2208年3月2日 14時55分 天の川銀河外縁部テレザート星系第4惑星テレザート星は、アンドロメダ座銀河方面へ約2万光年の位置にあった。具体的には赤経0時30分赤緯35.1度、19890光年といったところだ。地球の地表からテレザート星の方角を望むと、アンドロメダ座の周囲にペガサス座、カシオペア座、さんかく座、とかげ座、ペルセウス座、うお座などが輝いている。紀元前から人々が見上げていたこれらの星座を構成する恒星の多くは、23世紀の今となっては「ご近所にある星」と認識されている。恒星間エンジンである波動エンジンを以てすれば、東京―京都間をエ○バスで移動するよりも早く着く事が出来るのだ。地球連邦軍第3辺境調査船団もその例にもれず、第11番惑星公転軌道を過ぎたところで2000光年を跳躍するワープを決行。あっという間に―――異次元を通過しているが故に、通り過ぎたという表現もおかしいのだが―――星々の遥か後方へと飛んで行ってしまった。最初のワープで辿りついたのは、赤経1時35分、赤緯14度、地球から2296光年の宙域。絶対等級マイナス3,1のうお座109番星を中心にいただく星系の真っただ中だ。この星系は大小7つの惑星と11の準惑星から成り立っており、星系としては比較的大きな部類に入る。太陽系からの距離、宇宙開発に必要な資源の可能性を考えると、なによりこのメンバーでの初めての探査作業であることを考えると、ここを手始めにするのが一番適切だった。ここで調査船団は各惑星・準惑星に対して光学およびタキオン粒子による観測を実施。その結果、特に有用な鉱物資源の採掘が見込まれる1番惑星、3番惑星および4つの準惑星に対して、艦隊を散開させて各艦が割り振られた星を調査することになった。旗艦である『エリス』と無人戦艦『アスカロン』『ネグリング』は恒星の周辺に待機。3番惑星にはフランス戦艦『ストラブ―ル』、4番惑星にはアメリカ艦『ニュージャージー』が担当。日本の『シナノ』とドイツの『ペーター・シュトラッサー』は準惑星を2つずつ割り振られた。準惑星に向かう2隻には護衛として、巡洋艦と駆逐艦が3隻ずつ随行することが認められた。『ストラブ―ル』と『ニュージャージー』になにか起こったときには『エリス』と無人艦が行く手筈になっている。そして今現在。『シナノ』を発進したコスモハウンド1号機と2号機は、割り当てられた準惑星ζ(ゼータ)とθ(シータ)へ針路をとっている。小型宇宙船ほどの大きさを持つこの惑星探査用探査艇は、探査用のヘリや車両を搭載できるだけでなく、観測/コンピューター室、科学調査室、倉庫2部屋、そして観測用レドームを装備している。中世紀の戦略爆撃機を思わせる、下方視界窓を備えた特徴的な機首。大きなデルタ翼と、その翼端に上下の垂直尾翼。大きく張り出したスラストコーンは第一世代型駆逐艦や巡洋艦を彷彿とさせる。「まるで、昔の冥王星みたいだわ……」1号機の機体中央付近、客席に設えられた正面のモニターに映る準惑星ゼータを見ながら、冨士野シズカはポツリともらした。惑星になるほどの十分な重さと大きさになれなかった、恒星から遥か遠く離れた岩の星。水星のように灼熱の太陽に地表を焼かれることもなく、木星のように巨大で濃厚な大気を纏うこともなく、地球のように液体状態の水を湛えることもなく、彗星のように極長の楕円軌道を描くこともない。敢えて言うならば特徴がないのが特徴という、そんな星。ガミラスフォーミングされる前の冥王星は、まさに目の前にある星の様な姿をしていたという。かくいう冨士野も、過去の冥王星を実際に見たことがあるわけではない。「メイオウセイ? そういえば、私が『シナノ』に助けられた場所がメイオウセイ公転軌道上とか、恭介が言ってたっけ」なにげなく呟いた言葉に、右に座っていた簗瀬そらが反応する。初めてこの船に乗ったときとは違って、彼女は地球防衛軍の宇宙服を着用している。色は冨士野と同じ、青色だ。「そう、その冥王星よ。そんなことより貴女、本当に来て大丈夫? こんな危険な調査に貴女みたいなお姫様が来て大丈夫なの?」疑惑の眼でそらを見つめる。言葉こそ棘がつかないようにつとめたが、そらの同行を迷惑に思っている事は十分に伝わったはずだ。たとえ現在の彼女が地球市民という立場であっても、彼女が本当はアレックス星の御姫様であることは、『シナノ』クル―なら誰でも知っている。彼女たっての希望で特別扱いしないことにはなっているが、そう言われてハイそうですかとはいかないのが人間心理というものだ。ゆえに冨士野は、船外活動という危険な任務に簗瀬そらを就かせることに抵抗を感じていた。「いいのいいの、ここに来るまでの方がよっぽど危険だったし。それに、これは私がやらなきゃいけない仕事だから」「そらは国から派遣された辺境調査員だし、私はそらの付き添い兼お手伝い」「そして俺は二人の付き添い兼護衛ッス。探査艇の運転手ぐらいはしますんで、勘弁して下さい」そらの隣には黄色い服の簗瀬あかね、通路を挟んで向かいには苦笑いをした青い服の篠田恭介が口を出す。この二人が同行していることも、頭痛の種の一つだ。金魚のフンみたいに繋がってついてきた3人に、呆れたと言わんばかりの表情を向けた。「……なんか貴方達、三馬鹿トリオみたいね」「ひどいですシズカさん! こんなお猿さんとひと括りにしないでください!」「お前、しつこくそのネタ引っ張るのな!」「そうよ、そら! 兄さんは猿じゃないわ! ただの変態よ!」「あかねまでキャラ変わってねぇか!? おいそらテメェ、あかねに悪い影響を与えるな!」「恭介もあかねに言われるようじゃおしまいね!」「んだとコラァ!」たちまちのうちに騒ぎ出す3人兄妹(義理)。彼ら3人が集まると、すぐに場が騒がしくなる。艦内でいろんな作業をしていても、彼女たち3人はすぐ目立つ。あかねとそらは一緒にいても、ごく普通の仲良し姉妹にしか見えない。篠田とどちらか片方だけでも、やはりただの兄妹としての姿しか見えない。だが、3人が揃うと途端にやかましくなる。はじめにそらが恭介につっかかり、恭介がそれに反論する。あかねは二人を窘めるか、そらに加勢するのだ。つまり、何が言いたいかというと。「篠田、静かになさい! まもなく地表に着陸ですよ!」「怒られるの俺ですか!?」この男が全部悪いということだ。抗議の声を上げる篠田を無視して、冨士野は視線をモニターに戻す。かしまし三人娘(うち男一人)が狭い機内でわいわいしているうちに、コスモハウンドはゼータ星の大気圏内に突入していた。地球に帰還するときのような、強烈な振動と大気がプラズマ化して外の景色が真っ赤に光ることは起きない。あまりに大気が薄いため、地球のような摩擦が発生しないのだ。モニターに映る灰褐色の準惑星の肌はシミそばかすに汚れ、大きく盛り上がった山脈と深く刻まれた谷はさながら老人の皺のようだ。事前に観測したところだと自転周期は地球時間でいうところの89時間前後。自転軸は公転軌道面に対して17度。公転周期は約102年、公転軌道は楕円形だが、冥王星のように他の惑星の公転軌道面とあまり乖離してはいない。弱々しい日の当たるところは灰色の大地が白砂の砂漠のように変わり、逆に日の当らないところは水墨画のように色身の無い景色が広がっている。そして星の地平線からは桃色の光の点がまるでルビーの指輪のように美しく光り……光?『正面地平線上に巨大なエネルギー反応!』『砲撃か? 回避!』機内のスピーカーから操縦席の怒声が漏れ聞こえてくる。一瞬スピーカーに移した視線をモニターに戻すと、そこにあるのは真っ黒な空と灰色の大地。その境界に濃いピンク色の点が膨張し。それが傾いたと思った直後、客室がモニターから放たれる名状し難い閃光に包まれた。◇同刻同場所 『シナノ』第一艦橋自然界ではありえない色をした光芒が、左旋回を始めたばかりのコスモハウンドの右舷側を擦過して垂直尾翼を掠め取っていく様は、第一艦橋の大型ディスプレイで全員が目の当たりにしていた。「コスモハウンド1号機、右翼に被弾! 攻撃方位は355度、伏角14度、ゼータ星の地平線の向こうです!」来栖の悲鳴のような報告が、平穏だった第一艦橋を緊張に変える。その頃には薄紅色の太い光線が『シナノ』の遥か下方を通過している。館花が前方にエネルギーの増大を発見してからわずか2秒での発砲に、『シナノ』は完全に先手を取られる形となった。「戦闘配置。北野、面舵反転、下げ舵45度。地平線の下に隠れろ。葦津、後続の艦にも伝えろ」「面舵反転下げ舵45度、ヨーソロー! 機関長、波動エンジンフルパワー!」「波動エンジン、出力を100%に上げます」芹沢艦長の矢継ぎ早の命令に、北野と島津が答える。その間に南部は、戦闘配置の警報を鳴らして飛行隊受令室への直通回線を開いた。「全艦砲雷撃戦用意。コスモタイガー隊全機、発進準備! 搭乗員は全員機体への搭乗を開始せよ!」「南部、コスモハウンドの救出が先だ。救命艇は着艦用甲板より発進、地形追随飛行で現場に向かうように指示しろ。それから一個小隊を、救命艇の護衛につける」「了解!」艦長の指示に南部が修正の通信を飛ばす間にも、コスモハウンドは被弾箇所から大量の黒煙を引きずりながら、地上へと緩降下をしている。錐揉みせずに機体を安定させている事が救いだが、主エンジンに不調をきたしているのか、下部スラスターを懸命に吹かして落下速度を殺しつつも浮上するまでには至らない。低軌道上を遊弋していた『シナノ』の遥か下方、コスモハウンドは大きな左旋回をしながら伏角20度以上の危険な降下角で不時着を試みようとしていた。北野が右のフットペダルを思いっきり蹴飛ばし、操縦桿を右に傾け、身体ごと操縦桿を力いっぱい前に押し込む。『シナノ』は艦橋を右に傾けて艦首甲板のスラスターを煌めかせ、自転車が坂道を駆け下るように華麗に滑り降りていく。後続する第一世代型巡洋艦『すくね』『ブリリアント』と第二世代型巡洋艦『デリー』、第一世代型駆逐艦『ズーク』『パシフィック』と第二世代型駆逐艦『カニール』もそれぞれ命令された回避行動をとっており、自然と陣形は単縦陣から変則的な単横陣へと変化していた。回頭が完了すれば、今度は『シナノ』を最後尾とした単縦陣に戻るだろう。艦長はさらに指示を飛ばしながら、コスモハウンドの状態を気にかける。「1号機のモニタリングは続けているな?」「現在本艦より265……260度、距離42キロ。高度830メートルまで降下。どうやら、前方の海に不時着を試みるようです」芹沢は手元のディスプレイにカメラの映像を呼び出した。なるほど、コスモハウンドの行きつく先には海―――周りに比べて薄暗い平地がある。上手くいけば、その幅広な図体を活かして胴体着陸できるだろう。艦隊はなおも高度を下げ、180度回頭したところで『カニール』を先頭、『シナノ』を最後尾とする単縦陣に編成しなおされた。「葦津、1号機との通信は?」「……駄目です、応答がありません」艦長はしきりに不精髭を撫でながら、自分自身の焦りを押さえつける。「引き続き呼びかけてくれ。それと、2号機には帰投命令を。南部、実戦豊富なところを見込んで聞きたい。貴様は、今の攻撃をどう見る? 見たところ、火焔直撃砲ではないようだが」ガトランティスの兵器ではないのかと暗に問うてくる艦長。しかし南部は、一瞬思案した後に思ったことを率直に述べた。「あの一瞬ではなんとも言えませんが、我々の波動砲と同タイプの兵器であることは確かです。火焔直撃砲は射出した火焔を目の前にワープさせてぶつける兵器ですから、あのような光の帯が発生することはあり得ません」「波動砲と同じ……それはつまり、威力が大きい代わりに制限がかかる兵器という事か?」「証拠はありません。そもそも、今の光線がどういったものかが分からないと、弱点も分かりませんよ」「その通りだな。藤本、館花。先程の攻撃を解析してくれ」「了解。自分は分析室に行きます」藤本技師長はエレベーターに乗り、第二艦橋の分析室へ向かう。その入れ替わりに、サンディの侍従猫であるブーケと、もはや彼の足代わりとなってしまっている柏木卓馬が第一艦橋に入ってきた。到着するなり、ブーケは艦長のモニター群の縁に飛び乗って芹沢に問いかけた。「セリザワ、話は聞いた。状況はどうなっている?」「ブーケ殿……。彼女を危険な目に合わせてしまって、申し訳ない」芹沢の謝罪に、黒猫は首を横に振って答えた。「謝罪の必要はない。姫様も自分の意志で任務に赴いているのだ、危険は重々承知のはず。それで、敵の攻撃だそうだが、やはりガトランティスか?」「いや、それはまだ分からん。攻撃後すぐに地平線の下まで退避したから、敵は第二射を撃ってきていない。しかし、ガトランティス帝国はあのような大型の光学兵器を配備しているという話は聞いた事がないが……」攻撃の瞬間の映像を再生して、そちらは知らないかとブーケに無言で問いかける。少々太り気味の黒猫は、ゆっくりとディスプレイの前に降り立った。そして画面に映るピンク色の閃光を一目見た瞬間、猫の瞳孔が驚愕に細まった。「こ、これは、光子砲ではないか!? こんなところにまで配備されているのか!」「光子砲? 聞いた事のない兵器だが、それは一体どういう兵器だ?」ううむ、とブーケは一言頷いて、「光子砲は、ガトランティスの無人要塞に搭載されている兵器だ。恒星が発する光子を集めて、そのエネルギーを相手に向けて照射する。光エネルギーを原料とするため燃料を補給する必要がなく、恒星が存在し続ける限り射程に入ったものを片っ端から撃ち落とすという厄介な兵器だ」「片っ端……? だからコスモハウンドも……!」「そんな……なんでこんなところにそんな兵器が!?」来栖と館花が悲鳴めいた声を上げる。ブーケが説明を続ける。「しかし、もっと厄介なのは要塞が張る光子バリアだ。これは光以外の一切を遮断する。ワシらの軍がいくら砲撃をしてもミサイルを放っても、このバリアの前には無力だった。一度設置されれば誰の支配下にも入らず、射界に入るもの全てに牙をむき、暴力だけが独り歩きする、そんな代物なのだ」眉間に皺を刻んで、悔しげに言葉を繋げるブーケ。その表情から、アレックス星がいかにこの兵器に苦しめられてきたか、いかに甚大な被害を被ったかが窺えた。「対策は!? アレックス星は、どうやってこいつを倒したんだ!?」坂巻もいつもの余裕を無くして語気を荒げて叫ぶ。しかし、ガトランティスとの戦いを長年見つめ続けてきた老猫は、ゆっくりと頭を振った。「ワシらはついに、こいつを攻略することはできなかった。数少ない成功例は、無人要塞同士で相討ちさせた場合のみ……。同盟国だったダイサング帝国とプットゥール連邦は、この兵器で本星を破壊されているのだ。もしかしたら、アレックス星も今頃……」今度こそ静まり返る、第一艦橋。相手はアレックス星が20年に渡って苦しめられてきた、攻防ともに完全無欠という無人要塞。しかし、それでも『シナノ』はこの困難な相手に戦いを挑まなければならないだろう。ゼータ星を探査するためにも、うお座109番星系への航路啓開のためにも、天の川銀河からガトランティスを完全に排除するためにも、この光子砲要塞は絶対に破壊しなくてはいけない。なによりも、コスモハウンドの乗員を救出するためには、救命艇を襲う脅威を完全に排除しなければならないのだ。南部は思う。絶体絶命のピンチなんて、何度も経験してきた。死に掛けたことだって何度もある。今更難攻不落の要塞なんて言われても、俺の気持ちは戦うことで既に決まっている。ただ、「仲間の仇を討つ」という動機だけは、もう二度と御免だ。「篠田……無事でいてくれよ」今は、コスモハウンドからの応答を信じて待つことしかできなかった。◇同日21時54分 天の川銀河外縁部 旧テレザート星宙域 ラルバン星司令執務室「無人惑星1988号から通信が入ったというのは本当か!?」マントをひっつかみ、執務室を飛び出して指令室へと向かうガーリバーグ。耳元に無線機をつけ、指令室と情報をやりとりしながら早足で地階へ続く階段を下りた。「つい3分程前に、突然入ってきました。確かに、うお座109番星系にある1988号です」間違いないと断言する通信員。だが、ガーリバーグはまだ信じられない。何故なら、その報告はあり得ないはずなのだ。「1988号は建造途中で放棄されたんじゃなかったのか?」無人惑星1988号は、ポルックス星系に配備するべくゲーニッツ総参謀長が建造を指揮していたものだ。しかし白色彗星の陥落の際に戦死したことによって、建造の中止が正式決定されたと聞いている。建造に携わっていた工員は地球侵攻艦隊が撤退する際に回収され、今ではラルバン星所属の工員として働いてくれているのだから、間違いない。今会話をしている通信員も、そこで通信班員として働いていたから採用しているのだ。「確かに1988号は未完成です。しかし私が当時聞いていた話だと、砲台としての最低限の機能は既に完成していました。太陽電池は試験運用が始まっていましたし、残るは惑星間航行プログラムと針路変更用ロケットエンジンの設置だったそうです」「とすると、撤退するときに誰かが稼働させていったというのか……通信の内容は何だ?」「は……14時50分所属不明の小型飛行物体を発見、光子砲のチャージを開始。同55分光子砲発射、これを撃破。同時刻、所属不明の大型物体群を発見、56分ロスト。以上です」「艦隊……? 詳細は分からんのか?」通信員は無理です、と答えた。「無人要塞は、『味方かそれ以外か』しか判断しません。敵味方識別装置に反応しないものは全て撃ち落とす設定になっていますので、そこまでの精度を求められていないのです」どうせ撃ち落とすのなら、どんな敵だったのかは問わないということか。戦闘機械としてはそれでいいのかもしれないが、これでは情報が少なすぎて困る。「アレックス星攻略部隊に報告電を送れ。『うお座109星系にて地球艦隊と思しき艦隊を発見の報アリ。』とな」とはいえ、これが地球から来た艦隊である事は容易に想像つく。あそこから地球までは2000光年程度。ウラリア帝国の本星までいける技術力を持つ星ならば、2000光年なんて至近距離だ。暗黒星団帝国軍という可能性も無きにしも非ずだが、それならそれでダーダーに殲滅しておいてもらえば、それだけラルバン星は安泰となる。ならば、ダーダー義兄に連絡してぶつけるに限る。―――ああ、そうだ。「無人要塞の件は言わなくていい。俺が作りかけのものを回収せずに放置しているなんて知られたら、またグチグチ嫌味を言ってきかねないからな。偵察衛星が発見したことにしておけ」「了解しました」ダーダーがどれだけの兵力を分遣するかは分からないが、万一帰ってきたときのために戦力は少しでも削っておくに越したことはない。「……やれることはやっておかないとな」「司令、何か仰られましたか?」おっと、まだインカムが生きていたか。「なんでもない。あと1分で指令室に到着する。引き続き情報収集に全力を注げ」マントを肩に装着しながら、指令室へ続く廊下を駆け抜けた。◇2208年3月2日 15時17分 天の川銀河外縁部うお座109番星系ゼータ星地表 コスモハウンド1号機機外俺が彼女を一人の女性として意識しだした時というのは、はっきりと覚えている。しかし、もしかしたら俺は彼女に初めて会った時から既に惚れていたのかもしれない。病室で初めて会ったときのインパクトは忘れられない。最初は俺とは性格が真逆のように思えて、仲よくするなんて思いもつかなかった。それがいつの間にやら妹同然になっていて。彼女が実は明るい性格だと知って、よく遊ぶようになって。彼女のことが、どんどん気になっていったんだ。彼女の長い髪が好きだった。無邪気な笑顔が好きだった。腕を組まれたりしたら、胸のドキドキを悟られないように冷静を装うのが大変だった。それでも、スレンダーな肢体に目を奪われてしまうことも、一度や二度ではなかった。彼女を失いたくない。俺にとって彼女は妹同然で、しかし妹よりもずっと特別な存在だ。もし生きて『シナノ』に帰ることができたら、今度こそお前に、ちゃんと告白するから。俺のほうから、お前に「好きだ」と、面と向かってはっきり言うから。だから、だから―――お願いだから、目を覚ましてくれよ。