2208年3月2日 15時07分 『シナノ』発艦用甲板【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト』より《ブラックタイガー》】隊員待機室で待機態勢15の最中だった籠手田亮志は、緊急発進の命令が下る前に愛機の元へと駆け出していた。宇宙戦士訓練学校の航空科を首席で卒業した籠手田にとって、今回の出撃は初任務である同時に隊長としての初舞台でもある。地球連邦軍の惨憺たる敗北の歴史を資料と映像でしか知らない、またヤマトに随伴するコスモタイガーの活躍を知っている彼にとって戦闘とはいかに敵を多く狩るかを競うものであり、出撃は一日千秋の思いで待ち望んでいたものだった。「無線周波数セット、航法誘導パンチ、イン。航空灯スイッチ、オン」格納庫からフライトデッキを見ると、α大隊の発艦が終わろうとしている。コスモタイガー隊に与えられた任務は、α大隊第6中隊の2機が救命艇の護衛、その他が敵要塞の探索及び攻撃。β大隊第3中隊の籠手田は無論、敵の撃破が主任務となる。外では黒地に黄色い碇のマークをつけた整備兵達が機の周りに群がり、せわしなく動き回る。その中の一人がコクピットの左翼前に歩み寄り、赤い房のついたワイヤーを両手で掲げた。両翼下と機体下部のパイロンに搭載されている多目的ミサイルの安全装置だ。指差し点呼をし、5本全部あることを確認する。今回の戦場は近場だから、増槽ポッドの代わりにミサイルをフル装備することになったのだが、それでこそ思いっきり戦えるというものだと内心満足していた。「エンジン・スタート」推力の高まりが機全体を震わせ、冷たい機械が熱い獣に替わっていくのを感じる。それに合わせて、気持ちもどんどん高ぶっていくのを自覚していた。燃料ホース、電源ケーブルを抱えた整備兵が急ぎ足で離れていく。管制塔側からの指示で機体を格納庫から出し、カタパルト・デッキへと進める。『β―3―1、籠手田機、1番カタパルトへ進入せよ。β―3―2白根機、2番カタパルトへ進入せよ。β―3―3およびβ―3―4はそれぞれ後方にて待機』航空指揮所の指示に従い、右側―――艦尾方向に向かって発進するから、艦でいうと左舷側になる―――のカタパルトへと機を進める。隣の2番カタパルトには、エレメントの僚機である白根大輔が乗り込んでいる。訓練学校時代からの、彼のバディだ。籠手田が幼少の頃から英雄譚として聞いていた、宇宙戦艦ヤマトのコスモタイガー隊。宇宙戦士訓練学校で航空科を希望したのも、加藤兄弟に憬れたという面が大きい。コスモタイガーパイロットになって、迫り来る敵をこの手で倒す。戦艦のクル―になって働き蜂の様になるよりも、よほどやりがいのある職だと思った。しかし2203年を境に、年中行事のように続けざまにやってきた星間国家の侵攻はパタリと止んでしまっている。正直なところ、実戦を経験することなく軍役を終えてしまうのではないかと危惧していた。ところが、実際はどうだろうか。卒業して1年足らず、『シナノ』に配属されてわずか3日で初陣を、しかもコスモタイガーβ飛行大隊第3飛行中隊の隊長として飾る事が出来る。『第3飛行中隊全機、発艦されたし。貴隊の幸運を祈る』一番カタパルトの所定の位置に着くなり、機械仕掛けでカタパルト・シャトルに前脚の射出バーがロックされる。ジェット・ブラスト・デフレクターが立ち上がり、聞こえてくるノズルからの排気音がより一層大きくなった。隣の白根機を見ると、デフレクターのすぐ後ろに4番機に乗っている渡邊の姿がコクピット越しにちらりと見えた。ラダー、エレベーターを動かして機動を確認。無線に従って、スロットルレバーをマックスレベルまでぐいと押し上げた。気持ちは十分。機体の稼働も十二分。艦尾シャッターが開いて、宇宙を飛び駆けるための翼を得た猛虎のために、無限に広がる活躍の場が提供される。「籠手田機、発進!」勢いよく宣言して、その覇気そのままにコスモタイガーⅡは宇宙へと飛び立った。◇同刻 準惑星ゼータ星地表 コスモハウンド1号機機内【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト 完結編』より《島大介のテーマ》】気が付いたら、恭介は床に倒れ伏していた。視線は床と同じ高さ。冷たい床の無機質な感触が、宇宙服越しにうっすらと感じられる。焦点が合わず、ぼんやりとした輪郭しか分からない。うつ伏せになっているせいか、妙に息苦しい。そこまで思い至って、ようやく胸を覆う鈍痛に気がついた。痛むのは胸全般、左腕の外側、そして背中の左肩甲骨のあたり。特に胸と背中が痛い。「ううう……ァアッ!」這いずり回る痛みに耐えかねて無理やり体を横にし、右手を下にする。こちらは負傷していないのか、痛みは全くない。身体を動かしただけで息が切れ、吐息がヘルメットの中で反響する。バイザー越しの景色が、ときおり薄暗い煙に満たされる。どうやら、どこかで出火しているらしい。ようやく、恭介は自身の身に何が起きているのかを思い出した。◇苛立たしげに揺れる船内。モニターはブラックアウトし、照明は非常用に切り替わって視界一面が血の色に染まっている。神経を逆なでする警報音がこれでもかとけたたましく鳴り響き、恐怖と焦燥感を煽りたてていた。『被弾した! 不時着する! ヘルメットとシートベルトを締めろ!』必要最小限の、しかし状況をこれ以上ないほど簡潔にまとめた内容の無線がスピーカーから飛び込んでくる。「なに? 一体何が起こってるの恭介!?」「喋るな、舌を噛む! とにかくヘルメットとシートベルトだ!!」脇に抱えていた赤地に黒いセンターラインのヘルメットを被りながら、恭介はもたついているあかねとそらを促した。周りを見渡せば、誰もが我先にと膝に置いていたヘルメットをかぶり首元の固定具を締めている。皆、宇宙戦士訓練学校で染み付いた習慣に従って、脊髄反射で宇宙服の装着をしているのだ。そらも使い方を教わったばかりのヘルメットに苦戦してはいるが、初動自体は恭介よりも早いくらいだった。一年に及ぶ逃避行は伊達じゃないということだろう。そんな中あかねだけが事態を飲み込めず、激しく揺れ動く機体に翻弄されて肘掛けにしがみついている。軍事訓練を受けた者と民間人の差が、如実に表れていた。「あかね、早くヘルメットを! 急いで!!」バイザーを下ろしたそらが振り返って、座席越しにあかねに叫ぶ。「へ? う、うん!」ようやく事態を飲み込めたあかねが意を決して上体を上げた時、「きゃっ!?」再び機体を襲う衝撃。被弾箇所で何か爆発が起こったのかもしれない。機体が左右に大きく揺れ、「恭介、ヘルメットが!」「何やってんだよバカ!!」あかねの膝の上に乗っていたヘルメットが跳ねて、通路に転がり落ちる。恭介は一度つけたシートベルトを急いで外して、前の席の背もたれを掴んで立ちあがった。直後、足元から今まで感じたことも無いような強烈な衝撃がやってきた。コスモハウンドの高度が急激に下がり、反動で機内の物が宙空に跳ね上がる。さっきまで使っていた電子パッドや、ホルスターで固定していなかったであろう誰かのコスモガンまでもが天上に張り付けになる。ベルトをしていない恭介、そら、あかねの3人も例外ではなく、恭介は天井に背中を強かに打ち据えられる。右手で掴んでいた背もたれのおかげで頭よりも先に体が浮き上がり、後頭部の痛打だけは免れたのだ。とはいえ背中を思いっきりぶつけたのだ、痛いものは痛い。潮流に踊る海草のごとく規則正しく頭を揺らす乗員を視界の端に捉えつつ、体は否応なしに機尾の方向へ流れていった。あかねとそらの姿は見えなかった。そして訪れる、今度は先程と逆向きのベクトル。機体の落下速度が急激に緩くなり、恭介の落下速度よりも遅くなったのだ。落ちた場所は、運の悪い事に最後尾の席の背もたれの真上。更に不運なことに、背もたれについているプラスチック製の取っ手が、左胸を直撃する。「ガッ!? ウッ……」衝撃が肋骨を通して心臓を圧迫し、息が詰まる。床に叩きつけられた恭介は、倒れ込んだまま意識を失った……。◇改めて、自身の現状を確認する。背中と胸の激痛は、間違いなく天井と手すりにぶつけたときのもの。特に、左胸をぶつけたのはまずかった。宇宙服を着ていたから痛いだけで済んでいるが、もしも薄い服だったら骨に罅……いや、骨折していたかもしれない。いずれにせよ、少しは痛みが引いてくれないと動けそうもない。周りの景色をもう一度見てみる。自分が倒れているのは、機体の真ん中よりやや後ろあたり、恐らくは客室の最後尾あたりの通路。非常灯の赤ではなく、かといって蛍光灯が点いている訳でもない。真上ではなく真横……機首の方向から白くて強い光が差しているようだ。時々眼前を通り過ぎる黒煙は、機尾側から機首の方へと流れている。音は……座席でぐったりしているクル―達のうめき声と、ヒュウヒュウと悲しげに鳴く殯声のみ。どこからか風が吹いてるのか。「エア漏れ!?」密閉空間であるはずの宇宙船で風が吹くとしたら、エアコンのささやかな風しかあり得ない。もしもそれ以外に空気が動くならば、それは機内の空気が外に漏れているということだ。痛みに丸めていた身体を伸ばして背中を反らし、機首を見る。エア漏れどころの話ではなかった。「機体が、折れてる……!」視線の先にモニターがあったはずの壁がなく、ぽっかりと空いた大穴の向こうに準惑星特有の無機質な灰色の大地が広がっている。機内に差しこんでいた光は、うお座109番星の光が地面を乱反射したものだったのだ。「機首は……あそこか」肘掛けを支えにして何とか体を起こした。断裂した機体の前半分が、遠くに小さく見える。砂地が航跡のように大きくえぐれていることから、着地と同時に断裂して前半分だけがあそこまで飛ばされたのだろう。かなり遠くにあるのでよく見えないが、原型を留めない程に破壊されているうえ、真っ赤な炎に包まれている。辛うじて下方視界窓の骨組みらしき部分が見えるということは、すくなくともあの残骸は水平方向に180度ドリフト回転しているという事だ。どうみても、生存者がいるとは思えない。「篠田……?」「冨士野さん、無事ですか!?」冨士野女史が目覚めたらしく、シートベルトを外して立ち上がっていた。首を痛めているのか、しきりにうなじのあたりをさすっている。「ええ……大分揺さぶられたから軽いムチ打ちみたいになってるけど。貴方は?」「天上から床に叩き付けられました。」「そっちの方がよほど重傷じゃない……それより、何が起こっているの?」「分かりません。俺も起きたばかりで、この機が墜落しているってことしか」冨士野は背もたれを支えに通路に出てくると、ぽっかりと空いた大穴と僅かに逃げていく煙を見て、得心がいったといわんばかりに溜息をついた。「そうだったわ。地平線の向こうが赤く光って、被弾したって機長が叫んで……きっとあれ、敵のビーム兵器の発射光だったのね」「敵って……誰です?」目的地であるテレザート星宙域にはまだ18000光年ほどある。いくら星間国家にとっては1万年単位でも至近距離であるとはいえ、この辺りに敵の存在は観測されていないはず。もしもどこかの星間国家がこの宙域に拠点を置いて活動しているとしたら、地球から観測されているはずだし、知らされていなければおかしいのだが。「分からない。白色彗星帝国かもしれないし暗黒星団帝国かもしれない。ボラ―連邦って可能性も否定できない。そもそも、私達が知ってる勢力じゃないってこともあり得るわ。この宙域は地球の支配下にないから、どこにどの勢力がいてもおかしくなくないのよ」分かるのは敵という事だけよ、と言いながら冨士野は隣の席のクル―の肩を揺り動かす。「ほら、貴方もぼうっとしてないで皆を起こすの手伝いなさい」確かにいつまでも所在なく佇んでいる訳にもいかず、手近にいる奴から起こしていく。ムチ打ち症になっているかもしれないから、首を揺らさないように慎重に肩を叩くことしかできない。しかしある戦闘班の男を起こそうとすると、そっと刺激を与えたにもかかわらずヘルメットを被った頭が力なく項垂れた。バイザーを覗き込んで顔を確認するが、目は開いたまま。「……駄目だ、死んでる」宇宙服越しに触る肌が、まだ温かい。恐怖の瞬間のまま時が止まってしまったような、異質感が張りついた顔が、そこにはあった。首が据わっていないことから考えるに、身体を丸めて頭を両手で抱え込んで固定する対ショック態勢を取れず、首を揺さぶられ過ぎて骨折したのだろう。もしくは、飛んできた何かに首をひねり潰されたか。いっそのこと自分のようにシートベルトをしていなければ、あるいは助かったのかもしれない。何が幸いして何が不運の元になるか、全く以て分からないものだ。冨士野と恭介、そして比較的軽傷だった仲間が、他のクル―の生存確認に動く。そこで、ようやく恭介は違和感に気付いた。「あれ、そらとあかねは?」隣の席にいたはずのそらとあかねの姿が無く、空席になっていた。周りを見渡すも、それらしき姿はみかけない。冨士野が顔面を蒼白にしながら叫ぶ。「! そういえばあの二人、貴方と同じでシートベルトしてなかったじゃない!」思い出した。もたついているあかねを手伝いために、俺とそらは一度つけたシートベルトを外したんだった!「そんな、外に吹き飛ばされたってことですか!?」「それしかないでしょう?客室の中にいないんだから!」機体が真っ二つに折れてしまった以上、密閉されていた空気がいつまでも機内に留まっていられる道理はない。きっと猛烈な勢いの風が吹き荒れて、固定されていないものはあらかたゼータ星の大地に吹き飛ばされていったに違いない。あかねとそらも、その暴風に巻き込まれてしまったということだろうか。「くそっ!」そう思ったときには、恭介は痛みなど忘れて駈け出していた。「篠田、待ちなさい! まだ外の様子も分からないのよ? 敵が近くにいるかもしれないでしょ!?」「そんなこと知ったことか!」もしも敵が近くにいるのだとしたら、それこそ2人の危機じゃないか!焦りを抱いたまま、大穴から外の砂地へと飛び出す。コスモハウンドが墜落してから既に10分以上経っている。もしも怪我をしているならすぐに手当てをしなければならないし、敵が迫っているならば味方が来るまで持ちこたえなければいけない。「あかね! そら! どこにいるんだ! あかね! そら! 聞こえないのか、返事をしろ!」降り立ったところで一度周囲をゆっくり見渡すが、人が倒れている姿は確認できない。無線に呼び掛けても反応がない。109番恒星の光は地平線に近づきつつあり、自分の影が右に長く伸びている。見渡す限りの白い砂が敷き詰められている、まるで砂漠の様な場所だ。人が隠れられるような大きな地形のうねりはなく、1キロ先でも人が立っているのが分かりそうなほどに平地が続いている。黒煙を上げて炎上する機首の方を見やる。特徴的なコクピットと、その直後から伸びているデルタ翼が断裂面でばっさりと途切れている。機首スラスターが引火して燃え続けているのだろう。機首側があれだけ激しく燃えているのに、燃料やいろんな機具が搭載されている機体後部が無事でいられる道理はない。既に煙は出始めており、いつ大爆発を起こしてもおかしくない。「まさか、機体が折れた時に、向こう側に取り残されてしまったとか……?」嫌な想像が頭をよぎった。◇同日15時12分 コスモハウンド一号機より後方約2000メートル【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマト2199』より《無限に広がる大宇宙(コーラスのみ)》】私は今、ゼータ星の砂漠に独り寝転がっている。さっきから身体の至るところが痛いものの、重傷は負っていない。墜落した探査船から、爆発の拍子に放り出されてしまったのだ、これぐらいで済んでいるのが奇跡的なほどだ。重力が小さい星の、しかも柔らかい砂地に落ちたからなのだろう。しかし、どうやら宇宙船から大分離れてしまったようだ。助けが来るような気配も無く、私も助けを求めて歩けるような状態ではない。酸素が無くなるのが先か、救助に来てくれるのが先か。恐らくは、前者だろう。命の危機に遭うのは、これで何度目だろうか?茫漠とした意識の中で、自分に問うた。最初に身の危険を感じたのは3歳の頃、たまたま城下町に遊びに行った時に大規模な反戦デモが起きてしまい、暴動に巻き込まれた時だったか。厭戦派が送ってきた刺客に暗殺されかけたこともあった。宇宙に出てからはガトランティス艦隊と戦ったり逃げ回ったり、あまりに長く続く緊張の毎日に感覚がマヒしてしまうほどだった。一番最近は、天の川銀河でついに乗艦沈没の憂き目を見たとき。支えてくれた部下たちも皆善戦むなしく戦死し、王家の私だけが生き残った。王家の者なのに、王家の者だから生き残ってしまった。そして今も、こうして何もない星にひとりぼっち。私の人生は、命の危機だらけだ。我らが祖先神は、スターシア様はそんなに私のことが嫌いなのだろうか?……流石に、もう疲れたよ。もう、このまま寝てしまっても、いいよね?ゆっくり休みたいんだ。たとえこの先アレックス星に帰還することができたとしても、一人のこのこ帰ってきた私が民に会わせる顔がない。援軍を呼べずに戻っても、父上にも兄上にも申し訳が立たない。私に還るところなんて、ない。だからいっそ、このまま、もう……。そう考えたら、急に気持ちが楽になってきた。滲んだ視界に見えるのは、ただただ真っ黒な世界。全身の力を抜いて、首を横たえる。地平線の先の小さな太陽が、私達を照らしてくれている。闇の色は、私にとって嫌な思い出しかない。最後くらいは、心地よい気持ちのまま逝きたかった。ぼやけた焦点が点を結び、私の隣に何かがいることにようやく気付く。後ろの座席にいたはずのあかねだった。そうか、あかねもシートベルトをしてなかったから、一緒にコスモハウンドの外に放り出されちゃったんだね。私のすぐ右隣にうつ伏せに倒れている彼女は、宇宙船の外だというのにヘルメットは装着していない。彼女のトレードマークである長い黒髪が扇のように広がり、顔を隠している。ヘルメットをつけようとして落としちゃったところで、あの衝撃がきたんだっけ。離れ離れにならなかったのが、せめてものも救いかな……?簗瀬あかね。私の処遇や体調管理など一切を受け持ってくれた簗瀬博士の娘で、戸籍上の義姉。姉といっても精神的にも肉体的にも同い年の様なもので、すぐに昔からの友人だったかのように仲良くなることができた。お日様の下にいるのが似合う、「朗らか」とか「快活」という言葉が一番しっくりくる性格。それでいて恭介に対しては一歩踏み出せない、内気な女の子らしい一面も持つ困った娘。私はこの娘に、そしてこの娘がいる世界に憧れていた。砲火の聞こえない世界。青い海と、緑成す大地に埋め尽くされた、明日への希望に満ち溢れた世界。聞けば地球も敵対勢力による放射性物質の汚染を受けたが、イスカンダル星にいたスターシア様の御子孫が手を差し伸べてくれたおかげで、元の姿を取り戻せたという。その後も幾度となく攻められて―――なんと、ガトランティス帝国の侵略も受けたらしい―――本星占領の憂き目にあっても、心優しい人々の助けを受けて復興を果たした、奇跡の星。地球人は、私みたいな災厄の元になりかねない存在も、快く受け入れてくれた。この星は、確かに多少の危険はあるだろうけれど、それでも攻め滅ぼされようとしている星よりはよっぽど平和だ。アレックス星と環境が似ていて、私がなんの防備をしていなくても普通に暮らしていける、理想郷の様な場所だった。だから私は博士の提案を受け入れて、地球人として平民の生活を送る事を選んだ。それが祖国で苦しんでいる民の姿に目を瞑っているだけと分かっていても、いつかは終わってしまう泡沫の夢であると理解していても、一夜限りの甘い夢に浸りたいという誘惑に逆らえなかった。でも、それももうおしまい。もともとこの身に余るほどの幸福だ、手放すこと自体に何の迷いも無い。地球で過ごした四ヶ月間は、幼い頃に戻ったみたいで本当に楽しかったな……。つかの間の思い出を愛しむように、ろくに動かない右手であかねの左手を握る。短い人生の中で一番充実していたあの日々は、目の前にいるあかねと、まぁ認めたくないけど、恭介がくれたもの。あかねと一緒と思えば、苦しまずに安らかに逝けるかもしれない。あかね、私ももうすぐそっちに……僅かな異状に気付く。握った手に、振動を感じる。脈動だ。彼女の心臓は、まだ微弱ながら動きを続けている!「あかね!? 貴方まだ生きてるの!?」ありえない。意識を失っていた時間がどれだけだか分からないが、宇宙服を装備していない人間が死ぬには十分な時間はとっくに過ぎているはず。何の特殊能力も持っていない軟弱な地球人が、ごく普通の女の子が宇宙空間でこんなにも永い間生きていられるはずがない。「違うわね……貴方、やっぱりそうだったのね」真空空間で、普通の地球人が生きられるはずがない。ならば――――――そういうことなんだろう。「まだ生きている貴方を、私の道連れにする訳には、いかないわね……」痛む体をおして、身体を起こす。死を受け入れるのは私の勝手。でも、私の我儘にまだ生きているあかねを巻き込むのは、エゴだ。私と違って、あかねにはまだ生きる理由がある。私と違って、あかねには明日への希望がある。幸せが待っている。いいえ、私自身があかねに生きていてほしいと思っている。こんな健気でいい娘が、目の前にあるはずの幸せを掴めずに死んでしまうなんて、許せない。私が得られそうにない幸せを彼女は手に入れようとしていた。幸せを手に入れる瞬間をこの目で見届けるのが、私の密かな楽しみだったのだ。私は、あかねに自分を、自分の夢を重ねていた。戦乱の無い世界で、王家のしきたりもしがらみも無い世界で、ただただ愛する人と幸せに過ごす日々。そんなささいな夢をいままさに体現しようとしていて、それでいていつまでも踏み切れないのが、あかねと恭介だった。彼女が恭介といて幸せそうにしているのが嬉しくて、その幸せをほんの少しだけ分けてもらいたくて、義妹の立場を利用して二人につきまとった。恭介とあかねの仲が決定的になるのを応援したくて、それでいていつまでもこのままでいて欲しくもあって、私が入り込む事で二人の距離をコントロールしようとさえしていた。そんな愚かな行為をした罰が当たったのだろうか?だとしたら、私は償わなければならない。これは、私がこの命を以てしても購わなければならない、罪科なのだ。「どうせ死ぬなら、貴方のために使ってあげた方が、よっぽど有効利用よね。―――――――――感謝しなさいよ、恭介。あんたの為に、この私が一肌脱いであげるんだから」無理に体を動かして、息も絶え絶えだ。息苦しさに顎を上げる。真っ白い太陽に、砂粒の様な黒い影がいくつか見える。敵の宇宙船だろうか。もしかしたら、救援かもしれない。どちらにせよ、あれを待っていたら彼女は助からないだろう。あかねに向き直る。彼女の顔を見て、自然と笑みがこぼれる。知らず、涙が頬を伝っていくのが分かった。もう一度あかねの手をぎゅっと握りしめて、息を大きく吸って、「それじゃあ。またね、あかね」ヘルメットを脱いだ。