突然の攻撃に後退を余儀なくされたゼータ星調査隊は要塞の視界の外、手前450キロで単横陣を組み直した。航行序列は旗艦『シナノ』を中央に、補助艦艇が左右を挟むように並ぶ。右から『ズーク』、『デリー』、『ブリリアント』『シナノ』『すくね』『カニール』『パシフィック』となっている。現在の高度は100メートル、宇宙艦艇としては這うような高さだ。巡洋艦『すくね』の艦橋からは、逢魔が時の薄暗い大地に細長い影がみえる。かろうじて地平線に接するかどうかという夕陽を浴びて、『すくね』の影が伸びているのだ。紡錘―葉巻状の船体に、簪に例えられる大きなレーダーマスト。艦上面に連装主砲3基、左右の艦腹に三連装主砲が2基。連装主砲は船体に隠れて見えないが、艦腹のそれは影に映り込んでいる。左右に並ぶ第一世代型駆逐艦『ズーク』と第一世代型巡洋艦『ブリリアント』が青い光に包まれるのと同時に、『すくね』もワープ航行に移行した。視界が一転する。空間が引き伸ばされる。時間が縮まる。音が消え、空間が凍りつく。この艦に艦長として就任してはや7年。日常空間が反転して亜空間に飛び込むワープ航法にも、もはや慣れてしまった。今回はわずか450キロの距離。亜空間にいる時間は体感で30秒にも満たない。やがて集中点の先に一筋の光明が見えたかと思うとフラッシュを焚かれたような青い閃光が目を刺し、眩しさに目を閉じる。体の輪郭が一瞬ブレて、ふたたび元に戻る感覚。身体を覆っていた違和感がふと消え、自動車が急停止するときの頭を揺さぶられたような感覚に襲われる。「ワープアウト完了!」瞼を開ければ、金銀の粒子を散りばめた星空が窓ガラスの向こうに広がっている。……普通ならば。しかし、今回は違う。ワープアウトした先は、戦場だ。「レーダーが敵要塞を捕捉! 12時方向、距離3200メートル。」硬化テクタイト製のガラス窓の向こうには、温もりもロマンも感じられない昏天黒地。星屑の頼りない灯りの下では、ゼータ星の地表を照らしだすことはできない。レーダー班がレーダー反応を画像処理すると同時、『ズーク』の上部一番主砲が吼えた。今ではほとんど見なくなったオレンジ色の砲煙を上げ、円錐状の実体弾が二発、敵要塞へ一直線に飛翔していく。準惑星にすぎないゼータ星では全くと言っていいほど大気が存在せず、本来なら聞こえるであろう殷々たる砲声も想像するしかない。砲弾が要塞の直上に到達すると砲弾は爆発し、青白い蛍光で周囲を隅から隅まで照らしだした。「『ズーク』が空間照明弾を発射。光学映像をメインパネルに映します」中空に浮かぶ一灯によって周囲の闇が吹き払われ、目の前にあるものが浮き出される。視界いっぱいに広がっているのは、廃墟と化した建造ドックに身を沈めた無人要塞。鉱山の採掘場を思わせるすり鉢状の山に歪な球形の岩塊が鎮座している様は、何も知らなければ隕石が衝突して砂地に埋まっているようにも見える。「……これが、白色彗星帝国の無人要塞?」「おいおい、地球防衛軍の戦闘衛星の何倍の大きさだよ」「これが年前に来ていたらと思うと、ゾッとするな」歴戦のはずのクルーが、その禍々しいオーラを放つ要塞のたたずまいに飲み込まれる。『すくね』のクル―は、白色彗星帝国の彗星都市の脅威をその目で見ているため、宇宙要塞の恐ろしさは身に染みている。アレに比べれば、我らが対面している要塞は赤子の指先ほどにも満たない小さなものだが、ベテランクル―のトラウマを刺激するには十分なインパクトだ。「グズグズするな! 面舵回頭90度左ロール45度、パルスレーザー砲攻撃開始。目標、光子砲砲口部!」しかし、ここで恐怖に硬直していてはむざむざ殺されに来た様なものだ。クル―に檄を飛ばし、数少ないパルスレーザーでの攻撃を下令した。なにせこの作戦は時間との勝負、すなわち要塞の光子砲が我々を飲み込むのが先か我々の攻撃が砲口を破壊するのが先かの勝負なのだから。スラスターを迸らせて力任せに方向転換し、標的を左舷正横に臨むように回頭する。視界の右端から『ズーク』が正面に移る。「2番パルスレーザー砲、セミオートモードによる射撃を開始。左舷増設レーザー砲も攻撃を開始しました」艦橋に申し訳程度に設えられたパルスレーザー砲座がくるりと回転し、目の前の脅威へ指向すると、二つの砲門から機関銃の曳光弾のようなパルスレーザーが撃ち出された。それに合わせて、艦橋直下に臨時増設した単装レーザー砲からも青い閃光が煌めき、鋼鉄で編まれた巣の中へ吸い込まれていく。矢継ぎ早に撃ち出されるそれはしかし、前を行く『シナノ』の雷轟電撃のそれに比べれば、いかにも貧弱なものだ。乾坤一擲の覚悟で放たれたレーザー弾の弾道を、手に汗握る思いで見守った。「レーダーの照射を確認。敵要塞に捕捉されました」「正面に高エネルギーを探知、急速に上昇中。光子砲発射の兆候です」「光子砲発射予想時刻までのカウントダウンを開始します。推定発射時刻まで120秒」期待していたものとは真逆の報告に、恐怖と緊張で体が硬直する。要塞と指呼の間の距離に現れれば、当然ながら要塞のレーダーに引っ掛かる。宙間探査用の強力な電波を至近から浴びせかけられ、正面ディスプレイにノイズが走った。光しか通さない鉄壁の守りを誇る無人要塞を、どう無力化するか。7隻の艦長は『シナノ』の作戦司令室に集まり、鳩首凝議して対策を練った。EMPによる電子機器の破壊、バリアが張られていない可能性がある地中からの攻撃、決死隊による要塞内部への侵入などいくつかのプランが上がったがどれも現実的なものとはいえず、喧々として議論の上に辿りついたのは「パルスレーザー砲を以て攻撃する」というものだった。地球防衛軍の宇宙艦艇は皆、対空兵器としてパルスレーザーを装備している。衝撃砲ほど威力はないが連射性が高く、弾速が文字通り光速なので高速で飛びまわる航空機やミサイルの迎撃手段として標準装備されているのだ。光しか通さないバリアならば、光を使って戦おうというのが作戦の要旨だ。とはいえこの作戦にも、重大な懸念材料がある。一つ、パルスレーザー砲は拡散率が高いため有効射程がわずか2万メートルしかなく、攻撃するには至近距離まで接近する必要があること。一つ、艦種や世代によってパルスレーザーの搭載数に大幅な開きがあること。作戦に参加する艦艇は『シナノ』以外は全て巡洋艦以下の補助艦艇、特に第一世代型は対空防御を重視した設計ではないので火力不足は否めない。現に、前を行く『シナノ』の嵐のごとき猛烈な砲撃に比べれば、『すくね』のそれはいかにも蚊の小便みたいなものだ。一つ、そもそもパルスレーザー砲が航空機を攻撃対象として開発されている為、その貧弱な威力ではたとえ集中砲火を加えたところで効果を上げられるのか分からないこと。一つ、たとえ効果が上げられるとしても、その前に光子砲の餌食になってしまっては元も子もない。要塞がこちらを捕捉して光子砲を発射するまでのわずかな間に、どこでもいいから光子砲のシステムを破壊して発射できないようにしなければならない。これだけの不確定要素がありながら、それでもこれが一番現実的かつ確実な方法なのだ。まさに乾坤一擲。この一撃で倒せなかったら、ゼータ星周辺宙域を航行禁止区域にせざるを得ない。7隻から一斉に放たれたパルスレーザー砲の弾幕は何も障害などなかったかのように光子バリアをすり抜け、要塞に穿たれた大穴、光子砲の砲口へ迷うことなく突き進み、「パルスレーザーの効果を確認! 着弾箇所が溶解を起こしています!」光学ズームの映像を見ると、集中して着弾した個所がオレンジ色に発熱していた。「艦長、作戦成功です!」副長の喜びのあまりうわずった声に、大きく頷いて答える。「ああ、引き続き攻撃を続行しろ!」クル―の誰もが歓喜に腕を打ち振るい、快哉を叫ぶ。「ゼロアワーマイナス90!」第一世代型巡洋艦に連続ワープをする能力はない。残り40秒で光子砲を破壊できなければ、作戦が泡沫に帰すどころか我々自身が泡沫と化す。それでもパルスレーザーによる攻撃が効果を上げている今、作戦が失敗する可能性を憂いている者は誰一人いなかった。◇同刻同場所 コスモタイガーβ大隊第三中隊一番機 すり鉢状の山の斜面に腹をするように這い上がった後、緩やかに大きな軌道を描いて機首を下ろし、籠手田は再び敵要塞を視界正面に収める。しかし、今度は先程ミサイル攻撃を加えた時よりも遥かに至近距離。視界いっぱいに広がるごつごつと黒ずんだ表面はどう見てもただの隕石にしか見えず、要塞であることを忘れてしまいそうだ。あるいは、カモフラージュのためにそういった一見無害そうな外見をしているのかもしれない。右翼端のはるか先では、パルスレーザーの青い光がシャワーとなって降り注いでいる。ワープアウトしてきた艦隊が、パルスレーザーの集中砲火を加えているのだ。『全機、攻撃開始!』大隊長の号令一下、再び扇状に散開していた70機が一斉攻撃を開始する。籠手田は、操縦桿の頭にあるトリガーを人差し指で軽く引いた。機首の下に装備されている左右4門ずつの機銃が音も無く発射され、虚空へと消えていく。コスモタイガー戦闘機は30ミリパルスレーザー8門、雷撃機は20ミリ連装パルスレーザー砲座から針のような細長い光線が断続的に放たれ、要塞に空いた大穴に次々と突き刺さる。通常のドッグファイトの際に行うような三点バーストではなく、引き金を引きっぱなしにしてレーザ―砲を撃ち続ける。艦隊と艦載機隊からの絶え間ない銃撃は、着弾した光子砲の砲門―――といっても、見えるのは半径200メートルはあるだろう巨大なレンズだが―――の表面を炙るように少しずつ溶かしていく。当て続ければ補助艦艇クラスならば撃沈するほどの威力を持つ機首パルスレーザーでも、これだけの巨大構造物を撃破することは難しい。しかし今回の作戦は、光子砲を無力化すれば及第点。破壊する箇所はたった一箇所。心配だった艦隊とのタイミングの同調も、航空隊の攻撃参加が若干遅れてしまったが、幸いにもパルスレーザーは予想以上にレンズへのダメージを与えている。HUDに表示された敵との距離が、4000を切る。そろそろ針路を変更しないと、光子バリアに頭から突っ込むことになる。「中隊全機、左旋回。3……2……1……Now!」操縦桿を思い切り傾けて、左のフットペダルを思い切り蹴飛ばす。星が尾を引いて回転し夜空が右半分に、要塞の岩肌が左半分に入れ替わる。続いて手前に引きつけて垂直旋回をかけ、離脱コースに入った。血が足元に集まって、ただでさえ暗い視界がさらに暗くなる。太股に圧迫感。パイロットスーツがGを感知して下半身を絞り、ブラックアウトを防いでくれる。β第三中隊は編隊を保ったまま、要塞の左脇を通って建造ドックの縁を掠めて山の外へ離脱した。目視で高度を確認しようと視線を左に振ると、山の中腹ほどに大きな一枚板が一列に整然と並んでいるのが分かった。パネル群は光子砲の射界を避けるように、山の後方を扇状に張り巡らされていた。『フ――――――……。結局、撃たれずに離脱できたな。隊長、こんな簡単な任務ならもう一回やれば特別手当でも出るんじゃねぇか? ハハハ!』「…………」楽勝な任務じゃねぇか、とせわしげに喋るタクの声が耳元で音割れする。笑い声を上げて余裕をアピールしているが、その前に吐いた大きなため息が緊張から解放された安堵によるものであることは誰も指摘しない。さもあらん、彼の心情はまさにこの場にいるコスモタイガーパイロット全員の心情だからだ。そりゃそうだ、波動砲クラスの大型兵器の鼻先に裸一貫、コスモタイガーで飛び込むなんて無謀な行為をさせられて、平然としていられるわけがない。沈黙を貫いている籠手田も、実は緊張が解けた反動で何も言葉が浮かんでこないからだったりする。『なあ、隊長。もしかして、こうなることを予想してたのか?』さすがに虚勢を張る力を使い果たしたのか、タクが疲労をにじませた声で問うてくる。「……いや、『シナノ』が何かやるんだとは思っていたが、俺達まで駆り出されるとは思いもしていなかったが。何故そんな事を聞く?」聞けば、光学兵器であるパルスレーザーならば光子バリアを突破して直接ダメージを与えられる可能性があるからだという。可能性があるというだけで作戦を実行に移すのもどうかと思うが、それに航空隊まで巻き込むのもとんでもない発想だと思う。航空隊というのは本来、アウトレンジこそが最大の特徴だ。航空機の長大な航続力を活かして、母艦を敵の攻撃の届かない安全な場所に置いたまま一方的に打撃を加えることが一番の存在意義なのだ。だというのに『シナノ』クル―……というより旧ヤマトクルーは、艦載機隊と母艦が同時攻撃を加えるという航空機のアドバンテージ台無しの作戦を立てた。いくら火力不足を補うためとはいえ大胆な、というよりも無謀な作戦を考えたものだ。『いや、だってよぉ。さっき大輔が『あれだけミサイル撃ったから効かないはずがない』って訊いたときにお前、『効かなかったらもう一回だ』って答えたろう?』そういえば、と籠手田は記憶を思い出す。それほど深く考えての発言ではなかったのだが、彼にとっては予言のように聞こえていたということか。『そういえば隊長、確かに再攻撃の可能性を示唆していましたね。……まさか、隊長ってエスパー?』「馬鹿な事を言うな、安場。あくまで可能性として言ったまでの事だ、偶然当たったからっていちいち真に受けるな」『でもでも! 宇宙人にはエスパーが多いって言うじゃないですか? だったら隊長がエスパーだっておかしくないかなって!』『安場、お前よぉ……』さすがにタクが呆れて窘めようとするが、『成程。確かに、ありえない話ではありませんね』意外なことに、一番そういう話に興味ないはずの大輔が安場のしょうもない話に賛同していた。「大輔、お前が乗ったら収拾がつかなくなるからやめてくれ」『いえ、隊長。確かに隊長がエスパーだとは微塵も思ってはいませんが、地球人にエスパーがいる可能性は否定しきれないと思いまして。隊長も知ってるでしょう、白色彗星帝国を滅ぼしたテレサのことは』「……勘弁してくれ、俺はそんなんじゃない」初陣から沈没までヤマトに乗り続けた元クルーが著した自叙伝によると、テレサは暗黒物質を操り対消滅を起こして巨大戦艦もろとも運命を共にしたという。白色彗星帝国が侵攻してきた7年前、まだ11歳だった籠手田はテレサも巨大戦艦も見ていない。覚えているのは、彗星都市が急浮上したかと思うとヤマトがそれを追いかけるように海面を突き破って宇宙に上がり、やがて太陽よりも眩しい大爆発が起きた……それだけだ。本の内容が本当ならば、彼女は間違いなくエスパーの部類に入る。もっとも、エスパーの分類に暗黒物質の操作なんてものはなかったと思うが。『それじゃあ、エスパーかもしれない隊長に質問です! 今度の攻撃は敵に届いたと思いますか?』『今撃ちこめたのが一門あたり10発……一機あたり80発。それが70機だと……単純計算で5600発ですか。それに艦隊のも加えれば、10000発は下らない計算になります。これだけ撃ち込んで、効かないはずがないですが。隊長はどのように?』「……これで効かなかったら、旋回してもう一回だな。」天丼かよ! と叫ぶタクの声は、残念ながら音割れしていた。『ええ~~~? 私もういやですよ!? あんな怖いの!』『いんや、分からねぇぞ? 時間はまだたっぷりある、俺達だけでもう一回やっちまうか? 特別手当たんまりくれるぜ?』『お金目当てにデンジャラスに突っ込むって、どこの傭兵ですかぁ!』『だーいじょうぶだって、今から旋回してもう一度射点に入るのに30秒、10秒撃って山陰に下りれば20秒はお釣りが、』ブブ―――!!突如として鳴ったアラームが、状況を一気に緊迫させる。『「シナノ」より全艦、全機へ発射警報。光子砲の発射が予想より早い可能性がある、更新された発射予想カウントダウンに注目せよ』聞こえてきたのは、俺たちに発進を命じた南部戦闘班長の声。『へ? 一体何を言って―――』「安場、すこし黙ってろ」間の抜けた彼女の声を遮って、HUDの下のマルチディスプレイに注目する。右下のサブディスプレイに表示された発射カウントダウンが二、三度明滅した後消滅し、一瞬の後にまた表示される。表れた数字は……37!?『おいおいおい、なんだよこの数字はぁ! さっきまでと全然違うじゃねぇか!』タクが反応を見せる間にも時間は過ぎていく。残り34秒。『チクショウ! α1―1より全機! 反転して砲口への攻撃を再開せよ!』「……無理だ、間に合わない」マイクに入らない小声で、息を詰めるように呟く。さっきタクが言ったように、反転してもう一度砲口を射撃できるようになるには30秒はかかる。万が一間に合ったとして、ほんの数秒掩護射撃して光子砲を破壊できる保証はどこにもない。『……隊長、指示を』『俺ァ、あんたについてくぜ!』『隊長!』中隊の部下が、彼に決断を迫る。諦める?まさか、何もしていないのに諦めるなんてできない。せめて、一番近くにあるソーラーパネルでも攻撃するか?意味が無い。そもそもここは夜だ、太陽発電すらしていない。あれ? だったら、光子砲のエネルギーはどこから来ている?残り32秒。手早く思考を纏める。効果があるか分からない。しかし、他に何かやるには時間が無さ過ぎる。やらないよりはまだ可能性があるはずだ。籠手田は低いトーンで呟くように、信頼する部下への命令を下す。「……中隊各機。サーモグラフィを稼働させて、要塞の周辺に存在する熱源を叩け」『んあ?』『隊長?』『熱源、て?』「説明は後だ! とにかく、各個に熱源を破壊するんだ!」部下の反応を尻目に、籠手田は緩やかにかけていた左旋回をキャンセルし、機体を180度ひっくり返す。スプリットSで加速をかけて要塞の裏側へ針路を向けると、スロットルレバーを前に叩きつけてロケットエンジンをフルに噴かした。全身に見えない空気の塊をぶつけられたような痺れとともに、愛機が爆発的な加速をみせる。『……ハァ、分かったよ。信じるぜ、隊長!』『今から行っても間に合いそうにありませんし。付き合いますよ』根拠ない決断に、三人は不承不承ながらもついてきてくれる。要塞の正面に戻ろうと山頂へ駆け上がる66機のコスモタイガー隊の潮流の下をくぐるように、4機のコスモタイガーは山裾沿いを飛行する。のこり27秒。『馬鹿野郎、なにやってんだ!』『β第三中隊! 指示に従え! 攻撃に戻れ!』他の中隊や大隊長の罵倒を聞き流して、山頂を右に見ながら地形追随飛行を続ける。頭上を左から右へ次々と描かれていく航跡の残像が、機織り機の経糸と緯糸を連想させる。左手でタッチパネルを押し、熱源探知モードを起動。画面が切り替わり、濃紺の冷たい大地が浮かび上がった。緑の濃淡だけで世界が構築されるIRモードと異なり、画像が粗くなるものの青から緑、黄色、オレンジ、紅色と色鮮やかになるのが熱源探知モードの特徴だ。『……驚いた。本当にあるなんて』右に大きく展開していた安場機が突然、翼を傾けて針路を変える。安場機の行先を見ると、あるのはすり鉢山状の建造ドックの中腹ほどに大量に設置されている、一辺が愛機の4倍も5倍もあるソーラーパネル。その面積ゆえに熱放出率が高いソーラーパネルの傍ら、10メートルもない箇所に不自然に赤く染まった地面がある。『こっちも見つけた! 二人は先を行け!』左翼側にいたタクがバレルロールで頭上を越え、そのまま右へと流れていく。籠手田と大輔はそのまま山沿いを緩やかな右旋回で飛びつつ、時間と高度に気を揉みながら、眼を皿にして真っ青な地面を探した。残り15秒。『地下施設らしきものを破壊!』最初に編隊を離脱した安場からの報告が入る。やはり、ソーラーパネルの近くにあったか。『発射予測が修正された。残り25秒。全機、なんとしても射点に辿りつくんだ!』中島隊長の通信に、籠手田は確信を強める。やっていることは絶対に間違っていない。二人が見つけた熱源の位置は、光子砲の砲門を12時とするならば5時と6時。等間隔に置かれているとするならば、次は7時方向……見つけた!『俺が行きます。隊長は取りこぼしを』大輔は針路を変えずに速度を若干落とし、射撃体勢に入っていく。籠手田は機首を少し上げて、より遠くを俯瞰できる高度に。山頂の方を見れば、砲門と思わしき場所がうっすらとピンク色に発光している。考えなくても分かる、あれは発射の兆候だ。他のコスモタイガー隊はようやく砲門の真上を通り過ぎたところだ。これから更に距離を取り、垂直にターンして機銃の射線に砲門を捉えるのは……ギリギリ間に合うかどうか。山の中腹、8時方向の位置に当たりを付けて視線を集中させる。山頂から不自然にまっすぐな尾根が伸びている。あるとしたら、その周辺のはずだ。メインディスプレイの中を、青と濃紺だけがスクロールする。日が落ちたゼータ星の大地は一気に冷え込み、氷点下になっていた。『……おかしい』しかし、尾根を上から下まで見渡しても赤い部分が見当たらない。尾根を乗り越えても、ただただ冷たい大地が広がっているだけ。主翼のエルロンを動かして機体を僅かに傾け、わずかに漂っている大気を制御してゆるい右旋回を続け、9時方向の位置まで機を進める。ここにも目当てのものは見つからない。諦めて左ターンをかけ、もう一度熱源があるはずの場所に機首を向ける。結局何も発見できずに、無駄に10秒を無題に費やしてしまった。残り10秒……いや、カウントダウンのデジタル表示が消えている。既に発射されたか故障でなければ、これは発射予想時間修正のサインだ。タクが破壊した分、猶予が生まれたのだろう。―――やはり、20秒に逆戻りした。「探知圏外にあるのか?いや、そんなはずは……」機体の傾斜を強くし、風防に左手をついて、コクピットから身を乗り出すようにして下を覗き込む。墨で刷いたような闇に、ソーラーパネルの外枠が星々の光を受けて光っていて、まるで夜道を走るレールのようだ。銀色の遥かな道は山を半円状に囲うようにずっと続いている。藁をもすがる思いで、跳ね上がる心臓の鼓動を煩わしく思いながら風防にヘルメットを張りつけていると、ソーラーパネルの列が途切れているしている箇所があることに気付いた。熱源があると予測した、先程越えた尾根の部分だ。「……気になるな」不自然にまっすぐ伸びている尾根。尾根で分断されているソーラーパネルの列。あるはずなのに見えない熱源。何も無いはず場所に、違和感だけが在った。残り16秒。籠手田は操縦桿を操り、稜線をなぞるコースへ愛機を誘った。