2207年10月27日 月面基地某所扉を開けて入ってきた瞬間、男には来訪者の正体が分かった。彼はゆっくりと瞼を開き、訪問者のシルエットを見据える。「君が直接顔を見せに来るとは……一体、どういう風の吹きまわしかね?」「……別に。近くに来たから、寄っただけよ」言ってやった皮肉にも反応せず、いつものそっけない態度。他の者に対してどうかは知らないが、男の知る限り、それがこの女の通常だった。「それで、私に何の用だ? ただ話をしに来ただけではないのだろう?」「そんなツレないこと言うんじゃないわよ。短い付き合いじゃないでしょう?」「もう6年になるか? 何度も言うが、左胸と頭を撃たれていた死にかけの私をよく助けたもんだ」「なら私も、同じ言葉で返すわ。パルチザンとしては、貴方の情報・技術将校という立場は死なすには惜しいものだった。それに一科学者としては、生きているサンプルは一体でも多い方がよかったのよ」「その割には、成果が出ていないようだが?」男は金糸のような細い髪を揺らしてゆっくりと周囲を見回す。男の周囲には、静寂を内包した暗闇。そして、誘蛾灯の様に薄黄色に輝く光の柱がいくつも並んでいる。使い古された蛍光灯にも似た柱の中身は、人の頭。揃いも揃って首から下が無い。それはまるで、梟首された罪人の姿だ。「それについては……本当に申し訳ないと思っているわ。現在の我々の技術力では、失われた地球人の体を再生することはできても一からウラリア人の身体を人工的に造り上げることはできなかった。どうしても、何かしらの欠陥が生まれてしまうのよ」部屋を訪れた女は長い髪を後ろでアップに纏め、度の弱い眼鏡をかけている。年季を感じさせる白衣は、ヨレヨレで染みだらけだ。カツ、カツ、と靴音を立ててゆっくりと男の元に近づく。「君達が努力してくれている事は分かっている。そんな事を責めるつもりは毛頭ない」「……せめて、そっち側の科学者と技術交流ができればよかったんだけどね」女は、申し訳なさそうに僅かに目を伏せた。「地球に降りていた技術者や科学者は、ヨコハマ防衛戦でのきなみ殺されてしまったからな」「当時の私達には、ウラリア人は兵士も技術者も十把一絡げで『敵』だったわ。選り分けている余裕なんてなかったのよ。アンタだって、森雪が技術・情報将校だって教えてくれたからパルチザンも助けるのを納得してもらえたんだから」「森雪、か……。懐かしい名だ」男は瞼を閉じ、僅かに笑みを浮かべる。記憶の中の女性を反芻するように、遠い思い出を噛み締める。彼と彼女に何があったのか、女は報告された情報以上の事を知らない。女には、今の彼が森雪に対してどのような気持ちを抱いているのか、想像するしかなかった。「アンタ、まだ忘れられないの? 森雪のこと。あの女はとっくに他の男のモンなのに」女がそう意地悪を言ってやると、男は拗ねたような皮肉を言いたげな表情を浮かべた。「置き人形に等しい私の数少ない退屈しのぎだ。放っておいてくれたまえ」「ハイハイ、どうせ地球人はまだアンタらの身体を解明できていませんよ。仕方ないでしょう? 地球人用の義手・義足をつけたって拒否反応が出るんだから。何なのよアンタたち、地球人の技術を悉く拒絶しちゃって。やる気あんの?」「それも含めて人間の……いや、生命の神秘ということだ。今ではむしろ、成功しなくて良かった、と思う事もあるんだ」へぇ、と呟いて口角を吊り上げる女。暗黒星団帝国の人間の事情を知っている彼女には、目の前の男がそのような事を言うとは考えもしなかった。「理由を聞いても……いいかしら?」近くの壁に背を預けた女を目を追いながら、「ああ、構わない」と男は微笑みながら頷いた。その顔は末期の人間特有の、命の終焉を前に悟った者だけが見せる儚げなものだった。少し昔話をしようか、と男は口火を切った。「ウラリア帝国は昔から星間戦争を繰り返した星でね。何百年も、戦って、戦って、戦い尽くして……、そうやって二重銀河を平定したんだ。しかしその頃には、傷痍軍人の生活保障が深刻な問題となっていた」「……」「初めは、義手・義足や欠損した内臓を補うところから始まったらしい。しかし、次第に機械化歩兵というものが戦争に大いに役に立つと気づいたご先祖たちは、積極的に体を作り変えていったそうだ。何せ、生身の体と違って機械の体は失ってもいくらでも替えがきくし、痛みを感じないからね」「そこで止めときゃよかったのよ、アンタたちは。そこが、地球人とウラリア人の決定的な差だったのでしょうね」つい口を挟んでしまった白衣の女に、「全くだ。そのとおりだと思うよ、私も」自嘲気味に答える男。自国の歴史を客観的に評価できる彼の聡明さは、彼女が彼を気に入っていた理由のひとつだった。「そうやって機械の体を持つ人間が代を重ねていくうちに、人間の体は機械の補助を受けるのが当たり前になってしまったらしい。機械に接続されやすい肉体を持った人間が生まれてきたんだ」「何よ、その『機械に接続されやすい肉体』って?」「四肢が欠損したり、神経が末端まで繋がっていなかったり、臓器が極端に小さかったり。そんな、機械に取って替わられることを前提とした体つきということだ。そんな退化――――――体にとっては環境に適応できるように進化したつもりなのだろうが、それが続いた行き先が、私達のような頭以外は殆どない状態で生まれてくる現在のウラリア人だ」「……貴方の口から言われると、説得力倍増ね」そう言って彼を正面から見つめる女。男の肌の色は暗青い灰色、首から下には丁度人間の胴体と同じくらいの大きさの機械と、そこから生えた無数のケーブル。ウラリア人の正体をこれでもかというほど晒した状態だった。「それから私たちの戦争目的のひとつに、健全な肉体の確保が加わった。占領した星々の人間を研究し、実験も頻繁に行った。しかし、いずれの星の人間も、ウラリア人には適合しなかった」「技術の遅れた地球ならともかく、ウラリアならば簡単にできそうな気がするけど?」「それが我々にも謎だった……。しかし、ここに来て君達地球人と接しているうちに、思うようになった事がある」「何よ?」そっけなく続きを促す女。しかし、そっぽを向きながらも視線は男を見ていた。「そもそも生命は、我々人間が扱えるような軽いものではないのではないか、とな。命を好きにできるのは、人類よりももっと崇高な……そう、神の領域なのではないか。だから、ウラリア人類と地球人類の肉体が適合しないと聞いて、生命の崇高さを汚さずに済んだと、心のどこかで安堵したのだ」「――――――がっかりね。貴方の口からそんな非科学的で幼稚な言葉が出てくるなんて」どうやら彼の言葉が気に入らなかったらしく、溜息と冷たい言葉とともに女は白衣を翻して完全に背中を向けてしまう。「神や宗教を語るのは、人類の特権だろう?」「神を捨てた人種がよく言うわ。ウラリア人に宗教が残ってたら、肉体を捨てたりしないでしょうに。……私は諦めないわよ。確かに地球人への脳移植も、ウラリア人の身体の復元も失敗した。でも私は、神なんて訳が分からなくて気まぐれで数字で観測できないものを失敗の言い訳になんて、絶対にしない。科学者の矜持にかけて、絶対にウラリア人に肉体を取り戻してみせるわ」「そういう君も、十分にこちら側の人間だと思うがね。……しかし、先程の言い方からするに地球人も我々と同じような道に行きかけたのだろう? 何故地球人は機械化の道を進まなかった?」地球にも、生身となんら変わらない性能を持つ義手・義足は存在する。彼女の話によれば、最近では末期の放射線病患者を全快させた例もあるそうだ。それが示すのは、地球人類が自らの身体を良く把握し、科学的に再現することが可能という事。地球人類だけではない、同じレベルの医療技術を持つ人類は他の星にも存在していた。ならば何故、地球人類は貧弱で劣化しやすい生身の体に拘り続けたのか。ウラリア人のように失ってからその価値を再認識するのではなく、地球人類が人体の機械化に興味を持たなかったのは何故か。彼にはそれが分からなかった。しばしの無言。部屋には、生命維持装置の作動音と泡が試験官の中を浮き上がる音だけが響く。「……科学に命を捧げたマッドサイエンティストには、そんな哲学とか心理学みたいな事は分からないわ。改造人間を作るより、ロボットを作る方が楽しかったんじゃない?」そのまま歩みを進め、部屋から出ていこうとする女。「――――――そう、か。そうかもな」彼女がまともな答えをよこすとは、男の方も期待していなかった。そのまま黙って彼女を見送る。扉をくぐったところではたと立ち止まり、女は「そういえば」と呟く。「もし神様がいて、罪と罰を決めているのなら。人の身体をいじくるのと人の心をいじくるの、どちらの方が罪深いと言うかしらね……?」「……どういう意味だ?」「色んな意味よ……。また来るわ、アルフォン少尉」それだけ残して、女は視界から消える。結局、彼女が来た理由は分からないままだった。◇同日同刻 天の川銀河辺縁部 旧テレザート星宙域この戦いに意味はあるのか。彼は傷だらけの姿で旗艦『ブラップトーイ』の戦闘艦橋に立ち、被弾した際に破壊され――――――失った右腕の断面を左手で庇い、自問自答する。戦闘開始から一時間強。既に戦況は艦隊戦の体を為さず、敵味方入り乱れてのバトルロイヤルとなっている。背後から撃つもアリ、多数で一隻を集中砲撃するもアリ、逆に全く戦闘に参加しないのもアリの、無法地帯だ。レーダーで見る限り、これ幸いと敵前逃亡してしまった艦もあるようだ。正直なところ、敵味方が入り乱れての戦闘というものを経験したことが無いわけではない……というより、大抵の宙間戦闘というものは最終的にはノーガードの殴り合いに行きつくものだ。必中の距離から互いの持つ火器全てをぶつけ合い、色んな技術と幸運が優れたものが勝利するのである。そして勝者はなお戦っている味方を援護し、2対1になった敵は倒され、勝者は更に2隻が援護に回って3対1になる……。そうやって均衡が崩れた戦場は、やがて片方が片方を蹂躙する殺戮の場と化すものだ。しかし、この戦場は何だ。互いに一歩も譲らず、優勢も劣勢もつかないままただ戦力だけが消耗していく様は、暗黒星団帝国が最も避けるべきである消耗戦以外の何物でもないではないか。我が艦も敵大戦艦6隻の集中砲火を浴び、大破炎上中。艦橋砲の射軸上にいなかったのが不幸中の幸いか。青かった静寂の宙はもはやなく、黒煤と血煙が視界を埋め、絶望と怨嗟が世界を占めている。地獄絵図だ、と心底思う。互いが敵意と恐怖のままに心身をすりつぶし、どちらかが完全に消滅するまで争い合う。こんな事は、人間の所業でも機械の作業でもない。畜生の生業ではないか。そんな戦闘で死ぬことが、ウラリア帝国人の誉れになるのか。人間でありつづけることを追い求めた末の結末が、こんな動物の縄張り争いみたいな戦でいいのか。……分からない。私には、今の帝国上層部の考えている事が分からなかった。母なる星、テザリアム星が地球の戦艦によって滅ぼされて5年。残された各方面軍の首脳陣は二重銀河が崩壊して誕生した新銀河の中の一つの星に集結し、暫定軍事政権を設立した。そして閣議の結果、当面の間は従来通りウラリア人に適合する人間の肉体を求めて星間戦争を継続することが決定したのだ。果たして現在、ウラリア帝国軍は本拠地である新銀河の復興をなおざりにして、今の侵略戦争に明け暮れていると言う訳である。上層部の考えとしては、崩壊と融合で混沌が続く新銀河に留まり続けるよりも、さっさと新鮮な肉体と新たな母星を手に入れてそちらに移住すればいいと考えているのだろう。しかし、いくら本星が無くなってしまったからといって、途絶してしまった兵站をろくに回復させずに戦争を続行するのはどういう思惑があってだろうか?中間補給基地を地球の船――――――名は、『ヤマト』だったかと思う――――――の攻撃で沈められている我が天の川銀河方面軍は特に戦力の消耗が激しく、補給能力も著しく減衰している。地球侵攻失敗後、別の宙域に再度中間補給基地――――――補給が滞りがちな為、ただの前線基地といった方が実態に合っているのだが――――――を再建造した我々は、地球侵攻軍の残存艦隊を回収することで戦力の回復を図ってきた。しかし、ラルバン星侵攻作戦が始まってからは再び艦艇の損失が鰻上りだ。ついに今回の侵攻からは、他の戦線から艦艇を融通してもらわなければまともに艦隊を編成できなくなってしまった。もう、これ以上は戦闘を維持する戦力も士気も維持できない。だからこそ、中間基地に残存する戦力と増援を含めて、最小限の基地防衛戦力を除いた全ての軍艦を投入したのだ。しかし、それを以てしても互角――――――しかも旗艦を失った事で統制が乱れ、一番やってはいけない歯止めの利かない消耗戦にのめり込んでいる。「艦長、大変です!」部下のうわずった声も、もう聞き慣れてしまって何の意味も為さない。驚愕することが多すぎて、感覚が麻痺してしまっている。「今度は何だ! もう大抵の事じゃ驚かねぇぞ!?」「本艦正面に巨大な空間歪曲の兆候を確認! 惑星クラスです!」「惑星!? 間違いないのか!」「空間歪曲波のエコーを確認、距離約400万宇宙キロ! エコーの形状から、ワープアウト後この戦域を至近距離で通過するものと思われます!」「そんな……、そんなことになったら、我々どころかこの宙域全体に深刻な事態が起こるぞ!?」この戦域は、ラルバン星の重力圏内にある。ここの至近を惑星規模の質量体が通過すれば、周囲にあるすべてのものが惑星の重力に引き込まれるどころか、ラルバン星と惑星が衝突する可能性すらある。いや、それ以上に二つの大質量体が至近距離に存在する状況が突然出現することで、宙域全体にどんな影響が起こるのか、想像もつかない。「……撤退だ」心が、折れた。「―――は?」もう、こんなことに付き合っていられない。こんなところで命を落とすなんて馬鹿げている、報われない。「撤退だ撤退! 左180度反転、無差別ワープ準備! 一秒でも早くこの戦場から逃げるんだ!」「し、しかし味方がまだ戦闘中です!」「惑星が迫ってきてるんだ、他の艦も逃げるに決まっているだろう! いいからさっさとトンズラするぞ!」「りょ、了解しました!」剣幕に怯えて作業に戻る部下を尻目に、彼は惑星がワープアウトしてくる方角を睨みつける。煤とガラクタで汚された戦場の向こう、うっすらと見える群青の宙が波打つように歪み出すのが裸眼でも確認出来た。まずい、もう時間がない。艦が取り舵を切り、空間の歪みが視界の右端へと移る。空間歪曲のうねりはより激しさを増し、ワープアウトしてくるものの巨大さが否応なしに想像される。ここに至ってようやく気付いたのか、敵も味方もパタリと戦闘を止め、蜘蛛の子を散らしたように逃げ始める。ただ逃げるだけでは惑星の重力圏から逃げられない、ワープして逃げないと。もたついている周囲の艦を見てそう思うが、今から通信で注意を促した所で間に合うかどうか。「ワープ準備完了!」「ワープ!」艦が完全に後方を向いたところで、『ブラップトーイ』はワープシークエンスに入る。艦載機隊を置き去りにしていることには気付いていたが、帰艦を待つ余裕はなかった。◇同刻同場所 高速駆逐艦『フラミコーダ』艦橋迫り来る脅威を前に尻尾を撒いて逃げればいい暗黒星団帝国軍に対して、ラルバン星防衛艦隊とテレザート星宙域守備隊はこの場を離れなかった。一隻の戦艦がワープで撤退したのを皮切りに、戦意喪失した暗黒星団帝国の艦艇が次々に消えていく。敵機は、帰るべき母艦がさっさと逃げてしまって茫然自失しているところを味方機が血祭りにあげている。まるで止まっている的を落としているようだが、今はそれどころではない。戦場を離脱しようとしているのは、味方艦もまた同様なのだ。ガーリバーグは間髪いれずに駆逐艦『フラミコーダ』から指示を飛ばした。「ミサイル艦は何隻残っている! 破滅ミサイルの残弾は!?」「しかし司令、通信が混乱している為、命令が届きにくくなっております!」「全艦に伝える必要はない、ミサイル艦を一隻ずつ名指しで呼び出せ!」「了解!」惑星のワープアウトを恐れて三々五々に散っていく味方には目もくれず、必要な艦にだけ通信を飛ばす。ミサイル艦以外には用が無く、また他の味方を統制している余裕などない。“破滅ミサイルで惑星を粉々に破壊する”それが、ガーリバーグが咄嗟に思いついた策だった。暗黒星団帝国と違い、ラルバン基地からもワープアウト反応の詳細な観測情報を入手することができるガーリバーグは、惑星の予測質量やワープアウト後の軌道もある程度正確な予測情報を入手している。その結果によると、出現する惑星はこの宙域より若干――――――もちろん、天文学における「若干」だが――――――外側を通ってラルバン星の重力圏に捕まり、星に向かって落下していくらしい。予測値の誤差次第では落下でなく減速スイングバイとなるらしいが、そんな希望的観測を頼りに拱手傍観する気など毛頭ない。ワープアウトした瞬間に破滅ミサイルを撃ち込んで、オーバーキルで粉微塵に吹き飛ばすのだ。「司令、報告します。呼びかけに答えたミサイル艦は5隻、そのうち行動可能な艦は『エンデ』、『ケットン』、『ディアナスティン』の3隻。発射可能な破滅ミサイルは6発です」オリザーの副官だったグレイガが、下段の敬礼をしながら報告してくる。「む……一応、数としては十分だが。14隻いたミサイル艦が、今は3隻しか使えないのか」「応答しなかった艦も多数ありますから、一概に全て沈んだとは言えませんが……」「ラルバン星が滅ぶかもしれないという危機に、上官の通信にも応じず自らの安全しか考えていないような艦など、いないも同然だ。見ろ、命令を出していないのにミサイル艦の動きに呼応して戻ってくる艦もいるのだ。」外を見れば、反転して『フラミコーダ』の元に集まってくる3隻のミサイル艦の他にも、こちらの意図を察して踏み止まる大戦艦や護衛の任を全うしようと引き返す高速駆逐艦が見られる。対照的なこの光景を見れば、ガーリバーグが嘆息の息を漏らすのも致し方ないことだった。「司令、まもなく惑星がワープアウトしてきます」グレイガの落ち着き払った報告に、ガーリバーグは変化を見せ始める正面の空間を睨みつける。回頭中の3隻はいずれも至る所に被弾の形跡があるが、奇跡的にも破滅ミサイルに被弾していない艦だ。被弾した艦は例外なく周囲の艦を巻き込んで盛大な火球を膨らませ、消し炭一つ残さず消え去っている。「まだ艦隊の再編成が済んでいないが……仕方がない」質量の大きい物体は、ワープアウトの兆候が出てから実際に3次元空間に出現するまで時間がかかる。ようやく宇宙空間にワープアウト独特の青白い光が生まれるところだ。無窮の闇を吹き払う鮮やかなライトブルーの輝きの中から、蒼氷色と白色が混じり合った宝玉のような美しい星が姿を現す。蒼は恐らく海、乳白色は雲だろうか。だとしたら、人類が居住可能な条件を満たしている可能性もある。「レーダーに巨大物体の出現を確認! 大きさはラルバン星と同じクラスです!」空気の層をたなびかせて出現してきた惑星が、通常速度に戻る。球形の多くを占める滄海の青。その上を流れる渦状の純白は、間違いなく雨雲。大きさから見て、台風の類だろう。大陸と思われる部分は多くが植物の緑に覆われ、自転軸らしき場所だけが氷を纏っている。海岸沿いは縁取りをするかのように緑が失われ、変わりに無機質な建造物が立ち並ぶ。やはり、これだけ好条件の星ならば人類が住んでいて当然だろう。土気色の大地と鉛色の澱んだ海しかないラルバン星とは、何もかも違う。こんな、あらゆる生物にとっての理想郷のような星が、われわれの目の前に現れたのだ。しばし、艦橋が静寂に包まれる。ガーリバーグを含めた『バルーザ』の生き残りが皆、破壊対象の惑星の美しさに見とれていた。そんな、ほんの僅か漂っていた静謐を、「レーダーが12時方向に多数の艦影を探知!」同じく『バルーザ』から避難してきたレーダー士官がもたらした信じられない報告が遮った。「艦隊? どういうことだ、詳細に報告しろ」「分かりません! 惑星のワープアウトと同時に、少なくとも2個艦隊が惑星の手前に現れました! 恐らく、惑星と一緒にワープしてきたものと思われます!」「まさかこの惑星、白色彗星都市と同じ類の物か……!?」突如現れた惑星と、その表面に駐留していると思われる艦隊。我がガトランティス帝国大帝ズォ―ダ―5世が愛用した、彗星都市と同じ構図だ。難攻不落の移動要塞をベースキャンプに、前衛を戦艦艦隊、後衛を空母機動部隊が務める。まさに、眼前の光景と同じ。……まさか、ほかの方面軍の友軍が開発した、新たな彗星都市なのか?だとしたら何故こんなところに?「グレイガ、射撃は一旦中止だ。目の前の惑星と艦隊について調べる。」ガーリバーグは調査命令を出す。しかし、配下の痩せぎすの男はかぶりを振って、「――――――いえ、司令。その必要はありません。私は、あの星を知っています」「なに? 貴様、あの惑星の事を見たことがあるのか?」「ええ。私どころか、恐らくこの艦にいるクル―の殆どが知っています。何せ、私の予想が正しければ、この星は――――――」グレイガの独語にも似た声を、レーダー士官の大音声がかき消した。「敵味方識別装置で艦隊の所属が判明しました! 手前の艦隊はさんかく座銀河方面軍第19艦隊、奥の艦隊は恐らくアレックス艦隊と思われます!」そして、バラバラだった物語が、収束を始める。