2208年3月11日18時39分 冥王星基地 『シナノ』艦内オートウォークが稼働していない廊下に飛び出した南部は、せわしなく左右を見渡す。そのすぐ後ろには、訳も分からないまま取りあえず南部に付いてきたブーケ。「ブーケ、柏木はどっちに行った!?」《格納庫側のエレベーターの方だ!》「ということは……目的地は機関室か!」一人と一匹は廊下を艦尾方向へ全速力で走る。艦尾隔壁を兼ねた自動扉をくぐり、道なりに右へと曲がると、エレベーターホールに辿り着く。艦内にエレベーターは三カ所ある。艦橋構造物を左右からはさむように、第一艦橋、第二艦橋を貫いて艦中央の大コンピュータルーム、居住区を経て第二艦内工場やタイムレーダーがある下層デッキまで伸びているメインエレベーターホールの2基。航空指揮所、上下層飛行甲板、下部航空機格納庫、機関室へと行けるサブエレベーターホールの2基。下層デッキから第三艦橋に下りる1基だ。飛行甲板は今も工員が修理作業をしている事を考えると柏木の行く先は、今は無人の機関室しかありえなかった。《いったいどういう事だ! まさか、柏木が下手人だというのか!?》「ああ、そうだ! 良く考えてみれば、最初から犯人はあいつしか考えられなかったんだ!」扉が開いているエレベーターに飛び込んで、ボタンを連打。イライラするほどの遅さで扉が閉まると、二人を乗せたカゴは下層デッキへと音を立てて下りていく。弾んだ息を整えながら、南部はブーケの疑問に自説を開陳した。「さっきも言った通り、『たちばな』の人数が犯行前後で変わっていないのはまずありえない。犯人にしてみれば、自分が容疑者として疑われる状況は絶対に避けたいだろうからな。それがスパイなら、尚更だ」《当時は戦闘配置中だから、班員同士で互いのアリバイを証明できる代わりに抜け出すこともできない、であったな。なるほど、隠密裏に行動を起こすには好ましくない状況だ》「ああ。だが一人だけ、犯行時のアリバイもなければ『たちばな』の船員にもカウントされていない奴がいる」《それが柏木か。そうか、姫様と一緒に来たのならば拉致を実行できるのも説明が付く。我輩としたことが、姫様をスパイを足代わりにしていたとは……一生の不覚だわい!》器用に前足で地団駄を踏む侍従猫。その傍らで、南部は腰のホルスターから愛銃を引き抜く。南部重工業謹製、コスモガンの銃床左前面にあるカートリッジ解除ボタンを押すと、グリップ下のマガジン―――エネルギーカートリッジが下りてくる。僅かに底面が下りてきたところで左手で受けて、エネルギーゲージが満タンであることを確認すると、カシャンと軽い金属音を立ててマガジンを仕舞った。右手の親指でセレクターをレベル2にセット。死にはしないが、熊でも卒倒させられる暴徒鎮圧モードだ。「よく考えれば、あいつは事件の第一発見者だ。真っ先に疑われてしかるべき人物だったんだ」《それなのに、負傷しているというだけで無意識に犯人の候補から外してしまった……》「今、あいつを止められるのは俺達しかいない。ブーケ、悪いが協力してくれ」《心得た。彼奴を捕まえることは姫様の行方を掴むことにも繋がるだろうからな》頷くブーケに頷きを返すと、エレベーターがちょうど機関室に到着する。前転気味に飛び出してコスモガンを構えながら、すばやく左右を確認。オートウォークの音が聞こえない通路は、照明が付いているにもかかわらず普段よりも不気味に見える。《南部、こっちだ!》そう言うなり、ブーケは矢のような瞬発力で全力疾走した。南部の予想では柏木は機関室へ向かっているはずなのだが、ブーケの向かう先は波動エンジンがある機関室ではなく、脇の階段を下りた補助エンジンルームだ。「おい、そっちは機関室じゃないぞ!?」《いいや、こっちだ。間違いない!》六十を過ぎた老描とは思えぬ速さで廊下を駆け抜けていくブーケに、南部も辺りを警戒する余裕もなく全力で追いかける。いくつもの自動ドアをくぐり抜け、一人と一匹は誰もいないはずの2番補助エンジンルームに入った。「おい、本当にここにいるのか……?」廊下と違って照明が落とされている室内に、人の気配は感じられない。足下には自分の形をしたのっぺらぼうな影と、影よりも黒い老猫。ブーケの言うとおり、本当にここに柏木がいるのか。侍従とはいえ猫だし、もしかして間違えて人でないものを追いかけて来てしまったのではないか、と疑いたくなる。《我輩の鼻を疑うのか? それより、誰も呼ばんで良かったのか?》眼を金色に光らせたブーケが、足下で抗議する。「正規のクルーは誰もいないし、修復工事中の工員に来られても軍人じゃない彼らでは足手まといにしかならない。なら、俺一人で十分だ」《分かった。お主を信じよう。おい、柏木! ここにいるのは分かっておる! おとなしく出て来んか!》ブーケは翻訳機越しに大声で暗闇の向こうへ呼びかける。返事を期待して、しばし耳をすませる。数瞬の沈黙の末に暗闇から聞こえてきたのは、投げナイフが空を切る音だった。「……!」暗がりの向こうから飛んできた乱暴な返答に、南部は舌打ちしながらもコスモガンの三連射で応じる。初めの一発は、ブーケ目がけて地面すれすれを飛んできたナイフへ。残りの二発は、ほんの一瞬だけ現れた殺気とナイフの出所に向けられた。針の穴を通すような精密射撃で刀身を打ち据えられた投擲用ナイフは床で跳ね返り、不規則に回転しながらブーケの頭上を越えていった。残りの二発は目標に当たらず、サブエンジンルームのどこかに当たって消える。扉の前にいつまでも立っていては、敵のいい的になる。すぐさま壁沿いに体を預けてしゃがみ込む南部。ブーケもあわてて彼の足元に逃げ込んだ。「驚いた。まさかアレを撃ち落とされるとは思わなかったなぁ。オリンピック級の腕前は伊達じゃないや」そして聞こえてくる、当たってほしくなかった推理の正解の声。「柏木、やっぱりお前だったのか!」《そなた、一体どういうつもりだ! 何故裏切ったのだ!》声のした方に牽制射撃を撃つ。発射炎でこちらの位置がばれるので、忍び足ですぐにその場を離れた。「もう少しはばれないと思っていましたけど、案外早かったですね」嘲笑うような声が何処からか聞こえてくる。上手く陰に隠れているのか、声が反響して声だけでは正確な場所は把握できない。《我輩が、貴様が艦内を歩いているのを見かけたのだ》「しまったなぁ、ドック入り中なら見つからないと思ったんだけど。こんな所にいたなんて予想外だ。ということは、俺が犯人だってことも分かっちゃってるわけだ」彼にとっては正体がばれることは大した問題ではないのだろう。まるでいたずらが見つかった子供のように、こともなげに正体を暴露した。再び、当てずっぽうに三連射。今度は柏木もコスモガンで撃ち返してくる。乱射された開けっぱなしのドアのすぐ脇に当たり、照明のスイッチを粉々に破壊してしまう。「ああ、謎はすべて解けた! お前が担当看護師の立場を利用して、二人を救命ポッドに詰めて外に射出した。そして、船外に待機していた協力者が回収する手筈になっていた。違うか!」「―――本当に、まいった。やっぱり、付焼き刃の計画じゃボロが出るよな」その言葉は、彼に強い警戒をさせたらしい。柏木の声のトーンが低くなって、声に殺意がまとい始める。《柏木! もうお主の計画は失敗したのだ! 諦めて投降せんか!》「お前の雇い主はどこの国だ!」「そんなこと、喋る訳ないでしょ!」そして始まる、激しい銃撃の応酬。マズルフラッシュの光と足音だけを頼りに、互いの位置を推測する。発砲音に紛れて聞こえる足音。機関室に比べて大分狭い補助エンジンルームに、絶え間ない着弾音が響き渡る。コスモガンの青い光で一瞬だけ浮かびあがる、彼我の顔。撃ってはその場を離れ、隠れては銃撃をやりすごし、再び発砲。時には敵の射撃を誘うように、時には狙いすまして射撃するが、しかし互いを視認できない戦いは決定打を与えることはできずにいた。「くそっ、これじゃジリ貧だ!」壁に背を預けてしゃがみこむ南部が、弾む息を殺しながら毒づく。マガジンを下ろして残弾を確認。エネルギーゲージはもう二割を切っている。南部が射撃を止めたことで、室内は残響が僅かに響くのみになっていた。《なぁ、南部よ》「何だ、ブーケ!」マガジンをグリップに押し込んだところで、ぴったり付いてきていたブーケがヒソヒソ小声で尋ねてくる。銃撃戦が始まって以来ずっと南部から離れずにいるが、せっかくの猫なのだから猫目を使って柏木の居場所を探し出してほしかった。《今の今まで忘れておったのだが……柏木のヤツは、何故ここに来たんじゃ?》「何故って……そりゃ、ここに用があるからに決まって、」そのとき、暗闇の向こう側から勝ち誇った笑みを浮かべた柏木の姿が見えた……ような気がした。「Being what doing is already late. Time is up.」その言葉とともに、真っ暗だったサブエンジンルームに凄まじい衝撃が吹き荒れ、間近に太陽を見る様な強い閃光が目を灼いた。◇2208年3月11日21時29分 冥王星基地内病院【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト ヤマトよ永遠に』より《ミオの悲しみ》】「由紀子さん……俺達がモルモットって、どういうことですか……?」つっかえながら放たれた俺の言葉が、廊下の壁に沁み込んで消えていく。深夜の病院。非常口の毒々しい光だけの世界は、まるで此岸と彼岸の境界にいる様な錯覚に陥りそうだ。意識がはっきりしない。視界も霞んで見える。無理して動いた体は軋みを上げ、動悸と息切れで今にも崩れ落ちそうだ。それでも、確かめずにはいられなかった。「きょう、すけ、くん……?何で、」「恭介さん。聞いていたのなら話は早いわ。貴方が母親と慕う人はね、自分の子供を実験台にしたのよ!」恭介は焦点の定まらない目で、由紀子さんと言い争っていた相手を見る。確か由紀子さんの同僚の、武内理紗子という名前だったはずだ。「由紀子さん……俺達ってことは、あかねも実験台だったって、事ですか?」「違う! あかねも貴方も、治療だったのよ! 実験台なんて思った事は一度もない!」髪を振り乱して懸命に否定する由紀子さん。その姿が、恭介にはあまりにショックだった。「臨床試験も一例しか成功していない手術をすることが人体実験じゃなくて何だというんです? 恭介さん、レーザー銃で撃たれた貴方が、本当に軽傷で済んでいると思う?」「それは……威力を弱めて撃ったんじゃ」違うわ、と静かに首を振って否定する武内さん。その口元が笑みを浮かべているように見えて、恭介は苛立ちを覚える。「レーザー銃は宇宙服ごと左胸を焼き穿ち、裂傷は貴方の心臓にまで達していた。貴方はいつ死亡してもおかしくない状態だったのよ」「なっ……!」「病院船の医療チームが貴方をすぐに冷凍睡眠で仮死状態にしてくれたから、かろうじて死なずに済んだ。……でもそれは、助かることとイコールじゃないの」彼女から語られた真実は、頭がうまく働かない今の俺でも分かるほどに衝撃的だった。由紀子さんが教えてくれた俺の症状は、あばら骨の罅と中程度の火傷だったはずだ。だが、この人が言っていることが本当なら、俺は心臓を撃たれて即死一歩前の状態じゃないか。「解凍すれば、そのまま死亡することは避けられなかった。でも簗瀬教授は、貴方を助ける方法を知っていた。だから、彼女と私はここに来たの」「本当、なんですか。由紀子さん」由紀子さんは何も言わず、奥歯を噛みしめて耐えている。いつもの優しい笑顔で「そんなわけないでしょ」と言ってほしかった。でも、彼女は俯いたきり、否定してはくれなかった。「私達は研究所で開発している新型の万能細胞を培養して必要な臓器や筋肉、皮膚組織を作り、貴方に移植したわ」「……嘘だ。そんな大手術をしたのなら、俺はまだ起き上がることもできないはずだ」どんなに医療技術が発達しても、人体に移植した組織が定着し、日常生活を送れるようになるには数ヶ月かかる。一週間も経っていない今は集中治療室から出てすらいないはずだ。「別に変じゃないわ。貴方に移植したのは、そういう細胞だもの。私達は仮にS細胞と呼んでいるけどね」ついさっき由紀子さんが握ってくれた右手で、自分の左胸を強く抑える。「新型の、万能細胞……それが、俺の胸に?」「ええ。S細胞は驚異的な再生能力を持ち、血流に乗って細胞が末梢にまで伝播すれば、体全体が怪我や病気に対する抵抗力が高まる。貴方が短時間でここまで回復できたのは、心臓から全身に散らばったS細胞が、患部を含めた全身の回復を促進してくれたおかげなのよ」「なら……いいじゃないですか。何が、問題あるっていうんですか」「ほら、所長。恭介さんもこう言ってますよ? 本人がこう言っているんだから、いいじゃないですか」ほれ見たことかと言わんばかりに、武内さんは不気味なほど自信ありげな笑みで由紀子さんを見る。それでも、由紀子さんは変わらない。胆汁を舐めさせられたような苦渋の表情で、「―――2021分の1。この数字の意味、分かる?」絞り出すように、今まで聞いたこともない苦しげな声を出した。「今までにS細胞の組織を臨床実験で移植して、半年以上生存できた割合よ。72時間以内の死亡率は60%。計算上では、地球人類とS細胞の完全適合格率は、300万分の1しかないの。」万能細胞なんて、大嘘よ。由紀子さんは、自虐に乾いた笑いを浮かべる。「恭介君も、今は大丈夫でも後々に拒絶反応が出てくる可能性がある。まだ、予断は許さない状況なの。……嘘をついて、ごめんなさい」「でも、手術をしなかったら、そのまま死んでいたんですよね?」俺が問いかける。だが、彼女は顔を背けるだけで答えない。首を振れば、嘘を重ねることになる。しかし頷いてしまったら、自分の行いを肯定してしまう。結局、答えたのは武内さんだった。「恭介さん、自分の左胸を見てみなさいな」「……なんで、ですか」「実際に患部を見てみれば分かるんじゃない? 色々と」「……」彼女の言う言葉に、俺を翻弄して楽しんでいる気配を感じる。言われるままに、おそるおそる病院服の前をはだける。両手を襟にかけてゆっくりと胸を開くと、淡い光が漏れ出した。「なんだ……何なんだよ、これは……」そっと胸元を覗き見て、愕然とした。武内さんは、「患部に筋肉や皮膚組織を移植した」と言っていた。だから左胸には、移植された箇所だけ周囲とは色が異なって生々しい肉の色、ピンクの肌が見えるのだと、思っていた。しかし、これは一体何なんだ?「由紀子さん……これ、何ですか?」「…………ごめんなさい」震える声で、由紀子さんに尋ねる。由紀子さんは怯えるように身を竦めてしまう。今の彼女を見ると、ひどく悲しい気分になる。何で俺は、彼女を問い詰めるような真似をしているんだ?ついさっき、母さんと呼んだ人を。こんなにもつらそうな、今にも涙を零しそうな顔をしている彼女を、何故俺は責めているんだ?そうさせている自分にも、一向に話してくれない由紀子さんにも、怒りが湧いてくる。彼女を責めてはいけないのに。彼女から受けた恩を仇で返すような真似をして。それでも、止め処なく流れ出すこの感情を、心内に留め置くことはできなかった。「由紀子さん、答えてください」「本当に……、ごめんなさい」「これは何なんだ、て聞いてるんです!!」ダァン!力任せに扉を叩く。拳槌の形に扉が凹み、勢いで病院服の胸元が開く。露わになった左胸、鳩尾のすぐ右―――心臓部分が、金色の淡い光を放っていた。「移植した細胞組織と体表の産毛が発光してるのよ。今の所、拒絶反応が起きる兆候は無いみたいね」舐るような目で、武内さんは俺の患部を見る。薄暗い廊下の、非常灯の僅かな明かりに照らし出される彼女の表情に、恭介は背筋が凍るような錯覚を覚える。その視線を振り切るように由紀子さんに迫り、怒りのままに彼女の胸倉を掴み上げた。「由紀子さん、一体何の細胞を移植したっていうんですか! これ絶対、人間じゃないですよね!」睨み上げられた彼女はとっさに顔を背ける。長い前髪に隠れた由紀子さんは、薄暗がりでもはっきり分かるほどに泣き腫らし、今なお涙を流し続けていた。「本当に、ごめんなさい…………」「いいから答えてください!」「私を母と呼んでくれた貴方に、私は取り返しのつかない事をしてしまった。あかねにも、顔向けできない……」「だから、質問に――――!」「私は、母親失格よ…………!」しゃくりあげながら、か細い声で紡がれる謝罪の言葉。打ちひしがれ、後悔に咽び泣く由紀子さんは母親でも科学者でもなく―――ただひたすら、か弱い女性だった。「…………」……激情が冷めていく。なんだか自分がひどくみじめに思えて、泣いてしまいたかった。「――――俺は、どうなっちゃうんですか……」力が抜け、絞り上げていた襟元を滑り落ちるように手放した。ふらつきながら一歩、二歩と下がり、陥没した病室の扉に背中を預ける。俺が落ち着いたのを見計らってか、武内さんが答えた。「安心なさい。恭介さんに移植したのは、間違いなく人間の万能細胞よ」「――嘘だ。ホタルでもあるまいし、人間の細胞が光るなんて見たことが、」「本当に見た事ない?」「…………え?」被せられた言葉。「いいえ、貴方は知っているわよね?」ふいに合わされた視線。その眼差しの鋭さに、思わず息を飲む。「恭介さん。貴方は会っているわ」武内さんが一歩踏み出す。心臓の鼓動がじわりと速くなる。声を張り上げているわけでも、ドスの利いた声をしているわけでもない。淡々とした口調なのに、えも言えぬ圧力を感じる。「それは、貴方のとっても身近にいる人。それも、二人」さらに一歩。彼女が俺と正対する。とぼけることは許さないと。知らない振りはさせないと、俺に無言で迫る。「ここまで言えば、誰のことだか分かるでしょ?」――――ドクン息が荒くなる。動悸が激しくなる。額に脂汗がにじむ。知りたくない。認めたくない。理解したくない。でも、もう逃げられない。俺は、いつの間にかガラガラに乾いていた喉から声を絞り出した。「そら、と…………あかね」「御名答」何が御名答だ。反吐が出る様な真実だ。由紀子さんに視線を向ける。観念したのか、彼女はようやく俺に顔を向けてくれた。「細胞の発光現象は……イスカンダル人の王族とその直系・傍系子孫にのみに現れる特徴なの」「じゃあ……これは、サンディ・アレクシアの細胞?」異星人の細胞を地球人に移植する、なんてことができるのか?……いや、ドナー制度や再生医療が未熟だった時代には、哺乳動物の皮膚や臓器で代用していたはず。異星とはいえ同じ人型生命体、地球人類と同じ医療が可能なのだろうか?「……違うわ、恭介君。確かに彼女からDNAを提供してもらったことはあるけど、まだ解析している段階よ。研究用に培養してはいるけど臨床試験を行うレベルには至ってないわ」「いや……おかしいでしょ。彼女以外に、イスカンダル系人類の細胞組織なんて存在しない」「恭介さんは知らないだろうけど、生命工学研究所異星人研究課には色んな異星人の生体サンプルが保管されているのよ? 暗黒星団帝国やガトランティス帝国の兵士の死体はごまんとあるし、ヤマトが採取した異星人のDNAサンプルも少量ながら存在する。もちろん、その中にはイスカンダル系人類のものもあるわ」――――ドクン心臓が熱い。鼓動が速く……違う。胸の光が強くなったような気がする。心臓に移植された組織が活発になっているのか。ふと、視界が急に狭くなっていることに気づく。そうか。俺はこんなにも、武内さんを睨みつけていたんだ。「一つは、そらちゃん。一つは、イスカンダルの女王スターシャと地球人古代守との間に生まれたハーフの娘、真田澪ちゃん」「ただ、アレックス星人はイスカンダル人から分かれて久しいから、遺伝子的には純正の物とは言い難いわ。地球人のDNAが混じっている真田澪も同様。でも、幸いにも研究所には純粋なイスカンダル人の細胞組織があったから、DNAの比較研究ができて面白いのよ?」――――ドクン“純粋なイスカンダル人”勿体ぶったその言葉に、心臓が一度、大きく跳ね上がる。もう、認めるしかなかった。思い返せば、ヒントはあったのだ。イスカンダルの遠き血族たる、サンディ・アレクシア。彼女との初邂逅の時に倒れたあかね。俺が不良になったと勘違いした、あかねの髪の異変。准惑星ゼータ星で救助されたときには、大好きだった黒髪がすり替えられたかのように見事な金髪なっていた。それが、サンディとあかねに流れる“何か”が共鳴した結果なのだとしたら。「―――グァッ! 痛ゥ……!」抉られるような激しい痛みに息が詰まる。一段と輝きを強める心臓。まるで太陽を呑みこんだかのように熱く、強く輝く。そして脳裏に叩きつけられるように映し出される、夢に見た夕暮れの丘。今なら、あのとき隣にいた人物が誰なのか、自分が誰の目線だったのか、はっきりと理解できる。腰まで伸びる絹糸のような髪を輝かせた、そらによく似た面立ちの女性。それは――――「スターシャの実妹にして、地球に波動エンジンとコスモクリーナーDを齎した福音の娘、サーシャ。彼女の遺体から採取した細胞が、恭介さんとあかねさんに埋め込まれているものの正体よ」今は亡きイスカンダルの女王、スターシャだ。