ』『レウカ』が真下から撃った対空ミサイルは、第三艦橋要員が対空パルスレーザーを起動させる前に深紅の艦底部へと到達する。「駄目です、間に合わない!」「総員、衝撃に―――」芹沢がそう言い終える前に、足元から突き上げるような激しい衝撃が第一艦橋に伝わり、間髪入れずにフライパンを叩きつけたような鈍い金属音が聞こえて来た。赤黒い煙が艦体を包み込むように湧き上がり、艦橋からの視界を隠す。真下からの奇襲と目の前が真っ暗になったことに館花が「きゃっ」と場に似合わぬかわいらしい悲鳴を上げた。「被害報告!」音と衝撃が収まっても艦体は余震のようにガタガタと小刻みに震え、前のめりに傾いていく。真っ先に異常を察知したのは、来栖と館花だった。「下部フェイズドアレイレーダー、ブラックアウト!」「赤外線カメラ、空間スキャナー、使用不能! 第三艦橋に被弾した模様!」半球状のレーダーに大きく「故障中 Out of Order」の文字が映る。館花の席のパネルにも同様の文字が明滅している。続いて操舵を司る北野が、操舵輪を目一杯手前に引きながら悲鳴じみた声を上げる。「高度が下がっています! 艦底部スラスター損傷の模様!」「北野、艦の姿勢を保て! 前進強速!」「了解! 加速します!」「艦長、三番・四番補助エンジンが反応ありません。被弾して損傷した可能性があります」「クソッ!」艦腹の灰色と紅色の境目から大きな主翼が迫り出し、『シナノ』は船から飛行機へと姿を変えた。僅かに星を覆う大気の力を借りて、なんとか揚力を生み出そうと試みる。艦底部スラスターが破壊されて艦の頭が下がりつつあるので、艦体を水平に保つために艦体後部スラスターを噴かして無理やり艦尾を押さえつける。一方、技術班の藤本は第三艦橋へと通信を繋いでいた。「第三艦橋! 無事か!?」『ミサイルらしきものが第三艦橋に二発着弾。レーダー類は全損しましたが人的被害はありません!』「兵装の被害は?」『下部一番主砲以外は使用不能です』「すぐに技術班を向かわせる。それまでそちらで対処してくれ」「こちら艦長だ。そこから敵の姿は視認できるか?」『被弾箇所からの煙のせいで、何も見えません』「了解した。敵を発見次第、攻撃しろ。指揮は一任する」『了解!』緊張と士気に震え気味な返事を聞くと、芹沢は眉間に皺を寄せて悪態をついた。「ミサイルを数発受けただけでスラスター損傷にパルスレーザー全損だと……『ヤマト』の後継だというのに情けない」「艦長、それは致し方無いことです。艦底部には市松装甲が張られていないのですから。むしろ、ミサイルを至近距離から喰らってこの程度であることを喜ぶべきです」「……それはそうだが」宇宙戦闘空母『シナノ』の装甲は、『ヤマト』並みの重装甲を実現するべく『信濃』本来の鋼材と主力戦艦の鋼材を碁盤の目状に交互に張った「市松装甲」が採用されている。だが、市松装甲は替えのない貴重な装甲板であるため艦全体に張ることはできず、重要度の低い艦底、艦尾には主力戦艦の装甲板を重ね張りすることで代用している。宇宙艦艇同士の戦闘は互いに正面を向いて行われることが多いからだ。しかし、今回はその判断が裏目に出た。「艦長、この後の針路指示を願います」「うむ……」選択肢はおおまかに二つ。攻撃してきた敵に反撃するか、このまま戦場を離脱するかだ。航海の目的から考えれば、ここに長居するのは無意味だし、危険だ。二人の行方を知る唯一の手掛かりである『ニュージャージー』は既におらず、さりとてこの地にヒントがある訳でもない。先程撃ち漏らしたガトランティス駆逐艦がいつ増援を引き連れて戻って来るとも限らない。とはいえ、反撃もせずに尻尾を巻いて遁走するのか? この場を逃げても、どこまでも追い掛けられて追撃を受けるだけなのではないか? いっそのこと、やってくる敵を捕虜に捕って、二人の行方を聞き出した方がいいのではないか?―――芹沢の悪いところは、咄嗟の時は瞬時に的確な指示を飛ばすことができるが、戦略的な行動を指示する際には、様々な可能性や選択肢を考えすぎるがゆえに決断までに少々時間がかかることであった。それは通常航行の際には広い戦略眼を持っていると評価されるであろうが、今のような状況の場合、それは致命的な隙となる。ピピーン! ピピーン!「コスモレーダーに反応! 六時方向、至近距離!」「至近距離!? 何故今まで気付かなかった!?」芹沢が逡巡しているうちに、『シナノ』は山脈の裏に隠れて接近してきた高速駆逐艦『サルディシシュルド』の接敵を許したのだ。◇「おいおいおいおい、近い近い近いって馬鹿!」「ぶつかる、絶対ぶつかるって!」「かかか、艦長、どうしましょう!? 敵艦まで100メートルも無いですよ!」『シナノ』の至近距離に飛び出てしまったのは、『サルディシシュルド』にとっても想定外であった。さらに都合が悪いのは、『シナノ』が当初の場所から移動していたため、『シナノ』の前方に出るつもりだったのが真後ろにピッタリ付く形になってしまったのだ。おかげで、これ以上なく間近で『シナノ』を調べることができるが、代わりに離脱もできなくなった。「……いや、このまま『ヤマト』の背後に付き続けろ!」「ええっ、本気ですか艦長!?」「大丈夫だ、これだけ近付けばこちらも攻撃できないが向こうも攻撃できない! それよりできるだけ多くの情報を送れ!」動揺をおくびにも出さず気丈に振舞う艦長は、クルーを叱咤して任務に集中させる。こちらも攻撃できないが向こうも攻撃できない? そんなのはハッタリだ。こちらが攻撃をすれば被弾箇所の火炎や煙、破片などをもろに浴びることになるが、向こうがこちらを攻撃してくる分には一切の障害がない。だが、嘘をついてでもこの場を抑えなければ、艦は本当にコントロール不能になってしまう。今、図らずも場の流れは戦闘ではなく追いかけっこになっている。『ヤマト』が冷静になって反撃を試みた場合、こちらに有効な反撃の手はない。“なんとなく始まってしまった追いかけっこの空気”を続けるには、絶えず『ヤマト』に圧力を掛け続けて焦らせ、冷静な判断能力を奪うことが唯一の方法なのだ。「くそ、煙が邪魔だ……艦長、マニュアル操舵からオートパイロットに切り替えます。有視界航行では危険です」「承認する。しかし、この煙は何だ? まさか地球の艦は石炭で動いているのか?」「まさか。煙は艦の下の方から出ているようですから、何か艦内に不具合が起きたか、戦闘による損傷か……『ヤマト』が攻撃してこない事と、関連があるのかもしれません」『ヤマト』はやがて、黒煙の帯を振り乱しながら艦を大きく左右に振って蛇行するようになった。こちらの追跡を振り払おうとしているのだろうが、マニュアルならともかくオートパイロットならば振り切られることは万が一にもあり得ない。機動ロケット兼用回転砲塔を多数装備して機動力に優れている高速駆逐艦ならば、なおのことだ。『サルディシシュルド』は至る所からロケットの炎を吹かして細かく姿勢制御をしながら、『ヤマト』にぴったり追随していく。両艦は山脈に沿ってチェイスを続けながら、高度を落とすにつれてじわじわと加速していった。「それに、いくら至近距離とはいえ、全く攻撃しようともせずただ逃げ回るだけというのも気になる……まさか、本当に攻撃できない事情があるのか?」疑念を持って見つめる先には、黒煙でその姿の大半を覆われた『ヤマト』の艦橋が辛うじて見えるのみ。『ヤマト』には無いはずの飛行甲板に気付くのは、もう少し後である。あとがき気付いたら年が明けていました。ヤマトに乗り遅れるどころか海底ドックにすらたどり着けずにあっさりと武装兵に捕まった夏月です。一年ぶりの本編投稿のわりに、作品中の時間軸では5分経っていないという大惨事。内容は、宇宙モノでは割と珍しい、宇宙船同士のドッグファイト……というよりチキンレース。宇宙戦闘機ならともかく、大型の宇宙船では機動力がないし、後方への攻撃能力があるから本来起こりえないんですけどね。ともあれ、今年も亀更新になるかと思いますが、よろしくお願いします。