2206年4月12日13時05分 名古屋基地駅前居酒屋『リキ屋』あれから10日余り。あの日と同じメンツで、今度は居酒屋ランチを食べながらの打ち合わせとなった。確かに今回は酒こそ出ないものの、前回グダグダになった店でやり直しというのもどうかと思わないでもない。同僚からは「所長に昼飯を奢ってもらえるなんて」と言われたが、そんなに羨ましがるようなものじゃない。自分以外は圧倒的にお偉い人が3人、狭い座敷の中でえらく陰謀めいたことを話し合っているのだ、傍から見たらさぞかし不審がられるだろう。しかも、今回は何故か自分が質問小僧の立場になってしまっているので、前回よりも気を使ってしょうがない。3人のご機嫌を窺いながら、話の流れを途切れさせないように、かつ議論がちゃんとまとまるようにしなければいけないのだ。これではまるで、上司にゴマをすってヨイショするサラリーマンのようだ。一番事情を分かっていない人間が会議の司会をしたところで、いいことなどひとつもない。望んでやっていることではない。だが先日のことを考えると、誰かが話の手綱を握っていないと互いの暴露大会に終始してしまいそうなのだ。今もこうやって、何も知らない自分が質問をするという体で、明後日の方向に飛んでいきそうな話を整理して本筋に戻しているのである。「そもそも、今までの整備計画ではどのようにしてそれぞれの艦が採用されていったのですか?」「うむ、こないだの飲み会でも少し口を滑らせたが、委員会は所詮国家間対立の縮図に過ぎん。いや、そもそも地球連邦自体が国連をベースにしているのだから、その欠点が継承されてしまっている。つまりは、何もかもが多国間の利害調整の産物なのだよ。」そう話す藤堂前長官は鯖の味噌煮定食(市内にある養殖場からの直送モノ)を食べている。味噌は市販の合成加工品らしいが、大将の腕もあってか天然モノの味噌のように感じられるから不思議だ。「いやまさか、いくらなんでも宇宙人から侵略を受けていながら自国の利益を狙っていたなんて、嘘でしょう?」ガミラス襲来に際して国際連合が発展的解消して地球連邦になったことは、宇宙戦士訓練学校の世界史の科目で習ったので知っている。だが、小学生の頃には既に国際連合が無くなってしまっていたため、政治的関心を以て国際連合を知る機会が無かったのだ。「俺が記憶している限り、さすがにガミラス戦役のときはまだそのような傾向は殆どなかったんだがな。どうやら、冥王星基地を破壊して地球が直接被害を受けなくなった頃からそういう傾向が出てきたらしい。地球に帰ってきて科学局に初めて出勤した時は、場の空気がやけにギスギスしてたんでビックリしたもんだ。」真田さんが注文したのはカキフライ定食。養殖場から採れたての新鮮な養殖カキを使った贅沢な一品で、店のおすすめメニューになっている。「地球が助かるかもしれないって希望が出てきたんで、欲が湧いたってことだ。地上は完全に壊滅していたから工業力の差は昔ほどではなくなっているし、地球防衛軍の創設に際して世界中で技術の共有が行われていたから、各国の技術も飛躍的に向上している。どこの国もが同じスタートラインに立っちまったんで、その分駆け引きが物凄かったらしい。」所長がガツガツと豪快にかっこんでいるのは、海鮮どんぶりだった。3人が揃いも揃って海の幸を頼むとは、結構な通なのかもしれない。前回も先に2人が来ていたが、割とこの店にはよく来ているということなのだろうか。ちなみに篠田は養殖サケとイクラの親子どんぶりを注文したのだが、ほとんど手を付けないままお盆の上に放置されている。「国力の差が以前より無い以上、周りより優位に立つ手段として国際事業の受注や世界基準の栄誉を得て名を上げることが重要になってきたんだ。そうすると、単純な比べっこでは済まなくなる。」「つまり、色んな駆け引きやら騙し合いやらの結果が今に繋がっているわけですか。」篠田は大きくため息をついた。正直、知りたくはなかった真実ではある。今でこそ少しずつ緩和されているものの、つい数年前までは厳重な情報統制が為されていて、御用メディアしか情報源が無かったのだ。ましてや、本質的には設計図面オタクである篠田は、地球の危機は分かっても国際政治など全く興味なかった。それが、さもご近所の噂を話すような口ぶりで「世界の真実」みたいなことをペラペラ喋られると、正直何と言ったらいいのか分からないのだ。「しかし、艦の選定は委員会が熟慮の上で決定したものではありませんか。委員会には御二方も出席されているはずでしょう?」「藤堂さんは日本案に賛成したさ。しかし、おそらくは多数派工作があったんだろう、多数決ばかりはどうしようもない。」「しかも、第一次整備計画が見直されたときに宇宙戦艦の世界基準として主力戦艦級が設定されたんだが、かつての先進国が納得しなくて委員会が紛糾してな。仕方なく当時議長だった私の権限で、先進国だけが参加できる特別級を設けたのだ。そうしたら、大国のプライドなのかどんどん話が膨れ上がって、金も時間もかかるフネになってしまったのだよ。」特別級とはほかでもない、アンドロメダ級のことだ。なるほど、だから白色彗星帝国が来たときに数が間に合わなかったのか。まさか、僅か2年後に次の脅威がやってくるとは誰も想像しなかったのだろう。その辺は連邦政府も委員会も楽観的に考えていたのかもしれない。「おそらくという言い方ですと、御二人には多数派工作はこなかったんですか。」「私は議長だったし、立ち位置としては中立だからな。あまり意味が無いと思ったのかもしれない。」「俺が局長になった時には既に決まっていたからな。第一次整備計画には一切関与してないんだ。」前長官は鯖をつまんでいた箸を一度置き、コップの中の水を一口飲んだ。「だが、第一次整備計画まではまだいい。あれは従来の運用思想に無理やり波動砲戦をくっつけたようなものだからな。ガミラス艦隊に勝つことだけを目的としていたから対空兵装は殆ど無くて直掩機に頼りっぱなしだったし、戦略兵器や宇宙要塞の攻略を想定していなかった。拡散波動砲という対艦隊兵器を開発したくらいだから、今考えてみれば極端に偏った兵器だったと言える。第二次整備計画ではどうしようもなくなって、自由枠を造らざるを得なかった。その結果、ガミラス戦役のときのようにピンからキリまでさまざまな宇宙戦艦が出来上がってしまったんだ。」「その点ヤマトは、設計に携わった俺が言うのもなんだが、攻守のバランスがよく取れた艦だったと思う。対艦兵装こそ後の主力戦艦級と変わらないが、対空兵装は片舷55門と圧倒的、装甲も金に糸目をつけずに造ったから衝撃砲の直撃にも耐えられる強度になっていた。おまけに航空機の運用もできる、マルチロールな艦だったと言える。」「そういえば、私はヤマトの修理の時には気づかなかったのですが、ヤマトは当時の建艦思想からは大きく外れた艦ですね。これは何故なんですか?」思い返せば、入所して最初の仕事は白色彗星帝国との戦いから帰還したヤマトの修理に関する細かい雑務だった。初めての仕事で、しかも一ヶ月で修理を完了させるという無謀なスケジュールで一杯一杯だったため、当時は考えもしなかった事だが、今考えてみればヤマトは異端児といってもいい存在である。「それは、ヤマトが元々ノアの箱舟として修理されていたからだな。ヤマトは本来、地球を脱出して移住先まで単艦でガミラスの包囲網を突破しなければいけなかった。地球を捨てることが前提だったから、もはやコストや費用対効果を考える必要もない。あらゆる可能性を鑑みて、搭載できるものを全て積み込んだワンオフのものだったんだ。」ヤマトの話題に話が移ったので、こちらからも質問を投げかけてみる。「しかし、戦闘詳報と実績を鑑みるに、どう考えても主力戦艦級よりもヤマトの方が戦艦として優れているのに、連邦は何故ヤマト級を主力戦艦として採用しないのですか?」これもまた、ビデオを観ていて思ったことだ。言うまでもなく、ヤマトは数々の武勲を挙げ、幾度となく文字通り地球を救っている。これは即ち、ヤマト級宇宙戦艦が地球外勢力との宇宙戦闘において有効である証拠だ。ならば、何故ヤマト級を大量生産しないのか。「アホか、篠田。」所長はそう言って、かっこんでいたどんぶりをトーンと良い音を立てて置いた。飯に満足したのか俺に説教を垂れることが嬉しいのか、口元には笑みが浮かんでいる。「真田が言ったように、単艦行動するのが目的ならばマルチロールもよかろう。しかし艦隊行動を取るにあたっては、役割に応じていくつかの艦種に分けられていた方が都合がいい。ヤマトは主力艦であり護衛艦であり空母であり工作艦であり、コスモクリーナーを運ぶ輸送船でもあった。それだけの役割を、たかだか300mに満たない船体に押し込めることができたのは奇跡だ。戦艦は戦艦の役割の身を全うした方が、フネの設計も無理がないんだ。そんなことも分からんで宇宙戦士訓練学校を卒業したのか、貴様は。」そんなことは篠田とて理解している。しかし、ヤマトの大きすぎる功績を考えると、主砲と波動砲を撃つことしかできない主力戦艦を10隻造るよりも汎用艦であるヤマトを1隻再建したほうが効率的ではないかと思えてきてしまうのだ。「確かに、今までの闘いはヤマトにそれだけの能力が備わっていたからこそ任務を全うできた。軍艦としての機能だけでなく輸送船としての設備があったから、コスモクリーナーもハイドロコスモジェン砲も運んでこられた。俺も、艦内工場があるヤマトに乗っていたからこそとっさの対応策を開発できたことは否定できない。だが本来、艦をクルーの判断で勝手に改造するなんてことはない。そういうのは上層部が決定するべき仕事だ。」俺が既に艦を降りている以上、艦内工場もそうそう使われることはないだろうしな、と真田さんは付け加えた。「正直なところ、コストと時間がかかり過ぎるという事情もある。はっきりいってヤマトは量産には向かない艦だ。世界中で造れることが主力戦艦級の、先進国で造れることがアンドロメダ級の前提だから、白色彗星帝国襲来のときのように、建造が間に合わなくて敗北したというわけにはいかないんだ。」政治の話をすればな、と前長官が真田さんの話を継ぐ。「いくら地球連邦という名を冠していようとも、所詮は国際連合の延長でしかない。東西対立は未だに完全には消えていないし、大国の都合と妥協が優先されている事も変わりはない。現に、主力戦艦級とアンドロメダ級が西側の船型船体案が採用された代わりに、小型艦は東側が好んで使うロケット型船体が採用されている。連邦の主要機関が日本にあるのだって、大国ながら西側にも東側にもあまり嫌われていない点が大きな理由だったからな。で、ここからは推測でしかないのだが、日本に連邦の主だった機関が集中しているというのは、それだけで国際的には非常に大きなアドバンテージになっている。そこで、どこかでバランスを取らなければ日本の力が強過ぎることになる。」「そのバランスって、まさか!?」思わず大声を出してしまう。今の推測が正しいならば、日本ばかり美味しい目に逢うのは腹立たしいから、各国が示し合わせて日本案を握り潰したことになる。「さぁ、真実は分からん。航空機に関しては依然として日本が有利を維持しているからな。……それすらもバランスなのかも知れんが。」「それなら、俺たちがどんなに良いフネを設計しても採用されることはないということですか?」それなら、連日血を吐くような思いで線を引き続けたのは何だったんだ。暗黒星団帝国襲来やアクエリアス接近のとき、私物を捨ててまで設計図を抱え込んで避難船に乗り込んだのは何だったのか。「現状ならばそうだ。だから、私と真田君が腰を上げたんだ。」しかし、前長官が強い意志を込めて言った。「それに、俺達の仕事が全く無駄だった訳でもないぞ。第二次整備計画の主力戦艦級、アメリカが自由枠で造ったアリゾナ級戦艦には日本の建艦思想の影響を受けている節がある。設計した奴らは頑として認めないだろうがな。だが、当然ながら基準というものがあるから、反映させるにしても限界がある。今の基準ではあれが限界なんだ。」「確か自由枠の基準は、主力戦艦級のスペックを基に決定するんでしたね。」「そのとおりだ。今選考中の主力戦艦級は、量産性と波動砲の性能にばかり目が行き過ぎて、艦の総合的なスペックは未だに地球外勢力に対抗しきれるものではない。ハイスペックな主力戦艦を大量生産して初めて、環太陽系防衛力整備計画はその趣旨を全うできるんだ。」……話の趣旨が大分読めてきた。今の地球防衛艦隊は艦隊決戦に拘りすぎて、数と波動砲の性能に頼った戦略になっている。しかし、地球外勢力と対等に渡り合うためには艦の総合性能と数を高いレベルに保たなければならないのだ。そのためには、ヤマトの後継となり、しかも量産が可能な宇宙戦艦がなければならない。「なるほど、それで所長は俺を呼んだというわけですか。」「ああ。お前は最近、ずーっとヤマトとにらめっこしてばかりだろう。お前なら、ヤマトの長所を活かしつつ量産化に向いた艦を思いつくんじゃないかと思ってな。」前長官と真田さんは俺達に、ダウングレード版ヤマトの設計を依頼しに来たということだ。そんなの、願ったり叶ったりではないか。「造船技師の良心のままにフネを造れるんだ、こんな面白いことはありゃしねぇだろう。そのかわりこれは俺達が勝手にやることだ、普段の仕事の外だから当然残業手当も出ねぇ。万が一失敗に終ったら、全て徒労に終わる可能性もある。それでもやるか?」所長の言うとおり、リスクも高い。どんなにいいフネを造っても、今まで通り大国同士の対立に埋没する危険もある。いや、現状ではその可能性が高いだろう。しかし、それでも。「やりましょう、所長。真に地球を守るフネを造って、くだらない駆け引きを続ける世界をあっと言わせてやりましょう!」こんな造船技師冥利に尽きる話、みすみす逃すことなんて出来やしない。久しぶりの胸躍る話に、俺は年甲斐もなく興奮していた。