2207年10月27日天の川銀河辺縁部 ガトランティス帝国旧テレザート星宙域守備隊ラルバン星司令部司令官公室屈辱の冥王星会戦から、3週間の時が流れた。手痛い敗北を喫したさんかく座銀河方面軍第19・1遊動機動艦隊の残存艦5隻は、地球よりアンドロメダ銀河方面に2万光年離れた天の川銀河辺縁部、旧テレザート星宙域まで撤退した。そこで偶然にも哨戒中の味方艦隊に遭遇し、テレザート星宙域守備隊――――――元々は彗星都市による天の川銀河侵略に先駆けてテレザート星とその周辺の惑星に進駐した部隊である――――――の司令部が設けられている惑星ラルバンに寄港したのは昨日の事だ。「しつこいぞオリザー! 今動かせる兵など一人もおらん!」司令部の最奥、赤銅色の壁に囲まれた執務室に若い男の怒声が響き渡る。広々とした部屋の最奥には、スパナの頭部のような形状の飾りを施されたチェア。ズォ―ダ―大帝が愛用していた華美な装飾が施されたそれと違って、こちらのチェアは質素なデザインをしている。その椅子に座ったまま声を荒げているのは、地球人に換算すると20代後半と思われる白髪を短く切り揃えた男性。若者でありながら髪どころか眉まで真っ白なさまは、ガトランティス広しといえども珍しい部類に入る。反響した声が収まるのを待たずに、オリザーは反論するべく口を開いた。「しかしガーリバーグ司令、奴らは大帝陛下を謀殺した憎き輩ですぞ! 今すぐに大艦隊を差し向けて完膚なきまでに粉々にするべきです! 司令が動かないのならば、せめて私に仇討ちの任を命じてください!」「ならん! 仇討ちなどに裂ける余分な兵は無い!」男はテーブルを両拳で強かに叩いて、拒絶する。「主君の仇討ち以上に大事なことは無いではありませんか!」直立したまま反論するオリザーも、興奮に声を震わせる。寄港後、オリザーは報告と礼の為に基地司令の元を訪れていた。現地民族の男の「主君がとっくに死んでいる事」という言葉を確かめるべく、司令に大帝の所在を尋ねたのだ。すると司令は、事も無げに言ってのけたのだ。「大帝は6年前に進出先の星で敵に討たれて死んだ」と。「私には分からない! 何故大帝陛下の死を6年も隠匿した揚句、地球を放置しているのですか!?」「隠してなどいない! とうの昔に各方面軍には伝達してある! 貴様が知っているかどうかは、さんかく座銀河方面軍司令のダーダー殿下の判断だろう!?」「では何故、貴方は揮下の兵に知らせないのです!?」「貴様のようなやつがいるからだ。大帝が死んだとなれば、仇討ちを志願する輩が必ず出てくる。しかし今言ったように、我らにはそれをするだけの余力は無い」「無い訳ないではありませんか!兵が足りないというのなら、他の戦線からも艦を引き抜けばいいだけの話です!」これだから職業軍人は……と、ガーリバーグは苛立ちに頭をかく。「…………愚かな。これだから、現場で指揮しているだけの頭でっかちは。いいかオリザーよ。ガトランティス帝国が何故これだけの広大な領域を支配できているか、貴様は分かるか?」「無論、我々ガトランティス帝国軍の精強なる兵士が命を張ってくれているおかげです」第一線で指揮を執ってきたオリザーは当然のように答える。だが、それは若き司令官の期待したものではなかった。「そのようなミクロの話をしているのではない。私が問うているのは、これだけ広大な領域を持ちながら、何故支配した星々で反乱が起きにくいのかということだ」「……仰っていることの意味が分かりかねますが」全く、本当に職業軍人ってヤツは……と、ガーリバーグは再び苛立ちに頭をかく。「領土が広がると、辺境域になればなるほど中央政権による支配は届かなくなる。地方を管轄する支部では中央を欺いて私腹を肥やし、また被支配民族も反乱を起こしたり、地方領主とある程度の妥協が生まれたりするものなのだ。貴様に分かりやすいように例えるとだな…………、貴様がどんなに艦の規律を厳しくしたところで、末端の兵まではなかなか浸透しないだろう?」「それならば、私にも分かります」話が一歩進んだことに少々機嫌を直したように頷き、司令は話を続ける。背もたれに体重を預け、自慢げな口調を隠さずに自説を披露した。「我がガトランティスの場合、辺境域においても反乱や暴動が極端に少ない。その星を侵略する際に、先行した彗星都市が現地土着民どもを徹底的に殺し、蹂躙し、破壊し尽くして恐怖を植え付けて、抵抗する意志を破壊するからだ」「…………言われてみれば、大帝陛下は弱った敵をことさらに執拗にいたぶることが多かったように思います」「つまり、大帝陛下は優れた武人である一方、侵略する対象には容赦ない狩人でもあられたということだ。……もっとも、私は陛下のそういった嗜虐的な性癖が御自身の死を招いたと思っているがな」オリザーはズォ―ダ―の最後を知らない。6年前に死んだことすら知らない有様だったから知らないのは当然だが、司令の言からはどうやら大帝の死に様も既知であることが窺える。発言の真意を問い詰めたい衝動が湧きあがったが、今それを聞くのは憚られた。「そして大帝陛下の武威は、敵にとって脅威であると同時に、味方にとって畏怖の対象でもある。大帝陛下は味方にとって誇らしい英雄であると共に、謀反の気すら起こさせない君臨者でもあられた」「………………」オリザーは無言を貫く。「さて、オリザーよ。大帝が戦死したことが周知のところとなればどうなる? ……言うまでもない、今まで抑え付けられていた不満が噴出しかねない。支配領土内の至るところで、軍の中で大規模な反乱が起きかねないのだ。貴様はそれでも、私に仇討ちに行けというのか?」「ならば、大帝陛下の死を伏せて討伐部隊を派遣すればいいのではないですか?」ガーリバーグの考えを聞いてもなお、しつこく仇討ちを勧めるオリザー。「そんな博打を打つつもりはない」ガーリバーグは、呆れて大きく溜息をつく。「…………司令。貴方はあれこれと理由を付けて、実は仇討ちに行って帰り討ちされるのが恐いだけなのではないですか!?」「……! キサマ、言うに事欠いて!」激昂した司令は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がると、よどみない動きで腰から拳銃を引き抜いた。「司令! いや、リォーダー殿下! 父君の敵を討って武威を示すことこそが、殿下の心配される反乱の芽を摘み、ガトランティス千年の繁栄を齎すことに繋がるのですぞ!」「その名で私を呼ぶのはやめろ!! 私はガーリバーグだ!!」突き出した腕を震わせながら吼えるガーリバーグ―――リォーダ―と決死の表情で訴えるオリザーが、机を挟んで対峙した。頭に血が上ったリォーダ―は白い眉を歪め、犬歯をむき出しにしてオリザーを憎しみに染まった視線で睨みつける。オリザーも負けじと黒い眉を傾け、口を真一文字に結んで、真っすぐにリォーダ―の眼を見据える。「……………………………………」「……………………………………」しばし視線が交錯すること数瞬、途端にオリザーの方は吊り上げた眉を下ろし、憐憫を含んだ視線に変わった。睨みあっていた相手の変貌に、リォーダ―も訝しげな表情を見せる。「殿下……。そこまで、御父上を御恨みになっておられるのですか」オリザーは、彼の身の上を思い出していた。リォーダー……本来の名をガーリバーグという彼の母ルミラウラは、元は彗星都市に仕える女中の一人だったという。容姿こそ優れていたが舞踊や楽奏の才がある訳でもなく、単なる大帝の御世話係の一人だったようだ。ある日、どういった気紛れかズォ―ダ―大帝は彼女を手籠めにした。あの唯我独尊な大帝陛下の事だから手籠めにしたという認識は無いのだろうが、恐怖に震えながらもあれこれ理由を付けて辞退―――という体の拒絶だが―――するルミラウラを遠慮と自己解釈して寝屋に引き込むズォーダー大帝を端から見れば、手籠め以外の表現は見つからないだろう。大帝はさんざん彼女を弄んだ挙句、妊娠したことを知ると彼女を彗星都市から追放し、自分は次の女を侍らせたのだ。「当たり前だろう! 気紛れに母上を襲って私を身籠らせておきながら飽きたからって王宮から放逐し、気に入っていた女が死んだからって玩具を拾うように母と私を召し上げて……! あいつの所為で私の人生がどれだけ狂ったのか、貴様には分かるまい!!」そう声を絞り出すリォーダ―の口調に呪詛の響きを含み始める。再び王宮に召し上げられたルミラウラとガーリバーグは、離れ離れにされた。ルミラウラは再びズォーダーの慰み者となり、ガーリバーグはズォ―ダ―の子供の一人としてリォーダーの名を与えられ、軍人としての教育を施されたという。ガーリバーグが軍人としての頭角を現し始める頃にルミラウラは死亡し――――――死因は分からず、リォーダーは彼女の死に目にも立ち会っていないらしい――――――、代わりにサーベラーがズォーダーの寵愛を受けるようになったという。過去の愛人―――多くはルミラウラと同じような境遇だったというが―――の子供である、リォーダーを始め12人の男女に対するサーベラーの態度は苛烈で、策謀を巡らせて全ての息子・娘を彗星都市の幹部から方面軍司令官や基地司令へと左遷させたのだ。ガーリバーグ司令が軍人らしからぬ歪んだ思考を持つようになったのは、その不幸な生まれと周囲に振り回された人生ゆえだろう。ちなみに、オリザーが所属しているさんかく座銀河方面軍司令のダーダー殿下は11人目の息子、つまりルミラウラの前の愛人が産んだ男子である。「……事は帝国全体に関わる問題です。殿下の心中はお察ししますが、帝国全体の安定の為、ここは御心を曲げてお願いできませんか?」落ち着いたオリザーは努めて冷静な声でもう一度請願する。「くどいと言っている!!」ガーリバーグが一刀両断したとき、異変は起こった。ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!ブブ――――――――――!!「な!? 敵!?」敵襲を告げるサイレンが基地中に鳴り響いた。「―――――これで、兵を出せない理由が分かっただろう?」予想だにしなかった事態に動揺するオリザーに対して、ガーリバーグは何事もないことのように指令室への通信を開く。オリザーとガーリバーグの間の中空に、ビデオパネルがホログラムで映し出された。「司令執務室だ。またヤツラか?」「ハッ! 司令の仰る通り、ウラリア帝国残党軍です。早期警戒網内にワープアウト反応を確認、本星までの距離230万宇宙キロです」応答した兵が、下段の敬礼をして現状を報告する。「敵艦隊の詳細を調べろ、それから艦隊全艦に出撃命令を。……奴らも我々と同じ境遇なのに、御苦労な事だ」「……司令、この星で何が起こっているのですか? ウラリア帝国とは、何者なんです?」問われたガーリバーグは、一度オリザーを斜に見てから視線を外に移した。一気に興奮が醒めたのか、先程と打って変わって冷静さを取り戻した顔だった。「……フン。あんなのは、人であることをやめた愚か者の集まりだよ。愚かにもここを攻めてきたから返り討ちにして、ついでに地球を紹介してやったんだ」「……地球というと、私の艦隊が敗北を喫した艦隊の星ですな。司令は、陛下の仇を見ず知らずの星に売り渡そうとしたのですか」「彗星都市を墜とし大帝を討つ程の敵が、あんな奴らに負けるなどとは微塵も思っておらん。相手をするのが面倒だったから矛先を変えてやっただけだ」「しかし……」「その話をするのは後だ、オリザー」食い下がるオリザーをそう諌めながら、ガーリバーグは銃をホルスターに収める。椅子に掛けてあったマントを引っ掴むと、オリザーの脇を通り抜けて扉へ向かった。「私は艦隊を引き連れて打って出る。オリザー、話の続きをしたければ貴様も艦を出す事だな」「司令自ら出撃なさるので?」振り向いて問いかけるオリザーに、ガーリバーグは肩越しに苦笑いで答えた。「私にはカリスマがないからな。地道に足で人気を稼がなければならんのだよ」◇【推奨BGM:『宇宙戦艦ヤマトpartⅡ』より《彗星帝国艦隊出撃!》】敵発見の報から30分後、終わらない砂嵐と果てのない岩山に囲まれた荒涼たる大地が割れ、それら全てをかき消すような轟音と暴風が吹き荒れた。ラルバン星防衛艦隊が、一斉にラルバン基地を飛び立ったのだ。ガーリバーグが座乗するメダルーザ級戦艦15番艦『バルーザ』に続いて、次々とカーキ色と白に塗られた艦が炎を全開に吹かして離陸していく。ラルバン星防衛艦隊の布陣は、以下の通りである。火炎直撃砲搭載戦艦 1隻大戦艦 32隻ミサイル艦 14隻超大型空母 3隻中型空母 5隻高速駆逐艦 35隻潜宙艦 6隻艦上戦闘機 イーターⅡ439機艦上攻撃機 デスバテーター551機「ウラリア残党軍の編成が判明しました! 戦艦18、空母6、戦闘空母7、巡洋艦11、駆逐艦24、護衛艦8! 敵は航空機を発艦中!」「航空戦力ではこちらが圧倒的に不利、か……。今回は前回よりも随分と規模を増やしてきたな。それだけ、向こうも必死ということか」ガーリバーグは大パネルの前に立って、戦術マップとカメラ映像を眺めている。すぐ後ろには、臨時副官として同乗しているオリザーも直立のままガーリバーグの背中越しにパネルを見ていた。艦橋正面のパネルには、円盤に艦橋を取り付けた真っ黒な艦が映し出されている。今までオリザーが戦ったどの敵とも異なる、独特の設計思想。円盤部の正面、紅く光る滑走路からわらわらと飛び出すのは敵の航空機なのだろうが……時折見かける寸胴な機体に主翼も尾翼もない形状の飛行機には、いいようのない違和感と嫌悪感を感じる。「こちらが有利なのは戦艦と駆逐艦の数だけですな……。正面からぶつかったら、苦戦は免れません」「こちらはこちらの長所を使うだけだ。全艦に通達、『艦載機発進開始、戦闘機隊は艦隊の直掩に、攻撃機隊は右上方のアステロイド帯の中へ待避』。艦長、火炎直撃砲の射程まであとどれくらいだ?」「現在、敵艦隊は50万宇宙キロ、射程に入るまであと15分少々です」「どうなさるおつもりで?」オリザーは、出撃させた味方航空隊に攻撃命令を出さないガーリバーグに真意を尋ねた。「互いに航空機を繰り出している以上、前半戦は専ら対空戦闘になるだろう」答える間にも発艦を続け、徐々に編隊を組み出す彼我の航空機群。『バルーザ』の左右をフライパスする味方編隊を見守りながら、ガーリバーグはそう推断した。「そして、我々の強みが戦艦部隊と本艦である以上、砲撃戦に持ち込まなければ勝ち目どころかまともな戦闘にすらならない」「ということは、防空陣形を執ったまま、主砲の射程内まで全速力で飛び込むのですね?」首だけで振り返ったガーリバーグは「理解が早くて助かる」と口元を緩ませた。不利な状況下でも不敵な笑みを浮かべる司令は戦意に溢れていて、まるでこれから始まる戦いを心待ちにしているかのようだ。「ではオリザーよ、私がデスバテーター隊をアステロイド帯に待避させた意図が分かるか?」唐突に問われたオリザーには、その問いが自分を試しているのか、それとも単なる興味本位なのか、判断がつかない。ただ、上司にどんな腹意があろうと、問われた以上は答えなければならなかった。彼我の位置が表示されているビデオパネルを凝視し、頭の中に戦闘宙域の立体図を思い浮かべる。味方艦隊は、旗艦『バルーザ』を中心に、突撃に適した楔形の陣形を執っている。一番外には対空兵器を豊富に持つ高速駆逐艦、その内側に防御力の強い大戦艦、一番奥に脆い空母やミサイル艦、そして旗艦および直衛のオリザー揮下の駆逐艦4隻が陣取っている。駆逐艦の対空砲火で敵機を薙ぎ払いつつ、自慢の速力を生かして騎兵隊のように一気に敵陣まで突っ込む腹積もりだ。一方の敵軍は、戦艦と巡洋艦がまっすぐこちらへ突っ込んでくるほか、戦闘空母と主力空母が護衛艦とともに後方に控えている。驚いたことに、駆逐艦は先行する敵航空隊に随伴して来ている。わが軍の高速駆逐艦よりも優速なのは明らかだ。彼我の間、我々から見て前方右上方には、濃密なアステロイド帯が広がっている。おそらく、元々は惑星の残骸だったものが拡散してこの宙域にまで流れ着いたものだ。大小様々な石が密集している帯の中心部にはレーダーが届かず、航空機が身を隠すのにはもってこいといえる。主砲程度の細い火線では、隠れている攻撃機隊にダメージを与えることはほぼ不可能だろう。とはいえ、敵もわが軍の攻撃機551機の存在を無視できるものでもない。ならば……。「囮……あるいは見せ駒」様子見のために、一言だけキーワードを呟く。司令は無言を貫いたまま動かない。探り探りでなく、自説を最後まで言い切ってみせよという意思の表れだった。それを悟ったオリザーは重たい息を静かに吐くと、已む無く続きを語りだす。「わが艦隊には、火炎直撃砲と潜宙艦という奇襲兵器があります。これらを最大限効果的に利用するには、敵の注意を別のところに引き付ける必要がある。攻撃機をわざとアステロイド帯に移すことで、敵は攻撃機隊が伏兵であると錯覚する。そこで、正面からは本艦が、空いた左舷側からは潜宙艦が奇襲を仕掛け、混乱したところを総攻撃で滅する……というのはどうでしょうか?」「さすがは実戦経験豊富な戦士だけあるな。この程度の作戦、お見通しだったか」その答えに満足したのか、振り返ったガーリバーグは好戦的な顔をしたまま賛辞の言葉をオリザーに贈った。どうやら、オリザーは司令が期待する答えを提示できたようだ。「よろしい、では先程貴様が聞きたがっていたの話の続きをしよう。今我々が相対している敵はウラリア帝国、またの名を暗黒星団帝国。母星はここからはくちょう座の方角に43万光年先にあるデザリアム星だった。今はもう無いらしいがな」「暗黒星団帝国……。確かに、真っ黒に塗装された船ですが」パネルに映った戦闘艦群に注目する。暗黒星団帝国とやらの軍艦は、戦艦だろうと駆逐艦だろうと似たような形状をしている。あえて違いがあるとするなら、艦橋部分が平面―――先に戦った地球艦に似た形状をしている艦と、曲面と平面を複雑に組み合わせたガトランティスに設計思想の近い艦があることぐらいだろうか。「奴らの正体は、首から上だけが生身のサイボーグだ。科学の発展と進化の上でサイボーグになったくせに元の肉体を取り戻したくて、若くて健康な人間の肉体を求めてあちこちに戦争を仕掛けているらしい。大帝陛下が討たれた直後にもこの宙域にやってきてな、返り討ちにしてついでに地球を紹介したのはさっきも言った通りだ」「ウラリア帝国は地球にも負けたのですな?」無様にも母星を破壊されてな、とガーリバーグは首を傾げて苦笑いで応える。「復讐に来たのか、それとも我々の身体が目的なのか、6年前から年に一度か二度、こうして大艦隊を引き連れて侵攻してくる。おかげで我々も退屈しない毎日を送っているよ」オリザーはようやく、ガーリバーグが6年経っても仇討ちをしないことに得心がいった。地球という強勢国家とわずか2万光年しか離れていない至近距離、しかも周りにロクな資源がない銀河の辺境地で、年に二度も敵の大規模襲来を受けるのでは、さぞかし戦力の維持補充で苦心しているのだろう。とてもじゃないが、地球に仇討ちしにいく余裕などない。それにしても驚愕すべきは、地球という星間国家の強さだ。ガーリバーグの話が本当ならば、地球は6年前に我々ガトランティスとウラリアの2ヶ国にたてつづけに侵攻を受けたということになる。彗星都市がどれだけ地球にダメージを与えたのかは分からないが、あの大帝の事だ、多大な損害を与えたであろうことは間違いない。戦災の傷が癒える前にウラリアの侵略を受けたのならば為す術なく占領されて降伏してもおかしくないところを、地球の軍隊は戦線を押し返してウラリアの母星まで破壊したのだ。地球艦隊のあまりの精強さに、恐怖心すら感じる。16隻もいた我が艦隊がたった2隻の空母にてこずったのも、納得せざるを得ない。「母星が消滅してしまったのに、彼等はどこからやってくるのでしょうか?」「さぁな、どこかに別の領土か中間補給基地でもあるんじゃないか?」司令席に戻りながら、ガーリバーグは興味なさげに投げやりな答えをよこす。二人が問答を交わす間に既に攻撃機隊はアステロイド帯への針路を取り、直掩部隊は真正面から雲霞のごとく襲ってくる敵編隊を迎え撃たんと一直線に突き進んでいる。前衛を務める高速駆逐艦も既に砲撃準備を整え、防御スクリーンを展開すべく交戦開始の時を今か今かと待っている。大戦艦をはじめとする主力部隊もメインエンジンノズルからオレンジ色の炎を煌めかせ、最大戦速で突進を始めていた。「さて、人形遊びもいい加減飽きたところだ。貴様の糸、全て刈り取って二度と動かなくしてくれるわ」天の川銀河の果てで、地球人が知らない星間戦争が、今また始まろうとしていた。